ちょっと変わったウマ娘ミニミニダービー   作:木口領

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第02話 イカサマ vs 自立可動式ウマ娘

がやがやと人の声が重なっている。

 

たどり着いた場所は小さなカフェと融合したレース場だった。店内奥にある中庭に人が集まっている。淡い光の中にスタジアムが立体幻像で投影されていた。アクションフィールドだ。映し出されたのは芝のコース場である。

女子高生と少年が向かい合うように座っている。丁度ウマ娘レースが行われていた。模擬レースの勝ち残り戦である。

 

「なつかしい」

 

その光景を見て大和はそう漏らした。昔は立体幻像システムなどはなくウマ娘が動く空間が広がるだけだったが、周りで見る立ち見の客やレースの熱は昔も今も変わらない。そう感じていた。

肩でそわそわと揺れる気配がある。

 

「『ねぇねぇ。走っていい。いいでしょ。いいよね。OKね!』」

「『空いたらな』」

「『絶対よ。嘘ついたら承知しないんだから』」

 

人の前ではきちんと人形として動かないダイワスカーレットだった。そのままの状態で頭の中に直接声を叩きつけてくる。脳波を特別なバッジを介して操るウマ娘人形だからだろうか、このダイワスカーレット、近くなら大和の頭の中まで会話を割り込める。

本人曰く「疲れるからあまりやりたくない」というが、大和もできればご遠慮したい気持ちでいっぱいだった。

 

大和は少し離れた角席に腰を下ろした。ダイワスカーレットをテーブルの壁際に置いた。

コーヒーとプリンを頼み、届くまでの少しの間、席に座ったままレースを観戦していた。

 

レースの映像は天井付近についているモニターに中継されている。

8年の間に技術がだいぶ進化を遂げていた。ウマ娘の人形でレースをするというコンセプトはそのままだが、もはや走っている空間づくりが別次元の領域だ。

投影された木々の葉が風に揺らめいている。ウマ娘たちが駆けた後に芝が数本舞った。坂を上っている。幻像が質量を持っていた。コースを自力でつくる必要がなくなっていた。

 

今走っているウマ娘は2人だった。少年のウマ娘は力強い脚でコースを蹴っている。対して女子高生のウマ娘はすっきりとした動きで操りやすさを優先した様子だ。

第三コーナーを曲がる。やや速いペースだ。

 

(あの様子で、女の子の方のウマ娘は持つのかね)

 

と大和は思った。スタミナタイプには見えない。もしかしたら昔と違い、今のウマ娘では内部的な能力値が違うのかもしれない。それでもペースは完全に少年のウマ娘のものだ。

注文の品が届いた。サクランボの乗ったプリンとブラックコーヒーだ。

コーヒーを啜る。レースはもう終盤だ。ウマ娘が2人並走して第四コーナーに入っていった。

今度はプリンを食べようとスプーンに手を伸ばした。しかしそこにスプーンはなかった。

スプーンが動く。勝手に。まさか、スプーンもダイワスカーレット同様何かに憑依されたのかと一瞬疑ったが、その誤りにすぐ気づいた。

動いたスプーンはそのままプリンの一部を掬いとり、するする動いたかと思うと、ダイワスカーレットの口へと誘導され、つるんとプリンが入っていった。

 

「う~ん。おいし~」

「お前人形だろ。なんで食べてんだよ」

「何、人形差別? ダメよ差別は」

「原理的にありえんだろ。プリンどこに入るんだよその体で」

 

しかしダイワスカーレットのスプーンさばきは止まらない。すごい勢いでプリンが消費されていく。体積ではこのウマ娘人形と同程度といっていいサイズだったプリンがすっかりと、小さなお腹に収まっていた。見た目にも変化はほとんど見えない。

しかたなくもう一度コーヒーを啜った。そしてまたモニターを見る。

 

レースは大詰め。最後の直線だ。

 

少年のウマ娘が一瞬姿勢を深くした。脚を使って仕掛ける気だ。しかし、女子高生の強引な割り込みで仕掛けをキャンセルされていた。

完璧なタイミングだった。仕掛け時を失った少年のウマ娘はバランスを崩して大きく後退してしまっている。

大和は驚いていた。その女子高生の仕掛けを防いだタイミングに対してだ。

ウマ娘人形のレースは少々のラフプレイなら問題視されない。相手の仕掛けやスキルの妨害は技術の域だからだ。

それでも、それが技術として確率されているのは単に難しいからである。

 

じっと大和は中庭を直接観察した。少年は焦りの表情を浮かべている。女子高生は一瞬視線を下に向けると、口元をゆがめて笑った。そのままゴールとなった。

 

「すごい」

「これで9連勝。流石前回地区大会3位の実力者」

 

周りにいる人達が、中心にいる人物に対して称賛の声を発していた。

女子高生もまんざらでない表情をしていた。

 

「やるじゃない。あのウマ娘。まあアタシの敵じゃないけど」

 

頬についていたカラメルを舌でぺろりとなめとっていたダイワスカーレットが口に出した。

 

「しっかし、あの負けたほうのウマ娘も惜しかったわね。仕掛けを邪魔されなければ爆発しそうないい脚溜めてたのに」

「いや、あれはイカサマだな」

 

と、大和は女子高生の手元を見ていた。女子高生が腕時計をしている。

イカサマという言葉にダイワスカーレットのウマ耳がピクリと反応した。念で話し始めた。

 

「『イカサマって』」

「『あの女の子の腕時計で相手の仕掛けのタイミングを計っていたんだろう。ちょっと前のバッジに使っていたプロトコルがそんな脆弱性があったという記事を見た覚えがある』」

「『よくわからないけど、あの女が悪い奴ってことね。ウマ娘で悪さするなんて許せないわ!』」

 

頬を膨らませて、サクランボの果実に齧りついているウマ娘人形だった。サクランボがあってよかったと大和は考えた。何もなかったらそのまま喧嘩吹っ掛けに走っていったかもしれない。

変なことを言えば火に油を注ぐ結果になる、と大和は何も言わずにコーヒーの残りを飲んだ。

 

コーヒーカップをテーブルに置いた。その時、レースをしていた席でも動きがあった。少年が乱雑に立ち上がると、自分のウマ娘人形をつかんで観客の壁を割るようにして走り出した。

その様子に女子高生はため息を一つはいた。

 

「まったく、3回連続で負けたからって逃げ出しちゃだめね。トレーナー失格よ」

 

黒い長い髪をかき上げ、勝者の女の子が言った。走っていった少年を一瞥すると、観客に向き直り口を開いた。

 

「こんなものですか。この程度じゃトレーニングにならないです。誰かいませんか。この形部なぎこの連勝記録を止められるトレーナーは」

 

口角を上げ目を細めて彼女は言った。少々強めの口調だ。その声の裏には、そんなやつがいるものか、という人を見下す気配がある。

誰も何も言わない。大和も何も言わなかった。大和の目的はダイワスカーレットを走らせることであって、勝負に勝つことではなかったからだ。このままお開きしてもらったほうがやりやすい。とレース場を眺めていた。

 

カランと小皿に固い物が落ちた音がした。サクランボの種だ。ウマ娘人形を見ると肩がプルプルと震えていた。眼に熱量を感じる。いつもよりもダイワスカーレットの瞳に赤みが増しているようだ。

 

(まずい。これは非常にまずい)

 

大和が手を伸ばす。喉の果実がすべて通り過ぎたら「アタシがいるわっ」とこのダイワスカーレットが飛び出しかねない。

 

「ここにいるぞ!」

「そうそう、こんなふうに。……って」

 

今の声はダイワスカーレットのものではない。大和でもなかった。しかし大和の近くの席から声がした。振り返るが該当する人物が見当たらない。誰か言ったか分からない。

そして、周りの客と形部なぎこと名乗った女子高生がこちらを見ている。

 

「貴方が戦うのですか」

 

その眼がダイワスカーレットを捉えている。どうやら大和が言ったと勘違いしているようだ。

手の中のウマ娘人形が指を嚙んでいる。周りからは遠すぎて見えていない。しかし大和は感じていた。もう暴れだす直前だった。

観客がいる中で走ることは嫌だったが、大和は仕方がないと観念した。この状態のウマ娘人形を大人しくする術は今の大和にはなかったからだ。

粗が目立たないうちに、騒ぎになる前に走って終わればという気持ちで、勝負に同意した。

角席を立ち、少年が座っていた席に腰を下ろした。

 

「バッジはそこの箱に入っているの使ってください」

「このケースに入ったやつのことか」

 

席の近くに小さな丸いテーブルがある。レースしながら注文した品を置くためのスペースであり、そこにバッジが入ったケースがあった。

バッジを手に取る。8年前よりかなり小型化をしている。昔は手のひらサイズだったのに、今は襟に着けても違和感がないサイズだ。

早速襟元につけた。

 

「操作コンソールは?」

「は? 何時の時代の話をしているのですか」

 

大和の質問に、形部なぎこが呆れた様子で返していた。

ふと思い出す。そういえば少年も女子高生も手元で何かを操作していた覚えがない。と。

ウマ娘レースの黎明期は脳波の出力が弱く、補助としての操作コンソールが必要であったが、今のご時世はバッジ一つで指示が出せる。

 

「そうか、ないのか。久しぶりにウマ娘レースをするんでな」

「よくそれで、相手になるといえますね」

 

冷えた目で、形部なぎこが大和を見ていた。

 

「『よしじゃあ行ってこい』」

 

そう念で声をかけると、大和は特殊フィールドが展開する中庭のレース場へとウマ娘人形を放った。

軽い放物線を描く。アクションフィールドの領域内に入る。すると、ダイワスカーレットは体を丸め、くるりと回ると、猫のごとく着地を決めた。

観客から小さな感嘆の声があがる。しかし、その声はすぐに収まった。

 

ダイワスカーレットは一度大きく背伸びをすると、水を得た魚、草原を得たウマ娘と言った風に駆け回っている。

ツインテールが走りに靡く。尻尾が振れている。大和の心の中に遠目で見ていた時よりも懐かしいという気持ちが湧きだしていた。

 

そんな光景を見ていた形部なぎこが「どこを走っているんですか。ゲートに入ってください」と言った。少しとげがある。

ダイワスカーレットにゲートに向かえと指示を出す。スカーレットが足を止めた。視線を一度大和に向けるとゲートの方に歩き出した。形部なぎこのウマ娘は先にゲートに入った。2人だ。1対1のレースだ。

 

「レースの条件は芝、距離2400m、良バ場でいいわね。変えるの面倒だし」

「それでいい」

 

大和は即座に答えた。

答えた直後で疑問がわいた。ダイワスカーレットの適正を把握していないことに気が付いた。

芝が得意なのか、ダートが得意なのか、長距離なのか短距離なのか。スタミナは。賢さは。と暫く考えてから「まあいいか」と背もたれに体重を預けるように座りなおした。

 

「『イカサマを破る策はあるの?』」

 

とダイワスカーレットが聞いてくる。その問いに口角を思いっきり釣り上げた大和が、

 

「『策はない! 思いっきり走れ』」

 

とだけ答えた。目的は勝つことじゃない。今最優先かつ最重要なのはダイワスカーレットが家で走り回らないぐらい満足させることだったからだ。

 

「『まあいいわ。アタシが1番になるのは変わらないからね』」

 

とダイワスカーレットがゲートインをした。

 

「では始めますわ」

 

開始の合図のあと、場が静まり返った。皆ゲートが開くのに意識を向けている。

しばらくして、ゲートが開いた。2人のウマ娘が一斉に飛び出した。

大和が心の中で、おぉ、と驚いていた。間近で見た最新立体幻像レースは想像以上にリアルであった。2人のウマ娘は真剣な眼をしている。蹄鉄の音が聞こえる。風に服が靡く。迫力がある。芝の緑に足跡が刻まれる。モニター越しには伝わらなかった濃厚な雰囲気に大和は感動を覚えていた。8年前の自分で動かしている感覚とは違う、本当にレースをしているウマ娘に対して。

 

そのうちに大和は『走れー、がんばれー』とダイワスカーレットに向かって応援するようになっていった。走る指示は一切出していない。

ウマ娘2人は互いに離れず、レースは進んだ。

少年の時と同じだ。2人が並走して第三コーナーを過ぎ、もうすぐ第四コーナーだ。

 

 

 

形部なぎこはポーカーフェイスをしているが、その内情は、10連勝すると確信していた。

相手は見る限り素人だ。しかもあのバッジをつけている。負ける要素は一つもない。確かに最初の猫のような姿勢制御は驚いた、がそれだけだ。たとえ走力にパラメーターを全振りしているウマ娘であろうと。いや、そのほうが勝ちやすい。

 

力にパラメーターを振りすぎたウマ娘は制御が効かない。念で伝える指示が伝わりずらい。ノイズが混じる。言うことを効かないことがしばしばだ。理論上最速であっても指示を聞かなければ宝の持ち腐れだ。

だからこそ、形部なぎこのウマ娘は念で操作しやすい賢さ優先でパラメーターを振っていたのだった。操れなければ意味がない。それが形部なぎこの信条だ。

 

ふふっと心の中で笑っていた。

 

「そろそろ仕掛けてくるでしょうか」

 

と、下に視線を移した。腕時計に模した小型のディスプレイがある。ウマ娘に指示を出すバッジの念を数値化し、グラフと波長化した画面が映し出されていた。映っているのは大和の念である。

数年前に作成されたトレーナーバッジにはいくつかの脆弱性があった。指示の内容が判明できてしまうのだ。今大和がつけているバッジがそれだ。その念じた指示に対して、邪魔をしたり、仕掛け時を合わせることが可能なのだ。

それが形部なぎこが連勝していた秘密でもある。

 

トレーナーバッジはウマ娘人形とは違い、公式大会じゃない限りほとんど外に持ち歩かない。アクションフィールドを用意している店などではバッジが一緒に用意されているからだ。

そこに、形部なぎこは、くだんのバッジを仕込んでいた。

第四コーナーを曲がった。2人のウマ娘は並走している。

 

「さあ、仕掛けなさい。それを遮ってあげる」

 

口角が自然と上がる。ウマ娘の仕掛けを邪魔すれば大きなアドバンテージとなる。1レースごとにウマ娘にはパラメーターと因子による内部ステータスが設定される。そのステータスの加速とスタミナを消費して仕掛けを行う。それが不発になっても消費したエネルギーは戻ってこない。

1回でも仕掛けを邪魔出来れば有利となり、2回も邪魔すればあとは残りのスタミナ差で勝利が確定する。それが形部なぎこの戦法だった。

 

最後の直線に入った。しかし、いくら待てどグラフに仕掛ける気配が映らない。

対戦相手の大和を睨みつける。まさか、仕掛けの術も知らない素人なのかと考える。しかし、その考えはレース場の様子で打ち砕かれた。

ダイワスカーレットが仕掛けたのだ。脚を使って加速する。一歩遅れて形部なぎこがディスプレイを見る。しかし念が仕掛けるときの波長ではない。雑念はあるが全く平凡な時の波長だ。

 

「なぜ」と思う間にレースではすでに大差がついた。今から自分のウマ娘に仕掛けの指示をしても間に合わない。自力が違いすぎる。そのままダイワスカーレットがゴール板を横切った。

ダイワスカーレットの勝利だ。

 

形部なぎこはしばし呆けていた。「あのバッジの出力で負ける。私が」と負けたことが理解できない。それ以上にディスプレイのグラフの変化のなさが気になっている。

そして、一つ気付いた。あのバッジ、本当にケースに入った物だったのか、と。

そう言ったのは大和だ。だけどバッジが違うものであるかの確認はしていない。つまり、あのバッジは形部なぎこが用意したものではない可能性がある。

 

「ま、待ちなさい。今の勝負は無効よ」

 

そう結論付けたときには、すでに形部なぎこの口から声が漏れていた。

 

「無効?」

 

と大和が聞き返した。「そうよ」と形部なぎこが答えている。

 

「貴方のバッジ、この店の物じゃない。それで勝負するのはダメ。ルール外。今のレースは無効試合よ」

 

と強く言っていた。

観客がざわついている。現状に理解できていないのだった。大和も同様にぽかんとした表情である。

 

「バッジを貸しなさい。改めるわ」

 

形部なぎこが手を伸ばす。彼女にとってはバッジを取ることにあまり意味はない。確認するふりをして、別の仕込みバッジを渡せばいいのだ。

しかし、その手を遮る大きな人影が割って入った。

 

「改めるのは俺がやろう」

「あ、テンチョーだ」

 

観客を割って入ってきた大男がいた。観客の誰かが声を出した。

大和の頭1つ分は大きい大男がそこにはいた。このおもちゃ屋兼カフェの店長だ。しかし、筋肉質な体質からどこかの傭兵と言われても納得してしまう雰囲気があった。

大和からバッジを掴み取ると、眼に力を入れてじっとバッジを確認した。射貫くような視線だ。

 

「確かに、うちの店のもんじゃない。しかもこれは2世代前のプロトコル仕様のものじゃないか。こんなもので競ったら勝てるレースも勝てないぞ。で、お前がこのレースにケチをつけたのか」

 

大和に顔を近づけていった。顔に影ができる。すくみ上る圧力だ。大和は声が出ない。

 

「ちがうよ。そのおじさんは勝負に勝ったんだって。無効と騒いでいるのはあっちのお姉さんだよ」

「そうなのか」

「い、いえ、あ、あの」

 

形部なぎこはぎこちない返事をした。無理もない、店長が来たら悪さができない。もし、勝負のやり直しになってもバッジが店の物に変えられたらインチキができない。

それだけじゃない、今まで使っていたバッジが自分が用意したものなら店長の言うとおりだった。あのバッジは言わばトレーナーのハンデキャップだ。それで負けるなら自分の実力じゃ正面切っては戦えない。勝てないからだ。

 

「9連勝で疲れたみたい。今日のところは帰るわ」

 

と、自分の荷物とウマ娘を取ると、形部なぎこは脱兎のごとく逃げ出した。

大和は話についていけていない。急に走り出した女子高生を見ていた。そのまま頭を掻いた。

皆がカフェの入り口を向いている。その後ろのコース場でダイワスカーレットが勝手気儘に走っていることなんて誰も気づかない状態だった。

 

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