ちょっと変わったウマ娘ミニミニダービー   作:木口領

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第01話 頭の上の気性難

頭の上で「あれはそれは」と騒ぐダイワスカーレットの声がする。

彼女は人形だ。15cm前後の小さな体が山本大和の頭に収まり、好き放題思いっきり髪の毛をぐいぐいと引っ張っていた。

 

「ねぇヤマト~。あの赤いのは」

「郵便ポスト」

「ねぇねぇ、あの小さなキラキラがいっぱい光っているのは」

「信号機」

 

あまり人の気配がない道路を物珍しそうに、目についた先から質問が飛び出している。その都度髪の毛を右に左に引っ張っている。

大和はため息を一つはいた。

 

このウマ娘人形を拾ったのは昨日の事だ。

特殊フィールドの中でのみ動きレースをするおもちゃのはずなのに、この頭上に居座るダイワスカーレットは外でも自由に動いている。フィールド以外で動くウマ娘人形など大和は聞いたことがない。開発部門なら何かあるかもしれないが、そんなところに務めた経歴はない。

変な電波が家に存在するとも考えたが、外に出しても動くし、話すし、無遠慮に引っ張る。おかしいのはこのウマ娘人形の方なのは明白だ。

動いている理由はわからない。だけど一度会話をしてしまうと、そのままどこかに捨てることも憚られたのだった。

 

動くからには生活用品が必要になる。「食事はエレガントに。髪の毛と尻尾をとかすブラシや洋服の類は必要」とのダイワスカーレットの言である。今着ている服は白と黒のストライプな服だ。所々ちぎれている。汚れも少し見えた。その傷で大きな胸元が際立って目立つ。流石に女の子がこのままは可哀そうだと買い物に出かける運びとなった。

大和は自分の洋服さえ着れればいいという手前、何を買えばいいかがわからない。そのため適当に無地のシャツを買ってくると昨日言ったのだが、ダイワスカーレットが猛反対を起こし、自分で選ぶと半ば強引についてくることになったのだ。

 

未だ髪の毛を右に左に前に後ろに引っ張っている。たまにブチっと嫌な音と痛みが襲ってくる。はらりと数本黒い毛が舞うのが見えた。

28才という若さでこの買い物中に育毛剤を買い足そうかと少々本気で考え始めていた。

頭の上の人形に手を伸ばす。むんずと掴むと目の前に持ってきた。キメ細やかな肌に整った顔だちをしている。喋らなければ確かに美少女な人形だ。その小さな赤い目が吊り上がり、キッと睨んでいた。暴れる動きでダイワスカーレットの大きな栗色のツインテールが鞭のように指をぺちぺちと叩く。

 

「ちょっと! 変なところ触んないでよ」

「出かけるときに静かにしているって約束はどうした」

「そんなの賞味期限切れだわ。それに出かけて数歩はちゃーんと静かにしていたわよ」

「頼むから変なことはしないでくれよ。俺が変人扱いされてしまう」

「あら、変人じゃなかったの? それはびっくり」

 

もう一度、大和は大きくため息を吐いた。なぜ、人形を拾っただけの自分がこんな目に合っているのか、神様に問いただしくなった。今だけなら無神論者から神論者になってでもだ。ぜひお伺いを立てたい。そしてついでにお祓いをしていただきたい。

 

「ため息つくと幸せ逃げるわよ」

「誰のせいだと」

「こんな美少女と買い物いけるってのに、なにが不満なわけ」

「OKわかった。降参だ。人の前では可愛いお人形さんでいろ。それ以外は諦める」

「ふ~んだ」

 

そのままダイワスカーレットを手提げバックのポケットに仕舞う。最初の定位置だ。

ダイワスカーレットは頭だけひょいっと外に出した。やや眉と口元をへの字に曲げている。

 

「これ、視界低いから嫌なのよね。せめて肩にしてくれない」

「我慢しろ、もうすぐ店だ」

「どこ行くのブランドもの? ドレスルーム? あ、呉服店もいいわね。着物仕立ててもらうの」

「おまえ、そういう知識はあるのな」

 

作った奴の顔を一度拝んでみたいと大和は思いながら一軒のお店の前で立ち止まった。自動ドアが開く。

わくわくしていた表情が一転、スカーレットの栗色のウマ耳がへなりとしおれている。

 

「なに、ここ」

「おもちゃ屋だ。ここの人形売り場とかウマ娘グッズ売り場の服とか小道具を買う予定だ」

「嫌よそんな安っぽいの。もっと上品なものじゃないと使わないわ」

「騒ぐな、子供がみてる」

「い~や~」

 

駄々をこねていたダイワスカーレットだった。が、いざ入ってみると店内のおもちゃに目が釘付けだ。新しいものを見たせいかすっかり上機嫌になっていった。

プラモデル、自動車の模型、電車ゾーンを抜けた先に女児用の人形コーナーがあった。まばらに人の姿がある。いるのは低年齢の家族連れか女児だけだ。

大の男が一人、この場所にいるのは思いのほか恥ずかしいものだ、と大和は肩を狭めてそそくさと歩いていく。

そうして、人形サイズの小物や服を置いてあるコーナーに着いた。

さっそくといった風体でダイワスカーレットがいろいろ物色する。

 

「あ、この櫛かわい~い。アタシにピッタシ」

「いいのか、いや安いから助かるが」

「可愛いから許す」

 

と簡単に決まる道具もあれば、

 

「いや、その服の値段。ありえんだろ」

「ダメよ。これじゃないと着ないわ」

「こっちじゃだめか」

「う~ん。いやダメね。全然ダメ。全くなってないわ。まあ選んでくれるっていうなら部屋着としてなら着てあげる」

「何で買う量増えてんだよ。てか部屋以外でどこに着て行こうってんだ」

 

と難儀する箇所もしばしばだ。

そうしてようやく買うものが決まった。櫛、洋服5着、パジャマ1着、体操着にハチマキセット1つ、リボン2つ、ベット用の籠とクッション、布団用のハンカチ2枚、小さな桶、布製にんじんのアクセサリー(抱き枕用)、人形用ほうきとちり取りセット、親指サイズのゴミ箱を買い込んだ。痛い出費である。

 

「よしっ。じゃあ次行くわよ」

「何言ってんだ。これで買い物は終了だ」

「あんたこそ何言ってんのよ。ウマ娘には大事なものがあるでしょうが」

 

大和の親指に腰を下ろすと、すらりとした脚を前に出し、足元をちょんちょんとダイワスカーレットは指で示した。

 

「靴と蹄鉄がウマ娘には必要なのよ。いつまでも裸足でいるわけにはいかないわ」

「いや、お前。蹄鉄とか履いたら俺の部屋滅茶苦茶になるぞ。昨日だって走り回って畳がやばかったのに」

「ウマ娘が走らなくてどーするのよ。絶対必要なの」

 

ここで蹄鉄を与えるのはいわば凶器を与えるも同義だ。大和の部屋の畳がぼろぼろになるのが目に見える。

裸足で「走れば思い出すわっ」と昨日駆けまわったときにも畳からは悲鳴に似た音が響いたのだ。靴すら与えるのは危うい。

しばらくにらみ合いを続け、大和は根負けをした。いや本人にとっては譲歩したのだ。

 

「わかった。ただ家の中を勝手気ままに走るなよ。流石に大家さんに怒られる。走る場所は何とか用意するから」

「ふふん。いいわ。それで手を打ちましょう」

 

腰に手を当てて、胸を張ってダイワスカーレットが上機嫌に答えていた。

さて、ハムスターの回る車はどこにある。と思い描いたとたん、大和の手首に衝撃がはしった。手首を思いっきりウマ娘人形が蹴り飛ばしていたのだ。

そのままねじるように抓っている。ダイワスカーレットを見ると笑っている。笑顔だ。だが先の上機嫌な顔つきではない。額がぴくぴくと痙攣したように動いていた。

 

「なにを考えてたの」

「なにって、ハムスターの滑車っぽいやつで走ってもらおうかと」

「あたしはネズミじゃない!」

 

ダンダンと脚で手首を蹴っていく。15cmの人形の脚なのに、かなり力強く、蹴られた箇所の皮膚が少々赤くなった。

回る車で走る計画はどうやらお気に召さない様子だ。そのまま発電してくれれば儲けものと考えていたが、一から計画を練り直す必要がある。

走る場所はまた今度考えるとして、靴と蹄鉄を買いにウマ娘用品のコーナーへと足を運んだ。

 

途中、子供たちとすれ違うが、このダイワスカーレット、外面だけはいいのか見つかる前にお人形のように動かなくなる技術は一級品だ。大した芸だと大和は感心した。これなら、少し喋っていたのがばれたとしても、そういう機能を持った人形で押し通せるかもしれない。ただし、いつも人形をケースにも入れずに持ち歩く大の男という汚名をどう回避すればいいかは思いついてはいない。

 

そうして、ウマ娘コーナーに入った。

おもちゃ屋というよりまるで家電コーナーのような洗練さだと大和は感じていた。ウマ娘の事は知ってはいたが、離れてすでに8年の月日が経つ。昔はもう少し混み入っていて、かつ武骨な感じであったけれど、と物珍しさにお上りさんのごとく顔をきょろきょろさせていた。

 

「これが、今のコクーンか」

「アタシもこれから生まれた、のかなぁ」

 

卵型のひと際大きなカプセルの前で立ち止まる。このカプセルの更に中にある球体からウマ娘が生まれると考えると今の技術の進歩は驚きだと眼を細める。

医学用の技術を応用し、おもちゃとして転用されたらしいのだが、大和はその技術に詳しくはない。

因子やらパラメーターやらを加えてウマ娘として羽化するための装置、としか知らない。

 

「昔はもう少しおもちゃしていた見た目だったんだけど。このコクーンだと新たな生命体を作ってそうだな。なんかそう考えると末恐ろしいな」

「なんでよ。そのおかげであんたはアタシに貢げるのよ。アタシに尽くせるなんて最上の贅沢よ」

 

そのカプセルの前に張り紙がある。現在稼働停止中のお知らせだ。

暫くコクーンの周りにある説明書きや作成後のウマ娘の写真などを読んだ後、大和とスカーレットは靴と蹄鉄売り場に到着した。

ガラス張りの商品棚に、ジオラマセットを思わす小指サイズの大きさなのに、精巧な作りをした靴が整然としていた。糸のような靴紐を通す穴が開いてあり、やや弾力を持った作りをしている。そのすべての靴が裏側に蹄鉄を埋め込みなおせるような溝がある。

そのガラス張りの商品棚の横に、サンプル用の靴が置かれている。かかとから防犯用のタグが伸びていた。

 

「足のサイズは」

「分かんない。この24用あたりかな。ちょっときつい。一つ上の24.5用。あっ、いい感じ」

「体重は」

「言うわけないでしょ。バカ。変態。あんぽんたん!」

 

大和がふと気になって質問したが、ダイワスカーレットの尻尾が逆立ち、その眼つきがライオンのようになった。

やはり人形でも女の子なのだな、と思った大和の心に「あんたモテないでしょ」の一言がぐさりと刺さった。

年齢イコール彼女いない歴な自分のことを見透かされていたのだ。

 

話題をそらすように今度は蹄鉄を選ぶ。透明な小さな袋に入ってぶら下がっている。ただの丸いわっかと思っていたが、なかなかどうして種類がある。

芝用、ダート用、トレーニング用の重りや記念品付きに日本一と彫られた物など、多彩な種類だ。

適当に芝用を選んだがダイワスカーレットはなにも文句は言わなかった。小指にも満たないサイズなのに、精巧につくられた一品は一種の凄みさえ感じる。それが靴のタイプごとに微妙に異なるサイズで用意されている。触れてもわからない程度の差ですらある。つくづくおもちゃにするほどの技術なのかと疑うばかりだ。

日本人は頭が変だ。と大和は納得した。職人なのか機械なのかはわからないが、ナノメートル単位で精巧に動く成果物をおもちゃとしているのだから。

 

靴と蹄鉄、ついでに靴下も購入した。早速ダイワスカーレットが蹄鉄をはめ込んでいる。

どこか走る気でいるのが伝わってくる。鼻歌が聞こえてくる。こんなところで走らせるわけにはいかないが、家に帰っても走る場所がない。近場で走れる施設があるかなど、すでに記憶に存在しない。

 

「どーしたものか」

 

とあたりを軽く見渡した。

ウマ娘グッズの商品棚の奥に、歴代の公式大会優勝ウマ娘とトレーナーを特集した本のコーナーがあり、反対側に目を向ければカード化されたウマ娘のグッズも置いてある。

トレーニング用の小型マシンに、メンテナンス用の特殊機材やGPS付のアクセサリーなどが目に映る。

時間帯のせいなのか人の姿がほとんどない。本棚付近にポニーテールの少女が1人いるぐらいだ。

 

通行口近くの壁にはポスターが貼られている。その一つに大和は目を止めた。

ウマ娘のライブポスターが貼られている。特殊フィールドでつくられたライブはさながら本当のアイドルのようだ。

横には今度開催される大会の告知だ。優勝者には賞金と特別なウマ娘用因子が与えられる。

そのポスター群の隅に店のお知らせが貼られているのに気が付いた。

 

近寄ってみる。

立体幻像レース場新設の張り紙だ。店の裏手に回る通路の先に仮想レース場があるらしい。手書きの絵図面と走っているだろうウマ娘っぽい絵が書いてある。その芸術的な絵と達筆な文字に、何が書いてあるのか理解するのに時間を要した。未だ確信には至っていない。

 

「何見ているのよ」

 

ポスターの解読を試みていたら痛みが文字通り走ってきた。

太ももから背中を通り肩にかけて針で突かれるような感触がした。と思うと、耳元でダイワスカーレットの声がある。

靴を履き終えて登ってきたようだ。蹄鉄が鎖骨に食い込む。地味に痛い。が大和は我慢強かった。

 

「ふむふむ。レース場があるのね。いいじゃない。行きましょう、今すぐ!」

「お前、これ解読できるのか」

「見ればわかるじゃない」

 

そうかと大和は納得した。なるほど、これはウマ娘文字なのだと理解したのだ。

そのまま、今度は肩にダイワスカーレットが座り、駆け馬に鞭を打つようにとんとん肩を叩いてくる。

大和はおもちゃ屋の奥へと歩いていった。

 

 

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