クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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新たな目標

 朝。

 どこかから聞こえてくる鶏の鳴き声で一度目覚め、二度寝した後はキッチンから聞こえてきた準備の音で時間を知る。

 時計のない、スマホはあっても機能しない生活に最初の頃は戸惑ったものの、慣れてくるとこれはこれで悪くはない。

 

「ん……っ」

 

 自身の唇から漏れる高い声にもだいぶ慣れた。

 抱きしめるようにしていた毛布を離して身を起こす。翼と尻尾が成長するにつれて寝間着はラフな感じが多くなった。身体が丈夫になったのか風邪をひく気配もないのでまあいいかな、と思っている。

 ベッドサイドに腰を下ろしてから軽く伸び。

 下着を替えてから胸の痛みもあまり気にならなくなった。早いペースで成長していくのが困り物ではあるが、

 

「可愛くなったよなあ、俺」

 

 部屋に置かれた姿見へ身体を映して呟く。

 一部の特徴に目をつぶれば紫紺の髪をした美少女である。男の頃より身長は下がり、代わりにヒップサイズは上がった。膨らみが目立ってきた胸も、すべすべなうえに日本人離れした白さの肌も男のものとは思えない。

 男子高校生をしていた頃、クラスにこんな子がいたらまず間違いなく好きになっていた。

 そう考えると他の女子から嫉妬を受けるのも多少は仕方ない気もする。

 なにかの作用で突然元に戻ったりしていないのを確かめたら着替えをする。頭からかぶるタイプの衣服は翼の関係で着るのが面倒なので前留めタイプを着ることが多い。ボトムスはスカートではなくパンツ。ダンジョン攻略する上でも肌は出ていない方が楽だ。

 

「ウォーター」

 

 水の魔法で金属製のボウルを満たし、手と顔を洗ったら窓から水を捨てる。

 だいぶ伸びてきた髪を櫛で軽く梳いてやれば朝の支度は完了である。

 

「フーリ、何か手伝うことあるか?」

「あ、おはようレン。んー、もうちょっと早く起きてくれれば火起こしとか頼むんだけどなあ」

「悪い。ついつい二度寝しちゃうんだよな」

「レンさんは普段から魔法で大変ですから。大丈夫です。軽く火が点けば私が精霊にお願いしますから」

「うん。アイリスちゃんが来てくれて本当助かってる」

 

 弓使い兼見習い精霊使いのアイリスが来てから朝食の支度はずいぶん楽になったらしい。狩った獲物をその場で調理することも多いため火起こしにも慣れている。何もないところから火や水を出せる、という特権がなければ「俺って必要ないんじゃ?」と思うところだ。

 

「俺も料理覚えるかなあ」

「あれ、どうしたの急に」

 

 驚きつつも振り返ったフーリは「んー、でも」と考えるようにして、

 

「食材もタダじゃないからなあ」

「失礼な。俺だって簡単な料理くらいできるぞ、たぶん」

「こっちだと火加減調節するのも大変だけど大丈夫?」

 

 コンロがあるわけではないので強火だの弱火だのワンタッチでは変えられない。アイリスは精霊にお願いして勢いをコントロールできるが、そうでなければ薪の量などを調節しながら上手くやりくりするしかない。

 

「お前、実はめちゃくちゃ料理上手いんじゃないのか?」

「えー、今頃気づいたの?」

 

 最近、フーリの軽口が憎まれ口に聞こえなくなってきたから困る。

 

「そうだ。頼んでばっかりでアレなんだけど、髪切ってくれないか?」

 

 マリアベルはだいたい朝は寝ているので朝食は三人で摂ることが多い。

 簡単な食事をしながら少女二人に言葉を投げると、彼女たちは揃って目を丸くした。

 

「え、切っちゃうの? もったいない」

「そうです。どうせ切るなら(かつら)を作れるくらい伸ばしてからにしましょう」

 

 これだけ綺麗な髪だとそういう需要もあるのか。

 なんとなく感心してしまいつつ、

 

「いや、長いと邪魔じゃないか?」

「レン。可愛いは我慢で成り立ってるんだよ?」

 

 制服のスカート丈とか考えるとわからないでもなかったが、

 

「命がかかってる時に『可愛い』を優先できるか」

「縛るのはどうですか? 私とお揃いにしましょう」

 

 どこかうきうきとアイリスが言ってくる。確かに彼女のポニーテールは見事だし、なかなか楽そうだ。ひとまず試してみるのもいいかもしれない。

 

「どうせならいろんな髪型してみようよ。ツインテールとか今のレンなら似合うと思うけど」

「お前、自分はショートの癖に」

「だって罠に髪が絡まったりしたら最悪でしょ」

 

 言われてみるとゲームでもロングヘアーなのは後衛職が多かった気がする。たまにストレートロングの女騎士とかもいたりするが。

 

「……うん、とりあえずポニーテールにするよ」

「じゃあ、後でやってあげる。レンがやるとポニーテールじゃなくてサムライヘアーになりそうだし」

「そんな馬鹿な」

 

 憤慨しつつ自分でも試したら本当にそうなったので結局フーリにやってもらった。

 アイリスはそれをにこにこと見つめて、

 

「なんだかいいですね、こういうの」

「アイリスちゃんも妹とやったことない?」

「はい。でも、レンさんの髪は私たちとはまた別なので」

「アイリスたちの金髪も見事だけどな」

「向こうだと金髪って潜性遺伝だったけど、こっちだとハーフでもしっかり遺伝するんだよね」

 

 そもそも遺伝子などという法則に縛られているのかどうか。フーリたちのような人間ならともかく、レンたちのように種族から変わっている者はそれこそ精霊力とかが働いていてもおかしくない。

 自分の子供もハーフサキュバスとかになるのか、と少し考えてからレンは思考を追い出した。

 

「さて、じゃあ準備して出るか」

「うん」

「はいっ」

 

 寝ているマリアベルに挨拶──すると起こしてしまうので、そのまま出る。予定は昨夜のうちに伝えてあるので問題ない。

 行先は何度目かになる賢者の家である。

 

「さすがに道ももう覚えたな」

「お金くれるおじさんにはこまめに会いに行きたいもんね」

「なんかいかがわしいぞその言い方」

 

 賢者はもうあまりダンジョンに潜っていないので、用事で出ていない限りは家にいる。

 ノックするとすぐに「入りなさい」と返事があった。

 

「おはようございます。……あ、賢者様。またさっきまで寝ていらしたでしょう?」

「仕方あるまい。昨夜も遅くまで作業をしていたのだ」

「インドアな人ってネットがなくても夜型生活なんだよね」

「夜の方が静かだから本とか読みやすいんだろ」

 

 中に入ったらとりあえず窓を開けて換気をする。

 アイリスが床に散らばった本などを片付け、レンはその間に賢者の服を着替えさせる。フーリはテーブルを軽く片付けて軽食の準備だ。

 何度か来て慣れてきたのでもはや遠慮はない。少しは片付けておかないと気になって仕方がないのである。

 賢者の方も鬱陶しそうにしつつも「まあ、便利ではあるな」とこれを受け入れている。

 

「さあ、賢者さん。お腹減ってるならこれでも食べて」

「三階の報告を持ってきたのでお納めください」

「俺のレベルアップ報告も続報があるから金に換えてくれ」

「君達は本当に容赦がなくなってきたな。私のところへこれだけ頻繁に来る若者も珍しいぞ」

 

 フーリではないが、金になるのだから来なければ損なだけである。

 

「……ふむ。やはり、子供達に向けられた碑文は世界の成り立ちを語るものらしいな」

「何かわかりましたか?」

「いや。三階程度ではなんとも言えない。ダンジョンは少なくとも五十階以上あるのだから」

「今、最高記録が何階でしたっけ?」

「五十三階だ。……正直、五十一階の存在を知った時は皆が絶望した」

「でしょうね……」

 

 大台が来たら「ここで終わるんじゃないか」と思うのが人情だ。

 特に五十階ともなれば期待は大きい。何しろここで終わらなかったら次は百階の可能性が濃厚である。

 

「三十年かけて五十階ってことは、百階にたどり着くにはもう三十年……?」

「当然だが、ダンジョンの難易度は潜るごとに増していく。今のペースでは次の三十年で七十五階にたどり着けるかどうか」

「本当に絶望じゃないですか」

 

 帰還を半ば諦めている初期の転移者はふっと笑って、

 

「だからこそ、新しい動きが出始めているわけだ。アイリスがダンジョンに潜り始めたのもその一つだろう?」

「……あと三十年もかかったら、お父さんは日本に帰れなくなります」

「最もご高齢だった教師は既にこちらの世界で天寿を全うされているからな」

 

 エルフであるアイリスの母にはまだまだ長い時間がある。ハーフエルフであるアイリス自身だって三十年経っても若々しいままかもしれないが、人間はそうもいかない。

 ここまで考えてから「そうか」と思う。攻略が滞りはじめた原因には当然それもあるのだ。

 

「歳をとるとステータスってどうなるんですか……?」

「当然、全盛期を過ぎると徐々に減少が始まる。レベルアップを続ければ十分補える範囲だが、下に潜り続ける上では大きなハンディだ」

 

 だから、先駆者たちは街を作り、生活環境を整え、知識を蓄え、装備等を流通させて新しい転移者をサポートするのだ。

 自分たちよりも早く、深いところまで潜って欲しいから。

 

「君達にも期待している。終わりにたどり着く以外の方法で真実を紐解くための道標になってくれるのではないか、とね」

「……賢者様」

「だからこれからも攻略を続けてくれ」

「いい話が台無しだぞ」

 

 すると、賢者は誤魔化すように咳払いをして、

 

「ひとまず、十階の攻略を目標にして欲しい。そこまでたどり着けば初心者脱出と言っていいだろうな」

「十階かあ。……きっついでしょ、さすがに」

「そうですね……。ちなみに、レンさんたちは今まで何階まで行ったことがあるんですか?」

「八階だな」

 

 タクマたちとその階を攻略中に喧嘩別れした。

 だから、今のレンたちのレベルでも十階くらいならなんとかなりそうではあるが……問題は、あの時は五人パーティだったということ。

 あれからレベルが上がっているとはいえ、三人で攻略するとなるとなかなか厳しい。

 

「……いざとなったらマリアさんについてきてもらおっか?」

「……そうだな。ここで頼るのはできれば避けたいけど」

 

 新しい目標は『十階の攻略』に決まった。

 次が四階なわけなのでなかなか遠い道のりである。一つの階をクリアするのに一度の探索では済まないとして、休憩する日数も含めると一週間に一階ペースといったところ。

 十階まで攻略し終えるには、

 

「二か月近くかあ」

 

 帰り道を歩きながら計算してみたところ気が遠くなりそうになった。

 

「やばいね。同じペースで攻略していっても五十階クリアするのに三年以上だよ。そりゃ三十年もかかるよ、これ」

「まあ、俺たちはまだまだ若いし十年くらいかかっても平気っちゃ平気だけど、そりゃ前からいる人は焦るよな……」

 

 アイリスが「両親のために」と奮起するのも頷ける話だ。今はまだ四十歳程度でも、アイリスがダンジョンを踏破するまで存命とは限らない。

 その健気な少女はレンたちの様子に微笑みを浮かべて、

 

「無理はしないでいきましょう。お父さんたちからも『この世界に骨を埋める覚悟はできている』って言われているんです」

「……アイリスちゃん」

「それはむしろ頑張るしかないやつだろ」

 

 命を失っては元も子もないので休息も大事だが、やはり人任せにしてはいられない。

 

「四階のボスはスピアゴブリンだっけか」

 

 今度は槍使いである。既存の敵と大きな能力差はないものの、獲物の種類が増えるとリーチがバラけて思った以上にやりづらくなる。そういう意味では「遠距離から片付ける」というレンたちの戦法とは相性がいいのだが、

 

「ゴブリンはどんどん数が増えるんだよな……」

「あの、いったい何階までゴブリンなんですか?」

「十階」

 

 ゴブリン多すぎ問題。

 ベテランの中にもふと思い出したようにゴブリンを掃討しに行く者がいるほど、初心者向けエリアの道のりは多くの者にトラウマを残している。

 まあ、向こうは「人間多すぎ」と思っているかもしれないが。

 

「レベルアップも必要だな」

「そうだね。レンとアイリスちゃんのMPが大変」

「矢の消費も激しくなりますよね……」

 

 魔法は使い方次第で大きな戦力になる。それはタクマたちとの戦闘でも証明した通りだ。

 ただ、やっぱりMP消費は問題である。レンの場合はエナジードレインで補給できるのでまだマシではあるものの、いちいち補給の時間を取っていたらなかなか進めない。

 

「MP補給か。いちおうそれっぽい新スキルはあるんだよな。試しに取ってみるか」

「じゃあ私はもうちょっと前衛できるように一撃必殺を目指そうかな」

「それはシーフじゃなくて暗殺者じゃないのか? いや、すごく有難いけど」

「私も攻撃魔法を複数に飛ばせるように練習中です……!」

 

 レンたちはさらなる戦力強化に向けて作戦を考え始めた。

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