クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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新しい暮らし

「レンー? ご飯できたよー?」

 

 軽く火であぶって温めたパン、チーズ、塩コショウだけのスープに、飲み物はミルク。

 代わり映えはしないがこの世界の駆け出しには十分な朝ご飯。

 電気コンロどころかガスコンロさえないので火起こしから頑張った。我ながらすごいと自賛しつつ、同居しているクラスメートを起こしにいく。

 数日前──彼女、フーリはレンと共に今までいたパーティを抜けた。

 正確に言うとレンが追い出されたので「じゃあ私も辞める」と勝手に逃げてきたのだが、男女混合五名から男のみ三名になったあいつらはきっと苦労しているだろう。いい気味である。

 新しく借りた家は小さめだが、それでも四、五人くらいは余裕で暮らせる立派なところ。雨は凌げるし風もあまり入ってこない。

 二人なので部屋も一つずつ使える。

 

「ほーら。いつまでも寝てないで起き──」

「馬鹿、いきなり開けるな!」

 

 ノックもなしにドアを開けて入ると、レンは着替えの途中だった。

 紫紺の髪と瞳を持った性別不詳の美少女もとい美少年が恨みがましくこっちを睨みながら()()()()。彼いわく「こうなる前より小さくなった」らしい、可愛い感じのアレは前にも見たし別に嫌な気分にもならない。

 ついでに、背中とお尻に生える翼と尻尾も見慣れると可愛かったりするのだけれど。

 

「えっちなことでも考えてたとか?」

「違う。っていうかお前、なんて格好してるんだよ」

「え? 普通じゃない?」

 

 キャミソールにショートパンツ。

 転移前でも部屋着だったらこんなものだ。もちろん、あいつらと暮らしていた頃はこんな格好しなかったが、今はレンと二人っきりなわけで。

 

「あのな、何度も言うけど俺は」

「男なんでしょ? わかってるわかってる」

 

 うんうんと頷きながら歩み寄る。

 その間にレンは色気も何もないトランクスを穿き、シャツを羽織ってしまう。中学生のような成長し始めの胸もなかなか可愛いのに。

 二人の距離が近づくと少年(仮)は一歩後退する。

 後ろにはベッドがあるため逃げられる距離は限られており、フーリはあと一歩で接触しそうなところまで近づくことに成功した。

 

「でもなあ。レンってそう言いながら私に何もしないし」

「したら大騒ぎするだろ、お前」

「ん? じゃあ『してもいいよ』って言ったら?」

 

 挑発するように見上げるとみるみる顔が真っ赤になった。

 こういうところである。

 元パーティメンバーの三人は高校生らしく性への関心が高いうえに異世界に来て調子に乗っている奴らだった。酒は飲むし煙草は吸うし、年上のお姉さんに有料で手ほどきまでしてもらっていた。お陰で余計にタガが外れ、それからはフーリにも遠慮のない視線を送ってくるように。

 レンにはそういうところがない。

 (大きくもない)フーリの胸をちらちら見てくることくらいはあるし、目が合うと照れたりもするが、所詮はその程度。むしろあいつらから「相手してくれよ」と露骨なセクハラを受けていた仲間である。むしろ彼の方がメインターゲットだったので大いに同情している。

 ここに来てから一か月が経ち、以前神隠しに遭った先達にもたくさん会った。今はもう、元の世界に帰って普通に恋愛するなんて希望はあまり持てない。

 こっちで彼氏作ってもいいかなー、と思うし、その相手がレンになるというのは別に悪い選択でもなかった。

 

「っていうか、レベル上がっちゃう前に経験しておいた方がよくない?」

 

 最後の一歩を踏み出し、右手でレンの頬に触れる。

 ごくり。

 唾を呑み込む音が手に取るように聞こえた。

 

「……そこまで言うなら俺だって本気にするぞ」

「ちょっと意外。ヘタレるかと思ったけど、うん。いいよ」

 

 肩を掴まれるとちょっとどきどきしてきた。

 今のレンは非常に顔が良い。

 ついでに言うと、魅了能力も男相手ほどではないにせよ機能する。どうせ二人っきりなんだし、こうなったら行けるところまで行ってやれ、と思いながら目を閉じた。

 顔が近づいてくる感覚。

 唇が触れ合うと反射的に身体が震えた。怯えたように身を離そうとする少年の服を掴んで引き留める。そのまま唇で触れ合っていると気持ちがそっち方向に昂ってきた。

 

 ご飯が冷めちゃうけど、まあいいや。

 

 身体が抱き寄せられるのを受け入れる。

 少年の体温を感じながら次は何をされるのかと期待して、

 

「こんにちはー。藤咲君と椎名さん、起きてますかー?」

 

 一か月前までは毎日のように聞いていた担任の声にいい雰囲気が吹き飛んでいった。

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

「残念。邪魔が入っちゃった。私、先生出迎えてくるから早く着替えちゃいなよ」

 

 何事もなかったようにぱっと身を離すフーリを見て、レンは妙に名残惜しい気持ちを覚えた。

 行けた、のか? あのままでもいいところで「はい終了ー!」って言われたんじゃないのか? うん、そっちの可能性が高い気がする。

 ぱたぱたと担任を出迎えに行った相棒(?)を見送り、ため息をついて、服とローブをいそいそと着こんだ。

 なお。

 女の子の柔らかい唇の感触は、たとえあのフーリのものであろうともしばらく忘れられそうになかった。

 

 

 

 

「良かった、二人とも元気そうで。他の三人も心配してたよ?」

「あはは、まさか。あいつらは狙ってた女がいなくなって残念がってるだけですよ」

 

 朝から家に押し掛けるなんて日本なら失礼な行為だが、こっちの世界では早朝からダンジョンに向かう者も珍しくないので会える時に会っておかないとタイミングを逃す。

 せっかく来てくれた先生を立ち話だけで帰すのもアレだからと、レンたちは二人分の朝食を三人で分けることにした。

 ここでの生活はダンジョンを攻略して得たお金や戦利品、それらを使って街で購入・交換した品々に依存している。数少ない大人である先生も決して楽な生活ではないらしく、恥ずかしそうにしながらも嬉々としてパンやスープへ手を付け始めた。

 

「うん。こんなところだから仕方ないけど、男女が一緒に生活するって色々問題があるものね。もしできたら、今度は女の子だけで組んだ方がいいかも」

 

 ごもっともな意見ではある。

 ただ、レンは隣に座ったフーリと顔を見合わせて、

 

「あの、先生? 俺が男なのは覚えてますよね……?」

「え!? あ、うん、もちろん! 藤咲君はサキュバスでも男の子なんだよね」

 

 こくこくと頷いてから「女の子の身体にはもう慣れた?」と尋ねてくる。

 サキュバスになって身体が変わったけど女になったわけじゃない。でもレベルが上がるとたぶん完全に女性化する、というのはゲームとかに疎い人には難しかったらしい。

 おそらく先生の中では「男の子だけど女の子なんだよね?」くらいのふわっとした認識だ。

 

「慣れるも何も、男から変な目で見られて最悪です。ダンジョン攻略してる間はあいつらもさすがに真面目だったんで割と助かってはいましたけど」

「そっか。こんな生活じゃ慣れる暇もないかな」

 

 転移して来てから一か月。レンはパーティメンバーとなったクラスメートと共にダンジョンの攻略に励んできた。

 幸いにも先達がこつこつ調べ作り上げてきた地図や攻略法があるため地下一階からの初心者向けエリアではよほど油断しない限り危険はない。

 どういう原理か自動復活するモンスターを倒し、同じく復活する宝箱からちょっとしたアイテムを入手しては売る。

 戦ったり罠を解除したりすると少しずつ経験値が溜まり、レベルアップすると今の種族や職業に応じて強くなる。こつこつとステップアップを繰り返し、どのくらい下にあるかわからない『最下層』を目指すのが今のところの目標である。

 先達にとっては最初の方の階なんて鼻歌交じりにスキップできるレベルではあるのだが、この世界ではあらゆる品の供給が限られる。人手は多ければ多いほどいいらしく、初心者へのサポートも手厚い。

 逆に言うと「今更初心者なんていらないだろうから待ってますね。早く攻略終わらせてください」とはならず、レンたちも化け物退治に追われてきた。

 

「レンってすごく便利なんですよ、先生。攻撃魔法も回復魔法も使えるんです。火も起こせるし水も出せるし街のおじさんたちからもモテモテです」

「ああ、お陰で料理に風呂にこき使われるし、オマケ目当てで買い出しまで押し付けられてる」

「いいじゃない、それくらい。可愛くて得してるんだから」

「男は『可愛い』って言われても嬉しくないんだよ」

 

 軽く言いあいをしながらフーリを睨みつけると、先生がくすくすと笑いだした。

 

「仲が良いんだね」

「べ、別にそんなんじゃ……。こいつが勝手についてくるだけで」

「安心していいよ。嫌って言われてもついて行くし、世話焼いてあげるから。レンは魔法使えるけど料理も洗濯もできないもんね」

「それは、向こうじゃ別にできなくても困らなかったからな」

 

 洗濯機やファーストフード、コンビニ弁当が便利だったのは事実だが、勉強する気がなかったのは別の問題……とは言わない。先生やフーリにはバレバレだったかもしれないが。

 

「俺たち、いつ向こうに帰れるんですかね」

「きっといつかは帰れるよ」

 

 先生は困った顔をしながら明言を避けた。少なくとも三十年、ダンジョンは攻略されていない。同じだけかからないという保証はない。

 この世界で四十五歳になった自分を想像してレンは「うわぁ」と思った。

 

「早く帰りたいなら、やっぱり頑張るしかないよ。みなさんともお話をしてるけど、ダンジョンに潜る人数とレベルが生活水準に直結するみたい」

「レベルアップかあ……完全に女になったら俺、元に戻れるんですかね?」

「……さあ?」

「さあ?」

 

 女二人に無責任な返答をされた。

 これだから見た目に変化がない奴らは。むしろパワーアップしただけなので別に能力がなくならなくてもいい、むしろ日本に帰ってもパワーアップしたままでいいと思っているのだろう。

 人の気も知らないで。

 

「ま、まあいいじゃない。女の子になっちゃったら彼氏作れば? レンならいくらでも立候補者が見つかるって」

「男と結婚するくらいなら一生独り身でいいぞ俺は」

「ああ……」

 

 先生が遠い目になった。

 

「潔癖症ね。年頃の女の子にはよくあることかな」

「だから俺は女じゃ……。っていうか先生、今日は俺たちの様子を見に来ただけなんですか?」

「あ、そうだった」 

 

 ぽん、と手を打った先生は本題を切り出してきた。話をしている間に朝食はほとんど空になっている。

 

「様子を見に来たのは心配だったのもあるけど、二人がもしあの子達と仲直りする気がないようだったら紹介したい子がいるの」

「紹介?」

「それって女の子ですか?」

「もちろん女の子だよ。ただ、ちょっとなかなか仲間にしてあげられるパーティがない子みたいで……。みなさんも困ってるみたいなの」

 

 訳アリか。

 レンたちもこっちに来てそこそこの人と会ったが、それでも良く知らない相手の方が多い。もちろん去年以前の転移者がどんな人達だったかも詳しくない。

 先生は大人なのもあって積極的に彼らと交流を持っており、そういう意味では情報源として信頼がおける。

 

「いったいどんな子なんですか?」

「可愛い子だよ」

 

 いや、そうではなく。

 

「どういう訳アリなのか知りたいんですけど」

 

 この先生、若干天然入っているのでは……? と思いながら言うと、思いがけない返事が来る。

 

「可愛い子なのが問題なんだよ。似てると言えば藤咲君とちょっと似てるかも」

「男に狙われるってことですか? レンみたいに」

「うん、そう」

 

 彼女自身はあまり強くないため、狙われても身を守れるとは限らない。最近こっちへ来たばかりの男は特に軽はずみな行動に出やすいので注意が必要になる。

 

「なら女子と組んでもらえば」

「うーん……女の子同士だと、今度は嫉妬しちゃう子とか出てくるから」

「面倒くさいな」

「ああ、それでレンなんですね? 同じくらい可愛い子がいれば分散するし、レンなら嫉妬とかしないから」

「うん。どうかな? とりあえず会ってみるだけでも」

 

 レンはフーリと顔を見合わせると、どちらからともなく頷きあった。

 どうやらお互いに異存はないらしい。

 魔法使い(サキュバス)と盗賊の二人パーティではダンジョン攻略にも心元なかったところだ。せめてもう一人くらいいてくれるとだいぶ楽になる。

 

「ちなみにその子──その人の職業はなんなんです?」

弓使い(アーチャー)。でも、二人みたいな意味での職業もレベルもないよ」

「それって……」

「うん。こっちで生まれて育った子。迷宮(ダンジョン)ネイティブ世代なんて呼ばれたりもしているみたいなんだけど」

「なるほど。それは下手なパーティに預けられませんね……」

 

 朝食後、先生によって引き合わせられたその女の子は、レンとフーリの想像以上の容姿をしていた。

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