時はリムル様のオクタグラム命名後。

ゲルドは捕虜の扱いに苦慮していた。

どうやって捕虜を使いこなせるようになったのか・・・



・・・ゲルドの恋も

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転スラスピンオフ・中間管理職ゲルドの夢

【プロローグ】 

 

小高い丘からテンペストの中央都市リムルが臨める。綺麗に区画整備された町の奥には、夕日で赤く染まった山。

町の家々には明かりが灯っている。一軒の家の窓には人影が。

 

部屋の中央には、『なら材』で作られたツイスト脚のテーブルがある。アンティーク調の濃い茶色が綺麗だ。テーブルの上には、ガラスのように透き通ったブルーの表紙の単行本が置いてある。

テーブルに歩み寄り、丁寧に両手で取り上げる。

ブルーの表紙には「中間管理職ゲルドの夢」とタイトルが書かれている。

表紙をゆっくりめくり、1ページ目に目を向ける。

 

1.0・目覚め

 

「ハアア!」

ゲルドの目の前には綺麗な柾目の格子天井がある。

ここは俺の家だ。俺はベッドの上で上半身を起こし、左に体を向ける。

壁にはリムル様から頂いたカレンダーと、その上に壁掛け時計が掛っている。今は夜中の2時だ。

「時間はスキルで大体分かりますから、要りませんよ」と俺は断ったのだが、「幹部として時間の管理は重要だぞ。部屋の飾りとして貰ってくれよ」と言われ、ありがたく頂戴した。

 

俺はベッドから降りて、キッチンに向かった。

キッチンは対面式になっている。キッチンの向かいの部屋には木箱をひっくり返したテーブルが見える。ガビル殿に、回復薬を運搬する時にリアカーに載せる箱を作って欲しいと頼まれて作った木箱だ。他にも使えそうだから、余計にいくつか作っておいたものを1つもらったのだ。

 

食器籠にはコップと皿が一つずつ伏せてある。

コップを手に取り蛇口をひねる。水がコップからあふれる様子を見てから、水を止めた。そして一気に飲み干した。

コップをシンクに置き、両手をキッチンについた。俺は下を向く。

「なんであんなものを見るんだ。なんであんなことを考えるんだ・・」

 

・・・時間を掛け綺麗に仕上がった新しい迎賓館を前に、俺は満足だった。

振り返り歩き出す。少しすると、「ドカーン!ガラガラガラガラ・・」と後ろから音が鳴る。

振り返り再度迎賓館を見ると、右側から発破解体現場のビルのように崩れていく。壊れていく迎賓館から砂煙が舞い上がり、煙が風で流されていく。

そこには捕虜として仕事をさせている狸族のおやじ達がツルハシを持ち、ものすごい勢いで建物を壊している。

 

俺は走り出し「おまえ達何をしている-」と叫ぶ。しかし一向に迎賓館に近づかない。

狸おやじの一人が作業を止めこちらに顔を向けて「壊すように言われましたー。任せて下さーい・・」と叫び、解体作業を再開させた。

「止めろー」と叫ぶ俺の声は聞こえないのか、作業を止めない。走っても走っても近づくことも出来ない。

なぜだ!今完成したばかりの迎賓館を。なぜだ!・・・そして目が覚める。

 

俺はときどき、こういうイヤなものを見て目が覚める。なんなんだ。これは。

 

2.0・中央都市リムル

 

俺は最近現場を離れている。リムル様から「部下を育てるのも、おまえの仕事なんだぞ。」そう言われたからだ。

まだまだ配下の者に任せるのは不安が多いのだが、実際問題全ての現場に俺が居ることはできない。

ある程度育ったハイオークの中から、優れたものを現場監督として指示を出し、作業に当らせている。

 

1ヶ月になるか・・・俺は中央都市リムルの執務室で各プロジェクトの進捗・トラブル・人員の確認などをしている。

毎日のように会議があり、書類の確認・承認作業は追いつかない。

今までこの作業は誰もしていなかったのか・・・各プロジェクトでトラブルが起きるのも無理はない。

 

出来るだけ早い時間に家を出て、遅い時間まで執務室にこもるのだが、リムル様から7日に1日は休日を取るよう言われている。

これは他の幹部もそう言われているようだし、町で働いている者達にもこのルールを守らせようとしている。

勤務時間も8時から17時までを「定時」と呼び、それ以外の時間を「残業」という。

できるだけ「定時内」に仕事は終わらせるようにとリムル様は言う。

・・・どうして7日に1日休むのか、どうして働くのに時間を決めるのか、俺は理解が出来ていない。

しかし、仕事が追いつかない。俺は多少の「残業」をしながら毎日を送っている。

 

町での生活は毎日同じだ。俺は朝6時15分に起きる。自然とこの時間に起きる。これもスキルによるものだろう。

目覚めてリムル様からもらった時計を確認はするが、確認の為に時計を見ると言うだけだ。

キッチンに行き、蛇口からコップに水を汲み、一気に飲む。部屋に戻り、着替えて、家を出るのだ。

町で生活をしている俺は、家を出て、執務室に行く前にちょっと遠回りをして出勤している。

 

だいぶ以前に、リムル様に許可をもらって建立した先のオークの王を奉った社にお参りするためだ。

山の入り口にある巨木の前に社はある。他の種族の者には目に付かないであろう場所を選んだ。

社には俺が彫った荒削りの像が安置されている。

俺は像を手に取り布で綺麗に拭く。俺はその像の顔を見ながら思う。

「悪意を持った魔人に俺たちは呪いを掛けられたのだ。もし、その前にリムル様に出会っていたら、俺たちはあんな愚かな所行はしなかったはずだ。」

ゴブリンの村を襲いその者達を食い、オーガの里を襲い、リザードマンの領地にまで攻め入った。

そんな俺たちをリムル様は配下にしてくれて、名前までくれた。

俺はリムル様の為に働く事を誓った。この町にはオーガやリザードマンも居る。俺は贖罪の意識で働いている。

 

社を後にし、俺は執務室のある庁舎に向かう。

次の角を過ぎると、右側からリザードマンが回復薬をリアカーに積んで現れるはずだ。

「やあ、ゲルドさん。おはようございます。」

「おはよう。」

「いつも早いですねー。ゲルドさん。今日も良い天気だ。雨が降ると回復薬運ぶの大変なんですよ。」

リアカーを引きながらリザードマンは毎日この台詞を言う。必ず天気の話をする。

俺は毎日「そうだな」と答える。

しばらく一緒に歩くと、「じゃあ、俺はこっちなんで」とリザードマンは左に曲がりながら、

「ゲルドさん、気を付けて行ってらっしゃーい」と毎日言う。

俺はうなずく。

これだけ綺麗に整備された町で気を付ける事は何もないのだが・・・

 

俺は二筋先の交差点を右に曲がる。またちょっと寄り道だ。

角を曲がり少し歩くと右側に弁当屋がある。

俺は毎日ここで弁当を買い、執務室に着くと朝飯として食べるのだ。

家で料理などはしない。

ココの弁当屋は注文を受けてから熱々のご飯とおかずを弁当箱に詰める。

昼飯用に買う者も居るようだが、俺はこの温かい弁当を、朝飯として執務室で食べるのが好きだ。

 

弁当屋の看板には「ほっくほく亭」と書いてある。暖簾をくぐると少し太った定食屋のおばちゃん風のゴブリナが「ゲルドさん。おはよう。」と毎日言う。

俺が昨日買った弁当の空箱の入った袋をゴブリナに渡すと、「ご注文はなんで」と聞いてくる。

俺は「日替わりのB弁当を」と毎日言う。メニューは見ない。

おばちゃんは「日替わりのB入ったよ-」と毎日叫ぶ。

店の奥の厨房から「あいよー」と男の声が毎日する。

おばちゃんは「今日のB弁当は唐揚げだよー。今日も天気がいいねー。」と言う。毎日天気の話だ。

 

リザードマンといい、ゴブリンといい、なぜ天気の話をするのだ。

他愛もない社交辞令には天気の話が良いと言うことなのか?俺は理解ができない。

黙っていればいいと思う。

「でも、昼過ぎから雨が降るらしいよ。お昼休みに雨が降ると弁当売れないんだよ。降らないといいんだけどねー」

おばちゃんは店の中から空を見上げる。

俺もつられて空を見る。雨が降りそうな天気ではないと思うのだが。

 

俺は弁当の入った袋を左手に提げ、執務室に向かう。袋には「ほっくほく亭」と印刷されている。

途中、小柄のゴブリナが家に向かって声を掛けている。

「早くしなさーい。保育園、遅刻するよー。」

家の中からは「待ってー」と子供の声がする。

これも毎日の風景だ。

そんな景色の前を俺は通り過ぎ、しばらくするといろいろな者が「ゲルドさん。おはようございます。」と声を掛けてくる。

更に歩き庁舎に着く。俺は庁舎の数段の階段を上り、1階にある執務室に入る。

 

執務室には必ず俺より先に一人のゴブリナが出勤している。

「おはようございます。」机を拭く手を止めて、俺の顔を見て笑顔で挨拶してくる。

「おはよう。」俺も返す。

このゴブリナは各部署に配属されている事務スタッフで「書記さん」と呼ばれている。

俺と外部の者などの面談管理や、他にも、残業時間など勤怠管理、部屋の清掃などをしている。土木などの専門知識はない。

リムル様にはシオン殿という秘書がいるが、他の幹部に秘書は付いていない。

このゴブリナが秘書的な仕事と、執務室全体の管理をしてくれている。

 

俺専用の大きなデスクは部屋の一番奥、大きな窓を背にして設置してある。

その前には数名毎にデスクが向かい合わせになっていて、壁際に4人掛けのテーブルが2カ所置いてある。打ち合わせ用だ。

弁当の入った袋を壁際の打ち合わせ用テーブルに置き、近くにある椅子を壁に向き合うテーブルの前に持ってくる。

目の前の壁にはカレンダーとその上に時計が設置されている。

カレンダーは他国への宣伝を目的に作られたもので、上下にめくる仕組みだ。

下半分がカレンダー、上半分がその季節のテンペストの風景などの絵が描かれている。下のカレンダー部分をめくるとその裏が絵になっていて、月が変わると絵柄も変わる仕組みだ。

よく考えられている。幹部に配られているものと同じものだ。

カレンダーは他国にタダで配られている。やってくる商人達に10部程度渡し、得意先や仕入れ先に置いてくるように言っているらしい。

 リムル様が言うには「このカレンダーの風景を見て、テンペストに遊びに来てくれれば、それでいいんだ。制作費なんて直ぐに元が取れるさ。」とのことだ。

さすがリムル様だ。日にちを把握するカレンダーが観光客誘致に一役買うなんて考えたこともなかった。それをタダで配るなど俺には思いつきもしない。

 

椅子に座ると、俺は袋から弁当を取り出し、蓋を開ける。赤い丸い物が花のように切られている。俺には不釣り合いな綺麗なカワイイ弁当だ。

箸でつまんで口に放り込む。『・・・大根のようだ』一人黙って食べ始める。

俺は普段カレンダーを見ない。スキルで分かっているつもりだ。

今は9月。目の前のカレンダーには、黄金色に色づいた稲穂が風に揺れるたんぼの風景が描かれている。

山際に作られた、試験圃場の風景だ。

テンペストは美しい。俺はこの絵に目をやりながら弁当を食べるのが好きだ。

執務室のカレンダーは事務スタッフが管理している。俺は触りもしない。

几帳面な書記さんは始業前に前日の数字に「バツ」を書いている。

下から2段目の途中までバツが付いている。一番右側の日にちは赤い字で書かれている。

「そろそろ7日に1度の休日になるのか・・・ついこの前休日だった気がするが・・・」

スキルで日にちも把握しているつもりだが、こうやって、視覚で見ると分かり易いのかもしれないと最近思うようになった。

 

弁当を食べ終え、俺は自分のデスクに移動し、溜まっている書類の確認に入る。

トラブルやその対応策。トラブルによるスケジュールの遅れと人員のチェック。

次の作業・資材の発注の承認をし、ハンコを押す。

次の書類も次の書類も、似た内容だ。酷いトラブルはない。

人員不足はどこも同じだ。もう少し人手が欲しい。

 

こうして、書類チェックを続けていると、この部屋で働くゴブリンやオーク達が出勤してくる。

一人、二人と部屋に入ってきて、俺に「おはようございます。」と声を掛ける。

俺は目だけ向けると、「うん」とうなずく。

直ぐに書類に目を戻す。早く書類整理を済ませたい。

 

しばらくすると、ハイオークの中でも様々な作業の現場監督を任せられるまでに育った「D51」という者が声を掛けてきた。

俺のデスクの前に直立し、「そろそろ会議を始めます」と言う。

俺は書類を見たまま「わかった」と返事をした。

この書類も特に問題は無い。承認印を押すと、俺は椅子から立った。

先程朝飯を食べたコーナーデスクに向かう。

D51と同じように現場監督も任せられる「D52」と「C62」がD51の向かい側に並んで座って書類に目を向けている。

俺は「待たせたな」と言ってD51の横に座る。

俺もデスクに用意されている書類に目を向けた。

D51が声を発する。

「それでは特に問題となっているプロジェクト2つについて、協議を始めます。まず最初に、農業用水確保の為のダム建設についてです。人手が不足しているらしいのです。」

「どこも同じだ。人手はどこも足りないんだぞ。」俺はつぶやく。

 

目の前のD52が立ち上がり発言する。

「いや、違うんですよ。想定した作業に必要な人手は配置しているんです。しかし、捕虜の中で10名以上、労働力として数に入れることができない者が入っていたんです。」

「それはどういう意味だ。」俺はD52の顔を見る。

「この現場に捕虜の狸族の10数名を配置したのですが、こいつらがサボるんですよ。サボるというか、ああだこうだと言って、仕事の効率が酷く悪いんです。」と答える。

「殴っても、おだてても、何をしても効率は上がらないんです。」

 

狸族か・・・夜中に俺の頭の中に出てきて、迎賓館を解体した狸おやじか。

俺も現場で一度サボっている狸おやじに声を掛けたことがある。思い出した。

そうだあれは・・・

 

「おい!お前、なに寝ている!」

仕事をさぼって寝ている狸おやじを俺は怒鳴りつけた。

「やあ、ゲルドさん。いやね、考え事ですよ。この石材を運ぶんですけどね、立ち上がってから石を持ち上げるか、石を持ってから立ち上がるか、どっちが良いだろうと考えてたんですよ。」

狸おやじは真面目な顔で答えた。

「何言ってる!」

「ちゃんと考えて仕事しなくちゃ。無駄なことしてちゃ仕事が進まないですぜ。どっちかなーと思ってねー。難しい選択ですぜ。」

「お前、本気で言ってるのか?・・・・いいから石材を運べ!」

俺はあきれた。

狸おやじはヤレヤレといった感じで立ち上がり、何か付いていると思ったかケツを手で払った。

本気にせよ、俺をバカにしてるにせよ、『そんな事を俺に言うか?』と思った。

「ゲルドのダンナー。そんなセカセカ仕事するなってさ。あんたそんな暮らししてて幸せかい?俺たちゃ、食べて生きていければそれでいいんだぁ。晩には皆で酒飲んで踊ってさ。幸せってそんなもんだぜ。ダンナ。」

俺は狸親父の後ろの山に目を向けた。

 

確かに俺たちも進化前は毎日食べ物を探して森を歩き、へたくそだったが少しの農耕をして、食って寝て・・・そんな生活だったが、不満もなければ苦悩もなかった。

干ばつで飢餓に苦しむのは大変な事だが、今のように働かない者にイライラする事などなかった・・・どっちが幸せかって?・・・

俺は頭をぶるぶると振り、

「お前と話していると、俺の理性まで狂ってきそうだ」

そうつぶやいてから、狸おやじに告げる。

「狸!お前は今は捕虜だ。俺たちの言うとおりに仕事をしろ。いいな。」

狸おやじはため息交じりに言う。

「俺たちゃ、クレイマンに捕まっただけだぜ。住んでた森を追い出されてさ。ちょっと荷物運ぶの手伝っただけだ。」

「そうかもしれないが、まだお前達の処遇は決まっていない。」

・・・・・・

 

 D52はそれでも奴らをかばうような事を言い始めた。

「あいつら、悪い奴らじゃないんですよ。ただ働かない。半日くらいはそれなりに働くんですが、午後になるとサボリだすんですよ。晩飯を食べ終えると、狸同士でいつの間にか踊り始めて、それを見ている周りの奴らも、楽しい気分になるんですぜ。・・・あいつら、リムル様のように擬態出来るみたいで、踊りながらいろいろな者に化けるんですよ。こんなに小さい人間に化けて集団で踊ったり、こーんなにデカイ妖怪に化けたり。圧倒しますよ。見ていて。近くで見ている狐族の捕虜に聞いたんですよ。あいつら擬態のスキル持ってるのかって。」

D52は手振り身振りで説明を続ける。

 狐族の若者が答える。

「あいつらのヘンゲは擬態なんて高尚なものじゃないですよ。あいつら頭に葉ッパ載せてくるっと空中でひっくり返ると、ヘンゲ出来るんですよ。元々の狸の技なんですよ。俺ら狐も似たヘンゲをする事が出来るんですけどね。俺らは金儲けの為に化けるんですよ。でもあいつら狸は遊びの為に化けるんですよ。俺にもそれが理解できないですけどね・・・」

それでも狐は、馬鹿にしているようでもなく、狸のヘンゲを見て笑っている。

「ってな訳ですよ。ゲルドさん。出所で差別するなってリムル様のお達しですし、狸たちをどうしたものかと思って・・・」

困った顔をしてD52は座った。

 

狸族だけを特別待遇で扱う訳にはいかない。不足している分の人数を他のプロジェクトから移動させたいが、他だって人手は足りないくらいなのだ。

俺はD51とD52の顔を交互に見ながら言った。

「どこも人手は足りないのだ。狸にも働くように言え!」

今の俺はそれしか言えない。

 

3.0・宴

 

遠くの山並は夕焼けで綺麗に色づいている。だんだんと日が暮れてきた。

綺麗な町並みに提灯が揺れている。遠くでは音楽が流れているようだ。多くの者達の姿も見える。

 

「それは、夢だな。悪夢ってやつだ。」

宴用の簡易テーブルの向かいに座っているベニマル殿は、コップのビールを飲み干してそう言った。

「ユメ・・・ですか?」

俺はベニマル殿に問い直した。

「そう。夢。リムル様に教わった。」

ビールの入った新しいコップをスタッフから受け取り、一口飲んでそう答えてくれた。

「俺もそう言う悪い夢を見ることがある。リムル様に話すとそう教えてくれた。でも、悪い夢ばっかりじゃなくて、良い夢も見るぞ、俺は。子供の頃の夢とか。懐かしい夢。子供の頃ソウエイと川で遊んでいて、ヘビの子供を見つけたんだ。それを一緒に遊びに来ていたシュナにいきなり見せたら、泣き出してな。そんな夢を見ると懐かしく思うよ」

ベニマル殿は俺とゴブタのコップをちらっと見て、エプロンをした背の低いゴブリナを呼び止めなにか言っている。ビールの注文でもしているのであろう。

 

ベニマル殿の隣でビールを飲んでいるゴブタが口を開く。

「俺も見るっすよ。その夢ってやつ。」

ゴブタはビールを飲み干す。

「俺は良い夢ばっかっすね。エルフのお姉さんが『ゴブタさんは私のモノですー』『いや私のモノよ』『えー私が先に捕まえたんだからー』って俺を取りあうんすよ。」

ゴブタが入っていないビールのコップをひっくり返して飲んだ。

「俺は『仕方ないなー・・みんなと付き合ってあげるっすよ』って2人のエルフの腰を両手で抱きしめて、一人のエルフとチューーってしようとすると、目が覚めるんすよ。へへへ・・・」

ゴブタの頭からその光景が漏れ出ている。

なんて幸せなやつだ。俺はビールを一口飲んで、そう思った。

 

遠くに見える簡易舞台の上では、ガビル殿とその配下の者達がなにか変な踊りをしている。

舞台の直ぐ下では、ゴブチがそれを指さして腹を抱えて笑って見ている。

その横ではゴブゾウがガビル達のマネをして同じように踊っている。

ゴブチはゴブゾウの踊りを見て更に大笑いしている。

 

『ここはなんて平和なんだ・・』俺はつぶやく。

リムル様に配下にしてもらう前、俺たちは一日中食べるものを探していた・・・

何で生きてるかともし問われれば、それは食料を探すため。

なぜ食料を探すのかと問われれば、それは生きる為。

笑うことなどあるはずがなかった。

 

「ベニマル様ビールのおかわりです。」ゴブリナの給仕がお盆に載せたコップをベニマル殿と、俺とゴブタの前に置いた。

そしてたこ焼きの載った皿をベニマル殿に渡した。俺にもたこ焼きの載った皿を渡してくれる。

背の高い、八頭身のスレンダーなゴブリナだ。エプロンと三角巾を付けているので、髪型はよく分からない。

「俺は頼んでないけど・・・」ベニマル殿がたこ焼きの皿を持って見せ、ゴブリナの給仕にさらりと言う。

「たこ焼き、私が作ったんですよ。少し多く作っちゃったので、食べて下さい。ゲルドさんも。」

ゴブリナはそう答えた。

 

ゴブタが横から、ゴブリナに聞く。

「俺のはないんすか?」

「あんたの分なんて無いわよ!」

ゴブリナはゴブタをにらみつけた。

「そんなー」

ゴブタが顔をしかめる。

「俺のをやるぞ」

ベニマル殿がゴブタの前に皿を滑らせて渡そうとした。

「ダメです。これはベニマル様とゲルドさんの為に焼いたのですー!」

ゴブリナはその皿をさっと取り上げ、再度ベニマル殿の前に置いた。

『なんだ、多くつくっちゃったのではないのか・・・』俺はそう思った。

「ベニマル様、ゲルドさん、食べて下さいね」

そう言うと、ゴブリナは少し顔を赤らめ、くるりと後ろを向き去って行ってしまった。

 

「ベニマルさん。あれは惚れてますよー。色男モテるっすねー」

ゴブタは肘でベニマル殿を突くような振りをした。

「バカ。ゴブリナは誰にでも優しく接するんだよ」

ベニマルはさらっとかわしている。

 

遠くの舞台の左側袖からリムル様が現れた。

ガビルに近づきなにか話をしている。配下の者はそのまま変な踊りを続けている。

リムルは舞台袖に向かって手を上げる。

しばらくすると、音楽が止まった。踊っていた配下の者達は「あれ?」という顔をしている。

ガビルは配下の者達のそばに行き、何か話をしている。

しばらくして、ガビル達は舞台から飛び降り、舞台下を陣取った。

リムルは一度舞台袖に戻り、

再度舞台中央に向かって歩き出した。

 

「リムル様がなにか話されるぞ。俺たちも近くに行って話を聞こう・・」

そう言って、ベニマル殿が立ち上がった。

俺もそれにならって立ち上がり、歩き出す。

 

リムル様がマイクを持ち話し始めた。

「観光客のみなさん、商人のみなさん、楽しんでますかー。まだ発展途上のテンペストですが、更に皆さんに喜んでもらえるような町に発展して行きます。次にお越し頂いた時には、また新たな楽しみが生まれていることでしょう。是非又のお越しをお待ちしていまーす。」

観光客や商人らしき数名が拍手をしている。

「さて、町のみんなー。楽しんでるかー。今日はみんなに紹介したい者達がいまーす!」

リムル様は左側舞台袖に向き手を上げた。

すると、シュナ様を先頭に5人の子供達が一直線になって舞台中央に向けて歩き出してきた。

先頭の小さな子は斜め上を見つめ、左手と左足が一緒になって歩いている。

子供達はリムル様の横まで歩くと、整列した状態でこちら側にむき直した。

先頭の子はまだ舞台右側を向いている。リムル様に何か言われ、こちら側を向いた。

 

「みんなシズさんを知っているか?知らない者も多いかな。この町を作り始めたごくごく初期にこの町にやってきた勇者だ。俺にとっての運命の人だ。この姿になれるのもシズさんのお陰だ。俺はシズさんの思いを継いでこの子達を守ったんだ。・・・この子達はシズさんの教え子で、イングラシアで勉強を続けている。俺の教え子でもあるんだ。・・・これから時々テンペストにも来る事があると思う。みんなに紹介しておきたいんだ。」

リムル様は一番右側にいる小さい少年の肩に手を回して、なにか言っている。

すると少年がしゃべりだす。

「ミサキケンヤです。・・・よろしく・・お願いします・・・」

そう言うと、リムル様の顔を見上げた。

リムル様は「うんうん」とうなずく。

舞台の一番前を陣取っているガビルとその配下の者達がすぐに歓声を上げ、拍手を始めた。

ゴブタやゴブチ達もならうように歓声を上げた。

俺たちも拍手をする。

リムル様は子供達の後ろを歩き、次の少年の肩を「ぽん」と叩く。

「セキグチリョウタです。よろしくお願いします。」

「ゲイルギブスンです。よろしくお願いします。」

「アリスロンドです。よろしくお願いします。」

「クロエオベールです。よろしくお願いします。」

残りの4人は次々と挨拶を始めた。

俺たちは拍手を続けた。

「みんなぁ、町で会ったときは優しく対応してやってくれ。頼むなー」

舞台前のお調子者達が「おーー」と歓声を上げた。

 

リムル様は横に居るシュナ様になにか話をし、舞台袖に消えた。

シュナ様は子供達に何かを話し、舞台前面の階段から子供達を引き連れ降りてきた。

シュナ様は真っ直ぐ我々の方に歩いてきて、ベニマル殿の前で止まった。

「皆さんに紹介しますね。これが私の兄で、侍大将を仰せつかっているのですよ」

突然子供達にベニマル殿を紹介した。

「どうした?シュナ」

ベニマル殿が問うと、

「リムル様が幹部達を紹介するように言われたのです。」

と笑顔で答えた。

「そうか・・」

つぶやくベニマル殿に、直立不動の子供達が声を揃えて「よろしくお願いしまーす。」と大きな声で答えた。

 

「こちらはゲルドさん。建設・建築部門の責任者です。」

シュナ様は俺を紹介した。

同じように子供達は「よろしくお願いしまーす。」と声を揃えた。

俺も「よろしく・・」とだけ答えた。

 

次は「あちらにいるガビルさん達を紹介しましょう。」

シュナはそう言って少し離れた場所で騒いでいるガビルやゴブタの方に子供達を引き連れ歩いて行った。

 

シュナ様を先頭に歩いて行く子供達だが、最後尾の少女だけが立ち止まり、くるりと向きを変え我々の方に戻ってくる。

少女はずっと俺を見ている。ベニマル殿の前を通り過ぎ、俺の前で立ち止まった。

 

「ゲルドさん。」

澄ました顔で少女は俺に話しかけてきた。

「ん?なんだ?」

俺は答えた。

「ゲルドさん、ついこの前、街道の宿屋のとなりの水飲み場を直していましたよね?」

少女はニコニコした顔で聞いてきた。

『ん・・・?』少し考えた俺だが、確かにドワルゴンへの街道の水道施設で水が出ないということがあった。

 

 

・・・・・・・・・

「ゲルドさん、ちょっといいですか?」

D52が部屋に入ってくるなり歩いて近づきながら話し始めた。

 

俺の机の前に来るとD52は話を再開した。

「街道の水道が出ないって報告があったじゃないですか。明日俺が行くことになっていたんですけど、ちょっと、誰か別の者に代わってもらえないですかねぇ?」

「ん?どうした?」

俺は書類から目を上げて尋ねる。

「俺のかみさん、迎賓館で給仕の仕事してるんですよ。明日休みもらって、息子の学校の三者面談に行く予定だったんですが、リムル様のお客様が急遽いらっしゃる事になって、まだ下の者には任せられないって言うんですよ。かみさん、迎賓館のマネージャーしてるんですけどね・・・」

D52が困った顔で言う。

「そうか・・」俺はつぶやき、前のデスクで書類に目を向けているC62に顔を向け問う。

「C62。お前、水道分かるか?」

「・・・いやー。俺、道路ばっかりやってるから、水道は不得手ですぜ。勿論作業内容が分かっていれば、作業出来ますよ。でも、トラブル対応ですよね?原因見つけて、資材選定してとなると、申し訳ないけど、自信ないですぜ」

 

『そうだよな・・・』仕事の効率を考えて、専門性を優先してきた。スペシャリストを作ってきたつもりだったが、こう言う時に自由度がないのは困る。

 

「いいぞ、俺が行こう。」

俺はD52に言うと、D52は申し訳ないという顔をして、俺に「ありがとうございます」と言って最敬礼をした。

・・・・・・・・・・

 

 

そうだ、こうして俺は久しぶりに現場に向かい、水道の修理をした。

トラブル内容はたいしたことはなかった。宿屋の食堂は水が出るのに、街道の水くみ場だけ水が出ないのだ。

上水道の分岐場所は図面で確認している。そこから蛇口までの問題だ。分岐場所近くの地面を見ると酷くわだちが付いている。

よほどの重量物を台車かなにかで運んだのだろうか。その場所を掘って水道管を確認すると、水道管は潰れていた。

ここだけ交換すれば、問題無く水は出るであろう。特別な資材も工具も要らない。

想定の範囲内だ。持参した工具・資材だけで十分修理が可能だ。

・・・・・・

 

俺は半日ほどで作業を終えて、町に戻った。

あの場所にこの少女が居たのか?

「なぜ知ってる?」

俺は少女に聞いた。

「あのとき私、となりの宿屋に居たんですよ。テンペストに来る途中だったんです。夕食にはまだ時間があったから、部屋で外を見ていたの。・・・そうしたら少し離れたところで一人作業をしている人が見えたの。あなただったわ。ずーと見ていたの。・・・・あなたの仕事は美しかった。」少女は少し照れながら俺にそう言った。

『美しい』とは・・・

俺は不思議な表現だと思ったが、特に聞き返しはしなかった。

 

少女の後ろには、ケンヤを肩車したゴブタが戻ってきている。

「クロエー。なんで来ないんだよー。」

ケンヤがそう叫びながら、ゴブタは歩いてこちらに来る。

ゴブタとケンヤは気があったのかじゃれ合っている。

ケンヤは跳び箱の要領でゴブタの頭に両手を置くと、ぴょんと前に飛び降りた。

勢いが付いたケンヤはそのままよろけて少女の背中にぶつかってきた。

少女は倒れかかって俺の右足にしがみつくような形でなんとか止まった。

 

その瞬間、体にビビッと電気が流れたような変な感触を俺は感じた。

耳にはキーンと小さな音が聞こえる気もする。

「大丈夫か?」

俺は少女の両肩に手を置き、起こそうとすると、少女も自分で脚から離れて立ち上がった。

 

少女は俺から一歩離れると、俺の目を見てそっとつぶやいた。

「ゲルドさん。リムルさんを守って・・リムルさんを守って下さい。」

突然何を言うのかと思ったが、

「大丈夫ですよ。幹部一同、皆、リムル様をお守りしておりますので。」

俺がそう答えると、少女は首を軽く横に振って

「そうじゃないの。ゲルドさんが守らなきゃいけないの。」

とそう言った。

「え?」っと俺はゆっくり瞬きをした。気がつくと、辺りの喧噪が消え去り、周りは真っ白な霧に包まれたようだ。

 

俺は辺りをグルリと見回し、少女に目を向ける。するとそこには、黒衣の麗人が立っている。美しい。少女は居ない。他に誰も居ない。

俺の肩ほどの背丈の麗人は俺に言う。

「リムルさんを守って下さい。」

「・・・」

俺は呆然としていた。

「リムルさんを守って下さい。」

麗人は再度そっとつぶやく。

何かが俺の胸にドンと落ちてきたような衝撃を感じた。

音の無いシーンとした空間で聞こえたその声に、

「は。リムル様は俺が必ずお守りいたします。」

俺はそう答え、最敬礼をした。

 

ベニマル殿の声だ・・・

「ゲルドなに言ってるんだ?」

俺はぱっと声のする左側に振り向いた。

そこにはベニマル殿が立っていて「なに言ってるんだ?」と再度聞いてきた。

「いや、それは・・・」

俺は目の前の麗人に向き直すと、そこにはさっきの少女クロエが立っている。

白い霧もない。ガビル達が踊る音楽も聞こえる。

俺は再度ベニマル殿の顔を見る。もう一度少女の方を見直す。しかし、当然そこには少女クロエが居るだけだ。

 

「クロエ行くぞー」ケンヤはゴブタと肩を組みながらすでに去ろうとしている。

クロエもその後に付いていくようで、後ろを向いて歩き出した。

数歩進むと再度こちらを向き、満面の笑みで手を振ってきた。直ぐに向きを直し、ケンヤ達の後をついて去って行った。

 

その光景を見ているベニマル殿の横に俺は並んで立ち、視線はクロエに向けたまま話始めた。

「ベニマル殿・・・夢とは起きているときにも見るものなのですか?」

ベニマル殿は俺の方に顔を向け

「寝ているときだけだろ?なんだそれは?」

そう聞き返してきた。

「さっき、ここに黒い服を着た女性がいませんでしたか?」

今度はベニマル殿に顔を向けて聞いた。

「いないぞ、そんなの。お前疲れているんだよ。・・・明日は日曜だ。お前も仕事休めるんだろう?」

俺は歩くクロエの方に視線を向け

「はい。家に居ます。」

とそう答えた。俺はウソを付くのは嫌いだ。正直に答えた。

ベニマル殿も歩くクロエの方に視線を戻した。

二人で、宴の続く光景をボーとしばらく眺めていた。

 

空には綺麗な満月が浮かんでいた。

 

3.1 リムルの執務室で直訴?

 

テンペストの行政庁舎は壮観だ。美しい。

この庁舎の三階にリムルの執務室がある。窓の外からリムルが誰かと話をしている姿が見える。声は聞こえない。

 

 

「そうか、なかなか渋い交渉だな。」

リムルはつぶやいた。相手は犬頭族の商人コビーだ。

 

ここはリムルの執務室。部屋の中央にあるテーブルを挟んでリムルとコビーが対面している。

部屋にはシオンも居るが、デスクに向かって、何か書いている。

「そうですね。最初は良かったのですが、果物の取引単価をだんだん値上げしてきまして・・・」

コビーは立ち上がり、請求書の束をリムルに渡して答える。

「これ以上値段を上げられると、うちが卸す酒の値段も上げざるを得ないな。でも価格を上げれば、販売数量が落ちるよな。」

リムルは腕を組む。

「コビー君の利益を減らす訳には行かないけど、販売数量が減れば、同じ事だよな。しばらくは酒の値段は据え置きで、ちょっと俺が交渉してみるか・・・」

リムルはソファーの背もたれに背中を付けて答える。

「いえ、まだそこまでしなくても大丈夫だと思いますよ。酒の評判は非常に良く、足りないくらいですので。最初の価格はサービス価格だとして、少し値上げしてみませんか?多少販売数量は減ると思いますが、供給が需要に追いついていない状態ですので、増産体制が整うまでに私も再度交渉をします。」

コビーはソファーに浅く座り直して、背筋を伸ばした。

「そうだな。まだ焦る必要はないか。生産数がまだまだ少ないからな。でも、このまま獣王国の言うままに価格を上げられないように注意していこう」

リムルは反動を付けて立ち上がり、請求書をコビーの方に突き出した。コビーも立ち上がり、請求書を受け取りながら答える。

「ハイ。気を付けて交渉して行きます。」

 

窓の外からは声が聞こえない。

立ったまま少し世間話をしているリムルとコビー。コビーは頭を下げて執務室を後にした。

リムルの近くまでシオンが近づいて来る。

 

 

「コビーはテンペストの国民ではないのに、よく働いてくれますね?」

シオンはスケジュール帳と書類を抱えて立ったままのリムルに話しかけた。

「コビー君は一流の商人さ。自分の為には何をする事が最大の利益か考えながら動いているのさ。テンペストの利益に繋がることが、結果として自分の利益になると、そう考えているのさ。・・・コビー君やミョルマイルが俺から離れて行く時は、それはテンペストに魅力が無くなったって証拠だよ。彼らの行動がテンペストが大丈夫かどうかの指標だな。」

リムルは自分のデスクに向かって歩きながら答えた。

 

「そんなものですか?」シオンは後を付いて歩きながら尋ねる。

リムルは自分の椅子に座ると、シオンに尋ねた。

「この後の面談の予定は?」

眼鏡をちょっとずらして、スケジュール帳のページをめくってシオンが答える。

「今日の面談はこれで終りです。」

「そうか、んん-・・・」

リムルは両手を挙げてのびをして、

「シオン、ちょっと町に遊びに行かないか?・・・いや、『視察』に行かないか?カフェにでも・・」

リムルがそう言うと、シオンは目をきらきらと輝かせて答えた。

「良いですねーリムル様ー。」

しかし1秒後、

「ダメです。絶対にダメ。」

シオンは両手でバッテンを作りリムルに示している。

「折角誰も邪魔をしないのです。書類の承認作業をして下さい。誰の邪魔も入りません。ぜーんぶ終わらせて下さい!」

顔色を変えてシオンはそう言ってきた。

「分かったよ。分かった。・・・そうだよな。仕事をしろか。」

リムルは諦めたようにデスクの書類を手に取った。

 

そんな戯れがあったその後、ドアをノックする音が。

「コンコン」

リムルとシオンが「んん?」とドアの方を見ると、

「・・・リムル様はいらっしゃいますかぁぁ?」

か細い声と同時にドアが開いて、誰かが顔を覗かせた。

リムルはその者と目が合った。その途端、入室者はダダダッと走ってリムルのデスクの方に進んできた。

 

ビックリしたリムルは椅子から立ち上がった。

とっさの事だが、シオンは両手を広げてリムルのデスクの前で防御の体制を取る。

入室者は変な格好をしている。紋付き羽織袴に見える。

リムルのデスクに到達する前でひざまずき、土下座のスタイルになった。そして背中に隠していた棒を突き出した。

棒の先には紙切れが付いている。

シオンは両手を前に構え、ファイティングポーズでこの緊急事態に対応しようとしている。

 

「直訴ですぅぅー」

か細い声でそう言うと、入室者は顔を少し上げた。

「直訴?」

リムルは繰り返した。

シオンの緊張が少し解けるのが後ろから見ていたリムルには分かった。

「お前はツグミさんではないですか。」

シオンが入室者に向かって言う。

「はい!。リムル様に聞いて頂きたい事がありまして。」

入室者は土下座のままそう答えた。

リムルは背中越しにシオンに尋ねる。

「シオン、知り合いか?」

「はい。ベルドラ様のたこ焼き屋で働いている者です。ツグミさんです。」

シオンは緊張を解きほぐし、振り向いて答えた。

「ベルドラのたこ焼き屋?」

「はい。私たこ焼きが大好きなのです。時々買いに行くのですが、少し前からそこで顔を合わせるようになりました。」

シオンは笑顔で答えた。シオンはツグミの方に振り向き

「なんですか?いきなり。警備の者がいたでしょう?」

シオンの問いに、

「庁舎に入るまではベルドラ様と一緒でした。なので、私も入る事が出来ました。」

ツグミは土下座のままそう答えた。

 

「ベルドラも一緒か?」

リムルはツグミに尋ねる。

「はい。部屋に来る前に廊下でシュナ様と会いまして、なんでも試作品があるとかでベルドラ様はシュナ様とどこかに行ってしまいました。」

ツグミは顔だけリムルの方に向けて答えている。

「まあ、立ちなさい。そのままではしゃべり辛いでしょう?」

シオンはそう言ってツグミの背中に手を当てる。

ツグミは立ち上がり、「気をつけ」の状態で直立した。

 

「直訴って、・・・どこでそんな言葉を覚えたんだ?」

リムルが問う。

「ベルドラ様から教わりました。」

「ふー。ベルドラ・・」

リムルはあきれた顔で椅子に座った。

「たこ焼き屋でいろいろ教わりました。経典?とかの話がとても興味深かったです。」

直立したままツグミは答える。

リムルは椅子から立ち上がり、ツグミのそばまで歩いて行く。直立状態のツグミの右手にある棒の先は床に付きそうである。リムルはしゃがんで棒の先の紙切れをつまんで取り上げた。

表には「上」と綺麗な字で書いてある。折ってある紙をぺらっとめくると、

「リムル様 小学校の放課後に、子供を預かってくれる児童クラブを作って下さい」とだけ書かれてある。

「なんだ?児童クラブ?」

リムルは首を傾げた。

 

『今日はこの後面談もない。ちょっと休憩にするか・・』

「シオン。シュナに言ってコーヒーと甘いケーキでも持ってきてくれ、お前の分もな。3人分。」

ツグミの横に立っているシオンに告げる。

「はい。分かりました。」

これ以上ない笑顔をシオンは見せた。

 

ツグミにソファーを薦め、リムルはその向かいに座った。

ツグミは紋付羽織袴をさらっと脱いだ。コートのように上から羽織る仕組みになっていたようだ。

羽織袴の下にはいつもゴブリナ達が着ているジャンパースカートを着ている。すらっと背が高く、ショートボブの髪型もかっこいい。

これは、OLさんのブルーのミニの制服でも着せたら、どこかの庶務第2課に居そうなタイプだな・・と勝手にOLさんが横に並んでいる風景を想像した。

 

「児童クラブって、これもベルドラから聞いたのか?」

「はい。私、ベルドラ様といろんな話をしているうちに、悩み事を話していたんです。そうしたら・・・」

ツグミはひざに両手を置いたまま話し始めた。

 

・・・・・

「それは、あれだな。」

ベルドラが話し始めた。

「直訴だな。ハハハ。」

高笑いをしている。

「リムルは民の事を一番に考えているぞ。あいつならきっと良い答えをだすであろう。」そう言って、児童クラブの話をしてくれたと言う。「小1の壁問題だな。うんうん。」と言われたそうだ。

リムルは眉間にしわを寄せた。

「なんであいつがそんなことを知っているんだ・・俺の記憶にある漫画にそんなものないだろう。」

 

突然ラファエルさんの声が。

「・・・告。マスターが異世界で見たものは漫画に限らず、ドラマ・映画・ニュース映像など、全てのものをベルドラは見ていると考えられます。〇×ビデオなども・・・」

『なんだそれは。〇×ビデオはダメだろー・・・』そう思ったが、時すでに遅しだ。

 

『児童クラブが必要なのか?確かにあっちの世界では保育園は夕方まで子供を預けられたけど、小学校に入学すると早く帰宅するから急に働けなくなる・・・って話は記憶にあるな。・・・俺には子供も居なければカノジョも居なかったから、そんなニュースは聞き流していたつもりだったが・・・』

「なんで児童クラブが必要なんだ?」

リムルはツグミに尋ねた。

「はい。少し前までは、リムル様が作ってくださった保育園に子供を預けていました。でも子供が4月から小学校に入ったのです。そうしたら、今まで働いていたフルタイムの仕事場では時間が合わなくなってしまい、止めざるを得ませんでした。今はハローワークで見つけた屋台のたこ焼きやでバイトをしています。」

ツグミは少し緊張が解けたようで、真っ直ぐ伸ばしていた腕は緩み、脚の上で指を絡めている。

 

ハローワークって・・・そんなものをリグルドは作っていたのか?リムルはそう思って苦笑いをした。

「『時間相談に応ず・・店長:トクメイ』と書いてあったので、面接を受けに行きました。そうしたらベルドラ様でした。最初はビックリしました。でも、気さくなお方でした。子供が学校に行っている時間だけで良い、と言う話で働き始めました。」

 

シオンがお盆を持って戻ってきた。

「お待たせしました-」

歩きながら笑顔でそういうと、リムルの前と、ツグミの前にコーヒーとケーキを置いた。

シオンはそのまま自分のデスクにお盆を持って行こうとしている。

「シオンも、座れよ。二人で話を聞こう。」

ツグミの横のソファーをリムルは指さした。

シオンは「はい。」と笑顔で返事をすると、ツグミの隣にお盆を置き、その前に座ったが顔はツグミの方に向けている。

 

「ツグミさん。ダメですよ。国民の皆が直接リムル様にお話をすることになったら、幾ら時間があっても足りません。」

シオンはそう言うとお盆の上のコーヒーを飲んだ。

「さあ、ツグミさんもどうぞ。」

リムルはツグミにコーヒーを薦めた。

「まあ、いいさ。休憩だ。いろんな者の話を聞くのは盟主として必要な事かもしれないからな。今回だけだ。」

リムルはツグミにウインクをした。

リムルもコーヒーを飲み、フォークでケーキを小さく切ると一口食べた。

「んー。甘ーい。」

リムルの頬が緩む。

 

 

リムルはフォークを皿に置くと、「ところでなんでそこまでして、働く必要があるんだ?この国を作るにあたって、ゴブリンにはこの土地を提供してもらっている。俺は衣食住を保障すると誓った。なにか生活に不自由でもあるのか?」

ツグミに尋ねた。

「違うんです。不自由なんてなんにもありません!私は働きたいんです。ゲルドさんやベニマル様・ゴブタのようにテンペストの皆の為になりたいんです。働いて皆を幸せにしたいんです。」

ツグミはソファーの前の方に浅く腰掛け直し、背筋を伸ばして、また腕を真っ直ぐにして手をひざの上に置いて話し始めた。

「リムル様に出会う前に、私は夫を亡くしています。なんでもない、ただ、狩りに出掛けて、魔物に襲われて死んだのです。あの頃の私達にとって死は隣り合わせでした。子供も小さい頃に死んでしまうことはよくあることでした。悲しくなかったと言えばウソになりますが、そんなこと考える余裕もありませんでした。私はまた誰か他の男と夫婦になって、子供を産まなければと・・・。あの頃のゴブリナは子供を産むことが仕事みたいなものでした。・・・そうでもしないと数が減ってしまうのです。そういう種族だったのです。・・・でも今は違います。名前をもらい、進化して強くなりました。子供もそう簡単には死ななくなりました。私は無理に再婚しようとは思っていません。一人っ子の娘は大事に育てないといけません。そういう勝手な願いを持ちながら、それでも更に町の為に働きたいんです。こんな素晴らしい町や家に住まわせてもらって、リムル様の為に働きたいんです!」

ツグミは途中から右手で拳を握って自分の太ももを叩きながら、最後は少し興奮気味に話を結んだ。

「わかったわかった。まあ、ちょっと、ツグミさん。コーヒー飲んで。」

リムルは浅く座り直して「まあまあ」と両手でなだめるような仕草をした。

「は。ごめんなさい。ちょっと・・」

ツグミはぺこりと頭を下げてからコーヒーを飲んだ。

 

「そうか、小1の壁か・・・」

リムルはちょっと考えてから話始めた。

「授業時間を長くしたらどうだろう?教えたい事は山ほどあるからな。」

シオンが答える。

「んーー。そうしたら教師の労働時間が長くなりすぎますよ。まだ教師の数も不足していますし。」

リムルは腕を組み、つぶやいた。

「そうだな。・・・そんな単純にどうこうすることはできないか・・・」

「むこうの世界で俺が子供の頃は、児童館が学校とは別の場所にあったんだよなー。でもここでは一から町を作っているんだから、別の建物を作る必要はないんだよ。文科省とか厚労省とかそういう問題もないし。建物は小学校を使うとして、教師以外の者が面倒を見られればいいんだけどなぁ。」

背もたれに寄りかかり頭の後ろに両手を組んでリムルがつぶやく。

「なんか難しい話をしていますね。・・・リムル様、町の中にはフルタイムで働く自信がないけど、週に1日位なら働きたい・・と言う高齢者も居ます。時々行くお弁当屋さんに日曜だけ働いている老夫婦がいます。息子達の店を週に1日だけ手伝っているらしいです。・・・子育ても経験済みだし、料理でも、将棋でも、放課後に遊びの延長で教えてあげるっていうのはどうでしょう?」

シオンは背筋を伸ばしてリムルに進言した。

 

「なるほどねー。シオン、良いアイデアかもよ。」

リムルは笑顔で返した。

「んー。まずはリグルドに相談だな。教育関係のトップは誰だっけ?そっちにも話して、人員集めはハローワークか?町の中に居そうな高齢者はやっぱゴブリンとオークが多いよな。まずはその族長あたりに推薦してもらって、誰かが直接交渉に行く感じだろうな。まずはリグルドだ。リグルドに相談だな。」

リムルは満面の笑顔になった。

「ツグミさん、どうだ?こんな感じで行けたら、時期はいつになるかまだ分からないけど、いや、早く進めるよ。でもこれが軌道にのれば、ツグミさんもフルタイムの仕事に就けるよな。」

リムルの問いにツグミは首をひねった。

「はあ。あのーよく分からないのですけど、小学校にそのまま夕方まで居られるようになるのですか?」

ツグミはちょっと考えてから笑顔になり

「それはもう、嬉しいです。もしそうなってくれれば。・・・年配の方なら、子供の事を大事に扱ってくれるでしょうし。」

 

リムルはソファーに深く座り直して、珈琲を飲んだ。「ちょっと冷めちゃったな。」ツグミとシオンもつられて珈琲を飲んだ。

 

4.0・日曜

 

7日に一度の休日。これを「日曜」と言うらしい。

俺は7日に一度休日が必要な理由も、それを日曜と言う理由も理解できていない。

しかしリムル様がそう決めた。

暦自体は、他国との外交・貿易などのため、独自のモノは作れない。

ドワルゴンで使われているカレンダーを参考にしたらしい。

勿論テンペストのみの祝日なる日もあるようだが・・・

 

宴から帰宅した俺は、部屋の隅に置いてあった大きなリュックから書類を取り出し、木箱のテーブルに積み上げた。

テーブルの前にドンと腰掛け、フーとため息を吐いた。座ったものの「今日は寝るか・・・」そうつぶやき俺は寝室に向かった。

 

 

いまだに時々悪夢を見る。今日は見なかった。

俺は必ず6時15分に起きる。勝手に起きることができる。ベッドの上で上半身を起こし、左に振り向く。

時計はやはり6時15分を指している。いつもは見ないカレンダーだが、ふとそこに無い事に気づき、床を見る。

カレンダーは床に表紙を上にして落ちている。表紙はテンペストの町だ。岡から臨む夕焼けに映える美しい町並みだ。

画鋲もその横に落ちている。『画鋲が外れたのか・・・』

俺はベッドから降りて、カレンダーを拾い上げた。

今は9月だ。立ったまま数枚のページをめくり、田んぼの風景の絵柄が出てきたので、床の画鋲を拾って、元の位置に挿し直した。

 

キッチンに行き、コップに水を汲み、一気に飲む。部屋に戻り、着替えて家を出る。

日曜は出勤しないのだが、俺は弁当を買いに行く。まずは社に向かい、先のオーク王の像に手を合わせる。

社を軽く掃除して、弁当屋に向かう。

今日は回復薬を運ぶリザードマンには合わない。彼らも今日は休日なのだろう。毎週だ。

保育園に遅刻しそうな親子にも合わないのだ。保育園も日曜は休みらしい。

二筋先を右に曲がって、弁当屋に入る。

「ゲルドさん、いらっしゃい。」いつもと違う声がする。

日曜はいつもと違う年配のゴブリンが俺を迎えるのだ。いつも働いているゴブリン夫婦の親なのだそうだ。年配のご亭主に以前に聞いたことがある。

7日に1日休日を・・というリムル様の提案に日曜だけはこの老夫婦が仕事をする事にしたのだそうだ。

以前は日曜は休業日にしていたそうだが、日曜に出発する商人や俺のように独り者からの要望が多く、日曜も開店する事にしたらしい。

・・・・・・

「俺たちは体力も落ちた。ホントはリムル様の為にも町のためにもびっちり働きたいんだけどよー。そしたら、息子らが日曜の店番の話し持ちかけてきてさ。・・・日曜は朝から昼までのオープンなんだ。それなら、俺らでも働けるってね。」

ご亭主は答えた。

 

この弁当屋は朝6時から開店し、夕方は6時で閉店するらしい。

「お前達、そんな長く働いて、リムル様になんか言われないか?」

息子らに聞いたことがある。

「私達は朝4時から仕込みを始めて、12時まで働くのよ。で、別の夫婦が11時に来て午後の準備なんかして、6時で閉店、片付けして7時で仕事が終わり。2交代制ね。ハハハ。」

いつものおばちゃん風のゴブリナが教えてくれた。

俺は感心した。

「なるほどな・・・同じ仕事を2交代・3交代でやれば休みなく仕事ができるわけだ・・・人手さえあればそれも可能ということだ・・・」

・・・・・・

 

年配のご亭主はリザードマン達と違いいろいろな話をする男だ。弁当が出来るまでの短い時間ではあるが。

「ゲルドさんよー。おれ昨日寝ながらあんたのことを見たよ。昔のこと。」

そう言ってきた。

「・・・それは『夢』と言うらしいぞ。良い夢も悪い夢も見るらしい。俺もイヤな夢を見るんだ。参るよ。」

「そうかい。俺の見るヤツは懐かしいんだよ。今日はさ、あんたが俺たちの家を建ててる頃のだよ。覚えてるかい?この町を作り始めたころ。あんたは朝早くから日が暮れても俺たちの家を建ててたよな。」

「・・・そうだったな。あの頃は毎日朝から晩まで働いてたな。」

「俺たち、あのときの最初に出来た団地に住んでるんだよ。今も。・・・暮らし始めた時はビックリしたぜ。蛇口ひねったら水が出るんだぞ。トイレ行ったら水が流してくれるんだ。魔法かと思ったよ。嬉しかったねー。それまでは毎日水を汲みに川まで行ってよ。トイレは外で垂れ流しだろ。不衛生だったよなー。俺たちはあんたに感謝してるんだぜ。」

「・・・俺は建てただけだ。設計はミルドさんだし、お前達も手伝っていたじゃないか。」

「俺たちは言われた物運んだりしただけだぜ。なんに使うのかも分からねー。あんたは違うよ。1日中黙って俺たちの家を作ってくれたんだよ。嬉しいじゃないかよ。その夢っての見て、朝起きたら涙流してたぜ。あんたには感謝してもし尽くせないんだよ。」

「大げさだな。」

「いーや。あんたは俺たち皆を幸せにしてくれてるんだ。嬉しいじゃないかよ。おーい。」

ご亭主は厨房に振り向いた。

「ご飯大盛りにしてくれやー。」

「おいおい、頼んでないぞ。」

「いいんだよ。あんまり嬉しいから。御礼だよ。」

「いやいや・・・」俺は頭を掻いた。参ったな。ご亭主は大げさだ。

 

日曜は朝飯分と昼飯分を買う。この日だけは日替わりA弁当と日替わりB弁当を買っている。Aが豪華なのか、Bが豪華なのか俺は理解していない。昨日買った弁当の空箱が入った袋を渡し、注文した弁当をその袋に入れ直してくれる。

普段はこのまま庁舎に向かうわけだが、日曜はこのまま家に戻る。弁当の入った袋を下げ、俺はとぼとぼと歩く。

家に着くと、袋からどれとも選ばずに一番上にある弁当を書類の積み上げられた木箱のテーブルに置いた。

その前にどかんと座ると、無言で食べ始めた。

弁当を食べ終えると、弁当箱をテーブルの右端に寄せ、俺は一番上の書類を手前におろし、表紙を見て、ページをめくった。

 

俺はウソはついていない。日曜は家に居るのだ。だが仕事はする。そうでもしないと承認作業・トラブルの報告など書類は一向に片付かないのだ。

黙々と書類のページをめくる。計算が必要な部分や、少しややこしいページでは手が止まる。問題がなければハンコを押す。

終わった書類は、書類の山の右側に置く。

・・・今日の仕事は始まったばかりだ。書類の山は高い。

書類の山から次の書類を手前におろす。俺は右側の掃出窓の方にバッと振り向いた。

ひょっとして、お茶目なリムル様が俺が家で仕事をしてないか覗いてるんじゃないかと思っての事だ。誰も居ない。当たり前だ。

書類に目を戻しページをめくる。承認作業は続く。

 

休日が必要な理由を俺は理解できていないが、執務室に行かない日、家で仕事が出来ると言うことはありがたい事だと思っている。

家では会議もないし、訪問者もいない。書類の作業は誰にも邪魔されずに続ける事ができる。

俺はひたすら書類の山を減らす事にエネルギーを費やす。

時々バッと掃出窓の方に振り向く。誰も居ないことを確認するのはすでにくせになっているらしい。

 

何時間が経ったか、そろそろ昼飯の時間だろう。俺は部屋にある時計を確認する。

時計は12時5分を指している。

「飯にするか・・・」

俺はそのままバタンと後ろに倒れて、天井を眺めた。綺麗な柾目の格子天井だ。

「さ!」俺は左手を床につけて立ち上がり、キッチンに向かう。

食器籠からコップを取り、蛇口からコップに水を注ぎ、そのコップを持って、さっきまで座っていた場所に座り直す。

俺は右側に置いてある袋をのぞき込み、あと一つあるはずの弁当を見た。その弁当をテーブルに置くと、コップの水を半分ほど飲み、弁当を食べ始めた。

この部屋にはテンペストの風景が描かれたカレンダーは無い。

壁掛け時計がぽつんと壁に掛っているだけだ。俺はゆっくりと掃出窓の外の風景を眺めた。

塀に仕切られているため、風景といえる景色ではない。殺風景な俺の家の庭だ。

 

弁当は直ぐに食べ終わる。腹一杯だとは思わないが、足りないとも思わない。

現場での肉体労働と違って、あまり腹も減らない。

コップの水を飲み干し、バタンと後ろに倒れて天井を眺めた。

俺は何の為に仕事をしているのだろうか?リムル様の為に働いているのは紛れもない事実だ。

犯した罪に対する贖罪か?俺は幸せか?狸おやじの言葉が頭に浮かんだ。「あんたそんな暮らししてて幸せかい?」

 

俺は頭をぶるぶると振って起きた。仕事をするか・・・弁当箱を右側の朝の弁当箱の上に積み上げ二つ一緒につかむと床に置いてある袋に入れた。

書類の山からまたひとつ書類を手前に下ろした。

未処理の山と、押印済みの書類の山と同じ位の高さにはなっている。「今日中には終わるだろう・・・」俺は自分にそう言い聞かせてページをめくった。

時々バッと掃出窓の方を振り向きながら・・・

 

掃出窓の外が夕焼けで少し赤くなってきている。

もう少しで今日やるつもりだった書類は終わる。

ところが、ある書類で手が止まってしまった。

資材の数量が一桁間違えているのだ。これでは資材が足りないし、時間も10倍掛ることになる。

何度計算しても間違いだ。この書類には承認印は押さず、そのページに付箋を付けた。

時々このようなミスがある。だからこの作業も必要なことなのだ。

今まではこの作業は誰もしていなかったのか。だから現場でトラブルが起きる。そこで予定外の時間が掛ったりしていたのだ。

この作業は全て俺がやらなくても良いのではないか・・・?ふと考えたりもしていた。

 

全ての書類のチェック、承認作業が終わった。俺は座ったまま。両手を挙げ、背伸びをした。

俺は時計を見た。夜の8時を過ぎていた。俺はバタンと後ろに倒れた。綺麗な柾目の格子天井だ。

「あー。終わった・・・」

少し天井を眺めて、俺は宴でのベニマル殿の言葉を思い出していた。

 

・・・・・

ベニマル殿は右手にビールのコップを持ったまま話し始めた。

「俺も日曜って必要なのか?って思ったよ。最初。家に居ても竹刀振ったり、刀の手入れしたりな。でも、シュナも休みで家に居るだろう。・・・初めの頃は『人参食べろー』だの、『好き嫌いするなー』だの『洗濯物は洗濯籠に入れろー』だの、小うるさいヤツだなーと思ったけどさ、買い物の荷物持ちに付き合わされた時に、『お兄様、あれを見て下さい』ってさ。・・・そこには赤ん坊を右手で抱いて左手で商品を手にしているゴブリナが居たんだよ。その前には大きなリュックを背負った商人。それを見てシュナがさ『赤ん坊を安全に入れるリュックみたいなものを作れば、お母さんは両手が使えるようになる。どう?』と言ってさ。

『リュックに赤ん坊入れるのかよ?』って聞くと、そうじゃなくて、手足や顔はちゃんと外に出ていて、赤ん坊の体に負荷が掛らないような作りにして・・って説明を始める訳だよ。『ああ、シュナも成長したなー』って感じるわけさ。・・・休日と言っても、周りを見て、仕事に結びつけているわけだよな。休日と言っても自分を成長させているんだなーってな。・・・シュナとの会話も増えて、家族ってこういうものだよなーってな・・・」

ベニマル殿は遠くを見るような顔で話していた。

『家族か・・・』俺には家族は居ない。家族ってこういうもの・・と言われてもどういうものなのだろうか?

家族か・・・

・・・・・

 

「ふー」とため息を吐き、俺は立ち上がった。

空の弁当箱が二つ入った袋を持ち玄関まで行き、下駄箱の上に載せると、キッチンに向かう。

俺はシンクの下の扉から一升瓶を右手で引っ張りだし、振り向いてキッチン背面の戸棚の扉を開けてビーフジャーキーの入った袋を左手でつかんだ。

一升瓶とつまみを持って、部屋のテーブルまで行くと、さっきまで仕事をしていた場所にどかんと座った。

コップに酒を注ぎ一口飲んでビーフジャーキーを引っ張り出して、口で割くように食べる。

デスクワークだけの毎日に腹も減らない。朝飯と昼飯だけ食べれば、夕飯は酒だけあればいい。

 

俺はちびちびと酒を飲み、つまみを食べて、「ふー」とため息を吐いて、「寝よう」と独り言を言う。

こんな日曜は幸せなのだろうか?

俺は部屋に戻るとベッドに潜り込んだ

 

5.0・一週間

 

今日は悪夢を見なかった。俺は6時15分に目覚め、いつも通り時計を見た。

昨日は壁から落ちていたカレンダーは、今朝はいつもの場所で綺麗に色づいた稲穂の風景を見せている。

さ、コレからは同じ事の繰り返しだ。

空の弁当箱の入った袋を持ち、社に行き手を合わせる。弁当屋に行く途中いつものリザードマンに合う。

「ゲルドさん、気を付けて行ってらっしゃーい」と毎日の台詞を聞く。

これだけ綺麗に整備された町で気を付ける事は何もないのだが・・・と、いつも通り思ったところで俺は小さな石ころにつまずいた。

「なんだ。・・・小石に気を付けろ、と言うことか?」

 

二筋先の交差点を右に曲がって弁当屋に入る。弁当屋では日替わりのB弁当をいつも通り注文する。

いつも通りだ。

 

執務室のコーナーテーブルで弁当を食べ、いつも通りカレンダーの稲穂の風景を眺める。

初めてコーナーテーブルで朝飯を食べた時、書記さんが「お茶をお持ちしましょうか?」と聞いてきたが俺はそれを断った。

それ以来、書記さんは俺の朝食は見えていない風を装っている感じがする。そして部屋に並ぶデスクの上を拭いている。

自分のデスクにつくと、家で片付けた書類をリュックからデスクに積み上げる。この作業だけは月曜のみの作業だ。

書類の中から付箋の付いた計算ミスの書類だけを手前に引き出し、再度そのページを開けた。

自宅にはない電卓が執務室にはある。再度電卓で計算し、一桁間違っていることを確認すると閉じて右側に置き、他の承認印を押した書類は処理済のボックスに置いた。

相変わらず積み上げてある未処理の書類があるのだが、月曜は幾分少ない。家でだいぶ片付けたからだ。

しかし事務スタッフが出勤してくると、その山はどんどん高くなっていくのだ・・・

俺は低くなった未処理の書類の山から一番上の書類を手前に下ろしページをめくる。

 

「おはようございます」と声がして、ゴブリンやオーク達が出勤してくる。俺は黙々と書類の山との格闘を続けていく。計算が必要な箇所は電卓を叩く。

 

しばらくすると少し高い声のC62が「会議を始めます」と声を掛けてきた。「んん?」俺は顔を上げる。

そうだ、月曜で主任級のメンバーも入れ替わるのだ。今週はC62が残って、D51とD52は現場に戻ったようだ。

仕事のキリが良かった俺は顔を上げたまま、「わかった」と答えて、計算ミスのあった書類を右手に持ち立ち上がった。

コーナーテーブルに移動すると、今週から執務室勤務の当番になったC57とB12が座って待っていた。

俺が椅子に座ると、C57が立ち上がった。

「今週から執務室勤務となりました。よろしくお願いします。」

そう言って頭を下げた。

B12も慌てて立ち上がり、「よろしくお願いします。」と頭を下げた。B12は小柄な男だ。

「うん。まあ、早く座れ。」

俺はそう答えてC62に顔を向け、計算ミスの書類を見せながら告げた。

「会議の前に、先週の書類でミスがあった。」

「どこですか?」

C62は書類を受け取り椅子に座った。付箋の付いたページを直ぐにめくったようでじっくり読み込んでいる。

「前のページの面積を見ろ。その面積に対して石材の数量が少ないだろう。少ないのではなく、桁が一桁間違っているんだ。」

俺は数量の箇所を指さした。

「あ。確かに。この工区はまだ資材調達の段階のはずだから、今でも修正が効くと思います。直ぐに俺が修正して、再提出します。現場にも修正した数字を伝えますので大丈夫だと思います。結果は今日中に私からゲルドさんにお伝えします。」

C62が俺の顔を見てそう言ってきた。こいつは任せても大丈夫そうだな・・とむしろちょっと安堵した。

C62は話を続けた。

「今ゲルドさんから指摘された箇所について軽く説明する。作業箇所は獣王国に向けた街道整備H工区。石材の数量に計算ミスがあって・・・・・・」

今週から加わったC57とB12への情報共有は怠らない。

「続いてD52からの引き継ぎですが、農業用水用ダム建設現場について。数名の捕虜が体力的な問題等で労働力不足になっている件ですが、現場内で配置転換を行うそうです。資材運搬の担当をしていた狸族の捕虜10名を資材管理に回すそうです。今まで資材管理をしていた馬頭族の5名を資材運搬に回すことでスケジュール通りに仕事が出来るのではないかとのことです。馬頭族の方が馬力はありますからね。」

「そうか。」

俺はつぶやき、狸おやじも体力をあまり使わない部署なら働くだろうか?・・とちょっと不安な気持ちにもなった・・・。

・・・・・

 

会議はしばらく続いた。特別問題になりそうな案件はないと感じた。

俺はデスクに戻り、書類との格闘を再開させた。

時々事務のゴブリンやオークが書類や図面を持っていろいろ確認に来る。特別難しい質問ではない。すぐに答えてやると、その内容をメモ書きして自分のデスクに戻っていく。

町はどんどん拡大している。住宅や商業施設は増え続けている。新たな建築の依頼は特別な要望が無い限り、一度建てた建物と同じように作る。このような場合ミルドさんにいちいち設計を一からしてもらうのではなく過去の図面をコピーする。躯体の構造に変更がなければ事務スタッフが図面を引くまでに成長している。

C57やB12も質問に来る。難しい質問ではない。むしろ、現場での作業についての質問が多い。

執務室ではこのようなやりとりが俺の書類作業を遅らせるのだ。仕方ないことではあるが。

 

12時のチャイムが鳴った。執務室に居るスタッフはそれぞれ誘い合って部屋を出て行く。

俺も部屋を出て廊下の左へと進む。ちょっと行くと、食堂があるからだ。

食堂に入るとお品書きが右の壁に貼られている。その前でしばし談笑しているものも居る。俺は毎日その前を素通りする。

その先にはカウンターがあって、ゴブリナが笑顔で待っている。

俺はゴブリナに告げる。

「日替わりB定食。」

「はい、ゲルドさん。」

とゴブリナが答えてくれる。番号札を受け取ると、更に進んで、厨房が見えるカウンターの前で少し待つことになる。「10番の方ぁー」「11番の方ぁー」と順番に呼ばれる仕組みだ。俺の札は15番だ。

「15番の方ぁー」と声が掛った。俺はカウンター前まで行くと、ご飯とおかず・味噌汁・漬け物・お茶と15番の札が載ったお盆が置いてある。

俺は自分が持っている15番の札とお盆の15番の札をカウンターに並べて置くと、お盆を持ち空いている席に座る。いつも座席はそれ程混んでいないのだ。

黙々と飯を食い、お茶を飲んで俺はすぐに立ち上がる。お盆を返却口と書かれた一番奥のカウンターに置き、その横のドアから廊下に出る。

俺はトイレに行き、そのまま執務室に戻り、書類との格闘を再開させるのだ。

12時から午後1時まで昼休みではあるが、「その時間に仕事をするな」とまではリムル様も言っていないのだ。

 

午後1時ちょっと前になると、皆ばらばらに戻ってきて、自分の席に座って仕事を始める者や、隣の席に座る者とおしゃべりを始める者とそれぞれ違う。

チャイムが鳴ると午後1時、始業の合図だ。今までおしゃべりに夢中だった者も前を向いて、仕事を始める。

書類のハンコ押しとスタッフの質問に午後も追われて終業時刻のチャイムが鳴る。まだまだ書類のハンコ押しを続けたいが、リムル様から残業はできるだけするな・・と言われている。・・・言われているからというよりも・・・この作業は疲れる。現場での肉体労働の方がどれだけ清々しいか。汗をかき手も汚れるが、疲労の度合いが違う。

今日はこのまま帰宅するか。俺はそう思うと、弁当袋だけを持って席を立った。

 

 

俺はどこを通って家に着いたか覚えていない。気がついたら自宅の玄関前に立っていた。疲れた。

弁当袋を下駄箱の上に置くと、そのままキッチンに向かった。

俺は籠に伏せてあるコップを調理台の上に置くと、背面の戸棚から一升瓶を出して注いだ。

俺は酒を一気に飲み干すと、一升瓶もコップもそのまま、寝床へ向かった。疲れた・・・

 

 

 

「ハアア!」

目の前には綺麗な柾目の格子天井がある。ベッドの上で上半身を起こし、左に振り向き時計を見る。2時だ。

また悪夢を見た。なんてことだ。疲れて寝ていても、更に俺を疲れさせるのか・・・

キッチンに行きシンクに置いたままのコップに水を注いだ。俺はそのコップをしばらく見ていた。

ガタガタっと風が窓を叩く音で俺は我に返りコップの水を一気に飲んだ。

悪夢自体はたいしたものではない。執務室に着いて書類を出そうとリュックを開けると空だ。家に忘れたのか?

俺は走って自宅に帰る。玄関を開けて、ダイニングに行くと、何もない。書類がない。木箱のテーブルもない。時計もない。なぜだ!

走って執務室に戻りドアを開ける。そこにはデスクもコーナーテーブルも、何もない。何なんだー・・・・

この程度の悪夢だ。それでも俺の心臓の鼓動は早くなっている。俺は両手をキッチンにつき、下を向いた。

 

 

 

次の朝も6時15分に目が覚めた。悪夢を見た次の朝もこの時間に自然に目が覚める。

いつもの1日が始まる。家を出て、社に行く。

リザードマンに会い天気の話をされる。弁当屋で日替わりB弁当を受け取り、保育園に遅刻しそうな親子の会話を聞く。

毎日同じだ。

 

次の日も6時15分に目が覚める。悪夢は見なかった。

社に行き、リザードマンの天気の話を聞き、日替わりB弁当を受け取り、保育園に遅刻しそうな親子の会話を聞く。

しかし、今日は少し違うことがあった。

 

執務室のコーナーテーブルで弁当を広げて前を見ると、カレンダーの絵柄が見事な紅葉の山に変わっていた。

下の日付の箇所を見ると10月に変わっていた。そうか、今日から10月なのか・・・

日付の意識もなくなっていた。家のカレンダーも変えなければと思った。

違うのはそれだけだ。あとは何もかもが同じように1日が動いた。時々スタッフが質問に来る。時々書類のミスを見つける。同じ1日だ。

 

次の日も6時15分に目が覚めた。悪夢は見なかった。

社もリザードマンも親子も、今朝も皆同じだ。カレンダーは紅葉だ。

しかし、今日も違うことがあった。

 

昼休みの少し前、11時頃だろうか「ゲルド居るかー」とリムル様の声がして、執務室のドアが開いた。

スタッフも俺も、主任級のB12達も全員「バッ」とドアの方を見た。

ドアから上半身だけのぞき込むようにリムル様が顔を見せている。

俺はすぐに立ち上がり、「はい。おります。」と答え、ドアに向かおうとした。

「そのままそのまま。今少しいいかな?」

リムル様はそう言いながら俺のデスクの方に歩いてきた。

他のスタッフ達は会釈し又前を向いて仕事を再開している。

 

リムル様は近くのコーナーテーブルにあるキャスター付き椅子を両手で押しながら俺のデスクの前まで来て、ちょこんと座った。

「呼びつけてくれれば、俺が出向きましたのに」

俺は立ったままそう言うと、

「いや、俺も気晴らしだよ。ずーと自分の執務室にいると飽きるだろう。まあ座ってくれたまえ。」

笑顔でリムル様が答えてくれた。俺が着席すると、リムル様は椅子に座ったままズズッズズッっと前に移動して、デスクの直前まで来て、俺のデスクにA3位の紙を置いた。

 

「ヨームとちょっと話をしてきたんだ。ファルムスはまあ予定通りに進んでいるんだけど、その後の話をな。」

そう言ってA3の紙をくるっと回して、俺の方に押し出して話を続けた。

「まあ、見てくれよ。ファルムスが予定通りにヨーム王のものになった後だ。街道の整備もするわけだけど、ファルムスの国境あたりに新しい町を作ろうって話になったんだ。まだ詳細は何にも決まってない。二人で話しただけだけどな。テンペストの工業製品や獣王国の農産物なんかがファルムスにも輸出されることになるだろう。それらを受け入れて、2次加工3次加工をこの町でやるって話だ。首都でやっても勿論良いんだけど、この町をテンペストとファルムスの共同開発地区ってことにして、人的交流もこの町からしていこうってストーリーだ。ファルムスの人間がいきなりテンペストに来る事には抵抗もあるだろう。でもこの共同開発地区はファルムス国内な訳だし、抵抗も少ないはずだ。この町には俺らのスタッフも派遣して技術交流をして行く。テンペストとすれば、自国の工業製品を多く売り込むことになるし、ファルムスの国民が魔物に慣れてくれば、テンペストの観光客にもなる。」

「なるほど・・・町を一から作るわけですな。」

俺はつぶやく。おおざっぱな絵が書いてあるだけだが、リムル様は何を聞きたいのだろうか?

「この町の規模はどのくらいですか?」

俺は話しながらリムル様を見た。

「まだ全然決まっていない。ただ、道路・上下水道整備はしておき、労働者の住居をいくつか作る位から始めたいんだ。先方の細かい希望もあるだろうから、工場や倉庫などは向こうの希望が出てから建てたいんだ。だから、街道整備の際の簡易宿舎を宿屋にして行く戦法で町の居住地区に簡易宿舎を作ったら良いと思うんだけど。どう?」とデスクの紙に書かれたデッサンを見ている俺をリムル様がのぞき込んできた。

「問題はないと思いますが。街道の宿屋となる場所から奥に居住地区を作れば良いわけですよね?その隣に共同開発地区となる町を作る事になるかと思いますが・・・」

「そんなイメージだな。」

とリムル様がウインクした。

「で、人材確保なんだけど・・・どのくらいの規模になる?」

『それが聞きたかったのか・・』と思った俺は

「基本的には街道整備の延長線上の追加作業程度です。この位なら。この予定地域はどんな現状ですか?森ですか?」

俺が聞き返すとリムル様は

「うーん・・」と腕を組んで「たぶん、草原なんだと思う。ヨームの話だと。まだどこに街道通すか決定してないからなんとも言えないけど、ルートの選択肢はそれ程ないから、国境周囲はだいたい草原らしいんだ。」

リムル様はそう話を続けた。

「最初の整備よりも、実際に工場や倉庫を建てる段階でそれなりの人手が必要になるでしょうね。」

俺はA3のデッサンに目を移してつぶやいた。

「うん。わかった。この位ならちゃちゃってやってくれるよな?ゲルドなら。」

揉み手しながらリムル様は顔を斜めにして俺を見つめている。

「リムル様、大丈夫ですよ。ちゃんと発注が入れば、有能な作業員を選んで希望通りの町を作りますよ。」

俺は笑顔で答えておいた。実際に詳細が決まってくると、たぶん規模は膨らんでいくことだろう。今の段階でそんなことを危惧してもリムル様は止まらないのだ。

 

「んーー。」

リムル様はのびをして、時計を見た。俺も見た。11時半前だ。

「ゲルドー、昼飯行こうぜ。」

「え?昼にはまだ早いですよ。」

「ゲルド、真面目だなー。少しくらい良いんだよ。臨機応変。・・・そうだゲルド君、会食しながらの打ち合わせに行こうではないかね。」

そう言うと、リムル様は座ったままキャスター椅子をくるくると回して、後ろに座って仕事をしている書記さんに「ゲルド借りるよー」と声を掛けた。

「ハイ、リムル様。行ってらっしゃいませ。」

書記さんは笑顔で答えて、俺の方に歩いてきた。椅子の後ろの出窓風になっている窓際には俺の一週間の予定が書かれたホワイトボードが置いてある。その一番上、今日の欄に『リムル様と打ち合わせ  帰社時間:14時』と書き込んだ。

 

「ゲルド行くぞ」

リムル様は立ち上がった。俺も後を付いて歩き出す。執務室のドアを出ると、リムル様は右側に歩き出した。

「え、食堂じゃないんですか?」

声を掛けると、リムル様は立ち止まり振り向いて、

「ゲルドを連れて行きたいところがあるんだよ。」

そう言ってまた庁舎の玄関方向に歩き出してしまった。俺は慌てて、後を付いていく。

 

庁舎から出てしばらくするとリムル様が話を始めた。

「ゴブイチに新しいレシピを再現してもらったんだよ。任せられる料理人育てて、給仕スタッフ練習して、ちょっと前にその店がオープンしたんだ。ゲルド行ったことないだろうからさ。」

少し歩くと、飲食店・ブティック・カフェが建ち並ぶ観光客も訪れるであろう地区に来た。

 

リムル様は「ここ、ここ。」と店の看板を指さした。看板には「鳥丸」と書いてある。リムル様は躊躇なくガラッと引き戸を開けて、「二人いいかな?」とスタッフに声を掛けた。

「リムル様!いらっしゃいませ。」と返事があり、席に案内された。

四人掛けのテーブルの奥にリムル様は座った。俺は向かいの斜め前になる椅子に腰掛けた。

給仕のゴブリナがお茶を持って来て、「何になさいますか?」と聞いてきた。

「親子丼のランチセット。ゲルドもそれでいい?」

リムル様は俺に聞いてきた。

「はい。」

俺はそれ以外の答えを持っていない。

 

お茶を飲み、湯飲みを両手で持ったままリムル様は話を始めた。

「ゴブイチにさあ、向こうの世界の親子丼の話をしたんだよ。俺、料理の詳しくないからさ。・・・でも鶏肉と玉葱を煮て、最後に卵でとじるんだよ。それを丼のご飯に載せて三つ葉を散らして・・・位の説明したら、もうそれで『こんなのですか?』って試作品出してきたんだよ。見た目はそっくり。多少もう少し甘く・・とかしょっぱく・・とか言って、あとはシュナと相談したらしいけど、出来ちゃうわけだよ。ゴブイチってさ、口数少ないだろう。店で働くのより、やっぱ、研究開発に向いてるのかなーと思ったりな。宴なんかでは皆の前で料理して配ったりも出来るから、全くそういうのが苦手って訳じゃないとも思うんだけどな。」

 

「お待たせしましたー」給仕が丼と味噌汁・漬け物の載ったお盆をリムル様と俺の前に置いた。

「さあ、食べよう。いただきまーす。」

リムル様はそう言うと黙々と食べ始めた。俺も手を合わせ頂いた。

 

 

「んー美味かったー。ごちそうさまでした。いろんな味を再現出来て、俺は幸せだよ。」そう言ってリムル様はお茶をすすった。

「捕虜の様子はどうだ?」

「はい。なかなか難しいですがきっちりやっております。それぞれ種族によってのクセもあって・・・」

「そうだよなー。部下の育成ってこー、一朝一夕にはいかないよなー。」

リムル様はお茶を飲む。

「・・・向こうにいる時にさ、後輩で田村ってヤツがいたんだよ。こいつがサー、ちょっと抜けてるところがあってさ。プロジェクトで一緒に動いていたとき、社内での調整や管理をさせてたんだけど、なんか間違えたり、スケジュール通りに行かなかったりするんだよ。本人も落ち込んでてさ。・・・飲みに連れてった時には『俺仕事向いてないんでしょうか?』とか本気で悩んじゃっててさ。・・・でも仕事進んで現場行ったら、年上の現場の作業員さんなんかと和気藹々で話ししちゃう訳よ。作業員と言えば聞こえは良いけど、それぞれクセのある人間が多くてさ。それでも、なんだか気が合うみたいで、結局仕事スムーズに進んじゃうわけだよ。・・・田村には現場であーだこーだ、指示出したり、作業員にいじられたりしながら仕事するのがあってるのかもしれないなって思ったわけだよ。・・・適材適所ってヤツだな。誰でも得手不得手はあるからな。」

そう言って、リムル様はまたお茶を飲んだ。

俺はじっくり話を聞いてから同じようにお茶を飲んだ。

「適材適所ですか・・・言われることは分かります。」

俺は左上を見ながらちょっと考えた。

 

 

リムル様とは店を出て分かれた。別の店を視察に行くらしい。俺は一人下を見ながらとぼとぼと歩いた。

ヨーム殿との共同開発地区の話は口実で、俺を連れ出してさっきの話をしたかったのだろう。ちゃんと捕虜を上手く使いこなさなければ、リムル様が心配するだけだ。

そういえばダム建設現場の狸達、資材管理だったかの部門に回したと言っていたな。適材適所なのだろうか・・・

いろいろと余計な心配事も考えながら気がつくと庁舎に到着していた。執務室に入ると時計は14時を指していた。

 

 

 

毎日たいした変化のない執務室勤務が続き、また日曜がやってくる。今週も終わりだ。俺はリュックに未処理の書類を詰めて家路についた。

 

俺は書類をテーブルに積み上げた後、キッチンから一升瓶を右手に、コップとビーフジャーキーを左手に持ってテーブルに戻った。

あぐらをかいてコップに酒を注ぎ一杯飲み干すと、後ろに両手を付いて天井を見上げた。

この生活にも慣れてきたものだ。書類を眺めながら、明日一日じっくり書類の片付けが出来る事を楽しみにしている自分が居ることに苦笑いをした。

酒をコップに注いで、ビーフジャーキーをむしりながら食べた。

理解出来なかった7日に一度の休日を前に、じっくり仕事が出来ることに安堵しながら酒を飲んで夜を過ごした。

 

6.0・事件

 

日曜の朝、今日は悪夢を見なかった。いつも通り6時15分に目覚めた。

社に行き、弁当屋に寄ってA弁当とB弁当を注文した。

日曜だけ店番をしているご亭主が今日も別の話を始めた。

 

「ゲルドさん、俺らもう一日だけ働く事になったよ。」

「ほー。何曜日の店番だ?」

「違うさ。別の仕事さ。」

「別の?」

「族長が声掛けてきたんだよ。なんでもな、小学校で授業の後、夕方までの間子供達の面倒を見る仕事なんだとさ。『おれら学ねーから、勉強なんて教えらんねーぜ』って言ったらよ、料理教えればいいんだとよ。別にびっちり料理教えるんじゃなくて、包丁の使い方だの、簡単な事から遊びの延長でいいんだとさ。それなら俺らの得意分野じゃねーかよ。子供学校に通わせてる親達も、もっと働きたい者がいるんだとよ。そいつらの役に立てるのなら、俺たちも皆の役に立ってるって事だよな。」

嬉しそうに話を続けた。

 

なるほどなー。仕事したいヤツの為に子供を預かる仕事か。考えたものだな。それも仕事か。

弁当袋を受け取り、家に向かう。歩きながら俺は考えた。

仕事とは何なのだろうかな・・・?俺は間違いなくリムル様の為に働いている。それに贖罪の気持ちか・・・。しかし、弁当屋の者達は働きたくて仕事をしているようだ。リムル様の為とは考えていない。働きたい者の役に立つから子供の面倒をみる仕事をする・・・。狸親父の言葉も甦る。「あんたそんな暮らししてて幸せかい?」

 

家まではたいした時間は掛らない。その間「仕事とは・・」と考えながら歩いた。しかし、今までのように落ち込むような気分にはならなかった。その理由も分からないが、日曜に家でする仕事に変な満足感を得ているからだろうか?町でのこの変な生活に慣れてきた事が良いのか悪いのか・・と。

 

昼飯を挟み一日中書類を読みふけ、計算をし、ハンコを押して過ごした。誰かに覗かれていないか時々掃出窓を確かめながら。

慣れたものだ。全ての書類の山が右側の山に移った。終わった。

俺は両手を伸ばしてのびをして、そのままバタンと後ろに倒れた。綺麗な柾目の格子天井をボーと眺めていた。「仕事・・・」か。

 

「ドンドンドンドン」

玄関を勢いよく叩く音がする。

「誰だ?」

「ドンドンドンドン。・・・ゲルドさーん。居ますかー。ゲルドさーん。ドンドンドンドン。ゲルドさーん。」

『誰だ?何事だ?』

家に誰かが訪ねて来る事など今まで一度も無い。やたらと慌てている感じがなにかイヤだ。

俺は玄関に行き、カギを開ける。俺はドアノブを回そうと手を掛ける。その前にノブは勢いよく回って、バッとドアが開いた。

ちょっと仰け反った俺の目にC62が顔色を変えて荒い息遣いで立っている。

「なんだ、お前か。どうした。」

「大変です。ダムが崩れたようです。連絡が入りました。」

ハーハー・・・と息遣いがまだ荒い。

 

「なに?」

「俺今週で執務室勤務終わりじゃないですか。出発前に執務室で荷物まとめていたんですよ。そしたら、D52から連絡が入ったんですよ。」

なんてことだ。ここまで来てダムが崩れたなんて・・・

「わかった。庁舎に行こう。」

俺はそのまま玄関を出て、C62の早足に合わせて歩いた。空には少し膨らんだ半月が浮かんでいる。

 

「原因は分かっているのか?」

C62に尋ねた。

「ダイナマイトの爆破があったようです。」

「ダイナマイト?・・・今、使う段階じゃないだろう。なんでだ。」

C62は黙ってしまった。早足で執務室に入ると、C57が待っていた。

 

歩いている俺達に向かって、C57が話し始めた。

「打設した堤体コンクリートのほとんどが崩れたようです。今日は作業をしていないので作業員に被害はないようです。」

「どういうことだ?作業をしていないのになんでダイナマイトが爆発した?」

俺たちは執務室で立ったまま話を続けている。

C62が話を継いだ。

「実は・・・D52が狸たちを軟禁はしているのですが・・・」

「狸?」

俺はC62を睨んだ。

「狸がどうした?」

「実は、資材管理に回っていた狸たちが勝手にダイナマイトを仕掛けて爆破させたらしいのです。」

「勝手にって、どういうことだ?」

「現在堤体工事と平行して林道の付け替えをしているのですが、その付け替え道路予定地を一気に整地しようとしたらしいです。」

「意味が分からん。それでなんで狸がダイナマイトを使うんだ?」

「そのー。・・・ちまちま作業してるのが面倒臭くて、道路予定地の山を全部壊せば良いと考えたようでして・・・」

「なんなんだよ、その理由は・・・」

「ほぼほぼ一から作り直しなんだぞ・・」

俺は天井を見上げた。

 

沈黙がしばらく続いていると、B12が執務室に飛び込んできて話を始めた。

「作業員は点呼もして、被害者はいなかったのですが、どうも・・・その・・・リムル様がお忍びでダム工事の現場に視察に来ていたもようで・・・」

「え・・それで?」

C62がつぶやいた。

「手分けして周囲を探したそうですが、いらっしゃらないと・・・」

「おい、そんなバカな事が・・・」

俺はB12の胸ぐらをつかんだ。どうしたらいいのか分からない。B12から手を離して、意味もなく自分のデスクに向かって歩いた。

 

「居るのか?」

リグルド殿がドアを開けて入ってきた。真っ直ぐ俺のデスクに向かって早足で歩いてくる。

「リムル様がダムの事故に巻き込まれたというのはホントですか?」

「いや。俺も今聞いたところでして。ダムの崩壊事故があったのは事実です。リムル様がお忍びで視察に来ていたという話が現場からはありました。」

「いやいや、視察に行ってたのも事実のようですよ。連絡が付かないのです。」

リグルド殿の顔は青ざめている。

 

「おい。どういうことだ。」

ベニマル殿も執務室に入ってきて、俺の方に向かって歩きながら聞いてくる。

俺のデスクの周りでリグルド殿とベニマル殿が俺に詰め寄る形になった。

「これから現場に行ってこようと思います。」

俺は答えた。

その時ビュンという音と共にソウエイ殿が突然現れた。

「ゲルド。行ってもなにも出来ないぞ。」

ソウエイ殿も歩きながら俺のデスクの前まで来た。

「今現場に行ってきた。」

ソウエイ殿の言葉に皆がつばを飲み込む。

 

「瓦礫の中に空間があった。そこには下半身が岩に挟まれた状態のシオンが居た。息はなかった。不死身とは言えあまりに急だったんだろうな。その腕にはゼリー状の青いなにかがあった。」

ソウエイ殿の顔を睨んでいたリグルド殿が顔を下に向けてつぶやいた

「なんてことだ。」

ソウエイ殿は話を続けた。

「周囲にリムル様のオーラは感じられなかった。周囲を捜しもした。しかし・・・」

すでに開けっ放しになっているドアからシュナ様も入ってきた。

俺のデスクまでゆっくり歩いてきてささやく。

「リムル様のことは本当ですか?」

すでに涙を流している。

 

「なんでダムが崩壊した!」ベニマル殿が俺に向かって叫んだ。

「いや、今、調査中ですが・・・」

「なんてことだ。リムル様の居ないテンペストがまとまって行けるのか・・・」

リグルド殿が下を向いたまま冷静に言う。

「そんなことよりリムル様です。どこかにいらっしゃるんじゃないのですか?・・・リムル様が居ないなんて・・・」

シュナ様は諦めていないようだ。

「ゲルド!どうしてくれるんだ!」

ベニマル殿がまた叫んだ。

「・・・ゲルド殿を責めても仕方ありませんぞ。それよりこれからのことです。」

リグルド殿はベニマル殿の横顔に向けてそう言った。

「しかし・・・なんでだ・・・」

今度はベニマル殿が下を向いた。

「リムル様。。。」

シュナ様がつぶやく。

 

俺は天井を見て叫んだ。

「なぜだ。なんでこんな事にー!」

 

 

 

・・・・・「ハアア!」

目の前は綺麗な柾目の格子天井だ。俺はバサッと体を起こした。周りを見る。ここは俺の部屋ではないか。なんなんだ。悪夢を見ていたのか?

目の前には木箱をひっくり返したテーブル。その上には書類の山が積んである。俺は家での仕事を終えて、そこで寝てしまったというのか?

時計を見ると2時を指している。額からは脂汗がにじんでいる。俺はキッチンに行くとコップに水を注ぎ一気に飲み、両手をキッチンに付き下を見た。

「参った。こんな夢は初めてだ。リムル様が死ぬだなんて悪い冗談だ。俺はなんてものを見たんだ・・・」

自分の部屋に戻るとまたカレンダーが落ちている。直す気にもなれない。俺はベッドに潜り込んで丸くなって寝た。

 

7.0 一週間の始まりなのか

 

朝6時15分に目覚める。

あれほどの悪夢を見てもその時間にはちゃんと起きるのだ。

時計を見た。その下のカレンダーがない。そうだ、カレンダーがまた落ちたのだった。俺はベッドから出るとカレンダーを拾い、紅葉の山が描かれたページまでめくって落ちている画鋲で留めた。

 

いつもと同じ生活が始まった。

テーブルの上にある書類の山をリュックに押し込み、下駄箱の上の弁当袋を持ち家を出る。

社に行き、弁当屋に向かう。

この先でリザードマンが現れて、また天気の話だ。

『ん?今日は現れない・・・』

配達の時間が違う日もあるのか?初めての事だな。

 

ほっくほく亭の看板が見えてきた。俺は暖簾をくぐる。

「ゲルドさん、いらっしゃい。」

年配のご亭主の声だ。『あれ?』

「どうした?今日も店番か?」

「え?今日は俺らの番だ。」

「ん?そうなのか?」

俺は考えた。そう言う日もあると言うことなのだな。

 

「日替わりのB弁当を」

俺は告げた。

「あれ?1個でいいのかい?」

「そうだ。今日は1個でいいんだ。」

ご亭主は平日の店番が初めてだから、いつもは俺が1個しか買わないことを知らないのだったな。

「おーい。ゲルドさんB弁当1個なー」

ご亭主は厨房に叫んだ。

 

「ゲルドさんよー。おれ昨日寝ながらあんたのことを見たよ。昔のこと。」

「え?」

それは先週も話していたが・・・「それは『夢』だな・・・」先週も答えたが。

「そうかい。ユメって言うのかい。懐かしかったなー。あんたが俺たちの家を建ててる頃のだよ。覚えてるかい?この町を作り始めたころ。あんたは朝早くから日が暮れても俺たちの家を建ててたよな。」

・・・先週も聞いた。ご亭主、トシのせいで同じ事言ってるのか?こういう時は否定しない方が良いというから黙って聞いてた方が良いのだろうな。

 

結局、ご亭主は先週と全く同じ話をした上にご飯は大盛りになった。俺は弁当袋を受け取り店を出た。

 

いつもの家の前に来たが、保育園に遅刻しそうな親子は出てこない。今日はいろいろと違う。

庁舎に近づいたが、出勤してくる者が全くいない。大体同じ顔を見るのだが、一人も会わない。町がなにか静かだ。

 

俺は庁舎の少し手前で立ち止まってしまった。表玄関が閉まっているのだ。俺は時間を間違えて家を出たのだろうか?

庁舎沿いに右に歩いて、裏玄関に向かった。少し行くと守衛室があり、俺はのぞき込んで声を掛けた。

「おはよう。なんで表玄関が開いてないんだ?」

若いゴブリンの守衛がガラス戸を開けて聞いてきた。

「あれ、ゲルドさん、今日出勤ですか?」

何を言っているんだ。「ああ。」とだけ答えると、

「ちょっと待ってくださいね。」

そう言ってカギを手に守衛室から裏玄関のカギを開けてくれた。

俺は「うん」と頷いて執務室に向かった。

 

部屋に入ると誰も居ない。いつもなら俺より先に出勤している書記さんが来ていない。何もかもがいつもと違う。

俺は打ち合わせ用のコーナーテーブルに弁当袋を置いて、キャスター椅子を転がして持って来て座った。

弁当を出し蓋を開ける前に、目の前のカレンダーが見に入った。

『ん?』黄金色の稲穂の絵柄だ。日にちの所の×印は下から2段目の金曜までしか付いていない。

どういうことだ。几帳面な書記さんが間違えるはずもなく、というより、一度付けた日付のバツをわざわざ消す必要なんてなにもない。訳が分からない。

俺は弁当を食べ、自分のデスクに移動した。リュックから書類の山を出し、デスクに置いた。

今週はミスが一つも無かった。書類の一番上から一つ手前に下ろし、承認印を確認した。

『あれ?』押していない。次の書類を手に取って承認印を見た。これも押していない。いや違う。この書類は先週の書類だ。どれもこれも。

 

例の一桁間違った計算をしていた書類を探した。

あった。問題のページを探して数字を確認した。あった。ミスもそのままだ。なんなんだ、これは。今俺は悪夢を見ているのか?

俺は自分のほっぺたをつねった。痛くない。しかしそれは面の皮が厚いからであろう。

俺はしばらく自分のデスクに座って誰か来るのを待っていた。ドアを睨みつけながら。

 

誰も来ない。始業の時間はとっくに過ぎているのに誰も来ない。俺はなにが起きているのか考えたが、何も思いつかない。

立ち上がり、部屋の中を少し歩いた。ドアを開けて庁舎内を少し歩いた。誰もいない。

立ち止まり天井を見た。『そうだ・・・』思いついた。守衛室に行ってみることにする。

 

「えーっとー・・」

守衛室のドアを開けて守衛に声を掛けるでもなく、部屋に入った。

「なんですか?ゲルドさん珍しいですね。日曜に出勤だなんて。」

・・・今守衛は『日曜』と言ったか?今日は日曜なのか?

守衛室で俺は考えた。

「ゲルドさん、お茶でも入れましょうか?」

「いや、いらんぞ。」

俺は立ったまま考えた。

今日が日曜だとすればいろいろ辻褄が合う。天気の話が好きなリザードマンにも遅刻しそうな親子にも会わなかったのも合点がいく。弁当屋のご亭主が店番をしているのも今日が日曜だからだ。

そうなのか?俺は守衛室内のカレンダーを探した。

あった。

・・・え?ここも黄金色の稲穂の絵柄ではないか。なぜ9月になっているのだ。俺は守衛にそれとなくそのことを聞く方法を考えた。

「えーと。今日は・・・」

目が悪い風を装って俺は指で日付をなぞってみた。

「昨日が宴だったから、ここですよ。」

そう言って守衛は笑顔で先週の日曜を指さした。

昨日が宴?守衛はそう言った。

俺は守衛に何も言わず執務室に行き、リュックに書類を詰め直して、すぐに守衛室に戻った。

「帰る。」

そう告げると裏玄関を出た。

 

どういうことだ。今日は9月の最後の日曜だと言うのか?リムル様が死んだあのダム崩壊事故は悪夢だとして、いったいいつからが夢だというのだ?宴の次の日から全てが夢なのか?リムル様と鳥丸に行ったのも、あれも長い夢だったというのか?歩きながら考えた。

 

 

ふと、自分の家を通り過ぎていることに気がついた。振り向くと後ろに自分の家が見える。

そうだ、この先にリムル様の家がある。どうせならリムル様の安否を確認しよう。俺はそのまま歩き出した。

 

リムル様の家はこぢんまりとした和風の家だ。

門扉の前で俺は立ち止まった。引き戸を開けて、石畳のアプローチを少し歩く。

玄関にあるチャイムに手を伸ばしたが、押せない。チャイムを見つめる。

もし居なかったら・・・ただ単に不在なのかもしれない。不在の場合、安否を確認したことにはならないわけで、今チャイムを鳴らすことに意味はあるのだろうか?

俺の指はチャイムの前で止まったままだ。

 

そんな事をもやもやと考えていると、ガラッと扉が開いて中からリムル様が現れた。

「なんだ。ゲルド。さっきから気配を感じていたぞ。」

「あ。・・・おはようございます。ご無事でいらしたのですね。よかった。」

「何言ってるんだ?昨日宴で会ったばかりじゃないか。」

「よかった・・・それでは失礼いたします。」

くるりと向きを変え、俺は石畳を歩き始めた。後ろでリムル様がなにか言っている気もするが、そんなことより、これからの事を考え始めていた。

さっき執務室で見た書類を早く確認したい気持ちが先行している。

「おーい。何しに来たー。」リムルの声はゲルドには届いていない。

 

俺は家に着くとリュックの書類をテーブルに広げて順番に確認する。

「これもだ・・・これもだ・・・」

次々にページをめくる書類は確実に先週の日曜に家で承認印を押したものだ。

一桁数字の間違っていた書類を探して、一応計算からやってみたが、先週のものに間違いない。どういうことなのだろうか?リムル様は生きていて、あれは夢だ。現実ではない。

しかし、夢とは一度経験しているものもあるのか?なにが起きているのかやはり理解出来ない。俺は、計算間違いの書類以外の承認印を次々に押し、計算違いの書類には付箋を付けた。これだけの仕事ならさっさと終わる。そういえば今日は昼の弁当がないことに気がついて、日曜は昼でしまるはずの弁当屋に出掛ける事にした。

 

8.0 疑心暗鬼

 

悪夢も見ず、朝6時15分に目覚めた。なにが起きているのか分からず出来るだけいつも通りに過ごそうと昨日決めた。

 

社へ行き、弁当屋へ向かう。その手前で予定通りリザードマンと会った。天気の話を聞いて「ゲルドさん、気を付けて行ってらっしゃーい」と言われ分かれた。

先週は、確かここで俺は小石につまずいたのだ。俺は立ち止まり足元の小石をつまみ上げて顔の前で見つめた。

一週間を夢で経験している。同じ事が起きるということか?

 

執務室で弁当を食べて、自分のデスクについた。両肘をデスクに付け俺は出勤してくる者をチェックした。書類の片付けはしない。

先週と同じならば、C62が残り、新たにC57とB12が来るはずだ。

事務のゴブリンやオークに混ざって、C62が現れた。やはりそうだ。

俺が睨み付けているからか、皆変な顔して、挨拶をしている。

 

C57も出勤してきた。「おはようございます。」部屋全体に聞こえるように挨拶をして、自分のデスクに向かった。

次にB12も出勤してきた。同じように部屋全体に向かって挨拶をした。俺は背もたれに寄りかかり天井を見て考えた。

「やはり同じ事が繰り返されている。」

俺は浅く座り直し新たに積まれている書類に目をやった。これも一度見ているものだ。内容を精査する必要はない。

次々に承認印を押していると、C62が「会議を始めます」と声を掛けてきた。予定通りだ。

「うん。わかった。」計算ミスのあった書類を右手に持ち立ち上がった。

 

コーナーテーブルに移動すると、予定通り今週から執務室勤務の当番になったC57とB12が座って待っていた。

俺が椅子に座ると、C57が立ち上がって、「今週から執務室勤務となりました。よろしくお願いします。」と頭を下げた。

B12も慌てて立ち上がり、「よろしくお願いします。」と頭を下げた。全て同じだ。

「うん。まあ、早く座れ。」俺はそう答えて、C62に顔を向け、計算ミスの書類を見せながら、「会議の前に、先週の書類でミスがあった。」と告げた。

 

先週と同じようにミスの説明をすると、C62はすぐに理解し、「今ゲルドさんから指摘された箇所について軽く説明する。作業箇所は獣王国に向けた街道整備H工区。石材の数量に計算ミスがあって・・・・・・」こいつは大丈夫だ・・・と俺はまた思った。

 

「続いてD52からの引き継ぎですが、農業用水用ダム建設現場について。数名の捕虜が体力的な問題等で労働力不足になっている件ですが、現場内で配置転換を行うそうです。資材運搬の担当をしていた狸族の捕虜10名を資材管理に回すそうです。今まで資材管理をしていた馬頭族の5名を資材運搬に回すことでスケジュール通りに仕事が出来るのではないかとのことです。馬頭族の方が馬力はありますからね。」

『やはり同じ事を言っている・・・』

そう思った瞬間、俺は声を張り上げた。

「・・・待て!」

 

そうか、ここで狸たちの配置を資材管理に移動させなければ事故は起きないのだ。そうだ。そういうことだ。

このままでは全てが同じように進み、リムル様はダムの事故で命を落とすのだ。

俺はリムル様を守るために一週間前に戻されたのだ。・・・いっそのこと狸たちを別の現場に移動させればダム現場で事故は起きようがない。

「その捕虜、狸だな。奴らは別の現場に移動させる。獣王国向けの街道整備の人員と配置転換しろ。今日だ。今日中に移動させろ。俺の判断だ。」

C62はポカンと口を開けている。

 

正気に戻ったC62が答える。

「あ、はい。えっと、急ですね。いいのですか?」

「いい。」

俺の決断になにか言う者はいない。

「それではそのようにD52と街道整備の主任は・・・EF66ですね。彼に伝え、私が責任を持って配置転換を完了させます。完了次第ゲルドさんへは私から報告します。」

「うん。」

俺は頷いた。

「それでは続いて・・・」C62は淡々と会議を続けた。

そうだ、この日の会議はこうやって、特別問題のある議題はなく進んだのだ。

 

会議は終わり、自分のデスクに戻ると、書類の承認作業に入った。どれもこれも先週見た書類だ。周りの者の動きを時々睨みながら、書類を片付けていく。

この日は特別何も起きなかったはずだ。俺は淡々と仕事をこなし、家に帰った。

確か、前回のこの日はやたら疲れて帰宅したはずだ。そして悪夢を見た。また見るのだろうか?悪夢を見ることが分かっていて寝床に入るのは実にイヤなものだ。

いつもより酒が進んだ。

 

朝6時15分に目が覚めた。昨晩やはり同じ悪夢を見た。書類がなくなるヤツだ。一度見た夢でも、イヤなものだ。

社に行き、弁当屋に寄って出勤する。この日も何も起きないはずだ。

明日はカレンダーが10月に変わる日だったか?

今まで気にもしていなかったカレンダーのバツ印が気になり、コーナーデスクに弁当袋を置くと、まずカレンダーを確認した。

そうだ、今日が9月の最終日なのだ。10月の2日目だったか、リムル様が昼前にこの部屋に来るのは・・・。

狸の配置は代えた。このまま日曜を待つだけでいいのだろうか?

俺はコーナーテーブルで弁当を食べながら稲穂の絵柄ではなく、カレンダーの次の日曜の辺りを睨んだ。

 

自分のデスクに戻り、皆が出勤してくる様子を睨んで見ている。

会議も終わり俺は書類の片付けを始める。一度見た書類だからすぐに終わるはずだ。

・・・俺はこのまま何もしないでいいのか?リムル様の執務室に行ってシオン殿に相談してみたらどうだろうか。

近くのデスクで仕事をしている書記さんに「ちょっと席を外す。すぐに戻る。」と言って俺は席を立った。

 

階段を3階まで上りリムル様の執務室前まで歩き、ノックをしようと手を上げた。

『リムル様は死ぬから視察に行くな』と言うのか?そんな話は出来ない。なんと言えばいいのだろうか?

シオン殿だけと話をする事はできないか。俺はドアの前で手を上げたまま固まっていた。

 

「ゲルドではないですか?なんです?」

突然声を掛けられた。

俺はハッとして左を向いた。シオン殿だ。こちらに歩いてきた。・・・丁度いい。

俺はシオン殿の方に向かって歩き出した。

「シオン殿、ちょっといいですか?こちらに。」

そう言って、廊下から出られるテラスを指さした。

「なんです?」

「ちょっと・・・」

テラスに出た俺は周囲に誰か居ないか見回してからシオン殿を招き入れ、ドアを閉めた。

「シオン殿。今週末リムル様はどこかに視察に行く予定はありませんか?」

「視察ですか?」

ちょっと空を見てシオン殿は答えた。

「しばらくは視察の予定はないと思いますよ。」

「いや、その・・・、他国へ行くとかではなくて、そのー・・・新しい店を見に行くとか、工事現場を見に行くとか・・・」

「ああ。そういう細かいのはリムル様は思いつきで行きますからね。予定には元々入りませんから。」

「・・・そうなのですね。あのー。我々が工事をしている現場に行くと言ったら阻止して頂きたいのですが。」

「なんですそれは?阻止って。」

「・・・ダム工事の現場には行かないで欲しいのですよ。」

「なんでですか?」

「いや・・・そのー・・・危ないかなー・・・と思って。」

「危ないって。そんな事ではリムル様を止めることは出来ませんよ。そんな事言ったら『お前は待ってろ。俺一人で行くから』って一人で行っちゃいますよ。気を付けて行きますから私に任せなさい。」

「それでは、ダムの現場に行くことになったら、私に教えて下さい。」

「んー。分かりました。急に行く事になるかもしれないけど、連絡するようにします。」

「お願い致します。」

俺はそう言うと、執務室に戻った。

 

 

書類を開いて最初のページをぼんやり見ながらまた考えた。

これでいいだろうか?リムル様はダム現場に行くかもしれない。

しかし、狸を配置転換したのだ。ダムで事故は起きないはずだ。

・・・今から狸たちを殺してしまえばいいのではないだろうか?

・・・いやダメだダメだ。まだなにも事件は起きていないのだ。何も悪事を働いていない捕虜を俺が殺したら、俺は捕虜殺しで逮捕だ。それに捕虜を殺したなんて聞いたらリムル様が悲しむだけだ。

バカな考えはやめて、書類の片付けを再開させた。

 

予定通り何も事件は起こらず次の日を迎えた。

今日はカレンダーが10月に変わる日だ。弁当袋を置いたコーナーテーブルの前のカレンダーを急いで見た。ちゃんと変わっている。

俺は頭だけ振り返り、後ろで誰かのデスクを拭いている書記さんを睨んだ。

一回目の今日俺が意識したのはこれだけのはずだ。俺だけが大きな変化を起こすと、予期しない事態になりかねない。それは対応ができない。

昨日シオン殿に会いに行ったことを少し後悔していた。

 

一回目の昨日、俺とシオン殿の会話はなかったのだ。そのことでリムル様の行動が変わってしまったら困る。リムル様には事故の起きないダム現場に行くか、どこにも行かないでもらわなければならない。

何をすべきなのか、何もしない方がいいのか、俺は書類のハンコ押しだけしていればいいのか。・・・そんなクダラナイ事を考えていることもバカらしくなってくる。

勿論何も起こらず一日が終わった。

 

 

今日は昼前にリムル様がこの部屋に来る。

俺は自分のデスクで時計を睨んだ。

リムル様と俺は、ヨーム殿との共同開発地区の話をこの部屋でするのだ。たぶんそれは口実で昼飯を食いに町に出るためだ。

俺は書類のハンコ押しをしながら、時計を睨んだ。一つハンコを押すと時計を睨む。そろそろ来るか?俺だけが事件を知っている。大きな変化を俺が起こすとなにが起きるか分からなくなる。

リムル様にはダム現場の話は絶対しない事に決めている。心の準備は万全だ。あとはリムル様が予定通り来るだけだ。

 

11時の少し前、「ゲルド居るかー」とリムル様の声がして、執務室のドアが開いた。『来た・・・』

執務室に居た事務員や主任級のB12達も全員「バッ」とドアの方を見た。

ドアから上半身だけのぞき込むようにリムル様が顔を見せている。

 

「お待ちしていました。」

「え?」

リムル様は俺のデスクに向かって歩きながら変な顔をしている。

「いやいや、特別な意味はありません。」

リムル様は近くのコーナーテーブルにあるキャスター付き椅子を両手で押しながら俺のデスクの前まで来て、ちょこんと座った。同じだ。

俺はリムル様の話を初めて聞いた感・・を出しながら受け答えした。

 

 

「んーー。」

リムル様はのびをして、時計を見た。

俺も見た。11時半前だ。

「ゲルドー、昼飯行こうぜ。」

「昼にはまだ早いですよ。」と確か一度目の受け答えを思い出しながら言ってみた。

「ゲルド、真面目だなー。少しくらい良いんだよ。臨機応変。・・・そうだゲルド君、会食しながらの打ち合わせに行こうではないかね。」

そう言うと座ったままキャスター椅子をくるくると回して、後ろに座って仕事をしている書記さんに「ゲルド借りるよー」と声を掛けた。

「ハイ、リムル様。行ってらっしゃいませ。」と書記さんは笑顔で答えて、俺の方に歩いてきた。ホワイトボードの今日の欄に『リムル様と打ち合わせ 帰社時間:14時』と書き込んだ。

 

いいぞ。一度目と同じだ。

この会食で俺はダム現場の話をせずに、なんとかリムル様をダム現場に行かないように仕向けたい。

どうしたらいいのだろうか?

 

「ゲルド行くぞ」

リムル様は立ち上がった。

俺も後を付いて歩き出す。執務室のドアを出ると、リムル様は右側に歩き出して、「ゲルドを連れて行きたいところがあるんだよ。」と振り向いてそう言うと庁舎の玄関方向に歩き出した。

『分かってますぞ』・・と考えつつ俺は後を付いていく。

 

庁舎から出てしばらくするとリムル様が話を始めた。

「ゴブイチに新しいレシピを再現してもらったんだよ。任せられる料理人育てて、給仕スタッフ練習して、ちょっと前にその店がオープンしたんだ。ゲルド行ったことないだろうからさ。」

少し歩くと、前回と同じ地区に来た。リムル様は「ここ、ここ。」と店の看板を指さした。

看板には「鳥丸」と書いてある。リムル様は躊躇なくガラッと引き戸を開けて、「二人いいかな?」とスタッフに声を掛けた。

「リムル様!いらっしゃいませ。」と返事があり、席に案内された。

 

前回と同じだ。

4人掛けのテーブルの奥にリムル様は座った。俺は前回と同じ、向かいの斜め前になる椅子に座る。

背の高いゴブリナの給仕がお茶を持って来て、「リムル様、何になさいますか?」と笑顔で聞いてきた。

「おお!ツグミさんじゃないか!ここで働く事になったのか?」

「はい。リムル様のお陰で放課後、夕方まで子供を預けられる事になりましたので、フルタイムで働く事が出来るようになりました。」

「そうか。それはよかったじゃないか。ベルドラが寂しがってるんじゃないか?」

リムル様は笑っている。

「ベルドラ様は大変お優しい方です。『お前がやりたいことをやるのだぞ』と言って、フルタイムのお店への転職を歓迎してくれました。」

「ベルドラ君、大人だなー。そう言うヤツだとは思わなかったよ。」

リムル様はうんうんと頷いている。

 

給仕が俺の方を向いてにっこりした。

「ゲルドさん。いっらしゃいませ。」

「・・・ああ、あなたはあのときの。」

そうだ。この給仕は宴の時、俺とベニマル殿にたこ焼きを持って来たゴブリナだ。ツグミさんというのか・・・

 

「なんだ、知り合いか?」

リムル様は俺に問いかけてきた。

「はい。この前の宴の時に少し話をしました。」

「そうか。いや、この前な・・・」

リムル様が話を始めようとしたタイミングで、ツグミさんが聞いてきた。

「リムル様、何になさいますか?」

「・・・そうだな。親子丼のランチセット。ゲルドもそれでいい?」

リムル様は俺に聞いてきた。

「はい。」

一度目と同じ答えをした。

ツグミさんは厨房へと去って行く。

 

リムル様はお茶を一口飲むと、話し始めた。

「この前な、執務室に突然ツグミさんが入ってきたんだよ。変な格好してさ・・・」

リムル様は執務室で起きた直訴の話を聞かせてくれた。

 

「スゴイ行動力ですな。」

・・・あれ?前回と違う話が始まっている。

給仕も違う。たこ焼きのツグミさんに変わった。これは俺になにかを問いかけているのか?

お茶の入った湯飲み茶碗を両手で持ち、眉間にしわを寄せて睨んだ。なにを考えろと言うのだ?この変化は・・・

「そうだ。スゴイ行動力だよ。でもいろんな者の話を聞かないと、幹部だけで話していても出てこない問題もあるんだよ。直訴と来たからな。笑っちゃうよ。それなら目安箱でも作ろうかとか考えちゃったよ。」

リムル様は更に笑顔になっている。

 

「お待たせしましたー」

給仕のツグミさんが丼と味噌汁・漬け物の載ったお盆をリムル様と俺の前に置いた。

「さあ、食べよう。いただきまーす。」

リムル様はそう言うと黙々と食べ始めた。俺も手を合わせ頂いた。

 

 

「んー美味かったー。ごちそうさまでした。いろんな味を再現出来て、俺は幸せだよ。」そう言ってリムル様はお茶をすすった。

「ところで、『メヤスバコ』とはなんですか?」

「ああ、まあ、冗談だよ。向こうの世界の昔昔にそう言うのがあったらしいんだ。下々の意見を直接上の者が聞く仕組みでさ。全ての者の話を聞くことは出来ないからな。出来るだけ皆の意見を聞きたいものだよ。」

リムル様はまたお茶を飲んだ。

 

リムル様とは店を出てやはり分かれた。別の店を視察に行くらしい。

これは前回と同じだ。

庁舎に向かって俺は下を向いてとぼとぼと歩いた。

話がだいぶ変わった・・・。田村殿の話がなくなった。俺は何をすればいいんだ。ツグミさんの「直訴」、「メヤスバコ」がやたら印章に残った。

必至にリムル様の言葉を思い出しながら歩いた。

執務室に戻ると、時計は14時を指していた。

 

何をすればいいのか分からず時間だけが過ぎていく。

1日は直ぐ終わる。同じように過ごさなければいけないと思いつつ、何かしないとダムが崩壊するのではないかと不安になる。

狸は現場を変えたのだから、ダムは大丈夫だ。たぶん。こんな「不安」」と自分に言い聞かせている「ウソの安心」が繰り返し襲ってくる。

 

そして日曜がやってきた。

いつも通り社に行き、弁当屋に行き、2個の弁当が入った袋を下げて、急いで家に戻った。

朝飯を食べ、先週、一度承認印を押した書類のハンコ押しを始めた。確か間違いは何も無いはずだ。中をよく確認もしないで、次々とハンコを押していった。

さっさとハンコ押しは終わり、時計を見るとまだ昼にもなっていない。

先週C62が俺を呼びに来たのは夜だ。今日1日を無事に過ごせばリムル様は死なないということだ。きっと。

あと半日。俺は行動を起こしたほうがいいのか?何もしない方がいいのか?狸は移動させた。大丈夫なはずだ。また「不安」と「ウソの安心」の繰り返しだ。

 

何もすることがない。少し早いが昼飯を食べて、弁当箱を二つ袋に入れ下駄箱に置いた。

部屋に戻り時計を見ると、まだ12時前だ。

何もすることがない。俺は家の中を歩いてみて時計を見た。当たり前だがまだ12時前だ。

掃出窓を開けて庭を見た。殺風景な庭だ。日曜に書類のハンコ押しの合間に草むしりはしているから、本当に何もない。あるのは物干しの縦柱と洗濯棹だけだ。

俺は裏口に回って庭に出た。大して生えていない雑草を抜く事にした。

 

さほど広くない庭の草むしりをしながら考える。

夜まで時間があるのだ。リムル様の家に行ってリムル様が外出しないように引き留めていたら良いのではないだろうか?いや。一度目と違う行動は更にマズイ事態を招くかもしれない。このまま待つべきだ。・・・いや。なにか行動をすべきなのでは・・・。

気がつくとむしった雑草を更に細かくちぎっていた。何もしていないと、変な考えを繰り返している。

 

俺は部屋に戻り中身を見ずに押した書類を再度最初から見直すことにした。できるだけ余計な考えをしないように、細かい数字までちゃんと計算をし直して確認していった。

 

全部終わった。先週も見た内容だ。問題があるわけはない。俺は掃出窓を見た。外はだいぶ暗くなってきた。このまま明日になればそれでいいのだ。

俺はちょっと安堵した感覚に襲われそのままバタンと後ろに倒れた。柾目の格子天井はホッとする。家に居ることに慣れてきた。じーと天井を眺めていた。

 

 

ドンドンドンドン。玄関を勢いよく叩く音がする。

ハッ。誰だ?

ドンドンドンドン。「ゲルドさーん。居ますかー。ゲルドさーん。」

ドンドンドンドン。「ゲルドさーん。」

何事だ。まさか?

俺は玄関に行き、カギを開ける。俺はドアノブを回そうと手を掛ける。その前にノブは勢いよく回って、バッとドアが開いた。

ちょっと仰け反った俺の目にC62が顔色を変えて荒い息遣いで立っている。

「まさか。どうした。」

「大変です。トンネルが崩れたようです。連絡が入りました。」ハー。ハー。と息遣いがまだ荒い。

「トンネル?」

「俺今週で執務室勤務終わりじゃないですか。出発前に執務室で荷物まとめていたんですよ。そしたら、現場主任のEF66から連絡が入ったんですよ。」

トンネル?ダムではない・・・

「ダムはどうした?」

「ダム?ですか?いや別に・・・ダムがどうしたんですか?」

「いや、なにも起きていないならそれでいい。わかった。庁舎に行こう。」

俺はそのまま玄関を出て、C62の早足に合わせて歩いた。空には少し膨らんだ半月が浮かんでいる。

 

「原因は分かっているのか?」C62に尋ねた。

「ダイナマイトの発破でトンネル上部の岩盤が崩れたようです。」

「ダイナマイト?なんで日曜に。今日作業していたのか?」

C62は黙ってしまった。早足で執務室に入ると、C57が待っていた。

 

「今まで掘削した部分の全てが崩れたようです。今日は作業をしていないので作業員に被害はないようです。」

C57は部屋に入ってきた俺達にそう話した。

「どういうことだ?作業をしていないのになんでダイナマイトが爆発した?昨日装薬状態で終わったのか?」

俺たちは執務室で立ったまま話を続けている。

C62が話を継いだ。

「実は・・現場主任が狸たちを軟禁はしているのですが・・・」

「狸?」

俺はC62を睨んだ。

「狸がどうした?」

「実は、移動したばかりの狸たちが勝手にダイナマイトを仕掛けて爆破させたらしいのです。」

「勝手にって、どういうことだ?」

「さっさと仕事を終わらせたかったと言っているそうです。」

「なんだそれは?なんで狸がダイナマイト触れるんだ?そう言う部署に配置したのか?」

「いえ、直接触れる部署ではないのですが、移動してすぐに、そのー、資材管理の者と仲良くなったとかと・・・」

「なんなんだよ、それで勝手に持ち出して勝手に装薬・発破したというのか?」

俺は天井を見上げた。

 

沈黙がしばらく続いていると、B12が執務室に飛び込んできた。

「作業員は点呼もして、被害者はいなかったのですが、どうも・・・その・・・リムル様がお忍びでトンネル工事の現場に視察に来ていたもようで・・・」

「え。」

俺は絶句した。

「・・それで?」

C62がつぶやいた。

「手分けして周囲を探したそうですが、いらっしゃらないと・・・」

「おい、そんなバカな事が・・・」

俺は自分のデスクに向かって歩いた。

 

「居るのか?」

リグルド殿がドアを開けて入ってきた。真っ直ぐ俺のデスクに向かって早足で歩いてくる。

「リムル様がトンネルの事故に巻き込まれたというのはホントですか?」

「いや。俺も今聞いたところでして。トンネルの崩落事故があったのは事実です。リムル様がお忍びで視察に来ていたという話が現場からはありました。」

「いやいや、視察に行ってたのも事実のようですよ。連絡が付かないのです。」

リグルド殿の顔は青ざめている。

 

「おい。どういうことだ」

ベニマル殿も執務室に入ってきて、俺の方に向かって歩きながら聞いてくる。俺のデスクの周りでリグルド殿とベニマル殿が俺に詰め寄る形になった。

なんなんだ。これでは前回と全く同じではないか。

 

ビュンという音と共にソウエイ殿が突然現れ、俺のデスクの前まで来た。

「今現場に行ってきた。」

ソウエイ殿の言葉に皆がつばを飲み込む。

「瓦礫の中に空間があった。そこには下半身が岩に挟まれた状態のシオンが居た。息はなかった。不死身とは言えあまりに急だったんだろうな。その腕にはゼリー状の青いなにかがあった。」

ソウエイ殿の顔を睨んでいたリグルド殿が顔を下に向けてつぶやいた

「なんてことだ。」

ソウエイ殿は続けた。

「周囲にリムル様のオーラは感じられなかった。周囲を捜しもした。しかし・・・」

『・・・ダムじゃないのか。トンネルなのか?問題は狸だったのか?なんでリムル様を守れなかったんだ。』

 

「なんてことだ。リムル様の居ないテンペストがまとまって行けるのか・・・」

リグルド殿が下を向いたまま冷静に言う。

「ゲルド!どうしてくれるんだ!」

ベニマル殿がまた叫んだ。

「・・・ゲルド殿を責めても仕方ありませんぞ。それよりこれからのことです。」

リグルド殿はベニマル殿の横顔に向けてそう言った。

「しかし・・・なんでだ・・・」

今度はベニマル殿が下を向いた。

 

俺は天井を見て叫んだ。

「なぜだ。なんで守れなかったー!」

 

 

・・・・・「ハアア!」

目の前は綺麗な柾目の格子天井だ。

俺はバサッと体を起こした。周りを見る。ここは俺の部屋ではないか。

夢か?・・・いや違う。これは又過去に戻されたのだ。きっと。

 

今度の俺は前回とは違う。今日がいつかをまず確かめてやる。時計を見ると2時。寝室に行くとカレンダーは落ちていた。

俺は玄関に急ぎ、表に出た。庁舎に向かうのだ。

走った。夜だというのに周囲はやたら明るい。道路に家々の影が濃く延びている。

空には綺麗な満月が光っていたが俺は気がつきもしなかった。

 

庁舎に着くと俺は真っ直ぐ裏玄関に向かった。守衛室をのぞき込むと、前回と同じゴブリンの守衛が顔を見せた。

「あれ、ゲルドさん、なんですか?こんな時間に」

「うん、ちょっと忘れものだ。執務室に入りたい。」

「あ・・・、いいですよ。ちょっと待って下さいね。」

守衛が部屋から出る音がした後、裏玄関のカギを開けてくれた。

真っ暗だった庁舎の廊下にパッ、パッ、と電気が点いた。守衛が点けてくれているらしい。

俺は自分の執務室に入ると自分で電気を点け、そのままいつも弁当を食べるコーナーテーブルに真っ直ぐ向かった。

俺はカレンダーを見たかった。

 

まだ9月のカレンダーだ。絵柄は黄金色の稲穂の田んぼだ。宴の前日までしかバツ印が付いていない。

間違いない。俺は前回同様、宴の次の日曜に戻されたのだ。今度こそリムル様を守れと。

もう一つ確認する方法を思いついた俺は、守衛室に戻ることにした。

 

 

守衛室のドアを開けた。ゴブリンの守衛は簡易キッチンで急須からお茶を入れている。

「あれ、ゲルドさん早いですね。忘れ物ありましたか?」

「ああ・・・。ああ、あったぞ。持ったぞ。」

俺は前回見つけているカレンダーに真っ直ぐ向かった。

「ゲルドさん、お茶でも飲みますか?」

「・・・・いらんぞ。今日は・・・」

目が悪い風を装って俺は指で日付をなぞってみた。

「昨日が宴だったから、ここですよ。」

と言って守衛は笑顔で先週の日曜を指さした。

昨日が宴。これで間違いは無い。

「お茶どうぞ。」

守衛は俺に湯飲みを差し出した。

「おお、悪いな。」

湯飲みを受け取りながら、すでに俺はこれからの一週間をどう過ごすべきか考え始めていた。

「ゲルドさん椅子どうぞ。」

椅子を勧められ座った。

 

「・・・ところで君はこんな夜中まで働いて、どういう勤務体制になってるんだ?明日の朝も居たよな?」

「明日の朝も居た?・・俺たちは週に1回夜勤があるんですよ。24時間勤務。朝の8時に交代です。で、次と次の日が代休。町の警備もあるけど、そいつらと交代で庁舎の警備もしてるんです。俺、子供がまだ小さいから、庁舎の夜勤って有り難いんですよ。代休2日と日曜の代休で週に3日間家に居られるんですよね。ずーと子供の相手できるでしょ。」

そういう働き方もあるのか・・・弁当屋といい、みんな工夫してるな。

「3日間子供の相手をするのが有り難いのか?」

俺は率直に疑問を抱いた。

「そりゃそうでしょ。子供はすぐにデカくなる。保育園行ったり、学校行ったり、子供の世話が出来るのは今だけなんですよ。昔の俺たち種族は長生きできなかったんですよ。」

「俺たちも同じだぞ。」

「リムル様に名前もらって、進化して、赤ん坊も老人も死ななくなりました。子供をじゃんじゃん産まなくてもいい。今居る我が子を大切に育てたいんですよ。女房とも話しているんです。二人で仕事調整して、子供を立派に育てようってね。家族が一緒にいる時間を大切にしたいんですよ。」

「家族か・・・そんなものか・・・」

ベニマル殿も言っていたな。『家族ってこういうものだよなー』と・・・

「家族か・・・それじゃ俺は帰るぞ。」

お茶を飲み干し湯飲み茶碗をテーブルに置いた。

少し落ち着いた。帰りはゆっくり歩いて帰る。何をすべきなのかを考えながら。やけに月が明るい事にも初めて気がついた。

この日はなぜかゆったりと眠りにつけた。

 

朝は6時15分に目覚める。いつもと同じだ。

社に行き、何をどうすべきか手を合わせながら考えた。

弁当屋で、今回は間違いなく2個の弁当を注文した。

ご亭主の夢の話を聞き、初めて聞いた風を装い、結果ご飯は大盛りになった。これでいいはずだ。

 

三度目の書類はもう内容を見る必要はない。ハンコだけ押していき、一桁間違ってる書類だけ付箋を貼って、それで終わりだ。

まだ昼にもなっていない。ふと掃出窓から庭を見ると前回の事件の日に草むしりした所は元通りに雑草が生えている。

そういうことだよな・・・となぜか安堵する。

しかし、今日は庭の草むしりはしない。空いた時間は、リムル様を守る為に何をすべきなのかじっくり考えることにした。

次にリムル様に何かあった時、また一週間前に戻れるとは限らない。

今度こそ絶対にリムル様を守らなければいけない。

 

シオン殿に視察の話をするのはやめよう。意味がないことが分かっている。

狸を別の現場に移動させることもダメだと分かった。それでは何をするべきなのか。

まだ一週間猶予があることが不思議と自分を落ち着かせているのだろう。この感覚もまた不思議だ。

何をすれば良いのか分からないまま、俺は掃出窓を開け脚を投げ出して座った。何もない殺風景な庭をボーっと眺めて時間を過ごした。

 

9.0・三度目の一週間の始まり

 

朝は6時15分に目覚める。社に行き弁当屋に向かう。毎日が同じ事の繰り返しなのだが、今回に限っては全く同じ日を三度過ごすことになった。

リザードマンから天気の話を聞き、つまづく前に小石を避けた。

執務室ではカレンダーを見ながら弁当を食べる。日付は戻ってきた日曜の夜中2時にわざわざココに来て確認している。書記さんが宴の日と昨日の日曜にバツ印を付けている。

自分のデスクでリュックから書類を出し、付箋の付いた書類だけ手元に置き、皆の出勤を眺めていた。

 

C62が出勤してきた。次にC57とB12も出勤してきた。俺は書類のハンコ押しをせずに彼らの動きを眺めていた。

C62が俺のデスクの前に立ち「会議を始めます。」と告げた。俺はコーナーテーブルに向かう。

C57とB12の三度目の挨拶を聞いて、計算ミスの書類をC62に渡す。三度目も同じように。

ダム工事現場の狸の話が始まった。資材管理に移動させると言う話だ。俺は「そうか。」とだけ言ってそのままスルーした。ここでトンネル工事に移動させようが何をしようがダメなのだ。他の方法で狸たちの行動を変えないといけないと言うことだ。

 

会議が終わり、書類のハンコ押しを始めた。三度目の書類だが一応内容は見てからハンコを押していく。

今日は何も起きないはずだ。3日後か?リムル様が昼休み前にこの部屋に来るのは・・・。

昨日一日中考えた結論は、『次の日曜にダム工事の現場に俺自身が行って狸たちを監視する』と言うことだ。そこだけ変えれば今回の事故は起きないのではと考えた。

問題は狸なのだ。きっと。それまではなにも変わった行動はせずに、三度目の一週間を過ごせば良いはずだ。

 

事務のゴブリンやオークの三度目の同じ質問に答えながら、三度目の同じ書類のハンコ押しを続けた。

次の日も、その次の日も。コレまでの二回と違う質問や書類はない。

良い。予測不能な変化は起きていない証拠だ。気を付けるべきは狸だけだ。

 

 

 

そしてリムル様が部屋に来る日が来た。

リムル様との会食だけは1度目と2度目が違う。話が変わったのだ。それが何を意味するのか俺には理解ができていない。

3度目のリムル様はまた違う話をするのだろうか。俺はハンコ押しをしてはいるが、時間が気になってしょっちゅう時計を見ている。

11時少し前だ。そろそろ来るだろうか?

 

・・・一度目、二度目の今日よりリムル様の到着が少し遅れているようだ。次の書類を手元に置いてはいるが、全く読む気になれない。時計を睨む。

全く来ないまま、昼休みのチャイムが鳴った。

どういうことだ?来ないのか?またなにかが変わってきている。もう少し待つことにする。

 

書記さんが声を掛けてきた。

「あれ、ゲルドさん。お食事行かれないのですか?」

「ああ、ちょっと来客の予定があるんだ。遅れているみたいだからもうちょっと待ってみる。」

「そうなんですね。それじゃ、私はちょっとお昼にしますね。」

「ああ、どうぞ。」

 

 

皆が戻ってきた。俺は時計とドアを交互に睨んでいる。

しばらくすると午後の始業のチャイムが鳴り、皆が仕事を始めた。

「お客さん来ましたか?」

右手にペンを持ったまま、書記さんが俺の方に向いて聞いてきた。

「いや。来ない。」

昼飯を食べ損ねた。食堂に行ったらまだなにか食べられるだろうか?

「ちょっと食堂行っておむすびでも買ってくる。」

俺は書記さんにそう言って席を立った。

 

食堂に入り、カウンターの少し奥にいる者に聞いた。

「まだなにか食べられるか。」

「どれでも作りますよ」

ゴブリナがこちらに歩きながら答えてくれた。

「おむすび作れるか?」

「大丈夫ですよ。」

ゴブリナはそう答えてくれた。

「じゃあ、それ。」

俺がそう言うとゴブリナは答えてくれた。

「お席にお持ちしますからどうぞ。」

俺は先にお茶だけもらうと一番近い席に座ってお茶を飲んだ。他のテーブルには誰もいない。

 

「また変わった・・・」リムル様のこの会食だけが1度目と2度目で違うのだ。3度目も変わった。何を意味するのか・・・

今回はシオン殿におかしな話もしていない。1度目と何も変わらないはずだ。なにが作用して、こうなったのだ。不安が増してくる。

「お待たせしました。」

ゴブリナの給仕がお盆に載った2個のおむすびと味噌汁を持って来てくれた。

俺は一口おむすびを食べる。親子丼は食べる必要はなく、おむすびを食べて考えろ・・・ということか?

何を考えるべきか・・次の日曜に狸を監視するのでは解決しないというのか・・・俺は一口食べたおむすびを睨みながら考え続けた。

 

「ゲルドさん。何か変な物入ってましたか?」

ゴブリナが駆け足で近づいてきた。

我に返った。

「いや。いやいや。そんなことはないぞ。大丈夫だ。」

「あーよかった。ゲルドさん一口食べて、おむすび睨み付けてるんですもの。」

「いや。すまない。」

「いえいえ、いいんですよ。私の方こそ。ごめんなさいね。・・・ゲルドさん。美味しいですか?私が作ったんですよ。・・・私ゲルドさんに感謝しているんです。家を作ってくれて、道路を作ってくれて、こんな素敵な働く場所まで。昔の私には考えられないことです。」

似た話は弁当屋からも聞いたな。みんな、大げさだ。

「大げさだ。俺は作っただけだ。設計はミルドさんだし、全ての計画はリムル様だ。」

「そんなことありません。私達はたいしたお役に立てないのに、ゲルドさん朝から晩まで働いていましたよね。私、尊敬しているんです。」

「おいおい。大げさだ。」

「いいえ。絶対そんなことないです。だから私も皆の為に働いて、皆さんのお役に立ちたいんです。」

「・・・そうか・・・頑張ってくれたまえ。」

「はい。ありがとうございます。ゲルドさん、食堂はいつまでいらしても構いませんからね。ゆっくりしていって下さいね。」

ゴブリナは去って行った。

そうだ、昼休みはとっくに終わっているのだ。あんまりゆっくりはしていられない。俺は慌てておむすびを食べ、味噌汁を飲んだ。

 

執務室に戻っても落ち着かない。昨日までのあの安堵感はウソのようだ。リムル様の来室がなくなったことで、なにかとんでもない予測不能な変化が始まったのではないかと不安でならない。

この不安のまま日曜を迎えるのか・・・気が散って書類の内容が全然入ってこないが、二度見ている書類だから問題はないはずだ。ハンコだけは忘れずに押していった。

 

そろそろ終業時間だ。俺は時計を見た。このまま一日が終わっていくのだろうか?

 

「ゲルド居るかー」

リムル様の声がして、執務室のドアが開いた。

俺は飛び跳ねるように立ち上がった。

事務員も主任達も全員「バッ」とドアの方を見た。

ドアから上半身だけのぞき込むようにリムル様が顔を見せている。

「はい。おります。」

ドアに向かおうとする俺にリムル様は言う。

「そのままそのまま。今少しいいかな?」

そう言いながら俺のデスクの方に歩いてきた。

他のスタッフ達は会釈し又前を向いて仕事を再開している。

 

リムル様は近くのコーナーテーブルにあるキャスター付き椅子を両手で押しながら俺のデスクの前まで来て、ちょこんと座った。

『よかった。来たー』俺はホッとした。

 

「今日は遅かったのですね。」俺は立ったままそう言った。

「なんだよそれ?」

「あ、いや。いや、そういう意味ではなくてですね・・・」

「・・・まあいいから、座ってくれ。」

笑顔でリムル様が答えてくれた。

俺が着席すると、リムル様は椅子に座ったままズズッズズッっと前に移動して、デスクの直前まで来て、俺のデスクにA3位の紙を置いた。

同じだ。更にホッとした。

 

「ヨームとちょっと話をしてきたんだ。ファルムスはまあ予定通りに進んでいるんだけど、その後の話をな。」そう言ってA3の紙をくるっと回して、俺の方に押し出して話を続けた。

いいぞ。同じだ。これは前の2回と同じ内容だ。

続けて話す共同開発の町の話も同じだった。初めて聞いた・・・という返事をちゃんとしたと思う。

 

「んーー。」

リムル様はのびをして、時計を見た。俺も見た。夕方の5時半だ。

「ゲルド、ちょっと付き合えよ。連れて行きたいところがあるんだ。」

「ハイ。お供いたします。」

素直に付いていくことを告げた。

「よし。もう終業時間だろ。行こう。」

リムル様は席を立ち歩き出した。

俺はデスクの上を少し片付け、弁当袋を持って急いで部屋を出た。リムル様は表玄関で待っていてくれた。

 

庁舎から出てしばらくするとリムル様が話を始めた。

「ゴブイチに新しいレシピを再現してもらってるんだよ。そうしたらさ、隣で皿洗いしていた新入り君が『食堂で出すだけだと勿体ないから専門店を作りましょう』って言ってきたんだよ。なるほどな・・・ってね。ファミレス風で何でもありもいいけど、観光客にはちょっと高級感のある店構えの方が同じものでも受けがいいとも思ってさ。任せられる料理人育てて、給仕スタッフ練習して、ちょっと前にその店がオープンしたんだ。ゲルド行ったことないだろうからさ。」

・・・んんー。若干話が変わった気もするが。内容は同じだ。

 

少し歩くと、例の地区に来た。

俺は「鳥丸」の前で立ち止まり看板を見上げた。3度目の鳥丸だ。初めてを意識しないといけない。

「こっち、こっち-。」

「え?」

リムル様は3軒ほど先で俺を手招きしている。

え?鳥丸ではないのか?俺は再度「鳥丸」の看板を見上げた後、リムル様のところまで小走りで進んだ。

「ここ、ここ。」

リムル様は看板を指さした。そこには「天丸」と書かれた看板が・・・

『天丸?』3度目は鳥丸ではなく、天丸に変わったのか・・・

 

リムル様は暖簾を右手で払い、引き戸を開けて入っていく。俺も付いて行く。中からは丁寧な声が返ってくる。

「いらっしゃいませ。」

「二人いいかな?」

リムル様の問いに、

「リムル様。いらっしゃいませ。どうぞ、ご案内致します。」

着物を着た品の良いゴブリナが奥の座敷に案内してくれた。

 

個室風の座敷に上がり、テーブルを挟んで俺たちは座った。リムル様は床の間に近い上座へ。

「どうだあ。雰囲気良いだろー。」

リムル様が両手を広げてみせた。

「そうですね。良い作りだと思います。」俺は壁や天井を見て、近くの真壁作りの柱を撫でてそう言うと、

「それもそうだけどさ、建物の作りばっかりじゃなくて、雰囲気だよ。」

壁には紅葉の渓谷の絵が掛けられていて、ニッチ風のカウンターには花が生けてある。

「『専門店』って言葉を聞いてさ、俺も向こうの世界で高級店なんてそんなに行った事ないけど、思いつくイメージをミルドに行って設計してもらったんだよ。レシピだけじゃなくて、トータルで良い店を作ろうと思ってさ。」

「なるほどですな。」

俺はもう一度座敷を見回した。

 

「失礼致します。」

襖が開くと着物を着た背の高い給仕が部屋に入ってきて、お盆を畳に置き、正座して「いらっしゃいませ」と丁寧に挨拶をした。

お盆を持ち立ち上がると、テーブルまで来て、また正座をし、お盆を畳に置いてリムル様の前にお茶を置いた。俺の前にもお茶を置いた。

メニューをリムル様と俺の前に置くと、正座して笑顔を見せた。

「やあ。来たぞ。」

リムル様は給仕に向かってそう言った。

 

「リムル様、お待ちしていました。」

そう言うと給仕の笑顔は更に増した。

「ああ、あなたは・・・」

俺は給仕の顔を見て驚いた。ツグミさんは鳥丸ではなくココで働くコトになったのか。三度目では。

「はい、ゲルドさん。お店にいらっしゃるのは初めてですね。」

「なんだ、知り合いか?」

リムル様は俺に聞いてきた。

「はい。宴で少し話を・・・」

「そうか。知り合いだったか。」

ツグミさんが話を始めた。

「リムル様のお陰で放課後、夕方まで子供を預けられる事になりました。フルタイムで働く事が出来るようになりましたのでここで働くことができました。」

「聞いたよ。それはよかったじゃないか。ベルドラが寂しがってるんじゃないか?」リムル様は笑っている。

「ベルドラ様は大変お優しい方です。『お前がやりたいことをやるのだぞ』と言って、フルタイムのお店への転職を歓迎してくれました。」

「ベルドラ君、大人だなー。そう言うヤツだとは思わなかったよ。」

リムル様はうんうんと頷いている。

 

「ご注文は、何になさいますか?」

ツグミさんが尋ねる。

「そうだな。まずは日本酒貰おうか。熱燗で。それとお任せでつまみ的に持って来てもらおうかな。」

「かしこまりました。・・・リムル様、私子供の迎えがありますので、今日はこれで上がりなんです。あとは遅番の給仕に引き継ぎますので・・・」

「そうなんだ。・・・少し君と話をしたかったんだけどな・・・それじゃ、ツグミさん。子供迎えたら戻っておいで。仕事じゃないよ。今度はお客さんとして、この店の料理を食べよう。付き合えよ。」

「えー。そんな。いいんですか、子連れでこんな高級店で・・・」

「いいさ。高級店は子連れはダメなんて間違いだよ。子供も楽しめる店じゃなくちゃ。そう言うのも良い経験だよ。」

「分かりました。それじゃお言葉に甘えて、子供迎えたら帰ってきますね。」

「うん。」

「それではお酒をすぐにお持ち致しますので。」

ツグミさんは立ち上がり引き戸の前で正座をして襖を開け、立ち上がり出ていくと廊下でまた正座して襖を閉めた。

「給仕さんの応対が正しいのかどうかは俺も詳しくは分からないけど、まあ、十分だろ?」

「・・・」俺にはいいのか悪いのかなんて更に分からない。

 

ちょっとすると別の給仕がお盆に熱燗とお猪口・小皿を2つ載せてやってきた。

俺はリムル様に酒を注ぎ、断る俺にリムル様が酒を注いでくれた。

美味い酒を一口飲み、お通しを食べた。

家で一人でのむコップ酒とは香りが違った。

リムル様は話を始めた。

「ツグミさん、知り合いだったんだな。」

「はあ。」

「いつだったかな・・・この前な、執務室に突然ツグミさんが入ってきたんだよ。変な格好してさ・・・」

リムル様は執務室で起きた直訴の話を聞かせてくれた。

これは2度目に聞いた話だ。変わりない。ベルドラ様の話が少し増えた気もするし、微妙にディティールが細かくなっている気もする。

リムル様の話の途中、給仕が天麩羅が綺麗に盛り付けられた皿を持って来た。俺はそれを食べながらリムル様の話を聞いた。

 

しばらくすると、「失礼します」とツグミさんの声がして襖が開いた。

ツグミさんはいつものジャンパースカート姿に着替えていて、右手は小さな女の子と手をつないでいる。

「さあさあ、こっちこっち。」

リムル様は手招きをした。

ツグミさんは俺の隣に座り、俺とツグミさんの間に子供を座らせた。

「さあ、俺たちもご飯にしよう。」

ツグミさんのお茶を持って来た給仕にリムル様は告げた。

「コースで頼むね。子供も一人居るから。それ用にね。」

「かしこまりました。」

そう答える給仕にツグミさんが謝っている。

「ごめんさい。私がこっちに座っちゃって。」

「気にしない気にしない。今度は私もダンナと来るから、その時はツグミさんが担当してね。」

そう言って笑うと正座して廊下に出て行った。

 

「どうだい。放課後児童クラブは。安心して預けられるかな?」

「ええ、夕方まで安心して預けられます。お陰で仕事の選択も増えました。ありがとうございます。」

「それは良かった。まだまだ試行錯誤だから、改善点があればどしどしリグルドに言ってくれ。」

「はい。」

給仕が四角いお盆を持って来た。

天麩羅とご飯・味噌汁・青菜のおひたし、俺が見ても何が盛り付けられているのか分からない小皿が4つ載っている。

ツグミさんの子供の前には同じ四角いお盆に、全部が小さい天麩羅とおむすび2個・味噌汁・小皿には俺たち大人の物とは違う色とりどりの何かが載っている。

ついつい子供のお盆をのぞき込んでいると、その子が俺の顔を見上げていた。俺は子供の顔を見て驚いた。

「ああ、君は・・・よく、俺の肩に乗ってくる子じゃないか。」

「名前はなんて言うんだ?」

リムル様がツグミさんに聞いた。

「ヒバリと言います。いつも子供からゲルドさんの話は聞いていますよ。」

「そうだったのか。ツグミさんの子供だったのか。」

「さあ食べよう食べよう。いただきまーす。」

リムル様の合図で皆食事を始めた。

 

「なかなかやるじゃないか。ここの大将。子供向けメニューもちゃんと準備してるんだな。」

リムル様は子供用の料理を見て感心している。

「そうですよ。店長いつもいろんなコトに気を使うひとなんですよ。今までもお子様連れのお客様もいましたので、メニューにはないのですけど、いろいろ考えているみたいです。」

「ふーん。いいねー。この店が上手くいけば、もっといろいろな専門店を出していきたいね。」

「店長はお客さんが喜んでくれることが嬉しいらしいですよ。だからもっともっとって、新しいメニューを考えているみたいですよ。」

・・・俺はただ天麩羅を食べ、この話を聞いていればそれでいいのだろうか?俺は何かをしなければいけないのだろうか?

天麩羅の味よりもそのことが気になって仕方がない。

 

食事も終わり、ちょっと歓談があって、リムル様が突然立ち上がった。

「ツグミさん、ヒバリちゃんちょっと借りるよ。」

「え?」

「・・・向かいのブティックで今度子供服を始めるんだよ。観光客向けなんだけさ。洋服買ってもらった子供が今度は大人になって観光客として戻って買い物をしてくれる。12才までに着た服は一生着続ける。違ったかな?ちょっとヒバリちゃん連れて視察。視察。」

「ええ?ゲルドさんと二人きりになっちゃうじゃないですか。」

「イヤか?」

「イヤじゃないです!・・・」

両手をテーブルについて宣言するようにそう言うと、ツグミさんはちょっと頬を赤らめた。

 

「まあ、いいから、いいから。」

リムル様は俺の横に座るヒバリ君に手招きをすると、ヒバリ君もすくっと立ち上がった。

ヒバリ君の肩に両手を置いて歩き出し、襖を開けて出て行ってしまった。

襖の向こうから「あとは若い者に任せるとして・・・ドロンしましょう。」というリムルの声が聞こえてきそうだ。ヒバリは両手を胸の前で上下にして人差し指を立てている。たぶん。

 

「行っちゃいましたね。」

ツグミさんがつぶやいた。

俺は何をすればいいんだ?

「ツグミさん、お酒飲めますか?」

「はい。少し。」

俺はテーブルの右端にあるドリンクメニューを見た。

『フルーティーな飲み口』に目がとまり、これでいいか・・・と俺は後ろに倒れるように右の肘を畳について、体をひねると襖を開け、頭だけ廊下に出して給仕を探した。

少し離れたところに立ってこちらを見ていたので、手招きをした。

「はい」という声は聞こえないが口がそう動いたのを見て、俺はテーブルに向いて座り直し、開いたままのドリンクメニューを見た。

給仕の者が部屋に来たので、ドリンクメニューの『魔国如水(テンペストみずのごとし)』を指さしボトルで1本とグラスを2つ頼んだ。

すぐに酒とグラス、小皿が二つテーブルに運ばれてきた。

俺はツグミさんに酒を注ごうとした。

「いやいや、私が。」

そう言うとツグミさんは俺が持っていたボトルを奪い取り、俺のグラスに注いでくれた。

「それじゃ、今度は俺が・・・」

ボトルを貰おうとすると、

「そんな、手酌で大丈夫です。」

そう言うと自分でグラスに酒を注いでしまった。

 

俺たちは一口酒を飲んだ。

「ツグミさん、直訴の話を聞きましたよ。スゴイ行動力ですね。」

「いや、恥ずかしい。リムル様、いろんなところで話してるみたいで・・・」

顔が少し赤くなっている。

「・・・ゲルドさん、私町を作り始めた頃の最初の団地に住んでるんですよ。初めて暮らし始めたときのコトを覚えています。蛇口ひねると水が出るんですよ。家の中は温かいし、雨風は勿論入らない。それを作ってくれたのがゲルドさんなんですよね。子供にも言っているんです。この家はゲルドさんが作ったんだよって。私達を幸せにしてくれているんだよ、ってね。」

弁当屋も同じと事を言っていた。食堂のゴブリナもだ。俺は作っただけなのに、皆が俺に感謝をしている。

「・・・いや、作っただけですよ。」

「違います!ゲルドさんは私達を幸せにする仕事をしているんです!」

ツグミさんの右手はテーブルの上で拳を作っている。

「まあ、もう一杯。」

俺はツグミさんのグラスに酒を注いだ。

 

「・・・ツグミさん、この店では何時から働いているのですか?」

「8時半からです。丁度子供を学校に送り出して、間に合うのですよ。」

「店の開店時間は?」

「11時です。」

「・・・それまでは準備ですかな?」

「すぐに店長と市場に買い出しに行っています。天麩羅に向いてる食材の選び方とか教えて貰っています。市場のひとからもいろいろ教えてもらって、知らないことばかりですよね。店に戻ると、すぐに掃除して、仕込みのお手伝いです。ちょっとしたらお米研いでご飯炊いて、開店したら給仕の仕事をしています。ゆくゆくは調理も盛り付けも全部出来るようになってみせます。」

「ほー・・・凄いな。」

このひとはすさまじい行動力の持ち主だ。

 

「・・・それでは近いうちに天麩羅の店を始められますね。」

俺は冗談半分に笑顔で言った。

「違います!違うんです。私目標があるんです。夢があるんです。」

ツグミさんは右手で拳を作った。

「私、ベルドラ様のお店で働いていたんです。そこでいろいろな物語をベルドラ様に教えていただきました。経典というらしいのですけど、絵で物語が進んでいくらしいのです。私はその物語をベルドラ様から聞いて、とても楽しくて、とてもわくわくして、幸せだったんです。私は絵は描けませんけど、物語なら作る事が出来ると思うんです。・・・子供の頃、木の枝でお人形作ってお人形さんごっこしてました。」

「ああ、そういうのはオークの子供達もしてたぞ。女の子がしてた。」

「そう、それです。きっと一緒。あれって、空想で誰かになりきってお芝居して、物語作っていたんだと思うんですよ。私お人形さんごっこ大好きで、物語り作れると思うんです。私。だから物語を作る小説家になりたいんです。みんなに私の物語読んでもらって、幸せになってもらいたいんです!」

右手の拳は上下に振られている。

「まあまあ」と言って、俺はツグミさんのグラスに酒を注いだ。

 

ショウセツカ。小説家か・・・そういう仕事もありえるのか・・・幸せになってもらう・・・か。

俺は狸親父の言葉を思い出していた。『あんた幸せかい?・・・』俺はグラスを見つめた。

俺は幸せなのか?執務室での仕事は何のためにしているのか?

俺が住宅や道路を作ったことで町の者は幸せを感じているようだ。そう言ってもらえると悪い気はしない。

それで俺は幸せなのか?俺の幸福とはなんなんだろうか?何のために仕事をしているんだ?

狸たちがダイナマイトを使ったのは奴らが幸せではないからか?

次の日曜、俺はダムの現場に行き狸たちを監視しようと考えていた。

監視ではなくやるべき事があるとすれば、奴らを幸福に導くことだ。

しかし、捕虜を甘やかす事はできない。それでは何をするのか・・・

俺はグラスの酒を一気に飲み干した。

 

「はい、ゲルドさん。」

黙ってしまった俺にツグミさんが酒を注いでくれた。

俺はツグミさんの話を聞いて、狸に何をすべきか考えている。

なぜリムル様は俺に執務室勤務をさせたのか・・・

なぜ2度リムル様を死なせてしまったのか・・・

3度目はなぜツグミさんの話を聞くことになったのか・・・

 

・・・俺は。

・・・俺はまず、狸たちの話を聞いてやるべきではないのか?それで事故が防げるという保障はないし、狸たちが満足する確証もないが、奴らに俺が話をしてやることで何かが変わるのかもしれない。

話をするだけなら想定外の悪い変化は起きないだろう。

ツグミさんの話を聞くことになったのも訳があるはずだ。しばらく考えた。

「よし。」

俺はつい声に出していた。横に座るツグミさんもちょっとビックリしている。

「いやいや、失礼。ありがとう。あなたの話を聞いて、俺がやるべき事が分かった気がする。早速明日実行してみます。」

「はあ。」

何を言っているのか分からないという顔をツグミさんはしている。

「いやー、いい話を聞けた。あなたは素晴らしい方だ。」

「何を言っているのですか?いやだ。」

ツグミさんの顔がまた赤くなっている。

 

襖が開いてリムル様とヒバリ君が入ってきた。

「宴もたけなわではありますが・・・」

リムル様はヒバリ君の手を引いている。

「あら、格好が・・・」

ツグミさんが自分の娘の姿に驚いている。

「どうだ?似合うだろう。」

リムル様はヒバリ君の手を引いて、くるりと回った。

太いチェック柄のロングスカートに大きいボタンの白いカーディガン、肩からはチェーンポシェットを掛けている。

 

「どうしたんですか?」

ツグミさんは問いかけた。

「ブティック、子供服は最近始めたばかりだからまだ一つも売れてないらしいんだ。いろいろ試着して、スタッフの対応の練習もしてきた。そしたら、一着プレゼントしてくれたのさ。スタッフが一番似合うって言ってくれて、ヒバリちゃんも気に入ったやつなんだ。」

「えー、こんな上等な服を。・・・いいんですか?」

「いいんだいいんだ。これでヒバリちゃんもファッションに興味持ってくれれば、将来は洋服を買ってくれる。未来への投資さ。・・なんてな。」

「ありがとうございます。大事に着させます。」

「どうだ?なにかいい話ができたなか?」

リムル様は俺の顔を見た。

「はい。今まで考えもしなかった発想がわいてきました。ツグミさんと引き合わせて頂いた事を感謝します。」

「また大げさだなゲルドは。」

相変わらずツグミさんは顔を赤くしている。酒のせいかな・・・

 

 

俺たちは店を出た。

リムル様はもう1軒近くの店を視察すると言って店の前で分かれた。

やたら大人っぽい服装になったヒバリ君の手を俺は引いて、ツグミさんを家まで送る事にした。

「ツグミさん、今日はありがとう。とてもいい話を聞くことができました。」

「何を言ってるんです。なにもいい話なんてしてないですよ。」

「いや、考えさせられた。」

ツグミさんとヒバリ君が家に入るのを見届けて、俺は自分の家に向かった。

 

10.0・変化のはじまり

 

悪夢は見なかった。

社に行き、弁当屋に行き、庁舎に向かう。狸親父の言葉が頭の中をぐるぐると回っている。「あんた幸せかい?」

昨晩のツグミさんの話を思い出していた。俺の仕事で幸せになれていると言う。感謝していると言う。弁当屋のご亭主も、食堂のゴブリナも。

俺は家を作り、道路を作り、皆を幸せにさせたいとは考えていなかった。しかし、必然的にそこに住む者は幸せになっているようだ。

俺の仕事は皆を幸せにさせるのだ。執務室での仕事も、直接的ではないが、皆を幸せにさせているのだ。

『うん』・・・なにか腑に落ちるというか、理解出来てきた感覚がぼやっと沸いてきている。

執務室に着くと、いつも通り弁当を食べる。カレンダーは紅葉の山だ。

朝飯が終わると、書記さんにリグルド殿の執務室に行くことを告げて部屋を出た。

 

リグルド殿への依頼は、今日の夕方酒樽を一つもらえないか・・と言う事だ。

俺は酒を持ってダム現場へ行き、慰労会を開くことを計画した。昨晩思いついたことだ。

なにが変わるか分からない。できるだけ狸の話を聞き、俺は自分の今までの経緯を話すつもりだ。リムル様の事も、テンペストの町の事も。

リグルド殿はうなずき、了解してくれた。酒樽は夕刻直接酒造所に受け取りに行くことになった。

 

執務室に戻ると皆出勤していて、すぐにC62が俺のデスクに来て会議が始まった。

いつもと変わりない報告が続き、特別問題と思う案件はなかった。

「それでは本日の会議を終わります。」

そうC62が言ったところで、俺は発言した。

「ちょっといいか。夕方俺はダムの現場に行く。少し早く執務室を出るが後を頼む。来客等の予定はないはずだ。」

「あ、そうなんですね。何しに行くんですか?」

「うん。・・・慰労会を開く。」

「え?ええ?」

「おかしいか?」

「いえ、そんな事はないですけど・・・」

「ま、留守にするが、頼むな。」

「ハイ、分かりました。」

会議は終わった。

 

自分のデスクに戻って、書類のハンコ押しをして行くが、特に苦痛には感じなかった。

時々顔を上げ、執務室の景色を眺めた。

みな仕事をしている。主任達も現場を離れてココに居る。この体制も考えたい。俺がしているハンコ押しは俺じゃなくても出来る。

この仕事を任せられる者も作っていかなければいけないと思う。

 

夕方俺は自分の行動予定に『ダム現場』と書いて、帰社時間に「×」を書いた。直帰するという意味だ。

C62のデスクに行き、「出掛ける」と言って執務室を出た。

リグルド殿の執務室に寄ったが不在であった。

部屋に居た書記さんに『言われたとおり酒造所に酒樽を取りに行く』と告げ、庁舎を出た。

酒造所までは歩いてたいした時間は掛らない。受け取ると酒樽を肩に担ぎ、空間転移でダム現場に飛んだ。

 

 

D52を捜し、慰労会の話をすると、

「ゲルドさん、ビックリした。いらっしゃるなんて。慰労会?今日?やるんですか?」

「なんだよ。俺がそんな提案をしたら変か?」

「いやいや、そんな意味じゃなくて、まあ、ちょっとビックリしたって言うか・・・」

「まあ、そう言うことだ。残業はせずに、終業時間になったら、捕虜も含めて皆を飯場に集めてくれ。」

「分かりました。急ですね。」

「お前らの慰労だ。お前の話も聞かせてくれ。」

「え?分かりました。」

D52は変な顔をしている。そんなことは構わない。

 

終業時刻となり、ぞろぞろとオークや捕虜の魔人、狸たちも集まってきた。

俺は資材を入れていた木箱をひっくり返し、その上で立っていた。

D52が酒樽の前でコップに酒を注ぎ部下達に渡している。

「まだ飲むなよー。ゲルドさんの挨拶があるからなー。」

皆が俺のまわりに集まってきたところで、俺は話し始めた。

「みんなご苦労。君たちのお陰で仕事は順調に進んでいる。多少のトラブルはあるだろう。しかしそれも君たちの努力で前に進んでいる。感謝している。さあ、飲みながら俺の話を少し聞いて欲しい。ご苦労。乾杯。」

皆は顔を見合わせて「カンパーイ!」と叫んだ。

「いやー美味い。浸みるなー。」

いろいろな声が聞こえてくる。

「飲みながら聞いてくれ。俺はテンペストの幹部に登用されているゲルドだ。しかし、その昔リムル様に戦いを挑んで敗北した者だ。そんな俺たちをリムル様は許し、配下にしてくれた。俺たちは土木建築に従事しテンペストのお役に立てている。町に住む者達は俺たちの仕事に感謝すらしてくれている。敵だった俺たちはテンペストに受け入れられているのだ。オークの皆。自分に自信を持って欲しい。これからはただ仕事をするのではなく、お前らの希望に合わせた仕事を検討したい。家族が町に残っている者も居るだろう。お前らの希望に合わせた配置も考えたい。俺に話して欲しい。捕虜の諸君。君たちも悪意なくクレイマンの配下になっていた者もいるであろう。捕虜の処遇はまだ決まってはいない。俺の一存では決められないが、お前達の希望も聞いていきたい。テンペストの町は美しく、食べ物も美味い。仕事もある。町で働きたければそういうことも不可能ではない。可能な限り俺がリムル様に取り次ぐ。その判断をするためにも今はこの現場で最善を尽くして欲しい。その姿を見せて欲しい。酒はたっぷりある。今日は君たちの慰労だ。ゆっくり飲んでいってくれ。」

俺は木箱から降りた。そこらから「おー」と感嘆の声が聞こえる。

 

D52が近づいてきて話し始めた。

「ゲルドさん、素晴らしい挨拶でしたよ。俺も自信が沸いてきちゃいましたよ。町の皆に喜ばれているなんて知らなかったもんなー。」

他のオーク達も俺にお辞儀をしている。

俺は木箱の上から狸達がどこに居るか確認していた。

オーク達が話しかけてくるのを「ちょっと待ってくれ」と言って狸のところへ急いだ。

 

 

「狸親父。久しぶりだな。覚えているか?」

俺は持っているコップを狸親父のコップにコツンとやった。

「おーゲルドのダンナ。久しぶりだな。元気か?」

「おー。さっきの俺の話は聞いてたか?」

「おー。」

「どうだ、お前達のクレイマン軍への参加の経緯は以前に聞いてる。お前達はどうなりたい?」

単刀直入に聞いた。

「俺たちは捕虜なんだろ?好きに使ってくれよ。」

「そうじゃない。お前達のもう少し先の話をしたいんだよ。」

「先って・・・」

狸は一口酒を飲んだ。

「俺たちは好き勝手にその日1日を暮らしてりゃそれでいいんだよ。別に良い暮らしも要らねーし、家なんてボロでいいんだよ。」

「前にもそんなこと言ってたな。テンペストは連邦国だ。・・・クレイマン配下としてのお前達の仕事はたぶん理解されるだろう。何もしていないとな。森の中にお前達はお前達の国を作って、連邦国の中に入ることも出来るぞ。たぶん。仕事も出来るだろうし、貿易もできる。」

「国ってよ・・・。そんな大層なこと言わないでくれよ。もっと好き勝手にしてりゃいいんだよ。狸だぞ。俺たち。誰が上とか下とかそんなのねーんだよな。」

「森の中で悪さしなけりゃ、別にそれでも暮らしていけるぞ。国を作らなくたって。言ったように仕事はある。街道はどんどん増えてるからな。警備から宿屋から。仕事は中央都市以外にもある。」

「そんなのがいーよ。時々旅人が残した美味い飯でも食べられればあとは鼠でもミミズでも食ってればよ。」

「酒は?」

「知らねーのか?果物発酵させりゃ酒が出来るんだぞ。」

「それじゃ・・・まだ俺の勝手な思いつきだぞ。リムル様にはこれから相談だから、何にも決まってはいないからな。街道沿いの宿屋の近くの森に領地もらって、そこをねぐらにするって言うのはどうだ?宿屋でパートタイムで仕事も出来るし、働けば食堂の美味い飯も食える。どうだ?他のものはどうだ?」

俺は周りに居るおとなしい狸たちの顔を見た。

「うん・・・そうだな。ダンナいろいろと考えてくれてたんだな。考えとくよ。皆とも相談してみる。」

「よしわかった。乾杯だ。」

俺はもう一度狸親父のコップにコツンとやった。

 

なんか良い感じじゃないか。これで事件が起きないなら尚のこといい。

俺はリムル様の事故の事など忘れて話していた。狸の事だけを考えていた。

 

「狸。お前達のヘンゲを見せてくれよ。見事なものらしいじゃないか。D52から聞いたぞ。俺にも見せてくれ。」

「・・・そうだな。気分も良いし、もう一杯酒もらうかな。」

そう言って酒樽の所へ皆でぞろぞろ歩いて行った。

狸はそれぞれ顔を見合わせ、なにか真剣に話をしている。

 

俺は他の種族の集まりの所へも行き、テンペストの町の素晴らしさや、リムル様の寛大さ、陽気さを話し、それぞれの種族の希望があれば聞いた。

そうこうしているうちにどこかで演奏が始まった。ふと見ると、辺りは提灯の下がった広場に変わっていて、その中央ではダルマに手足が生えた妖怪が踊りを繰り広げている。

「なんだ。あれは。」

俺たちはその広場に集まり始めると、俺たちの前をひざ丈ほどの大きさの狐が着物を着て嫁入り行進を始めた。

「おー」と誰かが拍手をしていると、次には雲に載った阿弥陀菩薩がシャンシャンと演奏しながら進んでいく。

なんだこれは。これが狸のヘンゲか。

そうこうしていると美人のエルフがどこからともなく現れ、そこらに居る者の手を引いて提灯の広場に引っ張り出し、演奏に合わせて踊り始めた。

手を引かれた者達も踊り出している。それを見ている者も手を叩いている。

 

・・・こんな光景がしばらく続くと、空から雪が降ってきた。

目の前が真っ白になり辺りが見えなくなると、すーと全てが消えて、元の慰労会会場に戻った。

皆しばらくボーとしていたが、又ざわざわと話し始め「今のが狸の芸か?」とそこらから聞こえてきた。

狸のヘンゲを初めて見たが、確かに面白いものだ。悪い奴らではないのだろう。

 

俺はD52を捜した。

「どうだ?捕虜は?」

「なかなか。働かないですよ。」

「そうか。今、いろいろ希望を聞いてきた。言いたいこともあるのだろう。俺からも話をした。明日からの様子を注意深く見ていてくれ。」

「ハイ。分かりました。」

「今度はお前の希望だ。お前家族が町に居るんだろ?ホントは現場じゃない方がいいんじゃないのか?町にも俺たちの仕事はあるぞ。」

「いや。いいんですよ。時々は帰れるのだし。」

「本音は?」

「まあ、・・・子供もそろそろ上の学校行きますしね。あと2・3年はそばに居たい気もありますね・・・」

「そうか。考えてることがあるんだ。お前水道も道路も建築も分かるじゃないか。町を起点とした修理対応の部門を作りたいんだよ。突然の修理がないときは俺がやってた書類のチェックがある。これも重要な仕事だ。修理対応は勿論お前だけじゃなく、交代で来る主任クラスを必ず一人連れて行って、そいつらもなんでも対応できるように育てたいんだ。今まで専門に特化しすぎて、自由度がなくなってしまった。主任クラスには現場で次の主任候補を育てるように指示していこうと思ってる。どうだ?」

「・・・俺の町勤務は別として、その考え方は良いと思いますよ。ゲルドさん町勤務やめるんですか?」

「そういう訳じゃない。でも、出来るだけ現場を回ってこういう風に話を聞きたいんだ。今回の事で俺のすべきことが分かってきたような気がする。」

「今回のことって?」

「いや。・・・ま、それは、なんだ。いつか話そう。」

俺はD52のコップにもコツンとやった。

 

次の日の朝、俺はいつも通りに過ごした。

社に行き、弁当屋に寄り、庁舎に出勤する。ダムかトンネルか分からないが事件が起きるのは明日だ。

執務室に到着した俺は、弁当を急いで食べると、自分のデスクに行き、行動予定のボードに「リムル様執務室」と書き、戻りの時間に「9時」と書いた。

皆のデスクを拭いている書記さんに「リムル様の執務室に行って来る。9時には戻る。」と告げ部屋を出た。

 

三階まで行き、リムル様の執務室前まで来た。俺はノックする。返事はない。そーっとドアを開けてみるが、中から返事はない。

頭だけ中に入れ見回して見たが部屋の中には誰も居なかった。

ドアを閉めると、ドアの前で階段の方を向き俺は直立した。俺は部屋の前でしばらく待つことにした。

 

少しするとシオン殿が階段を上がって来て廊下に姿が見えた。廊下を歩きながらシオン殿が声を上げた。

「ゲルドではありませんか。」

俺は会釈した。シオン殿が近づいてきたところで俺は尋ねた。

「リムル様は本日執務室に出勤されますか?」

「ええ。もうそろそろ来られると思いますよ。なにか用ですか?」

「はい。面会の予約は入れていないのですが、10分ほどいいでしょうか?」

「大丈夫ですよ。その位。さあ部屋に入りましょう。中で待ちなさい。」

シオン殿はドアを開け部屋の中に入っていく。俺も後を付いて中に入り、ドアの近くで直立した。

「さあ、こちらに座って待つといいですよ。」

リムル様のデスク前のソファーをシオン殿は指さした。

「ありがとうございます。」

俺はそう言うとソファーに浅く腰掛けた。

シオン殿はすぐにお茶を出してくれた。

 

しばらくするとリムル様がドアから入ってきた。

「おー。ゲルドじゃないか。なんだ?」

リムル様は歩きながらそう言うと、窓際の御自身のデスクに向かった。

持っていた荷物をデスクに置くと、椅子に深く座った。

俺はすぐにソファーから立ち上がりリムル様のデスクに向かう。

「リムル様。お話があります。少しいいでしょうか?」

「ああ、いいぞ。ソファーに。」

そう言うと、リムル様はソファーに移動し、腰掛けた。

俺は元いた場所に座り直し、話を始めた。

 

「リムル様。二つほど相談したいことがあります。」

「んん?」

シオン殿がリムル様にもお茶も持って来た。

「俺は昨晩、ダムの現場で慰労会を開きました。その際、リグルド殿に頼んで酒樽を一つ拝借しました。今日も別の現場で慰労会を開こうと考えているのですが、これから4・5日慰労会の為に酒を持参しようと思うのですが、許可して頂きたいのです。」

「ああ、いいよ。お前達の部下もお前と一緒で働き過ぎるからな。ねぎらってやるのは良いことだ。リグルドには言っておくよ。」

「ありがとうございます。・・・もう一つ。」

「うん。」

「昨晩の慰労会では捕虜にも酒を飲ませ、話を聞いてきました。いくつかの種族がいるのですが、中にはクレイマンの被害者のような者もおります。例えば狸族なのですが、クレイマンに住処を追われて、仕方なく荷物運び程度の仕事をしていたそうなのです。やつら、もともと国や領主などは持たずに気ままに生きてきたようなのです。『町にくれば仕事もあるぞ・・』と言ったのですが、どこかの森で以前のように暮らせればそれで良いんだ・・・と言うのです。俺たちと敵対することはないと思いますし、どうでしょう?こういう者は自由の身にさせてやっても良いのではないかと思うのですが。」

「なるほどな。まあ、そう言うヤツもいるだろうな。」

「いろんなヤツがいますよ。何話しても、ツッパって本心を話さない者もおります。そう言う者にもできるだけ本人達の希望を聞き出そうとは考えていますが。」

「ふーん。お前もいろいろ動いてたんだな。」

「いや、お恥ずかしい。昨晩初めて捕虜の話を聞きました。これから順番に現場を回るつもりです。」

「・・・ま、わかった。捕虜の件は、お前の独断では何もできないもんな。考えるわ。」

「ありがとうございます。」

俺はソファーから立ちあがり深くお辞儀をし、ドアに向かって歩き出した。

「・・え?もう行っちゃうのか?」

立ち止まり振り返る。

「あまりお邪魔してもなんですので、これで失礼いたします。」

俺は部屋を出た。

 

夕方に酒樽を担いでトンネル工事の現場に俺は向かった。

 

そして明日は問題の日曜だ。

 

11.0・事件は起きるのか

 

悪夢は見なかった。

社に行き手を合わせる。今日は先のオークの王に報告があった。自分の仕事に対する考え方が間違えていたのかもしれないということだ。

リムル様に救われるまでは生きるために食料を確保することに必死だった。仕事の目的は『生きるため』だ。

ところがテンペストの幹部になってからは生きるための仕事ではなくなった。俺は仕事の意味は考えていなかった。強いて言えば『リムル様の為』。そして『贖罪』。

しかしそれも違ったのだ。俺はこれからそのことを確かめる。

確かめた結果リムル様を助けることができれば、俺の考えが正しいということだ。

先の王にそのことを報告し、目を開ける。荒削りの像の顔が笑ったように見えた。

 

弁当屋に付くと、日曜だけ店番をしているご亭主の挨拶が俺を迎える。A弁当とB弁当を頼むとご亭主は話を始めた。

もう一つの仕事を始めるという、あれだ。

そうか・・・。この話はツグミさんが直訴した学校の放課後のあれか。

この話も、実は俺に「ツグミさんの話を聞け」という暗示だったのではないのだろうか。

ご亭主の話が終わったところで俺は言った。

「きっと人の為になるいい仕事だぞ。ご亭主の働きで多くの者が幸せになる。」

「そうかい。ばっちり務めてやるさ。」

「おう。」

俺にとってすべての話がきっと意味のある事だったのだ。

 

家に戻り、朝飯を食い終わると、テーブルの書類の山を眺めた。やめた。

俺はもう一つの弁当が入った袋を持って、家を出た。庁舎に行くのだ。

 

今日は日曜だ。表玄関は開いていないはずだ。俺は真っ直ぐ裏玄関に行くと、守衛室の窓をのぞき込んだ。

「いいかい?」

「ああ、ゲルドさん。ちょっと待って下さいね。」

守衛のゴブリンはあいつだ。2度目の時と同じだ。中から裏玄関のカギを開けてくれた。

「日曜にご苦労だな。」

「ゲルドさんこそ。忘れ物ですか?」

「いや、ちょっと執務室で仕事だ。夕方まで居ると思うが、構わないか?」

「ええ。勿論。明日の朝まで俺が勤務だから、大丈夫ですよ。」

「そうか。」

俺は弁当袋だけを持って、執務室に向かった。

 

執務室では書類のハンコ押しをするつもりはなかった。家に置いてきたことにも今気がついた。

俺は夜まで執務室で過ごそうと考えた。なにか問題が起きれば、ココに居ればすぐに連絡があるはずだ。

ダムとトンネルで事件が起きた今までの二度と同じならば、午後にはC62も現場に戻る準備で出勤してくるはずだ。

夜までの間、俺はこれからの執務室での体制を考えようと思い家を出たのだ。

ノートを出し、上の方に四角く枠を一つ書いて『オレ』と書き、その下に四角く枠を書いて『主任1』と書いて線でつないだ。

その下に三つ枠を書き『主任2』『主任3』『主任4』と書いた。『主任1』から三本の線を下に延しそれぞれの枠とつないだ。

執務室勤務の主任を4名にし、俺の代わりをする主任を作ろうと俺は考えた。

その主任1と並列でD52を候補に修理兼任の主任を置いて、2名で書類の承認作業に当らせようと考えた。

 

今回の事で俺はいろいろな事を考えた。俺は現場でやることがあるのだ。

ノートにいろいろ書くと、ペンを置き、腕を組んでその図を睨んで考える。

ちょっと考えると消しゴムで一部消して書き直し、また腕を組んで図を睨む。目を閉じて上を向いて考える。

そんな事をしながら、まとまりもしない執務室の人員配置を考え続けた。

 

俺は昼飯を食べ終えると、三階のテラスに行ってみた。

扉を開けると太陽がまぶしい。ドアを閉め大きく空気を吸い込んだ。空気が澄んでいて気持ちが良い。

テラスの端まで少し歩く。手すりに両手をついて町を見渡す。

・・・良い眺めだ。テンペストは美しい。この町を俺達が作ったのだと思うと、誇らしい気持ちになってくる。

俺は黙ってテンペストの町をしばらく眺めていた。

 

1階に戻ると、執務室にはC62が居た。

「守衛にゲルドさんが来ているって聞いたから居るのかと思ったら部屋に居ないから・・・どこ行ってたんですか?」

「うん、ちょっと3階のテラスにな。移動の準備か?」

俺は自分のデスクに向かい座った。

「ええ。」

「お前、独り者だったよな?」

「ええ。・・・え?」

「お前、今の仕事に満足か?現場で。」

「・・・なんです?満足って?捕虜の扱いとか大変だけど、まあ順調に進んでいますよ。」

「そう言うことじゃなくてだな。お前自身のことだよ。」

「俺自身?」

「・・・お前ブルムンドの街道建設だよな?」

「ハイ。」

「何のために道路作ってる?」

「・・・何の為にって。リムル様のため?ですかね?」

「うん。・・・俺もつい最近までそう考えてたんだがな。・・・ちょっと三階のテラス行ってみないか?」

「え?テラスですか?」

「ああ。」

俺は立ち上がり、ドアを出て振り返る。C62は突っ立ったまま動かない。

俺は『来い』と手で合図し廊下を進んだ。

 

三階のテラスに出ると、後からC62も付いて来た。

「良い景色だろう。」

「そうですねー。こんな風に町を見るの初めてですよ。」

「お前、リムル様に名前をもらって、最初にこの町の道路や家を作った時の事覚えているだろう?」

「はい。あの頃は朝から晩まで働いてましたよね。」

「俺は執務室勤務になって、初めて知ったことがあるんだ。この町の者達は俺達に感謝してるんだぞ。知ってたか?」

「感謝?ですか?」

「ああ。・・・恥ずかしくなるほどに礼を言われたぞ。あの頃の団地に住んでる・・・と言って礼を言われた。俺はそんな風に皆が思っているとは知らなかった。」

「ほー。そーなんですね。俺も考えたことなかったですよ。」

「そう考えるとな、俺達の仕事は、リムル様の為でもあるが、町に住む者皆の為でもあるんだよ。皆の幸せの為にもなっていると言うことなんだよ。」

「ほー。なるほど。そういう風に考えたことなかったです。」

「ブルムンドの街道を作ると言うことは、そこを利用する者達は安全に移動が出来るようになり、移動時間も短縮される。利用する者の幸福につながるんだよ。街道を利用して商人や観光客が町に来て、町は更に豊かになる。町の者も幸福になるって事だ。」

「ふーん。そう言うことか・・・。俺がしている仕事はそういう仕事なんですね・・・」

「そこでだ。そこでお前の話だよ。お前は今の仕事で満足か?」

「・・・そう言う意味なら、俺満足ですよ。今の話聞いたら、更に労働意欲沸くじゃないですか。」

「そうか?時々執務室勤務があることについてはどうだ?」

「現場留守にするのはちょっと不安もあるんですがね。出来れば現場にずっと居たいですがね。」

「そうだな。俺もそう思ってた。だがな。執務室の仕事も誰かがやらなきゃならない仕事だ。間接的には執務室の仕事も皆の幸福に寄与している。」

「はい。」

「お前の現場で、お前の代わりが出来る主任補佐的な者は居るか?」

「んんー。まだまだ半人前ですけどね。居なくはないですけど・・・」

「そうか。・・・お前に依頼したいことがある。現場に戻ったら、たとえお前が長期にわたって現場を離れたとしても問題無く仕事が進むように、次の主任を育てることだ。」

「え?俺現場移動なんですか?」

「そういう訳じゃない。しかしだ。・・・今、執務室の人員体制について考えている。主任クラスの者には今より長く執務室勤務してもらおうかと考えている。それにも現場が耐えられるように次の主任を育てて欲しいんだ。どうだ。」

「んん。まあ、俺がずっと居ないとダメだなんて良くはないですもんね。考えたことなかったけど、俺が現場に居るときでも、少しはそいつに任せるようにして行けば良いんですかね?」

「そう言うことも含めて、お前の判断だ。」

「人を育てるって難しそうだなー。道路作ってる方が簡単ですな。ハハハ。」

「やれるか?」

「勿論ですぜ。任せて下さい。」

「よし。」

俺はc62の肩をポンっと叩いた。

 

二人で少し話をしながら1階の執務室に戻った。

俺は自分のデスクで人員配置の図を見ながら腕を組み考え事を。

C62は自分のデスクから全ての書類を出して何かの順番通りに机の上に並べている。

そうして時間は過ぎていった。

 

C62が執務室の電気を点けた。俺は天井の電気を見上げ、窓の外を見た。辺りは少し暗くなってきていた。

「ゲルドさん、俺家に戻ります。2週間ありがとうございました。現場に戻ったら、さっきの次の主任を育てる話、ちゃんと取り組みますから。」

『・・・・・・あれ、家に帰っちゃうのか。』

確か事件の起きた2回ともヤツは執務室に居たはずだった。

「ああ、ご苦労だったな。・・・現場よろしく頼むな。」

「はい。それじゃお先に失礼します。」

深々とお辞儀をすると、部屋から出て行ってしまった。

 

そうか・・・またなにか変わったのだな。このまま何も起きなければいいのだが・・・

俺は椅子をくるりと回して、窓の外を見た。このままここで何も起こらないことを願う。

椅子を回してデスクにむき直し、一番上の引き出しからA3の真っ白な紙を出した。執務室の体制を考えていたノートから書き写す為だ。

俺は頭の後ろで腕を組んで天井を見た。ボーッと天井を見ていると、辺りが明るく、白くなった。

 

12.0・夢

 

執務室の中が真っ白な霧に包まれたようだ。なんだ?

 

目の前に食堂のゴブリナが現れ「ゲルドさん、ありがとう」と微笑んだ。

「え?」

 

・・・ゴブリナはスーッと姿を消し、次に弁当屋のご亭主が現れた。「ゲルドさん、ありがとうよ。」と笑顔を作った。

「・・・?」弁当屋も姿が消える。

 

ツグミさんが現れ微笑んだ。

「ありがとう。ゲルドさん。」ツグミさんも姿を消した。

 

次には宴で会ったクロエ君が現れた。

「ゲルドさん。リムルさんを助けてくれてありがとう。」

そう言って微笑む。

その姿が消えるのと同時に、黒衣の麗人が現れ、微笑んだ。

 

何が起きているのだ?

 

 

俺はゆっくり目を開く。俺はデスクに突っ伏して眠っていた。目尻には涙がにじんでいる。体を起こして、椅子に深く座った。そして左手の袖で目をこすって涙を拭いた。

俺は眠ってしまったのか?背中の窓は少し明るい。俺は部屋の時計を見た。5時半を指している。

俺は執務室でC62を送ったあと、執務室勤務の体制を考えていたのだ。自分の家には戻されていない。夢を見ていただけなのか?

カレンダーを見よう。

俺は立ち上がり、コーナーテーブルの前に歩いた。

カレンダーを見ると紅葉の絵柄、10月のままだ。書記さんが書き込むバッテンは10月の最初の金曜まで付いている。

更に確認をしようと俺は守衛の部屋に行くことにした。

ノックもせずにドアを開けて守衛室に入った。

「ああ、ゲルドさん、ビックリした。おはようございます。」

「おはよう。」

俺は返事をしながらカレンダーの前に進んだ。紅葉の10月だ。

素直に聞いた。「おい、今日はいつだ?」

「え?日曜が終わって、今日はここ。」守衛が指さしたのは上から2段目の月曜だった。

「そうだな。ここだ。」

カレンダーに顔を近づけて俺も同じように指をさした。

全身から力が抜ける感覚があった。自分でもきっと微笑んでいるのだろうとも思った。

「ちょっと執務室に荷物を取りに行く。それから一旦家に戻る。」

そう言うと俺は執務室に弁当袋を取りに行き、守衛室に戻った。

 

裏口のドアを開けてゴブリンの守衛は待っていてくれた。

「お前もご苦労さん。これから二日は休日だったな。家族を大事にしろ。」

「はい。ありがとうございます。」

守衛が開けているドアから俺は外に出た。

 

空が白んできている。俺はゆっくり歩いた。

問題の日曜は過ぎた。たぶんリムル様は無事だ。確かめに自宅に行きたいが、我慢しよう。

空気が美味しい。空が澄んでいる。なんと気持ちの良い朝だろう。

家に戻り、置きっ放しの弁当箱を袋に詰め、何もしていない書類の山をリュックに詰めて、社に向かった。

 

社で木彫りの像を手に取り、俺は見つめた。

「王よ。俺は理解した。」

像を右手で拭いた。

「リムル様に俺達は救われた。仕事を与えられ、衣食住に不安も苦労もない。しかしそれではダメだったのだ。俺は仕事の意味を初めて考え、理解することができた。・・・王よ。我々はこの地で着実に根を張っています。」

像を元の位置に置き俺は手を合わせた。

目を開くと木彫りの像は微笑んでいた。

 

いつもの場所でリザードマンが現れた。

「やあ、ゲルドさん。おはようございます。」

「おはよう。」

「いつも早いですねー。ゲルドさん。」

「お前も毎日ご苦労さんだな。・・・今日は良い天気だ。雨は降らないぞ。空気が澄んでる。」

「あー。ほんとに。空気がおいしい。」

「そうだな。」

 

弁当屋に付くとちょっと太ったゴブリナが挨拶をする。

「ゲルドさん、おはよう。」

・・・そうだ。今日は日曜じゃない。ちゃんと次の月曜が来たのだ。

「日代わりのB弁当を。」

そう言って弁当袋を渡した。

おばちゃんは「日替わりのB入ったよ-」と叫んだ。

店の奥の厨房から「あいよー」と男の声がする。

・・いい。これだ。このやりとりをしたかった。

 

「今日のB弁当はコロッケだよー。今日も天気がいいねー。」

「今日は雨は降らないぞ。空気が澄んでる。」

「そうかい?それはいいね。昼に雨が降ると弁当売れないんだよ。」

「今日は大丈夫だ。俺が保障してやろう。」

笑顔を見せると、ゴブリナも微笑んだ。

 

毎日遅刻しそうな親子の家の前に来た。

「早くしなさーい。保育園、遅刻するよー。」

家の中からは「待ってー」と子供の声がする。

俺は小柄なゴブリナの横で立ち止まった。

「毎日大変ですな。」

声を掛けた。

「ああ、ゲルドさん。おはようございます。・・・毎日イヤになっちゃう。」

俺は玄関の方を向き子供が出てくるのを待った。

 

子供が玄関を開けて出てきた。俺を見つけるなり

「あ、ゲルドさーん。」

と走り出し俺の足に飛びついてきた。

「おはよう。」

「ゲルドさん、おはよー。」

子供は足から離れて俺を見上げた。

俺は子供の頭に手を置いた。

「明日も俺はココに来る。どっちが先にココにいるかな?」

「おれだー。」子供はそう叫んで、再び俺の足に飛びついた。

「競争だな。」

俺はそう言って子供の頭をなでた。

 

親子と一緒に歩きゴブリナと少し話をした。

途中の交差点でゴブリナが言う。

「私達こっちだから、それじゃあ。ゲルドさん、いってらっしゃい。」

「うん。あたなも気を付けて。」

親子は右に曲った。俺は真っ直ぐ進んで庁舎に向かう。

 

庁舎に近づくと挨拶をしてくるものが増える。

「ゲルドさん、おはようございます。」

「うん。おはよう。」

いつも通り表玄関から庁舎に入り、さっきまで居た執務室に向かう。

部屋では書記さんが皆のデスクを拭いている。

「おはよう。」

「ゲルドさん、おはようございます。」

弁当を食べると俺はすぐに三階に向かった。

 

リムル様の執務室の前に立つ。ドアをノックするが返事はない。「まだ早かったか。」

ドアの前で直立して待っていたが、ふと、テラスに行ってみようと思った。

テラスに出て、手すりに両手を付いて町の景色を眺めた。

綺麗じゃないか。ホントに美しい。この町はホントに美しい。俺達が作ったのだ。

しみじみと眺めていた。

 

背後から声を掛けられた。「おー。ゲルドじゃないか。」

リムル様の声だ。嬉しい。俺は振り向いた。

「良く来るのか?テラス。」

こちらに歩いてくる。

「・・・リムル様。よくぞご無事で・・・」

俺はリムル様の手を握った。

「おい。なんだよ。」

「・・・失礼いたしました。おはようございます。」

「うん、おはよう。どうした?」

「いえ、リムル様のご無事を確認したくて執務室を訪ねましたが、不在でしたので、テラスに・・・」

「ご無事ってなんだよ。土曜に会ったじゃないか。おれは元気だよ。」

「いえ、特別な事ではありません。良かったです。」

「なんだか分からないけどさ。まあいい。・・・俺はこのテラスからの町の眺めが好きなんだ。」

「はい。俺も好きです。」

俺は振り返り、町の景色を再び見た。

「最初は何もなかったよな。当たり前だけどさ。よくここまで来たよ。」

「そうですな。・・・リムル様。俺は今回の事で仕事に対する意識が変わりました。」

「今回?なんかあったのか?」

「いえ、捕虜の扱いについてです。部下についてもですが。考えさせられました。」

「ふーん。お前ならちゃんと捕虜も指導出来るとは思ってたさ。」

 

俺は目を閉じて空を見上げた。暖かい日差しを体が感じている。

「リムル様、良い天気ですなー。」

「うん良い天気だ。」

目を開けて空気を思い切り吸い込んだ。

 

「・・・リムル様。俺には夢があります。」

「おー。なんだ夢って。」

「・・・それは、・・・テンペストの皆を幸せにすることです。俺は家を作り、道路を作り、皆を幸せにすることができます。そのような仕事をさせてもらっている。リムル様には感謝してもしきれません。」

「うん。・・・お前の仕事は皆が評価しているぞ。俺もお前を信頼している。自信を持ってやってくれ。」

「はい。」

 

俺とリムル様は再び町を眺めた。

 

【エピローグ】

 

小高い丘からテンペストの中央都市リムルが臨める。綺麗に区画整備された町の奥には、夕日で赤く染まった山。

町の家々には明かりが灯っている。1軒の家。庭から続く掃出窓には小さな子供の影が見える。

 

部屋の中央には、『なら材』で作られたツイスト脚のテーブルがある。アンティーク調の濃い茶色が綺麗だ。

なら材のツイスト脚の向こう側に太くたくましいオークの足がある。その足は椅子の近くに引き寄せられた。

 

テーブルの上でページをめくるたくましい腕。太い指。ページには『Fin』の文字。

単行本を読んでいるのはゲルドである。

ゲルドはもう一度ページをめくる。そこには作者の紹介であろう、似顔絵とその下に名前と紹介文が書いてあるらしい。

 

 

「いかがでしたか?新作は。」

俺は顔を上げる。対面式キッチンカウンターの向こうではツグミさんが笑顔でこちらを向いている。

単行本の作者の似顔絵はツグミさんなのだ。

「いかがでしたか?」

「とても面白かったです。・・・主人公の名前が俺と同じというのがちょっと、照れくさいですが・・・」

俺は笑顔を作った。

「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。んふ。」そう言ってツグミさんは笑っている。

 

ツグミさんは俺の家で暮らすことになった。娘のヒバリ君も一緒だ。

テーブルの隣、掃出窓の前ではヒバリが綺麗な洋服を着た人形を二つ持ち遊んでいる。

 

ツグミさんは天丸で働きながら小説を書き始めた。

ツグミさんは最初の本を発行すると、テンペストで爆発的に売れた。『名探偵リムル』というタイトルだ。

学生の「リムル君」はクレイマンの部下の怪しい取引現場を目撃。好奇心旺盛のリムル君は後をつけたが、仲間にとらえられ毒薬を飲まされた。

気がつくと・・・体がスライムになっていた。元来の推理力で問題を解決していくリムル君の名台詞「真実はいつも一つとは限らない。魔物の数だけ真実がある!」は子供達にも大人気で、町中ではリムル様お面をかぶった子供達が名探偵ごっこをしている。

その年の流行語大賞も受賞した。

この本は商人の手で各国にも持ち出され、ドワルゴンでも爆発的に売れた。

 

「いつも俺が最初の読者になってしまって、ツグミさんのファンに申し訳ないですな。」

「ゲルドさんも私の本のファンなんだから、いいんですよ。ファンじゃないんですか?」

「いえいえ、大ファンですぞ。」

「ありがとうございます。んふ。」

 

ツグミさんの書いた本は2冊目・3冊目も各国で売れた、リムル様はその貢献に対して幹部の住む町に住宅を建てることを許可した。

しかしツグミさんはそれを断り、俺の家で暮らす許可が欲しいと嘆願した。

「いやー、俺にそんなこと言われても・・・俺が照れちゃうよー」リムル様はそう言って顔を赤くしたらしい。

 

・・・・・

 

「ゲルド。ツグミさんと夫婦になったのか?」

そうリムル様に聞かれたことがある。

「いいえ。俺はつぐみさん達と家族になりました。」

俺はそう答える。

「同じ事だろ?」

「いいえ。家族になったのです。」

「なんだか分からないけど、お幸せにな。」

「はい。幸せになって見せます。」

俺は答えた。

 

・・・・・

 

「ご飯、もう少し待って下さいね。」

ツグミさんの声がした。

本を最初から少し読み返していた俺は、再度キッチンを見た。

ツグミさんは笑顔でこちらを見ている。

 

俺は横を向き、ふと掃出窓の前のヒバリ君を見た。

俺の家にツグミさんとヒバリ君が居る。家族が居る。

俺はそのまま窓の外を見た。夕焼けで少し赤く染まっている庭にはいくつかの野菜が植えられている。家庭菜園だ。殺風景な庭はもうない。

農業を担当しているリリナさんに頼んで野菜の苗をいくつかもらい、3人で肥料をやり植えたものだ。

窓の端では洗濯物が揺れている。

『・・・そうだ、洗濯物を取り込まなければ。』

俺は立ち上がり勝手口に向かい、そこに置いてある洗濯籠を持ち庭に出た。

物干しの近くの木箱に洗濯籠を置く。

一人暮らしの時テーブルに使っていた木箱はココに配置転換となった。

 

物干し棹には俺のでかいタンクトップとズボン、その半分以下の細さのジャンパースカート・俺の顔の大きさ位の小さいジャンパースカート、タオルが3枚掛っている。

それを順番に取り込み籠に入れた。

 

 

ツグミさんは時々「サイン会」なるもののためドワルゴンに出掛けることがある。

ツグミさんのサインを本に書くらしい。本に作者のサインを書いてもらうことに何の意味があるのか俺は理解できていない。

今はツグミさんが朝晩の料理を作っている。ツグミさんが出張の時は俺が料理をする。エプロンを付けて。

 

今日はツグミさんがドワルゴンから帰ってくる日だ。

俺がジャガイモをシンクで洗っている横には踏み台に乗ったヒバリ君がいる。

エプロンをした大男のゲルドと小さいヒバリの後ろ姿がキッチンに並んで立っている。

ふと、まな板の上を見るとヒバリ君は包丁で何かを切っている。

「ストップストップ。」

まな板の上には丸い赤いものが10個以上。それが綺麗な花の様に切られている。家庭菜園のラディッシュらしい。

「ストップストップ、ヒバリ君。」

ヒバリ君が横に居る俺を見上げて、にっこりした。

「どうやって切ったのだ?」

ヒバリ君は下にむき直し、もう一個ラディッシュに包丁を入れてササッと綺麗な花を作り上げた。

「ん?どうやった?」

ヒバリ君が切る横で俺も1個トライしてみた。

 

 

俺はこの家族を守る。

この家族が幸せである為に仕事をする。

テンペストの皆が幸せである為に家を作る。

この国にやってくる全ての者が幸せである為に道路を作る。

 

それが俺の夢だ。

 

【おまけ】

 

ツグミさんが「作品はフィクションです。」と言っていた。確かに少し違うところがある。

狸族は街道沿いの宿屋近くの森に戻る話になっていた。

しかし実際には一部の狸たちはテンペストに移り住んでいた。

 

俺は仕事帰りに「ゲルドのダンナじゃねーかよ」と声を掛けられた。

町中で俺のことを「ゲルドのダンナ」と呼ぶ者はいない。

「だれだ?」と思い振り返り、辺りをグルリと見回した。

すると真後ろから派手な身なりの小太りの男がこちらに向かって歩いてくる。

ミョルマイル様顔負けのなりをしている。

 

近づいてきた小男は、歩きながら俺に向かって言ってきた。

「ダンナー。町に居たのかよ。久しぶりだなー。」

「誰だ?」

そう思って目を凝らして顔をのぞき込む。

「お前。狸か。」

俺は驚いた。

「どうした、そのなりは?」

「あんたのお陰でこのザマだよ。」

狸おやじは両手を広げた。

しかし派手な出で立ちだ。

 

「どうした?」

俺は同じ事を聞いた。

「いや、それがよー・・・」

そう話し始めて、

「立ち話もなんだよ。ちょっとそこ入ろうぜ。」

狸おやじはひょいと店を指さした。

「ああ。・・・いいぞ。」

俺は狸おやじの後をついて店に入った。

俺はこんな店に入ったことがない。天井を見上げると梁あらわしの吹き抜け天井が良い雰囲気だ。

コジャレタとはこう言う店を表現するための言葉だろうか?

 

狸おやじはカウンターの上に置いてあるメニューをちょっと見て店員に告げた。

「ホワイトマシュマロモカ。・・・ヘーゼルナッツシロップ追加でトッピングにキャラメルソース!」

俺は「バッ」と横に居る狸親父の顔を見た。何を言った?呪文か?

カウンターの中では、渋めの犬頭族のマスターが「グッチョイス」と右手の親指を上げた。

「ゲルドさんは?何になさいますか?」

コボルトのマスターが聞いてきた。

「ああ、・・・同じものを。」

俺はそう答えた。

犬頭族のマスターは「できたらお持ちしますよ。」と言って両手で「どうぞ」という風にテーブル席を勧めた。

狸おやじは歩きながら俺の顔を見て聞いてきた。

「あんたもマシュマロモカ好きか?うめーよな。」

「・・・いや、俺はこの店に来たのも、それを頼むのも初めてだ。」

 

丸いテーブルに椅子は二つだ。席に着いてちょっと周りを見回すと、ゴブリンやオークのカップルが数組、観光客だろうか人間の姿も見える。

「ダンナ、いつも町に居るのかい?」

「いや、最近町に居る事が多いんだ。でも、また現場にも行けるようになった。」

「そうかい。あれからさっぱり姿見ねーから、どうしたのかなーとは思ってたんだ。」

 

給仕のゴブリナがお盆を持ってやってきた。

「お待たせしました。」

ゴブリナはカップを見て、狸おやじの顔を見て、片方のカップを狸おやじの前に置き、カップをくるっと回した。

もう一方のカップを俺の前に置くと、同じようにくるくるっと回した。

カップには白い泡のようなものが浮いていて、どう見ても豚の顔が描かれている。

ふっと狸おやじのカップを見ると、逆さまだが、狸の顔なのだろう事は分かった。

 

ゴブリナが狸おやじに声を掛けた。

「ドゥーリトル先生ですよね?」

「おお、そうだが。」

狸おやじは答えた。

「私、先生の講義を受講しているんですー。」

これ以上ない笑顔でゴブリナはそう言った。

「先生。今度の講義のあとお聞きしたいことがあるんです。お時間いいですか?」

「忙しいんだよなー・・・でも良いぞ。生徒の話を聞くのも、俺の仕事だ。ゼミ室に来なさい。待ってるから。」

「わー。ありがとうございますー。それじゃあ、どうぞごゆっくり。」

俺に向かってもぺこりとお辞儀をして、くるっと後ろを向き去って行った。

 

「お前も名前もらったか。いいじゃないか。・・・なんだお前、先生って?」

「そうだよ。全部あんたのせいだよ。」

狸はカップに口を付けた。

「んー。うまーい。」

狸の鼻の下に白いひげが付いた。

俺も飲んだ。たぶん俺の鼻の下にも白いひげが付いているのだろう。

 

狸の話はこうだ。

ある休日、綺麗な少女が現れた。テンペストの学校の人事採用担当だと言ったらしい。大学の講師を探していると。狸おやじはいつものように「自由気ままに生きてる自分は・・・」って話をしたそうだ。

そうしたら、場所を変えようと言われ、宿屋近くの食堂に連れて行かれたらしい。ラーメンと餃子とビールをご馳走になり、最初は1年契約だが講師を引き受けてくれたら、ラーメンと餃子は1年間食べ放題だ・・と言ったそうだ。狸は二つ返事でOKと言ったらしい。

「ダンナ!ラーメン食ったことあるか?俺はこの世の中にあんな美味いものがあるなんて知らなかったよ。テンペストに行ったら、他にもっと美味いものがあるって言うじゃねーか。そりゃ、食べない訳にはいかねーだろ。」

 

俺は庁舎の廊下で捕虜の中に面白いヤツが居ることをリムル様に話していた。狸に言われた言葉を記憶の通りに。

どうやらリムル様は身分を隠して狸おやじに会いに行かれたようだ。

 

「そしたらよ、町に来て正式に講師の免状受け取る時によー、あのときの少女が偉そうに登壇したわけよ。そしたら、あれが魔王のリムル様って言うじゃねーかよ。たまげたよ。」

「・・・リムル様はそういうお茶目な事をするんだよ。」

「全くなぁ。あんたが紹介したって言うじゃねーかよ。」

狸はモカを飲んだ。

「あんたのお陰で、俺はこの生活を守るために働かなきゃならなくなっちまったぜ。」

「・・・そうか。それはそれで幸せなんじゃないのか?」

「まあな。食い物は美味いしな。」

「俺も今回の事で、仕事の意味が分かった気がするぞ。」

「今回のことってなんだ?」

狸は意味が分からないと言った顔をした。

そうだったな。何も起きなかったのだ。何も。

「・・・ダンナ、割り勘だからな。俺のおごりじゃねーからな。」

狸は満面の笑みで美味そうにモカを飲み続けた。

 

町に来たのは狸おやじだけではない。

おやじを慕っている数名の狸も森に残っていた女性を連れて一緒に町にやってきた。

彼らは「スナック樹羅」の向かいに飲み屋を開店した。

店の名前は「パブ・狸寝入り」だ。

客の種族に合わせてその種族にヘンゲして接客したり、ショータイムにはいろいろなものにヘンゲして踊ったり歌ったりして客を楽しませているらしい。

勿論狸おやじもショーで踊っている。


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