89式和製ビッグレッド   作:ディア

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・血統理論
≫サラブレッドの強さの要因の考察のして体系化した理論(血統理論、配合理論、生産理論)があり、その中で血統理論とはサラブレッドにおける血統を構築させる理論のことで、主に生産者が強いサラブレッドを生産させる為の方法であり、馬券師が予測に用いられることもある
≫その血統理論の中で考察されているのはブルース・ロウのフィギュアシステム(ファミリーナンバー)、ゴルドンの法則(血統表に現れる全ての馬が産駒に影響を与える)、フィッツラックの18.75%理論(奇跡の血量)、ヴュリエのドサージュ理論(ゴルドンの法則の発展型、12代前の馬を1ポンド、11代前の馬を2ポンド……1代前を2048ポンドと計測し影響を与えている馬を考察する)、スティーヴ・ローマンの改良型ドサージュ理論(競走馬によってスピード型やスタミナ型が別れていてその概念をドサージュ理論に組み込んだもの)、マリアンナ・ホーンのXファクターとダブルコピー牝馬(心臓は父からではなく母親から遺伝しやすいという考え)、宇田一の交配形式の理論等があるが、特に興味深いのはドサージュ理論とそれらの発展型、そして交配形式の理論である。というのもファミリーナンバーやゴルドンの法則は反例がいくらでもある為に信憑性が薄いのに対して後者の2つは信憑性がないとは言い切れないから
≫今回紹介するのは宇田一の交配形式の理論であるが、内容は小説で解説する

・母父といえば?
≫最近活躍した競走馬の母父の名前に上がるのが日本ではキングヘイローが挙がるが昔の日本や世界はどうだったのかというと、時代によって変わっていった。日本はメジロマックイーン、サンデーサイレンス、トニービン、マルゼンスキー、ノーザンテースト、パーソロン、トサミドリが有名である。
≫世界はどうかと言われると近年ではガリレオ、ストームキャット、サドラーズウェルズが挙がり、昔はミスワキ、ミスタープロスペクター、ノーザンダンサー、セクレタリアト、バックパサー、プリンスキロ、ウォーアドミラル、スウィープ、サーギャラハッド、スペアミント、チョーサーと名前が上がっていく。
≫メジロマックイーンを母父として名前を轟かせた競走馬は全て父がステイゴールドであり、父が別であると全く活躍していないことから相性がよかっただけだと思われ、同じくチョーサーもファラリスとの相性が良かったので活躍したが他は活躍出来たかと言われると怪しい部分がある

・サーギャラハッド
≫米国三冠馬ギャランドフォックスの父、米国三冠馬オマハの祖父として名前が知れ渡っている競走馬だが、それ以上に母父としての功績が素晴らしく北米母父首位種牡馬10年連続を含めた12回首位に立った馬であり、2位のミスタープロスペクターですら9回であることからどれだけぶっ飛んだ存在かわかるだろう。
≫またボワルセルやブルドッグ(米国首位種牡馬)、アドミラルドレイク(仏国首位種牡馬)と言った大種牡馬達の兄としても有名で特にブルドッグはサーギャラハッドと母父首位種牡馬を争う立場でもあったことからこの兄弟は異常に優れているといえる
≫因みにサンデーサイレンスは日本で2006年から2019年まで1位、北米で2016、2019、2020年で1位に輝いている

・スペアミント
≫サーギャラハッド、ブルドッグ、アドミラルドレイク、ボワルセル兄弟の母父として知られるだけでなく、ネアルコの母母父としても有名で、こいつの血を継いでいない馬は存在しないくらい世界に広まっている。まあ主にサーギャラハッド達兄弟の母であるプラッキーリエージュやネアルコの祖母キャットニプによる功績が大きいが、彼らのうち1頭が欠けたとしてもスペアミントを血を継いだ他の馬が補えたと思えるくらいには拡散している
≫スペアミントに関わりのあるネアルコやボワルセルについても追記する。このネアルコ世代は以前最強世代と記載したが具体的な戦績を記載していなかったので解説。ボワルセルが勝った英ダービーの3着のパスクは次走エクリプスSを勝利、2着のスコティッシュユニオンはセントジェームズパレスS、英セントレジャー、コロネーションCを勝利しており如何にハイレベルな世代かわかるだろう

・プラッキーリエージュ
≫サーギャラハッドやスペアミントについて触れたので記載。
≫スペアミント産駒でありサーギャラハッド達兄弟の母にあたる繁殖牝馬。スペアミントの項目で触れたがスペアミントの血を継がない馬は存在しないレベルで繁栄しているが恐らくこのプラッキーリエージュの血を継いでいない馬も存在していないだろう。少なくとも零細血統で酷評されていたサンデーサイレンスにしたって血統表を遡るとプラッキーリエージュの名前は6個存在する(サーギャラハッド4、ブルドッグ1、アドミラルドレイク1)のだから

・チョーサー
≫ファラリスと共にその血を広めた20世紀を代表する母父
≫血統自体は父はセントサイモン、母は英オークス馬というとてつもなく良血馬であるが自身の競走成績は35戦8勝と同父のパーシモンやダイヤモンドジュビリーに比べるとかなり劣るがこのチョーサーという馬は短距離馬であり、4代先の子孫であるネアルコやボワルセルの時代ですら3000mの長距離レースであるミラノ大賞典が重要視されていたのだからはっきり言って彼を始めとしたスプリンターは活躍の場がなかった。現在のように充実していればもっと競走成績は良くなっただろう
≫そんなこんなで種牡馬入りを果たすがセントサイモンの悲劇の最中でリーディング2位に輝くほどに種牡馬として優れていた
≫しかし彼が本領発揮をしたのは父としてではなく母父としてである。特に父ファラリス母父チョーサーの種牡馬はシックル(ネイティヴダンサーの曽祖父)、ファラモンド(トムフールの祖父)、ファロス(ネアルコの父)、フェアウェイ(フェアウェイ系の始祖)とこれだけでもかなりの数である。しかし父がファラリス以外で活躍した母父チョーサーの馬がいるかと言われるとハイペリオン以外微妙で、ファラリスの活躍(現存する競走馬の8割の始祖がファラリスにたどり着く)を見ている限り現在ハイペリオン系以外存在しないと推測出来る

・ドクターフェイガー
≫母父のおまけとして記載
≫英語で記入するとDr.Fagerなのでドクターファーガーとも言われており、ウイポではドクターファーガー表記になるが一般的にドクターフェイガーの方が有名。
≫母父としてはミスタープロスペクター系の後継者であるファピアノ(アンブライドルドの父)を輩出しており、何気にドクターフェイガーがいなかったらコントレイルやジャックドール、スワーヴリチャードといった日本の名馬や米国の名馬アロゲートもいなくなっていた

・ハードリドン
≫世界名馬列伝集のシルキーサリヴァンの項目を覗いたらシルキーサリヴァンではなくこの馬の血統表が記載されていたので記載
≫51年振りに愛国調教馬として1958年に英ダービーを勝利した名馬であり、他に愛2000ギニーなども勝利しておりその世代を代表する名馬。英ダービーで2着に5馬身差をつけたおかげでタイムレーティングも131と高く評価されているが、一部の人間からはそこまで高く評価されていない
≫引退後は愛国で種牡馬として過ごした後、1967年に日本に輸出される。主な産駒に川崎記念を勝ったエイコウザン、ダービー馬ロングエース、オークス馬リニアクイン、皐月賞でカブラヤオーの2着に食い込んだロングホークなどがいる
≫世界名馬列伝集で血統表を取り違えるという大雑把なミスはシルキーサリヴァンの項目でしか確認していない。GⅠ競走最多勝利数および獲得賞金1位のウィンクスや米国ダート史上最強中距離馬のフライトラインの項目がないことから更新を途絶えていることが伺え、間違いを指摘したとしても見ていない可能性が非常に高いので時間の無駄であろう……


第70話

 悔しさを紛らわせているとふと創也はあることを思い出す。

 

「(そういや美亜からサードプレジデントの繁殖相手を考えて欲しいって言われていたんだったな。サードプレジデントはアウトブリードの馬だから基本的にはインブリードになる方が望ましい。米国だとやはりあのパーソナルエンスンが1番理想だ)」

 

 創也が思い浮かんだ馬、それはパーソナルエンスンという名馬であり米国史上において最高評価を得ている牝馬である。

 

 米国のアスリートランキングで上位100に食い込んでいないパーソナルエンスンが、それに食い込んだ米国三冠馬達──セクレタリアトやマンノウォー、サイテーション等と同じ最高評価を得ているのか? と言われたら確かに疑問に思うかもしれないが、この馬は13戦無敗というとんでもない記録の持ち主であり、米国三冠馬達ですら一度以上は敗戦しておりパーフェクトと呼ばれない。しかしこの馬だけが唯一許されている存在であり、最高評価であることに違いない。

 

 創也がその馬を思い浮かんだのは成績だけではない。パーソナルエンスンの父プライベートアカウントの母父がバックパサーであることだ。つまりサードプレジデントと配合すればその産駒はバックパサーの3×4を持ち奇跡の血量となり、理想的な物となる。唯一懸念されるのがウォーアドミラルの5×6・5になる為に純粋な奇跡の血量よりもインブリードが濃くなってしまうことだが誤差みたいなものでほとんど理想系といって良いだろう。

 

「(他にも米国ならスルーオゴールドの肌馬も悪くない。しかし奇跡の血量のインブリードばかりしているとその次世代で頑丈な馬が生まれにくくなるからアウトブリードでも考えるか。父ダンジグやヌレイエフ、サドラーズウェルズ、ニジンスキーと言ったノーザンダンサー産駒を父に持った繁殖牝馬、ミスタープロスペクターやその産駒達の肌馬でも活躍しそうだ)」

 

 創也が美亜に対して配合相手を見繕うと今度は日本国内における相手を考察し始める。

 

「(国内だとリアルシャダイ産駒の繁殖牝馬が良いかもな。リアルシャダイ産駒の特徴として故障が多いから馬格が大柄でも頑丈な産駒を輩出するサードプレジデントは歓迎されるし、何よりもサンデーサイレンス産駒の馬達の動きを見た限りかなり良さそうでサンデーサイレンス産駒はこれから流行しそうだからその時にヘイルトゥリーズンの血があれば弱いインブリードでも強い馬が生まれやすくなる)」

 

 何故創也が奇跡の血量に満たない弱いインブリードにも拘るのか、それは交配形式の理論に基づいているからだ。

 

 

 

 血量1.6%以上のインブリードの馬の系統とそうでないアウトブリードの馬の系統をそれぞれF、fとする時以下のような組み合わせとなる。

 

 産駒がF系統の場合、両親の系統はF×F、F×f、f×fの組み合わせとなりそれぞれ1、2、3と置く。

 

 同様に産駒がf系統の場合、両親の系統はF×F、F×f、f×fの組み合わせとなりそれぞれ4、5、6と置く。

 

 この時最も理想とされているのが2と5を交互に組み合わせることでありネアルコはそれに成功した1頭でもある。しかしサードプレジデントは6に該当し、これから強い馬を作るには2と3に該当する産駒を作り出すことでより強い競走馬が生まれる。しかしサードプレジデントの産駒が種牡馬や繁殖牝馬として活躍させるには2や3の馬だけでは不可能であり、5や6の馬が必要となる。創也がインブリードに拘るのはサードプレジデントの肌馬だけでなくその産駒の肌馬のことも考慮しての判断でもあった。

 

 

 

「(子の世代だけでなく孫、曾孫と考えていくとなるとサードプレジデントが1番良いのはどれだ? 競走馬の父、競走馬の母父、種牡馬の父、種牡馬の母父のいずれかになる。今年種牡馬として活動し始めたエーピーインディはガチガチのインブリードだから、サードプレジデント産駒が差別化出来る部分を考えないとな)」

 

 創也が懸念しているエーピーインディという馬は父にシアトルスルーを持ち、1992年にベルモントSやBCクラシックを勝った競走馬でありその強さは創也の耳にも届いていた。だが創也が注目したのはエーピーインディの血統にある。エーピーインディの母のウィークエンドサプライズは父セクレタリアト、母父バックパサーとサードプレジデントに似た血統の持ち主であり、いずれ種牡馬として大成した時サードプレジデント自身やその産駒との差別化を測らなければならない。その為の打開策も考えなければならず頭を抱える。

 

 

 

 騎手としての意見を述べよとも書かれた時などは更に頭を抱えた。

 

「(騎手の目線から考えろと言われても……普通なら気性難の馬よりも気性の良い馬の方がいいんだがアウトブリードだからって一概に健康だったり気性が良いという訳でもないしな)」

 

 サードプレジデント兄弟達全員がファロスの血を持っているがファロスがクロスするのはいずれも自身から5代以上離れており少なくともアウトブリードと呼べる範囲内のクロスであり、全員がアウトブリードである。それにも関わらずサードプレジデント以外の兄弟2頭が気性難や健康に悩まされているのは先祖からによるものである。少なくともナインティギアの気性難はノーザンダンサーやウォーアドミラルによるものが大きく、クラフトボーイの消耗が激しいのは祖父から譲り受けたスピードを限界以上に引き出してしまうが故のものである。

 

 因みに後の皐月賞馬アグネスタキオンはアウトブリードであるが皐月賞後屈腱炎を発症し、僅か11歳で早逝しており、アウトブリード=身体が丈夫とはいえない。

 

 あくまでもアウトブリードは健康になりやすくかつ気性難でない馬も生まれやすい傾向にあるというだけであり、結局のところはその馬自身の気質や環境、遺伝力がものをいう。親から受け継がれる健康や気性を犠牲にして先祖の遺伝力を強くするのがインブリードである。

 

 

 

「(そうなると、基本に立ち戻るか。基本的に、サードプレジデントの強みはその万能性。世界共通で幅広く使えるのが1番の強み……のはずだ)」

 

 創也が断言出来ないのには理由がありサードプレジデント産駒がまだ走っていないことが原因だった。どんなに早くても初年度のサードプレジデント産駒がデビューするのは来年の夏頃でありそれよりも早くはならない。その為産駒の傾向がわからないというのが断言出来ない最大の理由である。

 

 しかしその見通しは正しくサードプレジデント産駒の強みは万能性でありスプリンターこそ数少ないがそれ以外の距離で馬場問わず活躍馬を多く輩出する。特に初年度産駒の勝ち上がり率は脅威の90%を誇り、父が内国産馬である競走馬を表彰する最優秀父内国産馬という項目が存在しているがサードプレジデント産駒が現れてからはサードプレジデントが独占するようになり全体のリーディングでも2位と優れた成績や、サードプレジデント自身が持込馬ということもあり「父内国産馬詐欺」と比喩される程に活躍していた。あまりの活躍振りに最優秀父内国産馬の表彰を無くすか、持込馬を外国産馬として扱うか議論がなされ、1998年に前者に決まったがそれは完全に余談である。

 

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

「(まあサンデーサイレンスを奪われてしまった舎太は先代が亡くなってからこっちに接触をして来ているし、メジロの御婆様も関係を築けているとなれば舎太とメジロ軍団は大丈夫だな。だけどシンボリ軍団は微妙かな? あそこの関係者はシンボリルドルフに脳味噌焼かれ過ぎていてサードプレジデントの理想の相手が見つかってもシンボリルドルフに種付けするだろうが、体調崩して一年も生きていればいい方だろうし次代になったら少しは接触してくるだろう)」

 

 舎太はかつてアンバーシャダイを輩出し、ノーザンテーストやリアルシャダイといった大種牡馬を繋養しているだけでなくダービー馬ウイニングチケットを輩出した凱旋門賞馬トニービンも繋養しており、大グループの1つである。この舎太グループはサンデーサイレンスを現役時代から目をつけていたが、サンデーサイレンスの馬主であるアルツがサードプレジデントのリース権と引き換えに無料で渡してしまったので泣く泣くシンジケートの種付け権を月夜牧場から購入することになった。そんな舎太だが数日前にサードプレジデントの種付け無料に反対し創也とも距離を取っていた総帥が死去され、当代になってからは一転し創也とのパイプを築き上げようと接触して来ているのでそのコネを使って提案を考えていた。

 

 そしてメジロ軍団については言わずもがな、天皇賞制覇をモットーとしておりメジロムサシからメジロマックイーンまで盾を制した頭数は5頭とかなりの数を誇っている。しかしその他のGⅠ競走も弱い訳でもなく史上初めて牝馬三冠を制したメジロラモーヌ、菊花賞と有馬記念を制したメジロデュレン、宝塚記念を制したメジロライアン、朝日杯を制したメジロボサツなどがおり、現在栄華を極めているグループでもある。創也と仲が良い大グループはこのメジロ軍団であり、創也にメジロルイスを任せていることからもその仲の良さが伺え、月夜牧場とも縁が出来ており創也の恩恵を最も受けているのはこのグループであり、創也の提案は一蹴されることもないだろう。

 

 そしてシンボリ軍団は一昔前にサードプレジデントが現れるまで最強馬と名高いシンボリルドルフを輩出しただけでなくダービー馬シリウスシンボリ、史上初めて年度代表馬に二度も選ばれたスピードシンボリなどがおり、シンボリの名前を知らないものはいないが唯一の問題点はオーナーが有能であるが故にワンマン体制を許していることであり、それでシリウスシンボリの転厩事件を引き起こしたこともある。その為かオーナーは競馬関係者からは蛇蝎の如く嫌われている。しかしながらそのオーナーは体調を崩し寿命が近づいて来ていることを創也は悟りその後継者がどうなるかでサードプレジデントの将来が決まるといって良い。

 

「(何にせよ楽しみだ。これまでの頭の堅い方々が消えていき、柔軟に対応出来るお偉方になっていくだろう。サードプレジデント産駒を繁栄させるにはこういった大手トップの生産関係者が関わらないと話にならないからな)」

 

 創也のサードプレジデントの血を紡ぐ計画は膨らんでいくばかりだった。

 

 

 そして時は流れ、凱旋門賞前日。

 

 今年の凱旋門賞の面子はKGⅥ&QESで30馬身差をつけて勝利したナインティギアがいるにも関わらず意外にも中々の面子が揃っており、各国のクラシックを制した馬達が集まったが特に打倒ナインティギアの最有力馬とされていたのがエルナンドという馬で愛ダービーを獲り損ねたもののロンシャン競馬場のGⅠ競走リュパン賞、仏ダービー、そして前哨戦ニエル賞を制しておりこれまでの戦績は7戦5勝2着2回と抜群の安定感を誇っている。ナインティギアを打ち負かすとしたらこの馬しかいないとまで言われている。

 

 しかしそれでもダントツで1番人気に支持されたのがナインティギアである。その理由はKGⅥ&QESで、愛ダービーにてエルナンドを破り無敗で制したコマンダーインチーフを始めとしたハイレベルな面子が揃っていたことや、道中コーナーを曲がり切れず大幅なロスをしたにも関わらず30馬身差という圧勝をしたからである。コーナーを曲がり切れてさえいればサードプレジデントのレコードも更新していただろうという声も上がった程で唯一サードプレジデントを超えることを許された存在でもある。

 

 そんなナインティギアを支持するなというのは無理といえ、凱旋門賞を楽しみにしている観客はナインティギアに賭けるものがほとんどであった。

 

 

 

 しかしナインティギア陣営は前日になり大いに揉めていた。

 

「お義父さん、テキ、凱旋門賞出走するのを止めましょう」

 

 それは創也が星崎と旭川にナインティギアの出走を取り消すように申請していたからだ。

 

「バカをいうな!」

 

「まあ待って下さい旭川先生。創也君の言い分も聞きましょう」

 

 旭川が怒鳴るもそれを止め、理由を話すように促す星崎。それに対して創也はため息をつきながら話す。

 

 それは至極単純な理由だった。

 

「もうナインティギアの身体は病に侵され尽くしています」

 

「はぁ? 先週検査しても異常なしだっただろうが。それがなんでそうなる?」

 

「突発的にナインティギアは身体に痺れと激痛を伴います。その病状は平常時であれば身体に現れませんが激しい運動になるとその病状を引き起こします」

 

「だが一杯*1で追い切りをやった時は何もなかったはずだぞ?」

 

「最後の一杯追い切りは2週間前ですよね。その頃からその病状は強くなりました」

 

「確かにあの時は言っていたが、それでも細心の注意を払った上で調教していたんだ。だから最近は馬なりかそれ以下の強度にしていたのに、それでも悪化したというのか?」

 

「ええ。ナインティギアは良くも悪くもボス馬としても強い馬ですから病状を隠すんですが、間違いなく影響しています。四本脚に激痛を伴い更に呼吸器器官に影響を及ぼしている……」

 

「創也君、そんな病気は存在するのか? 私もあれから勉強したがそんな病状を抱えた馬は聞いたことがない。似たような病状はマリー病が思いつくが、違うのだろう?」

 

「ええ。マリー病は鳥結核の一種でダンシングブレーヴがそれにかかっていますが、それとは明らかに違います。マリー病は四本脚に激痛が伴う病状がありますが肺や喉といった呼吸器器官には影響を及ぼしません。しかしナインティギアの病状は呼吸器器官に影響を及ぼしています」

 

「なんてことだ……」

 

「こんな、こんなことで……!」

 

 創也の説明を聞いた二人は頭を抱えてしまった。

 

 それもそうだろう。これまでこの凱旋門賞に向けて全てを注ぎ込んできたのだ。

 

 もし仮にこのままレースに出て惨敗してしまったらどうなるか。いや惨敗等で済めばマシだろう。競走中にナインティギアが転倒し予後不良になったらそれこそ悪夢としか言いようがない。

 

 特に星崎にとっては初めてGⅠを勝った思い入れのある馬が世界の頂点を取れるという確信があっただけにショックは大きく、項垂れる。

 

「仕方ない。ナインティギアの凱旋門賞の出走取消をしよ──痛っ!?」

 

 星崎が覚悟を決め、そう伝達しようとすると星崎の肩が噛まれる。

 

 ──てめえ等が何を言っているかはわからねえ。だが言っておく。俺に敗走はない! 

 

「ナインティ、お前……まさか出走するのか?」

 

 馬房にいるナインティギアから強い出走意志を感じた創也がそう呟く。

 

 ──出走させなければこいつの肩を噛みちぎるまでだ! 

 

「痛っ!? 創也君、なんとかしてくれ!」

 

「わかった、ナインティ。凱旋門賞に出走させよう。だが、少しでも無理だと思ったら棄権する。だからお義父さんを離してくれ」

 

「なっ、そんなことは──あだっ!?」

 

 許さん、そう言おうとした瞬間ナインティギアの力がより一層強まり肩から血が滲み出てくる。

 

「お義父さん、貴方は自分の身を犠牲にしてでもナインティを止める覚悟はありますか? 私は自分の身体を犠牲にする覚悟はありますが、お義父さんの身体を犠牲にする覚悟はありませんよ」

 

「ナインティギア、そこまでして凱旋門賞に出走したいって言うのか?」

 

 ──無論! 

 

「ならば無理はするな。それだけが私が望む条件だ。旭川先生、ナインティギアの出走取消はなしだ!」

 

「了解です」

 

 かくして出走が危ぶまれたナインティギアだが自身の説得? により凱旋門賞出走にこじつけることに成功する。

 

 だがこの判断が吉と出るか凶と出るかこの場にいる全員が知る由もなかった。

 

 そしていよいよ運命の日を迎える。

*1
調教の強度は馬なり、強め、一杯で馬なりに近づくほど強度は弱くなり、一杯に近づくほど強い調教となる




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