ちょっと変わったウマ娘ミニミニダービー   作:木口領

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第09話 大会当日

大和は感慨深い気持ちになっていた。

目の前には2階建ての大規模会場がある。ウマ娘レースの会場だ。先程参加受付でトレーナー確認を済ませた山本大和が人の波に吞まれそうになりながらも会場入り口まできていた。

8年ぶりの大会だ。頭では気にしていなかったが、いざ目の前に公式レースがあると自覚すると、胸の奥がぼぅと熱くなるように感じられた。

会場を見つめながら、遠い過去の記憶を思い描いていたのだった。

 

「『何黄昏ちゃってるのよ』」

「『いいだろ、別に』」

 

肩からウマ娘の思念の声がする。ダイワスカーレットだ。そのウマ娘人形の太ももはそわそわと落ち着きがなく揺れている。

ダイワスカーレットにとっては初の公式レースだ。そして山本大和にとっても8年ぶりの大会だ。気分が2人とも高揚していた。

そんな矢先に人の肩がぶつかった。高揚していた気分で人が来ていたことに気づかなかった。そのまま前のめりにダイワスカーレットが肩から落ちた。両手で大和が受け止めた。

 

「『あっぶないな。人にぶつかったら謝りなさいよね』」

「『今日は肩に乗るの諦めるか』」

「『……そうする。やっぱ頭の方がいい』」

「『止めてくれ。さすがに人が多くて恥ずかしい』」

 

じっと大和の頭の上を視線で示すダイワスカーレットに、大和は拒否をしていた。今日、ウマ娘人形を頭の上に乗せる覚悟はさすがに大和にはなかったからだ。

それでもバックの中は断固拒否するダイワスカーレットとの折衷案として、大和の胸ポケットにウマ娘人形が収まることとなった。人形の胸から下までがポケット内に収まる。少々口元をへの字に曲げた顔をダイワスカーレットがしている。

 

「ここに居たら邪魔になるわよ。さっさと入りましょ」

「へいへい。ん?」

 

後ろから声がかけられた。振り返ると赤い丸みを帯びた帽子をかぶり、銀髪を三つ編みに編んで輪っかにして、黒いカーディガンを羽織った小道真白の姿がある。

 

「なんでここに」

「最近刺激が少なくてね。貴方のウマ娘復帰戦なんて面白イベント、見逃す手はないわ」

 

胸ポケットにいるダイワスカーレットに真白は顔を寄せる。ふわっと大和の鼻を透明感のあるシャンプーのにおいが擽ってくる。

一度、ウマ娘の頭をこつんと指でつつくと、真白は顔を上げた。

 

「大和。貴方が目指すのは」

「……1番だ」

「あら、それは刺激的ね」

 

口元に手を当てて真白は笑っている。

 

「じゃあ行きましょう」

 

と真白が先導して会場に入っていく。

会場内は四隅に階段があり、入ってすぐ左右どちらからでも2階へのアクセスができる。1階がレース場となる空間であり、2階が観客席になる。

観客席は人でごった返している。対してレース場となる1階は何もない状態になっている。関係者が数人いる状態で、明かりもほとんどついていない。

それを見て大和が首をひねった。

 

「まだ舞台入れてないのか?」

 

その疑問の答えに返ってきたのは頭にこつんと真白の指で突かれた感触だ。

 

「なに言っているの。立体幻像システムがあるでしょ。あれがあればレース場も舞台も何もいらないわ」

「あー、なっとく。そういえばすごかったわアレ」

 

神社での体験とおもちゃ屋でのレースを大和は思い出した。もしかしたらこの大会はそれ以上の精度がある代物なのかもしれないと思うと、得心していた。

前を歩く真白が続けて言った。

 

「そうそう、今度そのアクションフィールドを全開にしたテーマパークアイランドができるの知ってる?」

「いや、知らない」

「人工島を丸っと一つ遊園地にしてるって話よ。そこの売りがこの立体幻像システムなの。幻像でウマ耳と尻尾がついて、ウマ娘気分が味わえるそうよ。あとお化け屋敷とかが大迫力だって」

「うげ、本当にお化け屋敷を作っているのかよ。トラウマもんだろ」

「ええ、是非行ってみたいわ。そうは思わない」

「縁があったらな」

 

心の中では勘弁してくれと思いつつ、無難な返事を大和はしていた。

そのまま人の流れに合わせて動くと2階にたどり着いた。2階は椅子は無く、ブロックが段々と階段状になっていて中央がどの位置からも見える仕掛けになっている。

さらに天井中央には4方向に大きなモニターが付いている。このモニターでもレースの中継がされる仕組みだ。

 

暫くするとスポットライトの明かりが中央についた。マイクを持った進行役が歩いている。

開会式が始まった。

 

進行役の挨拶めいた宣言が終わると中央に淡い光があふれだした。アクションフィールドの特殊光だ。

1階を埋め尽くし、2階まで迫る勢いの光が会場に満ちている。一度大きく柱となって天井まで突き上げると、そこには4つのレース場が現れていた。それぞれにアルファベットが一文字ついている。

レース場を囲むように空中に浮く舞台がある。前方に手すりがあり、そこからチューブがレース場の端に繋がっている。トレーナー席だ。

 

会場がわっと湧いた。

その光景を大和は唖然と見つめ、真白はクスリと笑い、ダイワスカーレットはキラキラとした瞳で見ていた。

 

「最高じゃない!」

 

とつい声がダイワスカーレットの声が漏れた。しかし、この幻想的な状況で気にするものは一人もいなかった。

アクションフィールドのお披露目が終わると、今度はトーナメント表がモニターに映し出された。A1からD4までが並んで表示されている。

全部で3戦の組み合わせだ。1レースが16人のトレーナーで戦い、上位4人が次のレースに行ける。総勢256名のトレーナーとウマ娘が参加する規模の大会だ。

大和の名前がある。D1だ。Dレース場の1番目、つまりはすぐにレース開始となる。

 

「あら、1回戦からね。おめでとう」

「落ち着ける時間欲しかったけどな」

「『やたー、早く走りたい』」

「『レース場まで待ってろ。下手なことして失格したら走れないぞ』」

「『うー、ヤマトのバカ』」

 

真白に手を振り1階へと降りていく。Dレース場についてスタッフとトレーナー確認をすると、光の円が床に現れている中に入れと指示がある。

光の中心に立つと目の前に手すり付きの舞台が降りてきた。おずおずとした足取りで一歩降りてきた舞台に大和が乗った。手すりを掴むと静かに上昇を開始した。

 

「『うおっ、怖っ』」

「『なにこれ面白ーい』」

 

正反対な感想を大和とダイワスカーレットが思い描きながら、舞台が空中で停止をした。手すりにもう一つ小さな丸いテーブルのような足場があった。

文字が彫られている。ウマ娘入場口と書かれていた。その横には小型モニターが存在している。

ダイワスカーレットが物怖じせずにひょいとその足場に乗る。すると足場が動きチューブを通ってレース場まで運ばれていった。

 

レース場にチューブの口が計16個ある。その中から続々とウマ娘が姿を現した。ダイワスカーレットの姿もある。

ダイワスカーレットのウマ耳がピコピコと動いている。尻尾もちぎれんばかりに振られている。笑顔に八重歯が見える。

 

「『さあ、大会だぞ、スカーレット』」

「『おもちゃ屋のとは全っ然違うのね』」

「『そうだな。こんなとんでもない演出、心臓に悪いけど』」

 

ダイワスカーレットがレース場に姿を現したのと同時に、大和の手元にあるモニターに映像が映し出された。ダイワスカーレットだった。1ウマ娘につき1つの中継映像が送られている。画面を切り替えれば他のウマ娘の姿にもなった。

 

「『よし、スカーレット。ゲートインするぞ。ちなみに指示は』」

「『必要ないわ』」

 

その返答は大和は予想済みだった。しかし、この戦いは応援しているだけでは済まない。目標は優勝することなのだから。大和は引き下がらずに続けて言った。

 

「『だが、負けられない1戦だ。危ないと思ったらスキルは使わせてもらうぞ』」

「『……1回だけよ。タイミングは任せるけど1回だけ。それ以上は許さないんだから』」

「『了解だ』」

 

全てのウマ娘がゲートインをした。ダイワスカーレットが大外16番だ。

大和はトレーナーの顔ぶれを一度確認する。見知った顔は一人もいなかった。そして今度は出場しているウマ娘をカメラ越しに観察していた。

スピードがありそうなウマ娘が数人、そのほかはスタミナとパワータイプの見た目をしていた。囲まれたら抜け出すのが厳しい面子だが、幸いダイワスカーレットが大外だ。捉まる心配はなさそうだと大和は分析をした。

 

ゲートが開いた。少々ばらついたスタートとなった。

ダイワスカーレットが大外7番手につける。縦長の展開となった。

 

大和は視線をトレーナーたちに向けた。昔のレースでは脳波制御のバッジと操作コンソールに集中していて、周りを見る余裕などなかったが今はある。あるというよりもレース中であるにもかかわらず、やることがない事態が発生していた。それが大和にとって奇妙な感覚だった。

トレーナーたちの表情は真剣だ。すこし掛かり気味なものもいる。事実、その掛かり気味なトレーナーのウマ娘はスタミナを消費してまで前に行こうとしていた。

 

今度は観客を見る。後ろは向かず前に見える箇所だけこっそりと見ていた。下手にきょろきょろしては注目の的になるからだ。

そうして見ていると、ひと際異質な観客席があった。黒いスーツの大人たちに囲まれて金髪の少女がいた。暗めの観客席ではあるが、その中でもひときわ黒が目立つ。まるで黒い絨毯のなかに金色が1つ現れているような客席だ。

 

首元でくるくるとカールしているその少女が視線を向けた。目が合った。そして口元が笑ったと大和はそう感じた。トクンと心臓が一度大きく鳴った。視線をウマ娘レースに戻す。心の中ではかなり慌てていた。

どこぞのご令嬢だろうか、しかし、なぜか笑った気配に覚えがあった。それがどこで見たのかは分からないが何かに似ていた。心がざわめく。

 

「『……もしかしてこれって一目惚れってやつか。いや、ないな』」

「『レース中に何遊んでいるのよ。大方女の子を見て鼻の下伸ばしているんじゃないの』」

「『いや遊んでいるわけじゃないぞ。ていちゃんを操っていたやつを探してだな』」

「『はいはい。とりあえずそいつ、このレースには出ていないわ。だってこいつらの走り全然ダメだもの。アッテナのほうが100倍強かったわ』」

 

向こう正面から第三コーナーに入る際に、ダイワスカーレットが4番手にまで上がっている。コーナーで前に走るウマ娘が大きく外に膨らんだ。遠心力に負けている。制御が効いていない。

第三コーナーを抜けた際にはさらに一つ順位をダイワスカーレットが上げていた。

 

さらに最終コーナーを抜けて直線に入る。ダイワスカーレットが飛び出した。溜めた脚を一気に開放して他のウマ娘たちを抜き去る。

5馬身、6馬身と差を広げ、悠々とゴール板を横切った。クールダウンしながら手を振っている。

初戦1着で勝利だ。

チューブの口に戻ると、中を通って大和の前にダイワスカーレットが戻ってきた。

 

「『どぉ、アタシが1番よ』」

「『ああ、おめでとう。次もこの調子でいこうか』」

「『あったり前じゃない』」

 

全てのウマ娘がゴールし終えた後、トレーナー席がゆっくりと下降をして、大和は床に降り立った。足裏の感触が柔らかい。質量を持ったクッション床になっていた。落下対策だ。

足をめり込ませながら、1階を抜け、2階の観客席に戻った。

真白が拍手して迎える。

 

「復帰戦勝利おめでと。大和らしい走らせ方だったね」

「俺らしいってなんだ」

「昔言ってたじゃない。ウマ娘にはそれぞれ個性があるから、それに合わせた走り方をさせないと機嫌悪くしてすぐ走らなくなるって」

「そんなこと言ったっけ?」

「他のウマ娘たちがスキルの光纏っているのに頑なにスキル使わなかったのはその子の個性なんでしょ? ダイワスカーレットちゃん。気が強そうな目しているからね」

「よく見ているなお前」

 

そのまま全レース場の第1回戦が終わり、2回戦目に突入する。観客席から大和がトレーナーたちを眺める。ガラス張りのエレベーターのように昇り降りする舞台は、体験するよりも外で見たほうが怖さがあった。

D2のレースに形部なぎこの姿がある。その姿を見て大和は首をひねった。

 

「あの女の子、どっかで見たことある気がするな。どこだったっけ」

「そのナンパの台詞センス古いわよ」

「そんなんじゃない。……だめだ思い出せん。最近いろんなことがありすぎた所為か」

「それより、Aレース場に面白い人物が出ているわ」

 

真白がレース場を指さしている。その先に、先ほどの金髪の少女がいた。年は15才程度だろう。白いワンピース姿が映える。ただ、その立ち振る舞いは明らかに他のトレーナーとは一線を画していた。物腰やらわかに立っているだけなのに圧がある。

ふいに胸ポケットの中から筆でなぞられた感触があった。ダイワスカーレットの尻尾が反り立っていた。

 

「『あいつ、強いわね』」

 

とダイワスカーレットのウマ耳はAレース場のみに集中していた。法上院凛のいる舞台だ。手すりにある小さな舞台に置かれたウマ娘人形に注がれていた。

天井のモニターをみるとウマ娘の名前は、キングヘイロー、と書いてある。

 

「で、真白。あの絵に描いたようなお嬢様はどこのどなたなんだ?」

「法上院財閥って聞いたことない? 最近だと人工島を丸っと一つテーマパークに改装で有名になったんだけど。そのテーマパーク作っている責任者があのお嬢様よ」

「さっきのやつか。いや財閥とか詳しくないから知らないけど、なんでそんなお嬢様がこんな大会に出ているんだ」

「賞金は彼女にとってははした金よね。なら賞品が欲しいってところね」

 

顎に手を当てて真白が考え込んでいる。大和も同じく考えていた。賞品はウマ娘用の因子だ。

 

「賞品が欲しくてお金持ちなら、大会運営に賞品交換とか持ち掛けているんじゃないか」

「さぁ、私に聞かれても。でも法上院財閥も根深い裏があるって話があるし。あのお嬢様だけじゃ手が出せない闇があるとか。どう?」

「そんなキラキラした目で見ないでくれ」

 

輝く目をしている真白は最上級に危険だ。小学・中学・高校時代でこの目になった後はろくなことに巻き込まれない。そしてなぜか他の連中を巻き込み、最後は大和が主犯扱いになる。

大人になっても、性格変わっていない真白を見てやや肩を落とした。

たぶん、法上院財閥の闇を探ろうとでも考えているに違いなかった。大和を使ってだ。

 

「あら、よくわかっているじゃない。その通りよ」

「……だから心読まないでくれ」

 

大和は頭を振って、レース場を見ることにした。ゲートインが既に完了していた。

そして、第2回戦のレースが開始となった。

 

一斉にウマ娘たちが走り出した。その中で1人、スタートダッシュを決めたウマ娘がいた。

法上院凛のウマ娘キングヘイローだ。

後方を大きく引き離してレースが進む。スキル光が途切れない。そのまま第二コーナーまで進むと後方が見えない。キングヘイローの独走だ。

 

「凄まじいなあのお嬢様の技術。ロケットスタートのスキルで加速して、最高速を維持したまま別々のスタミナ回復を連打か。ウマ娘的には逃げ脚じゃないっぽいんだが。技巧派だな」

「私トレーナーじゃないから分からないのだけど、あれって体力もつの?」

「終盤は持たないだろうな。けどあの異常なペースでかき乱されたら他のトレーナーたちも落ち着いて制御できなくなる。いつもの力を発揮できないなら、セーフティリードになるな」

「なるほどね」

「あと何か奥の手隠している気がする。中央トレーナー序位クラスだよ彼女」

「なら、あなたと同じレベルね。元中央トレーナーさんとの対決、楽しみにしているわ」

「……」

 

大和は何も言わずにただレースを眺めていた。そのまま、一度も影を踏ませずにキングヘイローが1着勝利となった。

Dレース場では形部なぎこが勝利している。

 

トレーナー舞台がゆっくりと下降していく。その途中法上院凛が大和を向いた。青い瞳と目が合った。

凛の口元が動く。

 

「キングを満足させる走りを期待していますわ」

 

そう大和には聞こえた気がした。

 

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