クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった 作:緑茶わいん
「ここだけの話ってことならついでに聞きたい。……今も生えてるのか?」
「まさか」
穿いているスカートを見下ろしつつ即座に否定。
下着はつけているし目立つこともそうないだろうが、それでもさすがにこの装備は心許ない。
リーダーは「なんだ」と、残念なのか安心したのか良くわからない感想を呟き、
「なんで生やしてないんだ?」
「……お前まさか男が好きなのか?」
レンは若干引き気味で半眼になった。リーダーに近いところに座っていたもう一人も中腰になって席を離そうとする。
「言いがかりはやめろ。……ほら、捨てたはずの相棒が戻ってきたんだろ? 頼りにするのが当たり前じゃないか?」
「ああ、そういうことか。残念だけどそうもいかないんだよ。意識してないと消えるみたいで」
レベルアップごとの計測ついでにフーリと検証した結果である。
出しっぱなしにしていてもMPを消費したりはしないのだが、維持しようと気を張っていない限り一定時間で元に戻ってしまう。
おそらく自然な状態を保つ仕組みがあるのだろう。
「自然な状態、ね」
「自然な状態、なあ」
「なんだよ」
意味深な台詞を吐いた二人は「いや別に」と揃ってはぐらかした。
ちなみに、彼らに言うつもりはないものの、新たに生えたレンの
色は今のレンの肌と同じで質感もどこか滑らか。
敏感なのか軽く触られただけで「ひぅっ!?」と声が出てしまい、フーリに「面白い」と遊ばれそうになった。あれを出したまま出歩いたりするのはそういう意味でも無理そうだ。
なお、意識すれば大きさや形はある程度変えられるようなのだが、これまたしっかり意識していないと元に戻る。使いこなすのはなかなか難しそうである。
「そんな能力手に入れてまで男を避けるとなると、ショウたちは望み薄だな」
「ああ、そういえば。あいつらは元気でやってるか?」
「大きな怪我はしてないし、あれからも頑張ってるよ。ゴブリンには結構苦戦中だけどな」
「そうなのか? 一階はボス戦以外順調だったんだろ?」
年齢的に身体が出来上がりきっていない部分はあるものの、ショウはそれなりにしっかりした身体をしていた。ケンの方も魔法使いなので一定のポテンシャルが出せるはずなのだが、
「ゴブリンもだんだん強くなるだろ。敵の数も多くなるし、俺たちのフォローを最小限にしようとするとあいつらにも負担がな」
「そういうものか」
オークと正面切って戦える戦士がいればゴブリン程度軽くあしらえるだろうが、ダメージを与えすぎないようにしつつ引き付けておくとなるとまた違った苦労がある。
リーダーたちがそうやって難易度を調整している間、ショウたちは全力を強いられるわけで、確かに大変かもしれない。
料理の方もさすがになくなってきた。
リーダーは最後のウインナーを口に放り込むと適当に新しいつまみを注文して、
「お前もわかってるだろ。お前のところのパーティは滅茶苦茶恵まれてるって」
「まあな。性格面でも能力面でもうちはいい子ばっかりだ」
「ああ。ショウたちが悪いわけじゃない。むしろよくやってる。俺たちがもっと上手く指導してやれたら……って思うくらいだけど、あの子達は別格だ」
「そこまで言うのか。お前たちだって同期で一番の出世頭だろ」
タクマたちが自滅したせいもあるが、それでもかなりの攻略スピード。
男二女二、かつクラスのバランスもよく、ショウたちの指導もなんだかんだ上手くやっているようだ。こうして話をしていても嫌味なところがなく付き合いやすい。
十分凄いというか憧れるレベルなのだが、
「お前が言うな」
「そうそう。実質二人だけで後輩二人育てて、今何階だって?」
「この前十三階を終わらせた」
二人が「これだよこの野郎」という顔をした。
「俺たちが四人でどれだけ苦労して十六階まで行ったと思ってるんだ」
「それはもちろんわかってるって。だからこそお前たちのことは尊敬してる」
「嬉しいけどな……。お前とフーリには敵う気がしない」
「戦闘力の話……じゃ、ないよな」
リーダーは「違う違う」と手を振った。
「いや、真剣勝負でもお前の魔法をどうにかできるか怪しいけどな。しかも飛ぶだろお前」
「飛ぶっていうか浮くだけど……ああ、まあ、ジャンプしても届かない距離まで浮けばいいよな」
「そういうことだ。……話を戻すと、フーリはめちゃくちゃコミュ力高いだろ?」
「ああ、あいつのあれはやばいな」
異性でも物怖じせずに話しかけて世話を焼けるのは昔のレン自身でよくわかっている。
「お前のところの料理も美味かったってショウたちが言ってたぞ。うちの二人が対抗意識燃やしてた」
「あれはアイリスとの合作だけど……そっちの料理はどうなんだ?」
「別に不味くはない。不味くはないし、最近は上手くなってきたけど、最初の頃は料理する度に悲鳴上げてたな」
調理器具の違い、火加減の問題など日本とは全く違うから仕方ない。
「文句にならないように気をつけて苦情を出してみたら『なら自分でやれば?』だぞ」
「いや、それは俺もそう思う」
「お前、そこで女子の味方するのかよ」
「そりゃそうだろ。家事全部やらせるならダンジョンには男だけで行かないと釣り合わない」
安全なところで待っていてくれれば俺たちが稼いでくるから、とやってもなお「家事やりたくない」と言うのならレンも「それはおかしい」となるだろう。
「まあ、そう言いつつ俺も家事は任せっきりなんだけどな……。やってるのは火起こしと水の用意くらいだ」
「いや、割と凄いけどなそれ」
「うちでもケンが毎朝早く起こされてこき使われてる」
本人からすれば「魔法でぱぱっと」ではあるものの、ないと手動で一生懸命やらないといけない。家事をする者にとっては死活問題なのである。
新たに届いたつまみを前にリーダーは「まあ、あれだ」と言って、
「ショウたちにも少しは情けをかけてやってくれ」
「? ああ。相談には乗ってやるつもりだし、遊びに付き合うくらいなら喜んで」
何故か「駄目だこれ」と頭を抱えられた。
◇ ◇ ◇
体格はヒーローと大差ないものの、他のオークよりも豪華な装備を身に着けた個体──オークロードが苦悶の声と共に消えていく。
十四階のボス攻略が無事に終了し、部屋には静寂が訪れた。
「どんどん偉くなっていくな、オーク連中」
「オークばかりの戦場は十五階で終わりですからね」
愚痴のごとく呟いたレンにマリアベルが応じてくれる。
ここぞとばかりに抱き留められて両腕に包み込まれるのは正直恥ずかしいのだが、温もり的にもMPの補充的にも心地いい。
弓を下ろしたアイリスが首を傾げて、
「ロード……ってたしか偉い人ですよね? 十五階のオークはなんなんでしょう?」
「オーククイーン」
「オークは女性の方が偉いんですか……!?」
おそらくロードは地方領主──部族長くらいの位であり、トップに君臨しているのがクイーンなのだろう。
あるいは、ゲームめいたこのダンジョンのことだしその辺の設定は適当なのか。
「クイーンってことは、ゴブリンキングの時と同じくらいきついんだろうなあ」
「五の倍数だしね。敵、何体だっけ?」
「八体ですね。ロードとクイーン以外のオークが二体ずつです」
「……難易度を上げるために数を増やせばいい、というのはいささか短絡的では?」
メイが若干不満そうに呟く気持ちもわかる。
とはいえそれで敵が変わるわけでもない。結局のところ、十分に備えて臨むしかないわけで。
「このあたりで戦力の増強が必要かもな」
街にはいくつかの武器店がある。
初心者向け、中級車向け、ベテラン向け、それから女性探索者向けというラインナップ。レンたちが利用するのはもっぱら初心者向けか女性向けの店だ。
今回はまず女性向けの店を訪問。
「いらっしゃい。……ああ、久しぶりだね。死んでないのは知ってたけど」
「あはは、ひどいよおばさん。ほら、私たちは攻撃避ける派だから」
女性向けだけあって店主は中年の女性だ。
アイリスの弓と矢は直接職人に依頼しているため、メンバーで最も利用頻度が高いのはフーリだ。彼女は店主と軽口を叩きあうと、きょろきょろと店内を見回している後輩をぐいっと押し出した。
「今日は私じゃなくてこの子の装備なの。革の鎧でいいのない?」
「この子か。……これはまた特殊な子を連れてきて。下手な鎧より本人の身体の方が硬いんじゃない?」
「やはりそう思われますか」
我が意を得たり、とばかりにゴーレムの少女は頷いて、
「革鎧程度では焼け石に水、下手をすれば動きづらくなるだけなのではと申し上げたのですが」
「んー……まあ、難しいところではあるかもね。でも、着けないよりはいいんじゃない? あんたのお母さんも
「なるほど、母にもそういう時期があったのですね」
「今は違うのか?」
「今は、納得のいくボディが出来上がったので経年劣化さえ補えれば問題ない、と、安全に戦える階で戦っています」
メイも一定の有用性は認めてくれたので、やはり比較的動きの邪魔になりづらい革製の鎧を見繕うことになった。
「あ、おばさん。あと金属製の鈍器とかない? できれば太くてしっかりしたやつ」
「メイスとか? そういうのは男向けの武器探した方がいいね。うちに置いてるのは比較的細めのやつだから」
幸い鎧はちょうどいいサイズのものがあった。胴体と腕だけを保護する軽戦士向けの品だ。
「そっちの子、レンちゃんも何か買って行きなさいよ。
「うわ、おばさんちゃっかりしてる」
「すみません、俺はまだ鎧はいいです。今買うと胸がきつくなりそうなので」
「……種族的に可愛い上に成長期が長く続くとか物凄く羨ましいんだけど」
ジト目になった店主はそれでも気を取り直して「杖なんかもあるから気が向いたら買いに来なさい」と言ってきた。レンとしても発動媒体の方はおいおい購入したいと思っている。
ただ、今日のところはメイの武器だ。
メイだからメイス、というわけではないものの、少女自身が希望したのがそれだった。片手で持てて簡単には壊れず、威力のある武器。重さや重心の問題で取り回しが難しいという欠点はゴーレムの怪力のお陰でなんとかなる。
初心者用の武器店に移動していくつかの品を試し振りした後、これはという品を買い求めた。
支払いはパーティの共有財産+レンの私費から。
「私の装備ですから私が支払いますが」
「いいのいいの。メイちゃんの装備で私たちの生存率が上がるんだから、パーティ全体の買い物だよ」
「そういうことだ」
レンは個人的にも世話になっているので費用の一部を出させてもらった。
メイはしばし逡巡した後「ありがとうございます」と頷いて、
「ですが皆さん、実は私のことを子供扱いしていますね?」
「子供とまでは思ってないけど、メイは実際後輩だろ」
ぽん、と、頭に手を乗せてやると「不本意ですが認めましょう」と言ってくれる。
「受けた恩は働きで返す事にします。どうぞご期待を」
「ああ。頼むぞ、メイ」
十五階のボス部屋ではメイの新装備が役に立った。
レンは雷属性「ライトニングアロー」の雨を降らせて敵の行動を妨害。姑息な手段に怒り狂いながら迫ってきたオークには細腕からは信じられない威力の重い一撃が繰り出された。
メイスの硬度自体はメイの腕と大差ないものの、より体重が乗りやすくなったこととリーチが伸びたことは大きい。振りかぶったメイスの一撃に空いている方の拳で追撃することもでき、格段に攻撃力が上がった。
「勿体ないからあんまり使いたくないんだけど……っ!」
フーリは遊撃しつつ、敵の顔に小麦粉の入った小袋を投げつけて妨害。粉塵爆発なんてレアな現象を狙ったりはしなかったものの、呼吸と視界を多少妨害できるだけで十分。
アイリスも可能な限りの連射で敵を牽制。
しかし、さすがはオーククイーン。今までで最大のサイズを誇り、オスのオークを強化する能力を持つそいつのせいで戦いは長引いた。
レン、フーリ、メイ、アイリスがそれぞれに敵を引き付けながら攻撃しないと追いつかないレベル。最終的にはマリアベルにも一体を撃破してもらい、なんとか攻略。
「欠片が減りませんように……」
祈りの成果か、アイリスやメイの分の欠片はきちんと最大数入ってきた。
床に散らばった欠片を拾い忘れがないように集め、みんなで数えた後はほっと胸を撫で下ろしてしまった。
早くなった呼吸を落ち着けつつ確認した石碑の内容は、
『世界の子らよ。よく進み続けてくれた。これから先、汝らの重荷は少しばかり軽くなるだろう』
もしかして、と顔を見合わせた後、
「ストレージ」
アイリスとメイが唱えると、レンたちにとっては既に慣れ親しんだ異次元収納が後輩たちのために開かれた。