クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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聖域とポーション

「聖域とはこうやって使うものだったのですね」

 

 ボス部屋前の床で香箱座りをしながら、シオンがしみじみと呟いた。

 今、一帯には彼女の聖域が築かれている。

 スキルのレベルを2に上げて同時使用数の上限を2に増やしたのだ。これはダンジョン攻略に際して必要に迫られたための措置。

 

「今まではこういうのいらなかったもんね。納得」

 

 フーリが言った通り、二十六階以降ワンダリングモンスターが出現するようになったのがきっかけだ。

 これまでのダンジョンなら戦闘のたびに立ち止ってのんびり休憩を取ることができた。しかし、徘徊する敵がいるとなると本格的に襲撃を警戒しないといけない。

 今までも念のためにと警戒してはいたものの、必要となる警戒のレベルが違う。戦闘でMPを大量消費した直後、別の敵に襲われる心配もしなければならず、階を追うごとに敵が強くなることと相まって「落ち着いて準備を整えたい」という欲求が強くなった。

 特にボス戦前は重要ということで、こうしてスキルを取ってもらったのだ。

 聖域があればワンダリングモンスターも近寄って来ないのでゆっくりと回復できる。

 

 なお、聖域はボス部屋の敵には通用しなかった。

 部屋の前に展開したまま外から魔法で攻撃したら近寄られることなく勝てるのではないか、と試したところ普通に乗り越えてきたのだ。

 さすがにそこまでうまい話はないらしい。

 

「ご主人様。MPの具合はいかがですか?」

「うん。そろそろ満タンになる。……よし、終わった」

 

 ステータスを開いて詳しく確認していたレンは現在MPの欄が動かなくなったのを見て頷いた。

 同じようにアイリスが頷いて、閉じたままの扉に目を向けた。

 

「じゃあ、いよいよですね」

 

 二十九階のボス部屋が開かれ、そして豪快な魔法音が室内に満ちた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「三十階」

「三十階だね」

「三十階、ですね」

 

 行きつけの洋食店からテイクアウトさせてもらったご馳走で祝杯を挙げ、ひとしきり二十九階の感想を言い合ったところで、話題は次の階層のこととなった。

 だいたいの情報は攻略本から確認済み。

 食事の参加者で唯一、ダンジョンには疎いアイシャが「三十階はどんなところなの?」とみんな(主にマリアベル)へ向けて尋ねた。

 

「ニ十階と同じでオープンフィールド型の戦場よ。相手はリザードマンで、今回は敵の大規模集落に私たちが攻撃を仕掛けることになるわ」

「集落……って、敵は何匹くらい?」

「正確に数えるのは難しいから大雑把にだけど、およそ二百」

「に……っ!?」

 

 絶句したアイシャがフォークからフライドポテトを落とした。

 無理もない。

 二十九階のボス部屋もなかなかのパーティ構成だったが、それでも敵の数は二十だった。一気に十倍とか加減して欲しい。

 まあ、数だけで言えば二十階の殲滅戦のほうが合計は多いのだが。

 

「今回はこっちから攻めなきゃいけないんですよね……」

「うん、そこが大きな問題になる。敵は当然こっちに対応してくるし、迎撃のための備えもあるわけだから」

 

 集落の外へおびき出そうとしたところで遠距離から応戦してくるだろうし、同じく空からの攻撃にも十分な数の弓や魔法で反撃してくる。

 時間をかければ正面からだけでなく側面や背後に回られるかもしれない。敵が散らばっている分、乱戦になって味方と分断される可能性も高い。

 

「そんなの関係ない、とばかりに全て殴り倒せればいいのですが」

「いくらメイさまでも無理ではないかと……」

 

 メイのボディだって無敵ではない。

 リザードマンの一撃なら少しずつ欠けたり砕けたりはしていくし、囲まれたら多勢に無勢だ。

 

「マリアさんは攻略した経験あるんだよね?」

「ええ。もちろん単独(ソロ)ではなくパーティを組んで、ですが。その時も決して楽な戦いではありませんでした」

「そっか。うーん、やっぱりさすがに厳しそうだなあ……」

 

 難易度は二十階よりも確実に上がっている。

 

「二十階の時と同じように応援を頼むことはできませんか?」

「できるけど、あいつらはいま二十六階だからまだちょっと時間がかかると思う」

 

 他の人間に頼むことももちろんできる。

 例えば高レベルの年長者に同行を依頼すれば楽に攻略できるが、ベテランほどパワーレベリングで失敗した教訓を重く受け止めている。回復役が足りないとか前衛が足りないなどで一人臨時で補充する程度ならともかく、本格的な参戦依頼は受けてくるか怪しい。加えて言えば、レンたちはもうマリアベルという先達に助けてもらっている立場だ。

 また、人を呼べば呼ぶだけ報酬も経験値も減る。

 経験値には反映されない生の経験も軽いものになってしまうだろう。パーティ内で工夫して楽に勝つのと人に助けてもらうのではまた別だ。

 自分たちだけで勝てるのがベスト。

 

 気づけば二年目の十一月も終わりに近づいている。

 年明けまでに三十階を攻略できると気持ち良く新年を迎えられるのだが、

 

「とりあえず、しばらくは二十五階あたりでレベル上げと資金調達をしようか。その間に作戦を練ったりするってことで」

 

 仲間たちからもこれに賛成の声が上がり、ひとまず相談は終わりになった。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「シオン。神社に行こうと思うんだけど一緒にどうかな?」

 

 休日。

 リビングにいた子狐──とは言えなくなってきた可愛らしい狐に声をかけると、彼女は「お伴いたします」とジャンプしてレンの腕に収まってきた。

 サイズに比例した存在感。

 ストレートに言えば重さも増してきているものの、小さい時は落としてしまいそうで怖かったし、このくらい大きいほうが気持ち良くもある。

 しっかりと抱き留めてから、仲間たちに「散歩してくる」と伝えて外に出た。

 

 それなりに近いので飛んでいく必要はない。

 外はなかなかのいい天気。

 敷地の周囲が闇に覆われているせいで太陽の姿はほとんど見えないものの、陽光はどういう原理か闇を越えてちゃんとやってくる。まあ、同じように雨雲もやってくるのはなんとかならないかと思わなくもないが。

 いくつかの家では植物を栽培したりもしている。

 我が家の庭にもアイリスの作った小さな家庭菜園がある。精霊魔法の影響なのか育ちが良く、そのうち収穫されたら美味しく食べられそうだ。

 

「近くに木々が多くなったせいか、空気がいっそう美味しい気がします」

「うん。森に近い場所にしたのはやっぱり正確だったかも」

 

 シオンの聖域に入ると、なんとなく肌に感じるものがある。

 日本でも「パワースポットは空気が違う」とかなんとか言っている人はいた。当時のレンはまったく信じていなかったものの、そういう感覚のある人間というのは実際にいるのかもしれない。

 聖域の中、神社の周りはどこか清浄な雰囲気がある。

 少し前に完成した建物は敷地の奥、森と交わるような地点にある。短い石畳の先に、シオンがもっと大きくなったらこうなるのでは? という感じの狐の石像が二体。その奥に木材で作られた小さめの建物がある。

 入り口の前にはこれまた控えめサイズの賽銭箱と本坪鈴。ガラガラと鳴らして手を合わせる。祀られる側のシオンも真面目に目を伏せて祈る体勢を取っていた。

 

「あ、いくらか賽銭が入ってる」

「お参りしてくださっている方がいるんですね」

 

 辺鄙な場所にあるうえに女しか入れないので別に期待はしていなかった。形だけ作っておくか、くらいのつもりだったのだが、意外と信心深い、あるいは物好きな人がいるものである。

 

「中の方はどうかな」

 

 本殿には誰でも入れるようにしてある。

 ご本尊と言えるようなものはないので中はただの板張りの空間である。むしろ、こうしてシオンがやってきた時にこそ本来の意味が生まれるとも言える。

 一応持ってきた掃除用具を入り口付近の壁に立てかけつつ、レンは中央に置かれた箱に歩み寄った。

 これは神器を使って入手したマジックアイテムだ。

 特定のアイテムを入れると中のアイテムを取り出せる機能がある。要は金庫のようなものなのだが、一定額の金銭を条件にすれば自販機のようにも用いられる。

 レンはお金ではなく、もう一つの設定アイテム──箱の鍵を使って箱を開くと中を覗き込む。中には数本のポーションといくらかのお金。

 

「こっちも売れてる……!?」

「ありがたいことですが、少し申し訳ない気もしてしまいますね」

 

 売っているのはなんの変哲もないHPポーション。しかも価格設定は市販よりも若干高めである。箱の購入にお金がかかっているので本末転倒感はあるものの、原価との差額が収入になる仕組み。それでも買ってくれるとは。ノリなのか、縁起ものパワーなのか。

 とりあえず、何本か持ってきた追加分を加えておく。お金は回収してパーティの共有財産に入れる。

 

「あれ、でもなんか、ちょっとポーションの色が違うような?」

「え?」

「ほら、これ。間違えて買ったかな?」

 

 一週間くらい前から入れてある分と新しく持ってきた分。一本ずつ手に取って見せるとシオンも「本当ですね」と首を傾げた。

 ちなみにポーションは密閉されているうえに品質的にもかなり長もちする。冷暗所に保管している分にはこんなに早く劣化したりはしないはずである。

 

「購入時にはわたくしもいましたし、確かにHPポーションを購入されたのを確認しているのですが……」

「じゃあなんでだろ」

 

 首をひねったレンは少し考えて、

 

「逆に神社の神聖パワーが影響したとか」

「それならば良いのですが、少々不安ですね」

 

 顔を見合わせた二人はせっかくなので疑問を解消してしまうことにした。

 二本のポーションをストレージにしまい、街の鑑定屋まで飛ぶ。鑑定料を払いスキルで確認してもらった結果は、

 

「ああ、こっちの方が品質が良くなっているな」

「マジですか」

「マジだね。ハイHPポーション……とまでは行かないけど、通常価格と大差ない値段でこの効能なら『霊験あらたかな特製ポーション』って言えるんじゃないか」

「まさかのまさかでしたね……」

 

 聖域の効果がこんなところにも表れるとは。

 

「うちでも宣伝しておこうか?」

「えーっと……まあ、世間話のついでにでも話してもらえたら小遣い稼ぎくらいにはなるかもしれません」

「あいよ」

 

 鑑定屋の店主は快く応じてくれた。

 お礼を言って店を出た後、ついでに神殿へ寄ってポーションをさらに買い足しておいた。そんなに売れないと思うが、念のためである。

 

「レンさま。しばらく時間を置かないと品質が上がらないのであれば、入れたばかりのポーションが買われてしまうとがっかりされるのでは?」

「あ、そっか」

 

 ならばともう一つ、保管用の箱も買った。

 ちなみに箱の代金をペイするにはポーションをかなりの数売らないといけない。しばらくの間──下手したら年単位で小遣い稼ぎどころかただの道楽になりそうである。

 

「ですが、少しでも人のためになるのであればやる価値もあるかと」

「ん、シオンはいい子だなあ」

 

 褒めると、少女は「そんな」と恥ずかしそうに照れた。

 思ったよりも長い散歩になってしまった。新しい箱を設置したりと作業をした後、本殿をさっと掃除する。その間にシオンは本殿の入り口前、短い木製の階段のところで丸まってひなたぼっこをしていた。

 掃除が終わって戻ると気持ちよさそうな寝息が聞こえていたので、レンは彼女のそばに座って陽の光と森の空気をしばらく堪能した。

 

「レンさーん、シオンさーん、お昼ご飯ですよー」

「ありがとう、アイリス。すぐ戻るから」

「……ん。あ、申し訳ありません。いつの間にかうたた寝をしてしまいました」

「気にしなくていいよ。わたしも気持ち良かったし」

 

 それから、レンとシオンは暇な日はたまに神社でのんびりするようになった。

 サキュバスのレンはともかく、妖狐であるシオンのほうは「ガチの神様がお昼寝している」と一部で話題になり、参拝客の増加に一役買うことに。

 シオンが寝ている時はみんな鈴を鳴らす代わりにシオンをそっと撫でて帰っていく。この子に会えるならお賽銭くらい安い、なんていう声も複数聞こえた。

 ついでにポーションを買っていってくれる人もいて、結果、神社はプチ人気を獲得してそれなりに活躍することになったのだった。

 

 その後、調子に乗ってMPポーションの販売箱も増やしたらまた設備投資が増えてお小遣い稼ぎが遠のいたりもしたのだが、それはまあ、また別の話。


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