アパート一室の玄関を開けると、さっそく、ダイワスカーレットが飛び降りて部屋へと走っていく。
山本大和が手提げバックを床に置いた。
「おい、ちょっと、靴脱げって」
「あ、忘れてたわ。まあアタシは気にしないけど」
「俺が大家さんに怒られるって。下手したら追い出されるから勘弁してくれ」
肩を竦めたダイワスカーレットが靴を脱いだ。そのまま手に抱えると部屋の奥に入っていく。
「さて、と。どこにしまったっけな」
大和も部屋に入ると押し入れを開けた。重要な書類を何でもかんでも置いてある一角からごっそりと資料を取り出す。
畳の上に置くとぶわっとほこりが舞った。ダイワスカーレットがそのほこりをもろに浴びている。
「けほっ、ちょっと掃除しなさいよ」
「一人暮らしなんてこんなものだ。これでもきれいな方だと思うぞ」
「十分汚いじゃない。バカ」
頭をぶるぶると振ってほこりを落としたダイワスカーレットが、一度床を強くたたくと、そのままどこかに走っていった。
大和は上から順に資料を見ていく。かなり下の方に賃貸借契約書の控えを見つけた。
「あーあ、ペット不可だここ」
契約書のペット不可に丸がついている。紙をもったまま体を倒してあおむけに横になった。契約書を目の前に持ってくる。天井から電気をあびて紙が薄く透けている。
ウマ娘人形は勝手に動いた場合ペット扱いになるのだろうか、それとも人形なら生物としてではなくロボットなどの扱いになるのだろうか、だがロボットはプリンを勝手に食べないだろう、と大和は悩んでいる。
動くものであるなら動物の括りになりそうだ。心霊現象でたまに見かける動く人形とかはやはりペット可物件じゃないといけないのだろうか。考えても埒が明かなかった。
「ヤマト~着替える場所がないわ~」
横では手提げバックの中からもぞもぞと洋服を取り出したウマ娘人形がいた。部屋中をきょろきょろ見まわしている。
「そのあたりで適当に着替えろよ」
「は? 何言ってんの。あんたの前でなんか着替えられないわ。アタシはレディなのよ、レ・デ・ィ」
「……なるほど。大家さんに言い訳するとき、人間(仮)って言う手もあるのか」
体を起こす。
押し入れから適当に放り込んでいた段ボールとテーブル用の小型のライトを取り出した。ライトの電源を入れると明かりがついた。まだ電池は残っているようだ。
今度は机の中にあるハサミを手に取って、20cm程度の切れ込みを入れる。やや強引に切り抜くと、半円の穴が開いた。段ボールを半分組み立てる。明かりのついたライトに被せて配置する。
ダイワスカーレットがするりと段ボールの中に入っていった。天井、壁となった段ボールを見渡している。
「こんなもんだろう」
「入口が開いてるわ。これじゃ丸見えよ」
「見えなきゃいいわけだからな。ティッシュを重ねてテープで止めていればそれっぽくなるだろう」
と、入り口の上部分のみにテープを貼ってティッシュを固定して垂らした。ティッシュのカーテンだ。そこからダイワスカーレットの小さな手で暖簾のようにのけると顔を出した。
「ふ~ん。今はこれで我慢してあげる。あとでもっとちゃんとした個室用意しなさいよ」
「大家さんに確認したらな。たぶん」
「あ・と。覗かないでよ」
「へいへい」
ティッシュのカーテンに人影が映っている。黒い影にもぞもぞと動きがある。たまに鼻歌が聞こえている。ダイワスカーレットはご機嫌の様子だ。
「ヤマト~鏡無いの?」
「小さいのは流石に持ってない。必要なかったからな」
大和はもう一度契約書を見た。大家の連絡先が載っていないかと確認をする。しかし、それらしいものは見当たらなかった。
(仕方ない、直接会いに行くか)と大和はもう一度立ち上がった。大家はアパートの一階に住んでいる。
「ちょっと大家さんの所に行ってくる」と大和が言うと。
「待ちなさい。アタシも行くわ」段ボールの中から返事があった。
「買い物じゃないのに何でついてくるんだよ」大和が問い返す。
「なんでもよ。置いてったら承知しないんだからっ」頭だけティッシュのカーテンから出して念を押すようにしてダイワスカーレットが言った。
はぁと息を吐くと、大和はその場に座りなおした。未だカーテンに映る黒い影に動きはある。もう暫く着替えに時間がかかりそうだ。
後頭部を大和は掻いた。急ぐ予定でもないとそのまま横になった。ズボンのポケットからトレーナーバッジを取り出す。深緑色に輝く表面には金で蹄鉄の形が彫られていた。裏にひっくり返してみる。留め金がある。
「これがあの重々しかったバッジかね。操作コンソールもなかったし。これがジェネレーションギャップってやつか。おじ……おにーさんには辛いぜ」
バッジをポケットにしまい込む。両手を後頭部で結んで手のひらを枕代わりに仰向けで天井を見ている。それから10分程度が立つと、ティッシュのカーテンがふわりと開いた。
「どお、似合うでしょ」
ダイワスカーレットがティッシュのカーテンの前に立つと、腰に片手を当ててポーズをとった。着ていた服は紫を基調としたワンピースだ。首元から肩にかけては肌が露出し、胸もとには金色のボタンが止まってある。細い腰には黒レースのリボンが蝶々結びで締めていて、そこからスカートがふわりと広がりを見せている。二の腕の部分には、ひらひらとしたアームガードが装着されていた。
「お人形さんみたいだ」
「アタシウマ娘人形なんだけど。それ褒めてるの。けなしているの。どっち」
「いや褒めてるって」
大和は率直に褒めた。しかし、ダイワスカーレットには不服の様子だった。
大和が立ち上がる。ダイワスカーレットもひょいと大和の肩まで登っていく。もはや手慣れた様子である。
その状態のままドアを開けて外に出た。遠藤とネームプレートのある大家の個室の前に着くとインターホンをダイワスカーレットが押した。
暫くの間があり、反応があった。部屋番号と名前を言うと今度はドアが開いた。
出てきたのは高校生の少女だった。大家の娘だ。
「なにかトラブルですか」
と、淡々とした声で大家の娘である遠藤鈴鹿は言った。
鈴鹿が軽く会釈をした拍子に、長くストレートな黒髪がさらりと揺れた。髪の毛を耳にかけ直している。
「えっと、小さな動物拾ったんだけど、飼っちゃだめかな?」
大和は頬を掻きながら訪ねる。思いのほか恥ずかしさがあった。
鈴鹿はじっと大和の顔を見る、そしてその肩に座っているウマ娘人形に視線を移した。
「大きさは?」
「ハムスターぐらい」
「壁をひっかく?」
「走りまわるけどひっかきはしない、と思う」
「よく鳴く?」
「癇癪おこさなければ大人しい、はず」
「……」
大和が質問に答えるたびに肩の肉が抓られていく。お人形の振りをしつつも、ダイワスカーレットの手だけがこっそり動いている。表情を変えていないが、なぜだろう、大和には肩のウマ娘人形の額に血管が浮き出ているように見えた。
その後顎に手を当てて鈴鹿は少し考えていた。
やや顔を上げると、もう一度大和とその肩にいるダイワスカーレットを見つめた。
そのまま、無言の時がしばし流れた。
凛とした瞳で見つめられて、大和は居心地が悪くなってきた。
「やっぱり、無理そうかな」と大和が声をひそめて聞いた。
しかし、帰ってきた答えは違うことだった。
「その子、ちょっと汚れちゃっているね」
ダイワスカーレットを見て鈴鹿は言った。「貸して」と言われ大和は素直にウマ娘人形を手渡した。
鈴鹿がスカートのポケットから白いハンカチを取り出すと、自分の唇に押し付け、十分に湿らせるとダイワスカーレットの顔を拭いた。
外で走り、さらにほこりを直に浴びた人形の顔を一つ拭き取ると、大和に人形を返した。
「キレイな子なんだからもうちょっと優しく扱わないとダメだよ」とお小言付きだった。
頷くしか大和には選択肢がない。そして。
「動物の件、多分大丈夫だと思う。あとでお母さんに聞いてみる」
「あ、ああ。ありがとう」
「それじゃあ」
とドアを鈴鹿が閉めた。その場で大和はしばらく立ち尽くしている。
「とりあえず、何とかなりそうってことか」
と声に出すも誰の返答はなかった。
駅のほど近くにある高層ビルの一室で、西ノ宮ていは机に座り足をぶらぶらと揺らしていた。ガラス張りの窓からは町がジオラマのように広がっている。
時折、眉間に皺を寄せてはていの口から「むぅ~」と唸り声を出していた。その左腕には腕輪が無い。
扉が開く。ていが顔を向けた。視線の先には長い金髪を首元でくるくると巻いている少女がいた。ていよりもやや身長が高い。その後ろにはスーツを着た2人の男性がいた。その1人が箱を胸の前で両手を使って抱えている。
ていが足を止めた。そのていの姿を見て、扉から入った少女である法上院凛がやや目を見開いた。
「あらていさん。お早いですわね」
「りんりん、やーっと来た」
「わたくしは凛ですわ。りんりんはやめてくださいな」
「えー、可愛いと思うんだけどな。りんりん」
「あと机に乗るのは、はしたないですよ」
「はぁい」
とんと机から西ノ宮ていが飛び降りた。そこにゆったりとした足取りで凛が近づくと、後ろで箱を持っている男をしゃがませて箱の中身を取り出した。
「システムはどこにも異常ありませんでした」と携帯型アクションフィールド発生装置である腕輪をていに差し出した。ていが左手にかけていた代物だ。
「うっそだー」と眉をひそめながらもていが受け取る。
じっとていは腕輪を見ている。手を持ち上げて下からみたり上から覆うように見たり、横にしたり縦にしたり、と入念にチェックしていたのは、前回アッテナが引き分けになったのが腕輪の誤審ではないかと未だに疑いを持っていたからである。
「お話は伺っていますわ。貴方のアッテナが敗北したとか」
「負けてない! 引き分けだったんだって」
「ですが勝てなかった」
「そう、だけどさ」
唇を尖らせながらしぶしぶとていは腕輪をはめる。左腕に腕輪が収まった。
それを見ていた凛が手を開いて胸もとで両手を合わせて続けて言った。
「ていさんのアッテナと互角以上に戦えるウマ娘。ていさんから情報があった通りそのトレーナー、少々怪しい人物ではありますね」
「だよね、だよねっ。ボクがあんなに誠心誠意、道を踏み外さないようにって伝えてあげたのに、おじさん非道いんだよ。卑怯な方法でスキル使うし」
「もしかしたら。わたくしの求めている因子を所持しているのやもしれません」
口元をやや緩めて凛が笑う。一度目を閉じると、今度は真剣さを増した顔付きになった。
「この世の中にはオリジナルと呼ばれる因子が存在します。この因子はウマ娘だけでなくトレーナーにも宿る特別な因子なのです。この因子を全て集めた際には世界の理すら書き換えると謂われています。そのような危険なものを野放しにはしておけません」
「それがりんりん達の目標だもんね。ボクも初めて知った時はびっくりしたよ」
ていの言葉に凛が頷いた。
「はい。そして今度の大会でオリジナルかもしれない因子が景品として出ています。本当なら景品から外してもらうように依頼したいのですが、事情が事情です。その情報を明かすことなどできず」
「悪い人たちが因子欲しさに大会参加者を先回りして襲っているという噂があって、そしてボクはあのおじさんを見つけた」
西ノ宮ていが左手を天井に向ける。手を閉じたり開いたり、着け心地を確かめていた。納得すると両腕を胸の前で曲げて握りこぶしを作って、うん、と頷いた。
「あのおじさんはボクと正義のアッテナが絶対に倒すからね」
「期待しておりますわ」
そういうと西ノ宮ていはさっと扉を開けて部屋から飛び出していった。
その様子を見て、凛がクスリと笑っていた。
扉が自然と閉まる。そのすぐ後に凛の背後で電子音が鳴った。スーツの男がデバイスを取り出している。
「凛様。開発部門から解析結果が届きました」
「読み上げなさい」
「ログの復元が完了。てい様の思念操作の60%は指示の解読に成功とのことです」
「サンプルを持っているていさんで半分ですか。それでもう一方の人物の結果は」
「それが」
デバイスを持っている男の口が言い淀んだ。
すっと視線を横に滑らして凛は報告していた男を見た。ビクリとスーツの男の肩が跳ねた。慌てた様子で続きを読み上げる。
「ほ、ほとんどのログが解析不可でした。できたのが1%。スキル開始確認応答のACKが行われた程度で、それもてい様の強力なスキルの念で埋もれた中にやっと見つけたと。まるでバッジを使用せずにウマ娘を操作していたみたいだ、という開発部門からの見解でして」
「なるほど。2人の実践でその程度の結果ですか。まだまだ使い物になりませんね。今のままでは思念から因子持ちを特定するのは不可能ですわ」
報告を聞いた凛が窓のそばに歩いていった。目を細めて外を眺めている。
しばらく、そのまま外を見ていると、ビルの入り口からポニーテールの少女が元気よく走っていくのが見えた。