89式和製ビッグレッド   作:ディア

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・後書きのような活動報告
≫本編及び番外編の後書きの活動報告のURL(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=314260&uid=22654
≫まあここに要望なども記載出来ますのでよろしくお願いします

・燃え尽き症候群
≫何かやり遂げてしまうと燃え尽きたかのようにやる気が失せてしまう精神状態のこと。筆者はそれに該当しないが似たような症状が現れており他の小説を執筆をサボっている。まあ他にも精神を病んでいることに違いないので今更なのだが

・Wiki風設定
≫サードプレジデント、月城創也と続いてナインティギアまで書き終えた。ぶっちゃけナインティギアの項目は書くつもりはなかったし、クラフトボーイやフルハート、フジミキセキ等の主役級も書くつもりはないのだが……こうでもしないとモチベが上がらない


Wiki風設定(ナインティギア編)

 ナインティギア

 

 父アンバーシャダイ

 母シルキークラフト

 母父バックパサー

 

 

 

 世界史上最強馬サードプレジデントを兄に持ち、サードプレジデント引退後はメジロマックイーンと共に競馬界を盛り上げた極東の勇者。

 

 

 

 このナインティギアの出生にはとあるエピソードがあり、それは当時場長であった月夜牧場の初代場長がニックス──この場合であれば【ノーザンダンサー系とバックパサーを肌に持つ繁殖牝馬との相性が良い】ことに気がつき、母のシルキークラフトを購入した。その時セクレタリアトの種を受胎し持ち込まれ、誕生したのがサードプレジデントであり、サードプレジデントは偶然生まれた存在でしかなかった。しかしナインティギアは父アンバーシャダイの種付け料が減額される年に種付けを実施し、生まれてきた。かなり綿密に計算されており、二代目場長こと月城創也も「この時が一番父を尊敬した瞬間だった」と絶賛するほどであった。

 

 そうして生まれてきたナインティギアは毛艶や体格も良く、バランスも兄ほどではないにせよかなり整っており、バネも桁違いであった。ここまで聞けばかなり評判は良かったかに思えるがとある一点だけが帳消しにしていた。競走馬デビューが出来ないと思われるくらいに気性難であった点だ。とねっこ時代からその気性難は酷く、馬であるにも関わらずまるで走ろうとしない、従業員がナインティギアに騎乗しようとしたら振り落とすのは当たり前で踏み潰そうとすることもあり、従業員に慣れさせる為に人参を手元に持っていったら10針の怪我になるほど噛まれた(指ごと食われたと一部では言われているが流石に盛られていた)等とまあキリがない。

 

 

 

 結局気性難は治らずじまいではあったがゲート試験などを乗り越えて競走馬として活躍することになる。新馬戦はサードプレジデントの半弟ということもあり包囲網を敷かれたがナインティギアが揉まれるのを嫌がりキレて周囲を脅して道を開かせて勝ち上がり、朝日杯3歳Sへと向かう。そこには後のダービー馬アイネスフウジンがおり、彼も強豪馬として名前が知られていたがナインティギアの方が評価が高く、1番人気に支持され、その人気に応えるかの如く最後の直線でアイネスフウジンを差し先頭に立つもソラを使い、減速し2着。これにはナインティギアを軸にして買った馬券師やファンからも罵倒されてしまった。流石にこれは擁護のしようがない。

 

 

 

 年が明けて3歳*1となったナインティギア。目標はとにかくGⅠを勝つことであり、共同通信杯では先述したアイネスフウジン、弥生賞ではアイネスフウジンと後の宝塚記念馬メジロライアン相手に連勝。皐月賞で1番人気に支持され、その期待に応えるように先頭で駆け抜けた。……鞍上を置いて。つまり空馬の状態であったのでナインティギアは失格となり、皐月賞勝利とはならなかった。

 

 続くNHK杯ではメジロマックイーンやメジロライアンよりも期待されていたメジロ軍団のエース、メジロルイスが出走していたがメジロルイスを打ち破りナインティギア不動の本命という評価はダービーでも変わらずであった。

 

 迎えた日本ダービーでナインティギアが大本命、続いてアイネスフウジンやメジロライアン、ハクタイセイなどといったように並び、各馬ゲートに収まり、1頭を除きスタートするがナインティギアのゲートだけが開かず、やり直しとなった。これによりナインティギアが暴走し、余計に走ってしまった分スタミナが尽きてしまい、アイネスフウジンに逃げ切られてしまった。もしこの時、ゲートがマトモに開いていたなら勝っていたのはナインティギアの方であったとこの場にいた全員がそう感じていた。

 

 そして日本ダービー後はクラシック路線で上位に連なった馬なら通常放牧するなりして休むものであるがナインティギアの場合はそうではなかった。宝塚記念に出走し、この宝塚記念にはサードプレジデントやスーパークリークこそ不在であったがオグリキャップやイナリワンといった昨年古馬路線で賑わせた2頭の他にも皐月賞馬ヤエノムテキ、エリザベス女王杯を制したサンドピアリスがおり、流石のナインティギアも人気を落とし3番人気となった。しかし最後の直線でイナリワンやオグリキャップを抜かし、オサイチジョージをも差しそのままゴールするかと思われたが失速しオサイチジョージに差し返されてしまいまたもや2着という結果に終わる。陣営はローテーションのキツさによる疲労が原因と声明を出したがはじめからやるなよと言う声も挙がった。当たり前である。

 

 

 

 宝塚記念後は放牧せず函館記念を使うことになったがこれには理由があり、この時陣営はサードプレジデントにかなり力を注いでいたのとクラフトボーイが牡馬に大変好かれる馬でナインティギアが周囲の牡馬を抑える役目として放牧しようにも出来なかった為であり、その期間調教代わりに函館記念を使ったのが真相である。サッカーボーイの出した記録にコンマ1秒迫るタイムで走破したにも関わらず全く疲れを見せず幸先の良いスタートを切った訳だが、続く秋の初戦は凱旋門賞の日付と重なる京都大賞典だった。

 

 前述した通り陣営がサードプレジデントに力を注いでいたこともあってナインティギアの鞍上は月城ではなくシリウスシンボリのダービーで実績のあった加東に任されたのだが、この京都大賞典にはスーパークリークも出走していた。スーパークリークといえばサードプレジデントの前の菊花賞馬であり、89年の秋の天皇賞も勝利した快速ステイヤーでありその実力はサードプレジデントに及ばずとも国内残留組の中ではトップクラスの古馬であり、宝塚記念でオグリキャップやイナリワン相手に先着し実力を見せていたとはいえ疑問に思われ、鞍上が変わったとなればナインティギアも実力を落とすだろうと思われていたが、スーパークリークが久々の出走であったことから僅差で1番人気に。そんな不安要素を抱えた中、先行するスーパークリークを楽々と捉えナインティギアがレコードで圧勝しその雰囲気をぶっ壊し、ついでに鞍上の加東を振り落として菊花賞へと殴り込んでいた。

 

 菊花賞に出走したナインティギアだが実は秋の天皇賞に出走させるプランがあったらしく、関係者も後に「仮に(秋の天皇賞に)出ていたら勝ったヤエノムテキに圧勝していただろう」と高く評価されている。しかしそれ以上に空き巣だったのが菊花賞でこの時はメジロマックイーンは無名であったし、メジロライアン、メジロルイスはダービーで先着していてトライアルレースを勝ったホワイトストーンも彼らほどの評判ではなく、ダービー馬アイネスフウジンは引退し、皐月賞馬ハクタイセイも不在。血統的にも父であるアンバーシャダイは天皇賞を勝っており、また半兄のサードプレジデントが菊花賞と天皇賞を勝利していて実績的にも疑いようがなく勝ち目のある菊花賞へと向かうのは当然といえば当然だった。そんな菊花賞で負けられないレースとなりメジロライアン、ホワイトストーン、メジロルイスと次々と差していき、GⅠ制覇まで目前といったところでメジロマックイーンがまさかの先行押切でナインティギアの末脚を凌いで見せた。敗因の中にナインティギアが淀の坂の鉄則をガン無視したせいとも言われているが実際にはガン無視するのが正解だったようで3度目の春天では登る前にスパートをかけレコードを出していることから現在ではむしろスパートが遅かったと言われている。

 

 

 

 朝日杯、皐月賞、ダービー、宝塚記念、菊花賞とGⅠで勝てず仕舞いではあったもののその素質は間違いなく世代屈指であり、高く評価されていた。夏に賞金を稼いでいたこともありJCに出走登録した。このJCでは米国の英雄にして日本の種牡馬の歴史を変えたサンデーサイレンス、GⅠ5勝を挙げた豪州馬ベタールースンアップ、そして先述したオグリキャップが出走しており彼らには人気は及ばずとも秋の天皇賞を勝ったヤエノムテキ、宝塚記念でナインティギアに勝ったオサイチジョージ、愛セントレジャーを勝ちBCクラシックでも好走したイブンベイ等を抑え4番人気に支持された。しかし実際はサンデーサイレンス一強状態であり、オグリキャップですら引き立て役でしかなかった。そんな世間の評価を覆すようにナインティギアがオグリキャップやヤエノムテキ、そして逃げるサンデーサイレンスを僅かに捉え差し切り、世界レコードのGⅠ初制覇となった。その後はJCの激走で有馬記念に出走することは叶わなかったものの、クラシックでの好走に加えこの功績が認められ最優秀4歳牡馬*2を受賞した。

 

 

 

 年が明けて阪神大賞典でメジロマックイーンを打ち破り、春の天皇賞でも再びGⅠ制覇……と思われたがまさかの斜行で2着に降着。鞍上の月城創也がクラフトボーイでクラシックを勝てなかったショックでスランプに陥ったこともあり、宝塚記念は回避し結局昨年の激しいローテーションはなんだったんだ? と言わんばかりに春シーズンは2戦のみで終わった。

 

 夏が明けた京都大賞典で再びメジロマックイーンを破り、その貫禄を見せる。そして秋の天皇賞では重馬場で藻掻くメジロマックイーン他の馬達を置き去りにしてメジロマックイーンに18馬身差で圧勝。降着したメジロマックイーンが降着しようがしまいが関係ない圧勝であり、その場に居合わせた全員がナインティギアをポストサードプレジデントの馬として完全に認めたレースだった。続くJC、有馬記念でも連勝しこれまでのもどかしさが嘘のようにGⅠを連勝し、秋古馬三冠を達成。最優秀5歳以上牡馬*3と年度代表馬を受賞した。尤も秋古馬三冠は次の年に認められたのだが翌年も制し、秋古馬三冠二連覇馬として認められている。

 

 

 

 メジロマックイーンを抑えて阪神大賞典を連覇し、二度目の天皇賞春に挑むのだが、昨年クラシックを賑わせたトウカイテイオーとクラフトボーイが出走を決めていた。トウカイテイオーは無敗で二冠を制しただけでなく前走大阪杯を勝ち、伸びしろで言えばシンボリルドルフを上回ると評判であり、クラフトボーイもトウカイテイオー以外には無敗の上にナインティギアの半弟でありながら取りこぼした菊花賞を制していた。鞍上の月城はクラフトボーイに騎乗することが決まっていた為に加東が代打で騎乗。鞍上が悪かったのか、それともメジロマックイーンが強かったのかその他諸々の理由かは不明ではあるもののメジロマックイーンが春の天皇賞を連覇達成し、ナインティギアが2着と敗退。一応クラフトボーイやトウカイテイオーに先着したのだが不満が残る内容であった。

 

 そして宝塚記念ではメジロマックイーン、トウカイテイオー、クラフトボーイ不在の低レベルのレースとなった上に鞍上も元に戻り負ける要素がどこにもなかった。逃げるメジロパーマーを難なく差し切り悲願となる宝塚記念制覇を果たした。

 

 

 

 そして二度目の秋シーズンとなり京都大賞典を三連覇、天皇賞秋ではメジロマックイーンやクラフトボーイこそ不在ではあったもののトウカイテイオーがおり、メジロパーマーとダイタクヘリオスが超ハイペースをつくりだし、3番手についたトウカイテイオーが不利になるもナインティギアが遥か後方にいることもあってかトウカイテイオーが粘りそのままゴールするかと思われた。しかし残り200m時点でナインティギアがトウカイテイオーを差し切りそのままナインティギアが後続をぶっちぎってしまった。トウカイテイオー鞍上かつシンボリルドルフ信者の刑部も「トウカイテイオーはルドルフと並ぶくらいに強かった。でも向こうが強すぎた」と絶賛するほどであり後に「ルドルフは最強だが、府中芝2000ならナインティギアの方が上」と語っているのだから如何にこのレースでナインティギアの強さを見せつけられたかよくわかる。

 

 そしてJCではクラフトボーイが加わり鞍上は加東へと変更されたが逃げるクラフトボーイを僅かに差し切り優勝し、その強さを遺憾なく発揮し、有馬記念ではクラフトボーイが不在でトウカイテイオーしか強豪馬はいなかったがここでもナインティギアが勝ちメジロパーマーが2着、ナイスネイチャが3着と善戦マンと呼ばれた馬達がこの有馬記念を独占した。

 

 

 

 そしてメジロパーマーを抑え阪神大賞典を三連覇し、3度目となる春の天皇賞へと出走する。昨年の有力馬であるクラフトボーイやトウカイテイオーこそ不在ではあったが一昨年、昨年とナインティギアを阻んだメジロマックイーン、新たにステイヤーとして名を馳せたライスシャワーがおり、ナインティギアはライスシャワーを抑えたもののメジロマックイーンの春天連覇の実績には及ばず2番人気になった。しかしライスシャワーもナインティギアも生涯一度しか見られないレベルで仕上がっており、2頭を見た関係者から絶賛を超えて恐怖を感じていたほどであった。勿論その評価は正しく前述した通り二周目の淀の坂を登る時にスパートをかけライスシャワーやメジロマックイーンを軽々と捉え一気に突き放し、レコード勝利を収める。あまりにも強すぎた為に各陣営にサードプレジデントでも敵わないとまで言わしめたほどであった。

 

 

 

 そして世界へと羽ばたき、サードプレジデントが挑んだKGⅥ&QESへと向かい、2着のオペラハウスに30馬身差をつけサードプレジデント以来となる2分24秒台のタイムで走破し、この記録はフジミキセキやコンコルドオフィス、サードミステリアスは当然だがザファイナルやフルハート等海外の名馬ですら抜かすことは出来ず100年経ってもサードプレジデントどころかナインティギアのタイムに及ばないので、サードプレジデントがいなければナインティギアの方が称えられていただろう。

 

 

 

 そしてラストランとなってしまった凱旋門賞ではナインティギアの体調は最悪といってもよく、出遅れ、斜行ととにかくこの時期のナインティギアとは思えないほどであり、後半追い込みをかけるも海外の馬が斜行しナインティギアに激突し、ナインティギアが失速。一時は20馬身も差がつけられ勝利は絶望的であった。しかしナインティギアが母母父のシルキーサリヴァンのように猛追し、オペラハウスやホワイトマズルを差し、アーバンシーとの叩き合いとなったのだがナインティギアが鼻血を噴出し、更に斜行。その影響もあってアーバンシーに敗れてしまった。

 

 

 

 競走馬引退後は舎太で種牡馬入りしたものの、種牡馬としての彼はザテトラークのように種付けを嫌っていたこともあり長い期間種付けしていたにも関わらず合計の産駒の数が200を下回るほど少ない。ウォーエンブレムのように特定の牝馬を好む訳でもなく、対策のしようがなく舎太の関係者は頭を抱えることになり、ナインティギア産駒が活躍出来なければ月夜牧場に押し付ける積りであったのだが、そんな想いとは裏腹に産駒が大活躍。しかもナインティギアが好んで種付けした牝馬の産駒のみが活躍し、逆に無理矢理種付けさせた牝馬の産駒は全く活躍せず関係者一同余計に頭を抱えることとなった。それ以降は無理矢理種付けさせることなくナインティギアの好みに合わせて種付けさせるようにし、ノーザンテーストから続くサイアーラインを繋げることに成功した。とはいえ現在ではサイアーラインは滅亡し、母系でナインティギアの名前が出る程度でありクラフトボーイやサードプレジデントと比較すると血量で負けているがそれでも90年代前後の馬としてはクラフトボーイ、サードプレジデント、サンデーサイレンスに次ぐのでかなりのものである

 

 

 

 ナインティギアの競走馬としての評価は非常に高く、日本の競走馬としてはサードプレジデントに次ぐ評価をつけられている。レーティングの高評価もそうだが彼の特徴は晩成であったものの、3歳時から非常に優れた競走馬として名を馳せるほどに身体能力が高く身体が丈夫だった。その証拠に三つの重賞、うち一つはGⅠで三連覇を達成しており、これがいかに難しいかこの当時の人間は理解していなかった。ゴールドシップですら阪神大賞典しか出来なかったし、ジェンティルドンナですらJCの三連覇を達成出来なかったことから相当難しく、天皇賞を3勝したテイエムオペラオーもナインティギアのように秋古馬三冠を連覇するどころか2着、2着、5着と1勝も出来なかった。またゼンノロブロイもナインティギアのように秋古馬三冠連覇を目指したが2着、3着、8着と敗れている。秋古馬三冠連覇に最も近かったのはシンボリクリスエスとイクイノックスでありシンボリクリスエスは一年目と二年目のJCを共に3着、イクイノックスは一年目のJCと二年目の有馬記念を不出走と非常に惜しいものになっている。このことからもう二度と秋古馬三冠連覇は二度と見られないと思われるほどであった。しかし2027年にようやくナインティギアの直系のひ孫にあたるライブレイクが秋古馬三冠連覇し、36年ぶりの快挙を成し遂げたがそのまま引退し、同GⅠ競走三連覇はそれから更に12年後のサンクチュアがヴィクトリアマイルで勝つまで待たなければならなかった。しかもライブレイクが3歳と4歳で達成したのに対してナインティギアは4歳と5歳で達成しており、こう言ってはなんだがナインティギアの方が遥かに難易度は高かったと言える。何故ならテイエムオペラオー然りゼンノロブロイ然り5歳で衰えてしまい果たせなかったことから秋古馬三冠は相当に競走馬としての寿命を削るものと考えられ、秋古馬三冠を連覇したナインティギアがおかしいだけである。もしライブレイクが現役続行して三連覇を狙ったとしても勝つことは出来なかったと考えているし、3歳時のナインティギアのローテーションはライブレイクのローテーションよりも遥かに過酷であり、秋天よりも後に行われた菊花賞からJCを制覇する例はサードプレジデントしか例がない上にそのサードプレジデントと引き分けたサンデーサイレンス相手に激走したのだから有馬記念を出られなくなっても無理はない。もしライブレイクがこのローテーションを行ったら間違いなく3歳で潰れていたと思われ、ナインティギアの評価が高くなるのは必然である。

 

 しかし1600〜3200までの距離で最前線で戦い続けたナインティギアだが実は関係者によると実は2000mに特化しているそうで他のレースはほぼ能力任せの状態でレースをしていたらしく阪神大賞典で勝てても春の天皇賞で負け続けたのはこれが理由らしく、3度目の春天でレコード勝てたのはナインティギアが全盛期に入ったというのが真実であり、KGⅥ&QESで30馬身も差をつけることが出来たのも距離がより一層2000mに近くなったからであり芝2000mであれば前人未到の世界レコードを更新したと関係者が語っている。そのことから関係者だけでなく全員がサードプレジデントに最も迫ったと評価するのはごく当たり前のことだった。

 

 

 

 ナインティギアはかなりの晩成馬それも芝2000m特化した競走馬であったのだが、3歳時からGⅠを制しており天皇賞春までも制したことから素質でいえば本当にサードプレジデント以上にあったと推測され、現在でもサードプレジデントよりも全盛期のナインティギアの方が上と評価する人間がチラホラおり、実際関係者も「芝2000mのみなら全盛期のナインティギアの方が上」と断言している。しかし何故そのようになったのかと言われると祖父ノーザンテーストの影響がかなり強く、ノーザンテーストは「ノーザンテースト産駒は3度成長する」とまで言われるほど成長力がありギャロップダイナやナインティギアの父アンバーシャダイ等の馬が晩年になり活躍するのも珍しくなかった。だが晩成で活躍するノーザンテースト産駒の特徴は全て古馬になってから活躍するがナインティギアのように3歳秋からGⅠを獲りそのまま成長し続けるケースはノーザンテースト産駒には存在せず強いて挙げるならマチカネタンホイザがそれに近いが、ナインティギアほどの活躍はしていない。同期同父のメジロライアンもナインティギアと同じく3歳時にクラシックを盛り上げ、古馬になり宝塚記念勝利をしているのでアンバーシャダイ産駒はクラシック〜古馬で強くなる特徴があったと思われその両方の良い所を引き継いだと推測されていたが、ナインティギアの能力の高さからみてノーザンテーストの影響が強いというのが現在の主流な考えである。

 

 

 

 種牡馬としてのナインティギアは前述の通り、種付け嫌いということもあり20年間やって172頭と産駒数は種牡馬として活動した年数の割にあまりにも少ない。しかし種付けした牝馬の頭数が185頭、そのうち受胎したのは180頭、さらに競走馬として登録されたのが172頭でありその勝ち上がり率は脅威の100%。重賞まで勝ち上がっているのは155頭、そのうちGⅠまで勝ったのは41頭(尚GⅠ平均勝利数は2〜3勝)、馬場状態や距離を問わない上に早熟なものから晩成なものまでおり競走馬の父親としての質のみで言えばサードプレジデントやサンデーサイレンスよりも優秀であった。ただし種牡馬・繁殖牝馬の父としては2頭に劣り、21世紀後半あたりにナインティギアのサイアーラインが絶滅したがサラブレッドのほとんどがナインティギアの血を受け継いでいることに違いはない。

 

 

 

 ナインティギアの気性難については前述の通り非常に荒く、これはノーザンダンサーやウォーアドミラルの影響が大きいとされている。しかしそのいずれも超えるほどの気性難であり「現代のダイヤモンドジュビリー」「極東版サンデーサイレンス」などと呼ばれるほどで特に日本ダービーでは放馬に加え出遅れ、更に斜行、そして30名弱の観客に危害を加えるなどいかに荒いかよくわかり、その直前の皐月賞では障害馬ですら振り落とせなかった月城を騎手人生初となる落馬させるといったように何故競走馬として認められたのか不思議なくらいである。一応種牡馬入りしてからは大人しくなり危害を加えなければ写真撮影も可能になっただけでなく、舎太の大ボスとして君臨していたせいかナインティギアの足音がするだけでどんな暴れ馬も大人しくさせたのでそういう意味ではナインティギアは重宝された。トウカイテイオーなどナインティギアにちょっかい出してくる馬もいたが適当にあしらうということもあったそうだ。

 

 

 

 シュミレーションゲームでのナインティギアは勝負根性と気性はサードプレジデントにやや劣るもののそれ以外は全てサードプレジデントと同じであり、成長は持続かつ覚醒ということもあり成長しきった時にはサードプレジデントよりも強くなる。とはいえ脚質が自在差しか追込なので逃げ先行環境であった時代はサードプレジデントはおろかクラフトボーイに劣ることもあった。また隔離施設がない時代はサードプレジデントを予後不良させる序にナインティギアも誕生させず、そうすることでノーザンテーストの血統支配率の上昇を防ぎ他の馬を系統確立させるようにすることもしばしばあった。

 

 

 

 アプリ版ウマ娘のナインティギアはサードプレジデントのサポートカードと共に育成で初登場し、大体ゴールドシップと似たような適性でありゴールドシップと違うのはマイル適性がBであることくらいである。しかし通常衣装はナインティギアらしく固有スキルは中距離特化型であり、特に東京芝2000mに強く実装当初は「こんな限定的なスキルで戦えるか」と種牡馬時代のナインティギアの扱いに困った舎太関係者の如くトレーナー達は頭を抱えていたが特化環境になるに連れ次第に評価されていった。2着目以降は通常衣装よりも特化するということはなくなり、効果こそ多少なりとも弱くなったが適応範囲(東京芝2000から中距離etc……)が広がり、かなり汎用性が高くなった。サポートでは姉ほどではないにせよ優秀。得意率も総じて高いものが多くSR完凸で最低60を超えるなどといった具合に得意率で判断する人間にはお世話になったものも多い。しかし彼女のサポートの強さはなんといっても愛嬌と切れ者を同時に習得するのが最大の強みであり、それまで無課金勢御用達だったスイープトウショウを押しのけて採用されることも多かった。史実の奥さんなのにカワイソス

 

 

 

 メディア版の彼女は中学年最高学年ということもあり中学年の長として学生達を統率していることが多い。アニメ1期こそ出番はほとんどなく、せいぜいサードプレジデントやクラフトボーイの姉妹ということしか情報はなかったが2期の前半の見せ場である四強対決で初めて台詞が出、それ以降もトウカイテイオーやメジロマックイーンのライバルとして君臨し続け、1期におけるエルコンドルパサーとグラスワンダーを足したようなポジションでレースを勝ち続け、凱旋門賞で故障した後にトウカイテイオー復活の一因にも間接的に繋げた。漫画版ではサードプレジデントの妹であることからかなり注目されているが本人がレースとマスコミ嫌いであることが重なり大義名分を得た上でマスコミを叩きのめし、宝塚記念ではオグリキャップとイナリワンを打ち負かし漫画版からウマ娘を知った競馬ミリ知ら勢の読者達に衝撃を与え、函館記念や菊花賞前の京都大賞典はほぼカットされたがサラッとスーパークリークに勝ったことが描写され、JCではついにオグリキャップ最大のライバルとして描かれ、一部の読者から「やっぱこいつ強くね?」と騒がれるようになった。

 

 本馬がダイヤモンドジュビリーよりもやらかしているので気性難をどう表現するか騎手の月城やオーナーである星崎にもかなり相談した結果、平凡を装う破天荒、レース嫌いだがかなり負けず嫌いという性格になった。また携帯電話やスマホにも制作出来るほど通じているのはオーナーである星崎の要素が大きい。

*1
当時は4歳表記

*2
現在の最優秀3歳牡馬

*3
現在の最優秀4歳以上牡馬




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