ちょっと変わったウマ娘ミニミニダービー   作:木口領

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第03話 狙われた男

山本大和の背後でおもちゃ屋の自動ドアが閉まった。

手提げバックの中では買った品物に背を凭れて、ほくほく顔をしているダイワスカーレットの姿がある。新しい靴が気に入ったのか今でもまだ履いている。蹄鉄も装着したままだった。

 

腕を揺らさないようにしながら大和は家路へと進んでいた。大和が予想していたよりもウマ娘人形の機嫌がいい。手提げバックの中でほくほくとしているこの状態を維持したい。と寄り道せずに帰る気だ。育毛剤は今日は買わないことに決めていた。

 

「しっかし、最近のフィールドは凄かった。こんな地方のおもちゃ屋であのレベルなら、大会はどうなるんだ」

 

店に貼られていた大会告知のポスターを思い出した。来月に行われる大会ではこのおもちゃ屋兼カフェのレース場など比べ物にならない大掛かりな物が使用される。その出来栄えを想像して背筋が一度ぶるりと震えた。少し体験してみたくもある。

赤信号で横断歩道で立ち止まる。ぼぅーと赤い信号を見ながら今後の事を頭の中で整理していた。

 

(とりあえず直近の課題だったスカーレットの買い物は済ませただろ。予想以上の出費で痛かったが。次の仕事は来月からだし、1か月間どうするかな)

 

手提げバックの中でもぐもぐ動く感触が伝わってきた。ほくほくタイムが終わりを告げた様子だ。

 

(そうだ、こいつの身柄? をどうするかも考えなきゃならん。誰か引き取っては……くれないよな。あいつら奇人変人だし、その後どうなったかで不安な日々になる気がする。公共もむりだろう、動くウマ娘人形を引き取ってくれる施設なんてないだろうし。実家は猫いるから危険だよな)

 

裾を這っていく気配を感じる。またバックからダイワスカーレットが脱走したのだった。目標は頭の上だ。腕を上りきると肩でぴょいっとジャンプをした。そのまま定位置と言わんばかりに頭上に寝ころび、髪の毛を操縦桿のごとく操り始めた。後ろに向けてくいくり引っ張る。

 

(まあ、走る以外は実害ないし家で飼うか。そういえばあそこってペット可だったっけ? 帰ったら契約書調べないと)

「アンタ、誰かにつけられているわよ」

(そうそう、その問題もあった。……は?)

 

大和は後ろを振り返った。しかし誰もいない。遠くで角に人が入っていった影のようなものがあったぐらいだ。車も遠くを1台2台が走っている程度だった。

 

「誰もいないぞ」

「アンタには聞こえないのかもしれないけど、アタシの耳には足音が聞こえたわ。あのレース場から出たときからずっと同じ足音がついてきている。目的はアンタよ。絶対」

 

もう一度、おもちゃ屋に続く道をみる。しかし今日の人影はまばらで誰も追いかけている節はない。

信号が青になった。

大和は家路に帰る足を少し速めて進んでいった。

 

「なんで俺をつけてくるんだ」

「さあ、あっ。もしかしてアタシじゃないかしら。さっきのレースでアタシの走りを見て惚れちゃったのよ。きっと」

「確かに。走りはともかく。勝手気ままに動くところをどこかで見られていた可能性はある。なるほど。目的はスカーレットの強奪か」

「もてるウマ娘は辛いわね~」

「……いっそあげちゃうっていうのもアリか、って痛い痛い。冗談だって」

 

髪の毛を10本はスカーレットに持ってかれた。このままだと育毛剤どころか円形脱毛症が心配になってきた。ストレスじゃない、物理的になってしまう。下手なことは言えない。少なくとも頭上にウマ娘人形がいるときは。

それに、強奪しようとしている人物に渡したらどんな目にあわされるか分かったものじゃない。一時離れていたとはいえ元ウマ娘レースのトレーナーだった身だ。さすがに悪戯じゃ済まない悪事にウマ娘人形を関わらせることは許したくはない。

 

交差点を曲がる。家とは反対方向だ。曲がる直前にカーブミラーで後ろを見た。ミラーには誰も映っていない。かなり慎重に尾行している。ダイワスカーレットの言葉がなければ気づくことさえできなかった。

 

相手の姿が見えるまで近づくのは危険と判断し、町を大きく迂回するような道順をたどった。

住宅街を過ぎ、林の中を通り、ややうねった坂道の途中に鳥居と石段が見えた。神主のいない小さな神社だ。大和は考えた。坂になっていて周りは林、見通しの悪いこの神社に身を隠せばやり過ごせるだろう、と。

石段を進んだ先に苔の生えた木造の神社があった。石畳が続く先に小さな賽銭箱がある。しばし賽銭箱を見つめていた大和は財布から5円玉を取り出した。ダイワスカーレットが興味津々な様子で見ている。

 

「何しているの?」

「あの箱にお賽銭を投げて神様にお祈りするんだ」

「祈るって何を?」

「とりあえず後ろでついてきている奴がいなくなってくれますようにって」

「アタシもやる!」

 

と、頭の上から手に飛び移ると、大和が持っていた5円をひょいと手に取り、スローイングの要領で賽銭箱へと投げ入れた。カランと音がする。

「それで」とダイワスカーレットが振り返る。八重歯が見える。目がキラキラしている。

 

「よく知らないけど、2回手を叩いてお祈りするんだ。たぶん」

「ふ~ん」

 

ダイワスカーレットが2度ぱちぱち手を叩くと、頭をやや下げた。数秒の沈黙の後、手から肩に移動をした。

それを見届けてから大和は5円玉をもう一枚取り出した。自分の分だ。その5円が太陽光を反射し、きらりと一度煌めいた。

 

「見つけた! 悪党のアジトはここだねっ」

 

と、階段側から声たした。

大和が振り返る。ポニーテールに結んだ小柄な少女がそこにいた。中学生かもしくは小学生高学年程度の身長の女の子だ。大和の胸あたりまでしかない。

その少女が腰に手を当てて、もう片方の手を人差し指だけ伸ばして大和を指している。

すっと大和が横にずれる。しかし指に回り込まれてしまった。自分の後ろを指さしたわけではなさそうだ。

大和は口元を握りこぶしで隠すと、喉の調子を整えるように咳払いを2度行った。

 

「どちら様でしょうか。あっしはしがない参拝客でっせ」

「『その喋り方キモイ』」

 

努めて冷静に、極力変なことに巻き込まれないように演じて質問した。ダイワスカーレットには不評だ。

 

「ふふ~んだ。おじさんがやろうとしている悪事。今度の大会の出場者たちを先回りして倒しておこうって企み。まるっとすっきりさくっとぽっきり、この西ノ宮てい様にはお見通しなのだ。さくっと観念したほうがいいよ」

「『大会?』」

「来月あるって書いてあったな。けど俺トレーナー証更新してないから期限切れで公式大会には出られないけどな」

「そうなの? って、騙されないんだからね。そんなんじゃ」

 

西ノ宮ていは一瞬得心した様子を見せたが、頭を横に振って否定した。後ろ髪がウマの尻尾のように揺れている。

 

「というかいつ俺が悪事働いたんだ?」

 

首をひねってみたが、大和には該当することが思いつかない。至極まっとうな生活を送ってきたつもりだ。

 

「さっきのおもちゃ屋で地区大会3位のお姉さんをやっつけてたじゃん」

 

ていが両手を腰にやって大きく2度うなずいていた。自分の指摘が核心をついていると信じている。

 

「あれは誰かが、ここにいるぞ、って言ったのが俺が言ったように誤解されたからだ。あの後店長に詰め寄られたけど俺は何もしていない。観客からも誰かが言ってたじゃないか」

「あ、それ両方とも言ったのボクだよ」

「そうかお嬢ちゃんか。それなら納得……はい?」

「あのお姉さん、手元で怪しいことしていたからね。それでもう一人のウマ娘を肩に乗せた怪しそうなおじさんと勝負させてみたんだ。ボク策士だから」

「なるほど。つまり店長に凄まれていたときに助けてくれたのは君か」

「そうだよ」

 

えっへん、と西ノ宮ていは胸を張った。

 

「ありがとう」

 

大和は真心を込めていった。

 

「どういたしまして。……ってちっがーう」

 

大和がお礼を述べると、一度は受け取ろうとしたていだったが、そのお礼を弾いた。お気に召さないといった様子で地団太を踏んでいた。

 

「『スカーレット、こういう場合ってどうしたらいい』」

「『アタシに聞かないでよ。でもあいつ。面白いわね』」

「『同感だ。ちょっとこっちも面白くなってきたかもしれない』」

「『あんな少女に変なことはしないでよね。アンタ変態チックなんだから』」

「『なんでだよ。俺は紳士だ』」

「『そういうやつが一番怪しいと思うけどね』」

 

生暖かい目で西ノ宮ていを大和とダイワスカーレットが見ている。一通り地団太を踏んで落ち着いたのか、ていは呼吸を整えた。

そして左手を胸の高さまで持ち上げる。その腕には腕輪が一つ着けてある。

 

「もう怒ったよ。せっかく優しく諭してあげているっていうのに観念しないのなら、ボクが正義の鉄槌を下してあげるしかないね」

「いつ諭すようなこと言ったんだっけ?」

「問答無用だよっ。アクションフィールド展開!」

 

ていが右手で押さえるようにして腕輪のボタンを押した。その腕輪から光が迸り、神社の敷地を丸い光が満ちた。特殊フィールドの光だ。

石畳と雑草だらけだった敷地が一面の芝生に変わった。立体幻像が見せる質量を持った芝だ。

大和は驚愕に顔をしかめた。少女の腕輪サイズのアクションフィールドなど聞いたことがない。どんだけ高額な代物なんだ。3桁4桁万円じゃすまないだろう。最先端技術のはずだ。それを一介の面白少女が持っている。

淡い光が壁になっている。近づいて手で押すと弾力がある。外に出ることはできそうにない。無理をすれば通れるかもしれないが、それは最終手段としていた。

 

その様子を見ていた西ノ宮ていが、

 

「ムリムリ。ボクのアクションフィールドは勝負がつかない限り出られないよ」

 

指を振って言った。口元は口角を上げている。

 

「お嬢ちゃんは何者だ」大和がやや声を低くして聞いた。

「ボクは西ノ宮てい。ウマ娘で悪さをするおじさんをボクとボクのウマ娘、アッテナ、が成敗する正義の使者なんだ」

 

西ノ宮ていの右手にはウマ娘人形が握られていた。ダイワスカーレットよりもやや小柄な姿をしている。その手からふわりと飛び降りると、関節柔らかく地面に着地した。

腰まで届く長い鹿毛色の髪を先端で纏めた小柄なウマ娘だ。張り付く服を基盤としてひらひらとしたレースのリボンが風に舞っている。細めの眉と凛とした表情をして静かに立つその振る舞いはさながら軽業師の様でもある。

胸ポケットにバッジをつけると、ていはもう一度大和を力強く指さした。

 

「勝負だ。悪党っ」

 

その少女からの挑戦状に、口元をにやりとしたのは、大和ではなく肩にいるダイワスカーレットだった。いっちょ揉んでやるかと言わんばかりにすくりと立ち上がる。大和がそれを手で制した。

 

「『なにしているのよ』」

「『待て、先に言っておかないといけないことがある』」

 

と大和が手で暴れるウマ娘を制したまま、静かにていに告げた。手の中でぺちぺちと騒ぐ気配を感じながら。

 

「普通の勝負なら別に構わないが、俺、バッジ持ってないぞ」

「え? そうなの。それじゃウマ娘操作できないね。勝手に走っているウマ娘倒しても悪党倒したことになんないし。う~ん、どうしよう」

 

大和の言った言葉に西ノ宮ていは一瞬呆けていた。大和を指していた指をややまげて、ていは姿勢を崩した。そのまま、顎に指先を当ててやや上空を見上げるようにして唸っていると、仕方ない、といった風にポケットの中を探りだした。

小さなケースを開ける。中から深緑色をした最新式のバッジを取り出した。そのバッジを右手に握ると大きく振りかぶって大和に向かって放り投げた。

大和の手前の芝生の上に、バッジがぽんと落ちた。

 

「今だけ貸してあげる、後で絶対返してよね」

 

とていが念を押して言った。

 

「『あの子いい子だね』」

「『そうだな』」

 

大和は頷いてバッジを取るために屈んだ。その間にダイワスカーレットが地面に降り立った。掴んだバッジを大和は胸もとに着ける。スカーレットが肩を回している。

風が芝生を靡かせていた。その芝生をゆっくりとダイワスカーレットが歩いていく、そしてアッテナよりやや距離を取った位置で止まった。対面するような状態だ。

そのダイワスカーレットの尻尾が3度ほど横にぶんぶんと振れていた。

 

「今度こそ勝負するよ。いいね」

「わかった」

 

ていの言葉に大和は頷いた。

カフェの中庭とは比べ物にならない広い野外で、ただただ芝生のみを投影されたアクションフィールド内で、西ノ宮ていと山本大和の勝負が始まろうとしていた。

 

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