クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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二月のイベント

「ストレージだと……!?」

 

 レンたちの報告に、賢者は前回同様に大きな反応を見せた。

 目を見開いて立ち上がった彼はレンたちの視線に気づくと軽く咳払い。あらためて席に座り直して、

 

「容量は? 我々と同程度の力が与えられているのか?」

「いや。たぶん、俺たちの四分の一くらいだと思う」

 

 検証した結果、だいたいそのくらいだった。

 メイの場合、メイスを収納したらあとは石を少し入れて終わり。ないよりはマシ程度の収納量だ。

 賢者は「なるほどな」と呟き、

 

「石碑の内容から見ても今後、少しずつ容量が増えていくのかもしれんな。二十階までの道のりを遠く感じていたが、迷宮の造り手もなかなか粋な事をしてくれる」

「はい。矢を自分で持ち歩けるようになるだけでも大きな進歩です!」

 

 これでレンたちもアイリスの矢を入れていたスペースに他のものを入れられる。

 重いドロップ品が手に入るとストレージのやりくりが大変だったりするのでこれは正直ありがたい。

 

「ああ。ストレージが解禁されればネイティブ世代と我々との格差もだいぶ縮まる。これは間違いなく朗報だ」

 

 己の指同士を組み合わせ、何やら思案を始める賢者。

 彼の顔には隠しきれない笑みの色がある。

 

「よくやってくれた。今回の報酬は通常よりも弾ませてもらおう。これでまた我々は新たな一歩を踏み出す事ができるな」

「新たな一歩って、ショウくんたちみたいな子をもっと増やすつもり?」

「無論だ。下層まで潜らせないにせよ、一定階層──例えば十五階までを多くの子供たちに経験させられれば我々の暮らしはぐっと豊かになる」

 

 ダンジョン攻略におけるストレージは「装備品を必要な時だけ取り出せる便利な収納」だが、日常生活においては「重い物を簡単に移動させる手段」にもなる。

 店をやっている者や職人なら品物を手軽かつ大量に運ぶことができるし、引っ越しの際などはストレージ持ちを数人動員すれば楽に済む。

 ストレージに満載したうえで両手にも可能な限り抱えれば一人で二人分以上の運搬能力を生み出すことだってできる。

 

「欠片の入手を考えてもメリットは多いからな。早急に第三陣の探索者候補を選定したい」

「第三陣か……」

 

 言うまでもなく第一陣がアイリスとメイ、第二陣がショウとケンである。

 始まってからまだ一年経っていないというのに話がどんどん進んでいく。賢者が前に言ったように、これが新たな動きというやつなのだろうか。

 戦力が増えるのは悪いことではない。

 むしろ「みんなでダンジョンを攻略しよう!」という機運が高まるのは願ってもないことなのだが、

 

「なあ。そんなに急がなくてもいいんじゃないか?」

 

 レンは妙な不安、違和感を覚えた。

 街のリーダーにして最古の転移者である中年男はこれに眉をひそめて、

 

「何故だ? どうせなら早い方がいいだろう。もちろん、指導役の選定も含めて慎重を期すつもりだ。みすみす子供たちを死なせるつもりはない」

「なら、安全を最優先にしたっていいだろ。次から次に新しい奴を送り出していくんじゃ、まるで兵士を量産しているみたいだ」

 

 嫌だと思ったのはおそらくショウとケンの泣き顔を見たからだ。

 アイリスとメイは優秀だし、レンの手の届くところで見守ることができる。けれどあの少年たちは前途有望なだけの駆け出しで、成長にはまだまだ時間がかかる。

 第一陣を特殊な例として除外すれば「ネイティブ世代にもダンジョン探索をさせる」という方策の成果は()()()()()()()()()のだ。

 

「せめてショウたちが十階を攻略するまで待ったらどうかな。もちろん、それだって急かすべきじゃない。あいつらが死んだら元も子もないんだ」

 

 これにはフーリが「そうかもね」と頷いてくれる。

 

「せめて十五階までは到達してくれ、ってどんどん新しい子を送り出すんじゃ、選ばれた子たちはプレッシャーだよ。期待されないよりはいいかもだけど、あんまり期待しすぎると無理させちゃう」

「指導役がいようとダンジョンは安全な場所ではない。その上で志願するのだ。多少の困難は背負って欲しいものだが」

「んー……なんていうのかな。少しくらい無理をさせてでも結果を出させたいのか、子供の成長を見守りたいのか、どっちなのかちゃんと決めるべきじゃない?」

 

 賢者は虚を突かれたような表情になってレンたちを見た。

 彼はしばし思案するように間を置いてから、

 

「我々の世代はゼロから道を切り開いてきた。それに比べれば温過ぎるくらいだ……と断じるのは傲慢か?」

「そこまで偉そうなことは言えないけどな。『自分たちの想いも背負ってくれ』なんて勝手に言われたら『知るか』って言いたくもなるだろ」

 

 背負いたくて背負うのと背負わされるのでは全く違う。

 アイリスの両親への想いは一緒に背負いたいが、この少々極端すぎるおっさんに「自分たちはもっと苦労したから」と言われるのは嫌だ。

 返事はすぐには来なかった。

 数秒後、重苦しいため息と共に吐き出されたのは、どこか寂しげな言葉。

 

「……我々にはもうあまり時間がないのだ」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「悪いこと言っちゃったかな」

 

 家に帰った後。

 リビングのテーブルに腰かけたレンは、フーリの呟きに「かもな」と答えた。

 

「アイリスのお父さんだってもう若くないんだ。あのおっさんなら猶更だよな」

「ん……。あのおじさんならあと三十年くらい余裕で生きると思ってたんだけど」

 

 実際、あと三十年なら生きられるかもしれない。

 ただ、それは本当に「死ぬまで」の計算だ。

 既に一線を退いている賢者。これから体力はさらに落ちていくだろうし、ボケだって始まるかもしれない。彼がリーダーを名乗っていられる間にダンジョンが攻略される保証はない。

 ましてあの男は攻略できなかった時のことも見据えている。

 自分の手が離れるまでに「これからもこの世界で人々は生きていける」と確信できる環境を作らなければ、と焦っているのだろう。

 自分が死んだ後の世界、なんてレンには考えられない。

 寿命で死ぬのはまだまだ先の話だ、とどうしても考えてしまうからだ。理屈ではなく実感としては賢者の気持ちはわからない。

 

「……私たちに『早く子供を作れ』って言うのもそういうことなんでしょうね」

「ああ。……まあ、だからってすぐ子供を作ります、なんて言う気はないけど」

 

 年長者の言うことも少しは尊重してやらないとな、とは思う。

 結局、第三陣の投入については年長者たちで話し合って方針を決める、ということで落ち着いた。

 大人たちが「追加する」と決定し、ダンジョンに潜りたいと立候補する子供が出てくるのならレンたちが強硬に反対することではない。

 

「でも、そのうちきっと指導役の方も足りなくなるぞ」

「私たちより年上の人たちにもお願いするつもりなんじゃない?」

 

 いろいろ試してみる、という意味ではそれはそれでアリなのかもしれない。

 

「ま、俺たちは今まで通りやればいいか」

「だね。焦っても仕方ないし。死んじゃったらなんにもならないもん」

 

 その後。

 レンたちの反対が効いたのかどうなのか、第三陣に関する話し合いはすぐには結論が出なかった。

 新しい子を出す、という方向で決定し、じゃあ誰を出すかという話し合いが始まったのはショウたちが十階を攻略し終えてから──まだもう少し後のことになる。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「あっという間に二月だねー」

「ほんとに早いよな、時間が経つの」

 

 ついこの間クリスマスや正月を祝ったばかりだというのに。

 ダンジョンに潜っては休息を取って、を繰り返していると季節感覚もなくなってくる。そういう時に季節の行事はとても便利だ。

 とりあえず節分は実施した。

 適当な豆を投げ、投げた端から拾ってかじるという、なんかこう「これでいいのか?」と言いたくなるようなノリだったが。そもそもサキュバスはどちらかというと鬼や悪魔、退散させられる側の生き物なのではないか、という気もするし深く考えたら負けである。

 で、大きな二月の行事といえばもう一つあって、

 

「なあ、フーリ? こっちでもバレンタインとかあるのか?」

「レンからバレンタインの話題を出すなんて……欲しいの?」

「そりゃ欲しいよ。好きな女の子からのチョコだぞ」

 

 彼女と呼んでいいのかはわからないものの、親しい仲の女の子たち。彼女たちから貰えたら間違いなく幸せだろう。

 

「でも、ほら。バレンタインがあるなら俺もチョコ作らないと」

「うんうん。自分が女の子だって忘れてないみたいでえらいえらい」

 

 にこにこしながら本当に頭を撫でてきたフーリは「でもねー」と首を捻って、

 

「めちゃくちゃ高いんだよね、チョコ」

「めちゃくちゃ?」

「うん、めちゃくちゃ。下手したら家が買えるくらい」

「いや高すぎだろ!?」

 

 かつて、胡椒が金と同じくらい高かった時代・地域もあったいう話は聞くが。

 

「材料のカカオがねー。どっかの階でたまーにドロップするらしいんだけど、育てるのが大変すぎてまだ量産できてないんだって」

 

 カカオは高温多湿でないと育たない。

 街周辺はどっちかというと涼しい気候なので不向きだし、かといって気候が変わるほど遠くに行くには欠片が足りない。

 ハウス栽培を行いつつ魔法で水を補給するとかすれば育てられるかもしれないが、それにしたってある程度の土地+貴重な人材を割くことになる。

 

「だからドロップした分しか流通してない……っていうか、たいていの人がストレージに入れて保管してて、闇取引みたいに受け渡しされてるとか」

「あー。ストレージに入れとけば腐らないもんな。豆なら軽いし」

 

 それにしても闇取引って。

 

「じゃあチョコは諦めるしかないか」

「うん。作るならやっぱりクッキーかなー。一緒に作る?」

「教えてくれるか?」

「いいよ。一緒に作るのも楽しそうだし」

 

 幸いフーリが快諾してくれたので、レンもみんなに振る舞うためのクッキーを作れることになった。

 するとそこに後輩たちも加わって、

 

「あの、私も一緒に作りたいです!」

「面白そうなので私も参加してよろしいでしょうか」

「おっけー。じゃあみんなで作ろっか」

 

 レンにとってはほぼ初めてのお菓子作り。

 料理自体、家庭科の調理実習でやる程度だったので不安だったものの、

 

「なんか思ったより楽しいな、これ」

「意外。レンがけっこう上手い」

「意外ってなんだ」

 

 ジト目で睨むと「ごめんごめん」とフーリは笑って、

 

「意外と器用だもんね、レン。お菓子が作れても不思議じゃないか」

「お前、また意外って言ったな」

「意外って言えばメイちゃんが不器用なのも意外かも」

「不覚。どうやら繊細な力加減を要求される作業は苦手のようです」

 

 力が強すぎるのも考えものである。掃除用具が壊れないように、という程度の配慮はできるものの、ちまちま手を動かしたりするのは専門外らしい。

 アイリスは家族とも作ったことがあるらしく上手だったので、それでもなんとか形になって、

 

「おお、できてる……!」

「火加減はアイリスちゃんのお陰だね」

 

 出来上がったクッキーは不十分な設備で作ったにしてはなかなかの出来だった。

 ごくごく普通のシンプルなものの他、干した果物を入れたもの、メイ特製の型で色んな形にしたものなどを作成。

 

「みんなで作ったからどれが誰の、って感じじゃなくなっちゃったけど、これはこれでいいよね?」

「ああ。楽しかったし、みんなで食べれば問題ないだろ」

 

 マリアベルに渡す分はちゃんとラッピングして残しておくことにして、おやつにみんなで味わった。

 異世界に来て甘味が貴重になったからか、それとも女になって味覚が変わったからか、甘いものが以前よりも美味しく感じる。

 エナジードレインのおかげで食べなくても平気だというのについつい食べ過ぎてしまったら、みんなからくすくすと笑われてしまった。

 しかし、そういうのも悪くない。

 

「あれ? っていうかこの場合、ホワイトデーってどうなるんだ?」

「あー。……どうなんだろうね?」

 

 バレンタインデーにみんなで贈りあってしまったのである意味お返しも済んでいる。

 無理にホワイトデーをやる必要もなさそうだが、

 

「せっかくですからまたお菓子作りをすれば良いのでは?」

「賛成です!」

「じゃあそうしよっか。レンもそれでいい?」

「ああ、もちろん」

 

 次回は「牛乳ならあるからアイスはどうか」という話になった。色的にホワイトだしちょうどいい。

 一か月後にはもう少し温かくなってアイスが美味しい気候になってくれることを願いつつ、レンはまたみんなでお菓子作りをする日を楽しみにすることにした。

 なお。

 帰ってきたマリアベルが娼婦のお姉さん方からのクッキーを持って帰ってきたので、ホワイトデーのお返しも作る必要が生じたことを付け加えておく。


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