ちょっと変わったウマ娘ミニミニダービー   作:木口領

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第04話 西ノ宮ていとアッテナ

投影された芝生の上に立つ2人のウマ娘の尻尾に風船が付いていた。ダイワスカーレットに赤い風船が3つ、アッテナには青い風船が3つ付いている。

西ノ宮ていが展開したアクションフィールドが作った幻像の風船だ。多少丈夫な作りでしっかりと質量がある。

ダイワスカーレットが尻尾を1度振った。それに引っ張られて風船がやや遅れて動いている。

 

「勝負は風船鬼ごっこだよ。相手の3つの風船を先に取ったほうが勝ちってゲーム」

「レースするんじゃないんだな」

「ウマ娘は常に進化しているんだ。レースだけが競技じゃないよ。それにこっちのほうが勝ち負けはっきりしているからね」

「なるほど、確かに。俺たちが昔ハマっていたのもウマ娘で操作したブロック積みとかだったしな。サグラダファミリアとか。うん、レース以外に活路を見出すのは人として仕方ないことだ」

「『なにそれ、地味っぽい』」

 

呆れた表情でダイワスカーレットが大和を一目みると頭を振り、対面するアッテナに顔を向けた。

 

「『で、風船鬼ごっこって何? アタシは何をすればいいの』」

「『あのウマ娘の尻尾についている風船を取るか割るかするんだ。全部取れば勝ちっていうものだ。逆にお前の尻尾の風船を取られると負ける』」

「『ふ~ん。要するにあの小さいのを捕まえればいいのね。楽勝じゃん』」

「『気をつけろよ。あの小さな体格はスピード型だ。しかも飛び降りた際の関節の柔らかさからかなり上質な技術を持っている』」

「『そんなこと、言われなくたって分かってるわよ。あのウマ娘の気迫が尻尾にビンビン来ているんだから』」

 

滾った表情を浮かべてダイワスカーレットが笑っていた。対してアッテナは無表情に真っすぐ見つめている。

 

「じゃあ、はじめるよ」

 

西ノ宮ていの一言で、勝負が開始された。

ダイワスカーレットが直線で走る。両手を広げると、さっと掴みかかった。

アッテナが片足を後ろに引いて小円の動きでスカーレットの体を受け流す。今度は足元めがけてスカーレットが攻めるも、アッテナはスカーレットの頭を片手で押さえて、ぴょいと飛び越えた。

そのままアッテナが空中で体を捻る。手刀を一閃。赤い風船の一つを切り裂いた。

 

「へへ~ん。まずは一つ目」

「おいおい、あんな動きができるのかよ。昔じゃ考えられない繊細さだ」

「『まだ一つ取られただけよっ。アタシが勝つんだから』」

 

今度はジグザグに地面を蹴ってダイワスカーレットがアッテナに向かって詰め寄った。跳ぶように脚を切り替える瞬間、体がブレて見えるほどの力がある。

アッテナはじっと立っていた。

あと一足飛びで手が届く距離まで追い込んだ。間合いだ。アッテナが動いた。間合いを詰めたのだ。慌ててスカーレットが手を伸ばすが、バク転をしてその手をのける。目の前に風船が飛び出てきた。指が触れるが割れない、取れない。アッテナはそのままとんとん回転して離れていく。

ジグザグに走ることはやめ直線で駆ける。アッテナも逃げるように走っていく。徐々にその距離が縮んでいく。だが、あと一歩という距離でくるりと体を回してはスカーレットをやり過ごす。

 

「『くぅ~。すばしっこい』」

 

歯を噛みしめてダイワスカーレットがアッテナをにらんでいる。

 

「『お~い。そろそろ俺の指示でも動いてくれよ』」

 

と大和が声をかける。

ウマ娘人形は首を横に振って答えた。

 

「『嫌よ。誰の指示もアタシは受けないわ。アタシがアタシの力で勝つんだから』」

 

ダイワスカーレットが走りだしていた。

 

大和は頬を掻いた。このダイワスカーレットを生み出した奴は完全に賢さを捨てて走力全振りにパラメーターをいじってやがる、と。アッテナよりも加速力もスタミナもパワーも上だ。しかし、言うことを聞いてくれない。

操作コンソールがあった昔の時代から、そういうウマ娘は勝手気ままに走るものだった。マニュアル操作でさえ受け付けない。受け付けるのはスキル発動ぐらいだ。仕掛けの指示さえ払いのける。

しかも今のダイワスカーレットは文字通りの自我を獲得している。特別フィールド上で気性難なウマ娘そのままな性格で走っている。

 

アッテナにまた頭の上を飛び越えられた。手刀がきらめく。寸での所でダイワスカーレットが尻尾を振った。手が当たる前に風船が離れていった。2個目は無事だ。まだ3対2のままだ。

 

「尻尾まで動かせるなんておじさん凄いね。走る技術と違うからそんな操作ほとんど意識しないのに」

 

目を丸くしたていが褒めている。ていですら尻尾までを動かす操作は覚えていない。珍しい技術だ。その技術に感嘆していた。とはいえ走ることが主体のウマ娘にはあまり役に立たない技術ではある。

 

「そんなことができるなら。悪いことしていないで真っ当にレースやりなよ。絶対そのほうが面白いって」

「いや、だから悪さした覚えはないんだが」

「ボクこの眼で見たもん。あのお姉さん今度の大会出るって息巻いていたから倒したんでしょ。それに気づいたのレース終わってしばらく後だったけど。あの時気づいていればあの場で成敗できたもん」

「話がかみ合わない。気性難しかいないのかこの町は」

 

ため息を大和はついた。

西ノ宮ていが腕を伸ばした。手を親指から順に折りたたむ。全ての指を握るとこぶしを作り力を込めた。

 

「おじさんのウマ娘強いね。足のしなりも背中の張りもなかなか。しかもパワーが溢れているように見える。それなのにアッテナについてこれるほど正確に操作できているなんて。普通にレースしたらボクのアッテナでも厳しい勝負になってたよ」

「そりゃどうも」

「でも、これで終わらせるよ!」

 

叫ぶようにていが声を出す。その瞬間受けに回っていたアッテナが攻めに転じた。スカーレット目掛けて走り出した。

その脚に暖色の柔らかい光をまとっている。スキル光だ。

 

「『スカーレット!』」と大和が念で叫んだ。

「『うるさい!』」ダイワスカーレットが拒んでいる。

 

両手を広げ、中腰の姿勢にダイワスカーレットがなった。スキルを真正面から受け止める気だ。

ていが指示を出す。アッテナの脚に集まったオーラが爆発した。一瞬のうちに横に跳んだ。スカーレットよりも加速力が高い。スカーレットがアッテナの跳んだ先を見たとき、さらにそこから爆発がある。7度ほど繰り返された。裏に回り、横に移動し、更に前に出る。視線が追いつかない。

後ろから蹄鉄の音が聞こえた。首を振り向いては確認できない。スカーレットが体を後ろに入れ替えようと回転した。その無防備な瞬間を狙われた。アッテナが後ろを駆ける。

 

「もらったよ」

 

とていが言う。

同じく、アッテナの両手が赤い風船に伸ばされた。

スカーレットの脚は伸びきっていた。逃げられない。一つ風船を掴まれた。

ダイワスカーレットの目が開かれている。尻尾を強く動かしていた。しかし風船が動くまでに時間がある。間に合わない。あと一つの風船にも手が伸びている。アッテナの指が触れる直前だ。

西ノ宮ていの唇が緩む。勝ちを確信した。その時、

 

「そいつはどうかな」

 

と不意に声が聞こえたような気を西ノ宮ていは覚えた。相対する大和の声だ。

 

同時に、ダイワスカーレットが伸びきった足のまま、一歩ほど前に出た。スキルだ。大和が念で使用したマニュアル操作のスキル。ゴール板で競り勝つための『ラストダンス』。それがスキルの名称だ。

アッテナが通り過ぎる。その手には赤い風船が一つあった。もう一つはまだダイワスカーレットの尻尾にある。

 

「『勝手に操作してくれてっ』」

「『悪かった、つい、な。でも操作盤なしでスキル発動出来て良かったよ』」

「『今度勝手なことしたら許さないんだから。……でも今回だけは礼を言っとく。ありがと』」

「『いつもそう素直なら良かったんだが』」

「『ふん』」

 

ダイワスカーレットが距離をとった。アッテナは立っている。赤い風船が空へと昇っていく。仮想の淡い光の壁に当たると、パンと弾けて消えた。

西ノ宮ていが言葉を失っていた。勝ったはずだった。それをスキルを使われて回避をされた。

 

スキルを使われること自体は珍しいことじゃない。しかし昨今のスキルはマニュアルからオート操作に変わっている。簡略化された分条件下でのみ発動するのが大半だ。アッテナの連続加速のようにレースの序盤・終盤どのタイミングでも発動可能なモノとは違い、大和が使ったスキルはゴール板直前でないと発動できないはずのスキルだった。例え地面に脚がついていない状態であっても一歩前進できる強力なスキルだ。ハナ差頭差をひっくり返せる最後の切り札になりえる。だからこそ、発動条件は厳しい。

マニュアル操作のスキルなどまだ少女なていには馴染みがない。知らなかった。彼女にとってゴール板などないこの芝の草原で発動できるスキルじゃない。

 

「おじさん。何をしたの」

「なに、古い技術さ。おにーさんは逆に君みたいな連続でスキルを使う方法はできないけど」

「やっぱり。ボクの知らない悪いことしたんだ。きっと」

「何でそーなるんだ!」

 

ていの目に闘志が宿る。アッテナにまた暖色のオーラが宿り始めた。すでにダイワスカーレットは風船を2つ取られている。アッテナ側はまだ無傷だ。3対1。分が悪い。次はラストダンスで避けることはできない。ていの技術でカバーされる。

 

「『絶体絶命だな。非常にこちら側が不利だ。やれるか』」

「『やってやるわよ。アタシに同じ手は通用しないわ。それともう勝手にスキル使わないでよね』」

「『わかった。スキルは使わない。それと指示じゃなくてこれはアドバイスだ。聞いてくれるか』」

「『聞くだけなら聞いてあげるわ。でもそれを採用するかはアタシの勝手よ』」

「『それでいい』」

 

一つ呼吸を整えて大和はていのウマ娘を見た。観察をしていた。暖かなスキル光に照りかえる顔は涼しげだ。切りそろえられた前髪がスキルの光に揺れている。肩幅ほっそりとしていて、小柄なボディもスリムな肉付きが続いてあり、鞭のように長い脚で出ている。

ひらひらとレースの薄い布がその体の周りを舞っているようにひらめいている。

間違いなく最高速に達するための加速に重点を置いたタイプの体つきだ、と大和は確信していた。それなのにダイワスカーレットの方が通常時の加速に勝っている。そこから導き出せる結論はただ一つ。スキルを使うことを視野に入れたウマ娘なのだ。

スキルの加速を余すところなく体全体に伝えられる。それがアッテナの強力な武器なのだと。だからこそ、打てる策がある。

 

「『思いっきり走れ。全力で真っすぐ直線に。レース最後の直線のように』」

「『何言って……ああわかった。理解したわ』」

 

得心した様子で頷くと、すぐにダイワスカーレットが直進した。誰もいない芝のフィールドを全力で駆けている。

アッテナが追いかける。ていがまたスキルを発動する。爆発するオーラと脚力でぐんぐんとスカーレットに迫る。

 

8度目の爆発でダイワスカーレットの尻尾目掛けて跳躍した。その時、ダイワスカーレットの体が急に沈んだ。地面すれすれで転がるようにしている。途中体をひねって尻尾をたたみこんで風船を引き寄せ抱きかかえると、そのままごろんと一回転をした。その上をアッテナが進んだ。

 

「『後ろから来るってわかってたらどうってことないわっ』」

 

脚が地面に着くと同時にスカーレットがまた走った。アッテナは停止しようとたたらを踏んでいる。

両手の爪を立てて風船に迫る。そして口も大きく開けてダイワスカーレットは風船に飛び掛かった。3つ一度に割るつもりだ。そして、風船が割れる音がした。

アッテナが今度は距離をとった。その尻尾には青い風船が1つだけだ。2つ、ダイワスカーレットは風船を割っていた。

 

「『おしいっ』」

「『だが、巻き返した。出来ればスキルが切れるまで逃げておきたかったが』」

 

ダイワスカーレットの方が通常状態では加速が速い。だから先に逃げを決めた。攻めに転じた西ノ宮ていなら追いかけるだろうと大和は予想した。全力で加速したスカーレットに追いつくためにはスキルが必要になる。

理想は爆発するスキルの使用が切れるまで離れることだったが、それはかなわなかった。それでもいつ、どこでスキルを使ってくるのかは直進で逃げるダイワスカーレットのウマ耳にははっきりと音で伝わっていた。

 

「やるねおじさん。ボクのアッテナが2つ風船とられたの、お姉ちゃん以外では初めてだよ」

「出来れば今ので終わってほしかったんだが。お嬢ちゃんもかなり強いな」

「お嬢ちゃんって名前じゃない。ボクはていだ」

「そうか、ていちゃん。おにーさんもおじさんって名前じゃない。山本大和だ。大和、もしくはおにーさんと呼んでくれ」

「いーだ。おじさん」

「こいつ……可愛くないな」

「『あんたモテないもんね。モテないオーラがはっきり見えるし』」

「『うっさい』」

 

風船は1対1。正真正銘最後の勝負だ。

相対する2人のウマ娘の間を駆けて抜けた芝の葉っぱが風に舞い上がっていた。

 

その芝の葉が2人の視界を遮った瞬間。ダイワスカーレットとアッテナが同時に走り寄った。

途中でだっと跳躍をする。体が交差した。地面に手をついて2人のウマ娘が着地をしたとき、その尻尾には互いに風船が無かった。

アクションフィールドを展開していた腕輪から電子の声がする。「ドロー」と言った。

 

「うっそだ。ボクのアッテナの方がほんのちょっと早かったって、ねえ聞いてるの」

 

とていが腕輪に抗議している。アクションフィールドの光は収束していく。2人のウマ娘人形がそれぞれのトレーナーのもとへと走り、ジャンプ一つで手に上った。

ダイワスカーレットはそのまま肩まで進んで座った。

光が腕輪に収まった。アッテナは真っすぐな姿勢でウマ娘人形に戻った。

ダイワスカーレットも同様に動かなくなっていた。その顔はやや不満気だ。勝てなかったことが気にくわないらしい。

 

「おじさんっ」

 

西ノ宮ていがキッとした眼つきで大和を見る。じんわりと涙が滲んでいた。

そして、一言。いや二言以上言った。

 

「これで勝ったと思わないでね。次はこうは行かないんだから。ボクは負けてないからね。正義は悪党なんかに負けないんだ。絶対悪い奴はやっつけるんだから。そこんところ覚えててよ」

 

と捲くし立てると石階段を駆け下りていった。

石畳の地面に、風がひょうと吹いた。

 

「なんだったの。あれ?」とダイワスカーレットが疑問を口にした。

「あ、バッジ返していない」

 

大和は襟元から深緑色のバッジを手に取ると、あの調子ならまた会えるだろう、とズボンのポケットに仕舞いなおした。

 

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