♫〜
…
あしたのひかり
かがやけり
ほがらかに
〜♬
足跡ひとつない、真っ白な雪の中に、私は一人、立っていた。
鳴らしたハンドベルの音は、そのまま夜空に消え、あとに残ったのは行き交う人たちの楽しそうな喋り声と、公園の真ん中を流れる川のせせらぎだけだった。
辺りの木々は、昨晩から降りはじめた雪と、たくさんの電飾とを身にまとい、おしゃれを楽しんでいるかのように見えた。
そんな公園の片隅で、私は目の前の譜面台に向かって、白い息を吐きかけていた。
「やっぱり、私は…」
その時、ザッザッという音が近づいてきたかと思うと、
「ぶ〜らぼ〜!めっちゃよかったですよ〜っ!\(≧ ▾ ≦*)/」
という、昼間を思わせるはつらつとした声が、耳に飛び込んできた。声のする方を見ると、赤いナイロンジャケットを着た、小柄な女の子が立っていた。肩の位置で結ばれた、薄紫色をした二つのおさげが、風になびいていた。
「…あっ、あなたは?」
「朝顔ハナエっていいます!先輩って、救護騎士団ですよね?」
「はぁ…そうです、けど。」
「私、すっごく憧れてるんです!来年、高校生になったら、入団しようかなって考えていたんですが…雪の積もる公園で、一人で歌ってる先輩を見て、じっとしていられなくなって。声、かけちゃいました!」
この子が発する言葉の意味が、よく分からなかった。
私は、高校で所属している部活動「救護騎士団」の慈善活動の一環として、道ゆく人に楽しんでもらえるように、チャリティーライブを行っていた。そして、ついに誰の目にも
「わ、私…そんな興味を持たれるような人間じゃ…」
「そんなことありません!今日の先輩の姿は、雪の降る夜、一人ソリに乗ってプレゼントを配る、サンタさんそのものでした!」
そんなことを、前にも言われた気がする。
"セリナって、いっつも救急箱持ち歩いてるけら助かるわ〜。つい甘えちゃう!"
"いつでも、どんな子にも、適切な救護を施してくれる。"
"そして、見返りを求めない。"
"まるで、サンタクロースみたいだねっ。"
"それなら私らは、セリナに餌付けされるトナカイか?"
昔から、傷ついた人を見かけたら、助けてあげないと気が済まない性格だった。誰かを助けるたびに感謝されて、それが嬉しくて…。いつしか、私ならもっとたくさんの人が救えるはずだと思うようになって、救護騎士団に入団したのだった。
でも、あの頃とは違って、私はもうサンタクロースじゃない。
だって、私は…。
「誰に頼まれたわけでもないのに、誰かのために歌い続けられて。」
別に頼まれてもいないのに、誰かを救護しようとするような。
「どんな人にだって、歌を届けようと頑張れる。」
相手がどんな人であっても、必要な処置を
「そして、歌いに来ただけのはずなのに、救急箱を持ってきてる。」
いつだって、誰かを救える準備ができているような。
「ほら!やっぱり先輩は、間違いなく、サンタさんですよ!」
そんな人間でい続けることは、私にはできなかったのに。それなのに…。
彼女の言葉は、熱をもって、私の心に積もる雪を容赦なく溶かしていく。やがて
「・・・・・・私はっ…サンタクロースなんかじゃありませんっ!!」
「せ、せんぱい?」
熱過ぎた彼女の言葉に、私は俯きながら、冷や水を浴びせかける。
「普段からミスばっかりで、誰かを救うどころか、みんなに迷惑かけてばかり…。今日だって、チャリティーライブをかって出たのも、誰かを楽しませたいとか、誰かの心を温めたいとか、そういう理由じゃなくって。ただ…」
そして私は、雪に埋まっていた私の正体を、告白した。
「"誰かを救えて、誰かに褒められる私"を、口を開けて欲しがるだけの、ただのトナカイなんです。」
頭も視界も、真っ白になっていた。
とても顔を上げることなんて出来なかった。
このまま、雪の下に
長く冷たい時間が過ぎていった。私は目を
しかし、次に私の耳に入ってきたのは、さっきよりも温かな、彼女の言葉だった。
「………でも、私の心は、温まりましたよ?」
「…!」
私の心に、じんわりと温もりが生まれた。
それは、さっきまでの焼かれるような熱さではなく、寒空の下で温かい飲み物を飲んだ時に感じる温もりだった。
私は、恐る恐る顔を上げた。
目の前にいる彼女は、迷いのない目で私の方を見ながら、こう続けた。
「私、サンタさんだって、プレゼントを求めていると思うんです。サンタさんは、プレゼントが欲しい子供たちに、良い子であることを求めています。そして、本当に良い子でいてくれた子に、プレゼントをする。その子たちが目覚めた後、どんな顔をしているか想像しながら、カッコよく去る…。きっと、そんな自分に酔っていると思うです。それが、サンタさんにとっての"プレゼント"なんです。」
サンタクロースにすこし失礼な気もしたが、そんなことはお構いなしに、私の心は静まっていった。
「ですから!先輩だって、プレゼントを欲しがっていいんですよ。そして、よかったら、さっき言った私の褒め言葉も、受け取ってくださいっ。」
それを聞いて私は、ようやく気がついた。欲しがっていたはずのプレゼントを、自分から捨ててしまっていたことに。それも、よりによって、贈ってくれた本人の目の前で。
「ごめん、ごめんねハナエちゃん!私ったら…ほんとダメで…」
「せんぱい。『ごめんね』じゃなくって、『ありがとう』ですよっ!」
「あ、ありがとう、ございます…!」
「はい、よくできました♪」
温かな笑顔の彼女を見て、私は思う。
私の歌で、彼女の心を温めることができた。さらに、そのことを本人から言葉で聞けた。それによって私の心は、嬉しい気持ちで温まった。
私ってば、単純だ。
やっぱり、私はトナカイだ。
そして、ハナエちゃんこそが、サンタクロースそのものだと思った。
「まあでも、先輩がたくさんの人に褒められたいの、わかります。だって、誰も聴いてくれないの、寂しいですもん。ですから…。」
不意に彼女は、飛び跳ねるような身軽な動きで、私の右隣に並んだ。そして、譜面台の上にある楽譜をめくると、いきなり大きな声で歌い出した。
♫〜
きよしこのよる
ほしは ひかり
…
〜♬
私も、途中から歌声を重ねた。
二人の歌声が、人の少なくなった公園に響く。
雪と電飾で化粧をした木々も、公園の真ん中を流れるやたら浅い川のせせらぎも、私たちの歌を聴いてくれているような気がした。
歌が終わると、彼女は私の方を向いて、こう言った。
「…先輩っ。来年は、こんな感じで二人で歌いましょう!私が大声で歌うんで、今年より絶対、たくさん人が集まってくれますよ!」
「な、何人くらい来てくれるでしょう?」
「えーと。さ、三人、くらい?」
「ハナエちゃんっ!あんなに自信満々だったのに、ちょっと少なすぎませんか…?」フフッ
「あっ、先輩!やっと笑ってくれましたね♪そんな先輩に〜、はいっ。」
手渡されたのは、使いかけのカイロ。
手に持つには少し熱すぎるそれを、私はコートの胸元にあるポケットに入れた。
彼女は用が済んだとばかりに、私に向かって軽く頭を下げると、くるりと後ろを向いて、もときた道を走って帰ろうとした。私は慌てて呼び止め、こう言った。
「ハナエちゃん!私、今日は
「欲しいものですか?たっくさんありますよ!ええと、あえて一つだけを選ぶとしたら…うーん…」
少しの間が空いて、欲の多そうなサンタクロースは、こう答えた。
「来年、私が入団したら、私がピンチの時、助けに来てください!それが私の、欲しいものですっ!」
そう言い残して、彼女は自分がつけた
ハナエちゃんがいなくなった後、私は白い息を吐きながら、辺りを見回した。
相変わらず人のいない公園を覆っている、真っ白な雪の中に、ただ一本の足跡だけが、私の目の前まで続いていた。
それを見て私は、ただでさえ熱い胸元のカイロが、さらに熱を帯びていくような感覚を覚えた。