自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな   作:エンゼ

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しぶりんりん


vs渋谷凛

 火がないところに煙は立たない、という言葉がある。

 

 これは噂になるには、何かしらの根拠があるという意味であるが、彼女──渋谷凛はそのような思考をしていた。何もなければ、話に上がることは基本ないであろう、と。故に、本日のライブの参加者のリストに彼女の名前があることを見た時、凛はしばらく黙り込んでしまった。

 

<守谷桜子>

 

 嫌悪感を抱いたわけでも、拒絶反応が出たわけでもない。ただ、他のアイドルには抱いたことのない軽い負の感情が発現しただけだった。

 

 守谷桜子の噂は決して良いものではない。むしろ殆どすべてが悪いものだ。さらに基本的に桜子は一人でおり、接触をすることは中々に難しいため、真相を知る者は少ない。加えて数少ない真実を知っているのは大人組程度。それ以外の者には噂くらいしか情報がなく、そのため余計に誰も近づかないため噂が加速している現状だ。

 

 これでもし噂ではなく実害が出ていたならば、凛は問答無用で桜子に敵意を向けるだろう。しかし、そんな話は出ていない。あくまで噂でしか出回っていないのだ。そのため、噂による多少の負の感情こそ出るものの、それ以上にもそれ以下にもなることはなかったのだ。

 

 ただしこれはある程度自分で物事を考えれる年になったからこその思考。まだ未熟な中学生組や小学生組の殆どは、噂を信じているためか、話題に出来ないあの人扱いしていたりする。最近では仁奈が新しい話を広めてはいるが、それだけでこれまでの噂を解消することはできなかった。

 

 これで違う事務所の人間というならば、特に何もしないでもよかったかもしれない。しかし接触の機会が少ないとはいえ、同じ事務所のアイドルであることには変わりない。このまま放置していた場合、もし知人に被害が出てしまったら? 可能性はなくはない。噂が真なら、警戒をしておく必要があるだろう。

 

 その点、今回のライブは都合のよい機会であった。偶然共演することになったこのライブ。出演者という共通点を用いて接点を作ることが出来る。そこで噂の真偽を確かめればよい、と。

 

 ただ、噂が本当であったとしたら、一人で接触することは悪手であるとも考えた。そのため、協力者として同じ出演者である城ヶ崎美嘉に声をかけた。

 

『うん、莉嘉も警戒してるみたいだし、気になってたんだよね。協力するよ』

『ありがとう、美嘉』

 

 しかしライブ当日まで彼女と接触することはできなかった。仕方ないとして当日に接触を図ろうとしたが──二人は桜子の求ぼっち力を全く考慮していなかった。

 

「あれ、いない?」

 

 リハーサル終了後、出演者楽屋に戻った凛と美嘉であったが、ここで桜子が楽屋にいないという事態発生。出演者の楽屋は前座もメインも同じ部屋である。そのためいるとしたらここにしかないはずなのだ。

 

「ねぇ、守谷桜子って子知らない?」

「……守谷さんでしたら、おそらく休憩時間終了まで戻ってきませんよ」

 

 あまり桜子のことを話したがらない様子。彼女らも同事務所の人間。噂を知っているが故の反応であった。

 

「なんで知ってるの?」

「さっき本人がそう告げて出ていきましたから」

「そっか、ありがとう」

 

 休憩時間終了後はもう準備に入るため、接触するのはさらに困難になる。出来たとしても、そこで取れる時間は一言二言交わす程度しかない。しっかりと見極めるなら今の時間しかない。

 

「多分、そう遠くには行ってないだろうし……探してみるよ」

「アタシも探すよ。手分けしたほうが早いだろうし」

「じゃあ、見つかっても見つからなくても連絡するようにしよう。見つからなかったとしたら、ある意味別問題だし」

「そうだね」

 

 始まった探索。出演者が行くことを許されている範囲を二分割し、手あたり次第探していく。

 

 しかし凛の探した範囲では見つけることが出来ず、一旦別の場所を探している美嘉の報告待ちをすることにして、楽屋に戻る。

 

 そこで、駆け出しアイドルの一人から声をかけられた。

 

「渋谷さん、守谷さんに用があるんですか?」

「え? あぁうん、まぁね」

「……止めたほうがいいと思いますよ。触らぬ神に祟りなしっていうじゃないですか」

「……うん、ありがとう」

 

 凛のことを案じて止めようとしてくる。それは分かっていたため一言お礼を言って、引き続き、美嘉からの連絡を待つ。

 

 しかし待てども待てどもこない。何かあったのかと心配になってきた頃、ようやく帰ってきた。

 

「美嘉、お疲れ様。見つかった?」

「……」

「……美嘉?」

「あ、ううん。なんでも」

 

 明らかに様子がおかしい美嘉。しかし何かされたというような感じでもない。何があったのか予測が出来ず、凛は尋ねる。

 

「どうしたの? ちょっとおかしいけど」

「……詳しくはライブ終了後に話すよ。今話をしたら、もしかしたら集中できないかもだから」

「……そう思う何かがあったってことだよね」

「うん。落ち着いた後、桜子ちゃんのプロデューサーにも話を聞いてみたいしね」

 

 桜子ちゃん、という美嘉の言い回しに凛は少し驚く。同時に、美嘉の感情を揺さぶった例の件に対しての興味を抱くが、時間はまもなく休憩時間終了。追及は後回しにすることにした。

 

「それで、あの子は」

「もう少しだけ一人でいたいみたい。でもすぐ戻るって言ってたから、戻ってくるはず」

「……そう」

 

 噂の一つである『人と接することが苦手』というものに関しては合っていそうだなと凛は考える。

 

「あ、そうだ。凛、桜子ちゃんのことなんだけど……あんまり警戒はしなくていいと思うよ」

「短い時間でそこまで分かったの?」

「確信に至るには弱いかもだけどね。そこも含めて、終わった後桜子ちゃんのプロデューサーに聞くつもり」

 

 確かに、直接担当プロデューサーに聞いた方が早いだろう。ただこの話をしたとき、どんな反応が返ってくるのか凛には想像できなかった。

 加えて、それだけで本質を見極めれるのか分からないとも感じていた。美嘉を見る限りの可能性としては低いだろうが、プロデューサーなどの大人の前だけで良い子でいることで、本性を隠していることも考えられるからだ。

 

「まぁ、凛なら桜子ちゃんの歌を聞いたほうがわかるかもね」

「へぇ、どんな歌だった?」

「アタシもまだ聞いてはないんだけどね。でも、絶対悪い歌じゃないってことは分かるよ」

「ふぅん」

 

 桜子はこれまで基本レッスンにも食事時も休みも一人で過ごしている。そのため、アイドルとして桜子がどこまで完成しているのかはトレーナーやプロデューサーくらいにしか分からないのだ。

 

 そこまで言うなら、聞いてみようと思い至る凛。元々そのつもりでもあったようで、美嘉の一押しもあり、期待が少し膨れ上がった。

 

 ここで休憩時間終了。各プロデューサーが入ってきて、それぞれに対して話をし始めると同時に、メイクの人も入ってきて、着々と準備が進められていく。まもなく、ライブが本番を迎えようとしていた。

 

 ちなみに、桜子は休憩終了数秒前にしっかり戻ってきていた。

 

 

 

 ────

 

 

 

 ライブが始まった。数多くの観客が見守り、声援を送る中、前座のアイドルたちが場を盛り上げていく。

 

 凛たちの出番はもう少し後、そのため、今日の歌を改めて復習や軽い雑談を交わしながら緊張をほぐしを行いつつ、現在のライブをスクリーン越しに眺める。

 

「……懐かしいな、私もあんな時期あったな」

「頑張ってほしいね」

 

 前座のアイドルたちは、ライブ経験がまだそこまでない。加えてこのような規模の大きいライブは初めてのことであろう。緊張をしている姿が見てとれ、どこか微笑ましい気持ちになる凛たち。

 

 ここでステージの入れ替りが起こる。次の演者は──桜子だ。

 

「……きた」

 

 先ほどまでのアイドルと比べて緊張しているようには見えない。

 

『守谷桜子です。至らぬ点などあるかと思いますが、よろしくお願いします』

 

 一言挨拶、そして流れ出すイントロ。この事務所のアイドルを知っているなら必ず知っているといってもいい、あの曲だ。

 

「……頑張って」

 

 美嘉の呟き。少しだけ他のアイドルに向けるそれとは違うように思える。

 

 ──そして、歌が紡がれた。

 

「──」

 

 誰もが、ステージで舞う桜子から目を離せなかった。特別歌が素晴らしかったわけでも、ダンスが優雅だったわけでもない。確かに上手であるといえるだろうが、それは先ほどステージにいたアイドルたちにも言える事。

 

 では何が要因か。それは単純──ただ、惹きつけられた、それだけだ。

 

「すごい」

 

 やっと出てきた言葉がこれだ。人間は感情を奪われると言葉が出てきにくくなるというのは本当らしい。

 

 曲が終了。一瞬、世界が静まった。

 

『──ありがとうございました』

 

 響き渡る一礼している桜子の声。その後、ステージから去る桜子。

 

『──ワアァァァァァ!!!!』

 

 同時にステージの熱気がより大きくなって返ってきた。観客たちも分かっていたのだろう。これまではステージを盛り上げるためのステージであったと。であるにもかかわらず、とんでもないものを見ることができたという感情が彼らを支配していた。

 

「あれが、守谷桜子……」

 

 ステージを見て、歌を聞いて、これまで持っていた桜子への感情が変わっていく。もう警戒すべき対象とは言えない。アレが出来る人間が、噂のようなことをする人間と同一人物だと思えなかったからだ。

 

「──負けたくない」

 

 感情が一変する。今の気持ちはライバルに向けるもの。この瞬間、凛は桜子を超えるべき目標の一つに据えた。

 

 美嘉を見る。同じ目をしていた。ステージ以前に抱いてた気持ちに違いはあれど、今の気持ちは完全に一致していた。

 

「行こう、美嘉」

「うん、頑張ろうね」

 

 二人は決意する。同じアイドルとして、先輩として、今日のステージあれ以上に盛り上げてみせると。

 

 そうして、まもなく始まるステージの準備を開始するのであった。




桜子を除く会場にいた全てのアイドル
殆どがあのライブによってその印象を変えた。ある者はライバル心を、ある者は畏怖を、ある者は憧れを、それぞれ抱いた。多分これから噂上書き速度が上がる。

桜子に魅せられた観客
ヤベー駆け出しアイドルのライブを見せつけられた。あのあとすぐに本ライブメインのアイドルによるライブが始まったため全体の話題としては減っていったが、一定数の印象に残った。

守谷桜子
いつものように歌った。ただ一人になったあとさらに蓄えたので、無意識のうちにいつも以上に込める感情が大きくなってたりする。
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