クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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ニ十階攻略(前編)

「どうだった、ショウたちの様子は?」

 

 ダンジョン攻略に追われている間に季節はすっかり春になった。

 ここまで来ると、レンたちが召喚された時期──六月まであっという間だろう。長かったような短かったような。少なくともたった一年とは思えないほどいろいろあったことだけは確かだ。

 異世界での生活にも慣れてきて、月日の経過による感慨は少なくなってきた。一番に思うのは「暖かくなって夜が過ごしやすくなったな」ということだ。

 とはいえ、まだまだ暑い季節にはほど遠い。

 背中に腕を回し、軽く抱きしめるようにした少女の温もりはとても愛しく感じられる。

 

「……そうですね。やっぱり、まだ危なっかしいです」

 

 金髪長身の美少女、アイリスはレンの顔を間近で見つめながら困ったように微笑んだ。

 しばらくの間、指導することになった少年たちの戦いを思い返しているからで、レンとの距離が近すぎるから、ではない。

 一緒に寝るのももう何度目かわからない。

 お互いに下着姿。鼓動すらも伝わってくるほど触れ合っているものの、どちらの心臓も穏やかに脈打っている。

 

「今まで以上に怪我に気をつけないといけないのに、ショウくんは前に出すぎてしまいがちでした。ケンくんも敵が近づいてくるのに我慢できず魔法を使ってしまったり……」

 

 ケンも「ヒール」なら使えるようなので全く怪我が治せない、ということはないものの、だからこそ彼のMPはとても貴重になる。

 ショウとアイリス、メイが協力してケンを守っていくスタイルを確立するのにかなり悪戦苦闘したらしい。

 

「メイがこまめに指示を出してくれるので助かりましたけど、そのせいで険悪な雰囲気になりかけてしまったり……」

「そっか……。悪いな、アイリス。大変なことを頼んで」

「いいえ。私もとても勉強になっています。今までレンさんとフーリさんに頼りっぱなしだったんだな、って」

 

 感謝と申し訳なさを籠めて頬と髪を撫でると、少女はくすぐったそうに目を細めた。

 

「仲間なんだから、どんどん頼ってくれていいんだぞ。俺たちだってアイリスたちを頼りにしてる」

「はい。でも、自分でももっとたくさんのことができるようになりたいです」

 

 別の者と組むのはアイリスたちにとってもいい刺激になったようだ。

 念のためマリアベルに同行してもらっているものの、今のところ本当に危ない場面というのは発生していないらしい。

 その代わり、怪我や疲労の度合いを考慮して早めに撤退、十一階を三回の探索で攻略するペースで動いている。

 

「そうそう。二人とも、レンさんの話を聞きたがるんですよ?」

 

 青色の瞳が悪戯っぽく輝き、くすりと吐息がこぼれる。

 

「好きな物とか嫌いな物、普段は何をしているのか、とか……たくさん聞かれちゃいました」

「マジか。なんか恥ずかしいな、それ」

 

 男子から本気で惚れられているらしいのも、細かな情報を探られているのも。かすかに頬を染めて呟けば、

 

「だから私もちょっとだけ意地悪しちゃいました」

「へえ、なんて言ったんだ?」

「レンさんが一番好きなのは可愛い女の子だって」

 

 レンは「う」と言葉に詰まった。

 

「……間違ってないけど、それはそれで恥ずかしいぞ」

「すみません。レンさんが取られるんじゃないか、って思ったら、つい」

 

 見ると、アイリスの瞳がかすかに潤んでいる。不安にさせてしまったのか。ぽんぽん、と頭を叩いて安心させてやる。

 

「俺はどこにも行かないよ。あいつらにも『組まないか』って誘われたけど断ったんだ」

「本当、ですか?」

「もちろん。俺にはもう頼もしい仲間がいるからな」

 

 すると、少女はとろけるような笑みを作って「嬉しいです」と囁いてきた。

 細い腕が首に回されて、お互いの身体がより密着する。

 

「二十階を攻略する時はよろしくな。九人がかりで誰も死なせずに突破しよう」

「はい。ありったけの矢を持って行きますね」

 

 話をしているうちにお互いの体温が共有されて、なんだかぽかぽかと温かくなってくる。

 近い距離にいるため大きな声を出す必要もなく、部屋が静かなままに言いたいことが全部伝わる。

 少しずつ、アイリスの鼓動が早くなってきた。

 

「……レンさん、キスしてください」

「ああ」

 

 少女が直接強請ってくるのは珍しい。そう思いながら、レンは彼女の唇に優しく触れた。

 十数秒。

 軽く糸を引きながら唇が離れる頃には、どちらも本格的にどきどきし始めていた。

 何度も触れ合っているからか、これ以上言葉での確認はいらなかった。

 横向きで見つめ合う体勢を止めてアイリスを押し倒す。窓からの月明かりを遮るように背中の翼を広げると、少女はゆっくりと目を閉じて再びのキスを強請ってきた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「レンさんの判断は英断だと思います。……この戦力ならば十分に、あの群れにも対抗が可能でしょう」

 

 下り階段に靴音を響かせながらマリアベルが静かに言った。

 革の上から金属を張った部分的なプロテクター。丈夫な革製のグローブに、やはり金属張りのブーツ。普段よりもぐっと気合いの入った装備は本格的な戦闘態勢の証である。

 

「もちろん、慢心は怪我の元ですが。油断さえしなければ間違いなく勝てます」

「マリアさんにそう言ってもらえると安心できます」

 

 レンの声に、周りにいる仲間たちがふっと笑みを浮かべる。

 適度に気を引き締めつつ、肩の力が抜けた良い状態。二パーティ分、普段の倍近い人数がいることもあり、暗く冷たいダンジョンの中でも不安や寂しさはあまり感じられない。

 

「マリアさん。あらためて確認だけど、二十階は明かりがいらないんだよね?」

「ええ。昼間の荒野ですので、太陽の明かりが十二分に届きます」

「ダンジョンの中で太陽とは、不思議な話ですね」

「でも、ダンジョンだからこそ、なにが起こっても不思議じゃないです」

 

 今日ばかりはショウたちは留守番。

 レンたちのパーティとリーダーたちが勢揃いで二十階攻略に挑む日だ。

 もちろんレンたちだけでなく、リーダーたちも気合十分で、

 

「お前らがいれば百人力だ。ゴブリンとオークくらい、いくら来ようと怖くない」

「そうそう。ぱぱっとやっつけて打ち上げに行こう!」

「ああ、そうだな。あんまり湿っぽくするのも俺たちらしくない」

 

 話すうちに階段の出口──二十階の入り口が見えてきた。

 神殿からダンジョンへと繋がる階段は何階に降りる時でも長さが一定だ。だから常連は間隔で到着がわかる。

 

「作戦は覚えてるよな?」

「ああ。とにかく階段の前を死守。いつでも逃げられる状態で敵を迎え撃つ、だろ?」

「OK。じゃあ、予定通り俺につかまってくれ」

「うん。……痛くしないでね、レンちゃん?」

「しないっての」

 

 そっと身を委ねてきた魔法使いの少女を優しく抱き上げ、仲間の最後尾で翼を広げる。

 彼氏である向こうのパーティのシーフが若干嫌そうな顔をしたものの、恋愛で揉めている場合ではないので無視。

 

「行くぞ」

 

 先頭に立ったリーダーがそう告げ、先陣を切って飛び出した。

 次々に出て行く仲間たちを追い、二十階に出たレンは強い太陽の明かりを感じた。同時に屋内とは違う新鮮な空気も。

 天井はあるはずだが、見上げた空は高く陽光の影響もあって区切りがわからない。

 不思議な情景に感動するのはひとまず後回しにして、ふわり、宙へと浮かび上がる。

 移動する先は高台。二十階のフィールドは正方形の広い部屋。階段の入り口があるのは一辺の中央であり、箱のような構造物が突き出すように壁へ接続されている。

 つまり、箱の上に乗って「高さ」を確保することが可能だった。

 上には既に、風の精霊を利用して跳躍したアイリスが弓を構えて陣取っている。レンはその傍らに降り立って魔法使いの少女を下ろした。

 

「広いな。向こうの端も見えない」

「はい。でも、敵は見えます」

 

 情報によると、二十一階への階段は反対の壁際。敵の軍勢もそちらの方向から迫ってくるらしく、実際、レンの目には敵の第一陣が見えた。

 十匹程度からなるゴブリンの集団。

 今となっては雑魚だが、侮って時間をかけていると第二陣への対処が遅れるという寸法だ。となると敵がやって来るまでの時間も無駄にはできない。

 レンは「マジックアロー」を土属性に変換、石のつぶてを敵に向かって降らせた。アイリスも弓を引き絞って狙撃を始める。

 

「アイリス。足か腰に尻尾を絡みつかせてもいいか?」

「足でお願いします。この場所から動くつもりはないので」

「了解。じゃあ、ありがたく」

 

 尻尾も身体の一部だ。長くなると同時に操作もしやすくなってきたので、近くにいる止まった相手に巻きつけるくらいは難しくない。接触部からはじわじわとエナジードレインが行われ、ある種のエネルギー供給ケーブルのような働きをしてくれる。

 これには同席している少女が顔を真っ赤にして、

 

「なんでこんな時にえっちなことしてるの!?」

「別にエロくないだろこのくらい。手を繋いでるのと大差ないし」

「いや、尻尾はえっちでしょ」

「おい、お前ら上でいちゃいちゃすんなよ!?」

「わ、私はいちゃいちゃしてない!」

 

 まあ、えっちだとしてもMP回復のためなので納得してもらうしかない。

 この日のために可能な限り増やしてきた最大MP+エナジードレインによる回復を活かして魔法を連発。敵が自陣に到達する前にダメージを蓄積していく。

 アイリスは「ファイアボルト」の代わりに風の魔法を矢に纏わせ射程距離と加速度を向上させている。

 敵がある程度近づいてくると盗賊二人による振り回し型の投石器──スリングを用いての攻撃が加わった。ゴブリンたちも弓矢や魔法を用いて応戦してくるものの、散発的なそれは大した脅威ではない。接敵する頃には半壊していた敵の一団をリーダー、メイ、マリアベルが苦も無く撃破していく。

 揃いも揃って剣、メイス、脚で一撃である。遠距離攻撃で削る戦術だと地味になりがちだが、やはり前衛の活躍も馬鹿にはできない。というかあんな攻撃をレンが受けたら確実に危険なので「味方で良かった」としか言いようがない。

 

「って、言っているうちに次が来るな」

 

 休んでいる暇がほとんどない。

 レンはひと呼吸おき、アイリスに二度ほど「ヒール」をかけると再び石のつぶてを降らせる仕事に戻った。敢えて実弾を使っているのは敵が全滅するまで定位置を動くつもりがないから──道がどれだけ荒れようと困るのは敵だけだからである。

 第二陣は第一陣よりも数が多かった。

 十を超えるゴブリンから少し遅れて数体のオークも見える。おそらくは同時に走り出して少しずつ差が生まれたのだろう。とりあえずオークは後回しにしてゴブリンを削っていると、

 

「そろそろ私もお仕事しようかな。後ろは任せて」

 

 杖を手にした少女が生み出したのは「ファイアボルト」よりも大きな火の塊。両手で構えた杖の先にそれを灯したまま念じ、威力と精度を高めると一気に射出! オーク集団の中央で着弾した塊は爆発して炎と衝撃を撒き散らした。

 「ファイアーボール」。

 拡大もなにもしなくとも最初から範囲攻撃属性のついた発展攻撃魔法。あまりにも魔法使いらしい攻撃にレンは思わず感嘆してしまった、

 

「ちょっと羨ましいな、それ」

「ありがと。私はレンちゃんのMPが羨ましいけどねー」

「お互いにないものねだりか」

「そういうこと。足りない部分は補っていけばいいよ」

 

 地形を荒らしつつ敵を排除する作戦は功を奏し、第二陣も特に被害なく撃退成功。

 この分ならこのまま待ちの戦法で苦も無く勝てるのでは、と思ったレンの目にさらなる敵の一団が映った。さも当然のように数が増えていてうんざりした。

 

「いや、これ絶対きついだろ」

「だからきついって最初から言ってたじゃん」

「その通りだし準備もしてきたけど、言いたくもなるぞ」

 

 石弾、矢、ファイアーボールに襲われても狂ったように押し寄せてくる。

 前衛も慌てず一体ずつ着実に処理していくものの、すぐに第四弾が迫る。当然と言うべきか、少しずつレンたちから余裕は失われていった。

 敵の到達までに十分なダメージを入れられなくなり、前衛が相手にしなければならない数が増えていく。

 ゴブリンとオークの振るう様々な武器をリーダーやメイ、マリアベルはうまくかわしながら反撃を加えていくものの、階段の前に立つ聖職者の少女を守るためには多少の無理をしなければならなかった。

 切り傷、擦り傷、矢による刺し傷が少しずつ増えていく。

 

「こういう時こそ私の出番……!」

 

 一人だけ高台ではなく地上に位置していたのは一団の中央をキープするため。上にいるレンたちも飛び道具で狙われる可能性があるため、ある意味では階段前が一番安全な位置なのだ。そして聖職者がそこに陣取っているのは当然、全体に回復魔法を飛ばすためだ。

 スキル「敵味方識別回復」によって範囲回復魔法が敵に影響を及ぼすことはない。これが正統派ヒーラーの力。正統派魔法使いと同様に頼もしい。

 前衛が倒しきれずにゴブリンが漏れても──ガッ! と、見た目の印象とは裏腹に苛烈な音を立てて聖杖が突き立てられ、あっけなく消滅していく。

 

「あれ。おい、あいつ強くないか?」

「あー、うん。あの子は『杖攻撃』スキルも取ってるから」

 

 古来より聖職者がサブ前衛になれるゲームは珍しくない。守られる側かと思えば最低限の自衛能力を持ったヒーラーの姿はなんというか輝いていた。


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