クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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【番外編】聖域の水

「実験をさせてくれないだろうか」

 

 神社に置いたポーションが高性能化する事件からしばらく経った頃、酒造家の男性が尋ねてきた。

 男子禁制なので敷地の入り口まで来て誰かに言伝を頼まなければならない、そんなシステムを不便だと愚痴りつつ、彼はレンたちにそんなことを言った。

 なんでも、同じように酒を置いておいたら美味くなるのかどうか試してみたいそうだ。

 

「美味しくなる保証はできませんけど」

「もちろん、それは構わない。協力してくれたら酒を一瓶、タダでプレゼントしよう」

「お引き受けします」

 

 酒につられたわけではない──決して酒につられたわけではないが、彼から何本かの酒を預かって神社の保管箱の中に入れた。

 それから一週間後。

 取り出した酒を持って酒造所を訪れ、試飲会を開いた。

 結果は上々。

 

「ワインは味に深みが出てるかも」

「清酒はすっきりした口当たりになっているな」

 

 聖域となった神社の効果はポーションだけでなく酒にも及ぶらしい。

 他にも応用ができるだろうか。

 なにかいいものはないか、レンはしばらく考えてから挫折した。食べ物系はあまり長く置いておくと悪くなってしまいそうだし、液体系となるとポーションと酒が最たる品だ。ジュースとかでも美味しくなるかもだが、これはそこまでして味を追求しなくてもいい気がする。

 ともあれ、小さな杯を大事そうに抱えてちびちび清酒を飲んでいるシオンのおかげだ。

 

「長い時間置いたらもっと味がよくなるのかな?」

「可能性はあるな。試してみたいところだが……せっかくの美味い酒もみんなに届けられなければ意味がないか」

「完成してから神社に置いて、じゃ時間もかかりますし、防犯の意味でもあんまり良くないですからね」

 

 スペースもあまり広くない。本殿にずらり、と酒を並べられてもちょっと困る。

 酒造家の男は「ううむ」としばらく考えて、

 

「なあ。シオンちゃんにもう一つ聖域を作ってもらうことはできないか? 神社の近くに小さめの湖というか水場というか、そういうところがあるだろ? あそこがいい」

「えっと、それはどうしてですか?」

「酒造りに水は欠かせないからな。神聖な水を使って酒を作れば完成品をわざわざ寝かせる必要もないし、味ももっと良くなるんじゃないかと思うんだ」

 

 なるほど、道理である。

 新鮮で神聖な水があれば使いたい、という人はたぶん他にもいる。料理にも良いだろうし、薬師なんかは喜んで使うだろう。

 

「どうかな、シオン?」

 

 聖域を増やすのはスキルレベルを上げれば可能だ。

 ただ、貴重なスキルポイントを使ってしまうわけだし、そのぶん攻略が遅れる恐れもある。聖域がそんなにたくさんあっても……という話もあるので、レンはスキルを持つシオン本人に尋ねてみた。

 清酒を飲み終えた少女はこくんと小さく首を振って、

 

「はい。わたくしでよろしければご協力させてください」

「本当か!? ありがとう、恩に着るよ!」

 

 戻ったレンたちはさっそく水場を聖域化した。神社のすぐ傍、森との境界にあたるため、野生動物が家の方に入って来るのをよりしっかりとガードすることにも繋がる。今回の申し出はある意味ちょうどよかったかもしれない。

 

「スキルの効果範囲が広がれば一つの聖域で済みそうなんだけどな」

「確かにそうですね。範囲はどのように決まっているのでしょう……?」

 

 範囲拡大のスキルが別にあったりはしないので固定なのかもしれない。その場ではそう結論を出した。後にシオンのレベルに応じて少しずつ範囲が広がっていることが発覚するのだが、いずれにしろこの時点では二つの聖域を作るしかなかった。

 

「今度から料理用の水や飲み水なんかはここに汲みに来ようか」

「そうですね。ついつい魔法で出して済ませてしまっていますし」

 

 聖なる水ならきっとより美味しいに違いない。

 

「でも、あんまり大量に汲まれてしまうと水がなくなってしまうかもしれませんね」

「なにか立札とかしておいた方がいいかな? 大事に使ってくれてありがとうございます、とか」

 

 近隣の家からなら水場は遠くない。隣人たちにこの話を伝えると、あっという間に利用者が増えた。心配していた水の枯渇も利用者の多くが生活利用の範疇に収まっていたため発生しなかった。ただ、薬師や酒造家が本格的にここの水を使い始めると危ないかもしれない。

 

「でも、この水ほんとに効果あるみたいだよ。お料理が一味美味しくなった気がする」

「はい。あの水場にいる水の精霊も生き生きしてます!」

「聖域の水ですから聖水ですね」

 

 この話を賢者にしたところ「売れば儲かるのではないか」なんて言われたものの、レンたちは聖水で商売しようとは思わなかった。

 みんなの生活が潤うのが一番。そう思ってできるだけみんなが使えるように、やるとしても利用量を制限するくらいにしようと思った。

 

「そうでなければ聖域の効果も薄れてしまう気がするのです」

「確かに、それはそうかも」

 

 シオンの希望もあってこうした方針を取ったところ、水を利用した商売人──薬師や酒造家から売り上げの一部を提供したいという話が来た。

 

「これはお礼だ。手間賃のようなものだと思って素直に受け取ってくれると嬉しいんだが……」

 

 そういうことなら受け取ってもいいかもしれない。レンはシオンと話をした末、

 

「それなら現物でいただいてもいいですか?」

 

 お酒とポーションを毎月一本ずつ提供してもらう、ということで手を打った。ある意味、神社への貢ぎ物である。

 もちろんこれはシオンの取り分。

 ポーションの方は必要なら使わせてもらうかもしれないが、お酒は好きに飲んでいいと言うと、シオンは、

 

「いえ。わたくし一人で飲むのは申し訳ないので、みなさんでいただきましょう」

 

 欲がないというか、聖域を作れるのも納得してしまうくらい優しい少女である。

 仕方ないので他の仲間たちと相談し、食費から購入しているお酒や油揚げをシオンへ多めに勧めることにした。結果的にレンたちの食卓も品質向上したので言うことなしである。

 

「シオンちゃんの妖狐はこんな風にいいことがあるんだねー。アイリスちゃんたちの場合は森とか動物にいい影響があるんだっけ?」

「はい。私が森の近くに戻ってきたので森がさらに元気になった、ってお母さんたちが言ってました」

「良いことですね。メイさまの場合は……?」

「私たちゴーレムは働くのが仕事ですから、そんな大層なものはないと思われます。鉱山にでも住めば別かもしれませんが」

 

 つるはしを振るって採掘をするゴーレム……確かに似合うかもしれない。

 

「わたしのサキュバスもなにかそういうご利益あるのかな」

「レンの場合はあれじゃない? 子宝とか」

「それこそ神社にありそうな感じだけど」

「では、わたくしとレンさまは相性がいいのかもしれませんね」

 

 シオンが嬉しそうなのはなによりだが、もし本当にサキュバスに子宝のご利益があるとすると女だけで住んでいるのは宝の持ち腐れかもしれない。

 むしろこのエリアに住む女子が増えると行き遅れ女子が増えるかもしれない。

 

「うーん……難しいなあ」

 

 などと言っていたら、後にアイリスの両親から「アイリスが家を出る前よりも動物の数が増えた」と聞かされることになった。

 もしかすると動物相手でも子宝パワーが効いたのかもしれない。少しは役に立ったようでなによりである。


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