ジュリアのエピソード後のヤツだよ。怪文書だよ。

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※下記ネタバレを含みます
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・10章あたりまでのストーリー
・11章あたりのサブクエスト
・ジュリアの個人エピソード
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個人エピソード時空と言うか、任務の合間時空と思っておいてください。
また、一部、たぶん俺設定な部分を含みます。

性能以外だいたい良い! ジュリアをよろしくお願いいたします。
っていうか性能が良くないというか仕様に嫌われてるだけなんだよジュリア。


音楽家の孤独と色

 ジュリアが目を覚ましたと聞いて、私は書類を放り捨てて、ケースを持って駆けだした。

 ラピが素早く立ち上がって、空を舞う書類を捕まえるのを横目に、私は一目散に、リペアセンターに駆けていく。

 

 ジュリアは、少々複雑な背景を持つニケだ。

 マスターハンド――中央政府儀仗隊所属。

 製造はミシリス。預かりは中央政府。後見はテトラCEOマスタング――そして現在は、私の指揮下で『単独地上探査任務』に従事し、長期にわたって地上の調査を行っている。

 任務内容については、嘘ではない。

 マスターハンドは音楽文化の探索、保存を任務としているし、ジュリア自身もそれを望んでいた。

 だが、ジュリアが地上を旅するのは、彼女自身のためだ。

 

 彼女は、地上の荒野で、自らの骨と魂を見つけた。

 そうして、魂のひとかけらだけを残して、地上を旅して、自らの音楽を探している。

 月に1度ほど、前哨基地に戻ってきて、補給をして、また旅に出る。

 あるいは彼女は既に、巡礼者と呼べるものになっているのかもしれなかった。

 

 3ヵ月ぶりに帰って来たジュリアは、幽鬼のような有様だった。

 特徴的な装備であるバイオリン型の銃は、右腕ごと喪失していた。

 左手に、おそらく道中で入手したのであろう、量産型ニケの銃の、銃把だけを握っていた。

 白いヴェールは破れ、塵埃に汚れていた。

 赤い瞳は片側が開いておらず、残った片方の瞳に光はなかった。

 動きに優雅さはなく、楽器も持たず、音楽もなく、しかしジュリアは、帰ってきた。

 

 私を見た瞬間、ジュリアは倒れた。

 ラピたちが素早くリペアセンターを手配してくれていなければ、脳の保存を開始してくれていなければ、どうなっていたことか。

 彼女は疲弊し、疲労し、破壊されかけていたが、不幸中の幸いと言うべきか、浸食はされていなかった。

 ボディはほぼほぼ新品になるレベルまで交換することになったのだが――

 

「しばらくなにも食べていなくて眠っていなくて動き回って疲れているだけですので、じきに目を覚ますと思いますよ」

 

 ――というメアリーの言葉通り。

 3日もやきもきする羽目になったが、ジュリアは目覚めた。

 

「マエストロ……?」

 

 まだ少しぼんやりとした瞳のジュリアが、私を見て、小さく首を傾げた。

 彼女は、いつもの装備ではない。

 人間が入院するときに着るような病衣だ。

 

「ここは、……前哨基地でしょうか……? 夢ではなく……私の魂だけが、ここに戻ってきたわけでもなく……」

「ああ。ジュリアはきちんと、自分の脚で帰ってきた」

 

 ジュリアは頷き、小さく笑い、それから、左右を見渡した。

 次に自分の手を見て、首をかしげて、それからようやく、私を見た。

 私は、指揮官室から持ってきたケースを、ジュリアの前に出す。

 

「……まだマエストロに、私の想いは届くようです――」

 

 ジュリアはケースを大義そうに受け取り、開いて、……閉じて、目を閉じ、頭を振って、それから、もう一度ケースを開いた。

 そして、眠たげだった目を大きく見開いて、ケースの中に納めてあったバイオリンを、恐る恐る、という手つきで持ち上げ、検分した。

 

「……なにかあったか?」

「ま、マエストロ……こちらは、どちらで手に入れましたか……?

「ん? ああ。つい先日の調査で、状態のいい楽器や芸術品を見つけて――」

 

 それは、妙に古く、しかし保存状態のいいバイオリンだった。

 先日の出撃にて、それを発見したのは、単なる偶然だった。

 未発見のバンカーが、ラプチャーの砲撃によって顔を出したのだ。

 そのバンカーは、芸術品を保存するためだけに作られたと思しき場所だった。

 その一番奥に、このバイオリンはあった。

 調査の結果、サイズ的に、持って帰ることができそうだったのはこのバイオリンくらいだったので、ひとまずこれを報告のために持ち帰ってきたのだ。

 

「――なにやら凄そうなバイオリンだったので、ジュリアが帰ってきたらこれをプレゼントできれば、と思っていた」

 

 ジュリアは、慎重にそのバイオリンをケースに戻し、ゆっくりとケースを閉じた。

 

「……マエストロ。この楽器は……第一次ラプチャー侵攻前の……」

 

 ジュリアは、言葉に迷ったようだった。

 いつもよどみなく詩的に話すジュリアとしては珍しい。

 彼女は、私に、ことの重大さを伝えようとしているようだった。

 

「……一目見て分かりました。水流のごとく優雅な曲線。色濃く神秘の染みつく佇まい。かの名器は侵攻によって破壊あるいは散逸、放棄されたとばかり思っていましたが……」

「つまり……素晴らしい楽器ということか?」

「はい。……おそらくは、現世に残された、最後の一丁でしょう。早急に、恩師に……最悪、恩師でなくとも構いません。どなたか、価値の分かる方に連絡し、保存してもらうべきです」

 

 ジュリアはきっぱりとそう言い切って、ケースを渡してきた。

 ……これを落としでもしたら、ジュリアが怒鳴りそうな気配がある。ジュリアが、だ。

 

「……分かった。マスタングに、伝えて、渡しておく」

「はい。恩師なら、扱いを理解なさっているはずです」

 

 ジュリアは、ふぅ、と息を吐いて、肩から力を抜いた。

 楽器のことは、よく分からないが……例えば、そう。

 『アークレンジャー』は、ラプチャー侵攻前の番組の流れを汲んでいる。

 侵攻前に放映された『なになにレンジャー』は、いくらかはアークにも持ち込まれているが、しかし、すべてが揃っているわけではない。

 失われたと思われていた欠落部分、それも原初の作品に近いような部分が見つかれば、その価値を知る者にとっては大きな衝撃があるだろう。

 今のジュリアは、おそらくそのような心情なのだ。

 

「寝起きにすまないな、驚かせてしまったみたいだ」

「いえ……」

 

 ジュリアは、私の持つケースに数度視線をやり、……手出ししてはいけない、と言うかのように、瞼を落とした。

 私は、ジュリアの視界から外れる場所にケースを置き、それから、少し困ってしまった。

 ジュリアは、少々複雑な背景を持つが、その身体が特別なニケ、というわけではない。

 ただ、すこし、装備には特殊な点がある。

 彼女の楽器は、銃でありながらバイオリンであり、デコイ装置でもある。

 替えの銃はもちろん前哨基地に用意してあるが、今は倉庫内だ。

 それに、リペアセンターに銃を持ち込むのは上手くない。最低でも、管理者であるメアリーの許可くらいは取らなくてはならないだろう。

 

「……少し待っていてくれ。替えの楽器は、すぐに準備してくる」

「はい。ありがとうございます、マエストロ。ですが……」

 

 ジュリアは、重ねて、古びたバイオリンに視線をやる。

 私のことよりも優先してくれ、という顔だ。

 ……きちんとこのバイオリンのことを済ませてからでないと、ジュリアも心穏やかに静養できそうもない。

 私は携帯端末を取り出し、マスタングへ『地上で貴重なバイオリンを発見した』と、メッセージを送った。

 

 

 

 ●

 

 

 

 いつもの数倍騒がしかったマスタングを見送り、代わりに、と渡された、テトララインのロゴマークが刻まれた大きなトランクケースを持って帰る。

 ジュリアが3ヵ月も帰ってこなかった件についても、マスタングが(曰く、『serviceで』)誤魔化しておいてくれるようだ。

 AZXに乗って前哨基地へ続くエレベーターに向かい、エレベーターに乗ってアークから前哨基地に昇る。

 いつも挨拶をして、イチゴキャンディをくれるディーゼルは、今日は非番なのか、別の駅に行っているのか、見かけなかった。

 

「あ、指揮官様、お帰り~」

 

 我が部屋のようにくつろぐアニスに挨拶をして、余所行きの服から平服に着替える。

 アークに行ったついでに、美術品バンカーを発見した任務については報告してあるし、得られた報酬で食料品なども注文してきた。

 (また壊れた)シャワールームの修理費用もこれで捻出できるはずだ。

 壁掛け時計を確認すると、15時を少し過ぎたところだった。

 

「なに、指揮官様。ジュリアのところに行くの?」

「ああ。リペアセンターかその近くにはいると思う。なにかあったら連絡を」

「はーい」

 

 アニスに見送られ、再度楽器ケースを持って、指揮官室を出る。

 ……しかし、妙に大きいし、重いな、この楽器ケース。

 

 

 

 ●

 

 

 

 病室にて、楽器ケースを開いたジュリアは、少し驚いた顔をした。

 恩師、と彼女は小さく呟き、しっかりとした足取りで立ち上がった。

 彼女はニケであるので、肉体的な不調は、パーツ交換でほぼ完調する。

 唯一、脳の疲労についてはその例外だが、帰ってきてからしっかり休んだためか、もう退院も間近と見えた。

 ……以前は音楽から離れていると手が震えだすほどだったが、地上を旅して強くなったのか、特に震えだす様子はない。

 

「これは……」

 

 ジュリアは、楽器ケースから一丁のバイオリンを取り出しながら、小さく呟いた。

 ケースに比して、小さなバイオリンだ。いつも彼女が持つ銃と同じ程度のサイズだろうか。

 さすがに病室内で楽器を演奏する許可は下りなかったが、リペアセンター中庭での演奏は許可を得られた。

 夕食までの制限付きであったが、まだ2時間少々はある。

 傾きつつある陽を浴びながら、ジュリアは少し、楽器の調整を行う。

 

 調整はすぐに終わった。

 そうして、音楽が中庭に響いた。

 それは、再会を喜ぶような、思わず身体が揺れてしまうような演奏だった。

 聞き惚れるような、弾むような音色。

 アップテンポのそれに釣られたのか、リペアセンター内から、ペッパーが顔を出すのが見え、メアリーに引っ張られていくのが見えた。

 やがて、演奏は終わった。

 彼女は顎からバイオリンを外し、ふ、と息をついた。

 

「……このバイオリンは……私が、銃に持ち替える前に持っていたものです」

 

 ジュリアは、わずかに上気した頬で、興奮気味に語った。

 

「二度と再会することは叶わないと思っていましたが……ああ……」

 

 ジュリアはケースに静かにそのバイオリンを納め、それから、二丁目のバイオリン……少し小さいもの……を取り出し、演奏し始めた。

 再会の喜びを確かめ合い、旧交を温めるような、久闊を叙するような、分かれていた間のことを報告し合うような、穏やかながらも驚いたような『跳ね』がある演奏だった。

 2丁目の演奏が終わると、今度は金属製の縦笛が出てきた。

 それから、横笛、トランペット、やや大きいバイオリン(あとで「ビオラです」と訂正された)などもケースから出てきて、それぞれでジュリアは、見事な演奏を聞かせてくれた。

 

「ふ――」

 

 と、トランペットのマウスピース跡を唇に残したジュリアが、深く息を吐いた。

 そこで、私は、拍手を忘れていたことに気が付く。

 慌てて拍手をすると、ジュリアは乱れた病着を正し、私に向け、そしてリペアセンターの窓々に礼をした。

 ここがコンサートホールなら万雷の拍手が聞こえていただろう。

 メアリーとペッパーも、2階の窓から拍手を送ってきている。

 

「凄いな、ジュリア……なんでも演奏できるんだな」

「なんでも、とは……ラプチャー侵攻によって荒野の風に消えた楽器もあります」

 

 ジュリアは再会した楽器たちを撫で、それぞれをケースに収めた。

 ジュリアは、地上の音楽文化を保存するために作られたニケだ。

 普段から手にするバイオリンが一番の得手であるのだろうが、それ以外の楽器についても、深く知悉しているようだった。

 おそらく、ジュリアが必要な人数いたなら、その場でオーケストラができるのだろう。

 

「……その荒野の風に身を任せていたところ……弦が切れてしまい……気づけば、世界が揺らめいていました」

 

 ……ジュリアの銃は、色々な意味で特別製だ。

 一般の銃には絶対に必要のないバイオリンとしての機能が付いているし、バイオリンとしての機能がいつでも十全に発揮できるような改造がされている。

 確か、激しい戦闘を行っても弦が切れないように、戦闘直後であってもバイオリンとしての機能に問題がないように作られていたはずだ。

 その弦が切れたということは、おそらく、相当な長期間、演奏を続けていたのだろう。

 それこそ、寝不足、栄養不足、疲労で、ふらふらになるまで。

 ニケは、究極的には睡眠などは必要ないが……それでも、脳を使っている以上、集中力の疲労はある。

 ジュリアは、弦が切れた瞬間に、集中力も途切れてしまい、疲労に襲われてしまったのだろう。

 

「急いで帰らねば、と思ったのですが、楽器のデコイ機能がうまく働かず――肉体を置いて、幽霊になって、帰ることになるか、と……覚悟もしたのですが……」

 

 ジュリアは、私の前に座り、熱を持つ手で、私の手を取った。

 

「あなたが、幽霊は歓迎はしない、と言っていたことを思い出し……帰ってくることができました」

「ああ、……お帰り、ジュリア」

「はい。戻ってまいりました、マエストロ」

 

 ジュリアは、瞳をわずかに潤ませながら、そう言った。

 

 

 

 ●

 

 

 

 翌日。

 マスタングからメッセージが届いた。

 

『発見した楽器は、確かにジュリアの言う通り、現在のアークには残されていない、大変貴重なバイオリンである』

『その他の美術品等についても、近いうちに回収をお願いしたい』

『それから、ジュリアの銃に、発見した楽器の音色を再現する機構を組み込むので、数日引き留めておいてほしい』

 

 ……非常にうるさい文面の内容をジュリアに伝えると、彼女は楽器ケースを撫でながら、頷いた。

 

「恩師の好意を裏切るわけにはいきません。それに、この子との再会を、もう少し喜び合いたいと思っていました」

「この子? ……たち、ではなくか?」

 

 スノーホワイトの武装のように、ひと揃えでひとつの楽器ということなのだろうか。

 そのように問えば、ジュリアはきょとんとした顔をして、答える。

 

「私が昔使っていた楽器は、バイオリンだけです。他の楽器たちは、似たものは使っていましたが……」

「そうなると、マスタングはなぜ、他の楽器を……?」

「恩師のことですから、深い考えがあると思うのですが――ああ、そういうことなのですね、恩師……」

 

 ジュリアはひとり頷く。

 マスタングとジュリアは、芸術に理解がある。

 私はまったくの門外漢なので、ふたりにだけ通じるなにかがあるのかもしれないが……。

 

「本日、退院の許可は下りました。恩師から新たな楽器が届くまでの間、私は、私が本来作られた理由に立ち戻りたいと思います」

 

 そう言って、ジュリアは二丁のバイオリンを取り出し、片方を、私に渡してくる。

 

「マエストロ。楽器を……通常の楽器を演奏した経験はありますか? よろしければ、あなたの中にも、音楽を保存させていただけないでしょうか」

 

 ふむ、と、業務と任務を思い出す。

 物資の補充などもあり、任務と任務の間はいくらか間が開く。

 補充申請などは昨日のうちに終わらせた。

 今現在差し迫った危機はなく、ある意味では平和な時期だ。

 スノーホワイトあたりに聞かれたなら、『地上を取り戻していないだろう』と怒られそうではあるが。

 

「ああ。問題ない。教えてくれると嬉しい」

「……はい、マエストロ! ああ、ああ……それでは、すぐに劇場へ向かいましょう……!」

 

 ジュリアは喜色をあらわにし、私の手を握って、胸の前まで持ち上げた。

 病着の合間から、私の手の甲と、ジュリアの肌が触れ合う。

 手の甲に柔らかな感触を感じてしまい、思わず顔が緩みそうになったのを、ぐ、と引き締める。

 ジュリアの視線は信頼のこもったもので、私の感じるような邪さは、一切感じられない。

 ……いかんいかん、と、目を合わせたまま、内心で首を振る。

 ジュリアは、少々浮世離れした性格をしている。

 私のほうが気をつけねばならない。

 

 

 

 ●

 

 

 

「退院の手続きはしてからにしてくださいね~?」

 

 そんな風にメアリーに怒られてしまったので、劇場には、すぐに行く、というわけにはいかなかった。

 いい時間だったので腹ごしらえをして、午後一番。

 劇場に着いた私は、ジュリアから指導を受けていた。

 

「……その姿勢です、マエストロ」

 

 普段の装備、花嫁じみた白い装備に身を包んだジュリアは、私の肘に触れるか触れないか、というところに手をかざしながら言った。

 ジュリアは頷き、4歩離れ、私の全身を眺めた。

 再度彼女は頷き、それが基本の姿勢です、と、嬉しそうに言う。

 

「マエストロ、あなたには、音楽の魂が既に宿っているかもしれません」

「あるとしたら、ジュリアが残していったものだろう」

「もしきっかけがそうであったとしても、既にその魂は、あなたのものになっていると思います」

 

 顎にバイオリンを挟んでいるので、少し喋りにくい。

 外して喋ったほうがいい気がするが、挟んだものがズレてしまいそうだ。

 喋れば喋ったでズレそうな気もするが……

 ジュリアは、ケースから自分のバイオリンを取り出し、構え、弓を弦に軽く当てて、キ、と軽く一音を立てる。

 

「まずは、音を出してみましょう――」

 

 

 

 ●

 

 

 

 ギィ、と、扉が開く音がした。

 入り口を見れば、クロウが顔を出していた。

 クロウは、ちょっと驚いた顔をして、軽く肩をすくめて、劇場内に入らず、去っていく。

 ……集中していたな、と、思う。

 気づけば、2時間くらいは経っていたようだ。

 

「少し、休憩にいたしましょう。マエストロ」

「ああ、……首が少し痛いな……」

「よく鍛えていらっしゃいます。まったく鍛えていない方は、まず挟むところから苦労する場合もあります」

 

 ジュリアの手に、バイオリンと弓を預ける。

 ジュリアは、布で軽くバイオリンを拭き、ケースの中からスタンドを取り出して、そこにバイオリンを立てかけた。

 

「……いかがでしょうか?」

「新鮮で、楽しいな」

「やはり、音楽の魂があるようです」

「どうかな。……私には、ジュリアのような音楽の骨がないかもしれない」

「骨が……」

「今の私は、誘われたからやっているようなものだ。ジュリアのように、特別に音楽が好き、とかの、芯がないように思う」

 

 『音楽家の骨と魂』を、音楽をやる理由、やりたい情動、と解釈すると……音楽は好きだしやってみたいが、確固とした目的や理想があるわけではない。

 考えたくはないが、もし、ジュリアがいなくなったなら、自分で音楽をやることはなくなるだろう。

 

「音楽とは、音を楽しむことを言います」

 

 ですから、と、ジュリアは、また私の手を取った。

 ジュリアの手は、何か所か、堅い感触がある。

 タコができている――正確には、そのように体を作っている。

 私の手にも多少ペンダコはあるが、彼女のタコはそれと比較にならない。

 

「骨がなくとも……いえ、魂も、骨もないと感じていらしても、音を楽しむことができるのなら、あなたには両方が備わっています」

 

 ジュリアは、確信をもって言い切った。

 それは、彼女が旅で見つけた真実なのだろうか。

 彼女の『師』を思えば、彼女にとって、それは自明のことなのかもしれなかった。

 ジュリアは、私の手を引き、ステージ脇の階段へ向かった。

 階段を下りて、ステージ正面の席に座る。

 手を繋いだままだったので、私も、その横に座ることになった。

 ジュリアが、手を繋ぎなおしてきた。

 私の手指と絡めるように、彼女は手を握ってくる。

 防音設備の整った施設だ。

 聞こえるのは、私とジュリアの呼吸音くらいだった。

 そのまま、数分――握った手に、わずかに汗が浮くほどの時間が経ったころ、ジュリアが口を開いた。

 

「……マエストロ――あなたに逢いたいという気持ちが昂るたび、この手はしきりに音楽を奏でました。荒野にひとり立ち、風を感じるたびに。あの荒野は、寂しく、孤独で、恐ろしく、悲しく――だから、となりにあなたがいないことを感じ、そして、あなたは今きっとひとりでないのだと、安堵していました」

 

 ジュリアは、その声も音楽のようだ。

 彼女自身が、楽器を演奏する楽器じみている。

 ニケである前に、人間である前に、彼女は音楽家なのだろう。

 

「マエストロ――逢えばあなたの温かさに酔いしれてしまう、と、旅立つ時に、そうお伝えしました。そして、魂の欠片を、あなたに預け、私は旅に出ました」

 

 音楽家は、歌うように語る。

 

「……私はかならず帰ってきます、マエストロ。あなたとまた出会うために。ですから――」

 

 ジュリアの白いかんばせが近づいてくる。

 赤い瞳が、私の瞳をのぞき込む。

 色の薄い唇が、近づいてくる。

 

「――あなたの魂の欠片を、私に預けてくださいませんか」

 

 パーツを交換されたつややかな唇からは、どこか、乾いた、うら寂しい、風のにおいが感じられた。

 私は、そのにおいを上書きすることに決めた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 翌朝。

 徹夜でバイオリン銃をチューニングしてきたらしいマスタングと、それに付き合わされたらしい、半分眠っているシュエンが前哨基地にやってきた。

 

「なんでわらひがぁ……こんにゃへんにゃのに……」

 

 8割くらい眠っていると思しきシュエンが、むにゃむにゃとマスタングに文句を言う。

 今回ばかりは、シュエンに全面同意だ。

 数日引き留めておけというのだから、昨晩、数日は泊まっていくように、と約束を結んだというのに……まさか、一日でやってくるとは。

 この場の四人全員が寝不足だ。

 ハイなのはマスタングだけである。

 マスタングの声が脳にガンガン響く……。

 

「すー……」

 

 と、立ったまま安らかな寝息を立て始めたジュリアを、慌てて支える。

 ニケの身は、やはり、人間とは違う……正直に言ってしまえば、重量がある。

 ぬぐ、と歯を食いしばってこらえて、マスタングの叫ぶ工夫や注意事項を聞き流していく。いや聞き流してはいけない。きちんと聞かなくては……ああ、だが、眠い……。

 

「……Oh?」

 

 ひとしきり喋り終えたらしいマスタングが、うつらうつらと舟をこぐシュエンをヒョイと抱えて、私の方に近づいてくる。

 

「Oh,Oh,Oh……ジュリアのSoulが、ColorをChangeしていますNe! NO、Colorを知っ……おっと、これ以上は野暮ですNeeee!!!」

「やめてくれ、ジュリアが起きる……」

 

 あと顔面がうるさい――と口に出す前に、理性が利いた。

 妙に楽しそうなマスタングから、ずっしりとしたケース……ジュリアの装備一式を受け取り、その場でCEOふたりを見送る。

 そのあたりで、後ろに控えていたラピが、装備一式を持ってくれた。

 ラピの視線には、ちょっとだけ、非難の色が乗っているように見えた。

 ……これからそれがもう少し強まるかと思うと、胃が痛い。

 

「ラピ。その、すまないが……」

「はい。本日指揮官は体調不良なのですね」

「あ、ああ……」

「明日も体調不良にならないようお願いします」

「ハイ……」

 

 ラピが歩き去っていく。

 私は、ジュリアを横抱きにして、一番近い、ベッドのある場所……コマンドセンターの仮眠室に向かう。

 腕の中で、以前より彩り豊かになった表情のジュリアが、安らかな寝息を立てている。

 

 




生き恥ウェディング好き。

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