クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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自爆

「これで部屋が全部埋まったね」

「すみません、マリアベルさん。ちょっと狭いですよね」

「いいえ。ベッドと机があれば十分です。お気になさらず」

 

 話はとんとん拍子に進み、夕方にさしかかる頃にはマリアベルの引っ越しが完了していた。

 ベッドも机もクローゼットももともと据え付けられているため、運ぶのはいくらかの私物だけでいい。それらもストレージを使えば手間いらずだ。

 リビングのテーブルも賑やかになった。

 

「若い方と一緒だと自分まで若返ったような気分になれそうです」

「不便なことがあったら何でも言ってください。無理を言ってお願いしてしまったので……」

 

 マリアベルが提示した条件はレンたちにとっても悪い話ではなかった。

 

 条件1:週に何度かは娼館へ仕事に行く

 条件2:ダンジョン攻略には余裕のある時だけ参加する

 条件3:夜型の生活が多いので基本的に昼まで寝ている

 

 パーティメンバーを追加する目的として一番なのは家での安全確保。タクマたちでもそれ以外でも、踏み込まれた時に対抗できる戦力を用意しておくことだ。

 マリアベルは古参組にあたるのでレベルが高い。

 家で寝ていてくれるだけでも防犯効果が期待できる。

 

「いいえ。困った時はお互い様です。それに、娼館の経営に携わっているとよく誤解されるのですが、私は男性よりも女性の味方のつもりです」

「はい。本当にありがとうとざいます」

「あれ? レン、今回は『俺は男だ』って言わないんだ」

「マリアベルさんを不安にさせるようなこと言ってどうするんだよ」

「マリア、で構いませんよ。長い名前ですと言いづらいでしょう」

「じゃあ、マリアさんで」

 

 マリアベル──マリアは「知り合いが増えるのはいいものですね」と微笑んで、

 

「タクマさんたち一行には娼館側でも対応を試みます。事と次第によっては出入り禁止の措置を取ることも検討しましょう」

「あ、それいい。あいつらきっと困るだろうなあ」

 

 行きつけの店に行けなくなる。それがお気に入りとあればなお辛いだろう。

 

「でも、報復とかありませんか? 迷惑がかかるんじゃ」

「ご心配なく。実力ではこちらが上ですから、しっかりとお仕置きして差し上げます」

「すごい。マリアさん超頼もしい……!」

 

 もちろん見た目はごく普通の女性だ。容姿としてはむしろ美人。

 緩いウェーブのかかったセミロングの髪。胸もCカップくらいはありそうだし、物腰からも清潔感と大人の魅力が漂っている。

 ついつい胸元に視線をやってしまうと、マリアはレンの目を見返しながら軽く腕を組んだ。

 

「私は娼婦ではありませんので、この家に男を連れ込むことはないとお約束します。……と、言いますか、私は同性愛者寄りの両性愛者ですので」

 

 いきなりの爆弾発言である。

 

「あれ、じゃあ私たちもターゲットに入るんですか?」

「え、あの……っ!?」

「安心してください、アイリスさん。もちろん、仲間へ無差別の好意を向けたりはいたしません。異性愛者だってそうでしょう?」

「男子はわりと女の子なら誰でも良さそうな気がするけど」

「そうなんですか、レンさん?」

「頼むから俺に振らないでくれ」

 

 フーリはともかく、アイリスの純粋な視線を向けられると辛い。

 

「……そんなの人によるだろ。俺だってフーリたちをそういう目で見ないくらいの分別はある」

「ふーん、本当に?」

 

 面白がったフーリが顔を近づけてきたので額を突いて押し返した。

 一瞬、キスした時のことを思い出したのは秘密である。というか、女子の方からアプローチしてきた場合はノーカンだろう。

 マリアはそんなレンを見てふっと笑い、

 

「正直、レンさんは私の好みですから、もしお相手に困っていらっしゃるのでしたらいつでも言ってくださいね」

「……へ?」

「あの、もしかしてレンさんって、魔性の女っていうやつなんですか……?」

 

 アイリスが半眼になって呟き、フーリが困った顔で笑った。

 

「うーん。まだ女の子じゃないけど、魔性は魔性かも」

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 パーティの棲み処には酒の匂いが漂っていた。

 酒は特定クラスのスキルによって生成が可能。材料は必要だが手間を大幅に省くことができるため、物によっては安価で手に入る。

 異世界に来て以来、すっかり酒の味を覚えてしまった。

 日本にいた頃は正月などに少し味見させてもらった程度。大して美味いとも思わなかった。なのに、今はもうこれが手放せない。

 酒臭い息を吐き、手に三分の一ほど残っていたきゅうりの漬物をかじる。追いかけるようにあおるのは赤ワインだ。合うかと言われると微妙ではあるものの、安く手に入るので定番の組み合わせになっている。

 つまみがなくなったのでストレージを開いて中を漁り、

 

「くそ、つまみが切れた。おい、誰か買って来いよ」

 

 タクマは仲間たちへと雑に声をかけた。

 無駄に物で散らかったリビングに下着同然の男が二人。やっていることもタクマと大差ない。彼らは「えー」と面倒くさそうな声を上げた。

 

「最近、買いに行くと『程々にしろ』とか嫌味言われるんだよな。たまにはタクマが行けよ」

「あ? なんでリーダーの俺が買い出しに行かなきゃいけないんだ」

「ははは! そんな事言ってこき使ってたからレンとフーリに逃げられたんだろ!」

「おい、今なんて言った? もういっぺん言ってみろ」

 

 立ち上がって斧を手にする。元陸上部とサッカー部。どちらも大して期待されていなかった「エンジョイ勢」の彼らは「ひっ」と悲鳴を上げると愛想笑いを浮かべた。

 許しを請う代わりとして「とっておき」だというチーズを寄越してきたので良しとする。金が減るからと高いつまみを買わなくなってしばらく。やっぱり美味いし、何よりワインに合った。

 ちなみに節約している理由は他に使いたいところがあるからだ。

 

「なあタクマ。またあそこ行こうぜ」

「あ、いいなそれ! いいだろタクマ」

「またかよ。……まあ、金ならまだもう少しあるしな」

 

 ちょうど憂さ晴らしもしたかったところだ。

 

 パーティからレン、フーリが抜けてしばらく。

 メンバーなんてすぐ補充できるだろうと思っていたのになかなかいい女が引っかからない。仕方ないからレンたちを連れ戻そうとしたところ、向こうはハーフエルフの美少女を連れていたうえ、生意気にもタクマの誘いを断ってきた。

 この前はダンジョンにまで押しかけたというのに顔も見ずに逃げられた。

 別に闇討ちするつもりはなかった。ただ力の差をわからせた上で「説得」しようと思っていただけだ。

 なのに、奴らは街の連中に告げ口までしたらしく、神殿での見張りや待ち伏せができなくなってしまった。常時監視役が立つようになったうえに顔を見ると声までかけてくるからだ。

 思い出したらまた腹が立ってきた。

 

「じゃあ風呂沸かすぞ」

「えー。水汲みすんのも沸かしたお湯を運ぶのもめちゃくちゃ面倒なんだぜ」

「仕方ねえだろ。汗臭いまま行くと怒られるんだから」

 

 娼館の女たちは美人揃いな上にテクも凄いが、その分だけプライドも高い。

 

「……あーあ。レンがいればな」

「あいつらが素直になれば金払って風俗行く必要もないもんな」

「なんか方法考えるしかねえだろ。あいつらだっていつまでも逃げ回れるわけがねえ」

 

 ぶつぶつ言いながら水を汲み、湯を沸かしては浴槽に放り込んだ。最初の方に入れた分が冷めるので量が溜まる頃にはそこそこいい湯加減になる。

 こうしていると好きなだけシャワーを浴びられた日本がどれだけ便利だったかわかる。

 とは言っても今更帰る気にはなれない。

 この世界では力が正義だ。戦わない奴は見下される。女子の中には「生き物を殺すとか無理」だとか言ってレベル上げをサボっている奴らもいるらしいが、そいつらが間違いに気づくのは強い奴に力づくで蹂躙された後だろう。

 

「女なんてどうせ男より弱いんだから大人しく従ってりゃいいんだよ」

 

 娼館では幸運なことにお気に入りの娼婦を指名することができた。

 男三人に女一人。

 一人ずつ女を買うと高いというのもあるが、仲間と女を囲むと征服感が凄い。エロいことをする場所なので胸を揉んでも足を触っても怒られない。

 ここではすぐにやるのではなく、まずは酒を飲みながら話をすることが多い。つまみも酒も普段買っているものとはレベルが違うので気分も良くなり、自然と後の行為にのめりこむことができる。

 

「だいたいサキュバスなんて男とヤるための種族なんだろ? だったら『俺は男だ』とか言ってないでさっさと覚悟決めればいいんだ。そうだろ?」

 

 下着のような格好をした美女がタクマたちの愚痴を肯定するように微笑む。

 化粧を施された顔は妖艶で、身に纏った香水は雰囲気を高めてくれる。

 艶めく唇が酒杯に軽く触れて、

 

「でも、その子って実際男の子なんでしょ? タクマくんたち、男相手に興奮しちゃうの?」

「あれだけ可愛かったら余裕っすよ」

「そうそう。あれはもう女。男だって別に口とかは普通に使えるんだし」

「男の癖にいい匂いするんだぜ。……着替えてる最中とかめちゃくちゃエロいからな。そのままやってやろうと何回思ったかわからねえ」

 

 フーリも別に悪くはないが特別感はない。サキュバスになる前からレンに構ってたあたり男の趣味も悪いし、タクマたちだってその気になれば抱けるレベルだ。

 それよりはレンを屈服させて従順になるまで仕込む方が良い。

 

「やってりゃそのうち女になるんじゃね?」

「サキュバスにとっては一番の経験値だもんな!」

「ふーん。じゃあ、早く口説かないとね。ぐずぐずしてると他の男に取られちゃうかもよ?」

「ああ。もちろんわかってる」

 

 タクマはにやりと笑った。

 やっぱりここの女たちはよくわかってる。日本にいた時みたいな綺麗ごとは異世界では通用しないのだと。

 機嫌が良くなったタクマたちは酒の勢いも手伝って自分たちの「作戦」をひととおり話した。

 次はいっそのこと家に押し入ってやろうと思っている。もちろん鍵はかかっているが玄関ドアは木製だ。うっかり()()()()()()()壊してしまっても仕方ない。

 すると、

 

「……そっかー。じゃあダンジョンの中で襲おうとしたのも本当なんだ」

 

 さっきまでとはまるで別物の冷えた声がした。

 

「あ? なんだよ、別に大したことじゃないだろ。向こうが大人しくすれば乱暴なんてしなかったって」

 

 笑って胸に手を伸ばすと、ぱん、と強く払われた。

 何が起こったのかわからない。三人が三人ともぽかん、としながら、今まで味方だったはずの女を見つめた。

 彼女はその間にさっさと立ち上がると埃でも落とすかのように身体を払い始める。

 頭に血が上る。

 

「おい! 俺達は客だぞ!?」

「だから何? 金さえ払えば何をしてもいいと思ってるの?」

「な……っ!?」

 

 楽しく飲んでいたはずなのに、そこまで怒らせるようなことを言っただろうか。

 なんと反論すべきか躊躇ったところで耳に足音が聞こえた。

 気づけば、店のオーナーであるマリアベルが入室してきていた。歳は離れているが十分に美人で胸も大きい。ただ、今日は彼女も一緒に相手をしてくれる──なんていう雰囲気ではなかった。

 

「姉さん、聞いてたでしょ? こいつら完全に黒」

「ええ。……申し訳ありません、皆様。今回のお代は返却させていただきます。どうかお帰りいただき、今後一切、当館へ立ち入らないようお願い致します」

「……な。なんだよ、それ」

「出入り禁止ってこと。当然でしょ? マナー悪い上に態度もでかくて、娼婦(わたしたち)の間でも評判良くなかったんだよ」

 

 初耳だった。

 金を払って抱きに来ているというのに、陰でこそこそ自分たちを嘲笑っていたのか。

 これには仲間もさすがに身を震わせている。

 

「……ストレージ」

 

 低い声で告げ、愛用の武器を手にする。

 はっとした二人もまた同じように武器を取り出した。

 

「やるのか、タクマ?」

「ああ。馬鹿にされたままで黙ってられるか。……後悔させてやる」

「はっ! それも面白そうだな!」

 

 戦意を高めるタクマたちを前に、女二人は黙って立ち尽くしたままだった。

 怯えているのかもしれない。

 こちらよりずっと年上と言っても所詮女だ。ダンジョン攻略を避けてこんなところで金を稼いでいる奴らに喧嘩ができるわけがない。

 

「殺すなよ。ちゃんと謝らせて相手させるんだからな……!」

 

 刃のない部分で殴るか家具を壊すか。

 威嚇を兼ねた大声と共に大きく斧を振り上げて──目にも留まらぬ速さで懐に飛び込まれた。

 肩に指が触れて、

 

「……がっ!?」

「タクマ!?」

 

 腹部に衝撃。膝が折れ、絨毯の上にあっけなく崩れ落ちる。見上げれば、マリアベルがかすかに服や髪を揺らしながらタクマを見ていた。

 膝蹴り。

 肩を掴むことで身体が吹き飛ばないようにする配慮付き。女とは思えない、真似をしろと言われてもできない見事な一撃だった。

 

「私のクラスは『蹴術師』。多彩な特徴を持つダンジョンのモンスターには不向きですが、戦えないわけではありません」

「嘘、だろ」

 

 戦うどころか、すぐに立ち上がることさえできそうにない。

 仲間たちも既に娼婦によって制圧されて武器を手放してしまっている。落とした武器は拾わない限りストレージにしまえないし装備することもできない。

 

「残念。サキュバスだけじゃなくて私たちも、お仕事するだけで経験値入るんだよね」

 

 タクマたちは自由なはずの異世界で生まれて初めて「逮捕」を経験した。


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