クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった 作:緑茶わいん
「あれからどうですか、あの子たちの様子は?」
「文句を言いながらではあるけれど、真面目に働いているみたい」
反対運動が収まって数日後。
定期的に生徒たちの様子を見に行っているアイシャはそんな風に、例の少女たちのその後について教えてくれた。
「与えられた役割を放り投げられるような子ではないの。ただ、前触れもなくこんなことがあって精神的に不安定になって、プライドの高さが悪い方向へ行ってしまっただけ。……なんて、指導しきれなかった私が言うことではないけれど」
「いくらアイシャさんが先生でも、こんな状況で生徒全員の面倒を看るなんて無理ですよ」
「ありがとう。でも、できる限りのことはしないとね」
アイシャはそう言って微笑んだ。
例の少女たちは全員バラバラの仕事を与えられた。住み込みのうえ、週五日フルタイムでの仕事なので自由に動ける時間はそう多くない。監視の目もあるので休日以外、集まって話をするのも難しい。
賢者が「一年で二十階を攻略してみろ」なんて無茶を言っていたが、もちろん「じゃあやってやる」と無理な攻略をされては困る。
一人や少人数でダンジョンへ行こうとしないかは引受先の人がチェックするし、危険なことはしてはいけないと指導していくことになる。
もちろん、きちんと仲間を集めて休日に行く分には問題ないが、しばらくは仕事の疲れもあってそれもままならないだろう。
「仲間を集めるのも簡単ではないでしょうね……」
最初にダンジョン攻略を希望した少女四人は共闘を拒否。
『だってあの子、偉そうじゃないですか。みんなで生き残ろうっていう時に「自分が一番」っていう態度をされたら迷惑です』
それがわかっているならもう指導は必要ないんじゃないかと思ったが、それを言ったら「もう少しだけ! せめて三階をクリアするまで!」と言われた。
三階クリア後、あらためて四人で一階から潜り直せばちょうどいいかもしれない。
レンはこれを了承し、もうしばらく一緒にダンジョンへ潜ることにした。
少女たちの件については、前にいろいろあって憧れられることになった
二度に渡って約束したデートはどちらも完了済み。
二度目のデートで思いきって「好きです!」と切り出され「お前たちはいい後輩だよ」と返答、事実上振ることになったのはまあ、いい思い出である。
少年たちの方はしばらくショックで立ち直れなかったようだが。
『レンさん、あの人たちってなんとかならないのかな?』
しばらくして街でばったり会った時には憤慨した様子でそんなことを聞かれた。
なんでもショウたちのところにもレンの悪口を言いに来たらしい。「馬鹿な事を言うなって追い返した」と若干自慢げに教えてくれた。
『あいつらも怒ってた。レンさんは誰彼構わず色目を使うような人じゃないって』
彼らは現在、レンの同期パーティに指導されて経験を積んでいる最中。
パーティには幼馴染の女の子二人が加わってさらに賑やかになったらしい。彼女たちはショウたちに惚れており、一時はレンを敵視してきたりもしたのだが、今はわだかまりも解け、むしろ「男心についてレクチャーしてくれるちょうどいい先輩」として変な尊敬を受けている。
ショウたちが若干恥ずかしそうに彼女たちのことを口にするあたり、告白もうまくいったようである。
ありがとな、と頭を撫でてやると少年たちは恥ずかしがって、
『俺たちはもう子供じゃないんだぞ』
これには「そうだな」と笑って頷いてやった。
『でも、それならもう少し目線に気をつけた方がいいぞ。お前ら俺の胸ばっかり見てるだろ』
『な、なんでわかるんだよ!?』
『女ってのはそういう感覚が鋭いんだよ。で、あんまりエロい目で見てると人間じゃなくて野良犬とかと同じ扱いになるからな』
『なんだよそれ、怖すぎだろ』
レンとしても同意見だが、女子になってしまった今となっては少々複雑だった。
「今は異世界での生活を安定させようという時期だから、他の子たちを誘うのも難しいでしょう。上の世代の協力を頼れば探索はできるだろうけれど、目上の人間を立てられるようでなければ長続きはしないと思う」
「指導してもらって、もう少し素直になってくれればそれはそれでいいんですけどね」
こればっかりはなるようにしかならない。
レンも必要のない時は外に出ないようにしているし、買い物はもっぱらフーリやアイリス、メイが担当してくれているのであまり顔を合わせる機会もない。
(まあ、相談やらなにやらで必要な外出が多いのは確かだが)
新しい家が完成すれば行動範囲もほぼ被らなくなるだろうからそれまでは辛抱してもらいたい。
◇ ◇ ◇
シオンとのダンジョン攻略は順調。
一階を余裕をもってクリアした後は潜る度にひとつの階をクリアするペースで進んでいる。
レベルアップも順調で、新しいスキルを取るたびに魔法の同時ターゲット数や属性魔法攻撃力がアップしていく様はまさに脅威。
MPのほとんどを費やせばボス戦の敵を一人で半壊させられるまでになり始めた。
「これならシオンちゃんも立派な戦力だねー」
毎回だと週二ペースになりかねないのでさすがに控えているものの、たまには、ということで打ち上げで行った洋食店にてフーリがワイン片手に上機嫌に言った。
手持ち無沙汰なメイに抱きかかえられ、小さくしたパンやハンバーグ、フライドポテト、などを給仕されるシオンは「いえ、そんな」と恥ずかしそうに、
「他のところでお役に立てないのですから、せめてボスくらいは一人で倒せるようになりたいです」
ちなみに洋食店は基本的にペット禁止。とはいえシオンの場合は元人間なので鳴かないし暴れないし雑食なので店主が快くオーケーしてくれた。
むしろ店主的には水しか飲まないメイの方が「一人で来たら入店お断り」らしい。
それはともかく。
アイリスが鹿肉のグリルを口にしながらシオンへ、
「そうは言いますけど、私の時なんてボス戦は本当に大変だったんですよ。それがあれだけ簡単に終わるんですから十分凄いです」
「アイリスの時は俺──わたしたちもレベル低かったからなあ」
レンの注文は赤ワインとパン、それからロールキャベツ。
料理はいつも通り美味しいものの、美味しさに気を取られて気を抜くとついつい「俺」と言ってしまう。代わりにというわけではないが口調やイントネーションも少しずつ気をつけるようにしている。
「私は最初の頃から大活躍でした」
「本当に大活躍だったけど、メイちゃんは例外だからね」
「もっと褒めていただいても構いませんよ」
胸を張るメイには「さすが」「いつも助かってる」などと賛辞を贈って、
「例外と言っても、みなさまといると『全員が例外なのでは?』という気分になってきます」
「まあねー。うちはレンもおかしいし」
「フーリ、言い方。……でも、まあそうかな。異種族はみんな強いというか」
人間も突き詰めると強いし、異種族はクラスとの相性が悪いと苦労しそうではあるものの、スキルの数が倍近くになるのはやっぱりチートである。
「つまりシオンちゃんも強いってこと。十階の時とか二十階の時とかきっと大活躍してもらえると思う」
「二十階は本当、シオンさんがいてくれると心強いです」
「本当に二十階は恐ろしいのですね」
あらためて言われたシオンが遠くを見るような顔で壁を見つめ始めた。
慌てて「まだまだ先の話だから」とフォローしておく。一方で、遅くとも今年中には二十階までクリアし直したいとも思っていたりするが。
「それはともかく、そろそろ夏だな」
気づけばカレンダーは七月に入っている。
気温も順調に上昇しており、かき氷が美味しくなってくる頃だ。
するとアイリスが嬉しそうに、
「また湖の出番ですね」
「湖、ですか?」
「シオンちゃんには話してなかったっけ。こっちには海もプールもないけど、代わりに森の中の湖で泳げるの。アイリスちゃんが作ったんだよ」
「アイリスさまが? それはすごいですね……」
「そんな、大したことじゃ……。でも、作った時は大変でした」
湖の管理は普段、アイリスの両親にお願いしている。
たまに家に帰っているアイリスによると、今年の夏は一週間ごとに男女入れ替える形で湖を解放するらしい。一日ごとに入れ替えだと日付を間違えて入りに来る者が頻出しそうなので、思い切って一週間ごとにしたのだとか。
「暑い日に水に入れるのは嬉しいですね。この身体なので泳げないのが残念ですが……」
「水浴びくらいならできるんじゃないか? わたしも泳ぐつもりはないし」
「あれ、レン、泳がないの? あ、もしかして
「ん、
ちょうどいいのでシオンと一緒にいればいい。森の中だと小さいシオンは紛れてしまいそうだし。
「そういえばメイちゃんって泳げるの? 去年は見た覚えないけど」
「試したことがないのでなんとも。ただ、おそらくこのボディでは浮力が得られないのではないかと」
「えー。じゃあ私とアイリスちゃんだけかー。まあ、しょうがないけど」
「一面水中の階とかあったらピンチだな、うちのパーティ」
幸い、今のところそんな階は見つかっていない。
レンが水中戦対策に想いを馳せているうちにフーリが「ふむ」と息を吐いて、
「一年で二十階……あと二、三年くらいは確実にこっちにいそうだし、水着作っちゃおうかなあ」
「ああ、一応水着も作られてるんだっけ?」
「去年から需要が出てきたから少しずつ作ってるみたい。ほとんどオーダーメイドだし高いけどね」
なにしろゴムは貴重品だ。
特に衣類は日本の高品質なアイテムが忘れられない人も多く需要が高い。農作業する人には長靴も欠かせないし、他にも使い道はいくらでもある。そのわりに供給は不足気味で、このあたりも改善が望まれている。
人手が足りていない生産品は多くあるし、専用クラスに就いていない人材では戦力として心許なかったりしてなかなか充足しないものの、今年の転移者たちがいろんな方面に振り分けられたので少しはマシになっていくかもしれない。
「水着かあ。下着つけるよりはいいよなあ」
「あれ、レンってば意外と乗り気?」
「だって、湖にいたらまた水かけられたりしそうだし。服着てると無駄に濡れるだろ。でも、人前でボロい下着つけたくない」
水のかけあいになったりして変な動きをすると消耗を早める可能性もあるし、あまりいい下着もつけていきたくない。
となるといっそ専用品を持っておいた方がいいのではないか。
「でもなあ、来年着られる保証がないよな……」
さらに大きくなってきた胸を見下ろしてため息。
頻繁にブラを替えないといけない問題は娼婦のお姉さん方の協力もあって少し緩和したものの、未だ成長は止まっていない。
あっさりDカップに入り、今は「これはEまで余裕で行くな」と思い始めたあたり。
来年には確実にサイズアップしているので、フーリやアイリスのように「まあ何年か使えるでしょ」とは言いづらい。
と、フーリがジト目になって、
「レンがちゃんと女の子してるのは嬉しいけど、めちゃくちゃ贅沢な悩み方しててちょっと嫉妬する」
「私も、レンさんのを見てるとちょっと羨ましくなってきます……」
「いや、大きければいいってものでもないって。フーリは今のままが可愛いと思うし、アイリスは細身だから胸だけ大きくなってもバランス崩れる」
むしろ胸が大きくても小さくても女の子の身体は綺麗だと思う。
貧乳だから男の子に見える、という子が本当にいるとしたらそれは骨格の問題か、あるいは単に痩せすぎである。
と、メイが腕の中の子狐ことシオンを見下ろして、
「シオンさんはどう思いますか? ご主人様の胸部装甲について」
「え、ええ……!? いえ、その、特になにも思うところは……。強いて言うのであれば、レンさまに抱きしめられていると安心します。幼い頃、母に抱かれた時はこのような感覚だったのかな、と」
そういえば、シオンを抱いている時はどうしても胸に当てる格好になっていた、と今更ながらにレンは思った。
安心できていたのであれば苦しくはなかったのか。それはそれとしてちょっと羨ましい。いや、自分の胸なのでアレだが。
「シオンはすごく抱き心地いいんだよな。そのまま抱いて寝たいくらい」
「それは……わたくしもそのまま寝てしまいそうです」
「いいと思うけど、レンってけっこうぎゅっと抱きしめてくるからシオンちゃんのサイズだときついかも。なにかでもうちょっと身体が大きくなるまで待った方がいいんじゃない?」
「だったら私と寝ましょう、シオンさん!」
「あ、ずるいアイリスちゃん、私も!」
ふわふわもこもこの魅力には誰も逆らえない。
大人気のシオンを微笑ましく思っていると、メイがじっと視線を向けてきて、
「そろそろ冷感ボディに切り替えるべきでしょうか」
「あー、かもな」
そうしたらメイを抱きしめて寝るのもありかもしれない。