自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな 作:エンゼ
「桜子ちゃん、本当に大丈夫?」
「はい、大丈夫です。行ってきます」
次の朝。桜子はちひろの家から、元々通っていた学校へ向かい出発した。歩んでいく桜子の後ろ姿を見ると、引き留めたくなってしまうちひろ。
しかしそれは桜子が望まない。一体どうしてこうなってしまったのか。昨晩のことをちひろは思い出し始めた。
──────
「学校に行くって……え? どうして?」
いきなりのことでちひろは疑問符を浮かべ混乱。話の流れに合わないのだ。
あまりにも唐突すぎる申し出。何故急にそれを言い出したのか、桜子に聞き返した。
「……行かないと、だめだから」
確かに、桜子は義務教育の真っ最中。そのため学校に行かなくてはならないのは当然のこと。
ただしそれはあくまで普通に学校生活を送れていた場合。事情があれば不登校になってしまうのは仕方がない。
「違うわ桜子ちゃん。どうしてこのタイミングで行きたくなったの?」
暗に、無理はするなと告げるちひろ。
学校に行くことに対して、ちひろはそこまで焦らなくてもよいとは感じている。確かに他の学生と一緒に勉強をし、共に育っていく環境が大事であることは理解してる。
しかし桜子は勉強に関しては今の歳にしては出来ているほうではあるし、人との交流についても事務所で賄えている。
それに、いじめがあった学校に無理に行くことについて、ちひろは良くは思っていなかった。
「……」
桜子は無言。なんと言えばいいのか、迷っているようだった。
「……」
ちひろもちひろで、どうしてこんなことを言い出したのかを考えていた。
わざわざこの文脈で全く関係ないことを話すような理由はない。となれば、その前の会話と結び付く点があるのだと至った。
まずは一点。それではどこがこれと結び付いているのか。
思い返す。桜子とさっき交わした会話を。とはいっても少ないので、すぐにはっきりと思い出せた。
出てたキーワードは『味方』『いじめ』。これらを統合し、考え出したちひろは──ある一つの結論に達した。
「(ここを、事務所を、安心できる場所と見てくれるようになった……?)」
少しぶっ飛んだような考えではあるが、これだと辻褄は合う。
「(この事務所で誰もいじめるような人はいないと分かった。もしかしたら、あそこで立っていた時、他の人からも私と同じことを教えてもらったのかもしれない。一応、大人組には声をかけておいたから)」
考えは留まるところを知らない。
「(つまりここはもう桜子ちゃんにとって、帰ってこれる場所になった。だからこそ、いつでも安心して帰ってこれる場所を見つけれたからこそ、学校に行こう考えた……?)」
だとしたら嬉しいことだろう。今桜子が元気がないように見えるのは、それを伝えるのが恥ずかしいから……とすることも可能ではあるのだ。
ただポジティブに捉えすぎることもよくない。勿論悪いケースもちひろは考えていた。
「(もしくは、学校がマシと思えるほどのいじめを受けていたってことも考えられる。これまでの前提がひっくりかえるけど、可能性はなくはない)」
しかしどちらにも言えることは、学校に行くというのとは事態を好転させる可能性があるということ。
さらに、これは今まで桜子が出すことの無かった我儘(にしては非常に弱いが)である。出来れば尊重してあげたいと思うちひろではあったが、明確な理由が見えてこない以上迷ってしまう。
「(……でも、これは結局推測でしかないのよね)」
上で挙げたのはあくまでちひろの仮説。先ほどの仮説では欠陥が多すぎるため確実なものとは言えない。
実際はもっと悪い理由であったりするかもしれない。これがはっきりしない限り、極力ちひろは行かせたくなかった。
珍しい桜子の我儘を聞いてあげたい感情、理由が見えてこず行かせたくない感情、二つが織り交じっていた。
後者に関しては桜子がはっきりと言えば解決する。しかし、桜子は黙ったままだ。
「……言いたく、ない?」
「……」
ここで桜子が何を言おうと、ちひろは責めたりするつもりはない。全てを受け入れるつもりであった。その覚悟は引き取る時にはしていた。
だが桜子にはまだ伝わっていなかったみたいだ。そこに対し非常に悲しいと思いつつも、ちひろはある問いかけをした。
「……ねぇ、聞かせて」
「……?」
「学校、行きたいのよね。久々だし、学校に話をしたとはいえ、またいじめられるかもしれない。本当にいいのね?」
「……うん」
「保健室登校、という手段もあるわ。徐々に学校に慣れていくってこと。それなら誰にも会うことはない。それじゃダメ?」
「……それじゃ、いや。ふつうに行きたい」
揺さぶりに耐え、桜子は意志を変えなかった。
そうなれば、ちひろは答えを一つしか出せない。自分の思いと桜子の思いの折衷案、すなわち妥協案を。
「じゃあ、いいわ」
「! いいの!?」
「その代わり、我慢はしちゃだめ。辛いなって思ったら、すぐに帰ってくること。先生には話しておくし、明日私は休みで一日中家にいるから。逃げちゃダメなんて絶対に思わないでね? これだけ、約束出来る?」
「できる!」
即答。ここまで学校に行きたかったのかと思わせるほどの声量だ。
少し驚いたが、敢えてここでは理由を深堀しないようにした。
「じゃあ、帰りましょうか」
「え、でも」
「寮長さんには話しておくから。夜ごはん、何がいい?」
「えっと、じゃあ──」
──────
結局、何故いきなり桜子が学校へ行きたくなったのか、どうしてあそこで黄昏ていたのか、何も分かっていない。
そのため今ちひろに出来ることは、帰ってきた桜子を出迎える準備だけだ。
「……無理はしないでね。桜子ちゃん」
桜子が見えなくなった道を、しばらくの間ちひろは眺め続けていた。
その表情は、さながら旅立つ子を心配する母親のようであった。
────────────
事務所はもうダメだ。
わたしの価値の根底であるもやもやが集められない。
事務所のアイドルが多くやってくるあのカフェの店員さん、そして事務所のことで知らないことはないお姉さんがそう言ってたから間違いない。
これまでの努力は無駄だったことがはっきりしたわけだ。
だから最終手段。学校しかない。
確かに事務所では、アイドルとしての基礎を高めるには必要だ。ボーカル、ダンス、ビジュアル、これらを効率良く高め続けるなら、そのレッスンを行うことがベストであるのだから。
だけど、わたしの求められてる価値はそこじゃない。正確には、この部分では弱いのだ。もっと根本的な部分、そこを皆求めてる。
それがわたしの価値。これを築き上げるのは心のもやもや。いじめられたときに出てくるものたちだ。
事務所では誰もいじめてくれないのが証明された。だったら学校に行くしかない。わたしがいじめられた、原点に。
「……」
懐かしい道だ。アイドルになる前のわたしが毎日歩いていたこの道。何も変わっていない。
まぁ、そりゃそうかも。何年も経ったわけじゃない。こういうのは、数年経たないと変わらないもののはずだから。
だから、あの場所もきっと変わってないはず。
クラスメートの数人にいじめられて、周りの人たちは知っていたはずなのに知らない振り、勿論先生もそうだった。話しても無駄だったって嫌でも分からされた。そんな場所。
だけど、そのおかげで今のわたしがある。その点に関しては感謝しかない。わたしの価値を間接的に教えてくれたんだから。
ただ、前と違うところは、わたしの考え方だ。前は仕方ないだけだったが、今は必要になった。
勉強なんかどうでもいい。わたしはいじめられに来たのだ。
さぁかかってこい。いつでも準備は出来ている。
期待を込め、わたしは教室へとたどり着き、扉を開ける。
誰もが、こっちを見た。急に世界が静かになった。
もうまもなく始まる。苦しくも糧となった、以前の日常が。
その時を、わたしは静かに待つ───。
「あ、守谷さん! 来てくれたんだ!」
──え?
「久しぶりだねー、元気だった?」
「学校に来るの久しぶりでしょ? わかんないことあったら何でも聞いてね!」
「わ、やっぱり芸能人はオーラが違うね……。前と全然違う。かわいくなってるなぁ」
「あ……え?」
周りに出来る人の波。そして全てがわたしの知らない表情をしている。
知らない。こんなの知らない。あの時、ここの人たちはこんな顔してなかった。
お姉さんやあの店員さんとも違う、でもどこか似てる変な顔々。
でも、見たことないわけじゃない。どこか知ってる顔々。
これは、何?
ふと、ここで見知った人影がないことに気が付いた。思わず、口に出していた。
「あ……あの人たちは……?」
わたしをいじめてきていた集団。そいつらに会いにここに来たようなものなのだ。
誰を指しているのかをすぐに気が付いてくれたのか、答えはすぐに帰ってきた。
「ちょっと前に転校したよ。だから、もう大丈夫!」
……は? 何故? どうして?
何で、この時期に?
「あ、ほら。こっち。立ちっぱなしじゃあれでしょ? 席に案内したげる!」
動けないわたしを一人がひっぱって、わたしの席らしい場所に連れていかれた。
おかしい。わたしの記憶じゃこんなにキレイじゃなかったはずなのに。
「……みんなでね、綺麗にしたんだ。今まで守谷さんがいじめられてるのを知ってたのに、何もできなかった。だからせめて、いつ戻ってきてもいいようにって」
──待って。
「あの時の私たちは、人として最低だった。いじめていた人とおんなじだった」
──待ってよ。
「こんなことで許されるなんて思ってないし、ただの自己満足でしかないのも理解してる」
──そんなの、ほしくない。
「だけど謝らせてほしい。今まで──本当にごめんなさい」
──……けるな。
「そして、来てくれてありがとう」
──ふざけるなッ!
「いまさら、何?」
気が付けば、言葉に出ていた。
「なんで謝るの、なんでお礼なんていうの。それができるならなんで──わたしはいじめられてたの?」
「──ッ! それはッ!」
遅い。それがわたしの抱いた感情だった。
なんで今更? どうして今になって?
嫌でも入ってくるあの表情たち。そして今と前の違い。
一体どうしてこうなったのか。この二つを混じらせて考えた時、浮かんできた。
「あぁ、そっか」
そういうことか。ようやく分かった。思い出した。
これ、ファンの顔だ。ライブでわたしを見てた、あの顔だ。
今わたしが『アイドル』だから、こうなったんだ。
そりゃそうだ。アイドルは雲の上のような存在。普通の人よりも良い扱いになるものだよね。
「わたしがアイドルだから、ここまでしてくれたんだよね?」
「! 違うよ、なんでそんなこと言うの?!」
「ちがうの? わたしがアイドルじゃなかった時、何もしなかったのに?」
「!」
また、静かになった。誰もしゃべらない。
「……もういい」
これ以上、ここに居る意味がない。いじめてくれそうにないからもやもやも集められないし、なんか気持ち悪い。
来たばかりだけど、ここにいたくない。お姉さんはいつ帰ってもいいって言ってた。だから、帰る。
これなら事務所にいたほうがマシだった。アイドルの基礎を磨けるから。
「あ、守谷さん! これからホームルームだけど、どこ行くの?」
「かえります」
「……え?!」
……わたしの価値、無くなっちゃうのかな。事務所でも、学校でもダメだった。
アイドル。これがわたしの価値を示せる唯一といっていい場所だったのに、それのせいで価値が消えそうになってる。
あはは、わかんなくなっちゃった。
ねぇ、何が正解? どうすればいいの? わたしって、何なの?
どうすればよかったのかな。
わたしはただ、わたしの価値を提供したかっただけなのに。
……帰りたくないなぁ。
学校から離れたいけど、でも今はお姉さんのとこには行きたくない。事務所にも行きたくない。
一人になりたい。
これだけがわたしを突き動かす。当てもなく、一人でひたすら歩き続ける。
どこに行くんだろ。でもいっか。どうせ、わたしの価値はもうないようなもんだし。
とにかく、進む。止まらないで、さらに先へ。
覚えているのは、そこまでだった。
アンチ・ヘイトタグがめちゃくちゃ仕事してる気がします。