クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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新戦法とデート

「さて。……それじゃあ試してみるか」

 

 十七階、ボス部屋前。

 レンは罠チェック済みの扉の前に立つと、仲間たちを振り返った。

 離れて立ったフーリたちはレンの目配せに頷きつつ、少し心配そうな表情を浮かべる。とはいえこの戦法のリスクは低い──はずだ。

 全員の準備が整っているのを確認したところで前に向き直り、ドアを引き開けて、

 

「ファイアアロー!」

 

 中の様子をきちんと確認するよりも先に魔法を発動させた。

 降り注ぐ炎の矢。ゴブリンとオークの混成軍がこれに悲鳴を上げ、明確な殺意を持ってレンを認識する。

 一方、レンはまともに取り合うことなく床を蹴って宙に浮かび上がり、()退()しながらライトニングボルトで敵の先頭を狙っていく。

 仲間たちは一人を除き、あらかじめ定めたルートで逃げている。

 ダンジョンの廊下は三人が並ぶのはきつい広さ。ゴブリンなら三体はぎりぎり並べるものの、部屋の中と違い、全員が一度に殺到してくることはない。

 逃げるレンを追って敵がボス部屋を出てくれれば儲けもの。

 通路の広さに沿って炎の矢を生み出し、降り注がせればモンスターたちは逃げ場もなくこれを受けることになる。一人、レンよりやや後方に陣取ったアイリスが後退しながら放つ矢がこの戦法を後押し。

 ゴブリンメイジやゴブリンヒーラーが魔法を使うためにも前進が必要となるため、結果的にすばっしこいゴブリンと大柄なオークが距離を離されることになる。

 

「ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー!」

 

 多少「ヒール」が飛ぼうが知ったことではない。

 集団へ立て続けに飛ぶ攻撃は敵の処理能力を超えている。飛び来る炎の矢に立ち向かうのはいかに命知らずなモンスターと言えど勇気がいる。

 あらかじめ安全確保した通路を逃げ続けることで敵に迫られるリスクを最大限回避し、可能な限りの遠距離攻撃を継続。

 

 これぞ必殺、引き撃ち作戦。

 

 ある種のゲームにおいてはわりとメジャーな戦法である。

 現実においても後退しながらの射撃という困難をクリアできるのであれば十分な効果がある。もちろん、それ以外にも問題はあり、その最たる例がMPの消費量なのだが、これについてもレンの新たなスキルにとってある程度解決した。

 魔力過剰蓄積《マナストレージ》。

 これは簡単に言うと「最大MP量を増設する」スキルだ。

 MPを「最大量の約九割」消費することで最大MPが()()()()()()()()()伸びる。二回目以降は増設された分も含めた量の九割消費でさらに伸びる。

 実質、最大MPを無限に伸ばすことができる夢のスキルだが、MP補給を自然回復や希少なポーションに頼っていては活用しきれない。

 例えば「MPを全回復させるために丸一日待ってからスキルを使い、また回復するのに丸一日待つ」なんてことになる。しかも最大MP量が増えるほどに効率が悪くなるのだ。その点、MP回復手段の多いレンならかなり有効に活用できる。

 増設した分も含めてMPが満タンの状態で扉を開け、引き撃ちを行うことによって安全な敵掃討が可能。

 この戦法にゴブリンたちはあえなく壊滅し、後から追いついてきたオークたちも満身創痍の状態。

 

「よし。……メイ、そろそろいいぞ」

「待ちくたびれました。では、後はお任せください、ご主人様」

 

 ふらふらの状態で近づいてきた彼らをメイの振るうメイスが次々と叩き潰し、ダンジョン内に静寂が訪れた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「……で、その調子で十八階も攻略したって?」

「本当にとんでもないよねレンちゃんたち」

「それほどでもないって。俺たちの戦い方はどうしても時間がかかるし」

 

 十八階まで攻略を終えた数日後、レンたちの家にショウのパーティのリーダーと、その彼女が揃ってやってきた。

 まずはリビングに座ってお互いに近況報告。

(追加の椅子を買ったので座るところは問題ない)

 男二人ではなく男女ペアで来たのは「男だけで行かせると心配だから」とのこと。クラスメートの女子たちとはなんだかんだ友人関係を築けているものの、もし彼氏を奪った日には一瞬で敵認定されることだろう。こと恋愛において女子の恨みは怖い。

 

「お前らだって頑張ってるだろ。いったん仕切り直さなかったら今頃二十階クリアしてたんじゃないか?」

「まあな。でも、ショウたちを教えるのもなかなかいい勉強になってるぞ」

「うん。こっちだと私たちが一番新人みたいなところあるし、若い子を教えられるの楽しいよね」

 

 なんだかんだ彼らも上手くやっているらしい。

 上層部の人選もそれなりに確かだということだ。もっとも、タクマたちが活動休止したうえにレンたちも除くとなると残るパーティもあまり多くはないのだが。

 ここでリーダーが笑みを浮かべて、

 

「今日来たのもショウたちの件だ。俺たちもようやく十階を攻略できてな。ショウたちもステータスを出せるようになった」

「え、本当!? ショウくんたち頑張ったね」

「本当だよー。ここまで来るのすっごく大変だったんだから」

 

 リーダーたちはバランスの良い四人パーティ。

 魔法使いと聖職者が一人ずついるので、戦闘はショウたちに支援魔法をかけて頑張ってもらい、傷を負ったら回復魔法をかける。それでも危なくなったらすかさず助け舟を出す、というスタイルを取っていたらしい。

 レンたちからすれば味方にかける系の魔法があるだけでもすごいし、四人もいればさぞかし安定だろうという感じなのだが、一概にそうとも言えないようで、

 

「どこまで手出していいかわからないのが本当きつかった」

「どんどん数が増えるゴブリンをあの子たち二人に倒させないといけないでしょ? もうハラハラしたよ」

「あー。……俺たちはレベル的にアイリスたちと一緒に戦えてたからな」

 

 メイに至ってはゴブリンを素手で撲殺しまくっていた。

 

「でも、そうか。ついにあいつら十階まで行ったのか。じゃあご褒美やらないとな」

「そうしてくれ。あいつら、十階をクリアしたらお前とデートできるって張り切ってたんだ」

「可愛かったよ、初々しくて」

 

 レンたちだって大して歳は変わらないが、気持ちはわかる。

 

「デートか。本当にそんなんでいいのか? あの歳なら洋食屋で食べ放題とかの方が嬉しくないか?」

「お前な。今更デートはなし、とか言ったらあいつら何するかわからないぞ」

「そこまで深刻な話なのか!?」

 

 せめて生粋の女子とのデートの方が、とも言ってみたものの、二人から声を揃えて「お前が行け」と言われてしまう。

 まあ、もちろんレンでいい、レンがいいというのなら引き受けるのは構わない。

 

「わかった。じゃあ、ショウたちと休みをすり合わせないとな。二人一緒でいいんだろ?」

「できれば一人ずつ相手してやって欲しいが、そこまでは頼めないな。お前だって忙しいし、あいつらの小遣いも大変になる」

「そっちは六人パーティだもんな。わかるよ」

 

 レンたちは五人パーティだが、メイの食事は主に石(げんちちょうたつ)。レンもいざとなれば食べなくても問題ないし、マリアベルはダンジョン攻略とは別に収入源を持っている。

 (今のところ必要に迫られてはいないが)どうしても困ったらアイリスの実家に頼ると言う手もある。

 

「生活費とかカツカツじゃないか?」

「まあ、楽ではないけどなんとかなってる。ショウたちが自分たちの分の欠片を提供してくれているからな」

 

 世界の欠片はいい値段で売れる。

 特に世界の構築にこだわりのないリーダーたちは手に入れた欠片を売って収入にしているらしい。売られた欠片はいずれ新しい土地に化けて人々の暮らしに役立つだろう。もしかしたら初日の出を見るための欠片の足しにされるかもしれない。

 デート話はとんとん拍子に進み、二、三日後には無事デートの運びとなった。

 

 

 

 

「どう、レン? 準備はできた?」

「ああ、問題なく」

 

 ノックしてすぐにドアを開けて入ってきたフーリに、レンは振り返って答えた。

 女になって結構経つ。さすがに身支度にも慣れてきて、フーリたちを頼ることも少なくなった。今日の準備も個人的にはばっちりである。

 動きやすい膝上丈のスカートにハイソックス。上は背中に二箇所穴の開いたセーターだ。首には布製のチョーカーを着けて数少ない露出も抑えている。

 フーリはしばらくじっと眺めたあと「うんうん、可愛い」と頷いて、

 

「髪も長くなったよねー」

「ああ。ちょっと面倒だけど、伸ばすと愛着も湧いてくるな」

 

 紫紺の髪はプライベートではストレートにすることが増えた。今日も丁寧に梳いたうえで垂らしている。運動するわけでもないだろうしこれでいいだろう。

 

「あ、でも一応、髪を纏める準備もしておくか」

 

 ショウから「剣で勝負だ!」とか言われる可能性も考えてストレージにリボンを放り込んでおく。

 思えばリボン結びなんて以前は結び方を見ながらでもできなかった。今では手元を見なくても簡単になら結べるようになったのだから大きな進歩である。

 

「私たちがあげたドレスは着ないんだ?」

「あれは頑張り過ぎだろ。デートかよ」

「デートでしょ」

「デートだけどさ」

 

 向こうは中学生相当の少年二人である。

 女子と一緒に遊びに行くのをデートと表現しているだけであって、本格的にエスコートしてくれたりするわけではないだろう。

 パーティでもないのにあんなの着て行ったらレンが恥ずかしい、もし「お嬢さん、お手をどうぞ」とか彼らがやってきたら気恥ずかしさもあって吹き出す自信がある。

 フーリはこれに「脈なしだね、完全に」と呟いて、

 

「いい? 遅くても夜のうちに帰ってきてね? ちゃんと二人は家に送ること」

「わかってるって。あいつらの成長のためにも夜は寝かせてやらないとな」

 

 普通の話をしている時だと相手の顔が間近にあっても自然にしていられる。同性かつ想い人という関係はシンプルで複雑だ。

 

「けど、鞄になに入れるか考えなくていいのは楽だよな」

「本当にねー。必要そうなものはとりあえずストレージに入れとけばいいんだもん」

 

 日本だと「女子のバッグは小さい方がいい」とか言われていて大変だったらしい。ポケットのない服も多かったりするから猶更。

 レンはふと、今の自分が日本で生活することをイメージして「そんな日はたぶん来ないよな」と思い直した。

 ダンジョンをクリアして帰れない可能性、帰れると同時に男に戻る可能性、帰れないけど男に戻る可能性などなどを考えると「帰れるけど男に戻れない可能性」はそこそこ低い。どっちにしてもまだまだ先の話でもある。

 

「あ、来たみたいだね」

「ん。じゃあ、ちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 玄関の方から少年の声がしたのでそちらへと向かう。

 

「ご主人様、お気をつけて」

「変なことされたら逃げてくださいね……!?」

「ありがとう。でも大丈夫だって。あいつらより俺の方がさすがに強いし」

 

 メイとアイリスにも見送られながら玄関を開き、

 

「よう。二人とも、昨夜はちゃんと寝られたか?」

「お、おはようございますレンさん!」

「きょ、今日はよろしくお願いします!」

 

 面白いほど緊張したショウとケンに挨拶をした。

 二人とも前に家に来た時のような武装はしておらず、シンプルながら小綺麗な格好。間違ってもダンジョンに連れていかれたりはしなさそうだ。

 これがタクマたちだと「別に適当でいいだろ」とばかりにラフな服装をしてきそうなので少年たちの好感度がアップ。いや、比較対象が悪い気もするが。

 

「さて、じゃあ行くか」

 

 別に街をぶらぶらする程度で緊張しなくても、と思いつつ、指摘すると逆効果な気もするので敢えてあっさりとした声をかける。

 二人は「は、はい!」と大きな声で答えて後を追いかけてきて、

 

「あ、あの、レンさん。今日も綺麗です」

 

 思い出したかのように言ってくれる。

 レンは軽く吹き出して、

 

「なんだよそれ。……でも、悪い気はしないな。ありがとう」

 

 笑いかけたら真っ赤な顔でそっぽを向かれた。

 

 ──ひょっとして二人とも、恋愛的な意味で期待しているのか?

 

 帰ってからフーリに尋ねたら「鈍すぎ」と呆れられたが、それはともかく。

 

 街を回って買い食いをしたり(※ショウたちの奢り)、

 雑貨屋で小物をプレゼントされたり(※もちろんショウたちの支払い)、

 酒場の個室で昼食を摂ったり(※これもショウたちの奢り)。

 

 もちろん個室で変なことをされたりすることもなく、いたって楽しく健全なデートをして、ショウたちを家まで送り届けた。

 二人に「こんなのでよかったのか?」と尋ねると「もちろん!」と帰ってきたので満足はしてくれたらしい。

 これで満足してくれるのがやっぱり若いというかなんというか。

 いっそ「エロいことはできない」とわかってくれる方が楽な気がするのだが、かといって「お前ら俺のことが好きなの?」なんて自信過剰っぽいセリフも吐きづらい。

 

「なあ、レンさん。もっと頑張ったらまたデートしてくれるか?」

 

 悩みつつ、結局はその期待に応えてしまった。

 

「じゃあ、十五階をクリアしたらな。……わかってると思うけど、無茶はするなよ」

 

 明るい顔で「はい!」と頷く彼らと別れ、リーダーたちに挨拶をして家への道へ。

 そうそう危険はないと理解しつつもなるべく明るく人気の多い道を選んでゆっくりと歩いていると、

 

「あの!」

 

 二人組の女の子に呼び留められた。

 彼女らはレンをどこか強い視線で睨みつけて、

 

「あいつらとどういう関係なんですか!?」

 

 なんだかわかりやすい質問を投げかけてきた。


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