クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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一家に一台、メイドゴーレム

 メイを加えた新生パーティはダンジョン十階も無事にクリアした。

 前衛の追加に加えて一度攻略した経験、レンやフーリのレベルアップがあわさっての快勝。

 主な報酬として世界の欠片二十個+転職石一個が手に入った。

 

「なんか増えたぞ、転職石」

 

 未経験メンバーが一人でもいると攻略が最初からになる、という仕様のおかげである。

 若干裏技めいているが、こうでないと中途加入メンバーは転職の機会が得られないことになりかねない。また、新メンバーに十二分の活躍をさせないといけないので一概にお手軽とも言えない。

 というか、こうやって複数手に入るからこそ、タクマたちに三つも使ってもらうことができた……とも言える。

 現状フーリは転職がいらないので新しい石はひとまずとっておくことになった。

 

 そして、次の休日。

 

「メイ。なにか欲しいものとかないか?」

「? 突然どうなさったのですか、ご主人様?」

「ほら、話し合いの時に頑張ったご褒美だよ」

 

 レンは家でメイと二人きりになった。

 フーリとアイリスは賢者のところへ図鑑を見に行った。マリアベルは例によって部屋で寝ているのでカウントしないものとする。

 新しい後輩は話しかけると意外に饒舌だが、普段は物静かだ。

 休日はリビングで静かに本を読んでいることが多い。ちなみに場所がリビングなのは自室がないからだ。四つある個室はレンたちが占領中。

 誰かと同室、または誰かが二人部屋になって部屋を明け渡す、という話もしたのだが、

 

『ご心配には及びません。私はベッドでの睡眠も必要としませんので』

 

 コンピュータにおけるデフラグあるいはスリープモード的な休眠は取るものの、椅子に座って目を閉じるだけでも問題ない。荷物さえどこかに置かせてもらえれば部屋はいらないというので「本人が言うなら……」とそのままになっているのだった。

 なので夜は暗いリビングで椅子に座って寝ている。

 もし、この家に泥棒でも忍び込んだ場合、ほぼ人間にしか見えないロボ、もといゴーレムと遭遇してぎょっとすることだろう。悲鳴でも上げようものなら目を覚ましたメイに殴られてアウトだ。

 

 リビングに本棚を置く必要はできたものの、どうせ他のみんなの蔵書もあるのでこれは特に問題ない。

 むしろ私物が少なすぎるので、ご褒美にかこつけてプレゼントしようと思ったわけだ。

 しかし、当の本人はあまりピンとこない様子で、

 

「将来的に抱いていただければ私としては問題ありません」

「そこをなんとか。新人を働かせて楽をして終わりじゃ俺の格好もつかないだろ?」

「ボディの損壊もなく、食事の世話もしていただいているわけですので、むしろこの上なく優良な『ご主人様』なのですが」

 

 しばらく考えた上でメイは再び口を開いて、

 

「どうしてもと仰るのでしたら、衣装を一着いただけないでしょうか?」

「ああ、もちろんいいぞ。っていうか、やっぱりメイも服に興味あるんだな」

 

 程度の差こそあれ、女子とはそういうものだろう。

 自費なら他のものを買うかもしれないが、誰かにプレゼントされるなら可愛い服を着るのもやぶさかではない……くらいの気持ちはレンにもある。というか、今の自分を自分と思わず美少女キャラかなにかだとみなして着せ替えするのはそこそこ楽しい。

 

「それで、どんな服が欲しいんだ?」

「はい、メイド服を。デザインはご主人様のお好みで構いません」

「待て、どうしてそうなった。……いや、だいたい想像つくな」

 

 愛人がメイドになる、もしくはメイドが愛人になる話でも読んだのだろう。

 

「ご主人様にお仕えする以上はあれが正装でしょう?」

「マンガとかでしか見たことないぞあんなの。いや、本物のメイドに会ったことがそもそもないけど」

「では、ご主人様の常識も参考になりませんね」

 

 相変わらず言葉に遠慮のない新人である。

 ただまあ、メイの言葉にも一理ある。見た目上は銀髪美少女な彼女がメイド服を纏ったら確かに似合うだろう。

 

「わかった。……でも、そういう服はけっこう高そうだな。クリスマスプレゼントと合体させてもいいか?」

「いただけるものと思っておりませんでしたので、何の問題もありません」

 

 そういうことになった。

 

「ご主人様がどのようなデザインをお選びになるのか楽しみです」

「プレッシャーをかけるんじゃない。俺だってそんな服選ぶの初めてなんだぞ」

「フーリ様とそのようなプレイはしないのですか?」

「できるか!」

 

 日本なら通販で安いサンタ服やメイド服を買って「着てくれ」とか言えなくもないが……って、そういう問題でもない。

 

「問題は店だな。後でみんなに心当たりがあるか聞いてみるか」

「調達元なら私が母から教わっております」

「お前のお母さんもけっこうな変人というか、むしろ元凶だったりしないか?」

 

 ことの真偽はメイの子供にまともな教育を施したらわかりそうだ。

 

「じゃあ、さっそく行ってみるか」

「はい。喜んでお伴いたします」

 

 案内されたのは街の一角にひっそりと佇むこじんまりとした店だった。レンたちにはあまり縁のない界隈というか、エリアとしては娼館に近い。

 中は意外と清潔感があり、並べられた衣装も華やかで、一目見て丁寧な造りがされている。

 

「いらっしゃいませ。……ああ、メイちゃん。それとそっちはもしかして噂の『レンちゃん?』」

「どうも」

「初めまして。……あの、俺ってそんなに噂になってるんですか?」

「もちろん。元男の子で可愛いサキュバスなんて話題になって当然でしょう?」

 

 店主は三十歳前後の女性だった。コスプレが好きなのだろう。本人もゴスロリ衣装に身を包んでカウンターの向こうに座っている。

 髪の色が黒ではなく、少しくすんだ金色だが、

 

「ああ、これはウィッグ」

「あ、染めてるわけじゃないんですね」

「髪用の染料はなくもないけど結構高いの。ウィッグの方が色も長さも手軽に変えられるでしょう?」

「確かに」

 

 ウィッグは人毛を買い取って染料で染めて作るらしい。

 店主はレンの髪をうっとりと見つめて、

 

「レンちゃんの髪なら染めなくてもそのまま使えるでしょうね……。丁寧に伸ばしてね? いざとなったら高く売れるから。なんなら私が買ってあげる」

「考えておきます」

 

 前にアイリスが鬘の話をしていたのはこういう人がいるからか。

 せっかくファンタジー世界(?)に来たのにほぼ全員が黒髪黒目だし、ウィッグやコンタクトには意外と需要があるのかもしれない。

 

「ところでご用向きは? どんな衣装をお探し?」

「メイド服はありますでしょうか。できればご主人様が好みそうなデザインで」

「メイド服ならそっちね」

 

 意外といっぱいあった。

 

「それなんてどう? ……ああ、それそれ。いかにも若い男の子が好きそうでしょう?」

 

 カウンターから指さされた一着を手に取ると、それはコルセット付き・スカートとエプロンが一体化したタイプの衣装だった。胸の部分にあらかじめ布の余裕が作られており、胸の大きな女の子が着れば非常に破壊力があるだろう。

 メイのサイズだと少々心もとないものの、

 

「バストサイズをアップする必要がありますね」

「スリーサイズが可変って便利だよねー。妬ましいくらい」

 

 身体の方を服に合わせるという暴挙。

 メイなら極論、ここにある衣装全て着られるわけだ。

 

「いかがですか、ご主人様? この衣装で許されるめいっぱいまでバストサイズを上げることもできるかと」

「こんな可愛い子にそんな衣装着せて何をするのかしら」

「作った人が言うことですか!?」

「この店のお得意様には娼婦も含まれていますからね」

 

 とりあえず衣装は元に戻してもらった。あんな衣装をプレゼントした日にはフーリやアイリスからまた「ふーん」と言われるのが目に見えている。

 

「ご主人様は大きい胸がお好きなのですよね?」

「いや、まあ、嫌いじゃないけど。別に女の子の価値はそこだけじゃないぞ」

 

 フーリたちの胸()()が大きくなったとして嬉しいか、と言われると微妙である。彼女たちには彼女たちの良さがあるわけで、安易に巨乳になられてもバランスが崩れるというか、好きになった子とは別人になってしまったような寂しさがある。

 メイはこれに頷いて、

 

「貧乳もお好きなのですね。幅の広いご趣味で尊敬に値します」

「おい、ちょっと端的に纏めすぎだろ」

 

 結局、レンはスタンダードなメイド服に近い一着を選んだ。スカートの長さはひざ下で、エプロンにフリルが多めについているのが可愛らしい。

 しっかりしているので忘れがちだがメイは十三歳。この子にはこれくらい落ち着いたものの方が似合うだろう、と思ったのだ。なので決して日和ったわけではない。

 

「うちの衣装は基本手洗い推奨だけど、大丈夫よね?」

「はい。うちには洗濯機なんてありませんから」

 

 文明の利器がないおかげで服選びは逆説的に楽である。

 会計を済ませると、レンは衣装の包みをメイに差し出して、

 

「この前はよく頑張ったな。……それから、少し早いけどメリークリスマス」

「……ありがとうございます、ご主人様」

 

 包みを受け取った少女は真っすぐにレンを見つめると、ぎゅっと包みを抱きしめて、

 

「大切に使わせていただきます」

 

 意外なほどまっすぐな反応にレンは「……反則だろ」と誰にも聞こえないように呟いた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 家に帰ってフーリたちと合流すると、買ってきた衣装を見た少女たちは、

 

「可愛い!」

「素敵です!」

 

 幸いジト目で見られたりはしなかった、とレンはほっと胸を撫で下ろした。

 さっそく着て見て欲しい、と言われたメイが着替えを始めるのもどことなく微笑ましい。

 ただ、リビングでいきなり着替え始めるのは勘弁してほしかった。女同士だから構わないのだろうが、一応礼儀として目は逸らした。

 今のメイに似合うものを選んだので衣装はばっちり映えた。

 銀髪の美少女メイド。なんというかやりすぎなくらいにハマっている。

 

「いいなあ。なんか私もこういうの欲しくなってきちゃう」

「フーリたちにもクリスマスプレゼント用意するから、買ってもいいぞ?」

「いいですね。いっそのことみんなで着ませんか?」

「みんなで着たらご主人様がいないのにメイドの群れが出来上がるぞ」

「でも、大掃除する時とかは気合い入りそうだよ?」

「それはいいかもな」

 

 しばらく盛り上がったものの、フーリやアイリスはプレゼントに別のものを希望してきた。

 フーリはマンガ、アイリスは歴史の本。

 

「そんなのでいいのか?」

「だって、メイちゃんのはご褒美+プレゼントでしょ。私たちがクリスマスプレゼントにもらっちゃったら不公平じゃない」

「それに、私たちは自分でも服を買いますから」

 

 コスプレは楽しいが、さすがに外では恥ずかしくて着られない。もちろんダンジョンにも着ていけないのであまり実用的ではない。

 

「私は問題なく外出できますが……?」

「メイくらい堂々としてたら逆に大丈夫かもな」

 

 メイド服を得たメイは積極的に家事をすると宣言、

 

「食事の支度も任せていただいて構いませんが」

「ご飯は私たちが作るからいいよ。ね、アイリスちゃん?」

「はいっ。料理をするのは楽しいですし、狩人としても必要な技術ですから」

「では、私は掃除と洗濯を担当しましょう」

 

 ゴーレムであるメイは暑さや寒さにも強い。

 冬は特に水が冷たいため洗濯はかなりしんどかったりする。なのでレンたちの場合、レンが作ったぬるま湯を使ったりすることが多かったのだが、メイなら井戸から汲んだ水にそのまま手を突っ込んでも平然としている。

 

「もみ洗い用のアタッチメントを用意したいところですね」

「腕の付け替えまでできるのか」

「はい。生成するためのコストはかかりますが、ある程度のオプションでしたら可能です。母はドリルすら運用していました」

「ドリル」

「私ではまだとてもあの威力は出せません。食材を削るのがせいぜいですね」

「それでも十分役に立つんじゃない? かつお節削るとか」

 

 ただ、残念ながらかつお節が手に入らない。

 

「ん? 削る道具か……なあ、かき氷とかどうだ?」

「あ、いいかも!」

 

 氷なら氷室にたくさんある。

 メイに頼んで削ってみてもらったところ、ガリガリガリと特徴的な音を立てつつ細かい氷の山が出来上がった。これを器にこんもりと盛り、常備しているジャムを載せれば完成である。

 

「んー! 美味しい!」

「いいな、これ。ナイフで削るとめちゃくちゃ大変だからできなかったけど」

「はい! とっても美味しいです!」

 

 ケーキを作ろうとすると食材にけっこうな金がかかる。その点、かき氷ならジャムと氷さえあればいい。この場合、氷は「ジャムを食べるためのつなぎ」として非常に優秀である。

 パンに載せると主食っぽくなってデザート感が薄れる。

 

「これで夏だったら最高なんだけど」

「私としては氷の固定が課題ですね。片手で固定しつつ氷を削れるようなアームを作る必要があります」

「賢者さんとかの世代に聞いたらかき氷器の作り方教えてくれそう」

 

 さすがに作り方までは教えてもらえなかったものの、形状を絵にしてもらえたのでメイがそれを元に「かき氷用アーム」を作成、レンたちの間で家宝の一つとして扱われるようになった。


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