クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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川の完成とシオンの聖域

「ついに川が完成したぞ!」

 

 ある日、レンたちはとある集団に声をかけられて外出することになった。

 男子禁制のスペースから唯一の道を通って出た後、森から湖を経て長い川へ。直線距離なら近いのにかなりの遠回りである。川の支流を作って家の近くまで引っ張れないか、アイリスの両親と相談したくなった。

 ともあれ、川である。

 レンたちを呼び出したのは去年の年末に出会った酔狂な人々──この世界で初日の出を見ようというグループである。

 

 用件は彼らが口にした通り。

 十分な長さの川が用意できたのでみんなで見に行こうと誘われたのである。

 デザイン画の大本をアイリスが描き、そこからはグループのメンバーに丸投げ。メンバーが一部ずつ別個にデザインして完成した川はそれぞれの個性が適度に引き出された結果、なかなかにランダム性のある感じに仕上がっていた。

 途中には川から水路が引かれて田んぼが作られている。

 また、釣りをする人などのために建てられた小屋もあって前より川も賑やかになってきた感じだ。

 

「こんなところがあったのですね」

「あはは。そういえばシオンちゃんは初めてだったっけ」

「はい。森には何度も入っておりますが、ここまで来たことはありませんでした」

「さすがに距離がありますね……。移動するのも一苦労です」

 

 グループの最終目的は山の上から初日の出を拝むこと。

 高所から地平線を見ようとするとキロ単位の距離が必要になるため長い川が作られることになった。

 しかも、この長い川でさえ計画の過程に過ぎない。

 

「この調子だと山を作るのはまた来年ですね」

「だな。まあいいさ。今年は川の端あたりで飲み会をすればいい」

「長年進んでなかった計画がやっと動き出したんだ。それだけで十分だよ」

 

 さっきの田んぼのように川は生活にも利用され始めている。

 川から湖へと水が流れ込むことによって新鮮な水に困らなくなったし、淡水魚ではあるものの魚も獲ることができる。

 近いうちに製紙業のための小屋も作られる予定だとか。

 

「ねえレン、川なら水遊びにちょうどいいんじゃない」

「確かに。転ばなきゃ服もびしょびしょにはならないだろうし」

「お、いいねえ。せっかく来たんだ。思う存分遊んでいくといい」

 

 一応、今回来たのは山を作るための下見という意味合いもあるが、それは終点をしばらく眺めれば済んでしまう。端を見たから帰ろう、というのも味気ないため参加メンバーはそれぞれに遊んだり酒を飲み始めたり、隅の方で将棋を指し始めたりしている。

 将棋盤をわざわざ運んで来たのか……? とツッコみそうになったものの、ストレージに入れてきたに決まっている。つくづく便利な能力である。

 

「よし、シオン。少し水に入ろうか」

「はい!」

 

 靴とタイツを脱いで足を水にひたす。涼しい季節なので水はかなり冷たいものの、これはこれで気持ちいい。簡単には風邪をひかない身体さまさまである。

 ぱしゃぱしゃと音を立てながら水の中を歩くとけっこう楽しい。

 シオンも軽く飛び跳ねるようにしながら遊んでいる。悪ノリしたメイがそれを追いかけはじめ、なんだか追いかけっこの様相を呈しはじめた。

 

「二人ともー、はしゃぎすぎると転ぶ──あ、遅かった」

 

 つるっと滑ったメイが顔面から川へダイブ。

 びっくりしたシオンは水しぶきをもろに浴びてしまった。さっと川から出た彼女はぷるぷると身を震わせて水分を飛ばし始める。なかなか堂に入った仕草である。

 可愛いのでこのまま見ていたい、と思いつつ歩み寄って、

 

「シオン。乾かそうか?」

「お願いしてもよろしいですか?」

「もちろん」

 

 風を起こすウインドの魔法と火をつけるファイアの魔法を同時に使って温風を作り出す。疑似的なドライヤーである。

 適度な熱さに調節してから風を当ててやるとシオンは「気持ちいいです」と歓声を上げた。

 

「なんだかピクニックみたいで楽しいですね」

「お弁当も持ってきてるから後で食べようか」

 

 濡れる原因になったメイの方はというと、濡れた服に無頓着なのをフーリに咎められ着替えさせられている。

 アイリスはスケッチブックと鉛筆を手に山のデザインを構想中だ。

 

「自然が多いというのはいいことだと思います」

 

 温風を出し続けながら何気なくみんなの様子を眺めていると、同じく何気ない調子でシオンが呟いた。

 

「父の実家も緑の多いところでしたが、この異世界ほどではありません。あちらは長年かけて人の手が加えられ、意図的に残された自然ですから」

「で、こっちは人間が意図的に作った自然か。なんだかんだ言って自然への憧れみたいなのもあるんだろうな」

「人は自然の恵みなしに生きてはいけませんからね」

 

 向こうでは田舎暮らしブームみたいなものもあった。

 多くの人は「生活が不便でないなら自然の多いところの方がいい」程度のノリだろうが、中には移住して本格的に田舎暮らしを始める人もいる。

 レンたちの場合は望んでそうしたわけではないものの、家電の類がなくなってもそれはそれでなんとかなっている。

 

「魔法のおかげっていうのも大きいのかな」

「そうですね。科学よりもずっと自然を犠牲にしづらい力だと思います」

「シオン、だいぶ妖狐っぽく? 仙人っぽく? なってきた?」

「レンさんこそ、自然に魔法を使いこなしていらっしゃいます」

 

 二人はどちらからともかくくすりと笑った。

 そうしているとフーリとメイがこっちにやってきた。

 

「レン。メイちゃんの服も乾かしてあげてくれる?」

「あ。ではそちらがわたくしが」

 

 レンに乾かされているシオンが同じように火と風の魔法を使う。 

 自分で自分の身体は乾かしづらいものの、シオンも複数の魔法行使はお手の物である。

 

「ご主人様。少しそのあたりの石を拾って帰ってよろしいでしょうか」

「ああ。少しくらいならいい……のかな?」

「ごっそり地形変えようとかしなければ少しずつ元に戻るはずだよ。記念に石を拾うくらいならぜんぜん大丈夫」

「メイさまの場合は記念ではなく拾い食いですけれど」

 

 川のほとりで食べるお弁当ももちろんとても美味しかった。

 

「良かったら大晦日の宴会にも参加してくれよ」

「あー。それは気が向いたらで」

 

 ただ、グループのリーダーからの誘いにはとりあえずそう返答しておく。

 楽しいだろうとは思うのだけれど、何度も歩いてくるにはさすがに遠すぎる。一人+シオンくらいなら抱いて飛べるので次はそうやって来ようと思った。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 ダンジョン攻略の方は順調そのもの。

 二十二階以降もレンたちはアラームを利用した戦法でリザードマンたちを蹂躙した。

 一回り大きな湾曲刀と盾を持ったソルジャー、槍持ちで射程距離の長いランサー、手甲装備で動きの早いグラップラー、動ける魔法使いのメイジと次々参加してくる新戦力も「顔を合わせる前に全部吹き飛ばす」戦術の前ではあまり関係がない。

 二十五階のボス、回復と強化(バフ)弱体化(デバフ)を使いこなすリザードシャーマンを含む敵パーティをフルパワーで吹き飛ばすと、

 

「あ、ストレージが増えたみたいです」

「やっぱり今回はストレージか」

 

 レンたちの四分の一程度だったアイリス、メイのストレージが二倍──つまりレンたちの半分程度まで拡張された。

 賢者のところへ報告に行くと彼もこれには「やはりな」という反応。

 

「もう少し椀飯振舞してくれると助かるのだが、さすがにそう上手くはいかないか」

「ボーナスがあるだけマシってことかな。持っていける量が増えるのは助かるし」

 

 特にアイリスたちは持っていける矢の量、持ち帰れる素材の量が重要になる。

 ストレージを使えるようになってからのアイリスは「取り出した矢をノータイムで弓につがえて放つ」という技が使えるようになり、今まで以上に連射がきくようになっているため矢の消費も激しい。再利用できそうな矢は回収しているとはいえやっぱり減っていくので、これは地味にパワーアップだ。

 

「でも、最近木をがんがん使ってる気がするなあ」

「そうですね……。お父さんたちは大丈夫でしょうか」

 

 少し気になったので、川の支流の件も含めてアイリスの両親のところに話をしに行ってみた。

 

「確かに、このところ木材の需要が上がってきていてね。木材が不足気味になってきているんだ」

「森にはまだけっこう木がありましたけど……」

「木はすぐに育つものではありません。先を見据えて森を広げて行かなければあっという間に枯渇してしまいます。……もっとも、この異世界では少々ずるができるのですが」

 

 木こりであるアイリスの父やエルフであるアイリスの母がいることによって木々や草花の成長は早くなっている。地球のように十年二十年と待つ必要はないものの、だからと言って一瞬でぽん! と生えてくれたりはしないのである。

 例外は世界の欠片を使って地形として指定した時。

 

「そろそろ森の広げ時、ということだ。ちょうどいい。川の支流に沿って森を作ることにしようか」

「いいの、お父さん? 形がだいぶいびつになっちゃうけど」

「構わない。あとあと周辺も森にするのだから一時の事だ。それに、神社の傍に森があるのはそちらとしても好都合なのではないか?」

「確かに。神秘パワーが上がりそうな気がします」

 

 問題は森と繋がることで動物たちが民家に近づく可能性か。

 

「森が広がってきたら街の周りを壁で囲うつもりでいたんです。ただ、そうすると神社と森と壁の位置関係が微妙ですよね」

「そうですね。神社を壁の外へ置くとすると管理の面で不安が残ります。何か番人のようなものを置ければいいのでしょうけれど……」

「さすがにそういうスキルはわたしも持ってないですね……」

 

 レンはアイリスの妹たちと遊んでくれているシオンに視線を向けた。

 

「シオン。妖狐のスキルで式神とか作れたりしないか?」

「さすがにそのようなスキルはありませんね……。おそらく、式神を使役できるとすれば陰陽師のようなクラスかと」

 

 申し訳なさそうにそう答えたシオンは、少し間を置いてから「あ」と声を上げた。

 

「番人ではありませんが、神社への侵入を阻止することならできるかもしれません」

「本当?」

「はい。『聖域』というスキルがあります」

 

 指定したエリアにモンスター等が寄ってくるのを防ぐスキルらしい。

 人指定ではなく場所指定なためダンジョン探索中は使いづらい(二十階のような戦場にしても「近づかれる前に叩く」戦法とは相性が悪い)ため取得する予定はなかったそうだが、神社を守るために使うのであればもってこいである。

 というか、狐が御神体になっている神社が「聖域」になったら正真正銘のパワースポットである。

 アイリスの母はふっと微笑んで、

 

「解決したようですね」

「はい。神社周辺だけ壁を作らないで森とダイレクトに繋げれば良さそうです。水場も神社の傍に作りましょう」

 

 念のため帰って他の住人達にも相談したところ、本当に動物避けになるか先に試したいという意見が出た。そこで適当な動物を捕まえてきてシオンに「聖域」を作ってもらい、そちらへけしかけてやると──。

 

「入れる動物と入れない動物がいるようですね……?」

「入れる動物はみな大人しいように見えます。害のある者だけを弾くということでしょうか」

 

 同じ動物でも気性の荒い個体は入れなかったりしたため、おそらくそれが正解だろうということになった。これなら特に問題はなさそうだ。

 持つべきものはスキルである。

 ちなみに気性の荒い動物たちもレンたちを無暗に襲ってきたりはしない。

 

「力の差がわかるんだと思いますよ」

 

 と、アイリス。

 ダンジョンに潜っていない者でも何か月か生活していればさすがにレベルが上がっている。本気で自己防衛すればある程度の獣には勝てるだろう。動物たちはそういったことを本能で察しているらしい。

 なお、これには例外もあるようで、

 

「私だけ妙に攻撃されるのですが?」

「こいつらにとってはメイが人形かなにかに見えるんじゃないかな?」

 

 怒れるニワトリから執拗に蹴りつけられているメイは「理不尽です」と言いつつもニワトリを蹴り返したりはせず大人しくしていた。

 そういう優しいところに付け込まれている可能性もあるかもしれない。

 

「ところでシオンちゃん、経験値のほうは?」

「ええと……上がっていますね。スキルを使うたびなのか、それとも聖域によって獣を追い払うたびなのかはわかりませんけれど」

「便利だからいいと思います。ご利益もありそうですね」

 

 神社の建築に関しては大工のおじさんも慣れていないということで若干時間がかかっているものの、もう少ししたら完了する見込みだ。

 今年の年末年始には余裕で間に合うので、この分だと本当に初詣の客が来るかもしれない。

 

「あれ? もし神社に初詣客が来たら誰が応対するんだろ?」

「それは私たちでしょ。レン、今度は巫女さんの格好してみる?」

「ちょっと心惹かれるものはあるけど、わたしには確実に似合わないかなあ」

 

 コウモリの翼を備えた巫女さんはあまりにも怪しすぎる。

 ちなみに聖域には入れたのでレンは善のサキュバス扱いらしい。なお、善のサキュバスってなんだよ、というのはあまり考えてはいけない。


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