自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな   作:エンゼ

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赴くままに書いていきます。


vs城ヶ崎美嘉

 わたしの価値は、モヤモヤを吐き出すことだ。理由はわからないけど、求められてるわたしはこれ。それは間違いないし、これ以外にない。だっていつものように歌ったら、それが初めて受け入れられたのだから。

 

 つまり、わたしにはその姿しか需要はない。それ以外のわたしは余計な部分であるはずなんだ。

 だからこそ、あの日の市原さんや三船さんの言葉が、向けられた感情が頭から離れない。

 

『すっっげー! 今度はポカポカしたですよ! 色んな気持ちになれるなんてすっっげー!!』

『仁奈ちゃんの言う通りです。とてもよかったですよ』

 

 あり得ない。そんなはずがない。あってはいけないはずなんだ。

 あんな歌、本来わたしが歌うべきのじゃない。歌った時点で貶されて然るべきものだ。だって、求められてる姿ではないのだから。

 

 いっそのこと、罵ってくれたほうがまだ良かった。そうすればわたしは価値をより良い形で提供できるようになる。完璧な価値に近付けれるはずだった。

 

 だけども結果としてはどうだろう。どういうわけか、褒められてしまった。まるでそこにも価値があるのだと言うようにだ。

 

 ただ、まだ市原さんや三船さんがわたしのことを知らなかったから、褒めてしまっただけという可能性もある。もしくは社交辞令か。

 

 まぁ、知らないなら仕方ない……いや、市原さんにはいつもの歌を聞いてもらったはず。だったら、わたしの価値を知ったはずなのに……。

 社交辞令も、三船さんなら納得できるが、市原さんがあの年で身に付けているとは思えない。

 

 けど、市原さんは幼いからまだ区別が付けないだけかもしれない。市原さんは素直だ。なんでも受け入れてしまうだけかもしれない。だったら、価値の分別が出来なくてもしょうがない。

 

 わたしは間違ってない……はずだ。だからこそ、わたしは──。

 

「──桜子さん?」

「!」

 

 声をかけられ、気が付く。ここは車の中。プロデューサーがミラー越しに心配そうにこっちを見てる。

 

「大丈夫ですか?」

「……はい。大丈夫です」

 

 今は仕事に行ってる真っ最中だ。まさかのライブ会場でのお仕事。前座ではあるが、これから実際にステージに立つ。価値を多くの人に提供できる貴重な機会だ。

 

 切り替えろ。求められてるわたしは、考え続けるわたしじゃない。

 

「緊張、してる?」

「いえ、特には」

「……そう」

 

 緊張もなにも、いつも通りにやるだけだ。だけどここ最近何故かモヤモヤが溜まりにくくなってる気がするから、準備に深く思い出す工程が加わってしまって、いつもより時間がかかるかもしれない。まぁでも余裕を持ってやればいいだけの話。

 

「あ、そうだ。会場に着いてからの流れ、覚えてる?」

「ある程度は。まずは挨拶、リハ、そして休憩。その終了の大体1時間後本番……でしたよね」

「ほぼ合ってるわ。まぁ挨拶周りは私も一緒だし、リハも言われたことをそのままやればいいだけだから、そこまで心配しなくてもいいわよ」

「はい」

 

 心配してるように見えたのかな。迷惑をかけてしまった。プロデューサーに失望されてしまったかもしれない。気を引き締めて挑まねば。ここから挽回できるように。

 

「……それにしても、初めてね。あそこまで大きい会場での仕事なんて」

「そうですね」

 

 これまでの仕事の中では一番規模が大きいだろう。正直あの場所に行くのはまだ早いのではないかと思うところもあった。

 何せ、わたしの経験値は新人のそれに近いほうだ。加えて知名度も新人とあんまり差はないだろう。

 

 でもプロデューサー曰く、前座は経験を積みつつ知名度を少しでも上げるためのものでもあるらしい。これもこの事務所だからこそ出来ることなのだとも。

 

 ならば、出ない理由はない。折角頂いた仕事でもあるんだし、全力で挑まないと。

 

「期待してるからね」

「頑張ります」

 

 会場が見えてきた。もう間もなくだ。

 

 

 ────

 

 

 リハーサル終了。休憩時間。わたしは指定された楽屋──じゃない別の場所にいる。楽屋は出演者がほぼ全員そこに集められた広い場所。そこにわたしがいれば変な空気になるはずだから、時間ギリギリまでここにいることに決めた。

 

 モヤモヤを集めることだけを考えるなら、楽屋にいたほうがいいかもしれない。だけどもしかしたらわたしのせいで、他の出演者のパフォーマンスを落としてしまうかもしれない。なら、いないほうがいいはず。

 

 挨拶自体は済ませてあるし、メイクなどのセットアップは休憩時間の後から。さらにここはどっかの部屋じゃなくて誰もこないであろう通路の奥。誰にも迷惑をかけない。仕事に関しては誰にも迷惑をかけちゃいけないことぐらいは分かってるから、これでいいに違いない。

 

「──あ」

 

 手元にあるのはお姉さんが作ってくれたお弁当。中身もわたしの大好きなものばっかり。

 

「いただきます。……ん」

 

 美味しい……! すごく美味しい。

 

 箸が止まらない。そこまでお腹が空いてたんだって自分でも驚いてる。

 

 美味しいもの食べてるとポカポカするなぁ。

 

「──!!」

 

 ──ダメだ。ポカポカしちゃ。本番前だぞ? 何をしてるんだわたしは。

 

 ……食べない方がいいな。次から気をつけよう。本番前のお昼は、次から食べないようにしなきゃ。

 

 そんなことより、消えちゃった分戻さなきゃいけない。思い出せ。あの時を。

 

 机の中に画びょうが仕組まれてた時。トイレにいたら上から水を落とされた時。体育館裏に連れていかれて殴られた時。教科書やノートがぐちゃぐちゃにされた時。上履きや靴がゴミ箱に捨てられてた時──。

 

「ッッ……」

 

 ……うん、痛くなってきた。溜まってきた証拠。この調子で──。

 

「──ちょ、ちょっとちょっと!」

「……ぇ?」

 

 ──え、なんでここに人が……って、もしかして。 

 

「城ヶ崎、さん?」

「アンタ、大丈夫?! すごく顔色悪くなってるけど!」

 

 

 なんでここに、本日の主役の一人がいらっしゃるの?

 

 おかしい。ここは挨拶周りの時に見つけた人が寄り付かない場所のはず。それに楽屋からの距離もそこそこあったはず。

 

 え、幻覚でも見えてるの? まだそこまで痛くなかったのに。

 

「あの……どうしてこちらに?」

「まだちゃんと挨拶出来てなかったから、改めて顔合わせって思って……って、それより本当に大丈夫なの? 急に苦しそうになったけど」

 

 段々はっきりしてきた。……実在してる。

 

 いや、本当になんでここに来たんだろう。理由はそれっぽいこと言ってたけど、城ヶ崎さんはわたしの事務所アイドル。つまりわたしについても知ってるはず。

 

 だったら、わたしのこと避けるはずなのにな……。

 

「はい、本当に大丈夫です。休憩時間終了までには戻りますので」

 

 とりあえず、一人にならなくては。そしてまた思い出さないといけない。中途半端が一番ダメだ。ここで思い出すだけ思い出して溜めておくほうがいい。休憩時間の後は多分思い出す余裕はない。

 

 城ヶ崎さんは、おそらくわたしが楽屋にいなかったから探しにきたのだろう。もしいなくなったりしたらライブがめちゃくちゃになるからだ。なら、もう目的は果たせたはず。楽屋に戻るだろう。

 

 まぁそれでも直接探しに来るのはおかしいとは思うけども。わたしのプロデューサーに聞けばいいだけなのに。

 

「……あのさ、まだ時間あるし……少し話さない?」

「え?」

 

 然り気無く距離を詰めてきてわたしの隣に座る城ヶ崎さん。

 

 ……なんで? どうして? こんなことする理由、城ヶ崎さんには無いはずなのに。

 

 挨拶ならさっきやった。休憩時間もまだある。ここに居続ける必要、ないよね?

 

「ダメ、かな?」

「あ、いえ、その……だめ、というわけでは……」

「ありがとね」

 

 ──断れなかった。流石カリスマJK城ヶ崎さんだ。まぁ、わたしの意思が弱すぎるせいなんだけど。

 

 さっきのこともあって、ここでまた思い出すわけにもいかない。……どうすれば。

 

「桜子ちゃんはさ」

「! はい」

 

 突然話しかけられ、反射的に返事。極力悪い印象を与えておきたいから、こういう時は無視できたほうがいいんだろうけど……難しい。

 

「どうして、アイドルになったの?」

 

 やってくる質問。最初に返事をしてしまったため、答えなくちゃならない状況。幸い、簡単な内容だったので助かった。

 

「──皆さんと同じですよ」

 

 大体の人は、自分の価値を正しく提供するためのはず。例外として市原さんのような、まだ自分の価値を完璧に把握することが厳しい方などもいらっしゃるけど、その場合は親御さんが導くから関係ない。

 

 唯一他の方々との違いがあるとすれば、その価値を後で見つけたということだろうか。他の方はきっと、価値提供に多くの選択肢があり、その中でアイドルが最もマッチしていたからこの業界にいるんだろう。

 

 つまりアイドルにならない道というものも存在していたはずだ。だって、他の人たちはいじめられていないから。

 

 でも、わたしにはこれしかない。プロデューサーが導いてくれた、アイドルという選択肢しか。

 

 だけど、そんな事情提供される人からしたらどうでもいい。上手くできない者から淘汰される。ここはそんな世界だ。だからこそ、わたしは生き残り続けないといけない。それがなくなれば、わたしから本当に存在価値がなくなるから。

 

「……そっか」

 

 城ヶ崎さんは、それ以上言及しなかった。やっぱり、アイドルをやる理由はわたしと同じなんだろうな。分かってるから、聞かなかったんだろう。もしくは確認だったのかもしれない。『正しい理由でアイドルをしているのか』という、忠告でもあったのかもしれない。

 

 ……見習わないといけないな。

 

「今日、楽しもうね」

「……はい」

 

 この楽しむはおそらく、言葉そのままの意味じゃないはず。何かしらの意図があるに違いない。だって、これからすべきことは義務であるのだから。

 

 ただまだ業界に入って間もないわたしでは、完璧に解読することはできなかった。なんとなく分かるけど、詳しくは後でプロデューサーやお姉さんに聞いてみよう。




守谷桜子
城ヶ崎美嘉のことを、モヤモヤを集めさせてはくれないけど、アイドルとは何かを今一度教えてくれた先輩アイドルと定義。
業界用語について、深く知らねばと感じた。
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