ファー・ファー・アウェイ   作:Sashimi4lyfe

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嘘と非情の町、ナイピ

時は西暦1950年。

 

我々の世界では第二次世界大戦が終結し、人々が平和な生活を取り戻しつつあった時代。

しかし、この物語では世界は平和とは呼び難い状況にあった。

 

約200年前、空想の産物と思われていた怪物たちが突如現れ、世界を恐怖と混乱の渦に陥れた。

産業革命が起こって久しく、科学的進歩に夢を膨らませていた人類はあらゆる手段を使い、必死に抵抗したが異様な生態能力を誇る怪物たちには彼らの努力は水の泡と化した。

 

生き残った人類たちは、科学がもたらした発展を捨て、寄り添い合って生きていくことを余儀なくされたのだ。

 

ここはビルマ国、ナイピ町。

 

町、と言っても200年前の怪物たちの襲来を逃れた者たちが寄せ集まり、何とか外の怪物たちから身を守るために設立したスラムのような場所である。

 

このナイピ町の市場に、一人の少年と中年の男が人の波に紛れて歩いていた。少年はここに来たのが初めてなのか、辺りをひっきりなしにきょろきょろしながら眺めている。一方、男の方は落ち着いた様子で一定の速度を保ちながら歩いていた。

 

彼らの目的地はこの町の質屋。この町までの道中で手に入れた()()を通貨と交換しようとしていた。やがて彼らは質屋にたどり着くと、店の主人と交渉を始めた。

 

「らっしゃい...」

 

主人は二人の顔を険しい顔で見つめると、この二人がよそ者であると確信した。

 

(こいつぁ助かったぜ。ちょうど一儲けしたかったとこなんだ。外人なら少し()()()()()()ってバレねぇだろ。)

 

少年の方が先にバッグに入っていた品物を取り出し、カウンターに置いた。

 

「おじさん、これいくらで買い取ってくれるかな?」

 

カウンターに置かれたのは、深みを含んだ青色の羽根だった。毛並みが綺麗に整い、(かく)がしっかりとしたその羽根は素人目にも貴重品だとわかるほどに美しかった。

 

(こりゃあツキミドリの羽根じゃねぇか...まさかこの小僧、あの幻の野鳥を捕まえたんじゃ...そんなわけねーよな。)

 

「うーん...坊ちゃん、こりゃ綺麗な羽根だけど、そこら辺にいる鳥の羽根だぜ?お前、質屋は初めてだろ?」

「うん、そうだけど。」

「そうか、そうだと思ったぜ。普通どこの質屋でもこんな野鳥の羽根なんざ買ってやらねぇんだが...まぁここで会えたのも何かの縁だ、銅貨5枚で買ってやるよ。これで何かうまいもんでも食べな。」

「そっかぁ...珍しい鳥だってザンジが言ってたんだけどなぁ。」

「そりゃあきっと見違えたんだ。じゃ、失礼して...」

 

店主が羽根に手を伸ばし、どこかにしまおうとしたその時、隣にいた男が店主の手をがっと掴んだ。

 

「金貨2枚。」

「...あ?」

 

威圧的な声で店主が男に問いかける。

 

「今、なんつったい?」

「金貨2枚もらう。それ以下は受け取れん。」

「寝言は寝てから言いやがれよ、この野郎。てめぇに何が...」

 

店主が瞬きをしたその瞬間、彼の首元には刃が今にも食い込もうとしていた。1秒ほどの間の後、店主は自分が置かれている状況を理解し、顔から見る見るうちに血の気が引いていった。

 

「ダメだ、ザンジ!」

 

少年が急いで男に刀を遠ざけるように諭す。

 

「殺しはだめだよ、絶対に!」

「...安心しろ、殺しはせん。」

 

くるり、と刀を一回転させると男は刀を鞘に戻した。

 

「それで?」

「は...はい...?」

「どうなんだ?この羽根の値段は?」

「き、金貨2枚だ!な、なんなら銅貨5枚もつけてやる!」

 

少年がザンジと呼んだ男はゆっくりと腕を組むと、店主に早く金を出すよう目配せした。すると店主は血相を変えて金貨2枚と銅貨5枚を取り出し、カウンターに置いた。

 

「金貨2枚と、銅貨が1、2、3、4、5枚。うん、揃ってる!ありがとう、おじさん!」

「..邪魔したな。」

 

少年は通貨を小銭入れにしまうと、機嫌よく店を後にした。その後を少し不機嫌そうにザンジがついて行く。彼らが去っていくのを確認すると、店主はあまりのプレッシャーからか、床に崩れ落ちてしまった。

 

一方、少年はさっき起こった出来事を忘れたかのように上機嫌で市場を歩いている。彼を軽く叱るように、ザンジは話しかけた。

 

「ゲン、言ったはずだ。この町は嘘でまみれていると。俺が居なければ金貨2枚分損をするところだったんだぞ。」

「そうだけど...でもいいじゃん。銅貨5枚も付けてもらったんだし。これで何か買って食べようよ!」

「全く、お前ってやつは...その前に宿を探すぞ。」

「えぇー?おなか空いたよぉー!」

 

ザンジは無言で宿屋へ向かってやや急ぎ足で歩いていった。その背中をゲンは仕方なくついて行くのだった。曲がりくねったスラムの路地をザンジはすたすたと歩いていく。まるでこの場所をよく知っているようだった。

 

そして、5分も経たないうちに二人は小汚い宿屋にたどり着いた。受付には少し年老いた女が座っていたが、彼女は読んでいた本に夢中で二人に気が付いていないようだった。

 

「部屋を一つ頼む。」

「空いてないよ。他を当たっとくれ。」

 

女はちらりとザンジを見るなり即答した。

 

「ゲン、金貨を1枚。」

 

ぼそりとザンジはゲンに言い渡す。ゲンは急いで小銭入れから金貨を1枚取り出し、テーブルの上に置いて見せた。カタッという金貨がテーブルに当たる音を聞くと、女は本から目を離し、金貨を手に取って見つめ始めた。

裏返してみたり、違う角度から見て見たりした後、女は引き出しから古びれたノートのようなものを取り出した。

 

「ここに名前と、宿泊期間を書いとくれ。」

 

ゲンはさっそくペンを手に取り、自分の名前を書き始めた。

 

「ゲン・メルカドっと...ザンジ、いつまでここにいるんだっけ?」

「二日後にはこの町を出る。」

「よし!じゃあ○○月××日から、×△日まで、っと。ほら、ザンジの番だよ。」

 

ザンジはペンを受け取ると、素早く『ザンジュウロウ・キリシマ』と書いた。

 

二人が名前を書き終わるのを確認すると、女はだるそうに立ち上がり、二人についてくるよう目配せした。

 

「あんた、いくつだい?」

 

古びた廊下を歩きながら女は尋ねる。木製の床は体重がかかる度にきしみ、今にも穴が開きそうだった。

 

「俺?俺は12歳だよ!」

「12?そんな子供をこのナイピ町に連れてくるなんて、無責任な親もいたもんだねぇ。」

「親?あぁ、ザンジのこと?ザンジは俺の父さんじゃないよ。俺と一緒に龍の祠まで行くために旅をしてるんだ!」

「龍の祠?...まぁせいぜい頑張っとくれ。」

 

女は廊下の突き当りの部屋にたどり着くと、ザンジに鍵を渡した。

 

「朝飯は8時。便所は受付の近くにあるからそれを使っとくれ。」

「分かった。ありがとう、おばさん!」

 

笑顔で礼を言うゲンに、女は軽く微笑むと受付へと戻っていった。

 

二人はさっそく部屋に入り、荷物を下ろした。60平米ほどの小さな部屋をベッドがほとんどの敷地を占め、小さな窓が一つついている。

 

「この部屋で金貨一枚か。舐められたもんだ。」

 

ザンジは少し黒ずんだ床に胡坐をかき、不満気味につぶやいた。

 

「ねぇザンジ、宿も見つかったんだし、何か食べに行こうよ!」

「...少しは落ち着いてられんのか。」

 

そうぼやくと共にザンジの腹が鳴った。

 

「ほら、ザンジだって腹ペコじゃないか!」

「...」

 

小恥ずかしそうにザンジは顔をしからめながら立ち上がると、外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

二人は市場で適当に何か食べ物を探すことにした。揚げ物や串焼き、煮物などバラエティー豊かな料理が店頭で売られている。使われている食材の中には野菜や豆類などわかりやすいものもあれば、得体のしれない肉でできているものもあった。

 

「どれにしようかなぁ?迷っちゃうなぁ。」

「早く決めろ。腹が減ってるんだ。」

 

ゲンがうろうろ市場をさまよっているうちに、大通りにたどり着いてしまった。

 

しかし、何か様子がおかしい。大通りの中央が空けてあり、そこをみずぼらしい恰好をした人々が鎖に繋がれながら列を作って歩いている。その中には女性や子供も混じっていた。

 

「ザンジ、あれ何だろ?」

 

ゲンは行列を指さして尋ねる。

 

「あれは奴隷行列だ。」

「奴隷?」

「こいつらはこの町の金持ちに仕えるために買われたのさ。」

「じゃあ、誰かのために働くために買われたってこと?」

「そういうことだ。」

「じゃあなんで鎖で繋がれてるのさ?こんなの可哀そうだよ!働かせるためだけなら鎖でつながなくても、こんな汚い服を着させなくてもいいじゃないか!」

「...坊や、それが奴隷と言うものなのよ。」

 

ちょうど隣にいた女性が哀れみに満ちた声でゲンに説明する。

 

「この人たちはね、これからそれはそれは大変なお仕事をさせられるの。辛すぎて逃げ出したくなるようなお仕事をね。だから鎖でつながないと皆逃げちゃうのよ。」

「そんなの...あんまりじゃないか!」

 

ジャリ、ジャリと鎖を鳴らし、うつむきながら歩く奴隷たちの中に一人、異色を放つ少女がいた。

透き通るように白い肌に、宝石のように青い目。そして肌に着けられた無数のあざ。

褐色に日焼けした他の奴隷たちと違うのは一目見ればわかった。

 

「あの子も...奴隷なの?」

「えぇ。きっと西の国から連れてこられたんでしょう。可哀そうだけど、あなたぐらいの歳の子供たちもいるのよ。」

 

ザンジがちらりとゲンの方を見ると、彼の顔はこわばり、憎悪に満ちた顔で列が向かう方面を睨んでいた。

 

「...行くぞ、ゲン。」

 

ゲンの肩にザンジはそっと手を置いた。

しかし、ゲンは動じなかった。表情を変えぬまま、ずっと同じ方向を睨んでいる。ゲンのこの表情をザンジは見たことがなかった。

 

(こんなことをする奴を、俺は絶対に許さない。)

 

少年が初めて目にした、この世のあまりに不条理な現実。

 

その衝撃は、ゲンの心に燃え盛る炎を灯したのだった!

 

 

 

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