クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった 作:緑茶わいん
オークヒーロー。
エリートよりさらに一回り威圧感のある屈強な戦士。こいつらにはHP・攻撃力を上げる以外の進化はないのか。おそらくないのだろう。
ウォーリア二体、エリート二体を従えた彼は強敵としか言いようがなかった。
「フリーズ・アロー!」
空中浮遊によって射線を作り、五十本に増えた「マジックアロー」を氷属性に変換して射出。「マナブースト」も加えたことで矢の先端は鋭く硬くなり、オークたちを強かに襲った。
レンの掲げるランタンからは「ファイアボルト」が飛び、アイリスの矢が精度よりも速度重視で次々に突き刺さっていく。
さらに二度、氷の矢を降らせながら徐々に接近したレンは、敵の斧が届かない高度を維持しながらブースト付き「マナボルト」を叩き込む。
身を屈めながら接敵したメイが拳を振るい、アイリスを狙おうとする敵はフーリが挑発して気を惹いた。
敵の武器が何度もレン、メイ、フーリの間近をかすめる。
「ライトニングボルト!」
雷属性の魔法は敵に僅かな痺れを残すらしい。動きが鈍ったのを機にさらなる攻撃を叩き込み、最初の一体が消滅すれば形勢はレンたちに傾いた。
「……さすがにボス戦は緊張するな」
戦いが終わるとすぐ、レンは地面に降りて床に座りこんだ。
魔法の連続行使による精神的疲労がきつい。弓と魔法を連発していたアイリスも傍らに座りこみ「ちょっと休憩です」と笑った。
今日はこれで終わりのつもりだから急ぐ必要もない。
両手両足、胴体の状態をチェックしている銀髪のゴーレム少女を見て、
「メイも少し休憩したらどうだ?」
「おかまいなく。先に石碑の写しを進めておきます」
「あ、ありがとうメイ」
「お気になさらず」
事務的な見た目とは裏腹にメイはとても気づかいができる。甘えてしまいっぱなしの彼女にはもっとお礼が必要かもしれない。金属塊でも買って渡すか、それともあの店でもう一着何か衣装を買い求めるか。
メイは汗をかかず老廃物も排出しないとはいえ、たまには衣装の洗濯が必要である。
レンのお小遣いの出所がメイの協力によるダンジョン攻略、というのが少々アレだが、こっちからも甘やかしてやりたい。
「っていうか結局、オークも増えまくりだよな」
「本当にねー。どこから湧いてくるのかって言いたくなるよ」
無から無限に生み出されているように見えるモンスターたち。
ダンジョンを作った人間が「世界を解放させたい」のだとすればなんでこんな邪魔をするのか。その辺りも攻略を進めて行けばわかるのだろうか。
思考を遠くに向かわせていると、レンの手に触れるものがあった。そろそろと伸びてきたアイリスの手だ。
消費したMPがじわじわと、しかし確実に補充されていく。お礼を言おうと振り返ったら少女の唇が目に入ってなんだか照れくさくなってしまう。
アイリスの方も頬を染め──それでもこちらをじっと見てきて、
「レンさん。……MPは足りていますか?」
「いや。今日はもう帰るだけだし」
ヘタレと言われようとも、人前ではさすがに恥ずかしい。
それを見たマリアベルが反対側に座ってもう一方の手を取り、
「では、せめてこれで補充してください」
「ありがとうございます」
ダンジョン十三階をクリア。
この調子で行きたいところだが、きっと次の階はもっと手強いのだろう。
◇ ◇ ◇
「いや。お前とこうやって酒飲むとかなんか変な感じだな」
「本当はまだ飲んじゃいけない歳だもんな」
「こっちじゃ普通にみんな飲んでるんだよなあ……」
休日。
常備していた酒とつまみが減ってきたので補充しようと街に出たところ、馴染みの男二人とばったり会った。ショウとケンを預かるパーティの男性陣、彼女とダンジョンに潜っているリア充どもである。
せっかくだから話でもしないか、ということでやってきたのは街中にある酒場。
カレンダー的に言うと平日だが、この世界では曜日はあまり関係ないので店には普通に客が入っている。人目がある方がお互い浮気を疑われなくて済むので個室ではなくテーブル席の一つに陣取る。
この酒場に来るのも久しぶりだ。
タクマたちと組んでいた頃に来たことがあるが、別れてからは来なくなった。メイやアイリスを連れてくるような店ではないし、ボス戦後の打ち上げは例の洋食店が恒例だ。
しばらくぶりだと若干テンションも上がる。
メニューを見ると、前に来た時と大きな変化はない。ここは料理の味は普通だが酒の種類が充実している。せっかくだから普段あまり飲まないエールを注文。
つまみは揚げたじゃがいもにした。フードメニューがどことなく冒険者酒場っぽい感じなのもここの特徴である。
「じゃがいもか……」
「あれ? お前ら芋嫌いだったか?」
レンの注文に対する反応は微妙。
向こうじゃファーストフードでさんざん食べていただろうにどうしてかと首を傾げれば、
「いや、飽きた」
「じゃがいもとか主食だろ。飽きるわ」
「あー。うちはパンが多いからなあ」
地球でもそういう地域があったように、じゃがいもはここでもメインフードの一つだ。茹でたり蒸したりして白米やパンの代わりに食べることも多い。
特に節約したい家にとっては強い味方である。
「それに揚げ物とか家じゃなかなかできないだろ? だから揚げ芋はいいな、って」
「くそ、毎日パン食べてるとか金持ちかよ」
そう言う二人はエールの他に
魚の方は川を作った成果だろう。
四、五キロまではなんとか完成し、会のメンバーは月見と日の出をそれなりに楽しんだらしい。「引き続きデザインを頼む」とアイリスのところに依頼が来たので「来年の年末までには」と約束している。
「なかなか手が出ないと言えばビールもそうだよな」
「ああ、保存が難しいからな」
エール、というのはビールの種類だ。
もう少し詳しく言うと製法の名前である。
日本で一般的なビールはラガーという別の種類のビールなのだが、ぶっちゃけレンは日本のビールを飲んだことがないので味の違いはわからない。
「それもあるけど、女ってビール苦手じゃないか?」
言われてレンは「そういえば」と思った。前に来た時はフーリも一緒だったが、彼女はワインか何かを飲んでいた気がする。
独特の苦み、あるいは炭酸がだめなのだろうか。
考えていると二人から見つめられて、
「お前は平気なのか、ビール?」
「いや、俺はこうなる前から飲んでたし」
話している間にエールが運ばれてきたので乾杯して口にする。
ほら大丈夫、と笑おうとしたものの、不思議なことに前ほど美味しく感じない。
「……これってこんな味だったか?」
「ああ、特に変わってないと思うけど?」
「やっぱり駄目なんじゃないか」
所詮は女か、みたいな顔をされて少々むっとしたレンだが「飲んでやるから他の頼めよ」とメニューを渡されたので気を取り直した。
なかなか気遣いができる男である。だからモテるのかもしれない。
今度は素直に赤ワインを注文。
「あ。っていうか俺が口付けたのって嫌じゃないのか?」
「別に。知らない奴ならアレだけど。そこまで気にしてたらこっちじゃやってけないだろ」
「確かにそうか。ありがとう」
気にしていないのを示すようにぐいっと杯を傾ける向こうのリーダー。笑って礼を言うと彼は何故か頬を赤くして視線を逸らした。もしかしてもう酔ったのだろうか。
「炭酸系は酔いやすいらしいからゆっくり飲めよ」
「……ビールはぬるくなると美味くないだろ」
言い訳するように口にしたリーダーに相棒が「あいつに告げ口しとくな」と告げ、むっとしたリーダーが、
「じゃああの件をあいつにバラす」
「なっ、お前、それは反則だろ!?」
「先にやってきたのはそっちだろうが」
「……なんか楽しそうだな、お前ら」
懐かしい男同士のやりとり。なんだか羨ましいと思っていると、二人が気を取り直したように居住まいを正した。
料理も運ばれてきたので三人で適当につつく。
「可愛い女の子に囲まれてるお前が何言ってんだ」
「いや、だって俺も女子だし」
悔しかったらサキュバスになってみろ、と暗に示すと、
「………」
「………」
「なんだよ」
「いや、随分覚悟決めたんだな、って」
「そりゃあな」
完全にサキュバス化してから既に何か月か経っている。
胸もいつの間にかフーリたちを追い越して推定Cカップくらいの大きさに突入しているし、女子ならではのあれこれも経験した。
これで「俺は男だ」と言い続けるのも無理がある。
「慣れだよ慣れ。抵抗するのを止めると一気に楽になるぞ」
「そんなもんか……。結婚も似たようなものなのかね」
「え、結婚するのかお前?」
目を瞬いて尋ねると、相棒からも似たような視線が送られる。どうやら初めて口に出したらしい。
リーダーは苦笑して、
「まだ考えてるだけだけどな。……今のままのペースで攻略したって、百階に着く頃には二十歳近いんだ。こっちで暮らす覚悟決めた方がいいだろ」
「ああ。それは、な」
もちろん、今のままのペースで百階攻略なんて絶対に無理だ。彼もそれはわかっているだろう。だからこそ先のことも考える。
「相手は?」
「あいつに決まってるだろ。誰かに聞かれて変な勘違いされたらどうするんだ。責任取れよお前」
「いや、説得に協力するぐらいはするけど……めちゃくちゃ焦ってるなお前」
「あのな……。いいか、この世界に女はいくらでも
めちゃくちゃ真剣なトーンで言われた。
ため息をついたリーダーは若干声を抑えて、
「別れたらもう二度と会わないわけじゃないし、あいつだって俺と別れたら俺の知ってる誰かと付き合うんだ。好きな相手なら大事にして当たり前だろ」
「……なるほど。いい奴だな、お前」
レンと同い年。まだ高校一年生だというのに色々考えている。
感嘆して呟くと、彼は「これくらいはな」と笑った。
「なんか、男友達に話しているのかあいつの女友達に話してるのかよくわからんけど」
「それは……あー、うーん……どっちだろうな?」
「わからないのかよ!?」
あらためて考えてみるとなかなか難しい問題だった。
レンは彼らを男友達と捉えて接しているものの、一方で自分を女子だとも思っている。気を遣わなくていい同性、とは言えないが、かと言って異性というほど遠い存在かと言われると困る。
相棒の方もうんうんと頷いて、
「滅茶苦茶可愛い顔と声で『俺』とか言うんだもんな、お前」
「口調はまた別の問題だからな。特に困ってないし」
これが日本なら損をする場面も多いかもしれない。レンが元男子という事実を知らない人も大勢出てくるだろうが、この異世界なら翼と尻尾を見ただけで圧倒的多数の人が「ああ」と察してくれる。
荒事の影響で話し方の荒くなる者も男女問わず一定数いるので無理して変える必要がない。
「っていうか、お前たちから見ても俺って可愛いのか?」
「自慢かよ」
「可愛いに決まってるだろ」
馬鹿なのか? という目で見られた。
知り合いから断言されたことについては喜べばいいのか嘆けばいいのか。
「俺を好きになっても何も出ないからな」
「好きにならねえよ!?」
「タクマたちみたいな事にはなりたくないからな」
あの三人は彼らからも「男としてめちゃくちゃ悲惨」と認識されているらしい。
酒がなくなったので新しいのを注文して、
「でもお前、そういう欲とかないのか? サキュバスなんだろ?」
「あったら今、お前らはめちゃくちゃ危険な状況だと思うんだが」
はっとした二人が慌てて水を注文しようとする。もちろんこの酒場でも水は有料なので、レンが「ウォーター」の魔法で出してやった。
これ幸いと水をがぶ飲みした二人はほう、と息を吐く。
ひょっとしてファンタジー世界に酔っぱらった乱暴者が多いイメージがあるのはチェイサーを十分用意できなかったから、というのもあるのだろうか。
「ったく、いきなり心臓に悪い事言うなよ」
「浮気が彼女にバレたら大変だもんな」
「本当にな。その上、相手がお前とかヤバすぎる」
「そうだよな。元男が相手はなあ」
笑って言うと、二人は真顔でお互いを見つめて、
「いや、別にそこは問題ない」
「むしろイケる」
「なんでだよ!?」
「前のお前と顔も声も違うからだよ」
男性口調の美少女はマンガやゲームならたまにいる。現実離れした美少女(レン)がそうでも特に問題ないらしい。
逆の立場だった場合を想像したレンは「まあ、そうかも」と頷いて、
「いや。俺は男に興味ないからな? ついこの前、生やすスキル取ったばっかりだし」
「マジかよ」
「生やすってアレだよな? それってめちゃくちゃマニアックなアレじゃないのか」
「マニアック言うな」
軽くジト目で睨みつけてから、二人に「ここだけの話な」と念を押した。