クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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【番外編】アイシャとレン

「もしかしてお暇、レンさん?」

「アイシャさん。お疲れさまです」

 

 休日、レンは相変わらず手持ち無沙汰になることが多い。

 まず、家事における役割が少ない。外に散歩にでも出られればいいのだが、男たちから邪な視線を向けられることが増えたためなるべく控えている。暇だからと飲み食いしすぎるのも財布的に良くないし、小説やマンガも少しずつ手持ちを増やしているとはいえ限りがある。

 となると、できることは魔法の練習か、ダンジョン探索に備えての休養が主。

 後者は休養と言えば聞こえがいいものの、簡単に言えば昼寝である。ごろごろしている、と取られても仕方のない絵面であり少しバツが悪い。

 

 マリアベルやアイシャのような働き者が傍にいると猶更である。

 そんな働き者の一人であるアイシャは、生徒たちへ顔を見せに行った帰りなのだろう。外出用の服装で外から回り込み、窓際にいるレンと視線を合わせてきた。

 

「お疲れさま。自由に外出ができないというのも大変ね」

「アイシャさんこそ、いつもみんなに気を配っていて大変じゃないですか?」

「私は教師だもの。生徒の助けになるのが仕事なの」

 

 なんでもないことのように微笑む彼女だが、レンたちの担任はここまでこまめに様子を見に来てくれたりはしなかった。

 もちろん、あの先生はあの先生でアイリスを紹介してくれたりきちんと仕事はしていたし、公立校の教師と私立のお嬢様学校の教師ではいろいろと立場も違う。先生自身、異世界で生計を立てなければならなかったはずなので一概には言えないのだが。

 

「でも、そろそろ私の仕事もなくなってきたかな。みんなこっちに馴染んできたみたいだから」

「頻繁に会いに行かなくても大丈夫な感じですか?」

「ええ」

 

 アイシャの生徒──三十一年目の転移者たちもダンジョンへ潜る者、仕事をして生計を立てる者などそれぞれの道を歩み始めた。

 仕事先もバラバラ、それぞれに新しい出会いもあった。仕事に関する悩みは雇用主の仕事だし、異世界での生活のコツについてはアイシャよりも過去の転移者たちの方が詳しい。

 むしろ、転移する前からの付き合いであるアイシャがあれこれ世話を焼きすぎる方が馴染むための障害になってくる頃だ。

 問題行動を起こした少女たちのように経過観察が必要な子もいるものの、それにしたって週一か週二で会いに行けば十分だろう。少しは「担任の先生」も気を抜ける。

 

「そうだ。少しお話をしませんか?」

「話、ですか? もちろんいいですけど……」

 

 リビングにでも移動した方がいいだろうか。

 思いつつレンが頷くと、アイシャは靴を脱いで開いた窓へと身を乗り出してきた。慌てて支え、部屋の中へと下ろしてやる。

 

「ありがとう」

「びっくりしました。アイシャさんでもそういうことするんですね」

「大人だって、羽目を外すことはあるのよ?」

 

 確かに、今の自分があと十年やそこら生きたとして落ち着きと責任感のある立派な大人になれるかというと怪しい気がする。単に愚痴の内容が変わるだけで、フーリと酒を飲んで馬鹿な話をしているのではないだろうか。

 だとしても、アイシャが素に近い一面を見せてくれるとは。

 教え子ではないレンだからこそ、だろうか。こっちに来てからの関係なら「立派な女教師」である必要もあまりない。

 

「レンさんとは二人きりで話をしてみたかったの」

 

 レンの勧めた椅子に座ったアイシャはそう言って微笑んだ。

 

「えっと、それはマリアさんの件で、ですか?」

「そうだけど、別に文句を言いたいわけじゃないから安心して」

 

 レンとマリアベルの関係は言ってしまえばセフレ。アイシャと別れていた間の人恋しさを埋めていた一人という扱いであり、アイシャにとっては恋人を誑かした一人とも言える。

 なので恨みがあってもおかしくないと思うのだが、

 

「マリアの心の支えになってくれていたんでしょう? 感謝をすることがあっても、恨むことなんてあるわけないわ」

「そう、ですか?」

「もちろん。むしろお礼を言いたいくらい。娼館に籠もっていたあの子を外へ連れ出してくれたんだから」

 

 マリアベルが娼館で暮らしているままだったら、会いに行く時に躊躇したかもしれない──そう、アイシャは語った。

 

「私の知っているマリアとすっかり変わってしまっているかもしれない。そう思ったら気軽になんて行けない。ずるずる先延ばしにしているうちに気まずくなって、むしろ逃げていたかもしれない」

「そんなことないんじゃないですか? だって、あんなに会いたがっていたのに」

「会いたかった。大切だったからこそ、再会が怖いことだってあるの」

 

 最後に会ったのが高校生。それから長い時間を経ていたのなら、すっかり別人になっていてもおかしくない。

 しかし、実際には二人とも変わってはいても、昔のことを忘れてはいなかった。互いに大切に思っていて、また新しく始めることができた。

 

「会えてよかったですね」

「ええ、本当に」

 

 立ち上がったアイシャはベッドに座るレンの手を取って両手で握った。

 

「ありがとう。マリアを誘ってくれて。私のことを受け入れてくれて」

「わたしは別に大したことはしていません。アイシャさんたちが想いあっていたからこそです」

 

 すると、アイシャはもう一度「ありがとう」と言ってから窓の外を見た。

 青い空。

 

「この世界でなら女性同士でも結婚できるのよね」

「向こうでも今はそんなに人目も厳しくないですよね?」

「そうだけど、日本では同性婚は認められていないし、私のいた学校は閉鎖的なところだったから」

「女子校って()()()()()多いんじゃ?」

「多いからこそ、ね。そういうのは学生時代の流行病であって、大人になったら男性と結婚する。それが普通なところでもあった」

 

 同性愛だからだめ、という風潮は少なくなってきているものの、女性同士では子供が作れないという事実はなにも変わっていない。法的な保護も追いついていない状況で踏み切れる人は多くないし、アイシャたちに優しい環境とも言い切れない。

 ただ、ここなら多様性が認められている。

 白人黒人アジア系どころかエルフにゴーレムにサキュバスがいる場所だし、女でもダンジョンで戦う者が多くいる。賢者は「非生産的だ」と怒るかもしれないが、だからといって女性同士の結婚が認められないわけではない。

 

「結婚、するんですか?」

 

 尋ねると、少し恥ずかしそうに答えてくれた。

 

「そのうち、ね。できたらいいなって話してる」

「式には呼んでくださいね」

「もちろん。……レンさんには友人代表はお願いできないだろうけど」

「ですね」

 

 翼と尻尾が生えたのが代表で出て行ったらさすがに気まずい。

 ふう、と。

 息を吐いたアイシャはレンの隣へ座った。拳一人分くらいの間が空いているものの、ふとしたきっかけで肩が触れ合いそうな距離。

 

「あれから、マリアとはした?」

「ま、まさか。アイシャさんがいるじゃないですか」

「そう。……あの子には『してもいい』って言ったんだけど」

 

 初耳である。レンは思わず「それでいいんですか?」と尋ねてしまった。

 

「レンさんなら、ね。新しい子と関係を持つのは嫌だし、本気になられるのは困るけど、再会する前からの関係を頭ごなしにだめとは言えない」

「別にいいんじゃないですか? それくらい言っても」

 

 自分が二股、というかなんというかな状態にあるレンが言うと説得力がないが。

 アイシャは笑顔で首を振った。

 

「ちょっと下心もあるからね」

「下心、ですか?」

「レンさんがいれば、あの子との子供が作れるかもしれないでしょう?」

「……あ」

 

 話の流れとノリで先日取った「他人に生やすスキル」。

 今のところフーリとじゃれるくらいにしか使っていないものの、女性同士のカップルに使えば確かにそういうことができる。

 今の今まで、自分が絡まない相手に使うことは考えていなかったが。

 

「必要になったら言ってください」

「ありがとう。……いつか、お願いすることがあるかも」

「はい。あ、先に一回練習した方がいいかもしれません。かなり独特な感覚だと思うので」

 

 特に女性が好きな女性にとっては忌避すべきものと言える。フーリでも最初は戸惑っていたし、感覚を掴むのに時間は必要だ。

 それを聞いたアイシャはさすがに遠い目になったものの、やがて頷いて、

 

「じゃあ、レンさんに練習、付き合ってもらおうかな」

「え」

「冗談よ」

 

 あっさりそう言った彼女はやはり、大人だと思った。


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