クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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シオンのレベルアップ方法

「狐火!」

「マジックアロー!」

「ファイアボルト!」

 

 ()()の炎が()()()、敵集団に直撃したすぐあとに光の雨が降り注ぐ。

 悲鳴を上げて消滅していくゴブリンたちの中、一体だけ生き残ったキングにひときわ大きな炎が着弾、ギリギリで残っていたHPをあっさりと消し飛ばした。

 

「やった……!」

 

 十階のボス戦、僅か一分である。

 

「うわ、もう私の出番ないね、これ。すっごく楽」

「役割分担がはっきりしているのはいいことです」

 

 フーリが楽しげに声を上げてドロップ品を回収しに行き、同じく出番のなかったメイはその辺の壁を拳で砕いて石材をストレージに放り込めるだけ放り込んでいく。

 ふう、と息を吐いたレンは肩に乗っていた子狐を抱き上げると「ご苦労様」と笑って、

 

「シオンのおかげで早く終わったよ」

「お役に立ててなによりです」

 

 十階までのダンジョンを経験したシオンもだいぶ慣れてきた様子で声を弾ませた。

 

「アイリスさまも、とどめをありがとうございました」

「そんな。お二人が他の敵を倒してくれたからです」

 

 謙遜して微笑むアイリスも日頃の研鑽の成果か、かなり腕を上げている。彼女の放つファイアボルトは以前よりも大きく高火力になり、低位のゴブリンなら一撃で消し飛ばすほどになった。ふらふらのところにそんなものを喰らったゴブリンキングは理不尽を叫びたかったことだろう。

 なにはともあれ、何度目かになる十階攻略が終了。

 レベルが上がったらしいシオンは「次は四本目の尾を取得しようと思います」と宣言した。

 

「本当に頼りになるなあ」

「ねー。狐火の威力も上がって行ってるから、少しずつなら雑魚戦でも戦えるし」

 

 クラスの方のスキルポイントは主に属性攻撃力UPに使われているほか、「気の回収」という特殊なスキルも増えた。

 これは「誰かがMPを消費するたび、消費MPに応じて微量のMPを回復する」という効果だ。

 原理としては大気中に飛散した余剰魔力を回収するということらしい。自分の使った狐火はもちろん、レンやアイリスの魔法にも反応するので、雑魚戦で少しくらいMPを使ってもボス戦に至る頃には回復している。ばんばんMPを使うレンとの相性もいい。

 やることが増えてきたおかげでシオンもご機嫌で「もっとお役に立ちますね」と尻尾を振り、

 

「ですが、最近思うところがありまして」

「ん?」

「わたくし、レベルアップ速度が人より遅いのではないでしょうか」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 レンの場合、サキュバスはエナジードレインや性行為などで経験値が入りやすく、魔操師(マナコンダクター)はMPを操作する行為全般で経験値が入ってくる。クラスに合った行動の幅が広いうえに噛み合っているので結果的に成長が早い。

 一方、シオンの妖狐と仙術士はなにをしたら経験値の入りがいいのかよくわからない。魔法を使うのが有効なのはわかっているものの、周知の通りMPの消費量が多いために連発できず効率が出ない。

 

「妖狐らしい行動、仙術士らしい行動とはいったいなんでしょう……?」

「霞を食べるとか」

「油揚げを食べるとか?」

「そんなことで経験値が得られるのでしょうか。というか、霞を食べるというのはいったいどうしたら……?」

 

 まあでもいちおう試してみようか、と、油揚げを食べてもらったら経験値が入った。

 

「妖狐とはそれでいいのでしょうか。いえ、わたくしとしても好物ですので問題はないのですが」

「あはは。そういえばこの前、おいなりさんにした時もシオンちゃん、後で『いつのまにかレベルが上がっていました』って言ってたよね。あれも油揚げのおかげだったのかも」

 

 シオンの成長に効果があるのなら、と、これからは油揚げの消費量を上げることにした。

 煮物に使ってもいいし、肉を詰めて焼くとかしても美味しい。

 

「むしろもう、あぶって醤油かけるだけでも美味しいんじゃ?」

「いいですね!」

「あはは。それはなんかもう、おかずっていうよりおつまみな気もするけど、でも私たちもお酒飲めるんだもんねー」

 

 親が好んで食べていたような酒のつまみ系もこっちに来てから美味しいと思うようになった。もとからおやつとしては嗜んでいたものもあったが、酒と合わせると格別なのである。オーク肉(仮)から作ったポークジャーキーなんか最たる例だ。

 

「そういえば、シオンってお酒飲んだことあったっけ?」

 

 ちょっと油断すると男っぽくなりそうな口調に気をつけつつレンが尋ねると、シオンは「いいえ」と答えた。

 

「みなさまが口にしているのは存じておりますが、わたくしはこの身体ですので酒瓶を開けるのも一苦労ですし……」

 

 どうしても飲んでみたいとも思わなかったので特に気にしていなかったと言う。

 これは、

 

「勿体ない」

「勿体ないね」

 

 フーリと顔を見合わせて頷きあう。

 苦手な人もいるので無理にとは言えないものの、試しに飲んでみることもしないのは損失である。

 アイリスもこれに頷いて、

 

「強いお酒はいざという時の気付けにもなりますから、飲めるようになっておいて損はないかと」

「き、気付けって、そんな機会があるのですか……!?」

「回復魔法も薬もなく、すぐには帰還もままならない状況がいつか来るかもしれません。そうなったら熱したナイフで患部を焼き切るのが最適な状況も──」

「そんな危機的状況になる前に帰りましょう。ね、そうしましょう?」

 

 レンとしても同意である。

 というか、レンがいれば回復魔法が切れるという状況はほぼ起こりえない。高速で回復しようとすると誰かとキスしながらヒールやキュアを連発する、というアレな絵面になるがMPが0からでもリカバリーは可能である。

 

「アイリス、脅かし過ぎ」

「す、すみません、つい」

「焼き切るのはともかく、せっかくだからちょっとくらい飲んでみようよ? お神酒扱いで経験値増えるかもしれないし」

「それで増えたらますます妖狐が食欲の権化みたいになるのですが」

 

 シオンの抗議はひとまず置いておき、どうせシオンに飲ませるならと街で買える酒の中からいろんな種類を揃えてみた。

 赤白ワインにエール、蒸留酒、それから珍しいところで清酒。

 米から作る酒は原材料の価格のせいで高いのだが、根強いファンがいるために意外と流通している。とはいえレンたちもさすがに日本酒は初めてだ。

(ちなみにエールは酒場で注文し、出してもらったものを密閉容器に入れてストレージで持ち帰ってきた)

 

 つまみもチーズ、炒った豆、あぶった油揚げなどいくつか用意。

 二十歳以下の少女ばかりで酒盛りというのも不思議な状況だが、こっちの世界では合法である。いや、アイリスはもう二十歳を超えているから日本(むこう)でも合法か。

 

「さ、シオンちゃん。どれからいく?」

 

 フーリがわくわくした様子で尋ねると、少女は「少しだけですよ……?」とまずはエールを口に運んだ。

 おちょこのような小さな器に入れてやればシオンの手でも持てる。炭酸入りの麦酒に口をつけた少女は一瞬間を置いてから「苦いですね」と口にした。

 

「夏場はこれが良い、と聞いたこともありますが、炭酸が重要ならばアルコールである必要はないのでは……?」

 

 これについては後から話を聞いたマリアベル、アイシャの大人組が「わかってない」と反論することになるのだが、それはさておき。

 続いて飲んだ赤と白のワインは「美味しいです」となかなかの高評価。ただ、小さな身体なぶん回りが早いのを警戒してシオンは一口で飲むのを止めてしまう。

 すると今度は蒸留酒。

 度の強い酒を少しだけ舐めたシオンは「舌がぴりぴりします」と口にしたものの、容器一杯分をなんとか飲み干して、

 

「……あれ? なんだか、美味しい気がしてきました」

「ふーん、へーえ? ねえレン、これってさ」

「うん。シオンは意外と『いける口』なのかも」

 

 これは「そんなはずは」と否定されてものの、最後に清酒の番が来ると流れが変わった。

 くんくんと匂いを嗅いだシオンはどこかわくわくした様子で「いただきます」と口にし、くいっと一気に酒を飲み干して──。

 ほう、と、恍惚とも取れる息を吐き出した。

 心なしか頬が赤らんでいるような、いないような。

 

「どうですか、シオンさん」

 

 アイリスからの期待の問いにシオンは、

 

「……これは、良くないお酒です」

「なるほど。気に入ったということですね」

「違います。こんなものを飲んではだめになってしまうということです。ですので飲むべきではないと」

 

 よっぽど気に入ったらしい。

 ちなみに酒を飲んでも経験値は入った。上昇量の差は微々たるものではあったものの、清酒が一番上のようである。やはり和風の色が強い種族だけに日本っぽい酒の方が良いらしい。

 レンは頷き、自分の分の器にも酒を注ぎつつ、

 

「シオン、もうちょっと飲んでみたら?」

「いえ、ですが」

「いいじゃない。経験値も入るんだし、神様がお供え物を受けるのにも意味があるってことだよ」

 

 適当な言い訳に効果があったのかなかったのか、結局、少女は「そこまで言うのであれば……」と、注がれるままにちびちびと酒を口にしだした。

 そこからはそのまま食べ物を追加しつつ夕食兼飲み会である。

 シオンが一番気に入ったのはやはり油揚げと清酒の組み合わせだった。小さく切った油揚げを口に運びつつちびちびと清酒を飲む子狐の姿はなんというか可愛くも微笑ましく、いつまでも見ていられそうである。こんな神様がいたら毎日のようにお供え物を持って行きたくなる。

 

「レンさんは清酒、どうですか?」

「うん、わたしも気に入ったかな。なんかわたしは強いお酒の方が好きっぽい」

「ご主人様、それは完全に吞兵衛の発言です」

「べ、べつにいいだろ。たぶんサキュバスになってる影響だし」

 

 今のところ酒を飲んである種の気持ち良さは感じるものの、前後不覚になり過ぎたり翌日気持ち悪くなったりした覚えはない。節度ある飲み方をしているお陰なのか、それとも「飲ませて取って食う」のが習性だからなのかは微妙なところだ。

 フーリもにこにこしつつ清酒入りのグラスを傾けており、日本酒大人気である。

 

「うーん。これは一本くらい常備しておいてもいいかも」

「あんまり贅沢してばっかりもいられないのに、欲しいものが増えていくなあ」

 

 ちなみにアイリスは清酒も好みではあるものの、果実の甘みが感じられるワインの方が好みらしい。主にチーズをつまみつつグラスを傾けていた。

 なお、ゴーレムであるメイは例によって見ているだけ、たまに石を摂取する程度だったのだが、

 

「ご主人様。やはり私も燃料の摂取を希望したく」

「燃料って。いや、メイならスピリタスでもいけそうだけど」

 

 飲用のお酒は燃料にするにはもったいないので、本当に燃料にするなら飲用じゃないアルコールにしてくれるよう頼んだ。

 

「ところで、霞を食べるって具体的にどういうことなんだろうな? 断食?」

「なのかなあ。それともシオンちゃんが取ったスキルみたいに空気中の魔力を吸収してエネルギーに変えるみたいな?」

「仙境に迷い込んだ男を美しい仙女が誘惑して精を吸い尽くす、などという話も聞いたことがありますが」

「なにそれ。仙女ってサキュバスとあんまり変わらないってこと?」

「確かにレンさんも食べなくても生きていける人ですよね……?」

 

 食いだめもできるので、たまに会う人からたっぷり吸っておけば普段は飲まず食わずということも可能かもしれない。

 

「つまり、わたしも仙術士と相性がいい……?」

「魔操師で取れるスキルがなくなってきたら転職してみてもいいかもね」

 

 気のせいな気もするが、スキル相性的にも悪くなさそうなので頭の片隅に留めておくことにする。

 なお、シオンは仙女の真実(?)に愕然としていた。心配しなくてもそんな淫魔みたいな仙女はメイの妄想かラノベやエロ漫画の影響、あるいは主流ではない噂の類に違いない。

 

「後はなにがあるんでしょうね、シオンさんのレベルアップ方法」

「自然の気を取り込むのは効果があるのでは? 具体的にどのようにするのかはさっぱりわかりませんが」

「駄目じゃん」

 

 と言いつつ、ものは試しにと森に行って新鮮な空気を吸ってもらったり、太陽の光でひなたぼっこをしてもらったりしたところ普通に経験値が入った。

 

「食べて寝ていればレベルアップできるということですか……!?」

「わ、いいねシオンちゃん。特別なことしなくても成長できるっぽいよ」

「うう、少しだけ納得いきません……」

 

 働きたがりなシオンは若干不満そうではあったものの、シオンがひなたぼっこをしたり森で遊んだりしているのはパーティメンバーからもアイリスの家族からも評判が良かった。


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