クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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ミーティアのダンジョン挑戦

「……三十五階まで、みたいね」

 

 神殿の階段に足を載せたミーティアは噛みしめるようにしてそう呟いた。

 今、自分が挑戦できる最下層がどこかは階段を下りようとした時点でわかるようになっている。普通は一階から下りていくのが当たり前なので「次に挑戦するのって何階だっけ?」とド忘れした時くらいしか役立たない仕様が今回ばかりは役に立った。

 クリアした階層はない。けれど、三十五階の環境を経験している、という特殊な立ち位置の者。

 

「そっか。ミーちゃんは三十四階までクリアしてる扱いなんだね」

「どうせならもうひとつ次の階まで進ませて欲しかったのだけれど、ね」

 

 三十五階に行ったことがある。けれど、その階をクリアしたことはない。そう考えると妥当なのだが、ボスを務めていた当人に配下を蹴散らせとはなかなかに鬼畜である。

 

「ですが、そうするとミーティアさんの扱いはご主人様たち(てんいしゃ)とも私たち(ネイティブ)とも違う、ということになるのでしょうか」

「ミーティアさまはストレージもステータスウィンドウも操れませんものね……」

「ミーティア。いちおうもう一回試してみてくれないかな?」

「ん……駄目ね。やっぱりできないわ」

 

 合言葉を試したミーティアはふるふると首を振った。わかっていたことではあるが少し残念である。

 

「ま、仕方ないわ」

 

 当のお姫様はさっさと気持ちを切り替えたのかふっと笑みを浮かべて言った。

 

「便利な力ではあるけれど、ないと戦えないわけじゃない。さっさと行きましょう。目標は予定通り二十五階でいいのかしら?」

「うん、それでいこう」

 

 最初から下の階まで選べたらそうしよう、とあらかじめ決めていた。ミーティアを含む六人は頷きあい、ひと塊になって階段を下りていく。

 マリアベルとの共闘は話し合いの通り終わりになった。

 これからは本当にレンたちだけで戦っていくことになる。といってもマリアベルたちの家はお隣と言っていいほど近くだし、朝空気を吸いに外へ出たついでに挨拶を交わしたりもする。たまには夕飯に呼んだり呼ばれたりもしよう、と約束もしあった。

 パーティでなくなったからといって知人・友人でなくなるわけではない。

 

 新しくメンバーとなったミーティアも十分な実力者だ。

 弓と精霊魔法を得意とする射撃手&魔法使いであり、いざとなればナイフを抜いて接近戦も可能。大まかな能力としてはアイリスと同じと考えていい。

 前衛の代わりに加入したのが後衛、という意味でバランスは悪くなってしまったものの、レンたちはもともと「近づかれるまでに大勢を決する」戦法がメインだ。そういう意味では手持ち無沙汰になるメンバーがいなくなった(メイもいざとなったら腕から鉄球を撃てる)し、フーリが接近戦をしやすくなったことである程度補えるだろう。

 さて。

 

『ミーティア、わたしの声が通じる?』

『ええ、通じるわ。あなたとの繋がりも切れてはいないようね』

 

 テレパシーによる会話の後、ダークエルフの姫は口を開いて何事かを発した。案の定、その声はレンたちには聞き取れない。

 

『なるほど。階段に入った時点で異界なのね』

『慣れるまではちょっと不便だけど、ダンジョンの中ではこっちでやりとりしよう。慣れたらむしろ口で言うより早いかもだし』

『声が敵に聞こえる心配もなくなるね。うまく使えばかなり便利かも』

 

 興味深そうに壁や床を眺めるミーティアのために普段よりややゆっくりと足を運びつつ、二十五階へ。

 

『……話に聞いていた通りの迷宮ね。しかも、入り口をくぐった瞬間にかすかな違和感があった。通路とここも別の空間ということかしら』

『おそらくそうなのでしょう。モンスターが階段に足を踏み入れたという話は聞いたことがありませんから』

 

 強制的に連れて行かれた場合、ミーティアのような特殊な例を除いて消滅する。ゲーム的に言うと画面の切り替えポイントを超えられないようにプログラムされているわけだ。

 

『ミーちゃん。ここからは私とレンの指示に従ってね。罠とかあって危ないから』

『わかったわ。でも、指揮官が二人いるのは不便じゃないかしら?』

『リーダーはレンだよ。私は罠担当。専門家の指示には従ってください』

 

 本格的なダンジョン探索は初めてだというミーティアだが、足取りに不確かなところはなかった。

 

『森や草原とはだいぶ勝手が違うけれど、全く心得がないわけじゃないわ。棲み処は城だったし、秘密の抜け道や罠もあったもの』

『ダンジョンを攻略する側ではなく管理する側だったわけですね……』

 

 ちなみにミーティアの装備は三十五階での戦闘で身に着けていたもの。肌を覆うタイプの旅装に漆黒の弓と小ぶりのナイフ。それから装身具がいくつか。それぞれに品質強化や防御力向上などの魔法が籠められており、王族らしくなかなかの高級品らしい。

 ……彼女を捕まえたのが性格の悪い連中だった場合、身ぐるみ剥いで店に売る、なんていうこともあったかもしれない。ゲームのNPC相手だとぶっちゃけレンもやったことがある。

 

『あなたたちもさすがに慣れているわね。兵士ではないけど戦士ではある、と』

『そうだね。ここまで来るのにそれなりの経験はしてるよ』

『なら、せいぜい息を合わせられるようにお互い頑張りましょうか』

 

 敵のいる部屋の近くまで来たらテレパシーで作戦を立て、せーので実行。

 メイの鉄球は元手がかかるので他の五人で魔法を叩き込み、終了。フーリが魔法を使えるようになったうえ、風の精霊魔法が強化、さらにミーティアが加わったことで遠距離火力は一気に跳ね上がった。ぶっちゃけ集中すると馬鹿みたいな火力である。

 

『なんというか、若干リザードマンに同情するわ。こんなもの英雄クラスの者でないと対処できないでしょう』

『でも、次はちょっと大変だよ。この階にいる敵をぜんぶ呼んで一気に倒すから』

『あなたたち、本当に馬鹿みたいな戦い方をするわね!?』

 

 などと言いつつも、ミーティアの力はアラーム戦法においても大活躍した。

 五人で息を合わせて風の魔法を放つだけで通路にちょっとした嵐が巻き起こり、それが一方的にリザードマンたちを襲う。狭い通路に逃げ場はないし、掴まれるようなでっぱりもそうそう存在しない。飛ばされれば後ろの味方にぶつかり、連鎖的な衝突が起こる。

 結局、敵が近づいて来るのを見ることもなく戦いが終わった。

 

『ねえ。先の通路を確認してもいいかしら?』

 

 ミーティアの希望がなくともドロップ品の回収は必要となる。

 フーリに罠の対処をしてもらいつつ移動すると、そこにはリザードマンの死体は一つもなかった。それどころか血の跡すらもない。

 

『さっきもそうだったけれど、本当に消えるのね。……あいつらがかりそめの命だったというなによりの証拠だわ』

 

 続けて、少女は異世界語でなにかを呟いた。

 レンにはその意味はわからない。それでも推測することはできた。

 自分も死んだら消滅するのか、と、彼女は思ったのではないだろうか。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 二十五階でのダンジョン攻略を経験したミーティアは帰宅後「次は三十五階に行きましょう」と提案を口にした。

 もちろん、レンたちとしては願ってもないことではあるが、

 

「もう行くの?」

「ええ。別に後回しにする意味もないでしょう? 戦場としてはむしろ見知った場所だし、一月や二月訓練したところで大きな戦力向上はないもの」

「それはそうだけど……」

 

 ミーティア以外の面々は一月どころか三日もあれば劇的にパワーアップしたりする、というのはこの際置いておく。

 三十五階はつい先日クリアしたばかり。人数的にもあの時と変わらないのだからクリアは十分可能だ。

 レンが気にしたのは戦力面以外のこと。

 

「辛くない?」

「覚悟はできているわ。……裏切り者と呼ばれることについても、部下から認識されない可能性についてもね」

「……わかった。そこまで言うなら」

 

 数日後、レンたちは再び三十五階へと挑戦した。

 強制力が働いてミーティアがボスに戻ってしまうのではないか。そんな不安は杞憂に終わり、少女はテレパシーによる意思疎通のできる、我が儘で気の強いお姫様のまま。

 少し悩んだ末、彼女にはレンと共に本隊へ向かってもらうことに。

 エルフへの交渉をお願いしたい気持ちもあったものの、ダークエルフが「ここに襲撃者が来る!」と警告しても「お前だろ!?」と言われるだけである。むしろ姿を見せるだけ見せてさっと飛び去り、周囲への警戒を強めてもらう作戦となった。

 本隊へは異世界語で呼びかけを行ってもらい、

 

『……ふふっ。やっぱりね』

『ミーティア?』

『ダークエルフがエルフに味方するのか、ですって。私の顔も名前も知っているはずの者たちが随分と荒い口調だこと』

 

 ミーティアは「見知らぬダークエルフ」として扱われた。

 一度仕様の外へ出てしまったことでダークエルフたちの姫、指揮官とは認識されなくなってしまった。ダンジョン内の生き物が思考や記憶を全て再現されているわけではなく、本当の意味で生きているのは限られた一部だけである、ということが証明された。

 

『これで気兼ねなく戦えるわ。こいつらは私の可愛い部下じゃない。ただのまがい物よ』

 

 二人がかりの攻撃によって本隊は前回よりも早く壊滅。

 一人で敵を食い止めることになったメイと合流し、そちらの敵も片付けた後は二手に分かれてシオンやフーリ、アイリスたちを援護した。

 

『あっけないものね』

『ミーティア。……三十六階からはダークエルフ以外が相手だから』

『そう。変わらないと言えば変わらないけれど、それでもやっぱりその方が気は楽ね』

 

 問題は石碑の内容だった。

 もしかしたらまた変わっているかもしれない。そう思って注視すれば、

 

『古き世界の落とし子よ。我らの意思に共鳴するというのなら歓迎しよう……だ、そうよ』

『やっぱり読めるんだ』

『当然でしょう。私たちの世界の言葉だもの、これ』

 

 ミーティアが文章を読み終えると、石碑から小さな光が生まれて少女の身体へ吸い込まれた。

 

『わ。ミーちゃん、なんともない!?』

『ええ、痛み一つないわ。むしろ、身体が軽くなったような気がする』

 

 ステータスの表示を試してもらったものの、レンたちと同じウィンドウが表示されることはなかった。意味ありげな内容だったのでてっきり特典がもらえるものと思ったのだが。

 レンたちの落胆を察したミーティアは空へ向けて風の魔法を放って、

 

『手ごたえあり。……どうやら、私には直接、力が与えられたみたいね』

 

 身体能力や魔力が増した感覚がある、とのこと。

 

『これはこれでよかったわ。あなたたちの言うウィンドウだのストレージだのってしっくりこないもの。こっちのほうが力を持て余さなくてすむ』

 

 この件を賢者に報告したところ「やはり『祝福』の形は固定ではないのか!」と大喜びされた。


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