クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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森とカカオ収集

 ダンジョンからカカオを手に入れる方法は大きく分けて二つある。

 一つはダークエルフを倒した際のドロップ、もう一つは三十一階などで()()()()()()()のドロップである。

 ただの地形、障害物であるはずの木からもドロップ品が出るというのは先人たちがショートカットを試行錯誤している際に偶然発見したもの。

 モンスターだけを狙うよりはずっと楽にカカオを手に入れられる、と、当時の住人たち(特に女性陣)はたいへん喜んだらしい。また、それがぬか喜びというか、確率が上がってもなお数を集めるのが大変だと知るまでにあまり時間はかからなかったそうだ。

 

「燃え尽きた木が灰や炭になるんじゃなくて消滅するのはそういう理由だったんですね」

 

 と、金髪碧眼のハーフエルフ、アイリスがしみじみと言った。

 

「木が倒れてる中にぽとっと落ちてきても見落としてしまいそうですし、助かります」

「燃やしてしまうとどの道、ドロップ品も燃えてしまうのですけどね」

 

 少女の言葉にマリアベルが苦笑。

 森を攻略するためとはいえ、豪快すぎる戦法を取ったことにはやはり思うところがあるらしい。あるいは、普通にやっていれば手に入ったであろうカカオの数を想像してもったいないと思ったのか。

 

「まあまあ、これからあらためて集めればいいよ。私たちが使う分だけあればいいんだし」

「うん。今日はカカオのために少し粘ってみよう」

 

 相棒、フーリの楽天的な台詞にレンは頷いて笑った。

 

「せっかくバレンタインなんだし、できればチョコを作りたいよ」

「では、ご主人様。張り切って木を切り倒しましょう」

 

 相変わらずの無表情で言ったメイはストレージからメイスではなく大振りの斧を取り出してみせる。戦闘用というより木こりが仕事に使うためのそれは、言うまでもなくカカオを集めるために用意したものである。

 バレンタインが終わったらアイリスの家にプレゼントするか、あるいは木こりのお手伝いでもする時のために取っておけばいい。

 

「ん。……って言っても、大部分はシオンに頼むことになっちゃいそうだけど」

「お任せください。狐火が使えない分、MPが続く限り木を攻撃いたしましょう」

 

 見事な毛並みを持つメスの狐──転移と共に妖狐となってしまった少女・シオンは恭しく答えると、さっそく入り口近くの木々へと二、三発の「水刃」を飛ばした。

 魔法攻撃力の強化によって十分なサイズに達している水の刃は水平に撃ちだされると木々の根元に直撃、数本をまとめてなぎ倒していく。

 倒れた木々は消滅してなにもないスペースを作る。

 これを繰り返せば通路を作り出すこともできるし、カカオがドロップすれば高確率で発見できるというわけだ。

 そうすると問題は徘徊する敵だが、

 

「じゃ、わたしは敵を倒してくるよ」

「よろしくね、レン。でも、あんまり無茶しちゃだめだよ」

「わかってる、大丈夫」

 

 上空からなら敵の動きを把握しやすい。

 翼を広げ、「飛行」スキルで舞い上がったレンはワンダリングモンスターを見つけては「マジックアロー」で攻撃する作業にかかった。

 反撃はかわすか、ふだんはあまり出番のない防御魔法で防ぐ。豊富なMPに任せて攻撃し続けていればいつかは倒せるし、レンに気を取られてくれればそのぶんだけシオンたちへの攻撃が減る。

 

「なんとかうまく集まってくれるといいんだけど……」

 

 しかし、そうそううまくいくわけもなく。

 バレンタイン直前になって慌てて集めた程度では、十分と言える量のカカオは手に入らなかった。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「けっこう頑張ったのに、たったの二個かあ」

 

 リビングのテーブルにごろん、と置かれたのは大きさ二、三十センチほどの大振りの実である。レンの言った通り数は二個。

 

「それにしても、カカオの実ってこんなに大きかったんだ」

「ね。私も見たのは初めてだよ」

「実の状態で売られていることなどそうそうありませんものね……」

 

 レンにフーリ、シオン。

 日本から転移してきてあまり時間の経っていない三人にとって、この実はまさに未知の食材だった。

 チョコレートといえばコンビニやスーパーでも気軽に買えるお菓子であり、バレンタインにチョコを作ると言えば板チョコを溶かして型に流し込んだりトッピングをしたり、フルーツを中に仕込んだりするのが定番。

 カカオの実を入手してきて一からチョコを作ろうなんていう剛の者にはあいにくお目にかかったことがなかった。

 

 一方、異世界での生活が長いアイリスやメイ、マリアベルは見たことくらいはあるらしく、興味ぶかそうにはしていてもあまり驚いてはいない。

 

「この実の中にカカオ豆が入ってるんですよね?」

「ええ。こうしてみるとかなりのサイズですが、実際に使える部分は少ないようです」

「工程については事前に調べましたが、よくこんなものをあれだけ手間をかけて加工したものです。人類の英知というのは馬鹿にできませんね」

 

 カカオの実一つからは数十個のカカオ豆が取れる。

 この豆を数日かけて発酵させた後、乾燥させてから焙煎。軽く砕いたら必要な部位だけを取り出してペーストにし、砂糖やミルクを加えた上でチョコレートの元となるものに。ここからさらに細かくしたり細かくしたり温度調整したりを繰り返してようやくできるのがチョコレートだ。

 

「って、ここから発酵させたらバレンタインに間に合わないじゃん」

 

 今日は二月十二日。バレンタインの二日前である。

 レンたちが三十一階以降に行けるようになったのも去年の年末。年末年始は忙しかったし、それ以降もレベル上げやらでやることが多かったため、余裕を持ったスケジュールを組むのは難しかったのだが、それにしてももうちょっと早く思い立てばよかった。

 愕然とするレンにフーリは「あはは、そういえばそうだね」と笑って、

 

「でもまあ、いいじゃない。向こうでもチョコ渡すのは十五日とか十六日だったりすることよくあったでしょ?」

「ああ、そういえば十四日が休みだと月曜に持ち越しだったりしたっけ。……わたしは学校の女子からチョコなんてろくにもらったことないけど」

 

 もらえたのは明らかに義理、クラス全員に配ってます的なやつくらいである。

 するとフーリはなぜか楽しそうに「そっかそっか」と頷き、

 

「中学から私が一緒だったら良かったのにねー」

「うん。でも、あの頃のわたしじゃフーリの気持ちを素直に受け取れなかったかな。恥ずかしがってお礼言えなかったり、ただからかわれてるだけだって思っちゃいそう」

 

 実際、高校で出会ってからもそんな感じだった。あのまま約一年、一緒に付き合っていたらどうなっていたかはさすがにわからないけれど。

 

「お二人は昔からのお知り合いではなかったのですね。とても仲が良いようなのでてっきり幼馴染だったのかと」

「残念ながら違うんだよー。逆に幼馴染だったらレンのこと好きになってなかったかもだけど」

「む。フーリ、それってわたしに魅力がないってこと?」

「違うよ。ちっちゃい頃から見慣れちゃってるとレンの良さに気づかないかもってこと」

 

 と、これはなかなかの殺し文句である。

 レンは少し照れくさくなりつつも嬉しさから「そっか」とはにかんで、

 

「じゃあ、お互いこれでよかったのかな。わたしもフーリの良さに気づかないなんて嫌だし」

 

 そのまま見つめ合ったところで、メイが「はいはい」と空気を中和するように口を挟んできた。

 

「いちゃいちゃするのは夜に二人きりの時にしてください。そうでなければ私もご主人様に子作りを要求します」

「こ……っ!? メイさま、急になにを言い出すのですか!?」

「落ち着いて、シオン。メイの場合、子供を作るのに『そういうこと』は必要ないから。ロボット作るような感覚だから」

「あ……そ、そうですよね。それならまだ──いえ、それでも十分、いやらしいのでは?」

「メイさんずるいです。私やフーリさんはそういうの、ダンジョン攻略が落ち着いてからにしようねって話してるんですよ?」

 

 なんだか話がややこしいことになってきたので話題をチョコレートづくりに戻した。

 

「ええと、この実二つでどれくらいのチョコが作れるんだっけ?」

「だいたい板チョコ二つぶんくらいかな? 途中で失敗しないで作れて、だけど」

「うわ。みんなに配るにはぜんぜん足りなさそう」

 

 なお、砂糖やミルクなどを加えてかさ増しというか味を調えたうえでの分量である。ミルクを多めにしたり、中にアーモンドや果物を加えることで多少は見た目の量を増やせるだろうが、六人、アイシャを入れれば七人分のチョコとしてはぜんぜん足りない。

 足りない分は買えばいいとは言ってもカカオは慢性的に不足しているため、どれだけ手に入るかわからないし買うと高い。

 

「うーん。チョコづくりにはチャレンジしてみるとして、他のお菓子も作るしかないか」

「だね。じゃあ、今年はなに作る?」

「そうだなあ……煎餅とか?」

「え、なんでそこでおせんべいなの!?」

 

 チョコでコーディングした煎餅とかたまにあるよね、的なイメージからの発言だったのだが、フーリには「バレンタインっぽくない」と不評だった。

 しかしながら煎餅なら主原料は米である。

 和食好きなシオンも「良いと思います」と言ってくれたので、チョコづくりと並行して煎餅やおかきを作った。

 肝心のチョコづくりのほうは失敗はしなかったもののあまり上手くはいかず、一から手作りしたわりに板チョコから作るよりも美味しく感じないという微妙な結果。仕方なくさらにクッキーを焼き、それぞれがお世話になっている人へ詰め合わせとして贈った。

 結果、いちばん評判が良かったのは餅を小さく千切って炒るような感じで作ったおかき。

 季節柄、甘いものが多くなるところにしょっぱいものを出したのが逆によかったらしい。

 

「これはお返しというか、私たちからのバレンタインです」

「みんなで食べてね」

 

 知り合いの女性たちからも思い思いのお菓子をもらった。

 特に娼館のお姉さんたちは毎年チョコを用意しているらしく、レンたちとは雲泥の出来の美味しいチョコを贈ってくれた。

 普通にお店で売れるレベルなのでは、と褒めると「実際、営業の一環だからね」との返答。

 バレンタインにお店に来てくれた男にチョコを渡す、というイベントによって客足が伸びるらしい。さすが、男心はこれでもかと単純にできている。つまり、お姉さんたちのチョコはある意味有料、商品なのであり、ただでもらってしまったレンたちはとても恵まれていることになる。

 

「わたしたちのお菓子だけじゃなんだか申し訳ないです」

「じゃ、お互いお休みの日にお部屋デートしようよ」

 

 さすが、普段から男を誘惑しているだけあって、彼女たちの囁き声は同性相手でも多大なる効果を発揮した。

 これまでは似たような誘いをそれとなく断ってきたわけだが……考えてみると、断る理由があるのだろうか? 同性相手だし、お金で買うのではなくプライベートならフーリたちとの関係と大差ない。

 ひとまず「考えておきます」とはぐらかし、後でフーリに相談してみると、

 

「んー……私も参加していいなら行ってもいいよ」

 

 彼女としては冗談のつもりだったのかもしれない。

 しかし、レンとしてはフーリがいても構わない。女同士だし、目の届かないところで浮気(?)されるよりはずっといい。むしろお姉さんを交えることでいろんな意味で勉強になりそうだ。

 じゃあ一緒に行こう、と、わりと本気で答えかけて、

 

「……わたし、地味に思考がサキュバス化してるよね?」

「地味かどうかは話し合いたいところだけど、うん、わりと。レン、今ならショウくんたちとえっちしなきゃいけなくなっても『まあいいか』で済ませられるんじゃない?」

「え? んー……あー、うん。いけるかも」

 

 ただの知り合いでしかないおっさん相手、とかだとまた話が変わってくるものの、相手がある程度交流のある若者ならあまり忌避感はない。男性特有のアレについてはフーリに生やしたりして触れているわけで、いまさら嫌だとか言う領域にはない。

 今のレンが男相手を避けているのは男だった頃の名残と好きな人が女性だから、それからフーリたちに生やせる以上は別に男を相手にする必要がないからだ。

 ショウたちと「〇〇しないと出られない部屋」とかに閉じ込められたらわりとすんなりやってしまいそうだし、一度一線を越えてしまったら精神的な抵抗があっさり取り払われてしまう気がする。

 

「サキュバスって意外とやばい種族なんじゃ?」

「いまさらなに言ってるの。……っていうかレン、そういうこと言うなら、いまだに処女なのそろそろ本気でどうにかして欲しいんだけど?」

「え。いや、だって。さすがに挿れられるのは抵抗があるっていうか」

「ふーん。私に入れておいて自分はダメなんだ。ショウくんたちとしなきゃいけなくなったら『まあいいか』でできるのに、私にはさせてくれないんだ?」

 

 あ、これ逃げきれないやつだ。

 悟ったレンがその後どうなったのかは推して知るべし、である。


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