ちょっと変わったウマ娘ミニミニダービー   作:木口領

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第11話 法上院凛の計略

特殊フィールドの光が収縮し、大会会場1階にあった4つのレース場が光に溶けていく。立体幻像が消え去っていた。

決勝戦開始の1時間前のことだ。4つあるフィールドはもはや不要である。そのため、アクションフィールドで造られていた幻像は光と共に霧散したのだった。

 

消えゆく光の粒を、会場2階の観客席から小道真白が眺めている。手すりに肘をつけて頬杖をした姿勢だ。

最後の一粒も中空に溶け込んで無くなると、しんとした暗い空間が広がっていた。会場スタッフの動く気配はあるものの、光に慣れた目のため、1階で何をしているのかは見えない。

 

天井ではつり下がっているモニターに残り時間が表示され、各ウマ娘とトレーナーの顔がカットインとして映っている。決勝戦に出場した選手たちだ。

山本大和とダイワスカーレットのカットインが表示された。ふっ、と真白の口元が緩んだのは、カットインに映る姿が後頭部を掻いてあくびしている情けない大和の姿だったからである。

ダイワスカーレットはレース後に手を振っていた顔がアップだった。その後、法上院凛とキングヘイローがたおやかに佇む絵が映し出されている。

 

地方大会の最終決戦だ。

 

「いよいよ、決勝ね」

「そうだな。……で」

 

真白が顔を横に向けた。

隣には山本大和が立っている。その手にはウマ娘の描かれた扇子やシャツ、カレンダーにポスター、ウマ娘の絵柄付きちゃんちゃんこが収まった紙袋を持っている。

 

「なんで俺に渡すんだ」

 

そう言うと、手首をクイッと返して見せていた。

 

「せっかくだから雰囲気で買ってみたけど。よく考えたら使い所がなかったからあげるわ。そうだ、ちゃんちゃんこ今着てみたら? 似合うと思うの」

 

にひっと真白は笑みを浮かべる。

ウマ娘が全面に描かれているちゃんちゃんこを着ている大和の事を想像したダイワスカーレットが、胸もとのポケットでだんだんと大和の胸を叩いている。顔を内側に向けていて外からは気にならない程度にもぞもぞと動いているが、確かにウマ娘人形は、ツボっていた。

 

「着るかっ」

「そう、じゃあ車にでも積んどいてよ。ついでに何か飲みたいわ」

 

そう言って車のキーを真白は手渡した。大和が自棄になりながらも受け取った。

へいへいと言いつつ、車を停めた位置を確認すると、大和は会場の入り口まで歩いていった。駐車場は会場よりやや離れたところにある。

 

大会会場の入口を抜けて道中の草むらを通る。ひときわ目を引く大ケヤキが正面にあり、木陰に少女がいるのを見つけた。白いワンピースを着ていて金髪をしている。背中を幹に預けて腰を下ろしていた。

ピリッと緊張した雰囲気を大和とダイワスカーレットが出した。

 

「『スカーレット、動くなよ絶対。何があってもだ』」

「『……分かったわ』」

 

大和は足音を立てずに通り過ぎる。しかし、その前方を黒いスーツを着た男達に阻まれた。

木陰から声がする。

 

「逃げなくてもよろしいのに」

 

法上院凛が微笑みを崩さずに大和に視線を向けた。

 

「自己紹介をしていませんでしたね。初めまして、こんにちは。法上院凛と申します。以後お見知りおきをお願いしますわ。おじ様」

 

おじ様という単語に大和の眉が動いた。胸もとにいるダイワスカーレットも尻尾がポケットの中でもぞりと動く。

 

「やっぱり、君があの時ていちゃんを」

「ええ、そうですわ」

 

すくりと凛が立ち上がる。スカートの裾を摘まんで腰を柔らかく少し落とした。

大和が静かに片足を後ろに滑らした。合わせてスーツの男2人が体を横に移動する。さらに、いつの間にか、凛の後ろにもスーツ姿の男性と女性が立っている。囲まれている。

 

「あっと、勘違いなさらないでくださいな。わたくしは貴方に何かしようとしているわけではありませんわ」

「そうか、ならおにーさんからこの怖いおじさんたちを離して欲しいな」

「それはダメです。逃げてしまいますから」

 

観念して大和は体を凛へ向けて正面に立った。そのまま法上院凛の次の言葉を待った。南風が強めに紙袋を揺さぶった。

 

「おじ様、わたくしと契約して頂けませんか」

「契約?」

「はい、お給金はお出しいたします。望むのでしたら住むところだってご提供いたしますわ」

「それは魅力的なご提案だ。嬉しすぎて泣けてくるよ。それで君は何を得る」

「わたくしが欲しいのは因子ですわ。オリジナルの因子。その所有者なら所有者ごと抱え込むほうが楽だと思いません?」

「因子持ちって言うのがよく分からんが、どうやって判断しているんだ」

「それが残念なことにまだ確立していません。ただ、因子は特別な力を宿しています。常人のトレーナーが操るよりも非常に強力なウマ娘であることは確実です」

「……なるほど、ていちゃんを引き入れていた理由がなんとなく分かった」

 

紙袋の取ってを大和は持ち直した。少々強めに握っていて、跡が手のひらに線を描いていた。

 

「ていさんの事、わたくしも心を痛めております。ただ裏レースをある程度再現できていたのは嬉しい誤算でした。色は好みじゃありませんでしたが。ていさんも裏レースでウマ娘の足だけで済むのはとても幸運なことですのよ」

「前にも言っていたな、裏レースってなんだ」

「それは、企業秘密ですわ。契約していただいたら教えて差し上げます」

 

口元に人差し指を立てて凛は言った。

 

「前向きに検討するよ」

「いつ、どこで、どんなふうに、がありませんとわたくし困ってしまいますわ。100年後と言われてもおばあ様になってしまいます」

 

大和と凛が視線を互いに合わせた。胸を抓る感触がある。胸ポケットのダイワスカーレットが動くのを堪えた分、両手に力を入れていた。

そのまま1分、2分が経過した。

 

「分かった。レースで決めようか。決勝で俺が負けたら返事する」

 

大和の返答に、顎に人差し指を当てて凛が考え込んだ。そして両手を胸の前で合わせる仕草をした。

 

「今回はそれで手を打ちますわ。……正直に申しますと、もっと苛烈に感情を表してくると思ったのですが」

「こういう理不尽に慣れっこでね。悲しいけど」

「そうですか。では一時間後にまたお会いしましょう」

 

凛とスーツの男女が大和の横を通り過ぎていった。3mほど離れた時に大和が声をかけた。

 

「最後に一つ、言い忘れていた事がある」

「なんでしょうか?」

 

肩越しに振り向いた大和が続けて言った。

 

「君は俺とダイワスカーレットが必ず倒す」

「……楽しみに待っていますわ。わたくしとキングヘイローを満足させてくださいな」

 

もう一度風が強く吹くと、凛は大会会場へ向けて、大和は駐車場へ向けてそれぞれ歩き出した。凛の口は笑っている。対して大和は歯を食いしばるようにしていた。

 

車に荷物をすべて入れて大和が会場に戻ってきた。手には紅茶タピオカドリンクを2つ持っている。

 

「思ったよりも遅かったね。何か楽しいことでもしてた?」

 

紅茶タピオカを受け取った真白がストローに口をつけながら言った。

 

「いんや、なんも」

 

と大和は返した。

 

「さっきリプレイがモニターに流れていたんだけど、やっぱりあの法上院のお嬢様、強いわね。1回戦と同じく自分のウマ娘の影を誰にも踏ませていなかったわ」

「そうか」

「あれで大和の見立てでは脚質合ってないんでしょ。手抜いているのね、きっと」

「王者の意地みたいなもんかね」

「スキル一度しか使わせてくれないダイワスカーレットちゃんじゃあ、ピンチじゃない」

「そうなんだが」

 

ダイワスカーレットに念で問いかける。

 

「『どうだ、レース中に2回スキル使うの大丈夫そうか』」

「『……いやよ。考えただけで背筋がざわつくわ。タイミングは1回だけよ。許せるの』」

「『ていちゃんと走った時は……あれは違うか、裏レースっていうのに途中で変わったから体力引継ぎの再レース設定がされたんだな、きっと』」

 

はぁと大和がため息を漏らした。この胸ポケットにいるウマ娘は、同じレース中に1度しかスキル発動のタイミングを持っていない。それを超える使用は走力に制限がかかる。

できる工夫はオートとマニュアルの同時使用だ。タイミングを合わせたスキル使用は1度とみなされている。西ノ宮ていとのレースで確認済みだ。オート操作で発動するスキルの条件はトレーナーライセンスを経てから今日までで少しは覚えた。しかし、下手なタイミングでスキルを使用することはできない。

使い時を誤ればキングヘイローには至らない、せめて2回タイミングがあれば、と大和は頭を掻いた。

 

「やっぱりだめそうだ。このじゃじゃウマ娘は譲歩してくれないわ。絶対」

「ま、貴方の好みのタイプそのまんまだもんね。気が強い子好きでしょ?」

 

大和はその問いに答えなかった。なんと返しても絶対からかいの対象にしてくるからだ。言葉の意味をギリギリ保ったまま違う内容へと変換させて追い詰めてくる気配を真白の顔から読み取れた。

大和は手に持つタピオカドリンクの容器を真白に押し付けるように渡すと、体を階段へと向け「先に舞台行っている」と言って歩いていった。

「あ、逃げた」と後ろから声が聞こえるのは無視していた。

 

 

 

「ちょっとお母さん、早くしないと終わっちゃうよ」

 

大会会場入口付近で、西ノ宮ていが母親に向かって手を振っている。

 

「待って、ていちゃん」

「遅いよ」

「もう、午前中は行くの行かないのって悩んでいたのに、決めてからはこうなんだから。お母さんついていくので精一杯よ」

 

ていのもとに西ノ宮梓がたどり着くと、息を整える様に胸を押さえた。ていの身長よりやや高い。見た目は姉妹のような印象がある。

2人が会場に入る。1階の中央に大きな丸いリングが出来ていた。アクションフィールドの立体幻像だ。精密なスタジアムが映し出されている。

その周りにトレーナー席がふよふよと宙に浮かんでいた。

ていと母親は2階へと進んだ。

 

小さな体を生かして人をかき分けて前に出る。手すりまでたどり着くと浮いているトレーナー席を一つずつ見て回った。

 

「居た。おじさんだ」

「あの人がていちゃんの言っていたいい人? う~ん。お母さん、付き合うとしたらあと干支一周分若い子のほうがいいと思うのだけど、どうかしら」

「だから、そんなんじゃないって言ってるでしょ。なんでいつもそうなのかな」

 

西ノ宮ていのポニーテールが文句を言うように左右に揺れていた。その横で紅茶タピオカを啜っている小道真白が横目で見ていた。ちらりとていの全身を眺めている。レース場へと視線を戻した。

ていはもう一度大和を見た。その大和の視線の先に白いワンピース姿の法上院凛がいるのを見つけた。

 

「りんりんだ」

 

手すりの上で手を握りしめる。頭が俯く。ていの肩が少し震えている。その肩をやさしく母親の手が抑えた。

各ウマ娘たちがゲートに向かって歩いていく。

ていが顔をゆっくりと上げた。大和と凛が視線を交差させている。凛の青い瞳は揺るがない意思がある。

 

「……ダメだ。やっぱりダメだった」

 

小さく唇を噛んだ。

 

「ごめんねアッテナ。あんな事になったのに、ボク、りんりんの事嫌いになれないや」

 

ふと、ていの視界を遮る影があった。

横からタピオカドリンクの容器がていの前に差し出された。ていが横を見ると、真白の手だった。もう片方の手にもつドリンクをストローで啜っている。

口からストローを離す。少々腰をかがめて、真白が言った。

 

「キミ、大和の知り合い? あの中でキミより干支一周分年上の男って言ったら、あいつぐらいしかいないからね」

「そう、ですけど」

 

ていは困惑しながらも答えた。そして自分も疑問を口に出した。

 

「おじさんの知り合い?」

「ん。そうよ。小学校からの悪友よ」

 

ていはタピオカドリンクの容器と真白を交互にちらりと見る。その後ろでていの母親が頬に手を当てて笑っている。

 

「これでも飲んでスッキリしなさい。そんな顔しているともったいないよ。せっかくの決勝なんだから」

 

大和の知り合いと聞いて、差し出されたドリンクを西ノ宮ていは受け取った。

 

「しっかし、こんな小さな子に手をつけてるなんて。帰ってきたらとっちめてやらないとね」

 

煮え切らない表情をしているていがストローに口をつけた。少しずつ啜っている。

あっと、真白が気づいたように口を開けた。

 

「それアイツの飲みかけだった」

「っ!」

 

その言葉を聞くやていの喉を紅茶タピオカが勢いよく通っていった。反射的に吸い込む量が増え、喉に通るはずだった液体の一部が気管に入ると、むせ返っていた。

 

「な、な、なっ!」

「ごめん、ごめん」

 

長いまつげをぱちくりと、耳の裏まで赤く染まったていが抗議の声を上げる。真白はお腹を抱えている。

後ろでは西ノ宮梓が口元に手を当てて驚いていた。

 

「最近のていちゃんは進んでいるのね。お母さん寂しいわ」

 

と呟いていた。

館内放送が流れる。決勝戦開始のファンファーレが鳴り響いた。会場全員の視線が一斉にレース場に向いた。

西ノ宮ていがおずおずとした動きでストローに再度口をつけた。

ほんのりと甘酸っぱい感じがした。

 

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