ちょっと変わったウマ娘ミニミニダービー   作:木口領

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第10話 準決勝の罠、ダイワスカーレット vs 15人のウマ娘

形部なぎこは木の幹を一度、力の限り叩いた。

ざわりと枝葉が揺れる。

 

「あいつがいるなんて聞いてないわよ」

 

大会会場裏手で、今度はその幹に背中を預けると、右手の親指を口元に持ってきて爪を噛んだ。

爪の右側から前歯を使ってがりがりと左まで噛んだと思うと、逆再生のように今度は左から右側までの爪を噛んでいく。そのたびに、顎にガチガチと歯が合わさる音が骨を伝って響いてくる。

 

形部なぎこは困っていた。

次の対戦相手の中に、おもちゃ屋で惨敗を喫した男である山本大和がいるからだ。

 

「せっかくのチャンスが。せめてほかの組にいてくれたらよかったのに、ツイてない」

 

この大会で形部なぎこは優勝できる気でいた。大会に出る実力者が次々と参加取り消しをしているという噂があり、実際、参加登録者の中に地区大会1位と2位の名前が無かった。

前回は運が絡んだとはいえ第3位になれた実力者である。そのため1位になれると息巻いていた。

しかし、同じD組の中に大和がいた。

 

「おもちゃ屋のアタシのイカサマにあいつは気づいていた。絶対」

 

勝てる相手だと相手を侮っていた形部なぎこに対して、そのイカサマを逆手に取り、手をこまねいているうちに勝ちをかっさらったのが大和だ。

イカサマの手法を看破したのは同日9戦勝をしていた内容をつぶさに観察していたからに違いない。洞察力は高いとみていいだろう。そういうトレーナーは総じて強い、と形部なぎこは判断していた。

 

「あいつのやったグラフに映らず仕掛けをしたトリックも大体分かってる。ウマ娘に任せたんだ」

 

ウマ娘を思念制御で走るペースを維持していると、その手綱を手放した時、全力で走るウマ娘がたまにいる。特に走力が高いウマ娘に顕著に現れる。

それがあの男が仕掛けの念を送らずにウマ娘に走らせた原理だろう。と形部なぎこは考えていた。ウマ娘が意思を持たない限り、それ以外考えられなかった。

ただし、その推理は形部なぎこにとって残酷な事実を突き付けてくる。

大和はウマ娘にペースを落として走らせていたということだ。形部なぎこのウマ娘にはハイペースすぎたレースが、フラストレーションがたまるぐらい遅かったということになる。地力が違いすぎた。もしかしたら他の大会で獲得したレア因子で生まれたウマ娘なのかもしれない。

レア因子だとしたら、形部なぎこがイカサマを抜きにして競わせても、自分のウマ娘のステータスでは追いつけない。

 

その上、洞察力のあるトレーナーである。地区大会1位でさえ勝てないかもしれない。

そんな人物が同じD組にいる。例え準決勝で勝てたとしても、4着までに入られれば決勝でもう一度戦う羽目になる。そもそも勝てるかどうかすら怪しいのだ。

 

「なんでそんなレベルがこんなところにいるのよ!」

 

背中向きにこぶしを作り、振り子のようにして強く幹を叩いた。

葉が数枚ひらりと落ちてきた。

 

「ダメですわ。ものに当たるのは、はしたないですよ」

 

そこに法上院凛がシークレットサービスを2人引き連れて現れた。

お腹の下で両手をあわせ、白いワンピースのスカートを軽く押さえている。長い金髪が風にそよぐ。透き通るような青い瞳で凛は目の前の人物を見つめていた。

 

「誰よあんた」

「A組のトレーナーですわ」

 

優しく微笑む凛であったが、その笑みはマタドールのマントに形部なぎこは見えた。ひらりと相手の攻撃をかわして、隠れた部分から重たい一撃を放つ気配が見え隠れしている。

 

「で、そのA組のトレーナーが何の用」

 

木の幹から体を起こし、形部なぎこは腕を組んで対峙した。腕を組むのは無意識だった。意識せず、体を守るように組んでいた。

 

「わたくし色々な組のレースを見ましたけれどD組に1人、ダークホースが紛れ込んでいるようです。山本大和というトレーナーなのですが、ご存知でしょうか」

「さぁ。地方大会なんだからそりゃ名の売れていない強い奴の一人は二人、出てくるでしょ」

 

一瞬訝しむように眉を動かした形部なぎこだったが、法上院凛に対して知らぬ存ぜぬで通す選択をしていた。気にくわなかったからである。

その眉の動きを法上院凛は見通している。

 

「そうですわね。おもちゃ屋で貴方の10連勝を阻止した相手ですもの。ご存じのはずですわね」

「……あんた、なぜ知っている」

「企業秘密、ですわ」

 

胸の前で両手を開きつつ合わせて凛は言った。

形部なぎこは思考の回転を速めた。偶然話に来たわけではないことは理解した。すでに外堀を埋めている気配も感じる。なら、何を求めているのかを考えていた。

 

「悪いけど、反則になるようなことは大会中はしないわよ」

「ええ、わかっていますわ」

 

凛がシークレットサービスの男に指示を出した。一つの箱を取り出すと、そのまま形部なぎこに箱を差し出した。

形部なぎこはその箱を受け取ると蓋をゆっくりと警戒心を持って開けた。目を見開いた。

 

「あんた、これ」

「わたくしの話、聞いてくださいますか」

 

再度問われた言葉に、形部なぎこは静かにうなずいた。

 

 

 

お昼を過ぎて準決勝のレースとなった。

Dレース場に山本大和の姿がある。トレーナー席の丸い舞台が床から静かに浮かび上がっていく。

中空で止まると大和は観客席を見た。観客席にいる小道真白と目があった。真白の顔を見て大和は一瞬息をするのを忘れた。真白の左側の口角が思いっきり上がっている。目は子供のように輝き、何かを言いたいけど口を結んだような顔をしている。

嫌な汗が大和の背中を一筋流れた。

 

「『どうしたのヤマト?』」

「『真白がああいう含みのある顔している時、誰かが悪さ企んでいる時なんだよ。しかも俺に向かってのな。昔からなぜかあいつには分かるんだ』」

「『このレースに何か仕掛けてくるってことね。そんなのアタシには効かないわ。……それにしても気付いているなら教えてもらえばいいじゃない』」

「『あいつは絶対俺に教えないんだよ。それよりも加担してくるんだ』」

「『あ~。なんか目に浮かぶわ。あいつアンタが困っているの見るの楽しんでるよ、きっと』」

「『言わないでくれ。考えないようにしているんだから』」

 

盛大にため息をつくとダイワスカーレットを手すりの舞台に置いた。舞台が動き、チューブの中を通るとレース場に移動した。

3番ゲートにダイワスカーレットが入った。9番に形部なぎこのウマ娘、ミットライセンが入っている。

 

大和が今回参加のウマ娘を確認している。

今回内側1番2番は追い込みが強そうなウマ娘だ。そして4番からは体格の良いパワータイプが続いている。大外15番16番はスタミナがありそうで逃げが得意と見える。

 

「『ずいぶん嫌な配置になったな。スカーレット。最初に脚使ってでも前を確保したほうがよさそうだ』」

「『そうね。首筋がピリピリ来てる。マークされそうね。まぁ誰が来てもぶっちぎってあげるんだから問題ないわ』」

「『頼むぞ。スカーレット』」

 

ゲートが開いた。綺麗に揃って駆け出していく。

予想通り、大外15番と16番が前になった。ダイワスカーレットが内側に入り5番手。やや密集体系になって進んでいく。

第一コーナーに入ると2番が速度を緩めた。ダイワスカーレットが内側による。

そのまま密集した状態で第二コーナーに入り、直線となった。

大外から前に出ようとするウマ娘たちが多い、その中には形部なぎこのウマ娘、ミットライセンの姿もある。

先頭が変わる。上空から見えている大和にとってはまるでキャタピラのような動きに見えた。その内側にダイワスカーレットがいる。

外から内に入ろうとする圧力が増してくる中、1番がややペースを落とした、内側が空洞になった。好意な位置が空いている。ダイワスカーレットが内側に入る。

 

大和が念で叫んだ。

 

「『スカーレット。そっちに入るな!』」

「『アタシの走りに指図するなって言っているでしょ』」

 

ダイワスカーレットが好位置に入った。直後、前に走るウマ娘の脚の回転が遅くなり、ダイワスカーレットの斜め後ろまで下がった。

ミットライセンが先頭となり、内側に入っていく。その隣にパワータイプのウマ娘が並ぶ。

ダイワスカーレットの前に4枚の壁となった。大きく横に移動しても、大外にもウマ娘が走っている。

ペースを落としても、後ろ2馬身には別のウマ娘がいる。抜けられない囲いが出来ていた。

 

「『そういうことね。やってくれる』」

 

現在の状況をダイワスカーレットが認識した。

密集して走るレースでは囲まれることなどよくある話だ。そのためこの状況は不運とされて反則には至らない。

 

「『完全に捕まったな。抜け出せそうか』」

「『無理ね。隙間が狭すぎる。アッテナみたいに小さかったら強引に割り込めそうだけど、こいつらじゃ競り合うのは得策じゃないわ』」

「『上から見ると少し空いている箇所があるが、そこを通ろうとしたら即座に潰されるな。とりあえずそのまま様子見だ』」

「『……分かったわ』」

 

大和はレース場の周りに浮いているトレーナーたちに目を配らせた。トレーナーたちの気配から突破口がないかを見た。皆集中している。誰も気を抜いていない。直線状態の今、打つ手はなさそうだ。

直線では囲まれた状況を突破する事は難しい。スキルを使用するにしても密集されていれば妨害に合う可能性が高い。ダイワスカーレットのパワーがあれば妨害されながらも意地でも発動するかもしれない。しかし、今その賭けは打てない。

しばらく、動かないまま走る選択しか大和は打てなかった。全体のペースはゆっくりめだ。

 

 

 

形部なぎこの顔が自然と笑みがこぼれている。

一団となって走るレース展開が期待した状況そのままになっていたからだ。

 

「即席だったにもかかわらず、上手くいったみたいね」

 

そういって手元の黒いカードの角を指でなぞる。法上院凛から貰ったカードだ。

カードの表面に文字が浮かんでいる。他トレーナーからの連絡だ。カードは通信装置だった。

 

特殊フィールド内だけで通信ができる装置を法上院凛から貰ったのだ。原理はトレーナーバッジの思念誘導の応用だ。ただし入力する瞬間はウマ娘側の操作がいったん切られる。

 

それ以外にも弱点がある。同じフィールド内にいないと使えず、また、大量の文字を送るとすぐに前の文字が上書きされてしまうという点だ。その欠点のためあまり普及はされていない。使うとしたらチーム戦の競技の時ぐらいだろう。例え個人戦であるこの大会であっても使うこと自体は反則にならない。

 

その通信装置を使用して、今回、法上院凛が説得したトレーナーたちと力を合わせ、山本大和のウマ娘であるダイワスカーレットの囲い込みを成功させていた。

目視でもう一度、確認している。どこにもダイワスカーレットが逃げ出せる隙はない。ポーカーフェイスを維持することすら形部なぎこの頭から抜けているぐらいに完璧な布陣だ。

 

「これで厄介なやつを追い落とせて私は決勝戦に行ける。10連勝を阻止された恨みはこれで晴らしてあげるわ」

 

各ウマ娘のゲート順にも細工がされている。法上院凛のコネクションで抽選される番号を操作されていた。3番に対象のダイワスカーレットを位置づけさせ、1番2番が内側に隙間を作り、5番から7番で外に逃げられなくさせ、8番から16番で正面に壁を作る。

ダイワスカーレットを5着以下にさせるのが目的だ。成功すれば法上院からの成功報酬が配られる。その額はこの大会の賞金を遥かに上回る。だから皆が勝ちを捨てて承諾していた。

 

初戦のダイワスカーレットとキングヘイローの勝ち方も影響している。この2人がいれば今大会で優勝するのが難しいと判断したトレーナーも多数いた。

そうして今、ダイワスカーレット対それ以外のウマ娘15人の構図が出来上がったのだった。

 

もう危険な走りをする必要が無い。スキルを使用されても妨害できる位置に常に2人以上のウマ娘を配置できている。

 

「後はこのままゴールするだけ、実に簡単なことだったわ」

 

形部なぎこの口元が緩みっぱなしだった。

 

 

 

第三コーナーを曲がる。その先にやや短い直線があり、最終コーナーに入れば残り300mの直線があるのみ。

コーナーに入ったウマ娘たちを大和がつぶさに観察していた。集団がゆっくりと進んでいく。速度が遅いために内側にも外側にもさほど変化が見られない。

その一団の動きに、大和は目を少し細めた。

 

「なるほど、見えた」

 

とつぶやいた。

 

「『スカーレット。そっちはどんな感じだ』」

「『ええ! すごく! いい感じよ!』」

 

モニターに映るダイワスカーレットはムカムカした気持ちがいつ爆発してもおかしくないほどだ。フラストレーションが滾っているのが垣間見える。

 

「『それだけ元気なら大丈夫そうだな。……次のコーナーで仕掛けるぞ』」

「『この囲いを抜ける方法見つかったの』」

「『ああ見つけた。だがこの方法はスカーレットに思いっきり負担をかける。スタミナごっそり削るからな。正直辛いと思うぞ』」

「『そんなのどうでもいいわ。その方法教えなさいよ』」

 

手短に大和は作戦を伝えた。ウマ娘の一団は短い直線に入っていた。

 

「『本当にそれで勝てるんでしょうね』」

「『勝てるかはお前次第だ。ただ、その壁に穴をあけることはできる』」

「『上等じゃない』」

 

第四コーナー手前、ダイワスカーレットはウマ耳をピンと立てて周囲にアンテナのように向けると、大きく外側へと膨らんで走った。

外側のウマ娘まであと一歩と迫ると、今度は内側に向かってスライドする。横の移動を繰り返しながらコーナーに入っていった。

 

その様子を形部なぎこが嘲りながら見ている。

 

「勝てないからって自棄になるなんて、トレーナー失格ね」

 

と笑っている。

他のトレーナーも気が緩んだ。その一瞬を大和は狙っていた。

赤い光がダイワスカーレットから周囲にあふれる。スキル光だ。

 

気付いたトレーナーたちがスキルを妨害するように思念を送る。しかし、横に移動しているウマ娘に対して、誰が当たるかが連携できない。スキルを妨害しきれない。

そしてダイワスカーレットのスキルが発動した。

 

「『よし、完成した。あとは頼んだぞ』」

「『任せなさいっ』」

 

大和が使用したマニュアルスキルの効果が周囲に満ちる。第四コーナーに入った集団全員がぐんと速度を上げた。『ペースアップ』のスキルだ。一定距離にいるウマ娘たちのペースを操作するスキルである。

今までゆるやかだったペースが突然のハイペースに変わった。速いペースが不慣れなウマ娘が足並みを崩す。さらにコーナーを曲がる遠心力で囲いが歪み始めた。壁に隙間が生じた。

その隙間にダイワスカーレットが溜まりに貯めたフラストレーションを込めた脚を爆発させた。強引に隙間をこじ開け突破した。

 

「捕まえなさい!」と形部なぎこが叫んだ時にはすでに遅い。

 

ダイワスカーレットが先頭集団を飛び出した。

そして、そのままゴール板を横切った。勝利である。

 

1番で駆け抜けたウマ娘を見て大和はホッと胸をなでおろして手すりを掴んだ。

その姿を見てにんまりとしている真白の姿が観客席にあった。

 

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