自分は幸せになってはいけないと思い込んでるアイドルvsなんとか普通の幸せを与えようとしてくる事務所のみんな   作:エンゼ

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上手く纏まっていることを祈る。


vs一ノ瀬志希

 最近、周りの人の目が変わってきた気がする。

 

 話しかけられるようになったってわけじゃない。というかそうならないように心掛けてるつもりだし、挨拶程度なら返しはする。でもそれくらい。そこは変わってない。

 

 だけど、向けられる目が変わった気がするんだ。知らない目付きだった。どこかお姉さんみたいな感じはしてたけど、あれがどんな思いなのかわからない。

 

 でも、わたしをいじめるような目じゃなくなったってことだけは分かる。それも一人や二人じゃない。まだそんな目をしてくれる人もいるけど、年上の人たちは大体あんな目になってしまった。

 

 体が震える。少し、寒い。

 

 いじめられなくなったら、モヤモヤが貯まらない。思い出すのだって限度がある。新鮮さがないし、風化してしまうかもしれない。だから補給し続ける必要がある。

 

 もし現状が続けば、わたしの価値は段々消えていく。価値を提供できなくなったら、必要とされなくなってしまう。それは避けなくちゃいけない。

 

 だから、何か対策を練らなきゃ。

 

 悪そうな格好だけじゃダメだったのかな……。挨拶ももっと素っ気なくするべきかな。いや、むしろ返さないほうがいい? 今日帰ったらいじめられる特徴みたいなものを調べて実践していかないと。

 

「あ、いた。ねぇ、キミが守谷桜子ちゃん?」

 

 思考が停止する。反射的に声がかけられたほうへ顔を向けた。

 

 だけどそこには誰も──って、近い!? 

 

「……へぇ、こんな匂いなんだ」

 

 匂い嗅いでる?! え、なんなのこの人……。

 

「あ、あの……あなたは?」

「んー? あぁ、あたしは志希。一ノ瀬志希。気軽にシキちゃんって呼んでねー」

「は、はぁ……」

 

 一ノ瀬志希さん、か。初めて見かけるけど、この事務所のアイドルの一人っぽい。もしかしたらわたしと同じでまだ駆け出しのアイドルだったりするのかな。それとも単純にわたしが世間知らずなだけかもしれない。

 

 どこかわたしを探していたような様子だった。何かあるのかな。

 

「そ、そういえば、何かわたしに用でしょうか」

「うん、そうなんだよね。聞きたいことがあって来たんだー」

「聞きたいこと、ですか」

 

 ……なんだろう? 

 わたしはまだ一般的には駆け出しアイドルだ。ライブ経験も乏しくそこまで仕事をさせていただいてるわけでもない。わたし特有の仕事なんかもちろんない。聞くことなんてないはずなんだけど……。

 

 内容を待ち構えていると、少し予想外なものが飛んできた。

 

「どうして桜子ちゃんは、あのステージであんなに魅力的だったの?」

「……へ?」

 

 ……なんか急に褒められた? それに、質問の意味が汲み取れない。

 

「あの、それってどういう……」

「んー、じゃあ言い方変えよっか。桜子ちゃんが参加してた直近のあのライブで、なんであんなに多くの人を魅了出来たのかな」

「あのライブで……」

 

 思い出されるのは、前座で行ったあのライブ。確かにプロデューサーから大成功とは言われたけど、実際は少し気合いを入れて臨んだ程度で、いつも通りにやっただけ。特に特別なことはしてないし、なんと答えるべきか……。

 

「良い歌声ってやつはさ、ある程度法則があるんだよね。ゆらぎってやつ? 歌手とかの声を解析すれば大体見えてくるもんなんだけどさ。ボイストレーニングって近いゆらぎに近付けていく行為だったりすると思うんだよね」

「あ……え……?」

 

 いきなり話し出す一ノ瀬さん。突然何を……? 

 

「ビジュアルやダンスもそう。解析していけば、どういうところに人が刺さっているのかをある程度傾向を見ることが出来る。レッスンを通じてそれらを伸ばしてく必要が本来はあるんだけどね」

 

 レッスンの話? それだけは理解できた。でもそれが一体質問と何の関係が……? 

 

「でもキミは、まだ全部が足りてないはずなのに、魅了してた」

 

 ……! 

 

「音声だけを聞いても正直他の駆け出しアイドルと変わらないくらいに上手いだけ。言っちゃえば未熟な部類のはず。楓ちゃんとか歌手とかと比べて特別上手いわけじゃないし、音声だけだとそこまで魅了されなかった」

 

 未熟……。うん、まぁそう取られても仕方ない、かな。

 

「でもステージで歌うキミは違ったんだ。音声はそこから抽出したものだから同じもの。なのに魅力度はステージでのライブ映像が段違いで高かった。それが不思議でたまらないよ。ねぇ、なんで?」

 

 目線はこっちに向けたまま、再び尋ねてくる。ちょっと、圧がすごい。

 

「あぁ勘違いしないでね。あたしは貶しにきたとかそういうのじゃないよ。ただ、気になったんだ。知りたいだけなんだ。初めてだったんだよ、あそこまでライブに見入ちゃったの」

「その、ありがとう、ございます……?」

 

 褒められてる。気恥ずかしいけど、それ以上に雰囲気に圧倒されて思わず疑問系になってしまった。

 

「それでさ、教えてよ。キミがどうしてあんなに魅力的だったのか」

「えぇっと……」

 

 一ノ瀬さんは真剣な目付きをしてる。なら、こっちも相応に返すべき。何かしらの答えを出さないといけないんだけど……でもやっぱり、結論は変わらない。本当に特別なことはしてないはずだから。

 

「……すみません、分からないです。わたしとしては、いつものように歌っただけなので……」

「へぇ、いつものように……か」

 

 少し残念そうな一ノ瀬さん。それを見て反射的に代案を出す。

 

「あ、でももしかしたらプロデューサーなら分かるかもしれないです。プロデューサーはわたしよりわたしを分かってる節があるので」

「そうなの? じゃあ、聞いて来ようかな」

 

 ニュアンス的に、どうならそのまま聞きに行くみたい。

 

「ありがとね、桜子ちゃん。じゃ、またねー」

「え、あ、はい……また」

 

 手を振って去っていった一ノ瀬さん。嵐みたいな人で、色々分からないことを言っていたけど、わたしの提供してる価値を受け止めてくれた方の一人ということは分かった。

 

 あの時のわたしに魅力を感じてくれた。あぁ、実際に声で聞いて改めて理解することが出来たよ。

 

 わたしは間違ってない。

 

「……頑張らないと」

 

 だからこそ、早急に対策を練り出さないといけない。魅力のある望まれてるあの姿であり続けるために。

 

 帰ろう。これは何よりも重要だ。今日の予定はもうない。十分に時間がある。

 

 少しも無駄には出来ない。考え続けろ。いじめられるためには、どうすればいいのかを。

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 その日、彼女は頭を悩ませていた。その種は担当アイドルである桜子のことではあるのだが、プロデュース方針や本人のことではない。いや、一部は絡んではいるのだが──厳密には桜子の周りが原因であった。

 

「……桜子ちゃんが、煙たがられている」

 

 件のライブ後、先輩アイドルである渋谷凛、城ヶ崎美嘉から伝えられたこと。

 

「……でも」

 

 わざわざ嘘を伝える必要が皆無のため、真実の可能性が高いと考えているようだが、信じ切れていない様子。

 

 彼女がそう考える理由として、以前桜子の歌を聞いたときに『哀』が減っていたことがあった。もしこれが真実なら、多少なりとも増えているもののはずだろう。さらに伝えてきた彼女たちから、そんな気配は微塵も感じ取れなかったことも由来していた。

 

「……」

 

 だが、これらだけでは弱いということは彼女も理解している。彼女は桜子から直接語られたいじめの数々を知っている。加えて伝えられた現状はまだ『煙たがられている』だけだ。いじめられているより数倍マシである。故に減っていたと考える事も出来るのだ。

 

 気配が感じ取れなかったのも、偶然彼女達はそうではなかった、という言葉だけで片付けることが出来る。

 

「……もし本当だったら」

 

 考える。これが真であるならば、どうなるのかを。

 桜子の成長を阻害してしまうことは間違いない。プロデューサーが考える今桜子に必要なのは『普通』。普通に友人を作り、普通に色んな人と関わり、普通に愛を享受する。誰もが持っている喜怒哀楽のような当たり前の感情を手に入れることだ。これが、実現する可能性が低くなってしまう。

 

 加えて、事務所としてもよくない。現状を放置していればいじめに発展する可能性もある。もうそうなれば最悪だ。事務所の弱点にもなりえる。アイドルたちにも悪影響だ。

 

「……何か対策を練るべきかしら」

 

 ここで、部屋の扉がノック。同時に一人入ってきた。

 

「しっつれいしまーす」

「……失礼されてまーす、とでも言えばいいかしら」

 

 完全に集中力が切れてしまった様子だ。

 

「それで、なんの用事かしら一ノ瀬志希さん? あなたのプロデューサーはこの部屋じゃないわよ」

「さすがに知ってるよー。用事があって来たんだよ、桜子ちゃんのプロデューサーにね」

「──用事?」

 

 志希が先ほど桜子に向けていたような表情になる。

 

 これを見たプロデューサー、すぐにオンに切り替える。担当していないとはいえ、彼女もこのプロダクションのアイドルプロデューサーの一人。相手が真剣なら、そのアイドルの役に立つため真剣な表情で返す構えのよう。

 

「桜子ちゃんの魅力の秘密、教えて?」

「秘密……?」

「桜子ちゃんに聞いたんだ。自分より自分を知ってるって。桜子ちゃんを売り出すために桜子ちゃんを分析してるキミなら分かるんじゃないのかなって思ってさ」

 

 これまでの経緯を簡単に語る志希。表情からも言葉からも真剣であることが伝わってくる。

 

「……一言で表すなら、『魅せる天才だから』ね」

「……へぇ、やっぱり天然モノなんだ」

「ただ、それだけではないわ」

 

 プロデューサーは続ける。

 

「桜子ちゃんはね、気持ちを乗せるのがとんでもなく上手いの。今の気持ちを歌に込めるのが上手すぎる。そこに魅せる力を引き出すことで、ただ魅せるだけじゃなく、心を揺さぶる魅力を引き出している。全てが奇跡的なバランスを築くことで、<守谷桜子>を誕生させているわ」

「……!」

 

 どこか心当たりがあったのだろう。志希は一瞬はっとした。同時に気が付く、あの時起こされた感情の正体が『悲しみ』であることに。

 

「……なるほど、ねぇ」

 

 新たなる疑問が浮上。どうしてこの感情が引き出されたか、だ。考え込む志希。

 

 対してプロデューサー。これで話が区切りがついたと判断し、次の話題を投げかける。

 

「……ところで、一ノ瀬さんは聞いたことあるかしら? 桜子ちゃんが煙たがられてるって話」

「……? え、そんな話あるの?」

「え?」

 

 今度はプロデューサーが簡単に中身を説明。頭の中で先ほどの思考しつつ、話を聞いていく志希。

 

「んー、聞いたことないかも。聞いたとしても忘れちゃったかもしれないや」

「それじゃ知らなかっただけって可能性もあるわけね……」

 

 あまり有益な情報となりえなかったことに少し肩を落とすプロデューサー。

 

 志希は集めたピースの繋ぎ合わせ作業が出来かけたようで、言葉にしてそれを出した。

 

「もしかして、『悲しさ』が出てきたのってそれが原因?」

「!」

「あーでも、単に煙たがられるだけであそこまで引き出されるものなのかなー……」

 

 思い出されるあの感覚。心が惹きつけられ目が離せなくなったあの瞬間。それが『煙たがられる』だけで発揮されているとはどうしても思えなかったようだ。

 

 これを聞いたプロデューサーは驚いていた。桜子の歌を分析し、含まれている感情を言い当ててしまったからだ。プロデューサー自身以外では初めての存在である。

 

「ね、キミなら何か知ってたりしない? 抉ってくるあの感じを出してくる理由」

「……一ノ瀬さんには話してもいいかもね。結構ショッキングな話だから、本当は未成年には聞かせないようにって思ってたんだけど」

 

 そこまで分かっているならいいかもしれないと、プロデューサーは話し始める。桜子自身が話した生い立ち、出会い、そして今後どうしていきたいかまで。

 

 最初桜子の身の上の話を聞いたとき、胸糞悪そうな表情をしていた志希であったが、これからの話になると段々と顔が変わっていった。

 

「……ふーん、そんなコトがあって、それでそんなコト考えてたんだ」

 

 面白そうに声を少し弾ませ、身を乗り出してプロデューサーに告げた。

 

「ねぇそれにさ、一枚噛ませてよ」

「へ?」

 

 驚くプロデューサー。構わず志希は続ける。

 

「確かにちょっとショッキングだったけど、伝え方を変えることはできるよね。ちょっと昔色々あったらしくてねーみたいな言い回しでもすれば、多分誰も深くは言って来ないよ。あたしのほうでも話広めておこうか?」

「……いいの?」

「うん、全然」

 

 なんでもないように即答する。

 志希から見れば、桜子は同僚で、ちょっと特殊な才能があるアイドルでしかないはずだ。聞いている感じそこまで友好関係は深くないと読める。ここまでやる必要は本来ない。プロデューサーの仕事のはずだ。

 

「なんでそこまでしてくれるの?」

 

 プロデューサーとしては単純に疑問だった。上記の理由も含まれているが、一ノ瀬志希という存在が一人の人間に固執するようなタイプではないと感じたからだ。

 

「あー、んー……と、シキちゃんもちゃんとわかってるわけじゃないんだけどねー」

 

 彼女にとって初めての感情であったのだろうか、それをなんと形容していいかをうなりながら考えている。

 

 暫くして、答えた。

 

「多分、ファンになっちゃったんだ。……うん、これだ。だから、これからの桜子ちゃんのステージも見てみたいんだよ」

 

 志希自身も納得したらしい。その声に自信のなさは含まれていなかった。抱いている感情はプロデューサーが桜子へ抱いているものと同じだったのだ。

 

「じゃ、シキちゃん行くねー」

 

 それを告げ、じゃーねーと志希は去っていった。用を済ませたからだろう。あるいは、早速広めにいってくれたのかもしれない。

 

 短時間で得た情報量の多さに背もたれにぐっとのしかかり、プロデューサーは一息つく。

 

「……そうね、真実だけしか伝えちゃいけないわけじゃないものね」

 

 パソコンの前に向き直す。

 

 全ては、桜子の今後のために。それだけを胸に、彼女は作業を再開するのであった。




違和感があったら、この世界ではそうなんだーと思っていただければ。
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