自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな   作:エンゼ

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守谷桜子のウワサ①
食べ物に好き嫌いは無く、基本的に全部好きの部類に入るらしい。


vs三船美優

「ほらほら、こっちでごぜーますよ!」

「わ、分かりましたからっ! もうちょっとゆっくりでっ!」

 

 レッスン場から手を引かれ、そのまま屋上へ向かう階段を上っていく。レッスンの後だし、結構全力で歌った後でもあるからちょっときつい……。

 いやぁ、市原さん元気だなぁ?! 全く疲れてる様子見せないし! 

 

「着いたでごぜーます!」

「や、やっとですか……っ」

 

 こんなに速くここの階段駆け上がったことないから、脚がジンジンする……。レッスン以外でここまで息を切らしたのも初めてかもしれない。

 

 そういえば荷物、置いてきちゃったな。ロッカーに入れてるから盗まれることはないし、この事務所でそんなことする人はいないだろうからまぁいいんだけど。

 

「美優おねーさーん!」

 

 駆けていく市原さん。息を整えつつその方向を見る。

 

「あら、仁奈ちゃん。レッスンお疲れ様」

 

 三船美優さん。わたし達と同じこの事務所のアイドルの一人。大人の雰囲気を出してて優しいらしく、きっと誰からも愛されるアイドルなんだろう。わたしとは違って。

 

 ……このまま帰ってしまおうか。あの感じを見るに、多分三船さんが市原さんを誘ったのだろう。そこにわたしが混じるわけにはいかない。市原さんと違って三船さんは大人だから、わたしのことを知ってるはずだし。

 

「桜子おねーさーん! こっちでごぜーます!」

「えっと、わたしはもう」

「ほらほらー!」

「え、ちょ!」

 

 再びこっちに駆け寄ってきて、手を引かれる。何故か、振りほどけない。結局そのまま、連れて来られてしまった。

 

「今日は美優おねーさんがお弁当を作ってくれたですよ!」

「ふふ。さぁ、召し上がれ」

「わーい! いただきまーす!」

 

 弁当を食べ始める市原さん、それを優しく見守る三船さん。多分、あんな感じのを親子っていうんだろうな。

 

「……守谷桜子さん、でしたよね」

「! ……はい」

 

 市原さんに向けるものとは違った顔で、こちらを見つめられる。

 ……やっぱり警戒されるよね。そういう風にしてきたんだから仕方ないんだけど。

 

 市原さんがいる手前はっきりとは言わないだろうけど、目で語ってくるはずだ。どこかに行けって。こっちへ来るなって。

 

 あぁ、分かってるさ。分かってるとも。それがわたしの選んだ道なんだから。

 

「……すみません。そのまま来てしまいましたので、お昼何も持ってきてないんです。なので、失礼しますね」

 

 口実としては十分だろう。実際そうだし。

 

「……あれ、桜子おねーさん行っちゃうんでごぜーますか?」

「はい。何も食べるものがありませんので。それでは、失礼しました」

 

 さっきは一対一だから断りきれなかったけど、ここには三船さんがいる。見た感じかなり三船さんに懐いてるみたいだし、今わたしが居なくなっても問題ないはずだ。

 

 背を向けて階段に向かう。これでいい。清々してほしい。それがわたしの価値提供に繋がるんだから。

 

「──あのっ!」

 

 後ろから聞こえた大きな声。三船さんだ。この人はそんな大きい声を出すような人じゃないはずなのに。

 振り返る。少し考えた様子で、三船さんは続けた。

 

「……実は、間違えて多く作ってしまったんです。私はそんなに沢山食べられないので……良かったら、いかがですか?」

「……え?」

 

 え? 

 

 

 

 ─────────

 

 

 

 守谷桜子さん。この事務所のアイドルの中で──いや、事務所内で浮こうとしてるらしい方。色々な噂で有名な方でもあります。

 

 例えば、不良であるという噂だったり、人が苦手であるという噂だったり、近付くと酷い目に合うなどといった噂まで、様々です。

 

 ただ、私を含めた一部の方々には、守谷さんのプロデューサーさんやちひろさんたちから伝えられています。守谷さんの事情の一部を。本当は優しくて、年相応に育つべき子なんだと。ただ今は心が変な方向に飛んでしまってるから、それを治さなきゃいけないことを。

 

 何故伝えられるのは一部の方々なのか? それは守谷さんの精神を少しずつ安定させていくためでもあるそうです。全員に伝えられ、全員が守谷さんのことを気にかけるようにすると、守谷さんがキャパオーバーしてしまうのだとか。

 

 ただ、余裕があれば声を掛けて構ってあげてほしい、とも伝えられました。なので、その時に真偽を確かめてみたく思っていたんです。

 

 お二方を全く信じてないわけではありませんが、私の目で確かめることで、より深く信じることができます。今までは守谷さんを見つけることが中々出来ず、行動には移せませんでした。

 

 そして今日、偶然仁奈ちゃんのレッスンが守谷さんと被っていたことでチャンスだと思いました。仁奈ちゃんは正直ですから、はっきりとした情報を知れると思ったんです。……まさか、連れてきてくださるとは思ってませんでしたが。

 

「えっと、あの……」

「え、遠慮しないでくださいね。さぁ、どうぞ」

「い、いただきます……」

 

 あのまま別れてしまえばもう二度とこんな機会に恵まれないような気がして、半ばやけくそ気味に引き留めて、今こうして盛り付けをした紙皿と割り箸をお渡ししたんですが……何故か上手く行きました。

 

 もしかしたら、あまり押しに強い方ではないのかもしれません。私もそこまで強くないほうであるとは自覚していますが、それ以上かもしれないです。

 

 初対面の印象は、大人びていること。礼儀が正しすぎるくらいに丁寧な子でした。ですが、その印象は代わりつつあります。

 

「──あ、おいし……っ!」

 

 本当に美味しそうな笑みを浮かべて食べてくださる守谷さん。こちらまで嬉しくなってしまいそうです。

 

 これで確信しました。守谷さんはまだ子どもであると。大人に甘えるべきな存在であると。

 

「……そういえば、今日のレッスンはどうでしたか?」

 

 欲しい情報は得れました。ここからはもう特に何も考えなくていいでしょう。ということで、雑談としてお二人に話を振りました。

 

「! そうでした。美優おねーさん、聞いてくだせー!」

「どうしたの?」

「桜子おねーさん、すっっっげーんですよ! プロデューサーの言ったこと、ホントだったんですよ!!」

 

 凄く興奮した様子で話す仁奈ちゃん。ここまで仁奈ちゃんが興奮してるのも、珍しいかも……。

 

「桜子おねーさんの歌を聞くとですね、心にギューンって来たんですよ! 仁奈、あんな歌聞いたの初めてでごぜーますよ!!」

「そうなんだ……」

 

 確か気持ちを込めて歌うことが凄く上手いってお話もされていた気がします。特に守谷さんのプロデューサーさんが熱く語っていたような……。

 

 あれ? 仁奈ちゃんは確かダンスレッスンだったはず……。なんで歌が……? ま、まぁそこはいいでしょう。

 

 守谷さんのほうを見ます。話を聞いていなかったのか聞くどころではなかったのか、食事に夢中の様子です。

 

「桜子おねーさん!」

「──?! な、なんでしょう」

 

 声を掛けられて気が付いたみたいで、表情を整えてから先ほどのような雰囲気で仁奈ちゃんに答える守谷さん。……この子、自分でそういう雰囲気を作ろうとしているんでしょうか。

 

「美優おねーさんにも聞かせてあげてーですよ! だから、また歌ってくだせー!」

「え、えぇ……?」

 

 困った様子の守谷さん。嫌なら無理をさせないほうがいいのでしょうが……。

 

「嫌でごぜーますか……?」

「い、嫌といいますか、その……」

 

 ……自信がない、のでしょうか。でしたら、こちらからも振るのがいいかもしれません。

 

「私も聞いてみたいです。良かったら、聞かせていただけませんか?」

「おぉ! 美優おねーさんも聞きたいでごぜーますか?!」

「えっと、その……あ、いえ、歌うのはいいんです。でも、わたしの歌はここに合わないといいますか……」

 

 ……あの時確か以前守谷さんのプロデューサーさんが語っていた気がします。今は哀しみの感情を歌っていると。でも、何れは全ての感情を乗せれるようになってほしいと。

 

 先ほどのご飯を食べてる時の気持ちをそのまま乗せてみたら、どうなるんでしょうか。幸せそうな守谷さんを歌で見れるかもしれません。

 

「今の気持ちを素直に歌ってみてはいかがですか?」

「素直に……?」

「はい。そうすれば、ここの雰囲気に合わないということはなくなるんじゃないかと思いますよ」

 

 少し考え、静かに頷きました。

 

「……分かりました。やってみます。初めてなので、期待しないでくださいね」

 

 そして、歌が紡がれました。

 

「──♪」

 

 優しいメロディ。美しさすら覚えます。迷いがあるのかあまり強さを感じないですが、そこがまた歌を引き立てているようにも思えます。

 

 初めてとは思えないほど、引き込まれていきます。このような歌は初めてです。歌っている守谷さんもどこか幸せそう。

 

 これはまるで……そう、美味しいものを食べた時みたいに、ほっと癒されるといいますか───。

 

「……あの?」

「──すっっげー! 今度はポカポカしたですよ! 色んな気持ちになれるなんてすっっげー!!」

 

 気が付けば、終わっていました。あっという間でした。確かに、仁奈ちゃんの言う通り心が暖かくなりましたね。

 

「仁奈ちゃんの言う通りです。とてもよかったですよ」

「そ、そうでしょうか……?」

 

 自信無さげに答える守谷さん。ここまで素晴らしいのだすからもっと自信をもつべきだと思いますが、時間はすごくかかりそうです。ですが、このまま進んでいけば……さらにいいアイドルになるかもしれません。

 

 ……負けてられないですね。私も頑張らないと。




守谷桜子。
お願いされると断れない、押しにはめちゃくちゃ弱い系アイドル。初めて自分じゃない歌い方をして、誉められてしまった。
美味しいものを食べると無意識に表情に気持ちが現れる。

三船美優。
桜子をちょっとおかしな子どもと認識。これから出会った際は極力声をかけていこうと決意した様子。

市原仁奈。
色んな気持ちにさせられる桜子おねーさんに懐き始める。多分これから事務所のアイドルたちに布教し始める。
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