クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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未来の展望

「え、あの、こんなご馳走をお腹いっぱい食べるなんて贅沢すぎるんじゃ……!?」

 

 今日はもう疲れたので打ち上げは明日、ということになった。

 家に帰りついた頃にはなかなか良い時間になっていたのでそのまま夕食に。

 並べられた食事を見た異世界の新人聖女──エルは悲鳴とも歓声ともつかない声を上げてくれる。ミーティアが眉をひそめて「そうかしら?」と首を傾げた。

 

「少し質素なくらいだと思うのだけれど」

「ミーちゃん? お姫様の食事と比べないで欲しいんだけどー?」

「これでも前よりだいぶ豪華になりましたもんね」

 

 調理担当二人が苦言を呈すると(元)お姫様はふんと鼻を鳴らしてから「まあ、味は悪くないしね」とツンデレめいたことを言った。

 これにエルは「どうしていいかわからない」という表情を浮かべて、

 

「見ているだけでも調味料をたくさん使っているのがわかりました。これは絶対美味しいです」

「エルの住んでいたところはご飯、美味しくなかったの?」

「いえ、そんなことは……。でも、私は見習いでしたし、聖職者は『贅沢をしすぎてはいけない』と教えられていますから、お腹いっぱい食べるなんてとても」

「それは良くありませんね。育ち盛りはたくさん食べて大きくなるべきです。なんなら私の食事も分けましょうか?」

「いえ、メイさま。石と鉄はさすがに食べられないかと」

 

 鉄塊を取り出し始めたメイは相変わらずちょっとズレているが、ともあれその意見には賛成だ。みんなして生暖かい表情になってエルに「いっぱい食べろ」と促す。

 見おぼえのない料理の数々にエルは恐る恐るスプーンを持ち上げ、ぱくりと一口。はっと目を見開いた彼女は何故か涙ぐみながら勢いよく二口目以降に向かい始めた。

 

「……神殿のみんなにも分けてあげたいです」

「そう。残念だけど、彼女たちにはもう会えないわ。と言うより、彼女たちはもうどこにも存在していない」

「ミーちゃん、はっきり言い過ぎ!」

「隠しても仕方ないでしょう。この子はその覚悟があって来たのだから、事実はきちんと認識すべきよ」

「いえ、大丈夫、です……っ。私は大事なお役目を授かって来たんですから……っ」

 

 案の定、エルは泣いてしまったものの、結局最後まで食事を止めることはなかった。食い意地が張っているのではなく「食べられる時に食べておけ」という教えが染みついているのだ。

 都も神殿も十分に豊かだったが、日本のように物で溢れかえっているわけではない。いつ満足な食事ができなくなるかわからない状況には違いなかったのだ。

 

「まあ、食べられるなら心配なさそうね。……それで、レン? 新しい神器のほうはどうだったの?」

「うん。なかなか面白い効果だったよ」

 

 賢者から聞かされた話を伝えると仲間たちは揃って微妙な顔をした。

 

「面白い、で済ませていいのかしら、それは」

「確かに強力ではありますが、リスクが大きすぎますね……」

「私や母が寿命のオプションを選ぶとどうなるのでしょうか」

「メイちゃん、真っ先にそこなんだ」

「あ、うん。レイさんが試そうとしたらその項目は表示されなかったよ」

 

 寿命を削るオプションは年数の他に割合も参照しているのだろう。エルフの十年と人間の十年では後者のほうが高いボーナスが得られる。メイたちのように「寿命∞」の種族の場合は千年捧げようとボーナスが得られないというわけだ。

 

「寿命が削られるってどういう仕組みなのかしら。使い方によっては即死するわけ?」

「そこまではわからないけど、おっさんは『捧げた年数に応じて老化が早まるのではないか』って言ってた」

 

 だとすると即座に十年歳を取るとかいう話ではない。死ぬつもりでダンジョンに挑む前なら寿命をギリギリまで捧げても大丈夫かもしれない。……嫌な使い方すぎるし、知り合いがやろうとしたら全力で止めるが。

 

「それよりも、問題は『種族の固定化』です」

 

 シオンが言うとみんなさらに微妙な顔になった。

 

「まず疑問なのですが、その機能は人間が使うとどうなるのですか?」

「おっさんが使ってたけど普通に機能してたよ。スキルのレベルが一気にがっ、って上がってた」

「待ちなさい。あの変態はさっそく使ったわけ!?」

 

 使ったのである。

 自分で調べたアイテムなわけだし自己責任ではあるのだが、なかなかに思い切りがいい。

 そして、結果的にはかなりのパワーアップになった。

 

「それはすごいですね。お父さんに使ってもらったら木こりの能力が一気に上がったり……?」

「うーん。でも、人間が使うのも要注意かもしれないんだよね」

「え、そうなんですか?」

「うん。これもおっさんが言ってたんだけど、『種族:人間』と転移する前のわたしたち──日本人は完全にイコールなのかって」

 

 種族固定化の制約を受け入れた場合、表だって起こるデメリットは「転生石の使用不可」。予想される他のデメリットとしては「ダンジョンをクリアしても異種族から戻れなくなる」だが、ここで「果たして『種族:人間』は日本人から見た異種族ではないのか?」という問題が浮上したわけだ。

 

「おっさんは見た目的には日本人だけど、魔法が使える。制約を受けてしまったからには日本に戻っても『魔法が使えるまま』になるかも」

「なにそれ便利──とも言い切れないのかな?」

「魔法が使える人間、なんて日本ではありえませんからね……」

 

 バレれば恐れられ、遠ざけられ、一方でその力にすり寄ろうとする不届き者が発生するだろう。

 日本は魔法使いを許容するようにはできていないので便利に使おうにも使いどころは相当に限られる。これは大きなデメリットだ。

 まあ、そもそも日本に帰れるかどうかがわからない、という話ではあるのだが。

 と。

 

「……果たしてそれで済むのかしらね」

「どういうこと、ミーちゃん?」

「要するに、それを使うと『この世界の人間になる』ということでしょう? そうなった人間はここが故郷になる。ちゃんとあなたたちの世界に帰れるのかしら?」

「あっ……」

 

 帰還不可。

 可能性としてはないわけではない。だとすると賢者はもう、日本に帰れないかもしれない。あの男のことだからそれを理解したうえで飄々となにも言わずに実行した可能性はある。

 けれど。

 

「わたしの意見は、だけど、そこは大丈夫じゃないかと思ってるんだ。だって、それだと例えばアイリスも家族と一緒に日本には行けないことになるでしょ?」

 

 もちろん可能性としてはあるものの、それはあまりにも無慈悲だ。

 召喚された人間を元いた場所に戻す──そんな効果が働くとすると「いしのなかにいる」で即死する人間も出かねない。それよりはこちらの人間を日本に飛ばす転移陣のようなものが起動する方がありえる話だ。

 これにミーティアはなんとも言えないという表情を浮かべて、

 

「仮定に仮定が重なり過ぎてわけがわからないわね」

「かもね。でも、どうせ可能性の話なんだったら軽い気持ちで使ってもいいんじゃないかな」

「……待ちなさい。レン、まさかあなたも『もう使ってきた』なんて言わないわよね?」

 

 みんなの視線が一気に集まる。エルだけは「なんの話かわからない」とぽかんとしているだけだが。

 

「大丈夫だよ。さすがにまだ使ってない。使おうかなとは思ってるけど」

「え、ちょっとレン、思い切りすぎじゃない? なんで?」

「だってわたし、もう人間に戻りたくないし」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 レンがサキュバスになってからかなりの時間が経ってしまった。

 もうすぐ転移してから丸四年。

 これだけの期間変わっていればさすがに今の状態が板につく。今から元に戻ったとすればもう一度、今度は男の姿に慣れるところから始めないといけない。

 男からサキュバスに変わる時もさんざん「嫌だ」と言っていたわけで、要はそれと同じことである。

 

「男に戻ったら可愛い服着られなくなるし、フーリたちとも距離ができる気がするし。……女の子の身体でえっちできなくなるし」

「ご主人様。最後の理由が何割を占めていますか?」

「レン? 頭の中もうほとんどサキュバスになってるでしょ?」

「だってサキュバスだし。フーリだってもう攻め側体験できなくなるんだよ?」

「う。……そう言われるとちょっと困る」

「フーリさん?」

「フーリさま?」

「あ、アイリスちゃんやシオンちゃんだって困るでしょ!? 私だけじゃないよ!?」

 

 逆ギレするように声を荒げたフーリを見てミーティアはふんと笑って、

 

「私はレンにはこのままでいて欲しいわ。別にスキルとやらで美少年になるのならそれはそれで構わないけれど、元に戻ったら別人なのでしょう? そうしたら私の結婚相手はどこにも存在しないことになってしまう」

「物語では『姿が変わっても変わらぬ愛』が定番ですが」

「種族が変わると性格にも影響が出るんだから、そんなの別人じゃない。どこで同じだって判断すればいいのよ」

 

 確かにごもっともである。

 

「というわけで、わたしはアレ使おうかなって」

 

 さっき言った以外にもいろいろ理由はある。

 こっちにいる間にフーリたちと子供を作った場合、男に戻った時に子供たちにいろいろ混乱を強いることになる。お母さんが二人(というかいっぱい?)だったのだが一人、急にお父さんになるわけで。果たしてそれは理解してもらえるのか。

 あと、日本に帰ってもいまさら受験勉強とかしたくない。だったらサキュバスの美貌を活かして飲食業とかで働くほうがまだマシだ。モデルとかもできるかもしれない。

 トイレ行かなくていい生活とかめっちゃ楽だし、なんなら食事すらわりと抜けるし。

 

「もし、クリアしただけで帰れなくなったら、それはそれで別の方法を探すよ。おっさんなんてテレポートできるんだから、必死に頑張ったらなんとかなるんじゃないかな」

「なかなかに希望的観測ですが」

「それ言ったら、日本に帰れること自体が希望的観測だし」

「確かにその通りですね……」

 

 これにフーリは「そっかー」と息を吐いて。

 

「レンがそう言うなら止めないし、それはそれで私も嬉しいけど。じゃあ私も使おうかな?」

「フーリはよく考えた方がいいんじゃないかな。精霊って下手すると『寿命∞』でしょ?」

 

 長生きするのと死ねないのとでは大きな開きがある。

 固定化するにしてもエルフとか、長生きだけど老衰のある種族に転生し直してからのほうがいい気がする。

 

「ん。今のところは寿命問題困ってないし、もうちょっと考えてからにする」

「それがいいよ。……シオンも。別に固定化する必要ないからね?」

「はい。……その。あらためて考えると『この身体も悪くないかな』とは思ってしまうのですが」

 

 それこそがレンたちを召喚した者の罠なのかもしれない。変身したばかりの頃は抵抗があっても、そのままでいるうちに愛着が湧いてくる。今の姿ならではのメリットがあるとなれば猶更である。

 

「で? この先の挑戦はどうするの? しばらく休むの、進むの?」

 

 これについても答えは決まっていた。

 

「しばらく休もう。先に進んでも絶対大丈夫、って自信がつくまで積極的な攻略はナシで」

 

 攻略を諦めるわけではない。

 けれど、レンたちの冒険はここで一区切りだ。

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