クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった   作:緑茶わいん

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対策

 上り階段を使う判断は賭けだった。

 失敗すれば狭い通路で争うことになりかねない。いっそ広いボス部屋で迎え撃つ手もあっただろう。

 しかし、結果的に賭けは成功。

 追いつかれる前にダンジョンを出て神殿の階段を下りることができた。

 

「……神殿で待ち構えられた方が危なかったかもな」

 

 早足で離れつつ階段の方を振り返って呟く。

 

「さすがにあいつらも神殿では戦わないでしょ。……っていうのもだんだん言いづらくなってきたけど」

「本当にあの人たちだったんでしょうか。他の人だったのかも」

「ああ。一応、確かめておくか」

 

 帰りに街の人へ聞き込みをしたところ、タクマともう一人が神殿に行くのを目撃されていた。一人足りないのは別行動で見張りをしていたからだろう。

 言質が取れたことで優しいアイリスの表情も曇った。

 

「何かあったのか?」

「助けを求めたわけでもないのに応援が来たんです。万が一を考えて会わずに逃げたんですが……」

「それは困るな」

 

 街の人はレンたちの味方をしてくれる。

 卑怯な手を使ってまで「仲間割れ」する輩は他の人間にとっても害でしかない。攻略の人手が無為に減ることになる上、初心者狩りのような行為さえ誘発しかねないからだ。

 

「こっちから上の人達に話を通しておく。しばらくの間、交代で見張りを立たせるくらいはできると思う」

「ありがとうございます」

 

 人目があれば変なことをしづらくなる。タクマたちだって今年の転移者。一年以上の経験を持つ他の転移者には敵わない。

 

「仲間、増やした方がいいかもな」

 

 家まで無事に帰り着いた後はそういう話になった。

 

「そうだね。こっちの方が人数多ければ手も出しづらいだろうし」

「買い出しに行くときもその方が安心ですね」

 

 二人からも反対意見は出なかった。

 となるとどうやってメンバーを見つけるかだが、

 

「アイリスちゃんの妹にお願いできないかな?」

「妹たちまで冒険に出てしまうと狩りが滞ってしまいます……」

 

 おそらく保護者からの許可も出ないだろうからこれは却下。

 となるとクラスメートにあたるか、先輩たちにお願いするか。

 フーリたちの安全を考えると追加メンバーも女子がいい。そのうえでレンに忌避感がなく、アイリスにも嫉妬しない人物となると、なかなかハードルが高い。

 タクマたちが仲間を増やせていないのだからレンたちだって難しいはずで、

 

「明日にでもいろいろ話をしてみるか」

 

 チャレンジするだけしてみよう、という結論にしかならなかった。

 

 

 

 最初に話を持って行ったのはクラスメートの女子。

 女子だけで組んでいるパーティが一つあり、その家はフーリが知っていた。

 彼女たちを尋ねて事情を話すと、

 

「うわ、あいつそんなことしてるんだ……」

「前に誘われたけど断ってよかった」

 

 と、概ね同情的ではあったものの、

 

「ちょっと人数がなあ。三人合流すると多すぎるし、誰か一人だけうちから抜けるのも困るんだよね」

 

 とても納得できる理由で断られた。

 男子と組んだ女子に話を持っていくのは勇気がいるし、これであっさりクラスメートは打ち止め。

 いくつかの先輩パーティにも話を振ってみたものの同じような回答をされた。

 たまに良い返事をもらえたかと思えば、

 

「仲間になったらこっちの指示に従ってもらうけど、それでも良ければ」

 

 それは困る、と丁重にお断りした。

 向こうの方が先輩なのだから当然ではある。ただ、それだと「アイリスを守る」と約束したのが嘘になりかねない。

 連日ハードなダンジョン攻略を指示されて命の危険が及ぶ可能性だってある。

 相手を信用しないわけではないけれど、面と向かってそう言ってくる以上、慎重になるべきところなのは間違いない。

 

 何年もここにいる人たちの中には結婚をして家庭を持っていたり、戦闘向きではないクラスで店や職人をしている人も多い。

 そういう人たちは本業があるし、彼らの時間を奪ってしまうと逆に街の機能がマヒしかねないので無理に誘うこともできない。

 

「……やっぱりなかなか難しいな」

「わかってはいたけど、めぐり合わせって大事だよね」

 

 あちこち回っている間に日が暮れかけてしまった。

 

「疲れたー。ねえ、レン。もう今日は外食にしない」

「そうするか。たまには贅沢しないとな」

「やった! アイリスちゃん、好きな物頼んでいいからね」

「本当ですか……!?」

 

 飲食店は街に何軒かある。その中で三十代の女性が営むレストランを選び、夕食を済ませることにした。

 二階をクリアして収入もあったのでたまの贅沢である。

 街の洋食屋さんを模した店内は清潔かつ落ち着いていて居心地がいい。利用者も元日本人およびその子供なので最低限のマナーはできている。

 

「わ、ハンバーグにビーフシチュー、グラタンもある! どれにしようか迷っちゃうなあ」

「季節の天ぷら……美味しそうです」

 

 フーリはなかなか食べられない凝った料理に目を輝かせ、家で狩りをしているだけあって肉料理はわりと食べ慣れているアイリスは野菜が美味しく食べられる料理に目を付けている。

 レンとしてはやはりがっつり系のメニューに視線が行く。

 カツ丼か、カツカレーか。ハンバーガーとポテト、ドリンクのセットなどという心躍る文字も見える。洋食屋と言いつつなんでもアリな感じなのも日本風だ。

 

「新人さん? 女の子ばっかりで大変ね」

 

 サービスの水を運んできてくれた店主が柔らかく微笑んでくれる。

 ちなみにサービスというのは雰囲気だけで、その分、料理の方の値段が高めに設定されている。ここでは水も有限なのだ。

 

「俺、水を作るバイトとかしたら役に立つかな」

「ん? 俺って?」

「ああ、この子は男の子なんです。『祝福』でサキュバス引いちゃって」

「ああ、あなたがあの。本当に女の子にしか見えないんだ」

 

 驚いたように言った店主は少しだけ話に付き合ってくれた。

 

「男の子の目が気になるんじゃない?」

「本当に困ってます。そのせいでパーティ抜けることになって……」

「今日も仲間を探しに歩いてたんですよ」

「なるほどね……」

 

 同情するように頷いた彼女は「うーん」としばらく考えた後で、

 

「仲間のいない女の子なら何人か知ってるから紹介しましょうか? 仲間になってくれるかは交渉次第だけど」

「本当ですか!?」

「困った時はお互い様でしょう? その代わり、また食べに来てくれる?」

「もちろんです」

 

 料理ももちろん美味しかった。

 フーリはハンバーグセット、アイリスは野菜天ぷら定食、レンはカツ丼をオーダー。久しぶりの味に涙さえ出そうになった。むしろ頼まれなくても通うレベルである。

 ついつい調子に乗ってデザートまで注文してしまったので、もしかすると店主はなかなかのやり手と言えるかもしれない。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「ここ……ですか?」

「……っぽいな」

 

 ローブの裾を掴むアイリスに呟くようにして答える。

 洋食屋の店主から紹介してもらえたのは全部で三人。二人に話をして断られ、最後に訪れたのはひっそりとしたとある路地だった。

 近くには生活必需品を扱う店はなく、雑貨や薬草など利用者の限られそうな店といくつかの家が並んでいる。これが日本なら歩くのを少し躊躇ってしまいそうな場所だ。

 変な輩が少ない分、この世界ならむしろ安全なはずではあるけれど。

 

「タクマたちが行ってた風俗ってこんなところにあるんだね」

 

 路地の向こうにある()()()のはフーリが言った通りの店だ。

 まさか、このメンバーでこんなところへ来ることになるとは。

 前のパーティにいた頃「自分も連れていってくれ」と言ったら「働きに行くのか?」と馬鹿にされたのを思い出したレンは思わず顔をしかめた。

 

「まあ、行ってみよう。紹介状があるし、怒られはしないだろうし」

 

 レンとフーリでアイリスを挟むようにしながら路地へ。

 道にゴミなどは落ちておらずいたって清潔。少し進むと開けた場所に出た。

 あったのは洋館風の建物だ。

 窓の向こうには明かり。行くなら午後の方がいい、ということだったので来たのはおやつ時。

 

「こんにちは」

 

 ノッカーで玄関を叩くと、しばらく待ってから女性が顔を出した。

 

「誰? 店が始まるのはまだ先だけど。……それとも、もしかして働きたい子?」

「すみません、人に会いに来たんです。これが紹介状で……」

「ふうん?」

 

 歳は二十代中盤だろうか。髪が長く、なかなかに整った顔立ち。短く切り揃えた爪には青いマニキュア。薄く化粧をしており、下着と寝間着の中間のような服を身に着けている。

 彼女は紹介状を一瞥した後でレンたちを見て、

 

「ああ、新しくこっちに来た子たちか。……じゃあ、もしかしてあなたがサキュバスになっちゃった子? タクマくんたちの仲間だった?」

「あいつのこと知ってるんですか?」

「もちろん。あの子たちには儲けさせてもらってるから」

 

 これにフーリがジト目になって、

 

「……高いお金払って、こんな美人に相手してもらってたんだ」

「あなたたちだって可愛いじゃない。うちで働いてくれたら絶対人気出るんだけどなあ」

「あはは。すみません、私そういうのはちょっと」

 

 愛想笑いをしながら受け流すフーリ。アイリスは身を屈めながらレンの後ろに隠れた。そのレンの頬には女性の手が伸ばされて──。

 

「綺麗な顔。これで男の子とか反則じゃない?」

 

 日常的に行っていると思われるごく自然な動作で顔と身体が近づけられた。

 ほのかな石鹸の匂い。

 下手に唇か胸に触れてしまいそうな距離。ちなみに彼女の胸は三人とは比べ物にならないくらい豊かだ。

 

「……ね? ただでいいから私としない?」

 

 甘い吐息が首と頬を撫でる。

 魅力的すぎる誘惑に思わず首を縦に振りそうになると、

 

「レンのって可愛い感じだからたぶん満足できないと思いますよ」

「レンさん。ここにはそういう目的で来たんじゃないですよね……?」

 

 寄ってきたフーリに脇を小突かれ、アイリスに後ろからローブを引っ張られた。

 

「残念ですけど、お断りさせてください」

「そっか。……うん、本当に残念。気が変わったらいつでも言ってね」

 

 微笑んで身を離すと、彼女は「姉さんなら仕事中だと思うから、案内してあげる」と言った。

 

「姉さん?」

「私が紹介相手だと思った? 残念。あなたたちのお目当ては娼婦じゃなくて、娼館(うち)の経営者っていうか保護者みたいな人だよ」

 

 豪華なホテル風の建物内を奥──店舗ではなく裏へと向かって進み、一枚のドアの前へ。

 

「姉さん、人が会いに来たんだけど。レストランのマスターからの紹介だって」

「どうぞ、入ってもらって」

 

 穏やかな声。

 

「失礼します」

 

 中は清潔感のある落ち着いた造りになっていた。壁には本や書類の棚が並び、奥まった場所には作業用の机。手前にはソファと背の低いテーブル。校長室とか社長室を思わせる雰囲気だ。

 娼館のオーナーと言うから部屋にベッドでも置いてあるかと思えばいたって健全。

 奥の机に座っていた女性はレンたちを見ると「ようこそ」と立ち上がり、柔らかく微笑んだ。

 

「この館の経営をお手伝いしているマリアベルです。どうぞよろしく」

 

 本名は鈴谷万梨阿というらしい。

 

「源氏名というわけではありませんが、長い名前の方がそれっぽいでしょう?」

「確かにそうかも。レンももっと長い名前にしてみる? レンレンとか」

「なんかパンダっぽいぞその名前」

 

 ソファに向かい合って座り、まずは雑談──と思ったらさすがに脇道に逸れすぎた。

 くすりと笑ったマリアベルに「すみません」と謝ると、

 

「いいえ。なんだかそういう会話を聞くとほっとします。ここにいるとどうしても日本のことは忘れがちになってしまいますから」

「マリアベルさんは、やっぱり日本に戻りたいですか?」

「ええ、できるのであれば。と言っても、私自身は直接()()に向けて進んでいるとは言えませんが」

「姉さんは頑張ってるじゃない。ここの経営だって立派なサポートだよ」

「サポート?」

 

 アイリスがポニーテールを揺らして首を傾げる。

 マリアベルは「若い方、それも女性には難しいですよね」と頷いて、

 

「ダンジョンの攻略は生と死が隣り合わせ。モンスターとの殺し合いや罠への警戒は神経をすり減らし、人間的な感情を削り取っていきます。特に男性は矢面に立たされやすいですから、彼らが心安らぐ場も必要だと私は考えています」

「そっか、だから娼館なんだ」

「私みたいに戦いにも生産にも向いてないクラスの子もいるからね。そういう子でもここなら働けるし、男の子にいっぱい求められるってけっこう気分がいいんだよ」

 

 『娼婦』などといった直球のクラスもある、と聞かされて、レンは失礼ながら少しほっとした。

 

「変な『祝福』に当たったのは俺だけじゃないんですね」

「『祝福』の内容は多岐に渡ります。当人の適性に応じて定められる場合が多いようですが、中には意図の掴めないものも含まれるようです」

「レンちゃん──レンくん? のサキュバスなんて、それこそここで働くためのクラスな気がするけど」

「当人が望んでいないものを無理強いするのは良くありません。……さて、ご用件はパーティ加入のご依頼、ということでしたね」

「はい」

 

 レンはマリアベルに自分たちの事情を語って聞かせた。

 もちろん、タクマたちの所業についても。

 

「あー、タクマくんたち、そんなことしてるんだ。ごめんね、迷惑かけて」

「いえ、元はと言えば俺たちにも責任があるので……」

「あの、それでどうですか? 無理にってわけじゃないんですけど……」

 

 経営者という立場にある人だ。

 レンは「おそらく断られるだろう」と思ったし、フーリの口ぶりからもそれが伝わってくる。

 アイリスは不安そうに一人一人の顔を見つめ、マリアベルはそんな三人を落ち着かせるように微笑んだ。

 

「いくつか条件があります。もし、それを呑んでいただけるのであれば喜んで」


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