クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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今年の転移は大きな事件が起こらないので一足先に? 転移者視点を利用した「レンさんエロくね?」回です


【番外編】三十二年目のとある転移者(前編)

 正直、当たったらどうしようとは思っていたのだ。

 三十年以上続く神隠し。

 最近──ここ十年くらいはニュースで報道されるたびに「ああ、もうそんな季節か」なんて呟かれていたこの現象は、三十年を超えたあたりから再び大きく問題視され始めた。

 最初の世代が四十代中盤になって金も立場も持つようになったことも関係しているらしい。

 警察の捜査とは別に独自に情報提供の呼びかけなんかも行われているし、なんとかしてこの現象を阻止するべきではないかという話も大きくなった。

 

 例えば、神隠しの時期だけすべての高校を休校にするとか。

 

 しかし、現実的ではないということで話は進んでいない。神隠しが起こる日付が一定ではないのもあるし、私立の高校全てに協力を取り付けるのも不可能に近い。なにより、そこまでしてもどこか別の場所で神隠しが起こるだけだったら目も当てられない。

 というわけで、結局のところ世の高校生は「自分が被害者にはなりませんように」と祈りながら登校する者がほとんどで。

 かくいう彼もそういう一人だったのだが。

 

 まさか本当に神隠しに遭ってしまうとは思わなかった。

 

 移動した先が異世界だったのは良い。賢者を名乗る男からダンジョン攻略を求められたのも良い。ラノベやマンガを好み、毎シーズンの新作アニメ情報に一喜一憂する彼にとって異世界転移・転生はありふれた概念だったし、もしかしたら「そういうこと」が起こっているのかもしれないという妄想もしていた。

 問題なのは、楽しみにしていたマンガやラノベの新刊、アニメの続きが見られなくなってしまったことだ。

 こんな娯楽の少ない世界で何を楽しみに生きていけばいいのか。

 

「帰りたかったら命がけで戦えとかふざけてんのかよ!?」

「いいからうちに帰してよ!」

 

 クラスメートたちがやり場のない気持ちを言葉にしている。

 神殿と呼ばれた石造りの建物内には同じクラスの全員が揃っていた(欠席者は除く)。公立の中堅校なので個性は豊かだ。

 ただ、彼と同じ理由で憤っている者はいないようだ。まあ、部活の大会がどうとか好きなアーティストのライブがこうとか言っている者はいるが。

 

「……気持ちはわかる。私もかつてはそうだったからな」

 

 賢者は三分の一ほどの年齢しかない集団を相手に怒ることもなく言葉を続けた。

 

「だが、帰る方法は現状存在しない。帰ることができるのなら君達の見たニュースの内容は大きく変わっていただろう」

 

 異世界に行く方法、そして帰還の方法がある。そんなことがわかったら大騒ぎになるだろう。国が大々的にチームを発足して調査に向かわせるなんて話にもなるかもしれない。

 ある意味残酷なやり方ではあったが、クラスメートの多くが黙るか語調を弱めるかした。

 そこに、さらなる説得の言葉。

 

「私一人の見解では不足かもしれないな。そこでもう一人、転移者の仲間に来てもらった。彼女の姿を見ればここが異世界だと理解しやすいだろう」

 

 そう言って、賢者は神殿の隅の方へと合図をした。

 変だとは思っていたのだ。隅に衝立が置いてあって、一人か二人が隠れられるスペースがある。件の人物はそこにいたらしい。

 無駄なサプライズだ、という感想は現れた少女を見て一気に吹き飛んだ。

 

 ──翼と尻尾を備えた美少女。

 

 歳は彼らと変わらない。十五、六歳くらいだろうか。白い肌は見るからにすべすべ。悪魔のような翼と尻尾は対照的に黒く、それが全体的なフォルムを引き締めている。

 紫紺の髪と瞳は妖しくも艶めかしく、やや幼さの残る顔立ちや細い腰つきはどこか清楚さを感じさせる。

 一方、胸や尻にかけての曲線は豊かで、つまりデカい。特に胸の方はちょっとした物なら挟んだり置いたり余裕でできそうだ。

 胸はもちろんだが、手足も細いのに柔らかそうな質感がある。見る者が「太い」と思わないギリギリのラインでのむっちり感というかエロさというか、そういうものを備えているのだ。

 彼女は何か。

 悪魔娘、と形容するのは簡単だが、ここはもっと相応しい言葉があるだろう。

 

「サキュバス……!」

「ほう、知っているのか。そう。彼女はサキュバスだ。悪魔の一種と言うべきかそうでないかは議論の余地があるが、ともかく、他者の精気を吸ってエネルギーとする種族だ」

 

 もっと端的に言えばエロい事が食事になる。

 クラスメートたちがそこまで知っているかは不明だが、男子どころか女子まで釘付けになっているあたり説明しなくてもなんとなくは伝わっていそうだ。

 そんな中、彼女はにこりと微笑んで流ちょうな日本語を紡いだ。

 

「はじめまして、レンです。わたしも二年前、みなさんと同じようにここへ転移してきました。こんな見た目ですけど、元は平凡な日本人だったんですよ」

「マジかよ」

「マジです。みなさんに与えられる『祝福』……特典のようなものは人それぞれ違っていて、中にはわたしのように種族まで変わってしまう人もいます。でも、みんな新しい生活になんとか折り合いをつけて暮らしているんです」

「レンは若手の中で最も深くダンジョンに潜っている。もしかすれば、彼女のパーティがいずれダンジョンをクリアするかもしれん」

 

 情報が多すぎて理解が追いつかない。

 とりあえず、レンなら確かにダンジョンとやらにも挑戦できそうだ。いかにも魔法とか使えそうだし。

 とか言っている間に彼らにも例の『祝福』が与えられ始めた。再び騒ぎが起こり、力が付与されるとお互いの姿──服装の変化にわいわいと声が上がる。

 残念ながらというべきか、それとも幸運にもと言うべきか、種族が変わった者はいなかったようだ。

 どうせなら可愛い女子にネコミミでもつけば良いのに。

 

「みなさん、職業(クラス)が与えられたようですね。その力があればみなさんでもダンジョンに潜れます。……もちろん、危険はありますし注意は必要ですけど、みんなで協力して頑張れば必ず道は開けるでしょう」

「ダンジョンか。ちょっと面白そうだな」

「でも危ないんでしょ? それともレンさん? がついてきてくれるの?」

「わたし一人では指導の手が足りませんし、最初から先輩に頼る癖がついてしまうと後で困る可能性が高いんです。だから、なるべくクラス内でパーティを組んでください」

 

 残念だ。こんな美少女と一緒に冒険できるならダンジョン攻略もさぞかし楽しいだろうに。

 

「あの。レンさんのパーティはどんな感じなんですか?」

 

 参考に、と言い訳しつつ彼は質問した。すると驚いた様子もなく返事が来て、

 

風精(シルフィード)のフーリにハーフエルフのアイリス、ゴーレムのメイ、妖狐のシオン、それからダークエルフのミーティアだよ」

 

 全員異種族のうえに女の子。

 瞬時に浮かんだ妄想で頭の中がひどいことになった。そして恐ろしいことに、妄想した美少女達の姿は当たらずとも遠からず、あるいは妄想以上と言ってもいい美少女達を後に彼は見ることになる。

 しかも美少女サキュバスと目が合った。わざわざ敬語を崩して答えてくれたということはもしかして自分に気が(以下略

 

「戦うのが怖いという人は街で働いてもらうこともできます。得意なことがある人はそっちの方がいいかも。でも、稼ぎたいならダンジョンがおススメです」

 

 家と家具、当面の食料と軍資金は提供されるものの、そこから先は自分たちで稼いで調達していかなければならない。

 生産を主とする裏方の職業は仕事量が人口に比例するため、いくらでも受け入れてもらえるわけではないし稼げる額にも限界がある。その点、ダンジョンなら頑張った分だけの報酬が約束されている。

 とはいえ罠やモンスターとやりあうのは恐ろしいわけだが、

 

「……ちなみに、街には息抜きできる場所もあるよ? お酒を飲んだり食事できるところや服が買えるところ、それから、男の子にはえっちなお店とか」

「……えっちなお店!?」

「最低」

「変態」

 

 釣られるように男子の一人が声を上げ、女子からゴミのように侮蔑された。

 仕方ない。あんなエロい美少女がほんのり頬を染めながら「えっちなお店」とか言ったら反応しない方がおかしい。誰も声を出さなかったら声を上げていたのは彼だったかもしれない。

 なお、当のレンは女子から敵意の眼差しを向けられていなかった。彼女たちも圧倒的格上に表立って喧嘩を売りたくはないのである。

 それはそれとして、えっちなお店である。

 レンとお近づきになるのはおそらく難しい(彼氏くらいいるだろう)としても、欲求不満は解消したい。お店があるのだから利用してもいいはずで、つまり金はいくらあってもいい。

 

「ダンジョン、行こうかな」

 

 男子を中心に、クラスからダンジョン攻略希望者が多数発生した。

 かくいう彼もその一人だったのだが、

 

「……なあ。お前のクラスってなんだっけ?」

「え? 超能力者(エスパー)だけど」

「っ! じゃ、じゃあ、あのレンさんの裸とか透視できるんじゃね!?」

「なん、だと……!?」

 

 さっそく(ある意味で)道を踏み外すことになった。

 なお、レンが同性愛者で、パーティメンバー全員と深い仲だという事実を彼が知るのはもう少し先の話である。

 人生そんなに上手くはいかない。それはわかっているが、なにも美少女同士でくっつかなくてもいいじゃないか、と思わざるをえなかった。


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