クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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歓迎パーティ

「狭い家ね。獣の小屋かと思ったわ」

「ご主人様。殴ってもいいでしょうか?」

「いや、メイに殴られたら最悪死ぬから」

 

 家までの道中はわりと平和だった。

 ダークエルフの姫──ミーティアは街をきょろきょろしながら悪態をつくだけで、突然魔法を放ったりとかはなかった。街の人も「珍しい」という表情を浮かべることこそあれ、必要以上の反応をしてはこなかったのだ。

 家の傍で出会った後輩、数少ないダンジョン攻略組の少女は、

 

「こんにちは、レンさん。そちらの方はどなたですか?」

「ふん。頭が高いわ、人間。私は高貴なるダークエルフの──」

「ダークエルフのミーティアだよ。わたしたちの家に住んでもらうことになったからよろしく」

「わかりました。みんなにも伝えておきますね」

 

 こんな感じである。

 

「……ねえ。私が言うのもなんだけど、警戒心がなさすぎじゃないかしら?」

「そう言われても、見た目の違う人とか見慣れてますし」

 

 数少ない異種族はほぼ全員が顔と名前を把握されている。そういう意味では奇異に映るだろうが、サキュバスが街を歩いているのが当たり前のこの街では「ダークエルフだから」で迫害されることはない(エルフとの敵対関係は除く)。

 連れ歩いているのがレンであれば猶更だ。

 というか、見るからに敵っぽい種族でもすんなり受け入れられる土壌を作ったのは他ならぬレンのような気もしないでもない。

 で。

 

「ダークエルフは森に住んでいるんじゃないんですか?」

 

 金髪碧眼のハーフエルフ、アイリスの問いに白髪赤目のダークエルフ、ミーティアは「そんなことも知らないの?」とでも言いたげに胸を張って答えた。

 

「私たちダークエルフは森の中に国や集落を作るけれど、エルフと違って『木を極力切り倒さないように』なんて考えたりはしないわ。木を切ったらその分だけ植えればいいのよ」

 

 エルフは「少ないスペースを有効活用しよう」。ダークエルフは「スペースが足りないなら広げればいいじゃない」。

 無計画に木を切ることのある人間としてはどっちが正しいとかは言えないものの、ミーティアの意見の方がダークっぽいのは確かである。

 

「ダークエルフの考え方は乱暴すぎます!」

「うーん。でも、日本の林業とかもそんなもんだよね」

「むしろ地球温暖化とかで『木を切り過ぎないようにしよう』とか言われてるくらいだしね」

「はっ。無計画に森を破壊するとはさすが人間ね」

 

 形は違えど森を愛していることには違いないのか。ミーティアの台詞に、ここは同意できると思ったのかアイリスがうんうんと頷いた。

 それを見たシオンがくすりと笑って、

 

「アイリスさまとミーティアさまは仲良くできそうですね」

「はあ? 誰がこんなハーフエルフの小娘と」

「わ、私だって嫌です!」

 

 わいわいとやっていたらリビングにいたアイシャが玄関先まで帰ってきて、

 

「マリア、この子は?」

「ああ、ええと……説明すると長くなるんだけど、レンさんが捕まえて連れて帰ってきた、ダンジョンのボスなの」

「ええ……!?」

 

 収拾がつかないため、ひとまずみんなでリビングに落ち着くことにした。

 家の中を観察したミーティアは「不思議な様式ね」と呟く。

 

「話に聞く人間の生活文化とも違うみたい。……本当に異世界の住人なのね、あなたたち」

「アイリスちゃんとメイちゃんはこっちで生まれた子だけどね」

 

 今日はボス戦だけで比較的早く終わる予定だったため、アイシャが用意してくれていたのは昼食だ。打ち上げをするつもりで予約していた洋食店のテイクアウトもある。

 攻略には失敗したので少々アレだが、代わりにミーティアの歓迎パーティということにした。

 

「それじゃあ、乾杯!」

 

 酒の入ったグラスを掲げて挨拶。

 敢えて氷を入れて冷たくした赤ワインが疲れた身体に染みる。これはこれで良いが、せっかくの酒が薄まってしまうので二杯目は氷を入れずに飲むことに決めた。

 乾杯をスルーし、不思議そうにグラスを手に取ったミーティアは恐る恐るワインを傾けて、

 

「……なかなかいい味ね」

「そう? それなら良かった。私たちは本場のワインって飲んだことないもんねー」

「お酒が飲めるようになったのはこっちに来てからだもんね」

 

 テイクアウトしてきた料理は唐揚げにフライドポテトなどパーティっぽいものが中心。昼間から飲むことを考えてボリュームとカロリーのあるものを選んだ感じだ。

 お姫様の口にも合ったらしく、一口ずつ味見した後はもくもくとフォークを動かしている。特に気に入ったのはタルタルソースをつけた唐揚げらしい。

 

「ダークエルフは肉食系なのですね?」

「まあね。せっかく獲物が豊富にいるのだから食べないともったいないじゃない。ねえ、ハーフエルフ?」

「エルフだってお肉は食べます。でも、野菜とバランスよく食べるべきです!」

「そんなこと言っているから駄目なのよ」

 

 ふん、と笑ったミーティアは軽く腕を組んでみせる。寄せ上げられた胸はなかなかのボリュームだ。これが食文化の差なのだろうか。

 レンは自身の胸を見下ろし、Fカップはあるだろうそれに苦笑した。

 食べるもので大きさが変わるとしたら、一番良いのは「知的生物の生命エネルギー」なのかもしれない。

 

「あの、ところでミーティアさまのお部屋はどうするのですか?」

「ああ、とりあえずわたしの部屋にいてもらうのが安全かなって思うんだけど……」

「却下。あなたたちに攻撃の意思がないのはわかったけれど、それは別の意味で危険でしょう?」

 

 戦闘中にキスした身としてはあまり否定できない。

 

「うーん、そうだね。ミーティアちゃんが一緒だと私たちもレンのところに行きづらいし。……ね、アイリスちゃん、シオンちゃん?」

「は、はい」

「え、ええ」

「……ふーん? ああそう。なるほどね。あなたって気が多いうえに手が早いのね、レン?」

「あ、あはは。まあ、うん。そうかも」

 

 あっさりとバレてしまい、もう笑うしかない。

 と、メイがどこか恨みがましげに視線を向けてきて、

 

「ご主人様。夜の相手でしたら私も仲間に入れてください。レベルを上げて獲得した柔らかボディで何時間でもお相手いたします」

「確かに前触った時も柔らかかったけど、戦闘の時とか不便じゃない?」

「柔軟性と硬度を可能な限り両立するよう配慮しております。加えて、四肢はボディに比べて硬度や筋力を優先しておりますので」

「なるほど、それはすごいなあ」

 

 人間の身体というよりロボの発想ではあるものの、それだけに生き物を超えた性能がありそうだ。メイの父が腰を悪くしたというのも頷ける。

 そういえば、メイの実家では三人目の妹が生まれたとか。先日、パーティ共同で石や土や鉄をたっぷり贈った。

 

「普通に新しい部屋を使っていただいてはいかがですか? まだお部屋は空いているのですよね?」

「ですが、さすがに一人にさせるのは不安では?」

 

 何をするかわからないという意味ではメイとどっこいどっこいくらいな気がする……と若干思ってから、レンは「うーん」と悩んだ。

 

「どうしようか」

「ふん。この首輪も外れそうにないし、いまさら暴れる気なんてないわ。……と言っても、捕虜に対して警戒するのは当然のことよね」

「うん、じゃあいっそアイリスちゃんと一緒に居てもらうのはどう?」

「絶対嫌」

「私も嫌です!」

 

 似たような種族なのだから一番話は合うと思うのだが。

 

「でしたら、わたくしの部屋はいかがでしょう? 身体のサイズ的にベッドも広く使えますし、わたくしは体型的にベッドでなくとも気持ち良く眠れますので」

「え、お前、獣の分際で部屋を与えられているの?」

「シオンは幻獣とか神獣とかの類なんだ。人間にもなれるし」

「ええ、この通り」

 

 と、実際に変身してみせるとミーティアは「……森の守護獣クラスの権能ということね」と納得。深く頷いて、

 

「なら、彼女と一緒の部屋で我慢してあげる。でも、早くこの首輪を取って妻として遇して欲しいものね」

「努力するけど、結婚するのはいいんだ?」

「仕方ないでしょう? あなたの実力も戦いの中で見たしね。……まあ、異議を申し立ててきそうな相手が何人もいるようだけれど」

 

 ちらりと視線を送った先にはフーリやアイリスの姿。

 

「そうだね。別にレンと結婚するのはいいけど、正妻が誰かははっきりさせておいて欲しいかも」

「正室に側室……。権力者でも一番の奥さんを決めるのは普通なんですよね」

「ちょっと待ちなさい。私がこの女の妻になるんじゃなくて、この女が私の妻になるのが筋でしょう」

「でもミーティアちゃんっていま捕虜だし」

「……ふん」

 

 姫は忌々しげに黙り込んだ。

 なんだかんだ言いながら料理と酒はしっかり味わっているあたりふてぶてしいというか、ちゃっかりしているというか。食事をとってくれていればとりあえず心配はないだろう。

 

「シオン、悪いけど気にかけてあげてくれるかな?」

「お任せください」

 

 その日は、特に何事も起こらないままゆっくりと過ぎていった。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「待遇改善を要求するわ」

 

 翌朝、食事の席にてミーティアは堂々とそう宣言してきた。

 一晩大人しくしてくれていた実績を考慮して首輪以外の拘束はすでに解いた。

 着替えはひとまずレンのものを使ってもらった。胸のサイズは問題ない……むしろ余るくらいだったものの、着丈がちょっと短いのと背中に穴が開いているのがお姫様には不満らしく渋々といった様子だった。

 昨日とはうって変わってシンプルになった朝食にもぶちぶち文句を言ってから、あらためて声を大にしたのが先の宣言。

 

「というと、具体的には?」

「服と食事ね。寝床はまあ、悪くなかったし、シオンも抱き心地も褒めてあげる。でも、こんな庶民の食事では満足できないし、この服じゃ背中が寒すぎるわ」

「あー。まあ、レンは後ろにいろいろついてるからねー」

「我が家の食事は十分贅沢だと思うんですけど……」

 

 予算的にもほいほい了承できるところではない。特に服はミーティアの満足いく品質となるとなかなかに高価そうだ。

 しかし、

 

「無償で応じろとは言わないわ。対価として差し出すのは知識よ。あなたたちが私に求めているのはそれなんでしょう?」

「う、そう来たか」

「当然よ。話を聞いていればそれくらいのことは考えつくでしょう」

「今日もおっさんのところに行こうと思ってたんだけど……」

 

 待遇改善に了承しないと素直に応じてくれなさそうだ。

 実際、お姫様はぶるっと身を震わせて、

 

「あの男はなんだか気持ち悪いから、できれば会いたくないわ。これは私の話をするのとは別問題よ」

「ミーティア様。できればそのセリフは当人に直接言っていただきたく」

「メイさまはどうしてそこで話をややこしくしようとするのですか」

 

 まあ、賢者を警戒するのは年頃の女子なら仕方のない話だ。

 彼は身の危険という意味では特に問題ないものの、デリカシーとかそういうものが根本的に欠けている。放っておいたら「エルフとダークエルフの混血はいったいどうなるのか」とか言い出しかねない。

 レンはひとまず頷いて、

 

「じゃあ、話を聞くにしても私たちで対応して、後でおっさんのところに持っていこうか」

「いいの? 自分で言っておいてなんだけど、かなり我が儘を言っているつもりよ?」

「別にそれくらい構わないよ。向こうにも強制する権利はないんだし」

「……そう」

 

 生返事をしてなにかを考えるように目を細めるミーティア。

 なにか気に障ったのかと様子を窺うと、

 

「賢者なんて呼ばれているから、それなりの地位にあるのかと思っていたけれど、あなたは『おっさん』なんて呼ぶのね。……それとも、あなたの方がやんごとない身分なのかしら?」

「まさか。わたしはただの一般人だよ。わたしたちの世界は、なんていうか、凄い人はいっぱいいるけど、本当の意味での特権階級はほんとに少ないんだ。それ以外は尊敬する相手ではあってもただの一般人。あのおっさんもそう」

「変な世界ね。国なんて王が統治して民が従うのが当たり前でしょう」

「民主主義という考え方なのですが、さすがに説明すると長くなりそうですね……」

 

 おまけに知識を分けるのがレンたちの側になってしまう。日本のことを教える対価にそっちのことを教えろと言いたくなる。

 

「服と食事はなんとかするよ。昨日の昼のはさすがにご馳走だけど、普段の食事もワンランクくらいは上げられると思う」

「レン、いいの?」

「うん。なんだかんだ言って最近は余裕があるし」

 

 ダンジョン一階だって週二回くまなく探索すれば四~六人が一か月普通に暮らして余るだけのお金が稼げる。二十五階あたりでアラーム狩りを繰り返せば生活費自体はぶっちゃけ余裕である。

 黒い算段をするならミーティアからの情報を賢者に売ったらいくらになるか……という話もある。

 

「ただ、ここの資源には限りがあるから、お金をかけても限界はあるよ。そこは先に分かっておいて欲しい」

「仕方ないから我慢してあげる。……って言っても、私にはあなたたちの技術水準が低いようには見えないのだけれど」

 

 確かに、ここの建築も料理も裁縫も、多くの人が長い年月をかけて積み上げてきた基礎の上に成り立っている。道具の問題でできない作業は数あれど、現代日本人がある程度納得できる品質のものが普通に手に入る時点で十分贅沢だと言える。

 

「じゃあ、わたしたちが着ているくらいの服で納得してくれる?」

「デザインさえ私の好みに合えば構わないわ」

 

 そのデザイン次第で値段はだいぶ変わる気もしたが、譲歩してくれるのは正直ありがたかった。


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