クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった 作:緑茶わいん
年末年始はダンジョン攻略はお休みということにした。
飲み過ぎて動きたくなくなったから、というわけでは決してない。クリスマスパーティをやって「今年一年お疲れ様」ムードを出した後、ダンジョンでばたばたするのは微妙じゃないか? と思ったからだ。
他のパーティも似たようなところは多いらしい。
代わりに大掃除をしたり、繕い物に精を出したり、攻略本をあらためて精査してみたりといったことに時間を使った。
大晦日は年越しそば……は無理だったのでスープパスタを食べた。
日の出に執念を燃やしている例の会は有志を募って川で月見会、からの日の出を見る会を決行したらしい。
(レンたちはそこまでして風情を感じたいとは思わなかったし、行ったらお酌させられて大変だろう、ということで不参加)
時計もないし起きていてもなあ……ということで普通に寝た。
翌朝。寒さを感じて目を覚ますと、
「うお、積もってる……!」
外が一面、銀世界になっていた。
夜のうちに降ったらしい雪が数センチは積もっている。お陰で窓を開けるのも一苦労である。「ファイア」の魔法で出した炎を使い遠めの距離から温めてから開くと、
「おはようございます、ご主人様。雪ですよ、雪」
「なんで雪だるまなんか作ってるんだ、メイ」
「勿体ないかと思いまして」
ゴーレムの少女が家の庭で遊んでいた。
服は上下一枚しか着ていない。長袖だからまだマシだが、さすがに寒そうである。
メイは自身の半分ほどの大きさの雪だるまの傍らに立って真顔のまま、
「犬は喜び庭駆けまわるものなのでしょう?」
「犬か」
「わんわん」
せめて表情を作って欲しい。いや、白い雪に銀髪の少女はとても映えるが。
「どうしたの? なんか騒いでるけど……って、なんでメイちゃん雪だるま作ってるの!?」
「そうなるよなあ……」
程なくアイリスも起きてきた。彼女も雪にはしゃぐかと思ったら「雪が降ると動物たちの活動が鈍るんですよね……」と渋い顔。
とりあえず火起こしや水の用意を済ませ、フーリとアイリスに朝食の支度をお願いして、
「俺もちょっと外に出てくるかな」
「雪だるま作るの?」
「雪を解かすんだよ!」
メイと同じような格好でも風邪はひかないだろうが、一応もっと着こんだ格好で外へ。新年早々、かなり強烈な寒さである。
「あ、新年の挨拶忘れた」
「朝食の時でいいのではありませんか?」
「それもそうだな」
メイが遊ぶ分の雪は確保してやりつつ、家の周りに積もった雪へ「ファイア」を次々に放り込んでいく。何発か投げれば風呂を沸かせる程度の火力はあるので雪は次第に解けて水へと変わっていった。
「おお、これなら雪かきいらずですね」
「MP使ううえに地面が水浸しになるけどな……」
「MPの補給でしたら私をお使いください」
「冷え切った手でほっぺを触るんじゃない」
これでもかと冷えた無機物の手はある意味凶器だった。
ともあれ、多少のエナジードレインはできた。浮けるのを活かして屋根の雪も処理する。一気にやろうとすると「どさっ!」と落ちてきかねないので場所を見つつ解かすのがポイント。
「うわ、すごく便利そう。ね、良かったらこっちも手伝ってくれない?」
「いいですよ」
近所の家からも声をかけられ、そっちの雪にも炎を打ち込んだ。
たっぷりあったMPがごっそり減ってしまったものの、そのお陰で経験値がアップ。身体を動かしたことで体感温度も和らいできた。
メイは残った雪を一箇所に集めたうえで雪だるまの兄弟(姉妹?)を量産していた。
「父の故郷の雪はもっと水分が多くて雪だるまが作りやすいとか。羨ましい話ですね」
「あー。俺は雪を嬉しいと思ったのとか子供の頃だけだな。中学入ってからは普通に面倒くさかった」
解けたら解けたで路面が滑る原因になるし、積もったら歩きにくくて通学に手間取る。
大学受験の日は高確率で雪が降る、なんていう伝説もあった。
「……大学かあ。戻ってから受験するの面倒だな。いや、その場合、高一からやり直しになるのか?」
「レンー、メイちゃんー。そろそろご飯にしよー」
「おう」
「わかりました」
家の中に戻ると朝食の支度ができていた。
おせち料理は海産物が結構な割合を占めるのでこれまたきちんとは再現できない。それでも栗きんとんや野菜の煮物などが並べられ、近所の家が年末についた餅を使って雑煮も用意された。
さらに、小さめのボトルに入った透明な液体。
「おお、日本酒か」
「うん。お米が貴重だから高いんだよね、これ」
寝ていたマリアベルも起きてきて「リビングは暖かいですね」と目を細めた。
全員が食卓についたところで、
「あけましておめでとうございます」
恒例の挨拶。異世界に来てまでやることか、という話もあるが、なんとなくやらないと落ち着かない。アイリスたちにしても親世代がそんな調子だから普通に毎年やっていたらしい。
「お餅は一人二個までだからねー。それ以上のお代わりはなし」
「マジか。うんざりするほど食べてたのが懐かしいな……」
「ねー。向こうじゃおっきな袋に入った切り餅が安く買えたもんね」
米は作るのに広い土地が必要になる。現状だとたくさんは獲れないのでなかなかの高級品だ。もち米となれば猶更。
「あれだな。山作るとか言う前に田んぼ増やすべきなんじゃないか?」
「そうかも。せっかく川作ったんだし有効活用できそうだよね」
「でも、森を広げる邪魔にならないようにもう少し川を伸ばしてからにして欲しいです」
「そういえば川で砂金は取れないでしょうか。貴重な素材ですので是非取り込みたいです」
「メイさん。硬貨を食べるのは極力避けてくださいね。流通が滞りかねません」
レンも朝から動いてカロリーを使ったせいかいつもより多めに食べた。
日本酒の力もあって身体はぽかぽか。動く気力があるうちに風呂を沸かして身を清める。わざわざ昼間から風呂に入るのは体温を持続させるためもあるが、それ以上に外出の予定があるからだ。
綺麗になった身体に纏うのはクリスマスでもらった下着とドレス。
「まあ、一番晴れ着っぽいのって言うとこれだよな」
色はこの際気にしない。この異世界ではさすがにそこまで厳密なものではない。フーリやアイリスもそれぞれに私物の中から華やかな服を選んで身に着けている。
「ご主人様。私はメイド服でよろしいでしょうか?」
「さすがにコスプレはどうなんだ? いやまあ、一番高い服ではあるし、いいのか」
「では、レンさん。私の装いはいかがでしょう?」
「マリアさんは……着物ですか!?」
艶やかな赤色。髪もかんざしで結い上げられており、彼女だけまるで日本にいるかのような」
「すっごい。それ、いくらしたんですか?」
「まあ、家一軒分くらいは払いましたね。仕事で特別に見栄を張りたい時用のとっておきです」
娼婦たちもこういう専用の衣装を一着は持っているという。マリアベルの場合は責任者の立場なのでエロい意味での接客用ではなく、普通の着物である。にじみ出る大人の魅力ばかりはどうしようもないが。
「じゃ、行くか。初詣」
「おー!」
向かう先は、神殿。
外に出ると他にも同じ方向へと歩くグループの姿がある。
一月一日の神殿は普段とは異なり、神社のような役割で用いられているらしい。初めてのレンたちは半信半疑だったが、近づくにつれて賑わいが大きくなっていくのを見ると実感が湧いてくる。
有志によって除雪されたらしい石の階段は綺麗になっており、上っていく人と降りていく人が何人も見られる。
男はラフな格好の者も多いが、女子の多くは思い思いに着飾っており、レンたちの格好もそれほど目立たない。ほっとしつつ階段を上ると、
「おお、君達も来たか。あけましておめでとう」
「あ、賢者さん。あけましておめでとうございます」
「今年もよろしく……いや、まあ、ほどほどに付き合っていきましょう」
「待て。どうしてそこで口ごもった」
日頃の行いのせいである。
神殿内はダンジョンの入り口が今日だけ封鎖され、聖職者系クラスの女性数人がおみくじを販売し、ホットワインを配っている。
知り合いに挨拶回りを行っている年長者の姿も複数見られ、賢者もその中の一人だった。酔っているのか若干顔が赤い。
「そうだ。あんた、ショウたちを変に唆さなかったか? まだ若いんだからプレッシャーをかけすぎるなよ」
「心外な。約束通り君達を紹介したりはしなかったし、安全に配慮して紹介先を選んだ。……『どうしてもレンたちが良ければ直接交渉しろ』とは言ったがな」
「それが余計だったんじゃないか?」
「断って引き下がったのなら問題なかろう。それより、一杯どうだ?」
差し出されたワインは「悪いけどやめとく」と辞退した。
「家で一杯飲んできたからな。これ以上飲むと眠くなりそうだ」
「なるほどな。違いない」
「賢者様。お母さんたちとは会いましたか?」
「いや。娘たちもいることだし、午後になってから二人だけで来るのではないか?」
「そっか。じゃ、私たちから森に挨拶に行こっか」
「そうだな」
「では、私は娼館の方に顔を出してきます」
途中でマリアベルと別れたレンたちはアイリスの家へ挨拶に行き、主に女性陣から歓迎を受けた。
「せっかくですからお雑煮でも食べていってください」
「いいんですか?」
「ええ。多めに調達していましたから」
さすが、森の管理者の家はご馳走のグレードが違った。レンたちより格段に豪華な正月料理を振る舞われ、期せずして再びお腹がいっぱいになってしまった。
ちなみにメイの家の方はというと、
「我が家への挨拶はいらないでしょう」
「どうして?」
「どうせいつも通り夫婦でいちゃいちゃしているだけです。下手をすれば妙な場面に出くわしかねません」
「うん、やめとくか」
三が日が過ぎたあたりで挨拶に行くことにして、アイリスの妹たちにお年玉を渡したりしてのんびりと過ごした。
◇ ◇ ◇
十二階のボスはオークエリート。
ウォーリアの強化版であり、攻撃力と体力がさらに高くなっている。攻撃方法は「近づいて斧を振り下ろす」とシンプルだが、選択肢がひとつしかないからこそ迷いがなく恐ろしい面もある。
通常のオーク二体とウォーリア一体を連れたこのボス相手に、開幕、アイリスの新魔法が放たれた。
「ストーンバインド!」
ハーフエルフの少女の要請に従った大地の精霊がボス部屋の床石を動かし、エリートの足へと纏わりつく。十分に絡まったらすぐさま硬化して彼(?)の足を繋ぎとめた。
作戦成功である。
ファイアボルトよりも難度が高いうえ、下手に床を荒らすと後で通る時に困る……ということで使いどころが悩ましかった呪文だが、ボス部屋なら多少暴れても問題ないし、オーク系の敵には遠距離攻撃がない。
「皆さん、今のうちに!」
足の拘束をなんとかしようともがき始めるエリートへ弓を射かけながらアイリス。
もちろん、この隙を逃すわけにはいかない。
「ストーンレイン!」
アイリスが石で来るなら自分も、ということで、レンは「アローレイン」の属性を変更、大地の属性に変えて降らせた。
物理属性となる代わりに物理的な衝撃を伴うようになり、オークたちの足を多少ながら繋ぎとめてくれる。
MP量というアドバンテージを活かして二度、三度と発動させて時間稼ぎ、およびダメージの蓄積を行ったところで、
ゴッ!!
オークの片方に駆け寄ったメイが手にした「武器」を跳躍しながら叩きつけた。
オークからのドロップ品。木製の大きなこん棒がゴーレムの怪力を余すところなく伝え、半ばのところで折れ砕けながら大ダメージを叩きだす。
「やはり木製の武器は強度の問題がありますね」
だが、十分な戦果は挙がった。
こん棒を喰らったオークはメイが立て続けに繰り出した蹴りを『急所』に受け、光の粒子となって消滅。
「フーリさんもあの急所を狙ってはいかがですか?」
「やですよ。そんなことしたらナイフ買い替えなきゃいけないじゃないですか」
「血や内臓より嫌か。……嫌だな」
仕方ないのでレンがマナボルトの土属性版「ストーンスピア」で狙ってみた。狙いは微妙に外れたものの、メイが取り出した二本目のこん棒が上手く当たって撃破。
「土属性もなかなかいいな」
「調子にのって石碑を壊さないようにしてよね?」
敵の数が減ったところでフーリのバックスタブも決まり、年始最初のダンジョン探索も見事、成功に終わったのだった。
「しかし、難易度の上がり方がえぐいな」
「今の敵とかゴブリン軍団と戦ったら勝てるもんね、たぶん」
キングが率いていてもゴブリンはゴブリン。オークにかかれば二、三体まとめてなぎ倒されかねない。的がでかく動きが早くないからなんとかなっているものの、総戦力は早くも危険なレベルに到達している。
「十六階とかまで行ったあいつらはすごいな、本当」