クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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ダークエルフとレン

 三十五階の入り口は森の中にあるエルフの集落のはずれ。

 集落には木製の家屋が立ち並んでいる。家々の間に残っている木々も多く、森を切り開いて作ったというよりは森の中に存在しているという印象が強い。

 一目で全貌を把握することはなかなかに難しそうだ。レンたちは攻略本から大まかなマップを把握しているものの、二次元の図だけを見て迷わず進めるというのもそれはそれで一つの才能だ。

 

「私たちがここに来た時点で敵の動きは始まっているはずです」

 

 階段から出たところでマリアベルが言う。

 彼女は事前の作戦会議にてこうも言っていた。

 

『三十五階がかつて私が最後に経験した大きな戦いになります』

 

 もうそんなところまで来ていたのかと驚くレンに彼女は「その頃にはもう三年以上が過ぎていましたから」と苦笑した。

 アイシャとすぐに再会する望みは断たれ、新しい恋人もできていた。当時でも攻略階層は「少なくとも五十階」と予想されており、そこまで到達するのにあと数年はかかるという推測だった。戦いの後、なんとしてでも日本に帰るという想いが萎えてしまっても無理はない。

 

「エルフ族は決して敵対的ではありませんが、ここまでのダークエルフ同様、私たちの言葉は通じません。協力するのではなく敵対せず、ダークエルフを叩くことを優先しましょう」

 

 これに全員が黙って頷き、

 

「じゃあ、作戦通りに」

 

 レンたちは四方向に分かれて動き出した。

 翼を広げて舞い上がるレン。巨大化したシオン(狐形態)の背にはマリアベルが乗り、アイリスは風の魔法により空へと飛びあがる。飛べないメイとフーリはなるべく物音を立てないように注意しつつ陸路で移動を始める。

 三十五階の戦いはこれまでとはだいぶ勝手が違う。

 攻撃ではなく防衛が目的であり、防衛対象がエルフの集落および森と幅広い。敵のダークエルフたちはほうっておくと森を焼き始めるため、村でぼーっと待っていては手遅れになってしまう。

 

 なんという初見殺しのミッションなのか。

 

 三十五階に挑むにあたって過去の経験者にも話を聞いた。さすがの賢者もここにはあまりいい思い出がないのか苦い顔になりながら、

 

『とにかく迅速に行動することだ。間違っても「エルフの言語を解析しよう」などと考えてはいけない』

『ああ、やったんだ?』

『対話が可能になれば後々役に立つだろう。決して知的好奇心だけが理由ではない。……それはともかく、気をつけることだ。パーティの分断はそれだけ危険に繋がる』

 

 勝てないと思ったら迅速に引き返すか、あるいは森から離れることだと賢者は言っていた。

 勝利条件は防衛の成功。勝利条件を満たせなかった場合、階段から神殿に戻って入り直せば再挑戦が可能である。命を落とすくらいなら森を見捨てて生き残る方が賢明だということである。

 もちろん、勝てるのならそれに越したことはない。

 

「うわ、けっこう広いな」

 

 2~30平方キロメートルはありそうな広大な森林。

 かなりの高度まで上昇したレンは、森の外に広がる草原を進行してくる敵を見つけた。褐色の肌を持つ長身の長耳種族。ダークエルフの軍勢は四方に分かれてエルフの森へと進んでいる。

 数は、合計で300といったところか。

 四つに分ければ百足らず。少ないと言えば少ないものの、ダークエルフである以上、補給要員などの後方部隊であってもある程度の弓や精霊魔法を操るはず。決して油断していい相手ではないし、それだけの数を少人数で相手取るとなればなおさら危険だ。

 

「まあ、いきなり森を焼きには来ないのが救いかな」

 

 向こうもダークとはいえエルフだ。広い森があるなら焼くよりも奪って自分たちのものにしたいらしい。なのでエルフの逃げ場を奪うように四方から囲んだ上で根絶やしにしようとする。相手が降伏するならそれはそれでOK。奴隷にしてあれこれと利用すればいい。

 だから、時間的には多少の余裕がある。

 敵が森に到着して攻撃を開始するまではあと十分といったところか。森の中に入られて乱戦になるといろいろ厄介なので、できればその前に止めたい。レンは森の北側、他の部隊に比べて数の多そうな一団を見定めるとそちらへ全速力で向かった。

 警笛のようなものが鳴らされたのは敵に接近する前のこと。

 単騎とはいえ自軍に向けて飛んできた何者か(おまけに悪魔っぽい姿)に対し、彼らは進軍速度を緩めつつ警戒態勢を取った。

 

 大きな声で投げかけられてきたのは、おそらく誰何を意味するであろう異世界語(?)。

 

 悪魔やサキュバスならダークエルフとは相性がいいだろう。言葉さえわかれば騙して油断させる道もあったかもしれないが、あいにくレンにはなにを言っているのかまったくわからない。

 無視して接近すると二重魔法・魔法増幅・追尾魔法つきのマジックアローを発動。

 味方が一人もいないというのはある意味素晴らしい。ホーミングの効果で光の矢はすべて敵へと確実に襲い掛かった。

 悲鳴と怒号。

 二、三体が消滅するも、部隊に大きな被害はなし。お返しとばかりに精霊魔法が発動し、軽く十を超える矢が向けられた。

 

「うわ、これ、さすがに怖いな……っ!?」

 

 びゅん、と、すぐ脇を擦過したのは風の加護を受けて高速で飛んできた敵の矢だ。

 アイリスが使った似たような攻撃はある程度の木板くらいなら砕いてぶち抜く。腕や足がぶち抜かれるところを想像して身震いしつつ、不規則な機動を描いて狙いを外そうと試みる。

 当然、魔法も可能な限り連発して敵の戦力を削っていく。

 ブースト付き、レンの魔法攻撃力も上がっているとは言ってもマジックアローでは火力が足りないのか、一回の攻撃で撃破できる数はさほど多くない。二、三体ずつでも繰り返せばそのうち全滅させられるだろうが、その前に敵もさらなる動きを見せた。

 伝令と思しき者が部隊から飛び出し、風の魔法で高速飛行を始めたのだ。

 

「っ!?」

 

 撃ち落とそうとしたところに矢の牽制。

 地面すれすれ、低高度を飛ぶ代わりにスピードを上げているのか、伝令はあっという間に去ってしまう。これで、他の部隊に攻撃命令、あるいは合流の指示が飛んだことだろう。

 

 まあ、それはそれで構わない。

 

 他の部隊にもシオンやアイリス、メイが向かっている。ある意味では「無駄なことに戦力を割いてくれてありがとう」とも言える。

 とはいえ、

 

「……うわ」

 

 一団からひとつの影が空へ飛びあがってくるのを見て、レンは思わず呻いた。

 見るからにグレードの違う旅装を纏い、年季の入った黒い弓を構えるダークエルフの美女。その赤い瞳には困惑、それから怒りの色がある。

 ダークエルフの女王、あるいは姫。

 この三十五階のボスという位置づけではあるものの、ここの勝利条件は彼女の撃破ではない。倒しても戦闘が少し楽になるだけだ。

 勝利条件になっていないボスだけこうして気軽に突撃してくるのは嫌がらせかなにかなのか。

 

「────!?」

「悪いけど、なにを言ってるのかわからないんだよねっ!」

 

 美人すぎて傷つけるのはもったいない。

 不謹慎なことを考えつつ、レンは再び魔法を発動。光の矢の半分を姫(仮)へと向かわせるも、彼女は思わぬ動きでこれを回避した。

 直撃する直前、空中で宙返りをしてみせたのだ。戦闘機同士の戦いで行われるようなそれ。こっちに来てから本で読んだものの、こんなことなら洋画かなにかで勉強しておくんだった。

 いくら追尾機能があるとは言っても矢の機動は急に変わらない。大きく後方へと通過していった矢をマニュアル操作で戻そうとすれば、黒い弓矢がレンを狙った。

 

「マジックシェルっ!」

 

 防御魔法で矢の勢いを弱めつつ、ギリギリで回避。

 ちらりと下を見れば敵部隊は再び進軍を開始していた。最強の個体が足止めを行い、その間に作戦遂行。指揮官が危険に晒されることを除けば極めて合理的な作戦。実際、こうして釘付けにされている以上、向こうにも勝算があっての行動だろう。

 レンは舌打ちしつつ、いったんターゲットを姫に絞った。

 節約のため補助スキルの使用を止め、通常のマジックアローとマナボルトを織り交ぜて手数で攻める。でたらめに動き回りながら魔法を放てば敵の攻撃もそうそう当たらない。逆にこっちの攻撃も有効打にならなかったが、その間にせめてポーションを使おうとして、

 

 中身の入った状態のポーション瓶を矢が正確に打ち砕いた。

 

「もったいない!」

 

 抗議と共に睨めば、姫はレンににやりと笑ってみせた。

 ホーミングを連発したせいでMPがかなり減ってしまっている。ここで姫個人に消耗させられるわけにはいかないのに──と、歯噛みしつつも攻撃の手は止められない。節約してはいても使えば確実に減っていく。膠着状態で助かるのは相手のほうだ。

 数で劣るレンたちはできることなら早く敵を片付けて味方の救援に向かいたい。

 シオンとマリアベルが二人で向かったところはまあ、ある程度心配ないだろう。メイもなんだかんだ生き残りはするだろうが、アイリスとフーリは心配だ。いくら上手くやっても不意の一発で致命傷を負ってしまうかもしれない。

 できるだけ早く様子を見に行きたい。

 

「ああ、もう! しょうがない……っ!」

 

 残り少なくなってきたMPに焦れた。

 一か八か。

 レンは機動を大きく変更、姫に向かって真っすぐに突っ込んでいく。これに相手は目を見開き、距離を離そうとしてくる。始まった追いかけっこ。全速で逃げながらだとさすがに狙いもずれるのか矢の攻撃が少し楽になった。避ける気がなくなったため、防御魔法で防ぎつつも何発か直撃をもらってしまうが。

 

 ダークエルフの飛行能力は精霊魔法に依存している。

 

 飛行したまま他の精霊魔法を使うのはかなりの高等技術らしく、姫もそれを試みようとはしてこない。飛びながら魔法が使えるレンはその点において相手よりも優位にあった。範囲魔法で牽制も行えるし、矢の攻撃を防御することも、

 

「ヒール!」

 

 治癒魔法で傷を癒すこともできる。

 矢が身体から抜けていく感覚に顔をしかめつつ、距離を少しずつ詰めていく。風の精霊魔法による飛行はスピードの調節と細かいコントロールに難がある。一方、サキュバスの飛行は翼に依存しているように見えてその実、翼には関係のない異能のようなものだ。

 緩急もつけやすいし細かい動きもやりやすい。

 二、三分にもおよぶ追いかけっこの末、

 

「捕まえた!」

 

 レンは姫の細い腕を掴まえることに成功した。

 暴れようとする彼女をぐいっと引き寄せる。エナジードレインの効果に驚いた姫は背中側で羽交い締めされた格好となり、手にしていた弓を落としてしまう。

 せっかくなので背中の矢筒も外して下に落とし、

 

「うわ、っ!」

 

 飛行魔法を解除した姫の体重がぐっと重くなった。

 振り返り、レンの肩を掴みながら新しい魔法を発動させようとする彼女。可愛い見かけに反して肝が据わっている。この至近距離で攻撃されてはたまらないので、姫の身体を押さえつけると唇を奪った。

 

 まさか敵、それも同性にキスされるとは向こうも思っていなかったかもしれない。

 

 レンとしても別に趣味だけでそうしたわけではない。キスはエナジードレインの効率を飛躍的に高めてくれる。ドレインによる生命力の吸収、およびある種の快感は動きを止めさせ精神集中を鈍らせるのにももってこいだ。

 実際、しばらくキスを続けていると姫の身体からは力が抜け、ただレンにしがみつくだけになった。

 おかげでMPも回復。

 発声なしでヒールを追加発動し、念のためストレージに入れてあったロープを使って姫の身体を拘束。後ろ手に両腕を縛り、足も二箇所で拘束しておけばそうそう抜け出せないだろう。

 魔法を使われないためにさらにキスをして生命力を奪って、

 

 しかしこれ、どうしたものか。

 

 流れで捕まえてしまったものの、敵部隊はすでに移動して森に到達しようとしている。姫を連れたまま追いかけると面倒なことになりそうな気がするし、せっかく捕まえたものを消滅させてしまうのも少々もったいない。

 とりあえず仲間たちに簡単な事情をメッセージで送り、しばらくしてぐったりしてしまった姫と共に地上へ降りた。

 

「人質にして部下を脅すとか?」

 

 と、思ったところで森を迂回するように誰かが走ってくるのが見えた。再び飛んでこちらから合流すると、メイと別行動を取ったらしいフーリだった。

 

「メイは大丈夫そう?」

「うん。私はむしろ邪魔だから逃げてきちゃった。飛び道具無視して突っ込んで無双してたから大丈夫。……それにしても、レン、こんなところで浮気?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。この子、連れて帰ったらどうなるのかなって」

「あー。それは確かに気になるね」

 

 などと言っていると、別の方向から大きな狐と金髪の少女がやってきた。シオンの上にはマリアベルもいる。どうやらみんな無事だったらしい。

 

「でもこれ、攻略は失敗だね」

 

 かなりの敵を削ったものの、一部に森へ入られてしまった。

 戦力が減って正攻法は無理と悟ったのか、ほどなく森からは火の手が挙がり始め、最終的に森は三分の一ほどが全焼。

 エルフの集落も何割かが損壊する有様で、当然、下への階段も出てこなかった。

 

「……やり直しかあ。ごめん、わたしのせいだ」

「いいよ。それより、せっかくだからその子、連れて帰らないと」

 

 目立った戦利品と言えば生け捕りにしたダークエルフの姫くらいのものである。


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