クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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賢者の話

 かつてダンジョンを攻略したネイティブ世代も通常より多い数の欠片を獲得した、と賢者は語った。

 

「碑文の写しもありがたく頂戴しよう。ささやかではあるが謝礼を受け取ってくれ」

 

 いくらかの硬貨がストレージから取り出され、フーリへと差し出される。

 賢者はこうして対価を用意することで知識を収集している。攻略本の作成において主動力となっているのも他ならぬ彼である。

 貰った金も生活費として有難いが、今は話の方が重要である。

 

「俺たちより欠片が多くもらえる……って、それ、大発見じゃないですか?」

「ああ。子供たちを連れて攻略すれば楽に土地を広げられる。我々もそう考えた。だが、そう上手くはいかなかった」

「どうして?」

「子供たちが()()()()()()()()()()()()()()むしろ欠片の数が減ることがわかったのだ」

 

 オンラインゲームなどで使われる用語に「パワーレベリング」というものがある。

 レベルの高い既存プレイヤーが初心者を手助けすることで安全かつ高速にレベルアップさせる、というものだが、ダンジョンにはこれへの対策が施されていた。

 

「親世代がけん引し、子供たちに何もさせずクリアした時の欠片の入手数は()()だった」

「なっ……!? それ、ボスに再挑戦は?」

「できなかった。具体的な線引きまでは不明だが、与えたダメージか攻撃した回数か、なんらかの形で貢献度がカウントされているらしい。そして条件に満たなければペナルティが課される」

「うわあ。困るよね、それ」

 

 フーリが呻くと、賢者も深いため息を吐いた。

 

「対策として新規の転移者と子供達を組ませたり、子供達だけでのパーティが組まれるようになった。……その結果、『初めてのネイティブ世代』を含むパーティが全滅している」

 

 報酬のために無理をしたことで大事な子供が失われた。

 高校生のレンには想像するのも難しいが、親たちの悲しみは相当なものがあっただろう。

 これを受けて「子供たちをダンジョンに潜らせないようにしよう」と話が出た。

 

「だから、アイリスの挑戦にも思うところはあるのだ」

「……賢者様」

 

 レンの後ろから顔だけを出したアイリスが申し訳なさそうな顔をする。

 

「そんな顔をするな。あいつらにもう一度故郷を見せたいという気持ちもわかる。それに、おそらく君達が頑張ることも世界には必要なのだ」

「どうしてですか?」

「簡単だよ。我々はどこまで行っても異分子。だからこそダンジョンも子供達の挑戦を歓迎しているのだ」

 

 転移直後のメッセージや碑文の内容を見ても、神殿、あるいはダンジョンを作った者がレンたちに「世界を広げること」を求めているのはわかる。

 であれば、彼らにとって、この地で生まれて育った子供たちは重要な意味を持つ。

 

「なんか、滅んだ国の復興を支援してる気分」

 

 フーリが呟くと「似たようなものだろうな」と返答があった。

 

「ただし、復興しなければならないのは国ではなく世界だ」

「そんなこと別の世界の人間にやらせるなよ……」

「この世界の人間が全て死んだのだとすれば仕方なかろう」

 

 仕方ない、で済ませられるのはだいぶこの世界よりの考え方だが、理屈はわかる。

 用件もとりあえず終わった。

 世界の謎に関してはここで議論したところで結論は出ない。

 

「二階以降の石碑もぜひ写しを持ってきてくれ。君達は話が通じそうだからな」

「わかりました。報酬が出るならこっちとしても得ですし」

 

 帰ろうと立ち上がったところで、

 

「ああ、そうだ。レン君だったな。君と二人きりで話がしたい。少し残ってくれないか」

 

 賢者の声がレンを制止した。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「話ってなんですか?」

「なに、大した事じゃない。……レベルアップは順調かな?」

「まあ、安全第一でやってます」

 

 ろくな話じゃなかったなと思いつつ肩を竦める。

 積極的にレベルを上げようとはしていない。かと言ってダンジョンを攻略していれば経験値は勝手に入る。

 今日だって、ボス戦後にステータスを確認したところレベルが上がっていた。

 残念ながらファンファーレが鳴ったりHPMPが全回復したりはしないので上がったかどうかは数字を目視するしかない。

 すると男は口元に笑みを浮かべて、

 

「そうか。それは良いことだ」

「俺がだんだん女になるのが良いことなんですか?」

 

 多少刺々しい口調になったのは仕方ない。

 相手は相手で割と失礼な態度で、

 

「良いことだよ。()()()()()()()()()()。しかも、それに男が選ばれるなんて非常に珍しい。肉体が変化する過程も細かくレポートして欲しいくらいだ」

「金になるなら考えますけど」

「ふむ。これくらいでどうだね?」

 

 提示された額はかなり魅力的だった。

 やんわり断ったつもりがまんまと乗せられたレンはついレポート作成を承諾してしまった。報酬の一部は酒代に消えるだろう。

 

「本題はなんですか? この話をするためにフーリたちを帰したわけじゃないでしょう?」

「これが本題だよ。仲間に女性化を後押しされるのも嫌だろう?」

「確かにそうですね」

 

 普段から割と「いいじゃない。可愛いし」とか言われているので大差ない気もするが。

 

「そんなに嫌なものなのか? 容姿が美しくなるのだから性別くらい我慢すれば良かろう」

「男に身体を狙われても同じこと言えます?」

「……妊娠がどういうものか体験してみたい気はするが、男の性欲を浴びせられるのは確かに嫌だな」

 

 ほら見ろ。

 というか、だんだんただのエロ話になっている気がする。女性陣を帰らせたのはこのためだったのではないか。

 

「男に抱かれるのが嫌なら、今のうちに女を作ってしまえばどうだ」

「これから女になります、なんて男と付き合いたい奴がいますか?」

 

 フーリとキスしたことをふと思い出したが、あれは別に好きだと言われたわけでも付き合おうと言う話になったわけでもない。もし上手く行っていたとしてもセフレみたいな関係になるだけだろう。なりたいが。

 賢者は少し考えるようにしてから、

 

「あいにく経験がないのでなんとも言えんな」

「金払えば相手してくれる人がいるって聞きましたけど」

「私は皆のリーダー格だぞ? 娼婦を買っているなどと知られたら恥ずかしくて外を歩けん」

 

 ああ、賢者っていうのは魔法使いを通り越したという意味だったのか。

 ジト目で見てやると気まずそうに咳ばらいをして、

 

「君のアレもあまり自慢できるサイズではないのだろう? 魅了スキルとテクニックで骨抜きにすれば女になっても関係ないのではないか?」

「ひょっとして喧嘩を売ってますか?」

「良いだろう。女の君に手を出すのは自制しているのだ。男の君と他愛ない話をするくらいは許して欲しい」

 

 当然だが、彼にも性欲はあるらしい。

 一回目の神隠しメンバーということはレベルも高いだろうし、彼の血が引き継がれないのも損失なんじゃないのか? と疑問に思いつつ、あることに思い至った。

 

「アイリスのお母さんにあんなこと言うってことは、俺も期待されてるんですか?」

「無論。完全にサキュバス化した上でなるべく多くの子を残して欲しいものだ」

 

 半端な状態だとどうなるかも気になるが、おそらくサキュバスの血は遺伝しないだろう……と真顔で続ける彼を見て、レンは「こういうところが嫌がられるんだろうな」と思った。

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

「なんていうか、偏屈な研究者って感じの人だね。私たちのことエロい目で見ないのはいいけど、ちょっと面倒くさそう」

「はい。良い方だとは思うんですが……」

 

 先に帰ることになったフーリはアイリスと一緒に食料品店へ寄り道をした。

 卵などの食品は傷みやすいので使い切れる分だけこまめに買わないといけない。マジックアイテムの冷蔵庫もあるにはあるのだけれど物凄く高くてとても買えなかった。

 レンがいると機嫌が良くなる店のおじさんはアイリスが相手でもおまけをしてくれた。美人なら誰でもいいらしい。

 今度からこの子に頼むと言う手もあるだろうか? 駄目か。一人で買い物に行かせるとあちこちでナンパされそうだ。

 で、道中で話題になったのは賢者のこと。

 

「お父さんなんか『あいつに変な事されたらすぐに言え』っていつも言ってます」

「うわ、嫌われてるなあ」

 

 でも「無理もないかな」とも思う。

 子供をたくさん産んで欲しい、とかなかなかハードなセクハラだ。純粋にこの世界のことを考えているのはわかるのだけれど、だからこそ悪意なくひどいことが言える。

 もし、アイリスの母親が未亡人になった場合、あの賢者はきっと当然のように再婚を勧めるだろう。

 その場合でも「私と結婚しよう」とは絶対言わなさそうなのがせめてもの救いである。

 

「アイリスちゃんって何人姉妹なんだっけ?」

「三人です。十七歳と十三歳で、二人ともとっても可愛いんですよ」

 

 この子の妹ならそれはもう可愛いだろう。年下の弟妹なんてただでさえ愛着が湧くのに。

 

「お母さん頑張ったね。この世界だと子供産むのも結構危ないんじゃない?」

「お母さんは『そんなに大変じゃなかった』って言ってました。日本にいた頃より身体が丈夫になったのと、生命の精霊魔法があるからって」

 

 最先端の医療技術の代わりに魔法が活躍するのか。

 確かに、自分で自分のHPを回復できるのなら痛みや苦しみもだいぶ和らげられる。

 回復魔法の使い手が知り合い相手に助産師めいたことをすることもよくあるという。

 

「じゃあ、レンもそのうちそういうのに駆り出されるかな」

「そうですね。私もお手伝いできるように魔法を上達しておきたいです」

「アイリスちゃんは頑張り屋さんだなあ」

 

 フーリも負けてはいられない。

 レベルアップだけに頼らず、暇な時にナイフや格闘の練習をしておくといざという時に役立つ。

 トレーニングでも経験値は入るので一石二鳥である。

 

「でも、そうだよね。回復魔法が使えれば自分の時も役に立つんだし。覚えておいて損はないか」

「じ、自分の時なんてそんな……。まだまだ先の話ですし」

 

 頬を赤くしてそんなことを言うアイリスだが、二十歳ならそろそろ結婚を考えておかしくない年齢だ。

 この子の場合は寿命が長いので焦る必要もないのだろうけれど。

 

「結婚はともかくとしてさ。気になる男の子とかいないの?」

「い、いませんよ。私はあんまり街にも出ませんでしたし、街に行くとみんなに見られるので落ち着かなくて……」

「それで知ってる男がお父さんとあの賢者(おっさん)かあ」

 

 こんなに可愛いのに、なんというか寂しい。

 

「あ、でも」

 

 アイリスが恋愛できるように応援するべきか、と何気なく考えていると少女が再び口を開いて、

 

「レンさんは格好いいと思います」

「……へえー?」

 

 見れば、はにかむような表情。

 たぶん頼れるお兄ちゃんに対するような小さな憧れなのだろうが……ちゃんといるじゃないか。気になる男の子が。

 

「でも、レンは格好いいっていうより可愛い系じゃない?」

「そんなの失礼ですよ」

「いいのいいの。別に悪口言ってるわけじゃないんだから」

 

 レンに言わせれば「可愛いは褒め言葉じゃない」となるのだろうが、別にすべての女が背の高いがっしりした男を好むわけじゃない。

 フーリは悪ぶってみたり自分を大きく見せようと空回りしている奴よりああいう可愛い奴の方が好みだ。

 なんと言うのだろうか。小動物系?

 こっちに来てサキュバスになる前からからかうと面白いのは変わっていない。

 

「あいつ、意外と頼りがいあるしねー」

「はい。戦いで落ち着いていられるのも、きっとレンさんが傍にいてくれるからだと思うんです」

「うんうん。それ、直接言ってあげるときっと喜ぶよ」

「ちょ、直接……!? それもちょっと、その、恥ずかしいです」

 

 俯いてごにょごにょと呟くアイリス。

 なんだろう、この可愛い生き物は。

 自分とレンでちゃんと守ってあげなければ。

 

「二人っきりになりたい時とかあったらいつでも言ってね。そうしたら私、適当に飲みにでも行ってしばらく帰ってこないから」

 

 フーリとレンとの間にはあのキスの一件以来特になにもない。先生の勧めでアイリスが仲間になってそれからばたばたしていたので当然なのだけれど。

 この可愛くて純粋な後輩がいるところであまり変なこともできない。

 キスしてしまった以上、ここで終わらせたくない気持ちがある一方、もしアイリスが本気でレンを好きになるのなら応援してあげたいとも思ってしまう。

 ある意味恋敵になるというのに。

 

「二人っきりだなんて……そんなの、どうしていいかわからなくなりそうです」

 

 幸い、今のアイリスにはまだそういうのは早そうだ。

 少しだけほっとしながら少女の方へ軽く身を寄せて、

 

「じゃ、そういうのはレンの方から誘われた時にとっておこっか」

「レンさんはそういうこと言わないと思います」

「それもそうだ」

 

 二人で和やかに笑いあった。

 なお。

 この後、家に帰ってきたレンがいきなり「どっちでもいいから羽と尻尾のサイズを測るの手伝ってくれ」とか言い出したせいでアイリスは見事に真っ赤になった。


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