自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな 作:エンゼ
土日。それは平日とは違って学校が休みである日。わたし本人に直接は関係しないけど、他のアイドル達はこの土日を利用してレッスンしたりする。つまり、いつもより事務所内の人が増えるということだ。
人が増えれば何が出来るか? そう、モヤモヤを集めやすくすることが出来る。平日だと寮にもそこまで人はいないからあんまり集めれない。
それに最近、そのモヤモヤが減ってきてる気がする。これはいけない。わたしの価値はモヤモヤがあってこそ。提供し続けるために、どこかでちゃんとモヤモヤを集めないと。
事務所の中だから、みんな遠慮してるかもしれない。寮には監視カメラとか玄関くらいしかないんだから早く虐めてくれればいいのに……。そうすれば、こんなこと考えなくて済むのにな。
とまぁ、そんなたらればを考えても仕方ない。今日はダンスレッスンが入ってる。レッスン場に行く間、帰宅中とモヤモヤ稼ぎポイントがある。それに合わせてちゃんと悪そうな服を着て行かないと。
いや、時間もあるし色んなところを回って稼いでいくのもありかな……? ……いや、いいや。遅刻しちゃうかもしれないし。遅刻すれば提供できる価値を下げてしまう。ただでさえそんなに仕事はないのに、こうしてさらに価値を下げちゃうと、本格的に切られてもおかしくない。とにかくレッスンには全力で臨まないと。
少しだけ、いつもより悪そうな格好で外に出る、土日モードだ。そしていつものように、道中誰も話しかけてこない。さらに、ちょっと避けられてる感じもする。
「……」
レッスン場に近づく度に、黒いモヤモヤを感じる。──これだ。これだよ。もっともっと集めなきゃ。これがなかったら、わたしがここにいる意味なんて──。
考えてたら、いつの間にかレッスン場ついてた。時間もない。さっさと着替えてレッスン場に入り、準備体操をしながらトレーナーが来るのを待つ。
ボーカルレッスンとは違って、ダンスレッスンはちょっと苦手。めちゃくちゃ疲れるし、そこまで踊るのは得意じゃないから。まぁそれでも、仕事にちゃんと結びつくし、出来なかったダンスが出来たときは嬉しいしで嫌なわけじゃない。
だけどわたし的にはもっとボーカルレッスンをやるべきじゃないのかなーって思ったりはしてる。だってわたしの主なのは歌のはずだから。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
いつものトレーナーだ。プロデューサー曰く、ベテランさんらしい。確かになんか頼りがいある。
「む、守谷一人か」
「え、そうですけど」
ずっと一対一でやってきたのに、今日だけ何その一人かって。
「他に誰か来るんですか?」
「いや、今日は二人と聞いていたんだが……」
二人? それ絶対誰かの予定とごっちゃになってるでしょ。わたしなんかと一緒にレッスンしたがる人なんかいないと思うし、させる側もいないでしょ。今まで一人だったし、そんなことがあるはずないから。
「他の人のと間違えてません?」
「いや、さっき確認したはずだからそれは──」
「ごめんなさい! おそくなったでごぜーます!」
ドアを激しく開けて登場したのは、ちょっと息を切らしてる市原仁奈さんだった。ダンスレッスン用着衣への着替えも既に済んでいる。
「いや、ちょうどぴったりだ。深呼吸をして落ち着きなさい」
「すぅー……はぁ……」
大げさに全身を揺らしながら深呼吸してる。……なるほど、深呼吸と準備体操を同時にやってるのか。流石、歳下とはいえプロ。そういうところは見習っていかないと。
って、なんで市原さんとレッスン? 挨拶の時に一回話したくらいで、その後特に話したこととかないはずなんだけど……。というか、この事務所で最初の挨拶以外でちゃんと話したことあるのってお姉さんかプロデューサーだけな気がするな。
「あ、桜子おねーさん! おくれてごめんなさいですよ……」
「あ、いえいえ。大丈夫ですよ」
疑問が尽きない。本音を言えば、どうしてこうなったのか聞きたい。だけど今はそんなことしてる場合じゃないのも事実。市原さんの息切れが回復次第、レッスンが始まるから。
とりあえず今できることは、ストレッチくらいかな。
──────
「よし、今日はここまでにしよう」
「ありがとうございました」
「ありがとうごぜーました!!」
レッスン終了。初めてだったな、二人でというか、自分以外ともやるの。一人だとトレーナーしか見えてないけど、二人だとその人の動きも見れて、なんか頑張ろうってなれる。
いい経験ではあった。たまにならこうして何人かで一緒にやるのもありかもしれない。
「桜子おねーさんはこの後何かあるんでごぜーますか?」
「え? えっと……特にはないですけど」
話しかけて来るとは思わなかったので、少しびっくり。
「仁奈もでごぜーますよ! 桜子おねーさん、良かったら仁奈と一緒にご飯食べてくだせー!」
「あ、え、えっと……」
時間を見る。確かに、ご飯にはいい時間帯。
でも、いいの? 直接言われてはないけど、わたしは嫌われ者だ。そんなわたしと、市原さんが一緒にご飯を食べてたら周りから変に思われちゃうんじゃ……。
……そうか、この子は幼い。だから、まだわたしのことを詳しく知らないんだ。だったら、教えてあげないと。わたしと一緒に居ちゃいけないし、わたしに話しかけちゃいけないし、むしろわたしのことは嫌うものだって。
「……わたしと一緒にいないほうがいいですよ。市原さん」
「……え、どうしてごぜーますか?」
「わたしは、嫌なやつだから」
簡単な言葉で教えたほうが分かりやすいはずだろう。今はあんまり分かってないかもだけど、きっとすぐ分かるようになるはずだ。
「詳しくは他の人に聞いてみたら分かると思いますよ。だから、今回のお話はなかったことに──」
「でも、プロデューサーは桜子おねーさんのこと嫌な人って言ってなかったですよ?」
「え?」
「桜子おねーさんはすげー人って聞いたですよ!」
「すげー人……?」
ど、どういう意味で……? というか嫌な人って思われてないってどういうこと? 今までそういう風に立ち回ってきたはずなのに……?
「確か、いつも変な格好してるとか言ってたです」
「へ、変な格好……」
怖そうとかそういうのじゃなくて、変な格好か……。あいや、別にそれで人を遠ざけてるならいいのか。
「そして、歌がすげーうまいとも聞いたですよ! なんか、グーンってくるって!」
「ぐーん、ですか」
「仁奈はまだ聞いたことないですけど……あ、そうだ! 良かったら歌ってみてくだせー! プロデューサーの気持ちになれるか気になるですよ!」
「え」
今ここで?! いや別にいいんだけど、ここでやっちゃっていいの? 次誰かここに来るんじゃ?
……うん、来たら考えよう。市原さんすっごく目がキラキラしてるからちょっと断りにくい。
それに、市原さんとわたしは向いてる方向が違う。ここでわたしの歌を聞かせてあげれば、かかわるべきじゃないって気づいてくれるかもしれない。
「わかりました。じゃあ、ちょっとだけ」
手は抜けないし、ここは声があんまり響かない。だから、いつもよりちょっぴり力を込めて──歌う!
「────ッ!」
歌ってる時は、そこはもう自分だけ。周りなんか見えなくなっちゃう。
歌は、世界を作っている。紡ぎ出せばそこに物語が作られる。その物語を作ってる時が、一番わたしを実感できる。
ただ、今回は時間の関係もあって、全部は作れない。一部だけだ。それでも、わたしというものは伝わってくれるだろう。
歌い終わった。物足りないけど、仕方ない。それにこれは、わたしを伝えるためのもの。だったら、そんなに長くなくてもいいはず。
見ると、市原さんはポカンとしてこっちを見てる。難しかったかな。でも、これで分かったはず──
「──すっっっげ──!!」
「!?!」
「ホントにプロデューサーと同じ気持ちになれたですよ! どうやって歌ったら出来るですか? 仁奈も出来るようになりてーですよ!!」
「うぇ、その、え?」
──褒められてるのわたし? なんで? どうして? わたしの計画だと、いい感じに距離を置かれてしまうはずだったのに。え、ホントに意味わかんない……。
それになんか顔も熱くなってきたし……! あーもう、わけわかんない!
「色々お話してーですよ! だから一緒にご飯行くですよ!」
「あ、え、はい……」
「決まりですよ! 桜子おねーさん、レッツゴー!」
あ、思わず返事しちゃった……ってちょ、思ったより力強いね市原さん!?
守谷桜子
分からせようと歌ったら、なんかすげーって褒められちゃって正常な判断ができなくなっちゃった系お姉さん系アイドル。歳下には弱い。
市原仁奈
素直に桜子の歌にすげーって思った純真無垢な子。多分一生今の桜子のようには歌えないし、歌わなくていい(願望)。