クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった 作:緑茶わいん
三十六階はこれまでの階(特殊なボス階を除く)とは一線を画す特徴を持っていた。
『……山、かあ』
地面に傾斜がついている上に視界が大きく開けているのだ。
山、と言っても多くの緑を持つ豊かな山ではなく、まばらに草や樹木が茂るほかはむき出しの土や岩ばかりの荒れた山。
世界の欠片で山を作るとして、間違ってもこの山を参考にしてはいけない。
攻略本によると、今回の下り階段は山の頂上付近に位置しているという。平坦な道に比べて上りは体力を使うし、足を踏ん張れないので荒事をするのにも向いていない。
『これは、マリアさんがああ言ってたのもわかるねー』
軽い身のこなしが売り、かつ蹴り技がメインのマリアベルにとっては鬼門と言っていい。
しかも、
『入り口付近はともかく、少し移動しただけで敵に察知される……の、でしたよね?』
『そうらしいですね。下手に動き回れば多数の敵に囲まれることになりかねない、と』
視界が開けているということは遠くから敵を見つけやすいということであり、逆に敵からも発見されやすいということである。
戦闘を避けづらいうえ、大きな音を立てたり戦闘を長引かせれば新たに寄ってきた敵と連戦になる。これまで以上に慎重かつ迅速な行動が求められる。
『とりあえず、ゆっくり進んでみようか』
『賛成よ。まずは一度、敵の戦力を確認しないことには始まらないわ』
レンたちは周囲を警戒しつつ山を登り始めた。
重装備のメンバーがいないのは幸運だった。そこまで急な傾斜ではないとはいえ、重い鎧を身に着けて歩くのではあっさり疲れてしまうだろう。ストレージで荷物を収納できるのも追い風だ。
もちろん、これがただの登山なら遭難した時用の備えなどいろいろな装備を用意しておくのも大切なのだろうが、
『いました。右斜め前方に二体。……大きいですね』
程なくして敵の姿を確認した。
三メートルを超える巨体を持つ人型の生物。身長に比例する体格を有し、手には木の幹を荒く削り出しただけ、という雰囲気のこん棒を持っている。肌は岩を連想させるほど硬く頑丈そうで、その眼光は明らかに危険な光を宿している。
食人鬼──オーガである。
オークを超える筋力と耐久性能を持ち、身長から来る歩幅の大きさによってスピードも十分に持ち合わせている。殴っても殴っても倒れず攻撃を続行してくる上、誤って捕まりでもすればそのまま丸かじりされかねない、と、マリアベルは「思い出したくもない」とでも言うふうに語ってくれた。
『あれがいっぱいいるのは嫌だなあ』
『そんなことを言っても敵はいなくならないわ。……まだ気づかれてはいないようだけれど、奇襲しましょうか?』
『それしかないかな。必要になるとこん棒を投げてきたりもするらしいから気をつけて』
ぼーっとしながら歩いているらしい、大きな足音を響かせるオーガに向けてアイリスとミーティアが矢をつがえる。
風の精霊魔法を用いて射程・威力を強化された矢は精霊であるフーリの加護も受け、遠間からの射撃を見事に成功させた。一本ずつ矢を受けたオーガは耳障りな悲鳴を上げ、血走った目でレンたちの方を振り返る。
『このまま矢を浴びせるわよ、アイリス!』
『もちろんです!』
弓使い二人は狙撃を続行。
二本、三本と矢が突き刺さる中、オーガたちは早足でこちらへと向かってくる。先頭を歩く個体がこん棒を持つ腕を振り上げたのを見て、メイが腕の中に仕込まれた鉄球発射機構を展開。重量のある弾を打ち出して相手の手を見事に直撃した。
怒りの籠もった大声に空気がびりびりと震える。
『恐ろしい声ですね……。ミーティアさま、これは言語なのでしょうか?』
『少なくとも共通語ではないわね。私は習得していないし、オーガには大した知能はないと言われているから会話は期待できないでしょう』
『そうですか……。では、成敗するしかありませんね!』
距離が縮まってきたところでレンたちも攻撃に参加する。無数の炎の矢に交じってシオンの狐火が飛び、アイリスたちも魔法を矢の強化からファイアボルトに切り替えて火責めを慣行。
しかし、オーガは本当にタフだった。
高いHPを削り切る前に敵がすぐ傍まで接近してくる。後退する四人と入れ替わるようにしてメイとフーリが前に出る。
メイスを構えたメイの姿がオーガの前だと頼りなく見える。体積で言えば倍ではすまないのだからそれも当然だが、
「ほら、こっちを狙いなさい!」
敢えて声を出して挑発したフーリが「ウインドスラッシュ」で敵の肌を浅く切り裂く。
大した傷ではないものの、気に障ったのかオーガはこん棒を振り上げる。振り下ろされたそれは非実体化したフーリの身体をすり抜け、地面を強く打った。
『うわ、大丈夫だってわかってても怖いね、これ』
『ですがお手柄です、フーリさん』
注意が逸れた隙にメイが獲物を振るい、敵の足を強く打った。身体は小さくともパワーは十分。離れた場所からでもわかるような痛い音。
『シオン!』
『はいっ!』
ここは畳みかけるべき場面。
出し惜しみなし、最大強化を施したマナボルト二発と七発もの狐火がもう一体に叩き込まれ、そのHPを奪い去ると共に世界から消滅させ、
「ウインドスラッシュ!」
フーリの魔法がオーガの足の腱を切り裂くと、メイスと矢が殺到して形勢を決定、レンたちも加わって一気に片付けた。
『……はあ、なんとかなったわね。あまり何度も戦いたい相手ではないけれど。こんなの普通、部隊レベルで相手取るものでしょう』
『ああ、十人とかで矢を撃ちまくったらさすがに楽そう。残念ながらそんな人数、そうそう集められないけど』
フィールドが広いので人海戦術もアリかもしれない。二パーティ以上で協力して各個撃破していけば危険度はかなり下がりそうだ。
一パーティで比較的安全に攻略するとしたら、
『やっぱり飛ぼうか』
『では、どなたか私を運んでいただけると助かります』
ドロップ品をとりあえず拾った端からストレージに放り込むと、レンたちは空へと高く舞い上がり、一気に頂上を目指した。
頂上にいたボスはレンとシオンを中心にしこたま攻撃魔法を空から撃ち込み最短で終わらせた。こん棒やその辺の岩を投げて来られても注意していれば十分避けられるし、空なら足場の不利も関係ない。
レンたちの攻略レポートは「特殊過ぎて参考にならない」と先輩方からは不評で、今回の攻略方法もやっぱり似たような評価を受けることになったものの、安全には代えられない。普通の階は後からでも再攻略可能なのだから調査はまた別にやればいいのである。
◇ ◇ ◇
「遅くなりましたが、九尾になりました」
「おめでとう、シオンちゃん。これで夢の九発同時発射だね!」
「超兵器か何かのようですね。どうせなら炎よりもビームを撃って欲しいところです」
他のスキルを優先したりスキルポイントを保留していたために七尾で止まっていたシオンの尻尾がついにカンスト、九本になった。
フルで尻尾を出した状態だともうふさふさもふさふさ。身体が成獣サイズになったのに比例して一本一本も太くなっているため、尻尾をふりふりしただけで「新手の掃除道具かな?」というくらいわさわさする。もちろん触ると尋常じゃなく気持ちいい。
みんなでひとしきり触らせてもらったところで、
「加えて、サイズを自由に変えられるようになりました」
ぽん、と、シオン(狐モード)の身体が出会った頃の子狐サイズになった。
「なによこれ、可愛すぎるでしょ……!?」
「そっか、ミーティアが来た頃にはシオンはもう大きかったんだっけ。大きいシオンも可愛いけど、小さい動物って独特の可愛さがあるよね」
「ええ、これは反則ね。ねえ、シオン。今夜一緒に寝ましょう?」
「はい、もちろんです。……ですが、いやらしい意味ではありませんよね?」
「それはまあ、あなたたちとより親密になるのもやぶさかではないけれど、今のは普通の意味よ」
さらりと余計な情報を交ぜて答えるミーティア。普通に女の子大好きなのか、と指摘すると「あなたに言われたくないし、そもそもあなたのせいよ!」と怒られた。どうやらレンの影響だったらしい。
「ところで、シオンさん。その状態で人化するとどうなるのでしょう?」
「えっと、身体のサイズに比例した姿になりますね。……このように」
再びぽん、と変化すると、今度は十歳行くかいかないかくらいの狐耳美少女の姿に。
「可愛い……! うう、シオンちゃんってばいろいろ変わり過ぎてちょっと反則じゃない?」
「まあまあ。フーリだって美人になったんだから」
「ありがとー、レン。でも、レベルアップするたびに大きくなる子に言われるのもちょっと複雑」
恨みがましい視線が向かったのはレンの身長──ではもちろんなく、胸のほうである。
「あー、これね。さすがにそろそろ邪魔なんだよね、正直」
レンの成長に伴って成長し続けた胸はオーダーメイド以外だと服も下着もかなり限られるレベルになっている。
男子だった頃のレンが街で見かけたら二度見どころか三度見まで確実にするだろうし、画像に収めた不届き者が友人にいたら恥を忍んで「俺にもくれ」と頼んだことだろう。
サキュバスパワーが働いているのか、これだけのサイズになっても体型が崩れた印象はなく、女子としてもぶっちゃけ自慢というか「わたし、めちゃくちゃエロくて可愛いよね?」と自画自賛しそうにはなるのだが、
「サイズ調整──っていうか見た目を調整できるスキルが出てきたから取ろうかな」
スキル「魔性の美」。
今のままでも十分に美しい(エロい)容姿を好みにカスタマイズし、自分の望む完璧なバランスに作り変えることができる。
もちろん戦闘能力には全く影響がない(思い切ってムキムキにでもすれば筋力が上がるかもしれないが)ものの、胸のサイズをちょうどいい感じに収められるというだけでも十分に価値があるだろう。
すると、フーリは「え」と驚いたように目を瞬いて、
「せっかくの
「なんでフーリがそんなに驚くの」
「それの恩恵に預かるのはあなたよりも私たちなのだから当然でしょう?」
「だよね、ミーちゃん!」
がし、と、何故か握手しあうフーリとミーティア。
確かに、自分の胸を自分で揉むよりも誰かに揉まれる機会の方が圧倒的に多い。
「今更だけど、フーリたちでも揉んで楽しいものなんだ?」
「だって気持ちいいじゃない。ね、アイリスちゃん?」
「えっ!? は、はい、そうですね。柔らかくて気持ちいいですし、なんだか安心します」
「豊かな胸は母性の象徴です。わたくしとしても大幅に小さくなってしまうのは少し残念ですね……」
アイリスまで反対派に回ったうえにシオンまでしょんぼりしだした。
「だ、大丈夫。そんなに大幅に小さくする予定はないから」
「なんだ、そうなのね。ならそれはそれでいいかしら」
あっさりとOKが出た。実際、レンとしてもどうせなら胸が大きい方がいいし、また服や下着を買い直すのもできれば避けたいところである。
「ちなみにその気になれば美少年になったりもできるみたいなんだけど」
「あー。そういうのはそこまで興味ないかな。たまにならアリかもだけど」
「そっか」
ひょっとするとみんな男子に興味がなくなっているのだろうか。だとしたら確実にレンのせいなのだが、若干心配になってしまう。
と、くいくいとレンの服の袖が引かれて、
「どうかした、メイ?」
メイにじーっと見つめられた。
なにも言わない彼女としばし見つめ合っていると、ぴんと立てられた人差し指でメイ自身を指し始める。
「ご主人様。私にも餌を与えてください」
「あ。例の生命力の提供ってこと?」
「そうではなく。いえ、それでも構いませんが、私のことも構っていただかないと不満です」
彼女がそんなことを言い出すとは。いや、以前から「仲間外れは嫌だ」という主張をすることはあったのだが、性欲のないメイはそういうことをしなくてもいいものだと思っていた。
心境の変化でもあったのだろうか。それとも、もっと単純な理由なのか。
「私の柔らかいものをお好きなだけ揉んでいただいて構いませんし、挟んだり擦りつけたりしていただいてももちろん構いません。こんなこともあろうかと身に着けたテクニックをお見せしましょう」
そんなことを言われると逆に「じゃあお願いします」と言いづらくなるのだが。
「うん。じゃあ、今度からはお世話になります」
夜に「一緒に寝る」相手がまた一人増えてしまった。
ここまで来ると当番表かなにか必要なのではないかというレベルだが、誰のせいかというとこれも間違いなくレン自身のせいだった。