クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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変化と決断

 警報の鳴り響く中、人型の爬虫類──リザードマンたちが殺到してくる。

 部屋の入り口で待ち受けるレンたちは慌てることなく、それでいて迅速に彼らへと対処。

 しかし、その体制には少々の変化があった。

 

「風刃!」

「ウインドスラッシュ!」

 

 風の魔法を発動させたのは、二人。

 レンに抱きかかえられるようにして前を見据える妖狐──シオンと、白く滑らかな右手を通路へと向けた風の精──フーリである。

 形のない奔流ではなく刃として放たれた風は敵を押しとどめる効果は最小限ではあるものの、代わりに触れる者の肌を容赦なく切り裂いていく。

 悲鳴を上げつつも前に進むことを止めようとしない彼らにはさらなる攻撃、

 

「ファイアアロー!」

「ファイアボルト!」

 

 レンの放った大量の炎の矢、そしてアイリスの用いる大きな炎のつぶてが降りかかる。

 風と炎。一緒にしてしまうとお互いの良いところを殺しかねないものの、波状攻撃なら次の発動までの隙を埋められるうえ、対処もしづらくなる。

 魔法による遠距離攻撃の嵐にリザードマンは先頭の方から次々に消滅、レンたちの攻撃は最後まで切れることがないままに大量の敵を捌ききった。

 動く者がなくなりやかましい音だけが残ったところで、風の刃が駄目押しのごとく警報装置を破壊。

 

「んー、気持ちいい! 魔法が使えるようになっただけでも転生した甲斐あった!」

 

 罠を壊した張本人であるフーリはぐっと伸びをすると明るい声を上げた。

 胸を張った拍子に細い身体のラインが強調され、レンは唾を飲み込みそうになってしまう。残念ながら(本人も若干残念がっていた)胸のサイズは変わらなかったものの、だからこそ滑らかでスポーティな曲線は健在。色白かつ肌が滑らかになったことで艶めかしさはむしろアップしている。

 これにアイリスが微笑んで、

 

「風の精霊が、風の精霊魔法を使えないわけないですもんね」

「うん。風の魔法ならアイリスちゃんより上手くなっちゃうかも?」

 

 実際、フーリが魔法を使えるようになったのは大きな戦力アップだ。

 風精──シルフィードはどちらかというと魔法系の種族だ。フーリが若干自慢げに言った通り、風系の精霊魔法がずらりと揃っている。

 風の刃を放つウインドスラッシュは基本的な魔法のひとつであり、近距離から中距離において大きな効果を発揮する。盗賊(シーフ)であるフーリなら敵のふところに忍び込んでから発動させるのもアリだし、今のように遠間から攻撃してもそれなりの威力がある。

 魔法攻撃力の問題があるのでダメージでアイリスに並ぶのは難しいかもしれないが、今まで使い道のなかったMPを運用できるようになったこと、レベルアップしていけば風で伝言を届けたり空を飛んだりもできるようになる。幅の広さという意味では本職に勝るかもしれない。

(というか、アイリスやミーティアは精霊の力を借りている立場なので、むしろ風の魔法に関してはフーリの方が本職である)

 

「物理攻撃に強くなったのもいいよね。罠に強くなったし」

「そうそう。乱戦でもだいぶ楽に戦えるようになったと思うよ」

 

 物理攻撃に強いのもシルフィードの特徴だ。

 通常状態でも以前までより被ダメージが下がるうえ、スキルを使って「非実体化」すると物理ダメージが半減以下になる。魔力を伴う風の集合体になるため、殴られても斬られても「ちょっと痛いかも?」くらいのもので致命傷にはならない。

 スキルをさらに取得していけば防御力はもっと上げられる。

 非実体化中はフーリの方からも物理干渉できなくなるのが難点ではあるものの、新しい身体に慣れて咄嗟に実体化・非実体化を切り替えられるようになれば万が一の時でも安心だ。

 

「レベルが上がったから新しいスキルも取れそう。ありがとね、みんな」

「気にしないでください。私たち、仲間なんですから」

 

 転生石の購入にけっこうなお金を使ってしまったため、レンたちは現在金欠気味。

 ダンジョン探索のペース自体は変えていないものの、お金を稼ぐため積極的に周回を行っている。フーリのMPは一周すれば尽きてしまうものの、アイリスはMPがなくなっても弓矢がある。レンのMPは尽きても補充できるし、そのレンがばんばん魔法を使っていればシオンが大気中の魔力を集めてMPを回復できる。

 MPの補充と言えば、

 

「触ってなくてもみんなからMPもらえるようになったし、どんどん行こっか」

 

 悩んだ末にリセットストーンを使い、新たに取得したスキル「運命のつがい」。これによってレンはフーリ、アイリス、メイ、シオン、ミーティアと魔法的なつながりを持った。

 おかげでなにもしていなくてもエナジードレインが発動する。

 入ってくるMP量は僅かではあるものの、五人分ともなるとなかなかの量。これが継続的に、戦っている最中も移動中も行われるのだから馬鹿にはできない。少なくとも休憩時間の削減にはなるし、決戦的な戦いにおけるレンの戦闘力も大きく上がった。

 

「私は別に触られるのもキスされるのも嫌じゃないけどね」

「フーリ。それより早くドロップ拾っちゃおう」

 

 冗談めかして抱きついてきたパートナーにそう告げると、彼女は「はーい」と離れ、誘うように視線を向けながら通路へと歩いていく。レンも微笑んでその後に続いた。

 フーリの戦闘参加が増えたため、ドロップの回収はなるべく手伝うようにしている。レンの休憩時間が減ったので戦後処理を手早くやっても良くなった、というのもある。

 ストレージを石・土の回収に充てるためあまり役に立たないメイがレンたちの共同作業を眺めながらぽつりと、

 

「これなら三十五階は次でクリアできそうですね」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 今日の探索を切り上げて神殿に戻った後、レンはミーティアへ「これから帰る」と伝言を送った。

 

『遅い。待ちくたびれたわ。早く帰ってきなさい!』

 

 間髪入れずに返事が来る。

 スキル「運命のつがい」のもう一つの効果である。もともと別の魔法で伝言は送れたのだが、スキルで対象にした「つがい」相手なら双方向にテレパシーが可能になった。

 ただ、試してみたところダンジョン内からダンジョン外とは交信できなかった。ダンジョン内は別世界のようなものなので、さすがに効果範囲外なのだろう。

 レンは苦笑しつつ了承の返事を送り、仲間たちと帰路についた。

 

「お帰りなさい。疲れたでしょう? 荷物を置いて着替えたら食事にしましょう」

「やっと帰ってきた。もう少し手を抜いてもいいんじゃないかしら」

 

 帰るとエプロン姿のアイシャとドレス姿のミーティアが出迎えてくれる。

 コスプレ店の店主に預けること数回、特に暴れたりしなかったため、お姫様には家で待っていることを許可した。若干不安は残ったものの、アイシャと喧嘩をすることもなく仲良く待っていてくれたらしい。

 ……エプロンを身に着けていないところを見ると夕食の支度を手伝ったりはしなかったようだが、まあ、お姫様にそこまでは求めていない。

 簡単な身支度を終えてリビングへ行くとすぐに夕食になった。

 舌の肥えた同居人のために食事のメニューは以前より豪華になっている。おかげでレンたちとしても日々の楽しみが増えた。

 

「今日はミーティアさんと言葉の勉強をしていたの」

 

 食べながらアイシャがそう教えてくれる。

 

「へえ、そうなんだ?」

「ええ。私がアイシャに教えて、私はアイシャから教わっていたわ。日本語とかいうのはなかなかに独特な言語ね?」

「そうですね。ネイティブでなければ修得には苦労するかと」

「ああ。ひらがなにカタカナに漢字もあってややこしいですもんね」

 

 ミーティアの感想にメイ、アイリスが同意。

 異種族ばかりになって日本人感のなくなったレンたちパーティだが、レンとフーリ、シオンはもともと生粋の日本人。メイとアイリスも日本人の両親から言葉を教わっているので日本語ネイティブだ。

 外国の人が「日本語難しい」と言っている気持ちはわからないものの、その理由のほうはなんとなくわかる。

 

「本当よ。どうしてこんなに文字の種類が必要だったのかわからないわ。あなたたちの先祖は馬鹿なの?」

「あはは。まあ、その、他の国の言葉を取り入れてるうちにこうなったみたいだよ」

 

 フーリが苦笑交じりに答えると、ミーティアは「共通語を作りなさいよ」とため息をついた。

 

「ミーティアのところは種族が違っても言葉が通じてたの?」

「種族や地域によって訛りはあるけど、ある程度はね。別にダークエルフの固有言語もあるけど、古い言葉だから話せない者もいたわ」

 

 そういうところはファンタジーの方が進んでいる。違う種族がたくさんいるので言葉が通じないと本気で困ったことになるからかもしれない。

 

「そういうわけで、日本語の修得には時間がかかりそうね。あなたたちに共通語を教えるほうが早いかしら」

「うーん。わたし、英語でもけっこう苦戦したからなあ」

 

 異世界語は基本文字の組み合わせによって構成される単語を繋げていく仕組みらしい。カテゴリとしては英語等と同じだが、単語をたくさん覚えないといけないためこれはこれでけっこう難しい。

 

「必要な単語だけ先に覚えてもいいと思うわ。『敵』『来る』『危険』くらい話せればエルフに警告くらいはできるんじゃない?」

「そうですね。ハーフエルフのアイリスさんが伝えればある程度は信用してもらえるかもしれません」

 

 警告さえ行えれば敵を食い止めきれなくても被害を減らせるかもしれない。

 三十五階の戦いを思い返したレンは敵のリーダーだった少女を見て、

 

「……覚悟は決まった?」

「……そうね」

 

 返答には僅かな躊躇いがあった。

 それでもミーティアはレンの目を見返してはっきりと告げてくる。

 

「行ってきなさい。行って、あなたたちの目的のために戦ってくるといいわ」

「ダークエルフを殺すことになるけど、それでも?」

「あなたたちは嘘を言っていない。……少なくともここが私から見た異世界で、あなたたちが私たちの世界に突然現れたのは事実よ。なら、あっちにはもう私の居場所はないわ」

 

 あの戦いで配下のダークエルフはほとんどが死んでいる。

 もしも戻ることができたところで単身国へ帰ることになる。そうしたら責任を問われるのは目に見えているし、レンにキスをされた事実も消えない。加えてレンたちから聞かされた「世界の終わり」への疑念がある。今までと同じように過ごすことは不可能だろう。

 また、もしもあの戦いがもう一度繰り返されるのだとしたら、それはもう「ここにいるミーティアが経験した戦い」ではない。

 

「本当は先にダンジョンとやらをこの目で見たいところだけど、それは止めておくわ」

「どうして?」

「行ったら、あなたと出会う前の私に戻ってしまうのではないか。……そんな不安が拭えないのよ」

 

 おそらくそんなことは起こらない。しかし、絶対にないとは言い切れない。

 

「だから、もう一度行って確認してきなさい。そこに私がいるのか、いないのか」

 

 別のミーティアが存在していれば、それはもう今のミーティアとは別の存在だ。

 三十五階にミーティアがいなければ、彼女という存在の唯一性が保たれる。どちらにしてもある程度の保証にはなる。

 

「ただし、なるべく早く帰ってきなさい。……あなたがどこかへ行っている間は『繋がり』が断たれているから不安なのよ」

「繋がり?」

「レンさま。おそらくスキルによるエナジードレインのことかと」

「あ、そっか」

 

 テレパシーが通じないのならエナジードレインも通じないのが道理だ。

 吸っている側としては五人分が四人分になるだけ、MPが回復していることに変わりはないので細かい数値をチェックしていなければわからないが、吸われている側としては吸われているかいないかは大きな違いが出る。

 

「これ、けっこう幸せな気持ちになれるもんね。確かに切れたら禁断症状が出るかも」

「そうですね。レンさんと離れ離れになったみたいできっと寂しいです」

「ご主人様は罪な男……もとい、罪な女ですね」

「レンさまとの繋がりはわたくしにとっても大切なものです。できれば、これからも末永くお傍に置いてくださいませ」

 

 それぞれからそれぞれに言葉を向けられたレンは恥ずかしさと照れくささ、それから大きな嬉しさを感じながら「うん」と答えた。

 

「これからも一緒に戦おう。……ミーティアも、できたら一緒に」

「なら、さっさと役目を果たしてきなさい」

 

 素直になったと思ったら変なところで素直じゃないお姫様は、つんと顔を背けながらそう言って激励の言葉を贈ってくれた。


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