自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな 作:エンゼ
「──休みましょう。桜子ちゃん」
唐突に、プロデューサーはそう告げた。
わたしには、そんな余裕ないのに。
─────
あの日から、わたしは一つの結論に達した。とりあえずまずは、あの価値を取り戻さないといけないって。
今の価値を求めてない人がいた。だけど、前の価値を求めてない人はいなかった。だからだ。
いじめられないと、もやもやを溜めないと。だけど、それ以上にそれなしでも出せるようにならないといけない。
この事務所、学校、もうどこに行ってもいじめられないのは確定してる。だから、ひねり出さないといけない。もやもやを。あの価値を。
練習するしかない。かつてのわたしをお手本にして。
どんな風に歌ってたのか。何を考えてたのか。全部わたしがしたことだ。全部覚えてる。
きっとすぐに、練習を続けていれば取り戻せるはずだ。
──そう、思ってたのに。
歌えない。分からない。わたしが歌ってきていたはずなのに。どうしても、できない。
何度も何度も何度も何度も何度もやった。でも、できなかった。
自分のはずなのに、自分じゃない感覚。すぐ近くにあった心のはずなのに、ものすごく遠い。
何をしても、あの歌が、あのダンスが、あの表情が出せない。あるのは必死なわたしだけ。
でも、やらないといけないんだ。わたしがわたしの価値を持ち続けるために。『守谷桜子』でいるために。
やれそうなことには全て手を出した。
自主レッスンを続けた。かつてのライブ映像を見て勉強した。お姉さんやプロデューサーから話を聞いた。それを基にしてまた自主レッスンを続けた。
──そしたら、急に全部なくなってしまった。
今の価値も、歌えなくなった。前の価値みたいに、何をどうしてもあの歌が出せなくなってしまった。
わたしが今持つ、価値でさえも消えてしまった。そして前の価値は戻ってきてない。
気が付いたとき、周りには誰もいなかった。自主レッスン前、とりあえずのつもりで今の価値を確認するつもりだったのに、それが出せなかった。
怖くなった。これがお姉さんやプロデューサーに知られれば、今度こそ終わる。新しい価値じゃダメだ。今までの価値じゃないと『守谷桜子』じゃないって言われたから。もしかしたら、お姉さんとプロデューサーもそう思ってるかもしれない。
もっと頑張った。取り戻さないといけないから。じゃないと、わたしは存在理由がない。幸せになれない。
門限までの時間までの時間は全部レッスンに使った。門限以降の時間はライブを見て勉強する時間にした。勿論、ヘッドホンをして誰にも迷惑をかけないようにした。
なのに、どうして……っ!
「最近、色んな人から話が来てるわ。桜子ちゃんが休みを取らないで、ずーっとレッスンしてるって」
「やりすぎても身体に毒よ。休むこともレッスンでもあるの」
「最低三日は自主含めてレッスンは禁止ね。いい?」
唐突に呼び出されて、与えられた休み。もとい、レッスン禁止命令。今のわたしには、これは死刑宣告そのものだった。
……いや、プロデューサー目線なら仕方ないかもしれない。
だって、プロデューサーはわたしが価値を無くしてることを知らない。前の価値はともかく、今の価値をなくしたことが絶対。
そんなわたしが何故か急に使える全ての時間を使ってレッスンをし始めた。プロデューサーとしては止めるのが普通なんだろう。
「……はい」
だからわたしは、嘘をついた。これはレッスン場が使えないだけのはずだ。なら、どこかの公園でもどこでも使ってレッスンすればいい。
早く、早く取り戻さないと。
「あ、そうだ。ちゃんと休んでもらうために、今日休みで時間があるアイドルの子と一緒にいてもらうから。いいわね?」
「──え」
追い討ちと言わんばかりに告げられた。監視の目がついてしまうってことだ。
──これじゃ、自主レッスンなんかできない!
「な、なんでですか!」
「さっきも言ったけど、ちゃんと休んでもらうためよ。この勢いじゃ、隠れて自主レッスンとかしに行きそうだったしね」
「っ! ……で、でもその人も時間が拘束されるから迷惑になるんじゃ」
「とりあえず、今日の子は大丈夫よ。快く引き受けてくれたわ」
逃げられない。……仕方ない。今日はそうするしかなさそう。
「……わかり、ました」
「はい、じゃあゆっくり休んでね。あ、予定とか諸々細かいところは私がなんとかするから、気にしないでね? そのためのプロデューサーなんだから。だから桜子ちゃんは、ゆっくり休んでほしいな」
「……はい」
そのまま、プロデューサーに今日一緒にいるアイドルの人がいるという部屋を教えられた。そこに集合して、一日一緒に過ごすらしい。
どこに行っても、レッスン以外は何をしてもいいんだと。加えて今日はカラオケも控えるように追加で言われてしまった。
「……」
何もできないわたし。そんなわたしと、一緒にいることを引き受けたらしいアイドルがこの先にいる。
なんて物好きなんだろう。今のわたしに価値はないから、居ても意味がないはずなのに。あいや、プロデューサーと同じでそれに気が付いてないだけの可能性もある。
だったら、気が付かれないようにしなきゃ。価値を取り戻すまで、誰にも気が付かれちゃいけない。これだけは、気を付けよう。
「……失礼します」
「あ、いらっしゃーい」
「──え?」
──双葉、杏さん?
予想外にも程がある。え、どうして……?
この人とわたしには、何も接点ないはずなのに……?
──────
あぁ、困惑してるな。どこかでそりゃそうかとも思いながら、私は目の前の桜子ちゃんを見ていた。
だって、私と桜子ちゃんには一切関わりはないから。そんな私が今日一日桜子ちゃんと一緒にいることを引き受けたなんて聞けば、誰だって困惑すると思う。私が桜子ちゃんの立場なら、私もきっと困惑する。
「とりあえずさ、そこ立ちっぱなしはあれだし入って座りなよ」
「え、あ、はい……」
少し話しただけで分かった。昔の噂は全く当てにならなくて、今の噂は多分本当に近いんだろうなってことが。
だって、歳不相応すぎるから。
桜子ちゃんと同年代で、同じく歳不相応だなって感じる子もいる。だけど、桜子ちゃんのそれは他の子と比べてちょっと違う気がする。
具体的にはどういうことなのかは、まだつかめてない。でも、違うってことだけは断言出来た。
「いやー、びっくりしたよね? 突然知らない人と一緒に過ごすことになるなんてさ?」
「あ、いえ。先輩アイドルの双葉杏さんですよね。もちろん知ってます」
「あ、そう? なら嬉しいな。改めて、よろしくね」
「はい」
今の時代、多くの事務所に多くのアイドルがいる。その中でもこのプロダクションのアイドルは他と比べて異常に多い。なんなら他の事務所同士のアイドルの合計よりも多いくらい。その中で名前が知られてるのは素直に嬉しいところであった。
「双葉さんは、自分を貫いておられる方だと伺ってます。聞いたところによれば……えっと、怠ける、というかその……事を最小限に済ますために、全力を尽くしておられるとか」
「あー、正解。別に隠してるつもりないし、同じアイドルなんだからさ、そんなかしこまらなくてもいいよ」
「あ、はい。わかりました。……じゃない。だからこそ、双葉さんに聞きたいんです」
改めて私の方を向いて、続ける。
「何故、わたしと一緒に居るという非常に面倒なことを引き受けてくださったのですか?」
「何もメリットはないですよね?」と付け加えて、桜子ちゃんは尋ねてきた。
これに対して、私は一瞬怯んでしまった。桜子ちゃんのようなまだ小さいはずの子に、そんなことを言われたのに驚いたから。
自分をかなり低く見積もってるし、感覚がもう子どものそれからは逸脱してる。
あぁ、やっぱり違う。そしてこれは、良い意味での違いじゃない。再確認出来た。
「そうだねぇ、桜子ちゃんに興味があったから、っていうのが本音なんだけど」
実際、本当だ。事務所内で噂になりまくってたし、興味持たないほうが珍しいくらい。
……だけど、私の場合はこれだけじゃない。
「っ……そう、ですか。ですが、わたしはまだ新人ですし、大きな繋がりとかは持ってませんよ?」
「そういうのじゃないってば。
……ま、それはどうでもいいじゃん。もうちょいこっち来てもいいんだよ? そんな遠くに座ってないでさ」
「……はい」
緊張気味なのは仕方ない。見てくれは同年代に近いから、そこまで緊張しないだろうって勝手に思ってたけど、それでもこれ。人付き合いが苦手っていうのは本当と見ていいかもしれない。
なら、ちょっと強引にやってもいいかもしれないね。
「そういえばさ、休日はいつも何してるの? レッスンや仕事とか以外で、暇な時間とか」
「暇な時間、ですか……。最近は自主レッスンばっかりしてますね」
ほぼ予想通りの答え。
「おぉ、頑張ってるなぁ。やっぱり、デビューしてより頑張らなきゃなって思った感じ?」
「っ、え、えぇ。まぁ、そんな感じです」
「そっかぁ。じゃあ最近は休めてない感じなんだね」
「え」
すると、桜子ちゃんが信じられないというような顔をしてこっちを見てきた。
気にせず、私は続ける。
「休みってさ、結構大事なんだよ。上手く行かないときにずっと続けても意味がないんだ。だから心も体も休む時間って必要なんだよ。ほら、私たちって機械じゃなくて、人間なんだからさ」
「……でも、わたしにはやらなきゃいけないことが」
「桜子ちゃんのプロデューサーからも休めって言われたんでしょ? だったらさ」
「──え、ちょ、双葉さん?!」
手を引っ張って、私が愛用してる私物のソファに桜子ちゃんをダイブさせる。
これはいわゆる、『人をダメにする』もの。どの角度からでも人をダメにさせることが出来る最強の代物。私が言うから間違いない。
「──ぁ」
ソファにうつ伏せになってる桜子ちゃん。私に抗議することや起き上がることもなく、心地よさそうな声を出した。どこか、眠ってしまいそうな雰囲気。
「寝ていいよ。せっかくの休みなんだからさ。だらけちゃっていいんだよ」
「────」
私の言葉が効いたのか、とろんとした目がそのまま閉じていき、眠ってしまった。
部屋からは、桜子ちゃんの寝息だけが聞こえてくる。
……正直、ここまであっさり眠ってくれるとは思わなかった。よほど疲れてたのかな。それか心の糸がずっと張ってて、それがこのソファで緩んでしまったのかもしれない。
寝顔を見てみる。これだけは、一緒だ。唯一"らしい"ところって言っていいくらい。
ほっとした。まだ、それが残っていたことに。桜子ちゃんが休んでくれているという現状に。
「……」
始めは、ここまでするつもりはなかった。というより、遠くから見ているだけのつもりだった。
人付き合いが苦手らしくて、でもライブがすごい後輩アイドル。私にとってはそれだけだったし、共演したり何か関わることがあれば、話してみようかなって程度だった。人付き合いが苦手なら、積極的にかかわりにいくのは違うし。
だけど、あんなの見ちゃったら──遠くから見守っているっていうのは、流石に出来ない。
思い出すのはちょっと前のこと。いつものようにプロデューサーから逃げるため、事務所内を徘徊してたときだった。
偶然通りかかったレッスン場の辺り。何気なしに、こっそり中を見てみた。そこに、桜子ちゃんだけがいた。
『──』
既に肩で息をしていた。絶対続けない方がいいって言えるレベルで息が切れてたし、表情もぐちゃぐちゃだった。
『──ちがうッ!!』
動きを止めて、自分の頬をぶった。突然のことに、私は驚いてしまった。
『ちがう、ちがうちがうちがう!! これじゃない! これじゃ"かち"をしめせない!!』
『なんで、なんでできないの?! できなきゃだめなのに!』
『もっと、もっとやらなきゃ……っ!!』
これはだめだ。やればやるほど、だめになるやつだ。直感的に感じれた。
止めようとした。だけど、一瞬考えてしまった。
完全に初対面。そんな相手に言われたところでやめるだろうか? いや、絶対やめない。
だから私は桜子ちゃんのプロデューサーに伝えた。自主レッスンの件と、桜子ちゃんが発してたことについて。私じゃ意味が分からなかったけど、桜子ちゃんのプロデューサーなら分かると思ったから。
思い当たることはあったみたいで、少し考えた後に桜子ちゃんを強制的に休ませようという話になって、今に至る。
「……休ませる、かぁ」
今日はこうして、寝かせて無理やり身体を休ませることには成功した。でも、心はまだ休めたって言えないと思う。
だから、アイドル活動から桜子ちゃんを離さないといけない。
そのためには──きっとこうすればいいはずだ。
スマホを取り出して、メッセージアプリを開く。
「……うん、これでいいはず」
桜子ちゃんに与えられた休みは今日含めて三日。短いとは思うけど、今の桜子ちゃんには十分だと思う。
──さぁ、覚悟しなよ桜子ちゃん。この事務所ってね、すっごくお人よしが多いんだからね?
守谷桜子。
久々にぐっすり寝れてる。寝具は偉大。
双葉杏。
見てしまっては見過ごせないタイプ(だと思う)。