クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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三十五階への再挑戦

 広い森を見下ろしながら一直線に飛ぶ。

 三十五階への再挑戦。

 今回は前と少しだけ作戦を変えた。ミーティアのいた本隊へ向かうのは変わらずレンだが、他の三方へはメイ&マリアベル、シオン、アイリス&フーリというふうに振り分けた。

 アイリスにはフーリを抱いて飛んでもらい、移動ついでにエルフへの警告を行ってもらう。「お前たちが侵入者じゃないのか!」とか言われてややこしいことにならないよう、長居はせず何度か声をかけたらさっと飛び去ってもらうことにした。

 さて。

 

「……見えてきた、けど」

 

 本隊の様子に変わったところは見られない。

 急接近しつつ全力の範囲魔法を放てば、弓や魔法で応戦してくるのも同じ。

 ただ、そのうえで観察してみると、

 

「いない」

 

 リーダーとして采配を振るっていたはずのミーティアがそこには存在していなかった。

 やはり、もう一人現れたりはしないのか。

 だとすると指揮系統はどうなっているのか。見たところ動きに乱れは見られない。よく訓練されているのか、それとも、規定された動き以外はできないのか。

 

 いずれにせよ、あの少女がいないのなら戦力は半減だ。

 

 雨あられと矢を射かけられ、風の魔法を放たれようとも高速飛行するレンにはそうそう当たらない。対してこちらの魔法はホーミング効果によって着実に敵の数を減らしていく。敵が減ればそれだけ攻撃も弱くなる。

 前回やられた足止め戦法も行われる気配がない。

 部隊に変則的な命令を与えられる者がいないのだろう。よって、十分な脅威と認定されたレンを全力で狙ってくる。

 

「こっちとしては好都合……!」

 

 さすがに何発か攻撃は受けてしまうも、この際それは無視した。致命傷にさえならなければ問題はない。

 遠隔エナジードレインによるMPの補充もあって消耗しきる前に敵を八割壊滅させることに成功。

 こうなってしまえばもはや烏合の衆。ダークエルフの兵たちは散り散りになって逃げ始めた。森の方へ向かう者もいるものの、ほんの二、三名でいったいなにができるというのか。

 レンは自分にヒールをかけて傷を癒すと、念のため森に向かった者たちを追撃、マナボルトで一体ずつ確実に仕留めた。

 

 あっけないほどスムーズな勝利だった。

 

 しばし呼吸を整えた後、レンはテレパシーを仲間たちに送った。

 

『こっちは終わったよ。みんなはどう?』

『こっちは大丈夫です! フーリさんのおかげでとても戦いやすくなりました』

『わたくしも一人で問題ありません。既に敵は半壊させました』

『こちらも問題ありません……と、言いたいところですが、さすがに面倒なのでお手伝いいただけると助かります』

『了解。じゃあ、メイたちのところに向かうよ』

 

 別行動の時に使うとめちゃくちゃ便利である。

 再び翼を広げて飛翔し、メイとマリアベルのいる戦場へ。そこでは二人がダークエルフの集団相手に無双していた。

 生半可な攻撃ではびくともしないメイは無造作に敵へ近寄ってはメイスの重い一撃を繰り出し致命傷を負わせていく。混乱に乗じて近づいたマリアベルが散発的な攻撃をかわしつつ蹴りを叩き込み、頭だろうと腹だろうと、当たった箇所の骨を砕いてみせる。

 なんだかレンがいなくても大丈夫そうではあるものの、二人とも範囲攻撃ができないので確かに面倒くさそうだ。メイたちの相手で手いっぱいらしい敵へ高速で近づくとマナボルトで二、三体を葬り、マリアベルへヒールをかけてやる。

 

「助かります、レンさん!」

「一気に片付けましょう、マリアさん!」

 

 レンは空から、メイとマリアベルは地上から。

 一人増えただけで殲滅効率は倍以上に上がった。味方を巻き込みかねない範囲攻撃は使えなかったものの、敵の攻撃がレンに向かう分、地上にいる二人が好きに行動できるようになったからだ。

 

「よし、っと」

 

 出現したドロップ品の回収は後回し。

 メイたちに大きな怪我がないのを確認してから、今度は一人で戦っているはずのシオンのところへ。すると、着いた頃にはもう戦いが決着するところだった。

 部隊は壊滅。森のほうへ逃げようとした者を狐火で仕留めたシオンが「レンさま」と声を上げる。

 ぽん、と、狐娘状態となった彼女はレンが地上に降りたところですかさず抱きついてくる。

 

「わ。……シオン、いきなり飛びついてきたら危ないよ」

「申し訳ありません。戦いのせいで気分が高揚してしまいました」

 

 恥ずかしそうにする彼女だが、レンから身を離そうとする様子はない。視線で問いただすと「魔力がお辛いのではありませんか?」と言い訳するように言ってきた。

 

『フーリ、アイリス、そっちはどう?』

『ん。こっちもそろそろ終わるかなー』

 

 シオンと顔を見合わせ、頷きあう。再び狐に戻った彼女と空を駆け、念のために救援に向かうと、その頃には戦いはもう終わっていた。

 

「レンさん!」

「来てくれたんだ。私たちだけでも大丈夫だったのに」

 

 手を振ってくれるアイリスと、さっそくドロップ品の回収に入っていて忙しいフーリ。見たところ被害もほとんどなさそうだ。念のためヒールをかけて「どうだった?」と尋ねると、

 

「フーリさんと一緒だと風の魔法が強くなるんです!」

「アイリスちゃんとちょっとしたコンボまで開発しちゃった」

 

 普通に魔法を使う他に、アイリスがMPを消費してフーリに魔法を使()()()()ことができるらしい。一般の精霊にお願いするところをフーリにお願いする感覚だ。

 この方法だとフーリが魔法を使って発動待機時間(クールタイム)中であっても魔法を再使用させることができる。

 

「実体化解いた状態で近づいて『ウインドスラッシュ』二連発とか自分でもちょっと反則じゃないかと思う」

「うわ、えぐ」

 

 もちろん、非実体化状態でも魔法は効くのでそこは注意しないといけないが。

 

「ほんと、みんなすごく強くなったなあ」

「えへへー。いつまでもレンにばっかり頼ってられないからねー」

 

 手を動かしながらも「褒めて褒めて」とばかりに笑うフーリ。彼女を軽く抱きしめてから、レンは自分の持ち場のドロップを回収するため再び飛び上がった。

 そして。

 エルフの森、そして集落へと戻ると、

 

「……誰もいない」

 

 集落は驚くほどがらんとしていた。

 戦いのために出払っている……というわけでもない。移動中に上から見下ろしたところ、森の中にも人影は見当たらなかった。

 異世界に来た時のレンではないが集団神隠しの様相である。

 

「アイリス。声をかけた時はどんな様子だったの?」

「はい。突然の侵入者に驚いたみたいで、矢を射かけられそうになったので慌てて離れました」

「じゃあ、その時はちゃんといたんだ」

 

 別動隊の仕業……であればそいつらと出くわしているはず。

 となると、

 

「マリアさん。もしかしてこれって仕様なんですか?」

「はい。クリアすると守ったエルフも消滅します。もう守る必要がなくなったから、なのでしょうね」

「うわあ。そこはさすがにもうちょっとどうにかして欲しい」

 

 これではNPC──ダンジョンに設定された駒の一つだと声を大にして主張されているようなものである。守った達成感もなにもない。これならまだ「敵の仲間か!」と疑われた方がマシだったかもしれない。

 とはいえ、

 

「ミーちゃんが他とは違うっていうなによりの証拠、だよね?」

「うん」

 

 これで、家にちゃんと彼女がいれば。

 

「……ちょっと急いで帰りたいんだけど、いいかな?」

 

 レンの提案に反対するメンバーは一人もいなかった。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 三十六階への下り階段と石碑は、三十五階の入り口と対照的な位置に出現していた。

 新たにアイリス、メイへ与えられた能力はストレージの拡張。これで彼女たちのストレージはレンたちの四分の三ほどになった。

 これならもう戦力として大きな差はないと言っていい。

 石碑の内容を手早く書き写し、階段を下りて──三十六階ではなく神殿の入り口へ。

 下っていたはずなのに気づいたら上り階段に変わっていて平らな地面に一歩を踏み出す、という異様な感覚は何度味わっても慣れないものの、今回はそれに文句を言うよりも先にテレパシーを送る。

 

『ミーティア、三十五階、無事に終わったよ』

 

 一秒、二秒──五秒。

 前回は即返事があったのになんの反応もない。

 まさか。

 目を見開いた仲間たちがいっせいにテレパシー送り始める。

 

『ミーちゃん!』

『ミーティアさん、返事をしてください!』

『ミーティアさま!』

『ミーティアさん、返事をしないと今日の食事は抜きに──』

『うるさいわね! 昼寝くらいゆっくりさせなさいよ!』

 

 返事が、あった。

 

『え。なに? もしかして寝てただけ?』

 

 拍子抜けしたせいで思わずそんな風に送ってしまったのも仕方のないことだと思う。幸い、ミーティアも悪い意味には取らなかったようであっけらかんと、

 

『そうよ。今日は暖かくて気持ちがよかったから。……あ、あなたのベッド借りたわよ』

『……良かったあ』

 

 ひどく安心すると膝から崩れ落ちそうになる、というのは本当だったらしい。足に力が入らなくなったので代わりに飛ぼうかと本気で悩んだ。

 

『じゃあ、帰るから待っててくれる?』

『はいはい。すぐじゃなくてもいいわよ。二度寝するから』

 

 これでわかった。

 ダークエルフの姫、ミーティアは一個の存在としてこの世界に再び生を受けたのだ。

 

 

 

 

「……そう、私はいなかったのね。そのうえ、用が済んだらエルフもダークエルフも消えていった、か」

 

 少し遅めの昼食の席にて。

 レンたちの報告を聞いた少女はその内容を噛みしめるように押し黙り、やがて深いため息をついた。

 

「ありがとう。これで少しは胸のつかえが取れたわ」

「ダンジョンに行く気になった?」

「そうね。……本当は元の世界に戻れたらいいんだけど。そうして、なんとしてでも魔王に会いに行って暗殺してやれたら」

 

 実際にはそうもいかない。世界が滅んでいるのなら当の魔王も死んでいるわけで、わざわざ殺しに行く意味もあまりない。

 時を超えて過去を変えられるというのなら話は別だが。

 ミーティアは軽く肩を竦めて、

 

「ま、そのダンジョンとやらを攻略していけば、いずれ魔王と相まみえる機会もあるかもね」

「ああ。ありそうな話ではあるよね」

 

 魔王なんていかにもラスボスっぽい。もっと言えばラスボス一歩手前っぽい。ラスボスだと思っていた奴を倒したらもっと強いやつが現れる、はRPGの定番シチュエーションである。この世界の場合は高確率で邪神とやらが出てくるだろう。

 と、フーリが「え、待って」と引きつった笑みを浮かべて、

 

「最後は邪神討伐ってこと? 神様倒すとかさすがに無理なんじゃない?」

「殴ってダメージが入るなら神だろうと殺せるのでは?」

「普通に殴ってダメージ入るかなあ……」

 

 思わず遠い目になる。レンたちの能力も人間離れしてきているとはいえ、神様はちょっとスケールが大きすぎる。そんなの英雄たちが死力を尽くしても勝てたり勝てなかったりするレベル。再封印とかでなんとかなりませんか、と言いたくなる。

 

「先の話をしたところで仕方ないでしょう。少なくともダークエルフの一団程度に苦戦しているようじゃまだまだね」

「自分で言わなくてもいいと思いますけど……」

「うるさい。言っておくけれど、ダークエルフだってあれが全力じゃないわ。あなたたちが戦ったのはあくまでも一部隊に過ぎないことを忘れないで」

「エルフの集落ひとつを相手取るにはだいぶ過剰戦力でしたが、あれで一部隊ですか……」

 

 ふう、と息を吐くマリアベル。

 

「三十六階からの戦いはさらに激しくなります。かつて私が攻略を断念した理由の中には四十階に挑む恐怖もありました」

「マリア。……そんなに大変なの?」

「ええ。もちろん、私もあの頃よりずっと強くなった。レンさんたちとなら勝てるとは思うけれど……生半可な気持ちで挑めるところじゃないのは間違いないわ」

「っ」

 

 アイシャがなにかを言いかけてぐっと堪えた。そんなに危険ならやめて欲しい、と言いたいのだろう。ただ帰りを待つだけ、というのも思った以上に辛いものだ。いっそ一緒に戦えた方が精神的には楽かもしれない。

 とはいえ、アイシャにこれから戦いを覚えろというのも酷な話。

 なにより彼女たちは年齢的に衰え始める頃合いだ。

 

「マリアさん、相談があります。……もしミーティアが協力してくれるのなら、わたしたちは七人になります。そうすると適性人数を超えてしまいますよね?」

 

 言いたいことはすぐに伝わったらしい。

 マリアベルはレンを見つめ返して、

 

「パーティを抜けて欲しい、ということですね?」

「戦力外通告とかそういう話じゃないんです」

 

 そこはわかって欲しい、と、はっきり強調して伝える。

 

「ただ、もしマリアさんになにかあったらアイシャさんにどう謝っていいか……。お世話になっておいてこんなことを言うのは失礼だと思うんですけど、でも、マリアさんたちはもう十分苦労しました。これからは幸せになってもいいと思うんです」

 

 娼館の経営もマリアベルの手を離れた。

 アイシャと二人の新しい家もあるし、貯金だって十分にある。障害となるものはなにもない。

 アイシャが瞳に涙を浮かべて「マリア」と呼ぶ。伸ばされた手がマリアベルの片手に重なる。

 

「一緒に子供たちの相手をするのはどう? きっと、それも楽しいと思うの」

「レンさん、アイシャ……。でも、道半ばで人任せにするなんて」

「いいんですよ。だって、わたしたちは丸投げされるんじゃなくて、後をつなぐんですから」

「後を、つなぐ?」

「はい」

 

 レンは深く頷いた。そんなレンの手をフーリが取って、

 

「そうだね。マリアさんがいてくれたから、私たちはここまでこれた。娼館(あのおみせ)がなかったら街の人たちはもっと辛い思いをしていたかもしれない」

 

 アイリスたちも微笑んで同意してくれた。

 

「後は私たちに任せてください。マリアさんが、皆さんがつないでくれた道は絶対無駄にしませんから」

「後は若い者に任せて、というやつですね」

「わたくしはまだこちらに来て日が浅いですが……先生方には安全なところで見守っていていただきたい、と思います」

「だ、そうよ? まあ、あなたが抜ける分くらいは私がいればどうとでもなるでしょうから、安心して休んだら?」

「……皆さん」

 

 ミーティアの齎した情報によって道の先はだいぶ明るくなった。

 よく見えるようになったことで数々の困難もまた見えるようになってしまった。本当に乗り越えられるのかわからない。気が遠くなるほどの強敵が待ち受けているかもしれない。

 それでも、そろそろ本当に独り立ちする時だ。

 アイリスが両親を日本に帰したいと奮闘しているように、レンたちもマリアベルたちを安心させたい。

 そんな気持ちが伝わったのか。

 マリアベルは涙を流しながら、それでも笑って頷いてくれた。

 

「では、今度は子供たちに格闘技でも教えましょうか」

 

 もしかすれば、マリアベルたちに教わった子供たちが新しい道を切り開く未来が訪れるかもしれない。

 もちろん、そうなるまでなにもせずに待つつもりはないのだけれど。


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