自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな 作:エンゼ
あの日から、わたしは新しいわたしになれた。
お姉さんもプロデューサーも、そんなわたしを認めてくれた。
どこから聞いたのかクラリスさんの前や三船さんたちの前であの歌い方をやったことも把握していて、すぐに新しい価値を提供するための仕事の場所も用意してくれると言ってくれた。
そして、その日はすぐに来た。
新しく出来た小さい会場を貸し切って、そこでミニライブ。わたしの知名度向上と、この場所の宣伝が主な目的らしい。
新しい価値。これにお姉さんやプロデューサー、そしてトレーナーも大丈夫だろうと言ってくれた。それに先輩アイドルのクラリスさんがこれを見つけてくれたんだ。
だから大丈夫だと、自分を奮い立たせて会場へと臨んだ。
──結果、わたしは大成功を収めた。
多くの人が、わたしの新しい価値に歓声をくれた。受け入れてくれたんだ。
見て認められて、ようやく入ってきた。これが、わたしの新たなちゃんとした価値。美味しいものを食べると起きる小さな幸せを共有すること。
まだ食べ物しか出来てないけど、これをさらに幅広げていけばさらに価値は大きくなっていくはず。
今までの価値は、多分もうできない。誰もいじめてくれないから。もやもやを溜められないから。
クラリスさんは確かこれはなくなってないって言ってたけど、出来ないものにどう価値を見出せばいいんだろう。多分、これに関してだけは嘘のはず。
だから無理だ。これはもう無価値なんだ。
でも今のわたしには見つけてもらった別の価値がある。これさえあればアイドルを続けられるし、これを広げていけばさらにわたしは良くなるはずだ。
この先、何があるか分からない。でも、今の価値があるから大丈夫。
これを武器にしてどんどん進んで行こう。そうすれば、これに似た新しい価値を見つけれたり、今持ってる価値を大きくできるかもしれないんだから。
──きっと、これが正解。これさえあれば、わたしは大丈夫。そのはずなんだ。
──────
『同年代の新人アイドル……だが、実力はハンパじゃない。勉強になることも多いだろうから、行ってみないか?』
そう言いながらライブのチラシを指さしていたプロデューサー。注目していたのは出演者の一覧。書かれていた人は──事務所で噂になっている人である"守谷桜子"さんでした。
そう、守谷桜子さん。最近この事務所の中でうわさが二転三転もしているなぞの人です。
少し前までは怖い人、つい最近までは歌がすごい人、ここ最近ではそれに加えてちょっと暗めな昔があるとか。
実際どんな人なのか、というのは中々本人に会うことが出来なかったため、市原さんや三船さんなど実際に会ったからのお話を聞いたりするしかなく、加えて少し信じられないようなことも話として聞いたため、結局どこまでが本当でどこまでが嘘なのか分からないという状態でした。
そんな時に告げられたのが、プロデューサーからのこの提案。
歌の実力が高いという話は聞いていたので、勉強になるという点では嘘ではなさそうでしたが、どこか疑問が残る提案でした。
守谷さんは同じ事務所のアイドルです。ですので、歌だけならボーカルレッスンで聞けばいいはず。なのにわざわざライブに行く必要があるのでしょうか?
もちろんすぐにこれは伝えしました。するとプロデューサーはちょっとにやりと笑ってこう告げたのです。
行けば分かる、と。
自信を持って、そう言ったんです。つまり、ライブじゃなくてはダメということ。そこまで言わせるほどの力を持っているということ。
その時はにやつくプロデューサーにムカついたため、違ったら承知しないという風なことを言いました。
この言い回しをされた以上はその分だけ期待も大きくなります。
てっきり最初は、この期待よりちょっぴり低めのものなのかなと思いました。以前話題に挙がってましたが、実際に見たわけではないので、どれくらいのものか分からなかったんです。
それでも私にとって勉強になることには違いないので、そういった意味で見るつもりでいました。
──まさか、予想のはるか上が出てくるなんて誰が読めたでしょう。
直接心にひびかせてくるなんて、聞いてませんでした。
守谷さんが歌ってる最中は目がはなせず、その歌、ダンス、表情、全てがかみ合っていました。
美しく、しっかりしていて、だけど大胆。一つ一つの技量は高くないはずなのに、完全。小さな幸せを集めて引き出されたような、不思議な感覚を味わいました。
こんなことが出来る人が、まだ新人? 絶対すぐにトップアイドルへ登っていく存在に決まってる。
最初は感動。次に疑問。そして──あこがれ。
私もこんな風に歌えるように、ライブが出来るようになりたい。そう思えたんです。
ライブの次の日の朝、私は守谷さんに会うために事務所に行きました。
この日は守谷さんがライブの後の日ということでお休みだとプロデューサーから聞いていて、また守谷さんは普段はその付近にいることが多いと以前聞いた覚えがあったからです。
それでも今まで直接守谷さんに会えた方々は数少ないので、会えない可能性もありましたが、とにかく会って話をしてみたかったんです。
同じくらいの年のはずなのに、なんでそこまでのライブができるのか、なんであんなに完成しているのか、どんな気持ちでライブをしているのか等々、聞きたいことが山のように出てきます。
また、これに加えて守谷さん本人のことも気になってきていました。
うわさの人なのかどうなのか知りたい、仲良くなってみたい、と。
そんな時でした。事務所の寮付近から、守谷さんが出てきたのを見つけられたのは。
「も、守谷さんっ!」
正直今日だけじゃ会えると思ってなかったこともあり、つい大声で呼び止めてしまいました。
足が止まる守谷さん。ちょっと不思議そうにこちらに目をやりました。
「えっと……橘ありす、さん?」
「あ、はいそうです。橘ありすです。よろしくお願いします」
「あぁはい。守谷桜子です。よろしくお願いします」
始めに抱いた印象は、『ちょっと暗そうな人』でした。かつてのうわさの要素はないのですが、今のうわさとは合うという感じです。
ただ……私服なんでしょうか。ちょっとその感じに合ってないといいますか、危ない人みたいな印象を与えそうな格好です。似合ってないわけではないのですが……。
いえ、それはいいんです。とにかく、話をしなければ。
「これからおでかけですか?」
「はい。ちょっと趣味で」
「よかったら、途中まで着いて行ってもいいですか?」
「え、いいですけど……」
とりあえず了承げっとです。どこに行くのかは分かりませんが、流石に邪魔しすぎるのはダメだと思うので、途中までとしました。
守谷さんに並んで、歩き始めます。行く先は……商店街のほうでしょうか。
まぁでも、今は関係ないですね。本題に入りましょう。
「そういえば、昨日のライブお疲れ様でした」
「あ、ありがとうございます。もしかして、見に来てくださいました?」
「はい。プロデューサーがぜひ見に行った方がいいと言ってくださったので。実際、見に行ってよかったなと感じてます」
「……ありがとう、ございます」
どこかほっとしたようにお礼を言う守谷さん。その様子がどこか、すぐに散ってしまいそうな花のようでした。
しかし、今はそれ以上に気になっていることがあるんです。
「それでですね、守谷さんに聞きたいことがありまして」
「……わたしに、ですか?」
「はい。どうすれば、あのようなライブが出来るようになれるのか知りたいんです」
今まで多くのお仕事をしてきました。その中にはもちろんライブもあります。そして、そこで多くのアイドルがお客さんの前で歌って踊ってきているところを見てきました。
しかし、守谷さんのようなタイプは今まで見てきたことがなかったのです。
それを行っている方法を、知りたい。どんな思いで、どんなレッスンをして、どんなことを意識すればいいのか、そのすべてを。
「どんなことをすれば……うーん」
結構深くまで悩んでいます。……質問が分かりづらかったでしょうか。
「すみません質問を変えますね。えっと……普段何を意識してライブをしたりしていますか?」
「何を意識……んー……」
これもあまりピンと来ていないようでした。
これも分かりづらかったんでしょうか……? えぇと、じゃあどう聞けば……。
「……すみません、上手く答えられなくて」
「あぁいえ、こちらこそすみません。良い質問が出来なくて」
「いえ、質問の意味は分かります。でも……ないんです」
申し訳なさそうに答えてきました。
「ない、ですか?」
「はい。わたしとしてはいつもの……いや、これじゃない。えっと、なんていえばいいのか……」
なんとか言葉を絞り出そうとしてくれています。少しだまってその時を待ちますが、中々出てこないみたいです。
その時、今の状況が当てはまりそうな言葉がうかんだので、合っているかどうかを投げて見る事にしました。
「特別なことは何もしてない、という感じですか?」
「あ、そうです! あでも強いて言うなら──美味しい食べ物とか、考えてますね」
「美味しい食べ物、ですか……」
思い出してみると、確かにわかる気がします。
昨日のライブで感じた、ちょっとした幸せみたいな感覚。好きなデザートだったり、ご飯だったりを食べたときに似ていました。
──自分の感じた小さい幸せを、他の人にも感じてもらっていた? だからあんなに、素敵に見えたのでしょうか。
でも、どうやって?
あの振り付け、歌、表情。おそらく全て真似しろと言われればできないことはないと思います。しかし守谷さんのように出来るかと言われればまだ無理です。
だから、守谷さんが無意識でやってる何かがまだあるはず。もっと、それを知りたい。
「ありがとうございます。参考になりました」
「そう、ですか? ならよかったです」
一旦ここで話が切れ、互いに無言になってしまいます。
まぁ、今日初めて話したみたいな感じですから、仕方ないんでしょうが、ちょっと気まずいかも……。
……そういえば、どこに向かってるんでしょう。
「ちなみに、趣味って言ってましたけど、具体的にはこれからどちらに?」
「あぁ、カラオケです。昔から歌うのが趣味で」
カラオケ……ということは、歌!?
え、これから歌いに行くんですか? あの歌を、まさか一人で?!
も、もったいない。そして聞きたい! 昨日より近い場所で、守谷さんのライブを見てみたい!
ですが守谷さんのせっかくの休日。私がいては休まらないんじゃ……。
でも聞きたい! それに近くで見れれば何か分かるかもしれない!
そ、そうです! これは守谷さんのことをさらに知るため! だから、大丈夫なんです!
「す、すみません。あの、よかったらで、いいんですけど……」
「? どうしました?」
自分の欲望には、勝てませんでした。
「私も、着いて行っていいですか?」
──────
「……いや、流石にそれはダメです。せっかく二人で入ったのに、歌うのはわたしだけでいいなんて」
「いえいえ! もとは守谷さんが一人で歌うためだったんでしょう? 私は無理を聞いてもらった立場なので、大丈夫です」
「でもそれだと……楽しく、ないでしょう? 聞いているだけなんて」
「そんなことないですよ。本当に大丈夫ですから」
「でも、さすがにいるだけってのは……」
「……分かりました。じゃあ歌いたくなったら入れますので、先にどんどん歌っててください」
「……まぁ、それなら……」
入る前の天使と悪魔、入った後のちょっとした話し合いなど、色々ありましたが、なんとか部屋に入ることが出来ました。
久々に来ましたが……やっぱりちょっとうるさいですね。でもすぐに慣れるでしょう。
慣れた手つきでパッドを操作して曲を入れる守谷さん。悩む様子はありませんでした。
「じゃあ、行きますね」
曲が開始。イントロが入って少しして歌い始めました。
「──♪」
昨日のライブが、そこにありました。
ですが昨日より声も、姿もより近く、より強く心にひびいてきます。
「──♬」
ただ歌うだけでなく、振り付けも行っていて、それも昨日のままでした。
やはり細かい技術などは長くやってる私がまだ上にいると思えるものではあったのですが、そんなことはどうでもよいです。
守谷さんにとって、歌うという行為はライブそのものなのかもしれない。そう思わせるほど、出来上がっていたのです。
「やっぱりすごい……」
思わず、口に出していました。それが聞こえていたのかどうかは分かりませんが、喜んでいるように見えました。
「──……ふぅ」
一曲目が終了。思わず、拍手をしていました。
「あ、ありがとうございます。誰かとカラオケは久々だったので、上手くできてたならよかったです」
「……もっと、自信をもっていいと思いますよ。それほどによかったです」
「……嬉しいです」
あのライブでも、今日のカラオケでも、人をすごいと思わせている守谷さん。しかし、あんまり本人に自信がない様子です。守谷さんみたいに歌える方はいないからもっとほこっていいと思うんですが……。
そしてまたあの花みたいな表情。……一体何に安心しているのでしょうか。
「あの、ほんとに次も入れていいんですか? 入れちゃいますよ?」
「大丈夫ですから。どうぞ、入れてください」
先ほどは歌に見入っちゃって探すことができなかったですし。
こうして目の前で歌ってくださる機会を得たんです。何か一つは見つけないと。
──と、意気込んだまではよかったです。
二曲目三曲目……と、守谷さんの歌は続きました。しかし曲が始まると、どうしても歌に釘付けになっちゃいます。同じ雰囲気で、同じ経験をしているはずなのに、です。
ま、まぁでも仕方ないですよね。そういう時もありますし、いっぱい歌を聞けてよかった、ということにしましょう。
「──はい、わかりました。ありがとうございます」
終了十分前のコールに守谷さんが応対しています。気が付けば、結構時間が経っていたみたいでした。
「……あの、最後も入れちゃって本当にいいんですね? 本当に歌わなくて大丈夫なんですね?」
「はい。大丈夫です」
というか守谷さん最初から最後までずっと歌ってましたね……。結構アイドルの仕事で体力が付いてきたと思ってるんですが、もしかしたら体力は負けているかもしれません。
そしてせめて最後だけでも、何かを得て帰りたい。目をこすって、しっかりと見ていきましょう。
──歌がすごかった、ということしか分かりませんでした。
歌が聞けたことの満足感、何も得られなかった罪悪感みたいなものが一緒にやってきます。
「……そういえば」
ふと、思い出しました。一時期話題に挙がっていた、守谷さんの昨日より前のライブ。
大き目の会場で、渋谷さんや城ヶ崎さんがメインだったあのライブ。その中で最初のほうに出た守谷さんがすごかったと少し話題に出てきた記憶があります。
その時の歌の雰囲気は確か……。
「暗め、だったはず」
実際に見たわけではないので分かりませんが、確かそうだったはずです。
ですが今日歌ってた曲は全て、昨日のライブのようなもの。暗いとは正反対に感じます。
「あの、守谷さん」
「はい、なんでしょう?」
そこが少しひっかかり、聞いてみることにしました。
「以前のようには、歌われないんですか?」
……花が、散った。そんな感覚がしました。
一瞬、表情が崩れたのです。しかし、それは本当にほんの一瞬でしかありませんでした。
だから、はっきりと気が付けなかったんです。
「……守谷さん?」
「──あ、いいえ。なんでもないです。そうですね、まぁでも今みたいな感じで歌えてるから大丈夫じゃないでしょうか」
「あの、守谷さん」
「すみません、それじゃあそろそろ夕方ですし、このまま帰らせていただきますね。今日は楽しかったです。では、失礼します」
「あ……」
行ってしまいました。何かに逃げるような、そんな早足で。
ここは本来は追いかけるべきだったのでしょう。引き留めてでも、話をする必要があったんでしょう。
「……また、行けたらいいですね」
気が付けなかったわたしは、のんきにそんなことを考えていました。
守谷桜子。
折角広がったのに、狭くなってきている。
橘ありす。
若干ファンになっちゃったみたい。でも志希にゃんほどではなさそう。
何かを見過ごしてしまった様子。