≫前回の更新で芦毛について紹介したのとこの小説でも結構キーホースとなるセクレタリアトの異名を持つので記載。
≫彼を一言で表すなら日本ダート史上最強馬。ウマ娘勢からすればそれはあり得ないって?確かにコパノリッキーやホッコータルマエどころかスマートファルコンよりもGⅠ級相当の勝利数は劣り、なんならダートに出走したのは僅か2戦のみである。そんな彼がダート最強馬と呼ばれるかというと彼のパフォーマンスにある
≫彼はそもそもダート馬ではなく芝の馬として走っておりラジオたんぱ杯3歳Sではアグネスタキオン、ジャングルポケットらを抑え1番人気に支持されたが3着。しかし走破タイムはこれまでのレコードを上回るもので、負けて尚強いレースをしていた。それからNHKマイルCを勝ち上がりダービーに挑むが5着に敗れる。因みに秋のトライアルも夏の上がり馬エアエミネムに屈した
≫とまあここまでくればクラシックの有力馬になる程度には芝で好成績を出し、今度は武蔵野Sに出走(何故武蔵野Sに出走させたかは同筆者が【サイレンススズカ生存ルート〜もし彼が生きていたなら~】を書いているのでそれを参考にしてもらいたい)し、そこで2着のイーグルカフェに1.4秒も差をつける圧巻のレースを見せ、1分33秒3の日本レコードを叩き出す。そして次走のJCDでは2着のウイングアロー相手に1.1秒も差をつけ2分5秒9で駆け抜け、このタイムがセクレタリアトのタイムに肉薄するほどのものであったことから「日本にはクロフネという名前の白いセクレタリアトがいる」とまで言われるようになり、北米ハンディキャッパーも高く評価しケンタッキーダービー史上三番目の走破タイム(勝ちタイムは2位)を叩き出したモナーコスと並ぶ125ポンドを与えられ、また3歳Mコラムでは芝を含め世界一に輝いた。また日本の競馬関係者に「ダート史上最強馬」と聞くとほとんどがクロフネと応えるくらいには評価が高いので武蔵野SやJCDを是非一度見てもらいたい
≫クロフネに敗れた2頭──武蔵野S2着のイーグルカフェは翌年のJCDの覇者、JCD2着のウイングアローは98年間と00年のJRA最優秀ダート馬でありJCDも制しているから相手が弱かったわけではなくなんならウイングアローは前年よりも早いタイムで駆け抜けており相手が悪すぎたとしか言いようがない。むしろタイムのでない良馬場のダートで日本レコードを出す相手にどうしろと?
≫因みにJCDの出走馬であり、同年にホイットニーHとウッドワードSを制覇し、後にウッドワードSを連覇するリドパレスの主戦騎手(シガーの主戦騎手でもある)はあまりの強さに「馬場状態とかそういう次元ではなく桁が違い過ぎた」と語っており、クロフネの強さが理解出来るだろう
・ホクトベガ
≫前回の更新でホクトベガの名前が出たのと今回クロフネについて記載したので記載
≫【ベガはベガでもホクトベガ】の実況であまりにも有名なエリザベス女王杯を制しており、また翌年には平安S10着、札幌記念を勝つなど一見芝馬のように見えてダート馬であり、史上唯一牝馬として最優秀ダート馬を得ている
≫彼女の経歴は5歳(旧6歳)までは芝中心に走っていたが6歳(旧7歳)で陣営はエンプレス杯で2着に3.6秒(約20馬身差)という大差勝利を収めたこともあってかダート路線に変更し、重賞を連勝しまくり年間重賞8勝とオグリキャップに並ぶ記録を持ち、間にエリザベス女王杯(秋華賞設立後なので現在と同じレース)や有馬記念を挟まなければ、あるいはダート重賞に限定すればその翌年の川崎記念も含め重賞連勝記録は9連勝とスマートファルコンと並ぶ。また何気にウオッカに更新されるまで牝馬獲得賞金記録の持ち主でもある。【砂の女王】などというのが生易しいくらいの強さを持った日本史上最強のダート牝馬である。国内でホクトベガに並ぶ牝馬は芝馬ならいくらでもいるが、ダートとなるとマルシュロレーヌかロジータくらいのものでその2頭もホクトベガに何度も勝てるかと言われると100回くらい走ってようやく一回勝てるレベルだと思われ日本史上最強ダート牝馬はホクトベガと言える
≫ホクトベガとヒシアマゾンは同誕生日、同厩舎、エリザベス女王杯勝利という共通点があり、ウマ娘実装化が待たれる1頭である。同じレースで走ったらどうなるかという質問に対して関係者は「芝ならヒシアマゾンが勝つがダートならホクトベガが勝つ」と回答している
少し時は遡り1994年、芝路線でトウカイテイオー、ビワハヤヒデ、ナリタブライアンが大躍進を見せる年の年始、加東は悩んでいた。
「うーん、ホクトベガがダートをねぇ……」
加東がそう声をあげた理由、それは創也がホクトベガをダート路線に移動するように進言していたからだ。
「ええ、牝馬路線が充実していない上にGⅠ馬となった以上ホクトベガの実力で好走するレースは限られています。芝で走ってもエリザベス女王杯馬の名前に傷がつくだけです」
「そうは言ってもダートでもあまり冴えてないから厳しいんじゃ……」
「それは彼女の筋力がないからですよ。ダート調教だけじゃホクトベガは強くなれませんよ」
「じゃあどうすれば?」
「障害の練習を取り入れることですかね。障害から戻ってきた馬でメジロパーマーという馬がいますが障害から戻ってきてナインティギア相手に3度も2着に食い込んでいます。それまではOP戦でも歯が立たなかった馬が、ですよ。ナインティがいなければメジロパーマーはGⅠの一つや二つは勝てたでしょうね」
創也が障害の練習をするように進言した理由、それはナインティギアと同世代のメジロパーマーが理由でこの馬は障害で走る前は鳴かず飛ばずも良いところで冴えなかった。
故に平地競走に向いていないと判断した陣営はメジロパーマーを障害に転向させ、障害の新馬戦でレコードを更新し障害競走で花を開かせたかと思えばその障害馬としてはあまりにも飛び越すのが下手で危険ということで2戦だけして結局平地競走に戻ることになった。
しかし平地競走に戻ったメジロパーマーは障害競走で鍛えたスタミナを武器とし宝塚記念、有馬記念、阪神大賞典でいずれもナインティギアに粘る2着に食い込み、その脅威は創也自身が感じ取っていた。成長力を売りにしているノーザンテーストの血を一切引いていないメジロパーマーがここまで成長するとなれば注目するのは当たり前のことだった。
「そういえば確かに……一度検討するように言ってみるよ」
納得した加東がホクトベガ陣営に障害の調教を取り入れるように進言しに向かった。
「いやマジに障害に転向したら良くないか?」
ホクトベガに障害競走の調教を試した所、かつて桁違いと評されたオペックホースほどではないにせよ飛越が上手く障害競走を本気で検討するほどだった。
「いやいやいや、待ってくださいテキ。一度だけでいいですからダートで走らせて下さい! それで駄目でしたら障害に転向しましょう。ですからダートのレースに出走登録しましょう!」
「仕方ないな。まあ君がそういうならそうするか」
しかしそれでは当初の目的を果たすことはなくなってしまう為慌ててダートに出走するように進言し、そこで活躍出来なかったら障害に移行することになった。
【女王様とお呼び! ダートの女王はこの私だホクトベガ!】
結果は勿論、ホクトベガの圧勝。それからダートに専念し重賞10連勝という凄まじい結果を残し、あまりの強さにドバイWCに出走招待されシガーに敗れるものの3着に食い込み、その後米国に遠征しパシフィッククラシックSで17連勝がかかったシガーを破る快挙を果たし、同年BCクラシックでもフルハートに敗れこそするがシガーに先着する3着と好走し、翌年ドバイWCで悲願の制覇を目指すが故障し最下位という結果でそのまま引退。その後は繁殖牝馬としてサードプレジデントやナインティギアなどと言った種牡馬達と種付けを行いGⅠ馬を輩出する。
クラシックはナリタブライアンとヒシアマゾン、古馬路線はビワハヤヒデとトウカイテイオーが牽引した1994年が終わり、年が明けある馬達が世間を賑わせていた。
それは95世代の馬達だ。
SSの初年度産駒にして既に最高傑作と名高いフジキセキ、名牝ハギノトップレディとサードプレジデントの間に産まれたハギノブロー、同じく3P産駒のリボルバーマン、セカンドサルサビルなどいずれも現時点でナリタブライアン級と評された馬達がこの世代に集結していた。
特にその中でも抜けていたのはフジキセキとセカンドサルサビルで、セカンドサルサビルはトウカイテイオー相手に併走で何度も打ち負かし、フジキセキはそのセカンドサルサビルに併走とはいえ勝ち越している。
【フジキセキ故障! 皐月賞は絶望的!】
【セカンドサルサビル、故障によりオークス回避!】
【セカンドサルサビル、有馬記念出走断念!】
しかしフジキセキは皐月賞前に故障しそのまま引退、セカンドサルサビルはオークスは不出走で桜花賞とエリザベス女王杯を制しクラシックを盛り上げたが有馬記念前に故障し引退した。
【ジェニュインだ、ジェニュインが今1着! 2着にハギノブロー!】
【タヤスツヨシ頑張った、タヤスツヨシだ! タヤスツヨシ! そしてまたしても2着のハギノブロー! ハギノブローも強かったがタヤスツヨシはもっと強かった!】
【勝ったのはハギノブローです……ライスシャワーはどうなったんでしょうか……馬運車に運送されていきます……】
【ノースフライトにリボルバーマンの銃弾が襲ってくるーっ! リボルバーマンです! ノースフライト遂に敗れる! リボルバーマン1着!】
しかしそれで下火になったかと思えばSS産駒のジェニュインが皐月賞、同じくタヤスツヨシが日本ダービーを制覇し、3P産駒も負けずリボルバーマンがノースフライトを破りマイルCSを制覇、ハギノブローも共同通信杯、宝塚記念、札幌記念、神戸新聞杯を勝ちそれなりの功績を残し翌年には天皇賞春を勝利することになる。
尚、ハギノブローが勝った宝塚記念でライスシャワーが転倒しピクリとも動かなくなり予後不良の心配までされたものの無事一命を取り留める。
しかしライスシャワーはその代償に無精子病にかかり、功労馬として過ごすことになったが寿命を削るとも言われる種牡馬の仕事をしなかったのが幸いし34歳まで生き、同期のミホノブルボンやキョウエイボーガンよりも長く生き続けられたのは皮肉なものである。
SS産駒と3P産駒が大暴れしたことにより国内リーディングサイアーと2位はこの2頭に決まり、ナリタブライアンと菊花賞馬マヤノトップガンを輩出したブライアンズタイムはリーディング成績が落ち込み、更にトニービンも大物を輩出出来ず成績を落とすことになる。
このお話をお楽しみ頂けた、あるいはこの小説自体をお楽しみ頂けたならお気に入り登録や高評価、ここすき、感想の方を宜しくお願いいたします。
また感想は感想に、誤字報告は誤字に、その他聞きたいことがあればメッセージボックスにお願いいたします。
尚、次回更新は本日18時です